「族長! もうここは保ちません!」
「くっ……ここまでか?」
ジンは部下の報告に悔しそうに歯噛みする。帝国軍によって山火事が起きた樹海の消火活動に追われ、これを勝機とばかりに攻め込んでくる帝国軍の相手もしていたが、ただでさえ少ない人員を割いている為にジン達は徐々に追い詰められていった。慣れ親しんだ森が炎に包まれる光景にジンは顔を歪めながらも、断腸の思いで決断する。
「やむを得ん、ここは放棄する! お前達は避難民の誘導をしながら撤退しろ!」
「了解です、うわぁっ!?」
「ガロ!?」
突然、燃え盛る木々の間から鎖の付いた鉄球が飛び出してジンの部下をふっ飛ばした。
「ぐへへへ……見つけたど、見つけたど。生意気な亜人共ォ」
バキバキと木々を押し破る様に一人の人間が出て来る。
その人間は常識外れに大きな体格だった。身の丈は三メートルはあろうか、熊人族のジンよりも一回り大きい。着ている鎧を内側から押し上げそうな筋骨隆々とした体格で、両手には
「さっきまではコソコソ隠れながらやってくれたど。でもバイアス様のお陰で鬱陶しい森が無くなったど! “帝国の重戦車"と呼ばれた
「ぐへへへ! 亜人共は人間より丈夫だから殴り甲斐があるど! お前達は特別におでのサンドバッグにしてやるど!」
「ちぃ、今はてめえみてえなデカブツを相手にしている暇はないんだよ!」
ジンは舌打ちしながら爪を構える。見た目や言動はともかく、ゴードンと名乗ったこの兵士は強化された自分の部下を一撃でふき飛ばしたのだ。決して油断して良い相手ではない。倒れている部下を回収しつつ、この場を離脱できないかとジンが考えあぐねていると———。
「失礼。少しよろしいでしょうか?」
唐突に。透き通った女性の声がその場に響いた。
「なっ……」
「あ? 女、いつからそこにいたど?」
ジンとゴードンは同時にバッと振り向いた。そこには二人からちょうど二等辺三角形を描ける様な中心の位置で、メイド服を着た線の細い眼鏡の女性がピンと背筋を伸ばして立っていた。こんな近くにまで近寄られて気付けなかった事に二人が疑問符を浮かべる中、眼鏡のメイドは優雅に一礼する。
「お初にお目に掛かります。私はユリ・アルファ。至高の御方に仕える戦闘メイド“プレアデス”の副リーダーを任せられたものです」
言葉の意味はほとんど分からなかったが、ジンは唯一「至高の御方」という単語に反応した。それは自分達の神を表現する言葉に他ならない。
「もしや、あんたはゴウン様の……!」
畏敬を込めて呟くジンに対して、眼鏡のメイド———ユリは眼鏡をクイっと上げながら「ふむ……」と頷く。
「どうやらそちらの方がコキュートス様が訓練を施している亜人で間違いないですね。となると……こちらのオークっぽい方がアインズ様がお救いした国に侵略した愚か者達でしょうか?」
「……お前、何だど? いや、それ以前に何でこんな場所にメイドがいるんだど?」
燃え盛る森の中。厳ついガントレットで武装しているが、帝国の宮殿にいてもおかしくない様な上等なメイド服を着た女性がいるには余りにミスマッチに過ぎた。ゴードンは筋肉が詰まってそうな足りない頭で考えようとしたが、すぐにニタリと下劣に顔を歪めた。
「まあ、いいど。亜人達の味方をするならお前も敵だど! お前、綺麗だからおで様の奴隷にしてやるど! 感謝するど、帝国一の剛力と謳われた“重戦車のゴー——」
ドンッと地面を蹴る音が響いた。ゴードンがそう思った瞬間、大きく拳を振りかぶったユリの姿が目の前にあった。
「———は?」
次の瞬間———腹から突き上げる様な衝撃と共にゴードンの身体は宙を舞っていた。特注の鎧はバラバラに砕け、血反吐を吐きながらゴードンの巨体がくの字に折れ曲がっていた。
バキィッ!! と背後の樹木にぶつかり、ゴードンの身体はようやく重力に従って地面へと落ちた。
「失礼しました。アインズ様の敵ならば、取り敢えず殴っても良いと判断しました」
ゴキッと頭から落ちたゴードンの首から音がした。仰向けに倒れたゴードンはピクリとも動かず、その胸は拳の形に陥没していた。
「それで———何というお名前でしたでしょうか?」
少しだけずれ落ちた眼鏡をカチャッと直しながら、ユリは優雅さを損なわずに聞き返した。だが、当然ながら大男からの返事はない。
「……ゴ、ゴウン様の従者の方はメイドに至るまで強いんだな」
一連の流れを見ていたジンは、口元をひくつかせながらようやくそう呟いた。
***
「ナーベラル・ガンマ、様……」
「ええ。シズのお気に入りだそうだから、ケダ———コホン、貴女には特別に私の名前を呼ぶ事を許しましょう」
一瞬、問題発言があった気がしたが、何事もなくしれっとしたナーベラルにシアも聞き間違いだったのだろうと思い込んだ。
「……ナーベラル、追い付いた」
シアが振り返ると、背後の茂みからシズが出て来た。シズはその手にアサルトライフル型の武器を持っていた。
「シズ・デルタ様! どうしてここに?」
「…………アインズ様の命令」
何故か不自然な間を空けて、シズが答えた。シアは首を傾げるが、何故かシズはふいっと目線を逸らし、合わせてくれない。
「……アインズ様は仰った。フェアベルゲンに侵攻した人間の軍を殲滅せよ、と」
「そ、それは本当ですか!? でも………」
自らの神である恩人がフェアベルゲンを気にかけてくれていた事を嬉しく思う一方で、シアにほんの少し後ろめたい気持ちが出てくる。元々は自分達の国は自分達で守ろう、と始めた戦いだ。またもアインズの威光に縋る様な真似は、抵抗感があった。
「……貴女達はよくやった」
シアの沈黙を察したのか、シズは静かに、しかしはっきりと呟く。
「……人質達を救出できるとは思わなかった。アインズ様も手を尽くそうと考えていたけど、貴女達のお陰で手間が省けた」
「ゴウン様が……人質の皆さんを……?」
「……ん。だから、ここからはただの掃討戦。アインズ様がお救いしたこの土地を守る」
「感謝しなさい、そこのウサギ。そもそもシズからアインズ様に直々にお願いして、むぐっ!」
「余計なことは言わなくていい」
シズが早業でナーベラルの口を押さえたが、シアはそれよりもアインズが人質達を助けようとしてくれたという事に胸が一杯だった。
(やはり、あの御方は私達を常に見守って下さっているのですね!)
まさにアインズこそがフェアベルゲンの守護神。大海の様に深い慈悲にシアの中でアインズへの信仰心が一層に高まる。
「分かりました。でも、まずは火の手を止めないと———!?」
シアがそう言いかけると、唐突にビュオオオオッ!! と冷気が辺りに吹き荒れた。冷気は帝国軍がいる方向とは真逆――フェアベルゲンの奥から流れ、燃え上がっていた木々を鎮火させ、冬の森の様に霜を下ろしていく。
「こ、これは……!?」
***
「全クモッテ、手間ガ掛カル者達ダ」
フェアベルゲンの奥———コキュートスは“限界突破“で範囲を広げた“フロストオーラ”を展開しながら呟いた。
「コノ程度ノ相手ニ遅レヲ取ルナド、マダマダ鍛エル必要ガアル様ダナ」
コォォ、と冷気を吐きながらコキュートスは嘆息する。しかし、その口調にはどこか、不肖の教え子達を見守る様な温かさがあった。
「……御膳立テハシタ。後ノ事ハ任セタゾ、プレアデス達ヨ」
***
「これは……コキュートス様が……?」
「……これで、シアの国が無くなる心配は無くなった」
ガチャッとシズはアサルトライフル型の魔導銃の
「……私と、私の姉妹達が貴方達に加勢する。だから、アインズ様の敵を殲滅する」
ジッとシズのエメラルドグリーンの瞳がシアを見つめてくる。その瞳はまるで作り物のようで、生物的な反応が全くない。
しかし、その目には何か強い感情がある様にシアは感じていた。
「さっきの吹雪は何だ!? あれは魔法か!?」
「知るかよ!! 亜人共が魔法を使えるわけないだろ!!」
ふいに狼狽した男の声がいくつも聞こえてきた。シアが目を向けると、そこに帝国軍の一団が茂みの中から出てきた。どうやら先程の冷気は鎮火しただけで、人間には被害を及ぼしていない様だ。鎧に霜は下りていたが、彼等はピンピンとしていた。
「ん? おい、亜人がいたぞ!」
「あ? ハッ、ついていやがる!」
「一緒にいる奴は何だ? あれは……人間か?」
「構うことは無え! ここは戦場だ! 殺しても犯しても文句は無えだろ!」
欲望に目をギラつかせ、帝国兵達は絶世の美少女であるナーベラル達に殺到しようとし———ナーベラルの手から巨大な雷が迸った。
「ほら、さっさとなさい。そこのウサギ」
悲鳴を聞く事すら煩わしいという様子で人間達を消し炭に変えながら、ナーベラルはシアに声を掛ける。
「アインズ様はこの
ナーベラルの言葉にシアのウォーハンマーを握る手に力がこもる。そうだ、あの人間達は侵略者だ。奴隷となった同胞達を笑いながら傷付けたケダモノ以下の人間達だ。そして、そんな人面獣心な者達に襲われた
そして今、百万の援軍すら上回る味方までつけて貰った。
(ゴウン様の為にも……私は戦うですぅ!)
「シア! 避難民達の移動は終わった! それにしてもさっきの吹雪は……?」
カムが兎人族の皆と共にシアに近寄る。
「父様、今こそが好機です」
シアは決意を固めた表情でカムへ向き直る。
「ゴウン様より、ここにいるナーベラル様やシズ様達を援軍につけて貰えるそうです。コキュートス様によって樹海の火災を治められ、敵も混乱している筈……今こそ、敵の本陣まで一気に攻め入るべきです!」
カムは驚いた顔でシアを見る。しかし、シアの言葉に本気の覚悟が見えているのを悟ると、すぐに深く頷いた。
「分かった……だが、私達も行くぞ。我々は家族だ。皆でやり遂げるんだ」
「はい!」
「話は聞いたぞ! 俺達も行くぜ!」
シアが振り向くと、そこにはユリと共にジンが部下を引き連れて来ていた。
「ユリ姉さん、そっちにいたの」
「それはこちらの台詞よ。人間達を片っ端から殴り飛ばしていたら、遅くなったわ」
「……ユリ姉、相変わらず脳筋」
「の、脳筋とは失礼ね! 僕、じゃなくて私は殴った方が手っ取り早いからそうしてるだけです!」
戦闘メイドの三姉妹達が談笑する中、ジン達は威勢の良い声を上げた。
「へ、お前らばかりに活躍はさせねえぞ! 俺の娘を助けてくれたんだ! 手伝わせな、小娘———いや、シア・ハウリア!」
歯を剥き出してジンは笑う。かつてシアを“忌み子”と呼んでいた彼は、そんな過去を吹き飛ばす様に部下達と共にシアへ笑い掛けた。
「皆さん……!」
シアの目頭に熱い物がはしる。そんな娘の肩を優しく抱きながら、カムは声を張り上げる。
「聞いたな、皆! 準備は良いな? 我々はフェアベルゲンという大きな家族の一員だ! 家族が一つになれば、怖い物なんてない! 我らの神ゴウン様も、私達を後押しして下さる! やるぞ、皆! 我らの神———ゴウン様の為に!!」
「「「「「
神を讃える祈りの言葉が綺麗に唱和される。心を一つにした彼等に恐れるものなどない。万の大軍だろうと、打ち破ってみせると亜人族の士気は最高潮に達した。
「……なんで彼等はパンドラズ・アクター様の物真似をしているのかしら?」
「さあ? 興味無いわ」
「……うわぁ………」
戦闘メイド達にはかなり不評だったが。
>神への祈りの言葉
亜人族達はアーメン、とかそんなノリで言ってるだけなので、どういう意味かも実はよく分かっていません。ただし真剣にアインズを讃える祈りの言葉だと思っています。良かったネ、アインズ様♪