ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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なしてこのタイミングでヘルシャー帝国は侵攻するんよ? という説明回。ガバ理論なのは、素人の考えだからという事で。

そんなわけでガハルドの遺言……じゃなくて、お考えを聞いて上げて下さい。


第七十一話「ガハルドの野望」

 ヘルシャー帝国。

 

 それは今から三百年前、一人の傭兵が興した国だ。傭兵団のリーダーであった始祖は荒くれ者達を纏め上げ、彼の傭兵団は拠点にしていた砦を中心に、いつからか一つの町となり、やがて国家となった。

 今や冒険者や傭兵達の聖地となり、「強い者こそが正義」という実力主義社会となったのも当然の経緯だろう。

 

 しかし、それが故に数千年の歴史を誇るハイリヒ王国からは「ならず者の成り上がり国家」と蔑まれ、外交上では下に見られる事が多かった。ハイリヒ王国には背後に聖教教会がいるという事もあって、ヘルシャー帝国は国の歴史も規模も遥かに格下、というのがハイリヒ王国の見方であった。

 

 その扱いに不満を抱きながらも、歴代の皇帝達は甘んじて受けてきた。ハイリヒ王国に楯突こうものなら聖教教会は黙っておらず、異端指定をされた日には帝国は世界中から孤立無援となって瓦解していくからだ。たとえ国家行事でハイリヒ国王や教皇達と並び立つ事が許されず、従者の様に数歩下がって歩く様な扱いであっても国の為に歴代皇帝達は耐えてきた。

 

 だが———今代のヘルシャー帝国の皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーは違う。

 

 ***

 

「はっ、これが王国と教会肝煎りの勇者の活躍ねぇ?」

 

 皇帝の執務室。一際立派な椅子に腰掛けた男は王国に派遣している密偵の報告に、半ば呆れた様な目になった。

 既に五十歳に差し掛かっていながら、がっしりと鍛え上げた肉体は三十代のそれだった。剣の鍛錬も毎日欠かさずに行ってきた身体は、今からでも前線で活躍できそうなくらい若々しく、活力に満ち溢れていた。

 

 彼こそがヘルシャー帝国の現皇帝、ガハルド・D・ヘルシャー。

 “英雄“の天職を持ち、荒くれ者が多い帝国の頂点に君臨する男である。

 

報告書(コイツ)を見る限り、異世界から来た勇者というのは()()()()強いらしいな」

「その様です、皇帝陛下」

 

 傍らに立つ、髪をオールバックにした男は興味無さそうに頷いた。

 彼の名はベスタ。

 家柄は帝国でも有数の貴族であり、“鑑定者”の天職を持ったガハルドの側近だ。

 

「ジャイアント・オーガ、ケルピー、ワイバーンの群れの討伐……いずれも通常ならば一個大隊が必要ですが、それを二十人足らずで成し遂げているのは驚嘆に値するかと」

「ほう……で、お前の見立てでは教会が認定している“神の使徒”をどう見る?」

 

 信頼している右腕へ、ガハルドはニヤニヤと嗤いながら聞いた。それは分かりきった答えを敢えて聞く様な底意地の悪さが見えていた。

 

「はっきり申し上げて――お話になりませんな」

 

 ベスタはフン、と報告書に書かれた勇者達の事を鼻であしらう。

 

「魔物を倒すだけならば、軍隊を動員すれば同じ事は出来ます。ですが、この“神の使徒”達は全ての討伐において周りの土地に被害を与えております。見境なく暴走しているだけ……そう評価しても宜しいでしょうな」

「フン、確かにな。こんなのを勇者と宣伝しなくちゃならんとは……ハイリヒの奴等には同情するぜ」

 

 ガハルドは教会や王国が宣伝を行っている異世界からの勇者達を嘲笑った。

 聖教教会、さらにはハイリヒ国王は異世界から来た勇者達が各地で遠征してから、やたらと喧伝を行っていた。

 彼等こそは我ら人間族の救世主。邪悪な魔人族達に鉄槌を下すべく、エヒト神が異世界より遣わした“神の使徒”。

 いま行っている遠征は邪悪な魔物に苦しめられている無辜の民を救う為に“神の使徒”達が立ち上がられた故に行われている、と。

 

 ところが密偵達を使って詳しく調査させてみれば、ガハルドは失笑しか湧かなかった。

 確かに本来なら軍隊を派遣する様な魔物達を十代の少年少女が倒した事は驚嘆に値するだろう。しかし、蓋を開けてみれば強大な力を周囲の環境に配慮せずに振るっているだけで、魔物を倒した事実のみしか見てない子供の集まりだった。それを聖教教会達は鍍金で飾り立てようとするかの如く過大に宣伝しているだけだった。

 

「そういえば……二ヶ月後のハイリヒ王国建国祭において、聖教教会は聖戦遠征軍の寡兵を行うそうです。式典では件の勇者も檄文を演説するそうですが、御参加されないので?」

「行く価値あるか? トラウム・ナイト相手に死人を出す様なガキ共の戯言をわざわざ聞きに?」

 

 それもそうですな、とベスタは頷く。勇者達がオルクス大迷宮での訓練中に、数名の死傷者を出した事はガハルドの耳にも入っていた。一度目は“神の使徒”の中に魔人族へ寝返った者がいたせいで失敗したらしいが、二回目に至っては迷宮にいたトラウム・ナイト相手に返り討ちにあったと聞いている。その時点で、ガハルドの中で勇者達への興味は薄れていた。

 

(トラウム・ナイトは確かに魔物の中では強い方だが、金ランクの冒険者パーティーならどうにか出来る相手だ。そんな程度の魔物に逃げ帰る様な奴が人間族の勇者、ねえ?)

 

 かつて当時最強だった冒険者パーティーでも倒せなかったベヒモスを倒した、という話ならガハルドも“神の使徒”達がどんな相手か興味ぐらいは持ったかもしれない。しかしトラウム・ナイト相手に被害を出し、その後は各地で周りの被害をお構い無しに戦っているという報告を聞いた今ではもはや眼中にすらなかった。

 ヘルシャー帝国の国是である実力主義が幼い頃から根付いているガハルドからすれば勇者達は、さほどの実力も無いくせに教会と王国の権威の為に仕立て上げられたお飾りの若造達でしかない。

 

「それに……今は他に力を入れたい用事があるからな」

「はっ」

 

 ベスタは短く返答すると、次の書類を捲った。

 

「報告致します。フェアベルゲン侵攻軍、一万人の編成が完了致しました。あとは陛下の御許可を頂ければ、いつでも進軍を開始できます」

「仕事が早いな。お前みたいな優秀な部下を持てて、幸運だと思ってるぜ」

「勿体ない御言葉です。しかし……実に帝国軍の三分の一を投じる形になりますが、そこまでして行う価値があるのでしょうか? 未だ魔人族達の動きも活発だというのに」

「阿呆、だからこそ今やるんだよ」

 

 ニヤリ、とガハルドは笑う。

 

「魔人族達の攻撃が王国に集中している今こそが帝国が領土を拡大するチャンスだ。フェアベルゲンを滅ぼして亜人族の捕虜共で軍事力を蓄えつつ、王国と魔人族の戦争が本格化してきたら頃合いを見て助け舟を出してやる。上手くいけば、魔国ガーランドも帝国の領地になるだろう?」

「魔人族を奴隷にして、ですか……。聖教教会は声高に魔人族の根絶やしを主張しそうですが」

「あん? もうどうでもいいだろ、あんな連中。異世界から来たとかいうガキ共を祭り上げるのに金も権威も散財している様だし、教会に以前程の力は無えよ。イシュタルも歳で耄碌してきたかね?」

 

 左様で、とベスタは頷く。ガハルドの言う事にも一理はある。今まで宗教的な権威や全国の信者からのお布施で圧倒的な財力を誇っていた聖教教会だが、“神の使徒”達の遠征団に掛かっている費用を概算するに相当な金額を掛けている筈だ。そこまでやって結果があの有り様ならばもはや教会は金をドブに捨てているに等しく、無事に魔人族との戦争が終結しても以前ほどの権威は保てないだろう。それは魔人族の侵攻で直接的な被害を受けている王国も同様だ。

 

(そうだ……今こそ、帝国がトータスで最も繁栄する唯一絶好のチャンスだ)

 

 ガハルドには野望があった。それは自分が生まれ育った国、ヘルシャー帝国を強大な軍事国家とする事。

 今のトータスの人間の国では聖教教会の影響が最も大きく、そして彼等をバックにつけているハイリヒ王国が幅をきかせている。歴史的にも浅いヘルシャー帝国は格下に見られ、外交でも苦い思いをする事が何度もあった。

 このまま王国並びに教会との力関係を覆せなければ、遠からず帝国はハイリヒ王国の属国の様になってしまう。そんな危機感を抱いたガハルドは、王国や教会の勢力下から脱却すべく富国強兵政策を積極的に行った。今回のフェアベルゲン侵攻も、帝国の労働力を最大効率化する為に行うのだ。

 

「王国と教会が()()()()()()()()()に散財している今がチャンスだ。帝国の軍事力を最大に高めて、トータス初の統一国家を作るぞ」

 

 それこそが、「英雄」の天職を持って生まれた自分の使命。

 ガハルドの瞳に一際熱い炎が灯る。誇大妄想と笑われそうな理想も、実現可能な未来に聞こえる実力と実績がガハルドにはあった。

 

「かしこまりました、陛下。不肖ながらこのベスタ、どこまでもお供致しましょう」

 

 人一倍の野心に燃える主君に、側近である彼は深く頷いた。

 

「っと、思い出しましたが陛下。此度のフェアベルゲン平定ですが……御子息のバイアス皇太子殿下が自分も参加させろ、と申されまして……」

「あん? 初めて聞いたぞ?」

 

 怪訝な顔になるガハルドだが、ベスタは困った顔になりながら先を続けた。

 

「ここまで大規模な動員をしたため、さすがに皇太子殿下の御耳にも入った様で……相手が亜人族の国と聞いた途端、自分を大将に据えろと言って聞かないのです」

「チッ、愛玩奴隷を捕まえに行くんじゃねえんだぞ、あのボンクラ」

 

 舌打ちしながらもガハルドは深々と溜息が出てしまう。

 バイアスはガハルドの息子———といっても、側室の子だが———であり、ヘルシャー帝国の伝統である“決闘の儀"において実力を示し、次期皇帝候補となった皇太子だ。

 だが、粗野で女癖が悪く、目下の者に傲慢に振る舞うなど上に立つ者として些か問題のある性格だった。今となってはガハルドも“決闘の儀”で次期皇帝を決めるヘルシャー帝国の慣習を改めるべきだ、と考えてしまう。

 

「しかしながら、バウンス少将やファビウス中将などの今回の編成軍の将校にも要求されている様で……あくまで噂ですが。自分を大将に据えた場合、一番槍を果たした隊には掠奪の許可をすると嘯いていて、将校達は皇太子殿下の参戦を支持する者が多く出ております」

「帝国の軍人は馬鹿ばかりか?」

 

 ハァ、とガハルドは大きく溜息を吐いた。

 戦場で食糧や金銭、はたまた捕虜にした女子供の掠奪は軍の士気を上げる常套手段ではあるが、それを目的にされても困る。

 

(まあ、亜人族の女は容姿端麗な者が多いからな……ただで愛玩奴隷を手に入れられると聞けば、やる気は上がるだろうよ)

 

 帝国は奴隷制度を認めていて、亜人族の奴隷も労働力や愛玩用に多く存在する。しかし、自分の野望の第一歩が欲望の発散にギラついた将校達によって行われるというのはガハルドからすれば溜息しか出てこない。

 

「いかが致しましょう、皇帝陛下」

「……仕方ねえ、あのボンクラにも参戦する様に伝えろ。ただし、抑え役として俺の親衛隊を何人かつけろ。あと多少の掠奪は認めるが、大量虐殺する様な真似はするなとだけ伝えておけ。フェアベルゲンの亜人共はこれから労働力として使うからな」

 

 はっ、とベスタが返事する中、ガハルドは遠く———これから侵略するフェアベルゲンに想いを馳せる。

 

(ま、テメェらには気の毒だが……これも弱肉強食の世の理だ。恨むなら、弱者として生まれたテメェら自身を恨みな)

 

 何はともあれ、自分の野望はここから始まる。

 その予感に、ガハルドは胸の中で熱い炎を感じていた。

 

(亜人族も、魔人族も————ついでに王国も平らげて、俺がトータス全土の王になる。ああ、やってやる……やってやるぜ!)

 

 これからの覇道に、野心溢れる英雄は拳を握り締めた。

 

 

 

 だが————彼は知らない。これから侵攻しようとしているフェアベルゲンは、とある死の支配者を崇める国となっている事。そして死の支配者に仕えるに足る兵となるべく、亜人族達が日夜訓練に明け暮れている事を……。




>ヘルシャー帝国

この話を書くにあたり、出来る限りで設定などを見直しましたが……。

・ヘルシャー帝国の建国は三百年前。一人の傭兵が起源だから、素性や血統にそこまで神聖性は無い。
・ハイリヒ王国は解放者ラウス・バーンの三男坊シャルム・バーンが始祖であり、数千年の歴史を誇る。
・ハイリヒ王国の背後には聖教教会があり、国王エリヒドの権力はイシュタルより弱いが、聖教教会のバックにいるというのは権力的に大きい。

以上の理由からヘルシャー帝国は「歴史的に浅く、血統も大した事ないので国としての格はハイリヒ王国より下」と推測しました。

>ガハルド

だからこそ、ガハルドは格下扱いされる自分の祖国を強大にすべく、富国強兵としてフェアベルゲンに侵攻して領土拡大や労働力の確保を狙っています。彼なりに国に為を思っての行動なんです。



とりあえず、墓碑銘には「国を想い、間が悪すぎた男」と刻んでおけばよろし?

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