ちょっと本編は少しお休みして、次こそ雫のヒロイン姿を書き切りたいと思う。
知性こそが人間を量る価値である。ナグモはそう信じてやまなかった。
栄えあるナザリック地下大墳墓を築き、自分を創り上げたじゅーる・うぇるず。彼によってナザリック技術研究所の所長として創られたナグモは、その
だからこそ―――ナグモから見て、ほとんどの地球の人間達は低脳なサル同然だと判断していた。
***
カタカタカタカタ……と、キーボードを打つ音が室内に響く。
S県私立東秀学園の生徒会室。生徒会長に就任しているナグモはパソコンに向かって仕事を片付けていた。生徒会の仕事は多岐に渡る。体育祭や文化祭などの特殊な行事から全体集会の様な定例行事の企画、各部活動の予算決定や活動状況の査定、学園の備品の管理保全etc……。東秀学園は実力主義を教育目標に掲げており、その点から学生達のトップとなる生徒会には通常の学校より大きな権限が与えられている分、その仕事量も通常の学校の比ではなかった。
だが、ナグモはそれを全く苦にする様子も無く、次々と案件を片付けていた。それどころか別々の案件を同時に処理していた。然もありなん、量子コンピューターを遙かに上回る彼の頭脳からすれば、この程度の仕事を瞬時に片付けていくなど文字通り片手間だった。
「ナグモくん。この書類、終わったわよ」
「ご苦労」
近くで作業をしてきた雫が書類の束を渡してくる。それを受け取ると、パラパラと捲った後に決裁印を押した。側から見ると適当に見ている様にしか見えないが、これもナグモの頭脳からすれば普通の速度だった。それを知っているからこそ、雫もその事に文句を言わないのだ。そうして処理済の書類を傍に置いて自分の作業を再開するが、ふと雫が何故かソワソワしながらまだ自分の前に立っているのに気付いた。
「……何だ?」
「その……どうだったかしら? 今回、頑張って早く仕上げたのだけれど」
「ああ……まあ、ようやく
「………そ、そう。普通……よね………」
ナグモが率直な感想を言うと、何故か雫は急激にシュンとなっていた。それはまるで飼い主から褒められると思っていた犬が、予想に反して構って貰えなかったかの様な反応だった。
「んっ、んんっ!」
ナグモが仕事に戻ろうとすると、近くの席に座っていた香織が咳払いをした。
「南雲くん、もうちょっと雫ちゃんを褒めてあげたら? 雫ちゃん、本当に頑張って終わらせたんだから」
「ちょっと香織! 別に良いから……」
「? 発言の意図が理解できない。具体的に説明を求める」
「な、南雲くん!?」
雫が慌てるが、香織は「まあまあ、任せて」と言いたげに目配せするとナグモに対して説明した。
「だからさ、雫ちゃんは以前より書類仕事に慣れたとは思わない? 下の人の仕事の上達ぶりを褒めてあげるのも生徒会長の大事な仕事だと思うよ? 褒められてもっとやる気になって貰ったら、また仕事の効率が上がると思うの」
そういうものか? とナグモは疑問に思うものの、香織の言う事には一理はあった。合理的である以上、人間であっても意見を聞く寛容さくらいはナグモも持ち合わせてはいた。
「フン……確かに以前より上達したのは確かだな。まあ、副会長に推した甲斐はあったという事か」
「っ! 本当かしら? あ、ありがとう……」
ナグモの言葉に雫は一転して嬉しそうな顔を見せる。尻尾があればブンブンと大きく振ってそうな勢いだ。香織に「良かったね」と温かい目で見られながら席に戻る雫をナグモは不思議そうに見つめる。
(
ナグモが地球に転移してから数年。ナザリックの第四階層に配置されている時とは違って人間達を間近で観察する機会を得られたが、やはり人間達のほとんどは低脳だと結論付けていた。自分からすれば瞬時に分かる様な問題の解決にも時間が掛かり、それでいながら往々にして間違った方向へ邁進している。ナグモが生徒会長の就任を引き受けたのも、低脳な人間達の下につくぐらいなら、自分が彼等を管理した方がマシと判断したからだ。
ナグモが就任時、前生徒会長政権時の生徒会役員はいたのだが、全員がものの一週間と保たずに辞めてしまっていた。どうやら彼等は前生徒会長の下で甘い汁を吸うのが目的で生徒会に入ったらしく、能力不足でナグモが行う仕事量に誰もついて来れなかったのだ。そういう意味では
「南雲……生徒会長。ちょっといいか?」
光輝がふと思い出した様に顔を上げる。個人的に過去に色々とあったものの、彼もまた他の生徒よりは優秀だ。だからこそナグモは副会長に指名していた。
「今週末、ここの地域の夏祭りがあるのは知ってるか? そこの実行委員会からテントの貸し出しと出来れば学生達にも手伝いをお願いしたいと言われているのだけど」
「……テントの貸し出しはともかく、こちらに何のメリットがある? そもそもそれは自治会の仕事だろう」
「まあ……でも、地域との連携活動も生徒会の仕事だと思う。こういうのをコミュニティ・スクールと言って、学校と地域のパートナー提携ができる利点があるんだ。だから、俺は手伝った方が良いと思う」
光輝にそう言われ、ナグモは少し考える。光輝は生徒会に入ってから、以前の様に感情的な反論をしなくなり、逆にナグモに対しては論理的に述べる事が多くなった。そうでなくてはナグモは意見を聞かないと学んだのだろう。そして一理があるならば、ナグモも光輝の意見に反論は無かった。
「……まあ、いい。承諾すると先方には伝えろ。坂上、運動部から手伝いの人員を要請しろ」
「そりゃ声は掛けてみるけどよ……難しいと思うぜ? 夏祭りって確か次の日曜日だろ? 休みの日にボランティアをやれと言われても、ほとんどの奴は断るだろ」
「もちろん無償奉仕などこちらもさせる気は無い。手当金は出す。ちょうど、以前書いたコンクールの論文の賞金があるしな」
「え……マジ? 良いのかよ? あれって確か何十万とか貰ってたよな? それを学校の為に使っちまうのか?」
「あんな物、僕からすれば端金だ。生徒会長という役目を請け負った以上、学園の活動の為に投資するのは当然だ」
「端金って………」
龍太郎が引き攣った様な顔になるが、ナグモからすれば適当に書き散らした論文で得た金だった。何より、ナグモの頭脳があればネット上の株取引だろうが、銀行口座へのハッキングだろうが簡単に億単位を稼ぐくらい造作もない。
(本音を言うなら、低脳な人間達の学園などどうでも良いが……だが、権威のある者がこういう活動をすると愚かな人間達は勝手に持ち上げてくれるらしいからな。その者の知性ではなく、権威で判断するなどまさに低脳な思考回路そのものだ)
ある意味において―――
その方法論は―――人間味の無い、無味乾燥なものであったが。
「ま、まあ、そういう事なら………。バイト代が出るってんなら、嫌な顔をする奴はいねえだろうし」
「あ、はいはい! それなら私からもちょっと提案があります!」
急に香織が手を上げる。何やら良い事を思い付いた、という顔だった。
「その手伝いなんだけど……お祭りらしく、皆で浴衣を着るとかどうかな?」
***
夏祭り当日。運動部に顔が利く龍太郎が声を掛けてくれた事もあり、運動部からは女子も含めてかなりの人数が集まっていた。基本的にアルバイトが禁止されている学生の身で生徒会長が報酬を出してくれるというのはありがたい事であるし、何より―――。
「それじゃあ、今日は皆よろしくね。運営本部の指示をよく聞いて、怪我や事故がない様にしましょう!」
「「「はい!」」」
「くぅ~、白崎さんの浴衣姿が見れて良かった!」
「いやいや、白崎さんだけじゃねえよ。女子って浴衣を着るとこんなに魅力的に見えるんだな……」
「俺……今日の為に生きてきたのかもしれない」
香織の号令に手伝いに来た女子達が返事をする。彼女達は華やかな浴衣姿に着替えており、それを見た男子達はいつもとは違う彼女達の姿にテンションを上げていた。それに苦笑しながら龍太郎は男子達へ声を張り上げる。
「手伝いの時間はローテーションで決めてるからな! 自由時間に誰かと祭りを回るなりしても良いけど、その為にも仕事はしっかりやれよ!」
「「「ウス!」」」
威勢の良い返事の後、各員がそれぞれの仕事に割り振られていく。男子達はナグモから軍資金を貰える事だし、夏祭りで女子達と一緒に遊ぶ為にもやる気を出して仕事に取り組んでくれる事だろう。
「上手くいったな。というか香織もよくこんな事を思いついたな」
「せっかくのお祭りなんだから、皆で楽しく参加できる方がいいでしょう? 浴衣なんて滅多に着れるものじゃないしね。雫ちゃんも似合ってるよ」
「あ、ありがとう。香織」
香織が名前通りに白を基調として華やかな花柄が目立つ浴衣なのに対して、雫は青を基調としたレトロモダンな浴衣だった。描かれている花柄も控え目であり、大人っぽい落ち着きのあるコーディネートだ。雫は香織からの賛辞に対して返答もそこそこに、何故かソワソワした様に辺りを見渡していた。それを見て、香織はニコニコと親友に微笑む。
「その浴衣なら、きっと南雲君も気に入ると思うよ。南雲君は派手な物より、落ち着いた雰囲気が好きみたいだし」
「なっ……ち、違うから! これは家に偶々あった物を着てきただけだから! 別に南雲君の好みに合わせたわけじゃ……」
どう見ても新品の浴衣を着て顔を真っ赤にする雫に、香織は生暖かい目で見るだけにした。そんな女子達の姦しい姿に何故か照れを感じ、龍太郎は咳払いをした。
「というか、肝心の生徒会長様は何処に行ったんだ?」
「確か町内会長さんと打ち合わせがある、って言ってたよ。その後に会場内を見回ってからこっちに来るって言ってたかな?」
「そう………」
雫が目に見えてシュンとなる。せっかくの浴衣姿を見て欲しい相手が、この場にいない事を残念に思っている様だった。
「………探してきたら良いんじゃないか?」
ふとそれまで黙っていた光輝がそう言った。
「南雲……生徒会長には色々と指示を貰わないといけないから、早く帰ってきてくれると助かる。だから、雫が呼びに行ってくれないか?」
その発言に幼馴染み三人は少しだけ驚いた顔になる。ナグモと光輝は同じ生徒会に所属しているとはいえ、仲が良い印象はなく、特に雫からすれば過去の因縁から光輝はナグモに対して良い印象は無いと感じていたのだ。その光輝がナグモを頼る発言をした事が雫にとって驚きだった。だが、ナグモに早く浴衣姿を見せたい雫にとっては渡りに船だった。
「分かったわ。その……ありがとうね、光輝」
雫は光輝にお礼を言うと、ナグモを探しに行った。その後ろ姿を見ている光輝に、龍太郎達は声を掛けた。
「……良かったのか? まあ、雫があんなに一生懸命にやってる姿を見てりゃ応援はしたくなるけどよ」
「……良いんだ。友達の事をちゃんと応援する。それが正しい事だろ?」
「光輝くん……大人になったね」
フッと光輝は少しだけ寂しそうな顔になる。それを見て、少しだけ成長した幼馴染みを香織は優しく見つめていた。