ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 事情あって、八月に東京へ転勤する事になりました。今まで「今日の東京都の感染者数は……」というのを鼻ホジしながら聞いていたのが他人事じゃなくなるんだなぁ。


第七十三話「フェアベルゲンの対策会議」

「整理しましょう」

 

 アルテナの声が張り詰めた空気の中で響く。

 かつてはフェアベルゲンの長老衆の会議場として使われた部屋には、現在の族長代理であるアルテナ、先の襲撃で元・長老衆の中で数少ない生き残りメンバーとして狐人族のルアと熊人族のジン、そして帝国侵攻の情報を持ち帰ったパル。彼の種族の族長としてカム。そして———。

 

「何だって、忌み……()()()()がここに……」

「まあ、まあ、ジン。彼女は今のフェアベルゲンで最強の戦力だよ。それなのに何も聞かさないというわけにいかないだろ?」

 

 ルアが宥めながらも苦々しい顔で睨んでくるジンに、シアはビクッと肩を震わせた。ジンが放つプレッシャーに耐えきれずにプルプルと震える姿はまさしく怯えた子ウサギの様だ。これがフェアベルゲンで一番強い亜人族などと言われても、何も知らない第三者は信じないだろう。

 

「ルア様……いえ、ルア()()の言う通りですわ」

 

 まだ何かを言おうとするジンに先んじてアルテナが口を出した。

 

「シアちゃ……彼女はフェアベルゲンで最強の戦士。ならば我々の会議に加わる権利は十分にありますわ。これは、フェアベルゲンの族長代理として私が判断した事です」

「チッ……」

 

 ジンは舌打ちしながらも、アルテナの言葉に押し黙った。本来ならば、いかに前・族長だったアルフレリックの後継とはいえ、年若いアルテナの言う事などジンは無視することも出来なくない。しかし、ジンとルアの生き残りの長老衆は先の魔人族の襲撃において「外からの侵略を想定せず、対応の遅さから多数の同胞を死なせてしまった」ことへの責任を取る形で、フェアベルゲンの政治中枢から手を引いたのだ。

 

(まあ、僕達が()()だったという事が、魔人族の襲撃で証明されちゃった様なものだしねえ……)

 

 ジンの隣でそっとルアは溜息を吐く。狐人族の族長として、そしてフェアベルゲンの長老衆の一人として伝統に則ってこの国を支えてきた。

 だが、時代は変わったのだ。これからはアルテナやシアの様な若い者達が中心に国を治めるべきなのだろう、と彼は考えていた。

 

(果たしてジンはどう思っているやら? アルテナのお嬢さんがフェアベルゲンの族長代表となった事に文句を言わなかったから、彼も自分達の伝統を守るだけじゃ駄目だと気付いてはいると思うのだけど……)

 

 今はあくまでアルテナの補佐として、ルア達は長老衆の席に座っているのだ。族長代表のアルテナが要請した以上、ジンもシアがこの場にいる事にそれ以上の文句は言わない様だ。

 

(もっともゴウン様がこの地に降臨されてから、長老衆自体が形骸化した様なものだけど……)

 

 ルアが内心でそんな事を考えていると、アルテナはこの場で上座に座った人物へと声を掛けていた。

 

「コキュートス様も、それで宜しいでしょうか?」

「……構ワン。会議ヲ始メルガイイ」

 

 会議場の中で最高位の権力を持つ議長席———亜人族達がその人物に感謝と敬意を示す為に一際立派に造り、玉座と呼ぶべき椅子の後ろには“アインズ・ウール・ゴウン”のギルドサインが垂れ幕に描かれていた。コキュートスはその玉座を護る様に近くの席に座っていた。

 アルテナ達は一度起立し、“アインズ・ウール・ゴウン”の旗とコキュートスへ最敬礼した後に会議を始めた。

 

「では、最初の議題に移りましょう。パル・ハウリア。貴方達、国境警備隊は本日の昼頃に樹海内で帝国の軍勢を発見した。間違いないですか?」

「は、はい! 間違いないです!」

 

 緊張してガチガチになりながらも報告するパルに、ルアは細い糸目を向けた。

 

「帝国が奴隷狩りで来てるという線は無いかな? 奴等は樹海の外側に出た亜人族を狙って、定期的に捕獲専用の部隊で巡廻に来るそうだけど」

「えっと……それは無いと思います。奴隷狩りにしては数がとても多かったし、樹海内で野営地を設営していました。それに手探りな感じでしたけど、フェアベルゲンの方向へ真っ直ぐに進んでいました」

「野営地を? そんな事したら樹海内の魔物にすぐ襲われて……いや、そうか。魔人族の襲撃の後、樹海で魔物を見掛けなくなっていたからな。上手くスキをつかれた形になったか……」

「しかし、どうやってフェアベルゲンの場所を? 今まで所在地がバレた事は無かったのに……」

 

 カムが不思議そうに呟くと、パルが答えにくそうな顔ながらも返答した。

 

「それが……あいつらは魔人族が切り拓いていった侵攻ルートを辿っているみたいで……それと………っ」

「パル? どうしたのですか?」

 

 急に押し黙ったパルにアルテナが不思議そうに聞く。パルは唇を噛んでいたが、しばらくしてようやく声を絞り出した。

 

「あいつらは……あいつらは、亜人族の奴隷達を使ってフェアベルゲンの場所を探し出しているんだ!」

「……っ!」

 

 予想はしていたが、改めて言葉に出されてアルテナ達の顔が強張る。パルは血を吐く様に自分が見てきた物を伝えた。

 

「奴隷にされた亜人族が十数人はいた! 耳とか尻尾を切られて、ボロボロの服を着せられて、鎖に繋がれていたんだ! あいつらはその人達を笑いながら鞭で叩いて、フェアベルゲンの場所を聞き出していた! 絶対に教えない、って抵抗した人もいたけど、帝国の奴等はその人の首を笑いながら斬り落とした! それで生き残りの人達に「逆らったらこうなるぞ?」と首を投げ付けて、それで———!」

「パル、落ち着きなさい」

 

 カムが宥めたが、その手は怒りに震えていた。他の者達も同様だ。フェアベルゲンの外では亜人族は差別されているとは知っていたが、直接見てきたパルの証言は亜人族達に怒りの炎を燃え上がらせていた。

 

「すぐにでも助けたかったけど、奴等の数が多くて、この事を皆に早く知らせなくちゃと思ったから、僕は……あの人達を見捨てて……!」

「貴方が悪いのではありません。そこで軽率な行動を取っていれば、私達はこうして対策を考える時間すら与えられなかったでしょう。冷静な判断を下してくれた事に感謝しますわ」

 

 唇を噛み締めたパルに、アルテナは慰める様に言葉をかけた。それを見ながら、ルアは首を傾げた。

 

「しかし、まだ疑問があるね。彼が伝えてくれた行軍速度からすると、少し早過ぎないかな? その奴隷にされた亜人族達の中で樹海からフェアベルゲンまでの道筋を知っている子がいたのか?」

「……そういえば、帝国の奴等は熊人族の女の人をしきりに拷問していた気がします」

「……何?」

 

 パルの発言に、それまで言葉を発しなかったジンが初めて口を開いた。ジロリとジンの鋭い眼光がパルを射抜く。

 

「おい、兎人族のガキ。ふざけるな、俺の一族に同胞を売る様な真似をする奴はいねえ」

「う、嘘じゃないよ! あれは熊人族のお姉さんだったよ! 名前は確か……アルトって呼ばれてた!」

 

 バンッ!!

 

 ジンは椅子を蹴落とす様に立ち上がった。彼はまるで幽鬼を見たかの様に顔を蒼白にさせ、パルに詰め寄った。

 

「アルト、だと……!? おい、ガキ! それは、聞き間違いじゃないのか!?」

「い、いいえ! 周りの亜人族の人達にそう呼ばれているのちゃんと聞きました!」

「歳は!? そいつの歳はどのくらいだ!?」

「た、多分シアお姉ちゃんと同じくらい……」

「そいつの目の色は! 明るいブラウンだったか!? 目に泣き黒子は無かったか!?」

「い、痛い、痛い!」

「ジン殿!? 落ち着いて下さい!」

「パル君が痛がっています! 離してあげて下さい!」

 

 矢継ぎ早にパルに質問し、興奮のあまりに彼の肩を締めつけていたジンをカムとシアが慌てて引き剥がす。引き剥がされながら、ジンは「いや、まさか……そんな……」と譫言の様に呟く。

 

「どういう事ですの? ジンさん、その熊人族に心当たりでもあるのですか?」

 

 アルテナは不審そうに聞くが、ジンは顔を覆ってブツブツと呟いていた。そんな彼の代わりに、ルアが言い辛そうな表情で口を開いた。

 

「その……兎人族の彼の聞き間違いでなければ、半年前に樹海で行方不明になったジンの娘と同じ名前だね」

「なんて事……」

 

 アルテナは思わず口を覆ってしまう。同時にハッキリとしてしまった。熊人族の族長の娘ならば、樹海の中を迷わずにフェアベルゲンまで案内する事も可能だろう。

 

「すぐに助けに行くべきですぅ! アルトさんや他の人達が酷い事をされる前に!」

「………いや」

 

 シアが椅子から立ち上がって主張したが、ジンは顔を伏せたまま低い声を出した。

 

「………必要ない。通常の作戦行動に則って、防衛ラインで帝国を迎え撃つ」

「なっ……どうしてですか!?」

 

 ジンの発言にシアが驚いた顔になる。ジンは苦渋を滲ませた顔で言葉を絞り出した。

 

「……ガキ、帝国の人間共の数は約10,000人だそうだな?」

「う、うん。多分、そのくらい」

「対してこちらは動ける女子供を集めても、せいぜい300人。その戦力差なら籠城するのが基本だ。迂闊に攻められねえ」

 

 何より、とジンは強い表情で周りを見渡す。だがそれは、まるで怪我を負った獣の様に眼光が鋭く———弱り果てた顔だった。

 

「……樹海の外に出た者はフェアベルゲンでは死んだ者だ。俺に娘なんていなかった。死人相手に生きてる同胞達を危険な目に遭わせられねえ」

「そんな……そんなの、あんまりですぅ!」

 

 ジンの主張にシアは真っ向から異議を唱えた。

 

「死んでなんていません! 同胞の皆は帝国の人間達に苦しめられながらも、助けを求めています!」

「お、おい。シア」

「それなのに、どうして見捨てるなんて選択をするんですか!? 彼等だって、フェアベルゲンの場所を教えまいと必死で抵抗しているのに!」

 

 カムが宥めようとするが、シアは自分を抑え切れなかった。ハウリア族は一族全てが家族という考えが浸透しており、“忌み子”だったシアが今日まで生きてこられたのも一族が総出で自分を大事に育ててくれたからだ。

 

「実の娘なのに、どうして見捨てるなんて言うんですか!」

「っ、知った様な口を聞くなよ“忌み子”の小娘風情があああっ!!」

 

 ダンッと机に拳を振り下ろしてジンは立ち上がった。その目はやるせない怒りや苛立ちなどの感情で燃えていた。

 

「樹海の外で奴隷になった奴は死んだ者として扱うのはフェアベルゲンの伝統だ! 今まで何人もそうやって処理した! “忌み子”が産まれたら、親友や親族の子供だろうと処分した! そうやって同胞達に国の為だからと辛酸を舐めさせてきたのに、今さら俺の娘だけを特別扱いになんて出来るか! 俺は長老衆の一人としてそうやってフェアベルゲンを治めていたんだ! コソコソ隠れて暮らしていた“忌み子"のお前には分からないだろうけどな!」

「分かりません! そんな伝統に拘って、いま苦しんでいる人達をどうして見捨てようとするんですか!」

 

 手負いの獣の様に吼えるジンに対して、シアは一歩も引かずに怒鳴り返した。先程までジンの放つプレッシャーに気圧されていたが、今は一歩も譲らないとばかりに真っ向から意見する。シアも、ジンも、お互いにヒートアップしたその時だった。

 

 カツンッ!!

 

 ハルバードの石突を床に叩きつける音が響く。

 

「双方、抑エヨ。話ガ一向ニ進マン」

 

 コキュートスが冷気を漂わせる吐息を吐きながら、硬質な声を出した。

 

「マズ話シ合ウベキハ、アインズ様ガ手ズカラ救ワレタコノ地ニ進軍シテクル愚カ者共ニドウ対処スルカ、デアル。異論ハアルカ?」

「っ、申し訳ありません!」

 

 ジロリ、と青い複眼で睨みつけられ、シアは慌てて頭を下げた。ジンもシアに対して横目で睨みながらもコキュートスへ頭を下げる。

 

「では、フェアベルゲンの族長代表として決を取りましょう。進軍してくる帝国軍と戦う……それを基本指針として宜しいですか?」

 

 アルテナの凛とした声が響く。

 

「私達はゴウン様に救われた身。帝国に膝を屈するなど、あり得ないでしょう」

「カムに同じく。ゴウン様が赴かれる大迷宮を守るのが僕達の使命だ」

 

 カムとルアが頷く。この場にいる者達は言葉にこそ出さないが、皆アインズの為に帝国と戦おうという意思をはっきりと感じさせた。

 

「では、我々フェアベルゲンはこれより進軍してくる帝国軍に命を賭してでも戦います。帝国軍一万に対して、我々の戦力は三百人。実に圧倒的な人数差ですが、戦うと決めた以上は、これより先に反対意見を述べる者はゴウン様への叛逆と見做しますわ。よろしいですわね?」

 

 「おう」、「はい」と返答されたのを見て、アルテナは頷いた。

 

「そして、いま現在帝国軍に囚われている同胞達についてですが……」

 

 ギュッとジンの拳が握られる。何でもない様に装っているが、落ち着かない様子で肩をソワソワと動かしていた。

 

「私は彼等を助けるべきだと進言致しますわ」

 

 ざわっと会議室の空気が動く。

 

「族長の娘という事は、大迷宮に繋がる大樹への行き方を知っている。そうですわね? ジンさん」

「あ、ああ。いずれは後を継がせようと思って、基本的な口伝くらいは……」

「それならば、いま帝国は大迷宮への鍵を握っているのと同意ですわ。ゴウン様が赴かれる大迷宮が、帝国軍に奪われるなどあってはならない事です」

 

 何より、とアルテナは周りを見渡した。

 

「……かつてゴウン様は、圧倒的な数の魔人族と魔物の軍勢に対して一歩も退かずに我々に救いの手を差し伸ばしてくれました。そして今、苦しめられている同胞達がいる。今度は我々が彼等に手を差し伸べる番です。それこそが、ゴウン様に救われた我々が為すべき事です」

「アルテナちゃん……」

「……方針ハ纏マッタ様ダナ」

 

 戦う覚悟を決めた亜人族達を見ながらコキュートスがカチカチと鋏を鳴らした。

 

「……アインズ様ノ御力ニ縋レバ、囚ワレタ者達モ容易ク救エルダロウガ、貴様等ハドウスル?」

 

 確かに魔人族達を赤子の手を捻る様に全滅させたアインズならば、進軍してくる帝国軍の対処も奴隷にされている亜人族の救出も全て完璧に熟せるだろう。ジンの顔に縋る様な表情が浮かんだのも無理もない話だった。

 しかし———。

 

「それは……甘え過ぎだと思います!」

 

 その場の視線が全てシアに集まった。シアは緊張で口の中が渇きそうになりながらも、はっきりと口にした。

 

「確かにゴウン様にお縋りすれば、どうにかしてくれるかもしれません。でも、ここは私達の国ですぅ! 自分達で出来る限りの事はやるべきだと思います! 偉そうな事を言ってるのは、承知の上ですけど……」

「……いえ、私もシアちゃんと同じ意見ですわ」

 

 尻すぼみになっていく親友の言葉に、アルテナは励ます様に頷いた。

 

「ゴウン様に救われ、その恩義に報いるためフェアベルゲンの大迷宮を死守すると決めたのは私達。何もしていない内からゴウン様にお頼りするのはお門違いですわ」

「私も、だ。大事な一人娘を救われたその恩義を今こそ返すべきだろう」

 

 カムも力強く頷くと、ジンと向かい合った。

 

「ジン殿。掟に背いてシアを匿い続けた我々の一族に対して、思う所があるかもしれない。しかし、子を持つ親として、貴方の苦悩は理解出来るつもりだ。貴方の娘は必ず助け出す。一族総出で、救出に向かう事を約束する」

「………兎人族風情に言われても」

「まあまあ、ここは素直に好意を受け取っておきなよ」

 

 まだ拗ねた様な態度を見せるジンをルアは宥めた。

 それらを見ながら、コキュートスはどこか満足そうに頷く。

 

「……ナルホド。ソレガオマエ達ノ決断カ。ナラバ、余計ナ手出シハ無粋トイウモノ」

 

 コホォオオ、と冷気を吐きながら、コキュートスは声を張り上げた。彼の背後には、この世で最も誉れ高い至高の存在を示す印が描かれた垂れ幕があった。

 

 

「ナラバ、見セテミヨ! 御方ニ恥ジヌ戦イ振リヲモッテ、侵略シテクル愚カナ賊共ヲ殲滅セヨ!」

「「「「「Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みのままに)!!」」」」」

 

 シア達は一斉に“アインズ・ウール・ゴウン”の旗に敬礼した。

 

 ***

 

 ハルツィナ樹海内。ヘルシャー帝国軍の野営地。

 天辺にヘルシャー帝国の国旗が翻り、一際立派な天幕の中で肉がぶつかり合う様な音が響く。

 

「オラッ! 啼け! もっと良い声で啼いてみせろ!」

「あぐっ……ぎっ……」

 

 パンッ、パンッ! という音と共に、寝台の上で男が亜人族の少女を組み伏せていた。亜人族の少女の身体は至る所にミミズ腫れの様な赤い線が引かれ、元は熊の耳であったであろう頭部の耳は切断され、見た目だけ人間の様だった。首輪から伸びた鎖を引っ張られ、亜人族の少女は苦しそうに喘ぐ。

 

「お許、しを……どうか、お慈悲を……!」

「あぁん? 人間モドキのケダモノが舐めた事をぬかすなよ? そらっ、<雷罰>!」

「ああああああっ!?」

 

 首輪に掛けられた魔法が発動し、亜人族の少女の身体に電撃が奔る。この首輪は装着した者の筋力を下げ、電流が流れる様に作られた奴隷用の首輪だ。本来は奴隷が逃亡しようとした時や主人に叛逆した時に発動させる罰だが、一際立派な体格の男は容赦なく発動させた。

 

「ギャハハ! 良いぞ、締まりが良くなった! オラッ! もっと俺を楽しませろ!」

「あぐっ!? う、うぅ……!」

 

 男は息も絶え絶えに痙攣していた亜人族の少女の頬を力強く張り倒した。

 その男は、はっきり言うと粗野の一言に尽きた。短く刈り上げた金髪、筋肉が引き締まった大柄な身体。服装は庶民の年収を軽く上回る様な上質な造りでありながら、顔には弱者を甚振る事に快楽を見出した、下卑た笑みを浮かべていた。もしも上質な服を着ていなければ、山賊の頭だと言われても納得してしまう様な雰囲気だった。

 

「バイアス様」

 

 天幕の中に漂う臭いに一瞬だけ顔を顰めながら、初老の男が天幕に入ってきた。

 

「あん? 何だ? 取り込み中なのが見て分からねえか?」

「お戯れは程々に。そもそも次期皇帝ともあろう方が、穢らわしい亜人の牝を抱くなど……」

「ちっ、うるせえな」

 

 男——バイアスは舌打ちしながら初老の男に答えた。この初老の男は父・ガハルドからお目付役としてつけられた皇帝直属の親衛隊だ。その為に、ヘルシャー帝国の皇太子であるバイアスに意見する事が許されていた。

 

「これは尋問だよ、ジ・ン・モ・ン。この亜人はフェアベルゲンまでの道程を知っているんだろ? 皇族たるもの軍の糧食の消耗を抑えないといけないからな。だから俺が直々に最短ルートを聞き出してやってるんだぜ?」

 

 親衛隊の男は深い溜息を吐いた。どう見てもバイアスの欲望の発散に使っているというのに、彼は全く悪びれる様子は無い。

 

「しかしながら、せめてその……もう少し静かにやれませんかな? その——」

 

 親衛隊の男は冷たい目線をボロボロになっている亜人族の少女に向けた。帝国の「弱肉強食」の国是に染まり、亜人族を蔑視するエヒト教の常識を物心ついた頃から教わった彼にとっても、生傷が絶えずに荒い息を上げている彼女は同じ人間とすら見ていなかった。

 

「そこの()()()()の声が、外に漏れていましてな……。将校や兵達の間から不満の声が上がっているのです」

「ギャハハ、なんだよ。お前達も溜まっているのかよ?」

 

 皇族らしからぬ下品な物言いに、親衛隊の男は顔を顰める。しかしながら、バイアスは帝国の伝統に則り、次期皇帝の座を勝ち取ったのだ。それを不満というならば、帝国そのものに不満を言うのと同義だ。

 

「じゃあよ、亜人族の女の奴隷はまだ何人かいたよな? そいつらを使()()()()やれよ」

「なっ……話が違うじゃないですか!?」

 

 それまで寝台の上で受けた痛みに小さく丸まっていた亜人族の少女はガバッと身を起こした。

 

「私がバイアス様の御相手をする代わりに、他の人には手を出さないって約束で、ああっ!?」

 

 バキッ! という音と共に亜人族の少女は床に転がった。顔に青痣を作った少女の髪を掴みながら、バイアスは無理やり引き起こす。

 

「おい、人間モドキの獣風情が何を一丁前に意見してやがる? 約束だぁ? そんなものはな、対等の相手でないと成立しないんだよ。ヘルシャー帝国の次期皇帝の俺と、人間モドキの獣のお前が対等? 舐めてんのか、あぁ? なぁ、言ってみろ、自分はエヒト神からも見捨てられた愚かで下等な獣です、って言ってみろ!」

「あぅっ! う、うぅ……」

 

 バキッ! ドカッ! バキッ!

 

 無抵抗な亜人族の少女をバイアスはひたすら殴りつける。亜人族の少女は身体に新しい青痣を作りながら、ただただ涙を流していた。

 

「バイアス様、それくらいで。侵攻ルート確保の為にもそのケダモノにはまだ生きていて貰わねば困ります」

「チッ、仕方ねえな……とりあえず、適当な女の奴隷数人に首枷でもしてよぉ、誰でもご自由にって使わせてやれよ。舌を噛んで自害できない様に猿轡も忘れるなよ」

「……かしこまりました」

 

 話はそれで終わりだと欠伸するバイアスに、親衛隊の男は溜息を吐きながら背を向けた。結局、彼の態度を糺す事は出来なかったが、兵達のストレス発散という意味ならバイアスの提案は丁度良いだろう。輪姦されて何人かの奴隷は壊れるだろうが、まだ数はいるから大丈夫な筈だ。

 

「うぅ……ひっ、うっ……お父、さん……お父さぁん……!」

 

 床に転がった亜人族の少女が小さな嗚咽を漏らす。切られてしまった熊耳を押さえながら、彼女はひたすら泣き続けた。

 




 さて、一部で色々と言われていましたが、この作品ではシアはアインズ様やナグモ達と旅には出ません。彼女はフェアベルゲンでアインズ様の為に大迷宮の守護を基本的に行います。今回、そんな彼女に焦点を当てた話になる予定です。(だって戦力的にはナザリックだけでもエヒトをぶっ殺せるし……)

>ジン

 一部で悪しき慣習を後生大事にしていると揶揄されてる彼ですが、古い慣習を大事にするのはその人物なりの考え方があると思うんですよね。原作でも「アイツは国を第一に思っていた」と言われてはいたので、彼なりに長としてフェアベルゲンの慣習を守ろうとしているキャラにしました。

>バイアス

 やってる事が完全に薄い本にありそうな人間だわ……(白目)。今は高い酒を飲ませてやろうかと。
 
 ほら、最後の晩餐くらい豪華にしてあげたいじゃない?
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