ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 なんて、あたまのわるいてんかいなのだろう……。


第五十四話「亜人族の救世主」

「シア! しっかりするのじゃ! 眠ってはならん!」

「シアちゃん!」

「あはは……このくらい……大丈夫……ですぅ……」

 

 血の気を失い、顔が土気色になったシアにティオ達は必死で呼び掛ける。アウラが張った聖絶の中でティオ達は怪我の手当てを行えたが、シアの傷が一番深かった。フリードによって抉られた脇腹の傷が深く、更に傷を塞がないままタヴァロスが無理やり動かした為に出血が酷くなったのだ。もはや命の危機に関わるほど、シアの容態は悪くなっていた。

 

「魔人族達はアインズ・ウール・ゴウンなる御仁が退けた! もうフェアベルゲンを脅かす者は居らぬ! それなのにおぬしが死んでは元も子もなかろう!」

「……ああ、良かった……もう、誰も死ななくて済むんだ……」

 

 ティオの言葉にシアは安心した様に微笑んだ。その手をアルテナが必死に握り締める。

 

「シアちゃん! お願いだから目を開けて下さいまし! まだ……まだたくさん、お話ししたい事があるんですの!」

「アルテナちゃん……? 何処……? 何処にいるの……?」

「っ!? ……シアちゃん、私はここにいますわ! 安心して下さいましっ」

 

 もう満足に目も見えなくなってきているのだろう。アルテナは一瞬、泣きそうな顔になるが、シアを安心させる為に無理やり笑顔を作った。

 

「寒い、なぁ……もう、冬になったのかなぁ……」

「おぬしは“奇跡の子"なのじゃろう! こんな事で死ぬほどヤワではなかろう!」

「そうですわ! 貴方はまだこのフェアベルゲンに必要ですわ!」

 

 ティオ達が必死に呼び掛けるが、シアの手はどんどんと冷たくなっていく。必死に手を握る二人の姿も見えなくなっていき、シアは暗くボヤけていく世界に、ふと懐かしい姿が見えた気がした。

 

(かあ……さま……?)

 

 魔力操作の技能を持ち、フェアベルゲンにおいては忌み子として生まれた自分を大切に育ててくれた母親の姿にシアはぼんやりと笑う。

 

(かあ、さま……天国って、あるの、かな……? 亜人の、私、でも……行ける、かな……?)

 

 亜人族に、祈る神はいない。

 人間の世界で広く信仰されているエヒト教も、魔人族が崇拝しているアルヴ教も、亜人族は神の恩恵が与えられなかった種族と教義に定めている。だから亜人族は死後の世界でもどちらの神からも拒絶されるだろう。

 それでも、シアは夢見た。亜人も、人間も、魔人も等しく受け入れてくれる楽園(天国)を。この世界は亜人達に———とりわけ、魔力操作なんて技能を持って生まれた自分には生きるのに厳しいが、天国ならばきっと平和に暮らせる筈だ。

 

(あ………)

 

 ふと、シアの目にある光景が映った。

 人間、亜人族、魔人族……果ては魔物まで、色々な種族がいる。お互いにいがみ合う様子はなく、平和に暮らしている様子だ。そして皆がある人物に祈りを捧げていた。

 そこには、シアが見た事のない様な豪奢な服を着た骸骨の王様がいた。

 ……それは今際の際に発動した“未来視"のスキルで見えた光景だったのか。それともシアが夢現に見た光景だったのか。

 

(もしかして……この人が……天国の……神…様……?)

 

 死者の世界の王様みたいな姿にそんな事を考えて———シアは静かに息を引き取った。

 

 ***

 

「シアちゃん……!」

 

 ダラリと垂れ下がった手をアルテナは握り締めた。しかし新しく出来た兎人族の友人は手を握る返す事なく、眠る様に安らかな顔で目を閉じていた。

 

「すまぬ……すまぬ……シア」

 

 嗚咽を漏らすアルテナの横で、ティオは目を伏せて遠くへ逝ってしまったシアに涙を流した。シアをエヒトを討つ勇者とさせるべく、祭り上げたのは自分だ。自分の目的の為にこの心優しい娘を殺したも同然だ、とティオは慚愧の念に囚われる。もう遅いと知りながらも、シアの亡骸を前に謝る事しか出来なかった。

 周りの亜人族達も皆一様に顔を伏せる。呪われた忌み子といえど、この魔人族の襲撃でフェアベルゲンの為に人一倍戦っていたのがシアなのだ。中にはシアと同年齢くらいの息子や娘がいる者もいる。年長者である自分よりも先に失われた若い命を偲んで、彼等は鎮痛な面持ちになっていた。

 

 ———ザッ、ザッ。

 

 ふとアルテナの嗚咽以外に沈黙が支配する場に足音が響いてきた。ティオ達が目を向けると、そこに自分達を救った人物———アインズ・ウール・ゴウンと名乗った人物がティオ達に近付いて来るのが見えた。その後ろには、最初に連れていた二人の他に黒衣の人間の少年と金と銀の対称的な少女を従者の様に引き連れていた。

 

「アンデッド……! アインズ・ウール・ゴウン殿、そなたは魔物であったのか……!?」

 

 アインズの仮面の下に隠されていた素顔を見て、ティオは驚愕に満ちた声を上げる。他の者達も同様だ。ざわざわと騒ぎ始めるが、命の恩人という事もあって骸骨顔の風貌を見ても逃げ出そうとする者は皆無だった。

 

「会話する魔物など聞いた事も無いぞ……」

「……竜人族である貴方も、アインズ様の様なアンデッドは知らない?」

「竜人族? ユエ、お前はこいつを知っているのか?」

 

 はっ、と見た事の無い造形の鎧を着た金髪の少女がアインズに答えた。

 

「“竜化"という固有魔法を使う種族……高潔で清廉な在り方を良しとする一族で、私達の種族より二百年前に滅んだと聞いていましたが……」

「竜人……セバスみたいなものか? いや、ユエの例もあるから一概にユグドラシルと同じとは限らないか……?」

 

 ブツブツ、と何かを考え込む様に骸骨姿の魔導師は考え込む。その姿にティオは戦うべきか悩んでいた。いかに命の恩人といえど、言葉を話す魔物など彼女の知識には無かった。

 

(もしもの時は、妾が……せめてもの手向けとして、シアが守ろうとしたこの国(フェアベルゲン)だけは……!)

 

 知らず知らずのうちに身構えるティオの敵意を感じ取ったのか、アインズが付き従えている魔人族の少年やライトブルーの魔物、黒衣の少年が武器に手を伸ばしていく。

 

「大丈夫……信じて」

 

 ティオの前にユエが出た。

 

「ちょっと、ユエ。アインズ様に敵意を向けるソイツに———」

「待て、アウラ」

「でもアインズ様」

「戦わずに済むのならば、それに越した事はない。まずは会話を試みるべきだ。ひとまずは現地に詳しいユエに任せてみるとしよう」

「は……はっ! 申し訳ありません! アインズ様!」

 

 アインズの制止に武器を構えていた従者達は一斉に居住まいを正した。

 

「アインズ様は慈悲深い御方。貴方達に危害をくわえたりしない。侵略していた魔人族を倒したアインズ様を信じて欲しい」

「おぬしは……? 何故、竜人族の事を知っておる……?」

「私は吸血鬼族の生き残り。三百年前、王宮で貴方達の在り方はよく聞かされていた」

「三百年前? よもや、おぬしは()()吸血鬼か? 確か、名はアレ———」

「ユエ」

 

 記憶を掘り起こそうとするティオに対して、ユエは誇らしそうに自分の今の名前を名乗る。

 

「ユエ。それが私の名前。私を救ってくれた偉大な王様が付けてくれた大切な名前」

 

 まっすぐに見つめてくる真紅の瞳に、ティオは押し黙る。その目は闇魔法による洗脳などを受けている様子はない。

 この吸血鬼は心からこの骸骨の魔物に敬意を払っている。

 かつて調査していた吸血姫の人となりを考え、彼女の言う事ならばとティオは警戒を解いた。そしてアインズへと頭を下げる。

 

「……失礼した。アインズ・ウール・ゴウン殿。何ぶん、妾の知識にそなたの様に話が出来る魔物が居なかった為、必要以上に警戒してしまった。命の恩人に向ける態度として無礼であった事をお詫び申し上げる」

「いや、構わない。警戒するのは当然だろう。むしろ、ここで無条件に信じる方が無用心というものだ」

 

 スッと優雅に片手を上げてアインズは謝罪に応じた。その所作はティオの目から見ても何度も行ってきたかの様に洗練されており、ティオはユエの言葉も相まってアインズが高い身分にある者なのだろうと当たりをつけた。

 

「さて、君達を襲っていた魔人族達は全て我々で排除させて貰った。君達はもう安全だ。安心して欲しい。とはいえ、タダではない。先程も言ったが、私はハルツィナ樹海の大迷宮の場所を教えて欲しいのだ」

「大迷宮を……」

「ついては大迷宮の場所を知るそこのエルフの少女と話をさせて欲しいのだが……ん? その娘は確か……」

 

 アルテナに視線を向けたアインズだが、そこでアルテナが泣き縋っていたシアの亡骸に気が付いた。アインズに視線を向けられ、アルテナは鼻を鳴らしながら、どうにか立ち上がった。

 

「う、うっ……申し訳、ありません……私が、フェアベルゲンの現族長代理の、アルテナ・ハイピストですわ……この度は、我ら亜人族の危機を救って頂き、感謝、申し上げます……っ」

 

 未だに嗚咽が漏れる涙声ながら、アルテナは懸命に族長代理としての責務を果たそうとした。初めての親友(シア)が亡くなって胸が張り裂けそうだったが、顔を伏せながら必死で耐えようとする。

 

「……その娘は、死んだのか」

「はい……でも、仕方がない事です……むしろ、魔人族と戦ってシアちゃ……彼女だけの犠牲で済んだのだから、ゴウン様には感謝の言葉も———」

「待て。まだ感謝の言葉は不要だ」

 

 え? とアルテナは伏せた顔を上げた。驚くアルテナに対して、アインズ懐から綺麗な青い宝石のついたワンドを取り出していた。それに後ろで控えていた黒衣の人間の少年が驚いた声を上げる。

 

「アインズ様、それは———!?」

「その娘の命を救う事を、私は“アインズ・ウール・ゴウン"の名を懸けて約束した」

 

 骸骨の眼窩から赤く輝く光を覗かせながら、シアの亡骸に歩み寄っていく。

 

「それは私の仲間達に誓ったも同然の事。故に———我が名に懸けて、誓いは必ず果たされる」

 

 ***

 

 暗く、水の底にいる様な空間をシアは彷徨う。何処までも沈んでいき、このまま暗闇に溶けてしまいそうだ。上も下も、右も左も分からないまま、シアは暗闇へと意識を任せていた。

 だが、ふと引っ張られる感覚がした。何か嫌な感覚がして、本能的に拒もうとした。だが、引っ張る先に聞き覚えのある———自分の初めて出来た親友の声が聞こえた気がした。

 シアは少しだけ迷い、引っ張る手を———まるで骨の様な感触がした手を掴んだ。

 

 その瞬間、シアの未来視が再び幻視を映し出す。

 

 引っ張る相手は完結した世界。

 仲間の作り上げた物で完結した哀れな者。

 それ以上の宝などない、と思考を閉ざした者。

 仲間達が遺した物に囲まれて、暗い墳墓の奥で玉座に座る独りぼっちの骸骨の王。

 でも、そこに王様は一人じゃないと告げる様に優しい月の光が差して———。

 

 ***

 

「あ………」

「シアちゃん!」

 

 ぼんやりとした視界の中で、涙でクシャクシャにしたアルテナの姿が映った。シアは目をパチパチと瞬かせながら、アルテナに強く抱き締められた。

 

「ある、てな、ちゃん……?」

「良かった……良かった……! 本当に……!」

 

 まるで長い眠りから覚めた直後の様に口が上手く回らない。ぐす、ぐす、と嬉し涙を流す親友の姿に何があったのか分からず、シアは直前に起きた事を思い出そうとする。

 

(そうだ……確か私……血を流し過ぎて、意識が遠くなって……)

 

 その後の事は……よく覚えていない。何か重要な物を見ていた気がする。だが、全ては夢の中の出来事の様にシアの記憶から薄れていた。

 

「ふむ。キチンと復活できた様だな。レベルの消失も起こっている様だし……ユグドラシルとあまり変わらない様だな」

 

 知らない声がして、シアが目を向けると———そこに豪奢な服を着た骸骨の魔物が立っていた。その姿を、シアは知っている様な気がした。

 

「ひとまず復活おめでとうと言っておこうか、シア・ハウリアよ。私は」

「かみ、さま……?」

「アインズ・ウ……………なんて?」

「かみさまだ……かみさまが、わたしをたすけてくれたんだ……」

 

 未だ舌が上手く動かないまま、シアはぼんやりと呟いた。薄らと覚えている夢で見た光景と、目の前の人物が同一人物だとシアの脳が告げていた。

 

「…………いやいや、ちょっと待て。何でそんな話になる? あー、あれだな。寝起きで夢現とかそんなやつなんだな」

「いえ……貴方は、神だったのですね」

 

 シアを優しく横たえ、アルテナはアインズへと跪いた。

 

「貴方は……貴方様こそが、虐げれてきた亜人族を救う為に天より遣わされた我々の神……」

「へ? ……いやいや、ハイピスト嬢。何をどうしたら、そんな結論に」

「よもや……この様な奇跡を目の当たりにするとは……」

 

 否定しようとするアインズへ、今度はティオが跪いた。

 

「シアは確かに事切れていた筈じゃ……それを容易く蘇らせるとは……アインズ・ウール・ゴウン殿、いや、様! このティオ・クラルス、感謝の言葉も尽きん!」

「あ、ああ、うむ。こちらも蘇生実け……ではなく。彼女が復活して何よりだ……」

 

 今のフェアベルゲンで発言力が最も大きい二人が跪いた姿に、他の亜人族達も次々と平伏し出した。その目は奇跡を目の当たりにした崇拝の念が浮かんでいた。

 

「奇跡だ……神が“奇跡の子"を救った……まさに奇跡だ……!」

「あの魔人族達から俺達を救ってくれた……あの人、いやあのお方こそが、フェアベルゲンの神だったんだ……!」

 

 その場にいる亜人族全てがアインズへと平伏した。救世主を待ち望んでいた敬虔な信徒の様に、彼らは骸骨姿の魔導師を崇め奉っていた。

 

「……………」

 

 アインズはゆっくりと配下達へ振り向いた。

 ナザリックの守護者達はさも当然、と言いたげな満足げな顔(一名は無表情)で頷き、新しく配下となった少女達は奇跡を目の当たりにして驚きながらも尊敬でキラキラと目を輝かせていた。

 アインズは再び亜人族達へと振り向く。自分へと平伏する姿に———天を仰いだ。

 

(……………どうしてこうなったあああっ!?)

 

 心の中でシャウトすると同時に、精神の沈静化が行われた。

 




そんなわけで……アインズ様は亜人族の神様になるそうです。本当に、何でこうなったのでしょうね? きっとデミあたりに聞いたら、優しく解説してくれると思います。

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