「なんだ貴様は……?」
魔人族の将軍、フリード・バクアーは困惑の眼差しを向ける。
突然、空間に生じた闇から現れたのは一見して身分が高いと分かる豪奢なローブを身に纏った人物だった。手には無骨なガントレットを付け、顔には泣いている様な怒っている様な異様な仮面。
その人物に先に姿を現していた魔人族の見た目の少年と直立した昆虫の様なライトブルーの魔物は臣下の様に礼を取る。仮面の人物は二人に無造作に片手を振った。まるで多くの者から傅かれて当然という様な、絶対的な支配者の威厳が所作の一つ一つから滲み出ていた。
「今のは空間魔法? まさか、貴様も大迷宮の攻略者か!」
「———ほう? 神代魔法の一つは空間魔法と言うのか。どうやらお前は神代魔法についての情報を知っている様だな」
ズッ、と仮面を被った人物は一歩踏み出してくる。気圧される物を感じて、シアのウサ耳を握りしめたままフリードは部下達と共に一歩下がった。
「初めまして、魔人族の皆さん。私の名前はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと親しみを込めて呼んで頂ければ幸いです」
絶対的な威厳を保ったまま、アインズと名乗った人物はフリードに呼びかける。先程とは打って変わって丁寧な口調の筈なのに、フリードには何故か自身の死刑宣告を読み上げられている様に聞こえて怖気が走った。
「後ろにいるのはアウラとコキュートス。私の大事な部下達です。さて、本日は皆さんと取り引きしたい事があって来ました」
アインズ・ウール・ゴウンという名前に心当たりは無く、情報を得る為にもう少し喋らせるべきだと判断したフリードは顎をしゃくって先を促す。
「素晴らしい。お話を聞いて頂き、感謝します。さて、最初に言っておくべき事があります。皆さんでは私に決して勝てません」
絶対の自信と共に紡がれた宣言にフリードは眉を顰めた。未だかつて、魔人族の英雄である自分にこんな無礼な事を言ってきた者はいない。
「無知とは憐れだな。私を恐れ多くも魔王陛下より魔国ガーランドの将軍職を任されたフリード・バクアーと知っての発言か?」
「なんと、魔王の側近とは。初めて知りましたが、それはまた好都合です」
自分で言うのもなんだが、フリードの名は魔人族ならば知らぬ者はいないという程に高名だ。今のやり取りで相手は魔人族ではない、とフリードは判断した。とすれば、人間族か。
(いや、もしくは亜人族を助けるタイミングで出て来たから奴も亜人族かもしれない。全身を覆い隠す様な服装はこちらを動揺させる為のハッタリか?)
そこまで考えが及び、フリードの中で正体不明の怖れが消えた。よくよく注視すれば、目の前のアインズからは
「さて、私の要求はただ一つ。大迷宮の場所を知るこのエルフの身柄を私に引き渡して貰いたい。そうすれば、貴方達は私の住処でキチンと
ハッと“聖絶"の中にいるアルテナはアインズを見る。だが、それを無視するアインズにフリードは鼻で笑う。
「何を言うかと思えば。貴様も神代魔法を求める者か。どこで知り得たか知らんが、選ばれた高貴な種族である
フリードの嘲笑に部下達も追従する様に笑い出す。そしてフリードは手でウサ耳を掴んだままのシアをアインズの眼前に出した。
「シアちゃん!」
「シア!」
「そら、全身を着飾ったつもりだろうが、本当は貴様も
アルテナとティオの呼び掛けにシアは「うぅっ……」とくぐもった声を出す。フリードに斬り裂かれた傷から血がドクドクと流れ、彼女の顔は真っ青になっていた。
「シアちゃん……! どこの誰か存じませんが、お願い致します! どうかあの娘を助けて下さいまし! 必ず大迷宮の場所をお教えしますから! お願いしますっ!」
「妾からもお頼み申す! シアを……あの娘を助けてやってくれ!」
アルテナとティオの請願に、アインズは考える素振りを見せた。
「———ならば、お前達はあの娘を救う代価に何を差し出す? 大迷宮の場所だけではなく、私の出す要求に従えるか?」
まるで悪魔の契約の様だ。だが、アルテナとティオが躊躇したのは一瞬だった。二人は神妙な顔で頷いた。
「……必ずや。亜人族の次期族長、アルテナ・ハイピストの名に懸けて」
「妾も……竜人族の誇りに懸けて誓う!」
すると、まだ息のあった亜人族の戦士達からも次々と声が上がる。
「お、俺もだ……! あんたに従うから、あの娘を助けてくれ……!」
「俺達の為に戦った奇跡の子を見殺しにできねえ……! 頼む、お願いだ……!」
「……ほう? あの亜人はそれ程に重要な存在なのか。なるほど、なるほど。良いだろう、アインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて、あの娘の命は救ってやろう」
アウラ、とアインズは呼び掛ける。はーい、とアウラは一歩前に出て、フリード達と対峙した。フリード達の上空にはまだウラノスを含めた飛龍の群れが飛び交い、アインズ達に敵意の唸りを上げていた。
「アンタ達さ、さっきから失礼じゃない? アインズ様がわざわざお姿を見せられてるんだよ? それ相応の態度があるんじゃないの?」
「フン、小僧が何を偉そうに———」
「ん? 言い方が回りくどかった?」
鼻で笑い掛けたタヴァロスを遮る様にアウラが先に喋り、そして———。
「———降りて来い、って言ってんの」
瞬間、フリード達は殺気で震えた。まるで心臓を氷の手で鷲掴みにされたかの様に、身体に冷たい悪寒が奔る。それは魔人族の英雄として戦場を駆け抜け、万を超える大軍を相手取った事のあるフリードですらも感じた事の無い様なプレッシャーだった。そして、それは魔物達も例外では無かった。
「な、何だ!? 龍達が急に!」
「どうしたんだ!?」
空を飛んでいた龍達が次々と地面へと降りてくる。そして、皆が一様に頭を伏せた。
「ウラノス! おい、ウラノス! どうした、立て!」
「ク、クルゥゥゥ……」
自身の相棒であり、変成魔法で強化した白竜にフリードは呼び掛ける。だが、ウラノスはフリードの呼び掛けにイヤイヤと頭を振り、まるで天敵と遭遇した小動物の様に身を縮こまらせて必死で頭を伏せていた。
(馬鹿な……! ウラノスが怯えるだと! あんな、魔人族の少年一人にか……!?)
ここに至って、ようやくフリードは己の判断の愚を悟った。
「さて、亜人族から大迷宮の場所を教えて貰う確約が出来た以上———お前達との取引は不要となった」
ガラリ、とアインズの口調と雰囲気が変わる。ヒュウゥゥ、と一陣の風が吹き、アインズのローブをはためかせる。その風が身を凍らせる程に冷たく、ローブをはためかせたアインズの姿が死神に見えたのは、きっと気のせいだとフリードは自分に言い聞かせた。
「ああ、安心しろ。お前には聞きたい事があるから生かしてやるし、部下共々たっぷりとナザリックで持て成してやる」
ギロリ、とアインズの視線がフリードに向く。それだけでフリードは吐き気を催してきた。
「———死はこれ以上、苦痛がないという意味で救いである。そう思えるくらいに、な」
「も、者共っ! かかれぇ!! あの亜人共を殲滅しろぉ!」
フリードの号令が魔人族の部隊に響く。幾度も味方を鼓舞してきた魔人族の英雄の号令は、まるで死の運命から逃れようとするネズミの様に甲高い声となった。それでも部下の魔人族達は動く。
「アウラ、コキュートス———やれ。ただし、ウサギ耳の娘とあの魔人族のリーダーは殺すな」
「かしこまりました、アインズ様!」
「オ任セ下サイ、アインズ様」
迫り来る魔人族に、二人の守護者達が躍り出る。
そして———死の嵐が吹き荒れた。
***
「………は?」
部隊の指揮の為に後方に下がったフリードは、その光景に目を点にした。まず最初に、空間魔法で異空間に仕舞っていた魔物の軍勢を呼び出し、突撃させた。全て変成魔法で作られた魔物であり、地上の魔物など鎧袖一触にできる様な強さを持つ魔物達だ。それをアインズが連れて来た魔物———コキュートスが前に出た時、フリードは内心で嘲笑を浮かべていた。
(馬鹿め……魔物一匹で何が出来る!)
見た事の無い魔物だが、自分の魔物達の敵ではない———その予想はすぐに裏切られた。
「飛んでる………」
配下の一人が呆然と呟いた。そう、飛んでいるのだ。立ち向かった魔物が、中空へ、無造作に。
バラバラ、と肉片を撒き散らしながら。
「な、なんだあれは!?」
見れば、コキュートスの手にした薄刃の剣———フリードは知らないが、日本刀———で魔物達が全て斬り伏せられていく。その速度は視認すら難しく、フリードの目でも何か光ったと思えば、それは刀身の煌めきだったと理解できる程度だった。魔物達は爪牙や触手などを一指たりとも触れる事なく、まるで鉋屑の様にバラバラにされていく。
「フ、フリード様! 何なのですか、あの魔物は!?」
「狼狽えるな、馬鹿者! 精鋭の魔物を出す!」
感情的に配下に怒鳴り、フリードは大迷宮の攻略用に用意していた魔物達を異空間より取り出す。他の魔物より大きく、赤黒い線が入った魔物を見て、迫り来ていた魔物を斬り伏せて一息をつく様に刀に付いた血糊を払い落としていたコキュートスは一言呟いた。
「———“限界突破"」
ゴウッ! とコキュートスから感じていた圧が高まる。フシュウウウゥゥッ、と口から吐かれる冷気は極寒の吐息となり、周りの魔物の死骸をパキパキと音を立たせながら凍らせた。
「い、行けっ!」
離れた場所にいる自分の所にまで来る冷気にフリードは背筋を凍らせながら、フリードは虎の子とも言える精鋭魔物達に突撃を命じた。フリードが変成魔法で作った中でも一際出来の良い魔物達は、今までの魔物達とは比べ物にならない機敏さでコキュートスに襲い掛かり———今までの魔物達と同じ様に、バラバラと斬り伏せられていた。
「フ、フリード様!」
「狼狽えるなと言っている! 奴は“限界突破"を使った! ならば、もうじき奴の活動時間の限界が来る! その隙に一斉に魔法を叩き込め!」
「な、なるほど……!」
“限界突破"は使用者のステータスを一時的に三倍に引き上げるが、スキルの活動時間が過ぎれば使用者はクールダウンの為に暫く動けなくなってしまう。あの強さは“限界突破"を使ったからだ、とフリードは自らを納得させる様に言い聞かせた。
「カウントを合わせろ! 十、九、八———」
数多の戦場を駆け抜けた経験から、フリードは“限界突破"の活動時間限界を予想して、配下で魔法攻撃に長けた者達と共に詠唱を開始する。人間族より魔力に優れ、複数の術者が合わさって詠唱する魔法は高密度の魔力で空間をピリピリと震わせる。
「———三、二、一、今だ! 撃て!!」
「「「“炎天・豪”!!」」」
詠唱を終えた配下達と共にコキュートスへ向けて、極大魔法を放つ。その練度は恐らくフリードの生涯でもこれ以上に無いというタイミングで、丁度、フリードが予測していた“限界突破"の活動終了時間にピッタリと計算されて発動した。
コキュートスの見た目や吐いていた息が冷気であった事から撃たれた炎の極大魔法は、本来なら人間の一個中隊相手に撃つ様な範囲殲滅魔法だった。炎は渦巻く嵐となり、足止めの為に放っていた魔物と共にコキュートスを呑み込む。
「や、やったか……?」
辺り一帯の樹木を燃やし、天をも焦がす勢いで燃え盛る火焔球にフリードは配下の魔人族と共に息を呑みながら見守った。
そんなフリード達を嘲笑う様に、火焔球が掻き消える。
ブシュウウウウウゥゥッ!! と音を立てながら、冷気が火焔球を押し出し、あまつさえ燃え広がろうとしていた樹木の炎まで鎮火させて
「そんな……馬鹿な……」
今まで人間の軍隊を幾度も消し炭に変えてきた極大魔法を破られて、配下の魔人族は呆然とした呟きを漏らした。
***
(フム……ナグモガ新タニ作ッテイル
コキュートスは新たに突撃してきた魔物を斬り伏せながら、そう思考する。赤黒い線の入った魔物を見て、新たに得た天職のスキルの練習相手としてナグモが用意したオルクス産キメラくらいの強さを見積もったが、そこまで強くはない様だ。
考えてもみれば、至高の四十一人にナザリック随一の技術力を持つ研究所長として生み出されたナグモが作成したキメラと、目の前の魔人族が従える魔物とでは雲泥の差があって当然だったのだろう。
(コレナラバ、新タナスキルヲ使ワナクテモ良カッタカ? イヤ、実戦デ試ストイウ意味ナラバ、十分カモシレンガ)
チラリ、と自分の腕にある疲労無効の腕輪に目を向ける。これによってコキュートスは疲れを知る事なく———すなわち、“限界突破"による反動の大きな疲労感を無視する事が出来た。
(ナグモニハ感謝スベキダナ。コレデ私モ、アインズ様ノ御役ニ一層立テルトイウモノ)
だが、同時に少しだけ嫉妬してしまう。これで、あの人間の守護者の株は一層上がるというものだ。トータスへ来てからオルクス迷宮をナザリックの資金源としてアインズに献上したのを皮切りに、次々と功績を打ち立てる同僚が羨ましいと思わないわけでもない。
(ダカラコソ、アンデッドノ娘ヲ娶ルナドトイウ酔狂ヲアインズ様ハ許サレタノダロウガ……)
そもそもナグモに誰かに好意を持つという感情があった事自体が驚きなのだが。
関係ない事を考えそうになった思考を振り払い、眼前の戦場に意識を戻す。至高の御方より生かして捕らえる様に命じられた
(私モ———負ケテハオラレン!)
気迫を漲らせ、コキュートスは活動限界の無くなった“限界突破"を発動させ、目の前の魔物達を駆逐していった。
>フリードの空間魔法
いま使っているのはハジメの宝物庫みたいな、魔物を別空間に閉まってるみたいな魔法です。要するにモン○ターボール。
>コキュートスの“限界突破"
大雑把に、コキュートスには戦士系の天職が付与されたと思って下さい。しかも維持する腕輪の効果で、反動の疲労感が無いという非常に都合の良いパワーアップとなっております。魔法系とか新たに習得するより、戦士系を極める方がコキュートスらしいかな、と。
>アインズ様
「オ・モ・テ・ナ・シ♡」
……ネタが古いか。