ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 R-18にうつつを抜かしていたら、いつもより本編が遅くなりました。
 とりあえず、これでオルクス迷宮編はお終いという感じです。次回からフェアベルゲン編をやれそうです。

 フェアベルゲンからすれば、ナザリックに「こっち来るな!」と言いたいでしょうけど。

2022/2/27 一部文書差し替え


第四十二話「創造主と、その子供」

「ふむ……随分と集まってきたな」

 

 『オルクス迷宮・深層』改め『ナザリック技術研究所オルクス支部』。迷宮内の魔物やトラップを掌握し、ナザリックの為の採掘場兼研究所となったオルクス迷宮の深層の一角で、ナグモは独りごちた。目の前には金や銀といった普遍的な貴金属から、グランツ鉱石やフラム鉱石といったトータス固有の鉱石が山となって積み上げられていた。これらは全て迷宮内に散らせたマシン・ゴーレム達に採掘させたものだ。

 

「ん……これ程の量があれば、文字通り国が買える」

 

 すっかりナグモの現地助手として板についてきたユエが、かつて王族として身に付けていた知識からそう助言した。

 

「それにまだまだ鉱脈が枯れ果てる気配が無いなんて……このオルクス迷宮が、ここまでの鉱山だとどうして今まで知られていなかったのか意外」

「ふん、所詮は人間達だ。奴等には表層の迷宮の魔物すら梃子摺る相手らしい。何より、人間達には『大災厄』を抑えながら採掘する手段など無かったらしいからな」

 

 かつてメルドから聞いた情報と現地の人間達の強さを照らし合わせながら、ナグモは鼻を鳴らす。

 

「どうやらこの迷宮はオスカー・オルクスが試練場として製作したのと同時に、エヒトに対抗する為の地下基地(シェルター)としての役割もあったらしい。だから迷宮内のトラップや魔物の出現を制御するコア・クリスタルなんて物があったわけだ」

 

 オスカー・オルクスの屋敷を細かく家探しした結果、秘密の地下室をナグモは発見していた。そこには巨大な神結晶が鎮座しており、それがオルクス迷宮の核としての役割を果たしているとナグモ率いるナザリック研究チームは解析していた。

 道理でオルクス迷宮は下の階層に行くほど、魔物の強さが上がるという人間を鍛えるのに都合の良い構造になっていたわけだ。

 

「そのコア・クリスタルも設置されてから大分時間が経って経年劣化した様だな。お陰で表層でも意図しない場所にトラップが出たり、魔物の出現率や規定レベルが狂った『大災厄』などという現象が起きる様になったらしい。まあ、アインズ様が御支配されたからには、そんなバグが出ない様に管理させてもらうがな」

「その言い方だと、もうオルクス迷宮はナザリックの管理下にあるということ?」

「僕はともかく、じゅーる様が作られた技術研究所を嘗めるな。既に設定を書き換え済みだ。表層でも深層クラスの魔物が出現する様にしたし、トラップの難易度も上げさせて貰った。今後は人間達は表層の迷宮にも入らなくなるだろう。それでも入って来るなら、至高の御方の支配地に土足で踏み行った愚行を死で償ってもらうがな」

「ん……そう」

 

 今後はオルクス迷宮はナザリックの支配下に置かれ、迷宮を利用していた冒険者達やハイリヒ王国は大打撃を受ける事になるだろう。しかし、ユエの反応は素っ気なかった。それを疑問に思い、ナグモはユエに聞いてみた。

 

「……意外だな。お前はこの世界の人間種だから、人間達に同情的な意見でも出ると思っていたのだが」

「私は今はアインズ様の臣下。一番に考えるべきはナザリックの利益だから、他の人間達には気の毒だけど必要な犠牲だと思っている」

 

 それに、とかつて王族として国民の上に立っていたユエは自分の経験則から話した。

 

「国や組織を維持する為には綺麗事だけじゃやっていけない。私だって飢饉対策で村一つを枯らした事だってある。だから、アインズ様がそういう判断をするのは理解できる」

「ふうん? そういうものか……」

 

 ナグモはとりあえず頷いておく事にした。とにかくユエがアインズに異を唱えないというならば、文句は無い。

 

(……そうとも。アインズ様の御判断に間違いなどない)

 

 先日、死体を回収した元クラスメイト達を思い浮かべる。あれらは愚かにも御方が召喚したデスナイトをトータスの魔物(トラウムナイト)と勘違いして勝手に死んだのだ。そんな脳無しな連中に同情の余地など無いし、彼等を崇高な目的の為に殺したアインズこそが正しいのだ。

 

(とはいえ、あんな猿以下の者達でも香織のクラスメイトだからな……)

 

 香織には死亡したクラスメイト達の事は言っていない。ユエにも黙っている様に言い含めた。いくら今はクラスメイト達を憎んでいるとはいえ、顔馴染みが死んだというのは良い気分にならないだろう。猿以下の連中(クラスメイト達)の事などどうでも良いが、香織の笑顔を曇らせる事だけはナグモはやりたくなかった。

 だから彼等の死体をわざわざ修復して、ホルマリン漬けで保存しているのだ。その保存場所もナザリックの第四階層の奥深く、研究所長のナグモの許可が無ければ入れない場所だから、香織の目に留まる事は無いだろう。

 

(天職の研究が終わって用済みになったら、蘇生魔法の実験体にでもしてその辺に捨てておくか……もちろん勝手な真似が出来ない様に天職とレベルは取り上げた上で、だが)

 

 はっきり言って恐怖公の眷属の餌にしても良かったが、あんな馬鹿達を喰わせる方が恐怖公達が気の毒というものだ。

 それに考え様によっては、同じ地球人でアンデッドになったクラスメイト達は香織がいつか人間に戻りたいと言った時の種族変更の実験に使えるだろう。死者から生者に戻す実験は困難極まるだろうが、ありがたい事にサンプルは十人以上もいるのだ。

 

(逆に香織が八重樫雫と永遠の時を生きたいと言った時に、八重樫雫に施す異形種改造手術の実験台でも良いか。いずれにせよ、貴重な実験サンプルだから余す事なく使うべきだろう)

 

 クラスメイト達は生前は香織に多大な迷惑をかけたのだから、せめてもの詫びとしてその身体で香織の為に大いに役立つべきなのだ。

 それで思考を打ち切り、ユエと話の続きをした。

 

「まあいいさ。お前もナザリックの一員であるなら、今後もアインズ様の為に励む様に」

「貴方の場合は愛しの香織の為に、が付け加えられるみたいだけど」

「やかましいっ」

「ところで……この鉱石はどうやって売るつもり? 販売ルートは確保してあるの?」

「いや、それはまだだ。それに売るのは一部だけだ。大半はユグドラシル金貨の製造の為に使い、アインズ様がナザリックを強化する為に使うそうだ」

「それならいいけど、外貨を得る為にも販売ルートの確保は必須……いっそ、人間の貴方が街で商会を経営するとか?」

「は? 低脳な猿相手に愛想を振りまけと? 冗談だろう」

「……どうして以前、貴方が潜入調査に当てられたのかすごく疑問に思う」

 

 ナザリックでは希少な人間の街に溶け込める種族なのに、その性格はとことん人付き合いに向いていない。はっきり言って、ナグモを王国の潜入調査に当てていたのはアインズの判断ミスじゃないか? とユエは内心で思っていた。

 

「……まあ、それはセバス様あたりにお願いするとして。ユグドラシル金貨にする分はどうする? 今からナザリックに送る?」

「いや、量が量だからな。まずは一番価値が高い物から送りたいが、さてどうしたものか……」

 

 普通の貴金属とこの世界の鉱石のどれが一番ユグドラシル金貨に換金されそうか? とナグモは考え出し———。

 

ご心配には及びませんっ!!」

 

 唐突に舞台役者の様に大きな声が二人にかけられる。

 

「トウッ!」

 

 掛け声と共に鉱石の山の頂上から人影が飛び出す。この場に審査員がいれば「10点」と書かれたプラカードを掲げそうな見事な回転ジャンプ(ムーンサルト)を決めながら、二人の前にシュタッ! と着地した。現れた異形の人物は軍服の裾を翻し、そして———。

 

「この私が!」

 

 ビシッ!

 

「至高なる御方、アインズ・ウール・ゴウン様にお創り頂いた! この私が!」

 

 ビシィッ!

 

「ユグドラシルとは異なる未知なる世界のアイテムであろうと、完っ璧(Perfekt)に! 査定してご覧にいれましょうっ!!」

 

 ビシイイイイィィィイイッッ!!

 ……そんな擬音が付きそうなくらい見事な決めポーズをしながら宣言した。

 

「「……………………」」

 

 ナグモとユエの間に痛い程の沈黙が下りる。軍服姿の人物は、「決まった……」と満足気な顔だった。のっぺりとした卵頭なのだが。

 

「……………どちら様?」

 

 突然の闖入者にいち早くフリーズしてた脳を動かしたユエが尋ねた。軍服姿は手を大きく振った一礼をして、名乗り上げる。

 

「初めまして、ナザリックの新たな同胞たる可愛らしいお嬢さん(Fräulein)! 私が誰か? そう! 私こそが! 至高の御方々の纏め役たる偉大なりし、アインズ様にお創り頂いたシモベ! パンドラズ・アクターでございます! 以後、お見知り置きを」

 

 一語ごとに大仰な身振りをしながら、闖入者———パンドラズ・アクターは自己紹介する。それに対するユエの反応は鈍い。一言で言うと………「何この人?」である。

 

「パンドラズ・アクター……確か、ナザリックの宝物殿の領域守護者と聞いているが」

「はい! 初めまして、第四階層守護者ナグモ殿! お会いできて光栄の至りです!」

 

 ビシッ! とパンドラズ・アクターは敬礼した。初対面から数分としない内に言動のオーバーさに辟易していたナグモだが、パンドラズ・アクターを見てある事に気付いていた。

 

(この男の格好……それにドイツ語だと?)

 

 パンドラズ・アクターの軍服といい、ところどころ混ざるドイツ語といい、ナグモが地球にいた頃に読んでいた歴史のドイツのナチス親衛隊を連想させた。さもありなん、パンドラズ・アクターの服装のモデルとなったのはネオナチ親衛隊の制服であった。

 

(御方は……アインズ様は、地球の事を知っていた?)

 

 ナグモは驚きと共に納得した。道理で自分がナザリックに帰還した時、第三者から聞けば荒唐無稽な話にしか思えない内容を即座に信じて貰えたわけだ。

 

「ご安心下さい! 私が来たからにはもう大丈夫! 未知の鉱石であっても、この目で! アインズ様より頂きし、この目で! ナザリックの宝物庫に納めるべき宝物を鑑定してご覧にいれましょうっ!」

 

 やかましい……兎にも角にも、やかましい。

 ナグモは相手がナザリックの仲間であり、アインズによって直接創造されたシモベだと理解しつつも、少しばかり鬱陶しさを感じていた。ミキュルニラとは別の意味で一々オーバーアクションな相手である。

 

「……それで? パンドラズ・アクター。今後は君が査定した中で最もユグドラシル金貨への変換率が高そうな貴金属や鉱石を優先的に採掘してナザリックへ送る、という事で良いんだな?」

その通りでございます(Das ist richtig)! ユグドラシルにはない未知の鉱石……もう、私辛抱たまりませんっ!」

 

 なるほど、宝物庫の管理者だからアイテムフェチか。もはやナグモはそう思うだけにした。

 

「しかし、私にこの様な大役を下さるとは……さすがは我が創造主、アインズ様! やはり、至高の四十一人の方々の頂点に立たれた御方!」

 

 ピクリ、とそれまで無表情を貫いていたナグモの眉が少し動いた。

 

「確かに、アインズ様は僕など及びがつかないくらい優れた御方だが……創作という点においては、じゅーる様の方が優れておられた」

「ほう……?」

 

 クルリ、とパンドラズ・アクターが芝居がかった仕草でナグモに振り向く。

 

「アインズ様は至高の御方達をお纏めになられた御方。そのアインズ様の御力に翳りがある、と……?」

「少なくともじゅーる様の創作力を疑うべきじゃないな。じゅーる様がデザインを考えた第四階層を見れば、じゅーる様こそが至高の御方の中で特に優れた建築家でもあらせられたと思い知るだろう」

 

 パンドラズ・アクターの子供が落書きした様な黒い丸の目と、ナグモの無表情の冷たい目がじっと見つめ合う。先程まで喧しかったパンドラズ・アクターが急に静かになり、ユエは二人の間を不安そうに視線を行ったり来たりさせていた。

 

「どうやら……貴方とはじっくりとお話しすべきの様ですね、第四階層守護者代理殿?」

「いいだろう……受けて立つ」

 

 ***

 

 オルクス迷宮深層をアインズは歩いていた。以前はアインズを見ると襲い掛かってきた迷宮の魔物達も、ナグモがコア・クリスタルを書き換えた現在ではアインズの通り道の邪魔にならない様に慌てて身を隠すか、精一杯身を縮こませて平伏しようとしていた。

 

「ふむ……ナグモは順調にやっている様だな。迷宮の魔物達も我々の支配下に入ったのは今後の戦いで大いに役立つだろう」

「は、はいっ、お姉ちゃんも第六階層に新しい魔獣(ペット)が来るって、喜んでますっ」

 

 今回、アインズの供回りとして連れて来ているマーレがオドオドとしながらも、アインズに返答する。

 

「そ、それにしても、異世界の魔物も従えるなんて、さすがはアインズ様ですっ」

「ありがとう、マーレ」

 

 まるで尊敬する父親を見る様な目で純粋な賛辞を向けるマーレに礼を言いながらも、アインズは思考する。

 

(オルクス迷宮が鉱山どころか、ダンジョンとして活用できるならここを第二のナザリックにすべきだな。まあ、道中のトラップの難易度はそれ程じゃないから、絶対に侵入不可能な様に改造する必要があるけど)

 

 その為に今回、視察も兼ねてマーレを連れて来たのだ。マーレの魔法で迷宮内の環境や大地を操り、オルクス迷宮を難攻不落の要塞にしようとアインズは考えていた。

 

(道中の難易度ははっきり言ってユグドラシル基準じゃ、中の下だ。最後の転移トラップは不覚を取られたけど、転移した先にいたヒュドラモドキもレベル80以上なら余裕で倒せた程度だったからな……。エヒトルジュエがナザリックに攻め込む事も考えて、ここが偽のナザリックに見えるぐらいにはトラップやモンスターを強化していかないといけない)

 

 先日、()()()()()()()()()()()()がオルクス迷宮に召喚していたデスナイトを突破しようとしていたとデミウルゴスから報告があった。辛くもデスナイトの耐久力を前に撤退した様だが、今後もナザリックの為にオルクス迷宮を独占し続ける為にはトラップや配置する魔物を強化する必要があった。

 

(あの時は焦った……そもそもデスナイトを置き去りにしてたの、すっかり忘れてた。というか「全てアインズ様のお見込み通りです」って、デミウルゴスの中で俺はどんな頭脳に見えてるんだよ?)

 

 まさか面と向かって聞くわけにもいかず、いつも通りに適当な支配者ロールで乗り切ったアインズだが、これ以上の問題事が起きない様にもオルクス迷宮の大改造に着手する事にしたのだ。

 

「あ、あの……アインズ様? どうかされましたか?」

 

 黙り込んで考えていたアインズに、沈黙に耐え兼ねたマーレがおずおずと聞いてくる。左右で異なる色合いの瞳は、飼い主の機嫌を伺う子犬のように潤んでいた。

 

「ん? ああ、そう緊張しなくていいぞ。この迷宮は、ナザリックに比べるとあまりに脆弱過ぎると考えていただけだ」

「そ、それは当然です! 至高の御方々がお創りになられたナザリックと、人間が作ったダンジョンなんか比べ物になりませんっ!」

「う、うむ、そうか? いや、そうだったな……」

 

 珍しく大声を出して否定するマーレに、アインズは考え直した。かつての仲間達と共に作り上げたナザリックとオルクス迷宮とでは、確かに差があり過ぎる。

 

「とはいえ、この世界に来てからせっかく手に入れた拠点には違いない。オルクス迷宮がいざとなったらナザリックの避難所となる様にして欲しい。頼んだぞ、マーレ」

「は、はいっ! ボク、精一杯やらせて貰いますっ!」

 

 気合いの表れか、ムンッと力瘤を作る仕草をするマーレ。ただ悲しいかな、スカートを履いた男の娘のマーレでは力強さより可愛らしさが目立っていたのだが。

 

「そ、それにしても先の先まで考えているなんて、さすがはアインズ様ですっ。パンドラズ・アクターさんを動かしたのも、アインズ様の御計画の内なんですね!」

「……ああ、うん。()()は、な……うん」

 

 キラキラと無邪気に目を輝かせるマーレに対して、アインズは若干疲れ果てた声になる。心なしか、眼窩の中の赤い輝きがどんよりと澱んだ。

 

(いや、出来れば動かしたくなかったよ……というか、実際動いてるのを見るとだっさいわー。何で俺、あんな設定にしちゃったんだろう……? いやまあ、軍服は? カッコ良いと言えなくもないけどさぁ)

 

 何が悲しくて自分の考えた黒歴史(パンドラズ・アクター)が生き生きと動く様を見せつけられなくてはならないのか? 出来るなら宝物庫にずっと仕舞っておきたい。なんだったら、そのまま鍵をかけたい。

 

(だ、だけど、神様なんかを相手にすると決めた以上は戦力がいくらいても足りないんだ。遊ばせておく余裕なんてない……そう、それが俺の黒歴史であっても!)

 

 今後、エヒトルジュエとの戦いでNPC達には様々な任務に就いてもらう事になるだろう。それこそパンドラズ・アクターも、その変身能力を活かして諜報活動などに赴いてもらうかもしれない。だからこそ断腸の思いで黒歴史(パンドラズ・アクター)を日の目の当たる場所に出したのだ。今回、おつかいみたいな任務を下したのも、どうせ他のNPC達にバレるなら、早めに出した方が傷が浅くて済むと考えた為であった。こう、精神的に。

 

「それにしても……パンドラズ・アクターさん、どこ行っちゃったんでしょうか? ナグモさんの所に行ったって、ミキュルニラさんは言ってましたけど……」

「ううむ、オルクス迷宮の資材貯蔵庫は確かこっちと聞いていたが……」

 

 新たに作られたオルクス迷宮内のマップを片手にアインズ達は迷宮内を歩く。しばらくすると、増設されたのであろう鉄の扉の前に佇んでいたユエをアインズは見つけた。ユエはアインズの姿を見て、優雅に臣下の礼をとる。

 

「ようこそいらっしゃいました、アインズ様。そしてマーレ様」

「うむ、楽にして良いぞ」

「はっ」

 

 頭を上げるユエだが、その立ち振る舞いは元・女王だけあって気品に満ち溢れていた。

 

(こういうのを王族の振舞いと言うんだろうなぁ。というか、冷静に考えると滅んだ国とはいえ女王様が部下とか、大事だよな? 俺の支配者ロール、大丈夫かなぁ……王族だったユエから見て、変な風に見られたりしてないかな? うわー……)

 

 内心、かなり小心者な事を考えているのだが、幸いな事にアンデッドの骸骨顔はポーカーフェイスを作るのに役立っていた。お陰で緊張した顔もおくびにも出ない。

 と、そこでマーレがモジモジとアインズの背に隠れようとしているのに気付いた。まるでユエの目線から逃れようとしている様だった。

 

(ん? ひょっとして恥ずかしがっているのか? まあ、マーレはもともと内向的だもんなあ……)

 

 トータスに来てから新しく加わったとはいえ、ユエも今はナザリックの新たな仲間なのだ。出来れば仲良くして欲しい、とアインズは考えていた。

 

(友人が多い奴が優れてるとか言うつもりはないけど、NPC達はせっかく命が吹き込まれたんだ。ナグモみたいに外の世界で友達を作れる様にしてやりたいんだけどなあ……。トータスだとエルフは亜人族だからフェアベルゲン……いや、確か魔人族がダークエルフに見た目が似てるらしいから、アウラとマーレの友達を作るなら魔人族の方がいいか?)

 

 その為にもエヒトルジュエは是が非でも滅ぼさなくてはならない。アインズは改めてそう決心すると、ユエに話しかける。

 

「ユエ、ナグモはいま何処にいる? それか、パンドラズ・アクターという男……男だよな? うむ……。とにかく、そんな名前の奴を見ていないか?」

 

 一瞬、ドッペルゲンガーに性別あるの? なんて考えていたアインズに対して、ユエは———何故かゲンナリとした顔になった。

 

「……ナグモ所長とパンドラズ・アクター様はかれこれ一時間くらい貯蔵庫にいます。……覗かれますか?」

「うむ? 二人とも揃っているなら話は早いが……」

 

 頭にクエスチョンマークを浮かべながら、アインズはユエに扉を開けて貰った。

 そこには———。

 

「———よろしいですかな? アインズ様はあらゆる死霊系魔法に長け、習得した魔法の数は700以上! これ程の数を習得した魔法詠唱者は前代未聞! まさに至高の中の至高! トップ・オブ・ザ・ワールド(Die Spitze der Welt)!」

「じゅーる様はあらゆるスキルを習得されていた。不肖、僕も習得しているが、マルチタスクという特殊技能を習得されていたのは至高の御方々の中でもじゅーる様、お一人。まさにじゅーる様だからこそ出来た妙技だ」

アインズ様はっ———!」

「じゅーる様は———」

 

 ———瞬間、アインズの精神が沈静化された。

 

「………なあ、ユエ」

 

 片や大仰な身振りをしながら。

 片や無表情で淡々と。

 白熱した議論を交わす二人のNPC達を見ながら、アインズは問い掛ける。

 

「………アイツら何やってんの?」

 

 ユエは小首を傾げ、少ししてから答えた。

 

「………父親自慢?」

 

 アインズの精神が再び沈静化される。ふう、と天を仰いだ。

 この日の為に、支配者ロールの練習をしていてよかった。

 

「———騒々しい! 静かにせよっ!」

 

 自分の創造主(パパ)がスゴいと言い合う守護者(お子様)二人に、アインズの怒号が響き渡った。

 

 ***

 

 ナザリック技術研究所オルクス支部・所長室(旧オスカー・オルクスの研究室)。

 ナグモは頭を抱えながら項垂れていた。

 

「………低脳な失態だ」

「あ、あの、元気出して下さいっ、ナグモさん」

 

 ズゥン、と暗雲を背負いそうなナグモをマーレが慰めていた。ちなみに別室ではパンドラズ・アクターがアインズ直々にお説教されていた。

 

「ええと、ボ、ボクはアインズ様も、じゅーる様も、どっちも凄い方だと思いますっ。も、もちろんぶくぶく茶釜様も凄い方ですけどっ」

「ああ……その通りだな……」

 

 マーレの至って()()()対応にナグモはさらに項垂れる。見た目が自分よりも小さな男の娘なマーレに諭されるとか、もはや穴があったら入って埋めて欲しい気分だった。

 

(………何なんだ? 本当に。僕はどうしたというのだ………?)

 

 どうも香織と出会ってから、自分の感情の制御が下手になった気がする。あんな幼稚な議論に白熱するとか、自分の頭は大丈夫だろうか? とナグモは本気で心配になっていた。

 

「え、えっと、それで、オルクス迷宮をどう拡張するか、ってお話ですけど……」

「ああ、すまない。場所はこの資料を参考にしてくれ。詳しい話はユエに聞くといい」

「ユエさん、ですか……」

 

 マーレがどこか複雑そうな顔になる。その顔にナグモは疑問符を浮かべた。

 

「どうした? ユエに聞くのに、何か抵抗があるのか?」

「い、いえ、別にあの人が苦手というわけではないですけど……」

 

 モジモジと言い辛そうにしていたマーレだったが、やがて意を決したのかナグモをまっすぐと見た。

 

「あ、あの、ナグモさんは嫌じゃないですか?」

「ん?」

「これから至高の御方に生み出された人達以外が、ナザリックを出入りする様になるのは、ボクはちょっと……も、もちろんアインズ様がお決めになった事に文句を言う気はこれっぽっちも無いですけど!」

 

 ふむ……とマーレに言われた事をナグモは考える。マーレの意見も分かる気はする。ナグモ達にとってナザリックは神に等しき至高の四十一人が作り上げた聖地であり、下賎な者が足を踏み入れて良い場所ではない。

 だが———。

 

(……不思議だな。僕はユエや香織が加わる事に、特に嫌悪感は無いな)

 

 以前のナグモなら、マーレと同じ意見を言ったかもしれないが、どういうわけか今はナザリックに新参者が来る事に特に異論は無いのだ。何よりユエには借りがあるし、最愛の人物である香織に至っては言わずもがな。

 とはいえ、それがナグモ個人の感情によるものと理解しているので、別口から切り出す事にした。

 

「マーレ。僕達はナザリックの守護者だ。至高の御方によってナザリックを守護する為に、そして御方の御役に立つ為に創造された」

「は、はいっ。それはそうですけど……」

「ならば、僕達は御方にもっと役立てるには何が必要か? 足りない物は無いか? それを常に考えなくてはならないだろう」

 

 ナグモはかつての香織との戦闘を思い出す。今まで創造主(じゅーる)によって創られた自分は完璧であり、非を言うのは自分を生み出したじゅーるに文句を言うのと同義だと思っていた。

 ところが蓋を開けてみれば、ガルガンチュアがいなかった事を差し引いても自分の戦闘はお粗末の一言に過ぎた。咄嗟の機転でどうにかなったものの、実質的にあれは敗北と言っていいだろう。 

 

「かつての1500人の侵入者達に僕達は一度敗れている。結局は至高の御方々が第八階層で返り討ちにされたそうだが、これは御方々が居たからこそと言うべきだろう。しかし……今のナザリックにはアインズ様しかいらっしゃらない」

 

 ビクッとマーレの耳が動く。目の前の守護者は自分と違って、あの時の記憶を保持しているのだろうか? 仮に無いとしても、1500人の人間達(プレイヤー)にナザリックが攻め落とされかけた事実を知ってはいるだろう。

 

「アインズ様の敵であるエヒトが、あの人間達以上の力があれば今度こそナザリックは滅ぶだろうな」

「そ、そんなの駄目です! ボク達がその身を盾にしてでも、アインズ様を御守りすべきですっ!」

「だが、次に同じ事があれば僕達は盾になる事すら出来ないだろう。至高の御方が複数人いらっしゃったなら、まだ話は別だったが………」

 

 ガクガク、とマーレが恐怖で震えた。自分の命が失われてしまう事に、ではなく、自分が御方の()()()()()()()()()()()事に、小さな大自然の使者は泣きそうな顔になっていた。

 

「———そうはさせない」

 

 その一言にマーレが顔を上げる。ナグモはいつもの無表情にどこか覇気を感じる顔付きになっていた。

 

「あらゆる手段、あらゆる方法を使ってでもアインズ様を御守りする。そして———エヒトを討つ。じゅーる様に頂いた頭脳と力を全て尽くして」

 

 それこそが、大恩あるアインズに返すべき忠義なのだ。ナグモはそう自分に言い聞かせる様に呟いていた。

 

「このトータスにはユグドラシルには無い技術がある。それを調べ、より一層の技術の進歩を行う事こそが技術研究所の所長として生み出された僕の使命なのだろう。そして、その為にはユエや香織が必要なのだよ。あの二人の体質やトータス固有の技術は、必ずやナザリックの———ひいてはアインズ様の御役に立つ。そう思っているからな」

 

 そう締めくくったナグモを、マーレは目を丸くして見つめていた。ややあって、オドオドとしながら頭を下げた。

 

「す、すごいです、ナグモさん。アインズ様の為に、そこまで考えていられるなんて……それなのに、ボクは我儘ばかりで……」

「そう卑下するな。まあ、いずれにせよ、これからトータス全てがアインズ様の支配下になるのだ。ならば、至高の御方に選ばれた者は神聖なるナザリックに招かれる幸運を得られた、というぐらいに考えるべきだろう。僕達は旧臣として、手本となるべき様に示していくまでだ」

「は、はいっ! ボクも、頑張ってアインズ様にお仕えします!」

 

 キュッとマーレは杖を握って頷いた。

 

「そ、それにしても……ナグモさんとこんなにお話しするなんて、意外です。ナグモさん、普段は何も話さない人だと思ってました」

「……そうだな。僕も意外に思っている」

 

 かつて、じゅーるによって創られた通りに行動しようと躍起になっていた時のナグモなら、マーレに自分の考えなど話せなかっただろう。こんな風に変われたのは、きっと———。

 

「………少しずつ、変わっていくべきなのだろうな。僕も」

 

 自分に感情と愛を教えてくれた香織の事を思い浮かべる。未だに人間は嫌いだが、せめて同じナザリックの者達には柔らかく対応すべきだろう。かつて『ナザリックの者達にも必要最低限しか関わらない』という設定があったナグモは、香織が教えてくれた感情を無駄にしない為にもそう頷いた。

 

「変わっていくべき、ですか……」

 

 マーレは少し考える素振りを見せ、やがてよしっと頷いた。

 

「あ、あの、ユエさんにはボクから聞きに行きますっ」

「本当に嫌なら無理はしなくていい。ミキュルニラあたりに説明させるが?」

「で、でも、アインズ様が色々な人達をナザリックの仲間にする、って仰ったのに、ボクだけ嫌がっているのは駄目じゃないかな、って……」

 

 マーレなりに、決心した内容なのだろう。ならばこれ以上、ナグモがあれこれ言うべきではない。

 

「……分かった。ユエから場所を聞いて、迷宮の改築に取り掛かってくれ。必要ならマシン・ゴーレム達も派遣する」

「は、はいっ!」

 

 ナグモに背を向けて所長室から出ようとしたマーレだが、ふと立ち止まった。

 

「あ、あのナグモさんっ。一緒に頑張りましょうねっ。アインズ様が、トータスを支配されるためにもっ」

「ああ、その通りだな」

「ナザリックをもっと大きくして———ぶくぶく茶釜様や、じゅーる・うぇるず様がお帰りになられた時に、びっくりして頂ける様にしましょう!」

 

 ———努めて。ナグモは表情を動かさない様にした。

 

「———そうだな。お隠れになられた御方も、お喜びになるといいな」

「はいっ! えへへ、ぶくぶく茶釜様、喜んでくれるかなぁ?」

 

 楽しそうにはにかみながら、マーレは退室した。パタン、と閉められたドアに、ナグモは聞こえない様に独り言を喋る。

 

「ああ、きっと。喜んで頂けるだろうな……ナザリックにお戻りになられるかは別だが」

 

 ナグモはこの世界に来る前に読んでいた、北欧神話の内容を思い出していた。

 神話の終末———ラグナロク。

 人も、神も、世界の全てが燃え尽きたという大戦があったという記述があった。もしも、あれが事実だと言うならば———いなくなった至高の御方達は、もう既に……。

 

(……いや。あれは、低脳な人間達が編纂した内容だ。絶対の事実ではない)

 

 本の内容はアインズから他の者へ話す事を固く禁じられていた。それがナグモの不安を掻き立てるが、一抹の希望はあった。

 

(北欧神話の後世に編纂された聖書に、るし☆ふぁー様のお名前があった。もしかしたら、御方々は姿形を変えて生存されていらっしゃるのかもしれない)

 

 地球に転移して、何故か若返った姿になっていた自分の様に。万が一という可能性ではあるが、マーレがぶくぶく茶釜と再会する可能性だってゼロでは無いのだ。

 

「でも……じゅーる様がお戻りになられる事は、ない」

 

 ナグモは虚空を見つめながら呟く。その表情は———置き去りにされた子供の様に、ひどく寂しげだった。

 

「じゅーる様は、もう……この世には、いらっしゃらないのだから」

 

 

 

 




ナグモは創造主の帰還を信じているNPC達の中で、唯一「自分の創造主が戻って来ないと確信している」。大事な話はそれだけです。
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