ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 最近になってありふれにハマり、さらにオーバーロードにハマりました。ナザリックによって為されるトータス征服記。どうぞお楽しみ下さい。


本編
プロローグ①


 月曜日。一週間の始まりにある者は気分を高らかに、ある者は不機嫌な面持ちで登校する。南雲ハジメにとって月曜日とは常に後者だった。

 

「よぉ! ガリ勉モヤシ! また徹夜で勉強か?」

「本当は勉強するフリしてエロ本でも見てたんじゃねぇの?」

 

 ゲラゲラと気分の悪くなる様な嘲笑が浴びせられる。それに対して、優男風の少年――南雲ハジメは聞こえていないかの様に素通りしようとした。

 

「あ? てめえ、何シカトこいてんの?」

 

 嘲笑を浴びせていた少年———檜山大介は一転して不愉快な顔になり、南雲の肩を掴もうとした。そこで初めて彼は檜山を見た。

 

「っ………!」

 

 瞬間、檜山の背中に寒気が走る。冷徹な瞳には何の感情も浮かんでいなかった。ネットでどうでもいい映像を流し見ている様な………あるいは、地べたを這いずる虫を見る様なつまらなそうな目。おおよそ人間に対して向けるものではない感情が籠らない南雲の目に、自分の理解を超えた存在に会ったかの様に檜山の生存本能が警鐘を鳴らしていた。

 

「檜山ー、どうしたよ?」

 

 一緒に南雲に絡んでいた近藤礼一が急に黙ってしまった檜山に不審そうに声をかけた。ハッとなった檜山は馬鹿にしていた相手にビビった事に気不味くなり、「なんでもねえよ!」と怒鳴るとそそくさとその場から離れた。その後ろ姿を南雲は不機嫌そうに溜息をついて自分の席へと向かった。

 

「おはよう、南雲くん! 今日はいい天気だね!」

 

 席に座ろうとする途中、南雲に艶やかな黒い髪を伸ばした少女が元気良く声をかける。

 彼女の名前は白崎香織。学校内で二大女神と呼ばれ、類い稀な美貌と人当たりの良い性格で男女問わずに人気の高い女生徒だ。そんな美少女に笑顔で声をかけられたら普通の男子はデレデレと鼻の下を伸ばすだろう。だが南雲は「ああ、おはよう」と短く挨拶を返すとさっさと席に着いた。学校で一、ニを争う美少女に対して無愛想極まりない対応に教室中から非難の視線が集まる。だが南雲はそんな視線を全く気にしていないかの様に鞄の中から本を取り出した。

 

「南雲くんって、いつも難しそうな本を読んでるよね? 今日は何を読んでるの?」

 

 しかし香織は南雲の冷淡な対応を気にしていないかの様に再び話し掛ける。南雲は眉間に皺を寄せた顔でチラッと香織を見るが、やがて億劫そうに口を開いた。

 

「………北欧神話」

「あれ? 珍しいね。南雲くん、図書館から借りてる本は専門書とか医学書とかなのに」

「………なぜそれを知っている?」

「それはこっそり、じゃなくて! たまたま! そう、たまたま私も図書館にいたの!」

 

 胡乱げな視線を向けられ、ワタワタと挙動不審な動きをする香織。そんな二人に男女の三人組が近付いた。

 

「やれやれ……。また南雲に世話を焼いているのか? 香織は優しいな」

「全くだぜ。そんな奴、ほっとけばいいのにな」

「ちょっと、二人とも……ええと、おはよう香織、南雲くん」

 

 三人の中で唯一、南雲に朝の挨拶をしたのは八重樫雫。

 黒髪をポニーテールにした少女で、香織と共に学校の二大女神と呼ばれ、八重樫流という剣道道場の娘として小学生の頃から剣道大会は常に優勝しており、凛とした佇まいから同性からも(些か行き過ぎな)好意を寄せられる剣道少女だ。

 南雲に対してというより、香織に声をかけたのは天乃河光輝。

 高身長にサラサラとした茶髪に整った顔立ちと下手なジャニーズ系アイドル顔負けの容姿で、成績優秀でスポーツ万能と学校中の女子から憧れの視線を一身に受ける少年だ。ちなみに香織と雫の幼馴染でもある。

 もう一人は坂上龍太郎。大柄な身体に短く刈り上げた髪と見るからにスポーツマンといった風貌で、学校の空手部のエースである。細かい事を気にしない豪胆な性格であるが、南雲とは反りが合わない為、今も一瞥しただけで南雲を無視していた。

 

「香織、あまり南雲を甘やかさない方が良い。彼をつけ上がらせるだけだからね」

「? 私がしたいから南雲くんに話しかけているだけだよ?」

「え? あ、ああ、香織は本当に優しいんだな……。おい、南雲! 香織にここまでして貰っているのに、その態度は失礼じゃないか?」

 

 微妙に噛み合わない会話のキャッチボールを光輝と香織がしている間、南雲は我関せずという態度で本を読んでいた。自分達を気にも留めてない態度が癪に障り、光輝は南雲に矛先を向ける。

 ぺらり、とページを捲る音が響く。

 

「聞いているのか! 南雲!」

「ちょっと、光輝!」

 

 険悪になりつつある空気に雫が光輝を制止しようとする。その段階で、ようやく南雲は本から顔を上げた。

 

「話は済んだか?」

「な………」

「話は済んだか、と聞いている」

 

 ジロリ、と温かさの欠片も籠らない目が光輝を射抜く。

 

「見ての通り読書をするのに忙しい。つまらない用事なら後にして貰いたい」

「な、お前の為を思って言ってやってるのに、何だその態度は!」

「なぜ君の指図に従わなくてはならないのか、全く理解できないのだが?」

 

 ハァ、と心底から面倒だと言う様に溜息を吐きながら南雲は本を閉じる。

 

「僕にあれこれ言う暇があるくらいなら少しは勉学をしたらどうだ? 僕に学業成績で勝てないからと一々突っ掛かってくる子供相手に話をするのは酷く時間の無駄だ」

「何だと……!」

「光輝! いい加減にしなさい! ほら、行くわよ!」

「え、ええと……それじゃ、南雲くん、また後でね」

 

 顔を真っ赤にして怒り出しそうになる光輝を雫は慌てて引っ張って行く。龍太郎は息を吐く様に自分の親友(光輝)を侮辱した南雲を殴りたい衝動に襲われるが、結局は舌打ちをしながら光輝達と立ち去った。香織もまた、これ以上は南雲と話すのは無理と悟ってその場を後にする。

 

「………チッ、ちょっと勉強が出来るからって偉そうに」「白崎さんも何であんな奴に話し掛けるのかしら?」「アイツがいるとクラスの雰囲気が悪くなるんだよなぁ」

 

 四人が立ち去った後、ヒソヒソと周りのクラスメイト達が一斉に話し出す。そこに南雲に好意的な見方をする者は一人もいない。

 

 南雲ハジメ。入学して以来、テストは満点以外は取った事がなく、全国模試も全教科満点一位と、県立であるこの高校ではいっそ異質な程の成績を叩き出していた。

 しかしその性格は誰に対しても興味が無いかの様に冷淡であり、口を開けば毒舌が飛んでくるという非常に近寄り難いものだった。クラスメイトがまだお互いの顔と名前を覚え切れて無い頃、南雲の頭の良さを見込んで勉強を教えて貰おうとした女子がいたが、南雲はその女子の間違えている点を徹底的に指摘して最終的に泣かしたという事件もあった。

 そういった経緯もあり、南雲はクラスメイト達から完全に腫れ物扱いされていた。今では徒党を組めば気に入らない南雲を虐められると思っている檜山達か、冷淡にあしらわれても何故か何度も話し掛けに行く香織くらいしか南雲に関わろうとする者はいない。

 

「………」

 

 ぺらり、とページを捲る音が響く。周りの人間から厄介者を見る様な目で見られているというのに、南雲は周りの事が目に入らないかの様に朝の読書を再開する。お世辞にも気持ちの良い朝とは言えないが、今日もまたありふれた平凡な一日が始まろうとしていた。

 

 その日の昼休み。教室全体を覆う魔法陣が現れるまでは。

 

 ***

 

「ふざけないで下さい! この子達に戦争へ参加しろと言うのですか!」

 

 ペチペチ、と机を叩く音と共に幼い少女の様な声が響く。

 真っ白な大理石で作られた豪華な応接間。

 突然、魔法陣が現れたと思ったら気付けば見慣れた教室から大聖堂の様な場所に転移していた。そんな非常事態に生徒達が目を白黒させている間にも、彼等を異世界から召喚したと言う教皇イシュタルの説明はさらに混乱を助長させた。

 

 曰く、この世界はトータスと呼ばれる世界で、貴方達は自分達が崇めている“エヒト神"に召喚された神の使徒である。

 曰く、いま人族は魔族の脅威に晒されており、このままでは人族の滅亡の危機である。

 曰く、“エヒト神"の神託に従い、どうか魔族を打倒して人族を救って欲しい。

 

「貴方達がやってるのはただの誘拐です! そんなの先生は許しません! ええ、許しませんとも! 早く私達を元の場所に帰して下さい!」

 

 ぷりぷりと怒りながらイシュタルに食ってかかっているのは不幸にも教室に残っていた為に一緒に召喚された教師の畑山愛子。百五十センチという低身長に童顔と小学生の様な容姿で、生徒達から「愛ちゃん」という愛称で呼ばれるくらい人気のある教師だ。彼女は突然の事態に混乱しながらも教師としての役目を果たそうとイシュタルに猛抗議していた。もっとも、彼女の容姿では怒っている姿に威厳もへったくれも無いが。

 そんな愛子に対して、イシュタルは皺の深い顔をいかにも残念そうに横に振った。

 

「お気持ちは察しますが………それは出来ぬ相談なのです」

「で、出来ないってどうして!? 私達を呼び出す事が出来るなら帰すのだって簡単な筈じゃ」

「あなた方を召喚したのはエヒト様のご意思。我々、人間には異世界という場所に干渉する術を持ちません。あなた方を元の世界に帰せるのはエヒト様だけでしょうな」

「そんな………そんな………!」

 

 ぺたん、と愛子は脱力した様に椅子に腰を落とす愛子。その姿を見て、事態の深刻さに気付いた生徒達は一斉に騒ぎ出す。

 

「ふざけるなよ! なんで俺達が戦争しなくちゃならないんだよ!」「嫌よ! 家に帰して!」「なんで、なんで、なんで……!」

 

 生徒達のパニックが最高潮に達した時だった。バンッ! と机を叩く音が響く。光輝は生徒達の視線が自分に集まった事を確認すると、おもむろに話し始めた。

 

「皆、色々と言いたい事はあると思う。でも、ここでイシュタルさんに文句を言ってもどうしようも無いだろう。それにこの世界の人達が助けを求めて俺達を召喚したのに、放っておく事なんて俺には出来ない」

 

 光輝はイシュタルにまっすぐ視線を向ける。

 

「イシュタルさん、俺達はエヒト神によって魔人族から人族を救う為に召喚された……という事は魔人族達を倒せば、元の世界に帰れる。そういう事ですね?」

「――おお、そうですな。エヒト様がそう望まれるなら、救世主の皆様の願いを聞き届けてくれるでしょう」

 

 一瞬、イシュタルは怪訝な顔になるが、すぐに光輝の言葉を肯定する様に鷹揚に頷く。しかし光輝にはそれで十分だった様だ。

 

「あと、この世界に来てから身体の奥底から力が漲ってくる気がします。本当に俺達に特別な力があるんですね?」

「左様。このトータスは皆様の世界から見て下位に存在する世界。上位世界から来られた皆様なら、我々の数倍から数十倍の力がある筈です」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように、俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 グッと握り拳を作って光輝は力強く宣言する。固い決意をもって人々を救う、と約束する姿はまるで物語の英雄の様だ。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

 ある者は力強く笑い、ある者は迷いながらも戦う決意をする。その姿に光輝が瞳を潤ませていると、今まで黙って事の成り行きを見ていた生徒達から次々と声が上がる。

 

「し、白崎さん達だけに戦わせられない! 俺も戦うぞ!」

「天之河くんがいるなら私も!」

「俺もやる! やってやる!」

「だ、駄目です! 貴方達は何を言っているのですか!? コラ、先生の話を聞きなさい〜!」

 

 熱に浮かされた様に次々と戦争の参戦を宣言する生徒達に愛子がオロオロと止めようとするが、光輝を中心に作られた熱狂的な渦の中では無意味だった。愛子の声は生徒達の参戦を求める声に掻き消されていた。その様子をイシュタルは満足そうに眺めていた。

 

「うう……どうして? どうしてみんな先生の話を聞いてくれないの?」

 

 愛子は涙目になりながら、周りの生徒達を見回す。少しでも自分の味方になってくれそうな生徒はいないかと探すが、誰もが光輝に追従する様に戦争への参戦に興奮している様子だった。

 

(え………?)

 

 そして、見てしまった。誰もが異常な事態に混乱している中、一人だけ全く騒いでいない生徒を。

 

(あの子は確か………南雲くん?)

 

 新任の愛子は受け持ちの授業以外で関わる事は無かったが、職員室でも話題になっていた生徒だった。学校の歴史が始まって以来の天才児でありながら、社会性が皆無な問題児を教師達もどう扱っていいか分からず、紆余曲折を経てほとんどの教師は見て見ぬふりをしてやり過ごしていた。その扱いに愛子は教師としての使命感から抗議したが、新人が出しゃばるなと釘を刺されて結局は何も出来ずにいた。

 その生徒がいま、いつもの様なつまらなそうな表情で生徒達を見ていた。

 

(そうです! 頭の良い南雲くんなら先生の話を分かって………!?)

 

 一瞬、自分の味方になってくれそうな相手を見つけて喜ぶ愛子だったが、南雲の目を見てヒッと悲鳴を呑み込んだ。

 いつもの様な、どころでは無かった。まるで茶番劇を見ている様な表情で生徒達を眺めている目には、人間としての温かさが全く宿っていない。それどころか、何の感情も感じられなかった。

 

 例えるなら――簡単な迷路で出口に行けずにウロウロと這い回るモルモットを見る様な目。

 実験動物の愚かさを嘲るのでなく、「どうしてそんな行動に出るのか?」を観察している様な目。

 

 そんな目で、南雲は生徒達を眺めていた。


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