そんなわけでナグモと香織のイチャイチャ回。なんかライセンさんのお家の元・お嬢様が待ちくたびれている気がするけど、もう少し待ってね。
空高く舞い上げてから突き落としたいと作者は思っているから(ニッコリ)
「ブランちゃん、良いアクセサリーがあるよ! ちょっと見ていかないかい?」
「わぁ、綺麗ですね! 試着しても良いですか?」
「そこの新米冒険者さん! 冒険にはポーションは必需品! これがあると無いとじゃ、命運を分けると言っても過言じゃない! 是非とも我が薬品店のポーションをお買い求め下さい!」
「ご親切にありがとうございます。でも大丈夫です。私、治癒術が使えるので。また別の機会に寄りますね♪」
「あら〜ん、ブランちゃんじゃない❤︎ 良い生地が入ったのよ〜ん❤︎ 彼氏のボウヤと一緒にウチに寄って頂戴よぉ〜ん❤︎ お姉さん、サービスしちゃうわぁん❤︎」
「本当ですか!? クリスタベルさんのお店の服、私すごく好きなんです!」
ナグモはブルックの商店街で変装用のローブを深く被りながら、目の前の光景を無表情に眺めていた。ナグモがアインズの供回りとしてブルックに来てから今日で三日目となる。それだけの短期間でありながら、香織は街のアイドルとして人間達の人気を集めていた。
商店街の店主達は次々と香織に声を掛け、香織はそれに笑顔で応対していく。時には売りつけてくる品をやんわりと断っていたりしているが、香織の笑顔と丁寧な対応の前に店主は気を悪くする事なく「そうか。じゃあ、また今度な!」と笑いながら引き下がった。
(というか、最後の奴は何だ? ニューロニストの親戚か?)
「こんなのと一緒にするんじゃないわよん!」とステレオで激怒されそうな事をナグモは逃避気味に考えてしまう。まさに接客のお手本の様な対応を次々としていく香織に、ナグモは何とはなしに呟いた。
「何というか……すごく手慣れているな」
「光輝く……
周りの人間には聞こえないくらいの小声で香織は答えた。
「色々な人に謝ったりしている内に、どんな風な態度で相手に接したら良いとか少し分かる様になっちゃったの」
思い出したくもないという声音だったが、嫌な顔を表情に出すことなく周りの人間には笑顔を見せていた。香織の営業スマイルに周りの人間も気を良くして接していく。
「だから八方美人なんて、クラスの人達には思われちゃったんだろうけどね……」
「低脳な人間達の戯れ言だ、気にする事はない。相手に合わせて態度を変えるなど、誰もが当然にやる事だ」
それに……とナグモは深くフードを被り直す。
「……君が先程からやっている事は、僕には無理な芸当だ」
「ん、そっか……ナグ、じゃなくてヴェルヌくんは騒がしい所があまり好きじゃないんだ」
フードの下で眉間に皺を寄せているであろうナグモの事を思って、香織はナグモの手を握った。
「ね、少し休憩しようか。この先にある広場ならあまり人通りがないから静かだよ」
「だが、モモンさ――んから命じられた品が、まだ……」
「モモンさんは夕方までに戻る様に、と言っていたからまだ時間はあるよ。それに今はお昼時だから人の往来が激しいみたい。少し時間が経てば、商店街も空くと思うよ? ほら、こっちこっち!」
ナグモは少し悩んだが、これ以上人間達の喧しい声を聴きたくないという思いから香織に手を引かれるままに商店街を後にした。
***
香織に連れて行かれた場所は閑静な住宅街にある広場だった。今は家の人間が仕事に行っているからか、広場には昼の散歩に来ている老人くらいしかいなかった。人混みから解放されたナグモは、大きな溜息をつきながらベンチに腰掛ける。その隣に香織はちょこんと腰掛けた。
「ほら、ここなら静かだよ。ナグモくん、疲れちゃった?」
「別に。単に精神的に疲労が溜まっただけだ。ついでに改めて君の凄さを再確認したよ」
周りに聞き耳を立てる人間がいない事を確認して本来の名前を呼んでくる香織に、ナグモは応える。ナグモを始めとしたナザリックの者達はセバスのような例外を除けば、人間を踏み潰して当然の弱者としか見ていない。しかし香織は元・人間という事もあって、難なく潜入活動をこなしているのだ。しかも彼女の笑顔に人間達はデレデレとガードを下げて情報収集も捗るというオマケ付きで。
(これはこれで、ナザリックの者達には難しかった任務じゃないか? それを容易く行えるとは流石は香織だ。そして———アインズ様もそれを見越して香織を冒険者として連れ出す事を決めたのだろう。さすがは至高の御方。目の付け所に間違いがない)
絶対なる主人の慧眼に、ナグモはただ敬服するしかない。以前の王宮の時の反省点を踏まえて、ナグモには香織が常にフォローする様に命じたのかもしれない。
(それにしても……人間というのはどうしてどいつもこいつもこんなに喧しいんだ? 仮にも知能を持った霊長類だろうに……)
理路整然と、必要最低限な情報だけを簡潔に喋って欲しいものだ。あんな大声で喧しく喚き合うなどそれこそ猿以下ではないか。頭痛を鎮める様に眉間の皺を揉んでいると、不意に服の裾をちょんちょんと引っ張られた。
「んっ!」
ポンポン、と香織がぴったりと閉じた太腿を差し出してくる。
「……いや、さすがにそれは」
「んっ!」(ポンポン)
「気持ちは嬉しいが……」
「したくないの? ……もう、私の身体に飽きちゃった?」
少し悲しそうな顔になる香織を見て、ナグモは何も言えなくなった。
無言でポフッと香織の膝に頭を乗せる。パッと香織の顔が笑顔になった。
「ふふ、お疲れ様。ナグモくんは人間が嫌いなのに、頑張ったもんね」
膝枕をしたナグモの頭を香織は優しく撫でる。
「んっ………」
ナグモは少し目を細めると、香織の膝に頭を擦り寄せた。遠くで「あらあ、若いっていいわね〜」と老夫婦の声が聞こえた気がしたが、意識からシャットアウトした。
香織の指がそっと変装の為に赤く爛れたナグモの頬を撫でた。
「この傷……大丈夫? すごく痛そうに見えるけど……」
「本当に顔を焼いたわけではない。特殊メイクみたいなものだ」
「だとしても、あれはビックリしたんだからね? 目の前でやられた時、心臓が止まるかと思ったよ」
「……まあ、説明が足りなかった事は認める」
アインズから顔を隠す必要があると伝えられた時、それならばとその場で顔に薬品をかけて変えたら香織が息を詰まらせて座り込んでしまったのだ。アインズも一瞬だけ慌てた様な素振りを見せたものの、すぐに冷静に対処して事なきを得ていた。アインズは仮面や包帯で顔を隠す案を勧めたものの、それでも素顔を確かめられた時に異端認定を受けて死んだ筈のナグモの顔では面倒になると判断しての選択だった。
「そういえば、アインズ様はどうしてこの街の色々な商品を買ってくる様に指示したのかな? 武器とか装備品なんて、ナザリックで作って貰った物の方がずっと良いのに……」
「どうやらトータスの品物がユグドラシル金貨でどのくらいの価値になるか調査されたい様だ。だから同じ商品でも、産地ごとに異なる物を購入する様に指示されたのだろう」
香織の膝に頭を預けたまま、ナグモは説明を始めた。
「加えて……この世界の外貨を得る為に、今までオルクス迷宮で集めた鉱石を扱う商会を開かれるそうだ。今日の買い物は一種の市場調査だな。これにより———経済的にもトータスを支配する足掛かりを得られるというわけだ」
「トータスを……支配……?」
「ん? そういえば香織には言っていなかったか?」
きょとんとした顔になった香織に、ナグモは少しだけ話して良いか考えた。だが、すぐに香織もナザリックの一員となったのだから良いか、と判断した。
「アインズ様は……
それがかつて、アインズから“アインズ・ウール・ゴウン”の原点たる“
「ナグモくん……それって……」
香織の手がフルフルと震える。周りに人がいない広間で、ナグモから初めて聞く壮大な計画に香織を身を震わせた。
「それって……
「当然だ。愚神に引導を渡すべく、アインズ様自身が神代魔法を習得されようとされている。今回の任務に選ばれたという事は、香織にも大きな期待をされているという事に他ならない」
「うん! 私、アインズ様の為に頑張るよ! もちろん、ナグモくんの為にもね!」
香織のやる気に溢れた笑顔にナグモは満足そうに頷いた。恋人である香織が、至高の御方の素晴らしさを理解してくれているのは、好きな物を共有できたようで非常に嬉しかった。
「あ、でも……」
香織の笑顔が唐突に心配そうに曇った。
「アインズ様がトータスの色々な国を支配するという事は、王国ともいずれは戦わなくちゃいけないのかな?」
香織が何故ハイリヒ王国と戦う事に難色を示したか、ナグモは少しだけ首を傾げた。だが、すぐに思い当たって、あぁ……と声を上げた。
「心配はしなくていい。八重樫雫は、時が来たらナザリックに迎え入れるつもりだ」
「それって本当なの?」
「もちろん。僕も彼女には借りがあると思っている。それを返す為にも、八重樫雫にもアインズ様の庇護下に入る栄誉を与えるべきだろう」
あのホルアドでの夜。八重樫雫がナグモの部屋に訪ねて来なければ、自分は香織への恋心に気付けないままだっただろう。そういう意味では雫はナグモと香織の仲を取り持ってくれた恩人だった。
「まあ、
「ううん、それでも嬉しいよ。そっか、雫ちゃんとまた会えるんだ」
香織の顔が笑顔に輝く。まるでクリスマス・イヴを待ち侘びる子供の様な顔に、ナグモも自然と嬉しくなってくる。
「ふふ、きっと雫ちゃんも喜んでくれるよね。私とナグモくん、それに雫ちゃん。アインズ様の下で三人で———
その笑顔に———毛先ほどの違和感をナグモは感じた。
(ん? どういう事だ? てっきり香織は人間の八重樫雫に会いたいと思っていたが……自分と同じ異形種になって欲しいのか?)
アンデッドとなった香織と人間の雫では寿命が異なる。それこそ雫に改造手術でも施さなければ、いつまでも一緒など成立しない。
(ふむ……そうなると、トータスの魔物因子を使った改造計画も話が異なってくるか。いっそ、僕の手で八重樫雫を異形種に転生させても良いか)
(香織が一緒なら……僕も………)
異形種揃いのナザリックでは極めて異常な事だが、ナグモはオーレオールと違って不老の存在というわけではない。じゅーるに設定されたこの身体は、正真正銘普通の人間の肉体だった。
だが、香織が傍にいてくれるなら———生涯の伴侶として、愛した少女がずっといてくれるならば。
ナグモはじゅーるから貰った自分の肉体を改造しても構わないと思っていた。
「そうだな」
香織に膝枕されたナグモは、愛している少女の頬を優しく撫でる。
「ずっと一緒だ」
香織は顔に添えられたナグモの手を優しく握り締めた。
「うん」
愛している少年に、満面の笑みを浮かべる。
「ずっと一緒にいて下さい」
未来の幸せを思い描き、ナグモも薄く———だが、確かに笑みを浮かべた。
「もしも雫ちゃんが来たら、私と一緒に大切にしてね。雫ちゃんなら、私はナグモくんをシェアしても良いと思ってるの」
「別に八重樫雫は僕に恋愛感情など抱いてないと思うが……」
「雫ちゃんもきっとナグモくんを好きになるよ。これから時間はたっぷりあるから、ナグモくんの良さを私が一杯教えて上げようと思ってるんだ。それに………はぁむ♡ ナグモくん、こんなに美味しいから私だけで独り占めするのは勿体ないと思うの」
「って、コラ! こんな場所で人の指を舐めるな!」
知ってる? 理想というのは、叶えられないから綺麗に見えるんだよ?
>香織
実は異形種になってから、人間だった時の常識や感情が破綻している。だからこそ、雫が本当にそれを喜ぶか理解できてません。
イメージ元は和月先生の『エンバーミング』のフランケンシュタイン。
すなわち———生前と同じ様に見えて、何かが狂って蘇った死体。
>ナグモ
実はオーレオールと違って普通の人間。これはじゅーるが自分の息子を意識して作ったから、人間離れした存在にしたくなかったという親心もありました。
可愛い彼女に恵まれて、理想の上司がいて、やり甲斐のある最高の仕事に打ち込めて、人生順風満帆で良かったね。
突き落されるまで楽しんでネ?