ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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第五十三話「少女の形をした化け物達」

「ば、馬鹿な……何なんだ、こいつ等は!?」

 

 精強を誇る部下達が、兄が用意してくれた強力な魔物達がたった二人の少女になす術なく殺されていく。それをシスティーナはただ呆然と見ている事しか出来なかった。

 だが、彼女を誰が責められよう?

 鎧を着た少女が空を飛びながら、大人数による詠唱で完成させる様な極大呪文級の魔法を連発して軍隊を消し炭にする。

 銀髪の少女がたった一人で素手で魔物達を次々と殺し、殺した先から髪の毛が変じた蛇達に喰われていく。

 問題に適切に対処する為には前提となる知識が必要だ。しかし、こんな常識外れな———他人から聞けば出来の悪い悪夢と一笑に付しそうな———事態に、どうやって対応しろというのか?

 

「システィーナ様! どうか撤退を! ここはもう危険です!」

「そ、それは……だが、しかし……!」

 

 部下の進言が正しいのは理解できている。ここに留まっていたら間も無く兵を全滅させられるだろう。しかし、システィーナはすぐに首を縦に振れなかった。

 魔国ガーランドの軍人としての誇り、兄の安否、何より———あの怪物達から逃げられるのか? という、根源的な恐怖がシスティーナの冷静な思考を奪っていた。

 

「だから言ったんだ……アインズ・ウール・ゴウンから、一刻も早く逃げろって……」

 

 ガタガタと震えながらフリードの側近だった魔人族は呟く。

 

「殺される……我々はあの化け物に一人残らず殺されるんだっ!」

「くっ、静かにしろ! まだ我々にも手が……何か手はある筈だ!」

 

 パニックを起こして騒ぎ出すフリードの側近にシスティーナは怒鳴る。そうしないと自分が恐怖に呑み込まれそうだった。

 

「奴等とて生き物である以上、疲労する筈だ! 疲れ切った瞬間を狙って———」

「———お前は馬鹿か? お前達程度の相手に、二人が損耗する筈ないだろうが」

 

 バッとシスティーナは声のした方向を振り向く。そこにはいつの間に近付いていたのか、開幕で自分達の魔法を事もなく防いだ黒衣の人間族———ナグモがシスティーナ達を見ていた。その目は実験場のマウスでも見ているかの様に冷ややかで、無機質だった。

 

「お前は———!」

「ああ、もう間も無くお前達以外は駆逐されそうだからな。今のうちに二人の実戦演習に付き合ってくれた礼ぐらいは言っておいてやろう、と思ってな」

 

 兄達を全滅させた謎の男———アインズ・ウール・ゴウンの配下を名乗り、圧倒的な実力を示した人間族の少年。システィーナ達は迂闊に攻撃を仕掛ける事も出来ず、ナグモに距離を取りながら睨み付けるしかなかった。

 

「実戦演習だと……!?」

「ああ。あの二人の兵器や武装は今日が初めての実戦投入だったからな。性能評価試験にちょうどいい相手が欲しかったところだ」

 

 黒傘をステッキの様にパン、パン、と自分の手で弄びながらナグモは話し出した。まるで自分の研究成果を誇る学者の様に。

 

「ユエの機械鎧はじゅーる様が遺した機械鎧の模倣品をベースに、僕自らの手で製作したものだ。僕は至高の御方には遠く及ばないが、生成魔法を試す良い実験になった」

 

 この世界にあったアザンチウム鉱石はユグドラシルのアダマンタイトと同程度の硬度でナグモは材質的に不満があったが、そこはユグドラシルの位階魔法を使い、硬度の底上げが行えた。『無機物に魔法を付与する』神代魔法は、位階魔法とも相性が良かったのだ。そしてどうにか納得のいくレベルにまで硬度が上がったアザンチウム鉱石———仮に名付けるならアザンチウム鉱石+100といったところだが———を使って作成した機械鎧は第四階層のマシン・モンスター達の武装やセンサーを応用した特注品だ。言うなれば、ナザリック技術研究所(第四階層)の機械技術の結晶体だ。

 

「香織の身体はこの日の為に調整した。こっちは本当に苦労したぞ、あそこまで特殊なキメラ体は流石に作った事が無かったからな」

 

 かつての香織の肉体はあらゆる魔物を取り込み、その特徴が色濃く出た歪な魔物だった。それを神結晶の人工心臓を作成して元の人間の形を取り戻したが、その時に香織の身体を調べたナグモは驚く羽目になった。数多くの魔物で腐敗していた身体を補った香織の肉体は、あらゆる組織へと変化が可能な細胞———万能細胞と呼べる特殊な細胞で構成されていたのだ。これは恐らく普通の生物に魔物の遺伝子を組み込んでも、こうはならなかっただろう。死体(グール)として既に肉体の限界が無くなった香織だからこそ、際限なく体組織が変化していったのだ。

 

香織(あれ)こそが、この僕———ナザリック技術研究所長ナグモの最高傑作にして、最強のキメラ体。僕の、とっておき(特別)だ」

 

 愛しき香織の為、ナグモは持てる全ての技術を香織の身体に注ぎ込んだ。

 戦闘時に用途に合わせて肉体は変化し、魔物の固有魔法を十全に扱える様にした。魔力切れを起こすと肉体が崩壊していくというグールのデメリットを補う為、倒した生物を捕食して即座に魔力へと変換する改造も行った。

 それは神代魔法の習得の為に再び過酷な戦いへと身を投じる香織を案じて、ナグモが香織に与えた贈り物(ギフト)。そこに嘘偽りは無い。香織を愛しているからこそ、香織が戦いで死ぬ事のない様に最高のキメラ技術を注ぎ込んだのだ。

 

「狂ってる……」

 

 システィーナは思わず呟いた。表情が薄いながら、香織の事を熱く語る姿を見てシスティーナもナグモが銀髪の少女に抱いている想いに、女として気が付いてしまった。そして、遠くで魔物や魔人族達を駆逐している香織の姿を見る。今は腕から翼を生やし、雷を纏いながら羽をレールガンの様に高速で飛ばしていく。そうして殺した魔物や魔人族を、香織の髪が変化した蛇の頭で喰らい尽くして失った魔力を回復させているのだ。

 

「お前は……自分の愛した少女を、あんな()()()()()の身体にしたのか? あんな悍ましい怪物に———!?」

 

 ズンッ、とシスティーナ達に重苦しい重圧がのし掛かる。ガタガタと背筋が震え、歯の根が合わずカチカチと鳴る。歴戦の軍人の筈のシスティーナは、ナグモから人間族の大軍相手でも感じた事のない様な重圧———殺気を感じていた。

 

「……()()()()()? ()()()()()()? それは、香織の事を言っているのか?」

 

 ナグモは低く、重苦しい声を出した。その顔は表情を削ぎ落としたかの様な無表情。

 フッとナグモの姿が消え————距離をあっという間に詰められシスティーナの首が掴まれた。

 

「ガ、アッ……!?」

「おい、もう一度言ってみろド低脳。香織が、化け物だと……? 脳だけでなく、目まで腐っているのか?」

「システィーナ様!? システィーナ様を離せ、人間!」

 

 ギリギリと容赦なくナグモはシスティーナの首を絞めていく。そこには愛している少女を侮辱された事に激怒する少年の姿があった。周りにいた部下達はナグモを引き離そうと武器を振るおうとする。

 

 ドンッ、ドンッと発砲音が響く。

 

 額に風穴を開けられ、システィーナ以外の魔人族達は絶命した。

 

「お前、達……!」

「……せめてもの慈悲で、苦痛なく殺してやろうと思っていた」

 

 黒傘の先から硝煙を揺らめかせながら、底冷えする様な声でナグモはシスティーナを睨んだ。その時になって、システィーナはようやく理解した。目の前の少年は人間の見た目をしているだけで、その中身はあの少女以上の化け物だ、と。

 

()()()。お前は……苦痛と恥辱の中で、絶望して死ね」

 

 バチィ! とシスティーナの身体に電流が走る。身体に襲った痺れにシスティーナの意識は肉体から離れた。

 

 ***

 

「ナグモくん、終わったよ」

「ん……こっちも終わり」

 

 数分後。動く者がいなくなった広場で、香織とユエはナグモに声を掛けた。魔人族や魔物の大群を相手にしたというのに、二人には疲労の色は全く見えない。

 

 

「貴方の作った機械鎧のお陰で、苦戦しなかった。ありがとう」

「私も、魔人族はすごく強いと思ってたけど、楽勝だったよ。ナグモくんが調整してくれたお陰だね」

「……ああ。特に問題は無さそうで良かった」

 

 嬉しそうに礼を言う二人に対して、ナグモは短く答えた。

 

「……ナグモくん、何かあった?」

「……どうしてそう思う?」

「だって、何か元気無さそうだったから。何か私の戦い方に問題でもあったかな?」

 

 一見するといつもの無表情だったが、香織にはナグモの微妙な表情の変化に気付ける様になっていた。

 

「いや、香織もユエも戦闘に特に問題は無い。これならアインズ様の供回りとして及第点だろう。それは階層守護者代理である僕が保証する」

 

 そう言った上で、ナグモは少しだけ———付き合いの長い香織やユエにしか気付けないくらい、ほんの少しだけ悩む表情になった。

 

「……香織は、新しい戦い方に慣れたか?」

「え? うん、問題ないよ。まだ自分の身体が変化する感覚にはちょっと慣れないけど」

 

 デモンストレーションの様に髪の毛を蛇に変化させる。白銀の蛇達は「シュルルルッ」とナグモに向かって鳴き声を上げた。

 

「この子達って、どうなってるんだろ? 私の言う事は聞いてくれるみたいだけど……」

「おそらく百階層目で捕食していたヒュドラの頭が変化したものだろう。君がもっと習熟すれば、ヒュドラの頭と言わず色々な形に変化できる様になる筈だ」

 

 そっかあ、と言いながら香織は蛇達を元の髪の毛に戻す。それを見ながら、ナグモは先程から考えている事を口にした。

 

「……香織は、その姿となった事を後悔していないか?」

「え? どうして?」

「今はキメラアンデッドとはいえ、ほんの数ヶ月前まで君は人間だった。……人間からかけ離れた異形となった事に、後悔はしていないか?」

 

 魔物の身体に変化して、死骸を喰らう。今の香織の身体に合わせた戦闘方法とはいえ、普通の人間ならば忌避感を覚えるだろう。そんな身体に改造した事に、先程システィーナから指摘されてからナグモは後ろめたさを感じていた。

 

(アインズ様のお役に立つ為ならば、いかなる禁忌の研究でも躊躇うつもりはない。だが、しかし……)

 

 本当の事を言うと、香織を———自分の恋人の身体を改造するのは少し抵抗感があった。

 もしもナグモがNPCのままなら、粛々と行っていただろう。しかし、人間(プレイヤー)となった今は———あくまで香織や身近な存在に関してと限るが———至高の御方の為にというナザリックのNPC達ならば何よりも勝る大義名分でも、ナグモを心から納得させる事が出来なくなっていた。

 そんな風に悩むナグモに———香織は静かに首を横に振った。

 

「……後悔なんてないよ。私は、ナグモくんと一緒にいたい。アインズ様に、御恩を返したい。その為なら私は戦う事を迷わないし、たとえ人間じゃなくても……魔物みたいな身体になってもいい。そう決めたの」

 

 真っ直ぐと見つめてくる香織に、ナグモは、そうか、とだけ答えた。香織の気持ちが嬉しくもあり、そんな香織が決めた事に未だに口を挟むのは無粋というものだ。場の空気を変える様に、香織はパン! と手を叩いた。

 

「さて、と! この話はお終い! ところでさ、ナグモくん。やっぱり戦闘の後だから、ちょっとだけお腹が空いてる気がするんだよね」

「ふむ……やはり神結晶を埋め込んでいるとはいえ、魔力の消費量が大きくなれば神水の供給量を上回ってくるか」

 

 香織の身体に埋め込まれ、香織の魔力源となってる神結晶の神水。しかし、神水といえど無限に湧き出てるわけではない。今回の様に魔力を大きく消費すれば、神水による魔力回復が追い付かなくなってくるのだ。

 

「分かった。まずはアインズ様に報告した後、帰って魔力ポッドで神結晶の内蔵魔力の再充填を———」

「ううん、それも良いんだけど……」

 

 何故か香織は気乗りしない様な声を出す。そしてナグモにそっと身を寄せた。そのルビー色の目は、何故か大好物を目の前にしたかの様に爛々と輝いている。

 

「……今日の夜、魔力供給をお願い出来ないかな?」

 

 耳打ちする様に言われた言葉に、ナグモはしばらく考え込む。

 その意味を理解して、ボンッと顔が赤くなった。

 そして一連の流れを見てたユエは———。

 

「……あ、今夜と言わずにそこの茂みでどうぞ。私はちょっと散歩でもしてくるから。アインズ様には私から報告しておく?」

「いらん気遣いはしなくていい!!」

 

 やっぱり香織関連になると非常に分かりやすいなあ、とユエは思いながら、ずっと気になっていた事を聞く事にした。

 

「ところで……その魔人族、どうするの?」

 

 ナグモの足元で気絶している魔人族———システィーナを見て、ユエは首を傾げた。

 

「ああ、()()か」

 

 ナグモはシスティーナを冷たい目で見下ろす。

 

「せっかくだから、ナザリックに連れ帰る。ちょうど良い()()()もいる事だしな……」

 

 ***

 

「うっ……」

 

 システィーナが次に目を覚ました時、そこは薄暗い石造りの部屋だった。ひんやりとした寒さに身震いしながら、システィーナは身を起こした。スレンダーなほっそりとした肢体が松明に照らされ、辺りのツンと鼻につく黴臭さに流麗な眉を寄せた。

 

「ここは……? 私は、確か……兄様は!?」

 

 最初に兄の身を案じる。まるで地下牢のような部屋に、自分は捕虜として囚われたのではないかと判断した。着ている服も魔国ガーランドの軍服から奴隷の様な粗末な布の服に変わっており、最低限の場所しか隠す事ができない。ちょっと動けば、太ももから下着がチラチラと見えてしまいそうだ。ふと首を触れてみると、冷たい鉄の首輪が嵌められていた。どうやら魔法の籠った代物らしく、先程から上手く魔法が発動出来なくなっていた。魔法という魔人族にとって最大の武器が失われた事に歯噛みしたくなるが、同時にまだ希望はある筈だと判断する。自分が生かされているなら、軍の総指揮官であるフリードも生きて囚われた筈だ。

 

「———おや? ようやくお目覚めでありんして?」

 

 バッとシスティーナは振り向く。そこにはフリルとリボンで彩られた漆黒のドレスを着た、十二〜十四歳くらいの銀髪の少女が立っていた。少女はクスクス、と花も恥じらう様な笑顔を浮かべながらシスティーナを見ていた。

 

「……お前は誰だ?」

 

 先程まで人の気配などしなかった筈の場所に突然現れた少女に、システィーナは警戒を顔に浮かべる。武器は取り上げられている様だから、徒手空拳で少女と対峙するしかなかった。

 そんな警戒心を顕にするシスティーナに対し、銀髪の少女はクスクスとした笑顔を崩さない。

 

「そう怖い顔をしないでくんなまし。せっかくの可愛いお顔が台無しでありんすぇ」

「質問に答えろ! お前は何者だ!」

 

 あくまで威圧的にシスティーナは詰問する。虜囚の身に落ちたとはいえ、魔国ガーランドの軍人としての誇りが軟弱な姿を見せる事を良しとしなかった。

 

「おやおや、寝起き直後なのに元気でありんすねえ? まあ、いいんしょう。妾はシャルティア・ブラッドフォールン。お前の飼い主になる者の名前でありんすぇ。キチンと覚えてくんなまし」

「飼い主、だと……?」

 

 聞き捨てならない言葉にシスティーナが戸惑う中、銀髪の少女———シャルティアはシスティーナの事など意に介さないかの様に話し始めた。

 

「それにしてもナグモから()()()()()()()とプレゼントを貰う日が来るとは、思いもよらない事があるもんでありんす。あいつもアンデッドの愛人を囲ってから、レディの扱いが分かってきたんしょうかえ? 今度、同好の士としてお礼でもしてやりんしょうか」

「何を……何を言っている!? 飼い主だと!? 巫山戯るな! 私は魔王アルヴヘイト様に選ばれし、誇り高き軍人だ! 貴様の様な下賎な者に跪くくらいなら、死を選ぶ!」

 

 システィーナは怒りの表情を浮かべながら、シャルティアへと殴りかかる。見た目は十四かそこらの小娘であり、筋肉のつき方などを見ても格闘技には素人同然だと判断した。この少女を人質に取り、フリードの居場所を聞き出す。そして、魔国ガーランドに帰還する。

 そんな思いを込めた拳は———優しくポンッと握られていた。

 

「なっ!?」

「蚊が止まる様な速度でありんすねえ」

 

 瞠目するシスティーナに対して、シャルティアは嘲笑を浮かべていた。

 

「くっ、この……!」

 

 システィーナは次々と拳を、蹴りを、シャルティアへと繰り出していく。女だてらに軍人として鍛えているだけあって、大の男でもノックアウトできそうな威力が拳と蹴りにはあった。しかし、その全てをシャルティアは片手で打ち払う。それもそよ風でも相手にしているかの様な気楽さだ。分かりやすく、「ふぁ〜あ……」と欠伸までする始末だ。

 

「このぉっ!」

 

 プライドを酷く傷付けられ、システィーナはハイキックの回し蹴りを放つ。狙うはシャルティアの頭部。渾身の力と速度が伴った蹴りは———やはり簡単に受け止められた。

 

「おやぁ? 意外と可愛らしい下着を穿いているでありんすねぇ。男言葉だから可愛げのないオトコ女と思ってたでありんす」

 

 捲れ上がった服の裾から見えてしまったショーツに、シャルティアはわざとらしい驚きの表情を見せた。その嘲りの声にシスティーナは顔を赤くした。

 

「〜っ、見るな! この、離せ!」

 

 掴まれた足を戻そうとするが、シャルティアの手は万力の様にびくともしない。そして———突然、システィーナの天地がひっくり返った。

 

「あ、ぐぅっ!?」

 

 受け身も取れず、背中から地面へと叩きつけられた。シャルティアが片足を掴みながら無造作に投げたのだ、とシスティーナはすぐには理解できなかった。

 

「飽きてきたでありんすぇ。もうそろそろ遊んでも良いんでありんしょう?」

 

 ガシッ! と地面に転がったシスティーナに馬乗りになり、シャルティアは両手を掴んだ。システィーナは必死に暴れるが、まるで食器より重たい物を持った事がないという様な細い少女の手を何故か振り解けなかった。

 

「くっ、辱めるくらいならいっそ殺せ!」

「嫌よ、そんな勿体ない。安心しなんし。お前はたっぷりと可愛がってやるでありんすから」

 

 ニィッとシャルティアの口角が吊り上がる。ぬるりと伸びた舌でシスティーナの頬を舐めた。

 

「……塩味」

 

 シャルティアの笑みが更に深くなり————口がパックリと割れた。

 

「ヒッ!?」

 

 文字通りに耳まで裂けた唇を見て、システィーナは初めて恐怖で息を詰まらせる。口蓋の中は鮫の様な歯がズラリと並んでいた。舌は蛇の様に長く、ぬらぬらと動き、目は血の様に赤く染まる。ダラリ、と透明な涎がシスティーナの胸に零れ落ちた。その姿は———ヤツメウナギの様な化け物の顔だ。

 

「あっはっははっはははぁっ!! 気が狂うくらい、いっぱいいっぱい遊びまちょうねええええっ!!」

 

 げたげたと音程の狂った哄笑が響き渡る。システィーナの絶叫は、血の臭いを撒き散らす化け物(シャルティア)によって掻き消された。

 




>ナグモ

(……よし。これでシャルティアはしばらく香織やユエに興味は持たないな)

 ……さらば、システィーナ。シャルティアの玩具として幸せにね。

とりあえず、これでようやくフェアベルゲン編の本題に入れますわ。
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