ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 うん……ここまで酷い展開になるとは書いている自分も思わなかったよ。
 あとこの際だから、悔いの無い様に後一話くらいクラスメイトSIDE、というか各陣営の反応的な話を書くかも。


第五十九話「クラスメイトSIDE 愛子の受難」

「この度は天之河くん達がそちらに多大な迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 光輝達と共に地球から来た新人教師、畑山愛子は小さな身体を折り曲げた。見た目は十代前半にも見える愛子が必死に頭を下げる姿に普通の人間なら庇護欲が湧くだろうが、愛子の前でデスクに座る男は渋い顔を崩さなかった。

 彼は頭を下げ続ける愛子をしばらく見つめ、腕組みした指をトントンと鳴らしながらおもむろに口を開いた。

 

「………確かに魔物が頻繁に目撃される様になったから、領内の安全を確保する為に退治の依頼を勇者様方にお願いしましたがね」

 

 金髪をオールバックにした貴族風の男はイライラとした口調を隠さず、愛子を睨む。

 

「しかし農地だろうと構わずに大魔法を放つのは、どういう意図があっての事ですかな? お陰で我が領地の特産品であるリンゴ園がほとんど駄目になってしまいましたよ」

「そ、それは……あの子達はほんの数ヶ月前までは只の学生で……だから、力の振るい方を知らなくて……」

「ほう? 魔物の被害で苦しむ我々に、そんな若者を王国は寄越したのですかな? 我がルクセンブルク家は代々ハイリヒ王家に仕えてきたというのに、力を持て余している子供同然の者達を送るなど、あんまりな話だとは思いませんか?」

「も、申し訳ありません!」

 

 一言ごとに冷たい怒りが見え隠れする男の言葉に、愛子は上半身を直角に折り曲げた。そんな愛子を気の毒に思った神殿騎士のデビッドは抗議の声を上げようとした。

 

「ルクセンブルク侯爵、いかに貴方と言えど神の使徒である愛子にこれ以上の暴言は———」

「暴言? 神殿騎士殿は魔物達との戦いの結果とはいえ、農地を焼き払われた私の言葉が、暴言だと仰るか?」

「い、いえ。しかし……」

 

 だが、その抗議は貴族風の男――ルクセンブルク侯がジロリと一睨みする事で消されてしまった。

 ルクセンブルク侯は王国内でも指折りの人物であり、聖教教会にも覚えが目出度い大貴族だ。一介の神殿騎士に過ぎないデビッドが意見するには荷が重過ぎた。既に初老に差し掛かる年齢でありながら、覇気を失わずにこちらを睥睨するルクセンブルク侯に、デビッドは口をモゴモゴと動かした。

 

「し、しかしですな……そうだ、愛子の天職は百年に一人しかいない“作農師”です! 勇者達が不注意にも焼き払ってしまった農地など、愛子の力にかかれば———」

「作物の弁償をすれば済むなどという話ではない!」

 

 ダンッ! とルクセンブルク侯の拳が机に振り下ろされ、愛子達はヒッと息を呑み込む。

 

「農地を焼かれて農民達の生活は儘ならず! 倒した魔物の死体をそのまま放置して報告しなかったから、土壌や水源を汚染されて領民達は未知の感染症を引き起こし! おまけにくれぐれも全滅はさせない様に、と念は押したのに例の魔物を狩り尽くしたせいで天敵となる別の魔物が繁殖して、結局二次被害が出ている! これら全てを貴方達で解決できるというのですか!!」

「も、申し訳ありません!!」

 

 怒髪天を衝いたルクセンブルク侯に、愛子はひたすら頭を下げた。この時ばかりはさすがにデビッドも、愛子と共に平身低頭するしかなかった。

 

「そう言えば貴方は、彼等の教育者だったそうですな?」

 

 ただただ頭を下げ、謝罪するしかない愛子を見ながら、ルクセンブルク侯は冷たく言い放つ。

 

「一体……どういう教育を彼等にしてきたのか。非常に興味深いですな」

 

 痛烈な皮肉が篭った言葉に、愛子は目尻に涙を溜めながら顔を真っ赤にするしかなかった。

 

 ***

 

「すまない、愛子。俺が不用意な事を言ったばかりに……」

「いえ……気にしないで下さい、デビッドさん」

 

 あの後、怒りが収らないルクセンブルク侯に愛子の力で農地の土壌と水源は元通りにしますから、と謝罪をして愛子達はルクセンブルク侯の屋敷から下がった。

 

「元はと言えば、先生なのにあの子達の側にいてあげられなかった私のせいですから………」

「愛子のせいじゃ———」

 

 そう言いかけ、デビッドは口をつぐんでしまう。愛子の顔は酷くやつれており、危機迫る様子は下手な事を言えば崩れ落ちそうだった。

 

「私が……私が、悪かったんです。あの子達はまだ子供なのに……異世界に来て皆不安で一杯だったのに、先生なのに生徒達を放って置いたから……白崎さんも、南雲くんも、みんな、みんな……!」

 

 泣きそうな顔で自分を責め続ける愛子。

 ここは騎士として、惚れた男として、優しく慰めて甘い言葉の一つでも送るべきだ。

 だが、そんな資格は無いとデビッドは悟ってしまった。愛子を苦しめた要因である聖教教会こそが、自分の所属なのだから……。

 ヒロイン(愛した女性)を救う騎士(ナイト)に成り損なったデビッドが何も言えずに愛子と歩いていると、宿泊している宿についてしまった。本来、神の使徒である愛子達ならば領主の屋敷で歓待を受けてもおかしくないのだが、こうして普通の宿屋しか用意されてない現状が領地に被害を出されたルクセンブルク侯の怒りを示している様だった。

 

「愛ちゃん先生………」

 

 宿屋で待っていた女生徒———園部優花が愛子へ心配そうに声を掛ける。優花の姿を見かけると愛子は先程までの悲痛な顔が嘘の様に優しく微笑んだ。

 

「園部さん。お出迎え、ありがとうございます。でも駄目ですよ、こんな遅くまで起きていたら。夜更かしなんて、先生は許しませんからね!」

 

 だが……その笑顔は明らかに無理をしていると分かるものだった。心労が祟り、目元の隈を化粧でも隠せてない愛子に優花は気まずそうに声を掛ける。

 

「先生、やっぱり領主の人は怒って………」

「………園部さんが気にする事じゃないから大丈夫ですよ。天之河くん達はちょっとやり過ぎただけですから。さあ! 明日は大忙しになるから今日はもう寝ましょう! デビッドさんも、お休みなさい」

「あ、ああ………おやすみ、愛子」

 

 この話は終わりとばかりに愛子は笑顔を貼り付けたまま、部屋へと戻ってしまった。その後ろ姿を二人は何かを言おうと迷いながらも見送る事しか出来なかった。

 

「その……デビッドさん。愛ちゃん先生、領主の人に何か言われたんですか……?」

「いや………」

 

 心配そうに聞いてくる優花にデビッドは心配ないと言おうとした。しかし、部屋の窓から見える光景に二の句を告げずにいた。

 

 そこには———深い斬撃の跡や魔法の爆発で穴だらけにされた畑が見えていた。

 

 ***

 

 香織とナグモが奈落へと消えた日———トータスで“作農師"の天職を授かった愛子は遠方の地で農地開拓に務めていた。突然の教え子達の訃報に愛子は顔を真っ青にして寝込んでしまい、しかも運悪く病気に罹ってしまった。突然の異世界転移という事態は愛子の精神に多大なストレスを掛け、知らず知らずのうちに身体が参ってしまった様だ。気力だけで動こうとする愛子を護衛のデビッド達は身体が治るまでは、と押し止めた。

 しかし、ここで愛子に更なる悲劇が襲う。

 それはオルクス迷宮で更にクラスメイト達の数人が死んだというもの。それを聞いて、愛子はもはや病気がどうとか言っていられなかった。未だ熱の引かない身体に鞭打って、デビッド達の説得も頑として聞き入れずに王城へと戻った。

 しかし、そこで彼女が目にしたのは————。

 

「何をやっているんですか!?」

 

 息切れしながらも生徒達がよく集まるサロンに行った愛子。そこには優花を含めた最初の戦いで心が折れてしまった者達———通称、居残り組が、光輝に追従する生徒達に険悪な空気で囲まれていた。

 

「あ、愛ちゃん先生……!」

「……何よ、先生」

 

 憔悴し切った顔で愛子を見る優花達に対し、かつて香織を集団で苛めたリーダー格の少女——— 瑠璃溝(るりみぞ) 英子(えいこ)は不機嫌そうな態度を隠そうともしなかった。

 

「私達は園部さん達に文句があるんです。私達が必死で戦っているのに、園部さん達は城の中で怠けているとか不公平だと思いませんか?」

「そうそう! マジざけんな、って話だよね〜」

 

 取り巻きの一人、小田牧(おだまき) 美伊奈(びいな)が同調する様な声を上げる。

 

「あんた達が怠けているせいで、ウチら超苦労してるですけど〜? よくのうのうと顔を出せるよね〜」

「それは……私達だって、悪いとは思っているけど……でも、もう戦うのは怖くて……」

「はあ!? 我儘言うなし!」

 

 宮崎奈々が遠慮がちに言ってきたが、即座にもう一人の取り巻きである薊野(あざみの) 詩衣(しい)が否定する。

 

「アタシらが魔物退治とか頑張ってるのにさあ、あんた達は王宮で贅沢三昧とかマジあり得ないんですけど!」

 

 「そうだ、そうだ!」、「お前らも働けよな!」と周りの生徒達が次々と優花達に厳しい言葉を投げかける。王宮で贅沢三昧といっても、戦いの恐怖で部屋に閉じ篭りがちになった優花達は城での暮らしを堪能しているわけではない。英子達だって王宮にいる時は、むしろ国の為に戦っている神の使徒として優花達より厚遇されているくらいだ。それでも自分達は皆と一緒に戦っていないという後ろめたさから優花達は俯くしかなかった。

 

「やめなさい! 戦う事が怖くなったのは園部さん達のせいじゃありません! 皆気が立っているのは分かりますけど、こんな時に喧嘩なんてしたら駄目ですよ!!」

 

 愛子は必死に英子達を宥めようとした。しかし———。

 

「………うるっさいわね」

「え? 瑠璃溝さん、どうしまし———」

「うるさいって言ってんのよ。アンタさ、何様のつもり?」

 

 舌打ちをしながら英子は冷たい目をする。そこには教師への敬意など欠片も無かった。

 

「先生は良いよね。私達が魔物と戦っている間も安全なところでのうのうとしているだけで良いしさ」

「そ、そんな……だって、私は“作農師"ですから……」

「はあ? たまたまレアな天職になっただけで戦わなくて良いとか、ズルくない? あたし達はオルクス迷宮で死ぬほど辛い目に遭ってるのにさ」

「英子の言う通りよ! あんたが農地で騎士団に守られている間さあ、こっちはクラスメイトがゾンビになって襲って来たりとかマジ死ぬとか思ったんですけどぉ?」

「……え、クラスメイトが……ゾン、ビ……? う、嘘ですよね? そんなの、先生は聞いてないです!」

 

 愛子が聞いていないのも無理はない。神の使徒同士が殺し合う羽目になったなど、風聞が悪すぎるので教会と王国の上層部の手で真相は握り潰されていた。デビッド達が愛子に伝えた内容も、事実をかなり歪曲した報告になっていたのだ。

 だが、その事を知らない英子達は一斉に眉を吊り上げた。

 

「最っ低。私達がゾンビになった奴を殺すしかなかったのを、何であんたは知らないわけ!?」

「農地で騎士団に媚を売ってた奴が先公面して説教とか、マジあり得ないんですけど!」

「小田牧さん! 愛ちゃん先生にそんな言い方ないじゃない! 先生は私達の為に王国に言われた通りに農地に行って———!」

「はあ!? 戦う事すらしなかった奴等がウチらに意見するなし! ウチらがゾンビになった奴等を殺して、どんだけ苦しんだと思ってんの!?」

 

 英子達を筆頭に、デスナイトによってゾンビ化したクラスメイト達を殺した前線組達の不満が一斉に爆発した。彼等はいかにそうするしかなかったとはいえ、人を殺してしまった事に大きなストレスを抱えていたのだ。

 ああするしかなかった、自分達は何も悪くない。

 そう言い合って慰め合っているものの、ほとんどの者が情緒不安定となってしまい、その苛立ちは同じ経験をしなかった者———優花達居残り組にぶつけられていた。

 そして、それは———()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()愛子もまた標的となった。

 

「てめえらが楽してる間にこっちは死ぬ様な目にあったんだぞ!」

「戦ってない奴等が俺達に意見するんじゃねえ!」

「こんな所に来てまで先生面するんじゃないわよ! 担任でもないくせに!」

 

 気が付けば、前線組と居残り組で真っ二つに分かれて口論が始まっていた。人殺しという一線を越えてしまった前線組と、幸運にもそんな経験をしなかった居残り組には決定的な溝が出来てしまい、そこにかつて同じ学級として肩を並べ共に過ごした姿など見出せなくなっていた。

 

「止めて下さい! 喧嘩しないで! お願い、止めて———!」

 

 もはや学級崩壊などという言葉すら生温く思える対立に、教師歴の浅い愛子の言葉など何の意味も無かった。

 

 ***

 

 結局………あの後、お互いに喧々轟々と言い合っていたクラスメイト達だったが、光輝がイシュタルを伴って場を収めた。

 だが………それは愛子にとって、望ましいものとは言えなかった。

 

「みんな、不安な気持ちになるのは分かる。俺だって……龍太郎が死んで、凄く辛いさ」

 

 光輝の顔が悔恨に歪む。だが、彼はすぐに力強い目線で顔を上げた。

 

「でも安心してくれ! イシュタルさんに言って、皆を危機に陥れた遠藤は追放して貰う事にしたんだ!」

「ちょっ、ちょっと待って下さい! 遠藤君が……追放? いったい何を言っているんですか!?」

「彼は神の使徒として不適格だった、という事ですな」

 

 顔を蒼白にしながら問い詰める愛子に、イシュタルは慌てる様子もなく答えた。

 

「勇者様達はこれより魔人族と過酷な戦いに赴いていくのです。そんな時に嫉妬で他の使徒様の足を引っ張る様な者がいては、安心して戦う事なんて出来ないでしょう」

「そんな……何かの間違いです! 遠藤くんはそんな子じゃありません!」

「そう言われましても、実際に彼が偵察を怠った事で被害が出てしまったのは事実ですし……」

「で、でも!」

「先生は黙ってて下さい! 俺達はこれから勇者として戦って————龍太郎達を生き返らせないといけないんですから!」

 

 え!? と愛子達が声を上げる中、光輝はまるで重要な使命に目覚めた顔で断言した。

 

「イシュタルさんが言っていたんです! 俺達が魔王を倒せば、エヒト神が死んでしまった皆を甦らせてくれるって!」

 

 ですよね、イシュタルさん! と光輝はイシュタルへ振り向いた。イシュタルは人の良いサンタクロースを思わせる様な笑顔で答える。

 

「ええ。エヒト様は皆様方を異世界から召喚する様な全知全能の力を持つ神です。神が勇者である光輝様の願いを無碍になさる筈がありません。使命である魔王の討伐を果たせば、きっと願いは叶えられるでしょう」

「皆、聞いての通りだ! 南雲、遠藤………俺達は不幸にも()()()()()()()で大事な仲間達を失う羽目になった。でも、大丈夫だ! 俺は約束する! 必ず強くなって、魔王を倒して……そして死んでしまった皆を生き返らせて、誰一人欠ける事なく地球に帰ろう!」

「何を……何を言っているんですか、天乃河くん……?」

 

 イシュタルの言った事を欠片も疑っていない光輝に、愛子は呆然としてしまう。傍から聞けば世迷い言の様な内容だ。だが、光輝に従う前線組達はまるで地獄の中で救いの糸が垂らされた様に目の色を変えだした。

 

「ほ、本当に神様がアイツらを生き返らせてくれるのか……?」

「ね、ねえ。生き返るならさ、私達は誰も殺してないって事だよね? そういう事になるよね……?」

「そ、そうだ。俺達は悪くないんだ……剣と魔法の世界なんだから、復活の呪文くらいある筈だよな?」

 

 自分達のクラスメイト達を殺してしまったという罪悪感から逃れたい、死んでしまった友人を生き返らせたいという一心で彼等は光輝の話を信じ始めていた。ここは魔法が普通にあるファンタジー(ゲームみたい)な世界なのだ。きっと自分達の知らない———都合の良い奇跡があるはずなのだ、と。

 

「だ、騙されたらいけません! そんなの、何の保証も無い話じゃないですか!」

 

 まるで怪しい宗教の勧誘の様な話に、愛子は大声を上げた。

 だが、返って来たのは前線組達の睨みつける様な目線だった。

 

「畑山先生、どうしてそういう事を言うんですか? 龍太郎達を死んだままになんて、そんなこと俺には出来ないです!」

「そうよ! そもそも農地でのんびりしてたアンタが偉そうに説教垂れるんじゃないわよ!」

「皆で頑張ろうとしているのに、足を引っ張るとかマジあり得ないんですけど!」

「無能な先公は黙っていろだし! そもそもさあ、ステータスが低いクセに一丁前に意見すんなし!」

 

 「そうだそうだ!」、「とっとと引っ込め!」、「無能!」、「この偽善者教師!」などと前線組達の罵詈雑言が愛子に降り注ぐ。彼等にとって愛子はもはや信頼のできる先生ではなくなっていた。

 

「な……ん、で……? なんで……そんな事を言うんですか……?」

 

 ステータスが低く、皆の足を引っ張る———無能な天職なのだ。

 

「先生は……先生は、頑張って……あ、ああ………う、うああぁああっ………!!」

 

 皆から頼られる先生となりたかった。

 この日———畑山愛子の教師としての矜持はポッキリと折れてしまった。

 

 ***

 

 その日以来、クラスメイト達の発言権は完全に光輝を中心とした物となった。もう愛子の言う事など、ごく僅かな生徒しか耳を傾けてくれない。前線組は光輝に追従し、それに従わない居残り組達を徒党で陰湿なイジメをする様になり、それが当然の報いだという空気が作られてしまった。そんなバラバラに分裂したクラスメイト達を纏め上げる事など、教師としての経歴がまだ三年しかなく、クラス担任の経験すらない愛子には無理な話だった。

 とうとう見かねたリリアーナ王女が、自分達の国の戦いに巻き込んでしまった責任として、戦えなくなった者もハイリヒ王国の客人として丁重に扱うと宣言してから陰湿なイジメは目に見える範囲では無くなったものの、居残り組はますます部屋から出なくなった者が増えてしまった。そんな彼等の立場を保証する為に、愛子は再び“作農師”として農地開墾の遠征に出る羽目となった。しかし———。

 

「天乃河達……何で行く先々で問題を起こしてるのよ……!」

 

 愛子が気の毒で、戦いの恐怖を押し殺しながら愛子の護衛を買って出た優花がギリッと歯を食いしばる。それをデビッドは溜息を吐きながら答えた。

 

「訓練に出てないお前は知らないだろうが、神の使徒達の新しい教官はムタロという奴でな……家柄と教皇猊下に頭を下げた回数くらいしか取り柄の無い奴なのだ。そんな奴が、まともな教育など出来るはずが無いさ」

 

 時を同じくして、大災厄で入れなくなってしまったオルクス迷宮の代わりに、聖教教会の神殿騎士隊と共にレベルアップの為に各地へ魔物退治の遠征を行う様になった光輝達。オルクス迷宮とは違い、魔物の強さがそれ程でもない様で戦闘そのものは今のところは連勝続きだ。しかし———その後始末は、酷いものだった。

 

 冒険者達でも手に余る山道の大型の魔物を退治した———場所を考えずに戦ったせいで、山道が封鎖されてしまった。

 町の水源となる河川で水害を引き起こしていた魔物を退治した———魔物の死体をキチンと処理しなかった為、水質汚染を引き起こしてしまった。

 異常発生した魔物達を全て退治した———その魔物の角は秘薬の材料になっており、全滅させられた事で村は特産品を失ってしまった。

 

 光輝達は一刻も早くレベルアップしようと魔物を積極的に狩っているのだが、それによって齎される被害もまた大きかったのだ。そしてそれを勇者達が戦いから逃げ出す事を嫌がった教会は光輝達の功績のみを讃え、後始末は荒れ果てた土地でも再生できるからと愛子に押し付ける様になったのだ。

 その結果———愛子には、被害にあった住民から「勇者がなんて事をしてくれたんだ!」と抗議を受ける様になっていた。

 

「先生、もうボロボロになってるのに……教皇のジジイは愛ちゃんを虐めて、何が楽しいのよ……!」

「教皇猊下の悪口は言うな。俺も神殿騎士として手打ちにしなくてはいけなくなる。あの方はきっと、何かお考えがあるのだ」

 

 そうは言うものの、デビッドの口調に力は無かった。これ以上の話をすると自分も余計な事を言いそうになるから、無理やり話を切った。

 

「お前ももう休め。明日は早い。教会が派遣した冒険者とも会わないといけないしな」

「……分かりました」

 

 まだ何か言いたそうな優花だったが、これ以上の問答に意味はないと悟ってデビッドに背を向けた。その背中が見えなくなった後、デビッドは聖具を握りしめながら呟いた。

 

「天にまします我らのエヒト神よ……どうかお答え下さい。何故、愛子に———そして、異世界の若者達にこんな試練を与えたのですか?」

 

 聖教教会の神官達が聞けば、エヒト様の神意を疑うなど不敬だ! と糾弾されかねない。それでもデビッドは日に日に窶れていく愛子を、そして同胞である筈の勇者達に酷い仕打ちを受けている優花達の現状を見ていると問わずにはいられなかった。

 

「貴方が異世界から連れて来た彼は………本当に我々の勇者たる者なのですか?」

 

 以前まで聖教教会に絶対的な信仰を捧げられ———月にかかる雲の様に疑心が出てしまった神殿騎士の問いかけに、答える者は居なかった。

 

 ***

 

 翌朝。愛子達は宿屋の食堂に集まっていた。

 

「ねえ、教会から派遣される冒険者ってどんな人なのかな?」

「妙子っちも気になる? 優しい人だと良いよねえ」

「俺はさあ、やっぱ美人が良いと思うわ。こう、守ってあげたくなる系のシスターとかさ」

「あ? 相川、お前シスター好きなの? やっぱさあ、ファンタジーな世界なんだからデカい剣を振り回すちびっ子剣士とかいたら良いよなあ」

「俺さあ、時々教会で見た銀髪のシスターさんとかが良いと思うわ。あの無表情な冷たい目……堪んね〜」

「ちょっと男子〜、そんな話ばっかり!」

 

 愛子と共に遠征に赴いた宮崎奈々、菅原妙子、相川昇、仁村明人、玉井淳史がわいわいと騒ぐ。愛子を元気付けようと、とにかく明るい空気を出そうとしていた。しかし、愛子はあまり眠れていないのか、目に隈を作りながら虚ろな目で椅子に座っていた。

 

「愛ちゃん先生……」

「っ! 大丈夫、大丈夫ですよ! 先生、ちょっとボーっとしちゃっただけですから!」

 

 優花が声を掛けると、愛子は慌てて笑顔を作り上げる。その姿は痛々しく、皆が目を伏せそうになる。

 

「……しかし隊長、なぜ冒険者なのですか?」

 

 場の空気を変えようと、愛子の護衛隊副隊長のチェイスが疑問を口にした。

 

「教会から治癒師の派遣は出来なかったのでしょうか?」

「教会は、まあ……人手が足りないそうだからな」

 

 光輝達の遠征団にほとんどの予算と人員を取られ、愛子達には必要最低限の予算しか割り当てられない。その事をデビッドはボカしながら伝えた。

 

「ホルアドの事もあって、今は仕事にあぶれた冒険者は多いから安く雇えると上は判断したのだろう。もう間もなく到着する予定の筈だが………」

「あの〜、ちょっといいっスかね? 教会が言ってた人達って、あんた達の事っスか?」

 

 唐突に声を掛けられて愛子達が振り向くと、そこに一人の女性が立っていた。

 猫耳みたいな帽子からのぞく綺麗な赤髪を三つ編みにして二つに縛り、シスター服を戦闘用に改造した戦闘修道女(バトルシスター)とでも呼ぶべき若い女性だった。快活そうな笑みを浮かべた顔立ちはすれ違ったら思わず振り向きたくなる様な美人で、際どいスリットの入ったスカートから丸見えとなった太腿に思わず相川達は目線をチラチラとさせてしまう。

 

「お? 気になるっすか? ひょっとして思春期のリビドーがぶつけられちゃうっすか? ホルアドの方からはるばる来たのに、少年達に組み伏せられて私の純潔が散らされちゃうっスか?」

「へ? い、いや、すんません!」

 

 女子達の冷たい目線を受けながら、相川達は慌てて謝る。それを赤髪の女性はケラケラと笑いながら許した。

 

「まあ、お姉さんは寛大だから許してやるっス! でも残ねーん! 私の身体を暴いていいのは、四十一人の方々だけっスから」

 

 多っ!? と全員がつっこむ中、赤髪の女性は人当たりの良い快活な笑顔を浮かべながら自己紹介した。

 

「ルプスレギナというっす! これからよろしくするっすよ、神の使徒サマ方?」




>愛子先生

 今回の犠牲者。時々聞く「原作の愛ちゃんの言ってる事は安全圏からの物言いだから説得力皆無」という意見を自分なりにアレンジした結果、こうなった。そんなわけで愛ちゃん親衛隊達ぐらいしか、もう愛子の話を聞いてくれないです。光輝達からすれば、「自分達が戦っているのに、一人だけ安全な場所でいるだけの無能ステータス」となったので。原作のハジメをステータスが低いから無能だと嘲笑った彼等なら、こういう事もやりかねない気がする。

 学級崩壊を食い止められなかった愛ちゃんですが、彼女は25歳という社会人からすればひよっ子同然だった事、それと悪い言い方をすると原作初期の愛ちゃんみたいな教師は生徒から舐められると教師イジメの対象になるだろうな、と作者が考えた結果です。光輝みたいな教師を無視するクラスのリーダーがいる場合、威厳のあるタイプでもなければ必然的に先生の立場は低くくなるんじゃないかな……。

> 瑠璃溝 英子(るりみぞ えいこ)、小田牧 美伊奈(おだまき びいな)、薊野 詩衣(あざみの しい)

かつて香織を虐めた女子三人組。分かり辛ければ女子A、B、Cでいいや(笑)。自分はどうでも良いモブキャラにもとりあえず名前は付けるタイプなので。

>光輝の遠征

題して「解決した様に見せて、実はもっと悪化している」。原作で香織がハジメが土下座したシーンで、「光輝くんならこういう時、力で解決する」と言っていたのを見て、「いや、相手側に非があろうが暴力で解決したら親御さんとか謝りに行かないといけないから、結局騒ぎを大きくしてない?」と思った結果です。こういう時にフォローする雫もいない為、光輝は正義感のままに勇者の力を思い切り奮って「魔物だけを倒して全部片付けた」気になってます。そして光輝の尻拭いを愛ちゃんがしているから、王国の食糧事情は±0。豊穣の女神信仰も生まれてないです。

>謎の冒険者ルプスレギナ

いまの愛ちゃんに手を貸してくれる様な人だから、きっとこの人は心優しい治癒師のお姉さんに違いないです(棒)

真面目な話、愛ちゃんみたいな天職を放置するわけないじゃないですか(2525)

とりあえず次回あたりに、こんな状況にした某バオトさんの話でも書きます。

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