ようやくオーバーロードの最新刊が届いたので、次回はちょっと遅れるかも。読みたいのを我慢してこの話を執筆していたので(笑)。
「おい、どうなってやがるんだ!?」
帝国軍の本陣で、バイアスは怒鳴り声を上げる。
先程、亜人族がゲリラ戦を仕掛けてくる樹海を焼き払っていたら、突然の吹雪に火種が全て凍り付かせられた。
こんな広範囲で行われる魔法など、トータスの常識には無い。その為に兵達の動揺は大きく、帝国軍は進軍を一時中断せざるを得なかった。
「何を止まってやがるテメエ等! たかが火攻めが出来なくなっただけだろうが! 俺達の方が圧倒的に人数が多いだろうが!」
「しかし、バイアス様! これ程の魔法など聞いた事がありませんぞ! 未知の敵がいる事は確かです!」
ガハルドの親衛隊の男がバイアスを諌める様に声を張り上げた。
「亜人族にこんな魔法が使えるとは思いません! ましてや森全体を凍らせるなど! これ程の魔法……もしや、ハイリヒ王国に降臨したという“神の使徒”が亜人族の味方をしているのでは!?」
「ああ!? なんで王国の奴等が亜人共に味方してるんだよ!!」
そう言われても親衛隊の男は言葉に詰まるしかない。こんな規模の魔法など、帝国軍の魔法師団にだって不可能だ。それ程の軍隊の目撃情報など無く、残る可能性として一個人でも強大な魔法行使が可能な人間———噂に聞く、エヒト神が異世界から召喚したという“神の使徒”くらいだろう。
親衛隊の男は唇を噛みながらも、バイアスに進言した。
「バイアス様! ここは一度撤退を! 亜人族共に我々の予想を超えた味方がいる事はもはや疑う余地はありません! 戦力の見直しを図る必要があります!」
「ふざけんなよ、テメエ! 亜人族相手に軍を退くなどできるか!!」
亜人族はトータスにおいては最弱の種族。そんな相手に大軍を率いていながら撤退したとあっては、実力を重んじるヘルシャー帝国では恥以外の何物でも無い。これは勝って当然の戦なのだ。そんな相手に撤退などあって良い筈がない。
「よく見ろ! この吹雪は火は消せても、俺達に影響なんか無え! こんな虚仮威しにビビって撤退しろと言うのか! ああん!?」
「しかし———!」
親衛隊の男が尚も言い募ろうとするのを見て、バイアスの中でひどい苛立ちが生まれる。お目付役としてつけられたガハルド直属の部下だが、斬り捨ててやろうかと本気で考えていた。
一触即発な空気に本陣の天幕にいる幕僚達は顔を見合わせる。今回のフェアベルゲン侵攻戦、亜人族の女達を執拗に
しかし、バイアスは次期皇帝候補筆頭。決して蔑ろにして良いわけでなく、自分達は
そんな中、突然帝国軍の鎧を着た男が天幕に割って入る。
「ほ、報告します!」
「何だ! 今は取り込み中だ!」
「申し訳ありません! ですが、緊急事態です!」
幕僚の一人が厳しい目線を向けてきたが、伝令の兵士は顔を焦燥に歪めていた。
「あ、亜人族が……亜人族共がこの本陣に攻めてきます!」
「なにぃ!?」
伝令の報告に先程まで一触即発の空気で睨み合っていたバイアスと親衛隊の男まで驚愕した。親衛隊の男は伝令に食ってかかる。
「馬鹿な! こちらには一万もの兵がいるのだぞ! 奴等は何をしていたのだ!?」
「そ、それが、現場の報告では亜人族共に凄まじい力を持ったメイドがついたとかで……」
「メイド? 何を言っている!? 詳細に説明せよ!」
親衛隊の男が怒鳴るが、伝令の兵士も自分が報告している内容が信じられないのか、目を白黒させるばかりだった。
「と、とにかく、亜人族共は一団となってこちらの兵を蹴散らしながら真っ直ぐ本陣に向かっております! 指揮を———!」
ドオオオォォォォンッ!! と激しい音が伝令の言葉を遮った。バイアス達が慌てて天幕の外に出ると、既に剣戟の音が彼等の耳にも届く距離に近付いていた。
***
「インパクト・ブロー!」
ユリの拳が正面の帝国兵達に打ち出される。拳から出た衝撃波は風圧を伴って、帝国兵達をボーリングのピンの様に弾き飛ばした。
「ぐっ!? 止めろ止めろぉ!! これ以上、先に行かせる———」
パンッ、と軽い音と共に怒鳴り声を撒き散らしていた隊長格の男の額に穴が空いた。
「……ヒット」
シズは魔導銃をリロードしながら静かに呟く。即座に連射モードに切り替えると、眼前の帝国兵達に向けて引き金を引いた。
「中々やるのう! だが、帝国軍一の魔法師隊である儂等に敵う道理など——-」
「五月蝿いわよ、
バリバリバリィッ!! と雷が奔り、帝国軍の部隊を襲う。ナーベラルは眉一つ動かさず、何やら喚いていた人間の一団を消し炭に変えた。
「虫は虫らしく、アインズ様の為に黙って踏み潰されなさい」
「ぐっ、せめて……せめて一太刀!」
魔法を撃った隙をついて、破れかぶれで帝国兵がナーベラルに突撃してくる。ナーベラルはそれを舌打ちしながら武器を振り上げようとし———。
「でりゃああああっ!!」
シアは素早くナーベラルの前に立つと、ウォーハンマーを振るって帝国兵をピンボールの様に弾き飛ばした。
「ナーベラル様、お怪我はありませんか!?」
「余計なことを……お前ごときに庇われる謂れなど———」
「ナーベラル」
いつの間にか近寄ってきたシズがナーベラルを見つめる。表情は変わらないが、何かを言いたそうにジーっと見てくる。無言の圧力に耐えかねて、ナーベラルは気まずそうにしながら咳払いした。
「まあ、下等……んん、それなりに良い判断だったと誉めましょう」
「は、はい! ありがとうございます!」
恐縮そうに頭を下げるシアの後ろで、シズはナーベラルに向かって「それで良し」と言いたげに頷く。
「……このまま押し切っていく。ユリ姉をカバーして前衛をお願い」
「かしこまりましたですぅ! いくですよおおぉぉっ!!」
「我々も行くぞ! ゴウン様の為に、進めええぇぇぇっ!!」
『
「……それ、あまり可愛くない」
身体に浮かんだ赤黒い血管を脈動させながら、亜人族達は帝国軍を次々と蹴散らしていく。その中でシズがボソッと呟いた一言は亜人族達の雄叫びにかき消された。
***
「カーネル隊、連絡途絶えました!」
「クソ、前衛に出している奴を全員戻せ! 今すぐにだ!」
「魔法師隊はどうした!? 奴等がいれば亜人族共を焼き払えるのに……!」
「攻めてくる亜人族の数は!? まさか、一万の兵を蹴散らす程の大軍なのか!?」
帝国軍の本陣は蜂の巣をつついた様な騒ぎだった。将兵達は慌てて前線に出している兵達を呼び戻そうと伝令を出しているが、情報が錯綜していて誰も正しい状況を把握できないでいた。そんな中で、親衛隊の男は場をなんとか掌握しようと声を張り上げる。
「落ち着け! 今は眼前の敵軍のみを考えるのだ! とにかく、一度状況を立て直す為に撤退を———」
「おい、ざけんなよテメェ!!」
親衛隊の男に食って掛かる様にバイアスが怒鳴り声を上げた。
「亜人族風情に撤退しろだぁ? テメェ、それでも帝国の軍人か!」
「ですが! いま我々は奴等の奇襲により、危機的状況にあるのです! ここは退かねば、御身の安全すら危うくなりますぞ!」
「ざけんなよ、オイ! 俺を誰だと思ってやがる!? ヘルシャー帝国の次期皇帝だぞ! そんな俺が率いている軍が亜人族相手に撤退したとか帝国に知られてみろ! 帝国で笑い者にされるだろうがあっ!!」
「しかし! 今はその様な事を言っている場合では———!」
「黙れ! 大将はこの俺だ! 親父の親衛隊風情が意見するんじゃねえ!!」
口角泡を飛ばしてくるバイアスに親衛隊の男は歯をギリッと食い縛る。こうしている間にも亜人族達は真っ直ぐにここを目指しているのだ。そしてそれを食い止めようと帝国兵達は次々と犠牲になっている。これ以上の無為な犠牲を出さない為に、一刻も早く軍を立て直さないとならないのだ。
それをバイアスに説明する為に親衛隊の男はもう一度、口を開き———地響きと轟音が本陣を襲った。
「な、何だよオイ!?」
「くっ、早過ぎる! もうここまで来たというのか!?」
***
「一気に崩します! 貴方達、行きますよ!」
『はい! ユリ・アルファ様!』
「アインズ様がお救いした地を攻めてきた愚か者です! 遠慮はいりません!」
「大将だ! 大将の首を取るぞ! そうすれば後は烏合の衆だ!」
ユリが先導して本陣を攻撃していく。ユリ達と本陣に詰めていた帝国兵達を蹴散らしながら雄叫びを上げるジンの声を聞いて、シアは素早く目線を走らせた。
(帝国軍の大将と言うくらいだから、一番威厳のありそうな人間ですよね? この中で一番偉そうな人は……)
「くっ、こうなったら迎え撃て! だが敵は少数だ! 援軍が来るまで無理をせず、遅滞戦闘に専念せよ!」
「あぁ!? ざけんな!! この程度の数ぐらいどうにか出来るだろうが!! テメェら、全力で戦え!! 突撃だ!!」
「っ、待て! 命令撤回! 迂闊に攻撃するな!!」
「テメェ、俺の邪魔すんのか!!」
「それよりも貴方は撤退して下さい!! もはやここは危険です!!」
「ふざけんな!! 亜人族相手に背を向けろと言ってんのか!?」
本陣の奥———周りの兵よりも一際、立派な軍服を着た初老の男とこれまた立派な鎧を着た若い男が言い争っている。周りにも将軍格らしき軍人はいるが、二人の争いを見てどちらに加勢すべきか迷っている様だった。
「見つけました……あれが、帝国軍の大将首!」
シアは脚に魔力を込める。赤黒い血管が脈打ち、“天歩"の固有魔法の発動が準備される。そしてシアは二人の内のどちらを狙うべきか考えた。
(……初老の男です。そっちが大将に間違いありません!)
よくよく聞いていると初老の男の指示の方が具体的で分かり易い。いくらなんでも粗野に喚き散らしているだけの若い男が大将という事はないだろう。
(これ以上、時間を掛けたらこちらが不利になるですぅ。その為にも……ここで殺します!!)
シアは決意を込めて、“天歩"を発動させる。量産人型キメラとしての力、そしてシアが元々持っていた身体能力強化の魔法への適性が合わさり、爆発的な脚力を生んだ。
そして———その瞬間、シアの視界に変化が起きた。
(……え? これは………?)
周りの時間の流れがゆっくりになった様に感じる。敵も、味方も、飛び交う矢すらもシアの目にはゆっくりと動いている様に見えた。
“天歩”最終派生技能———“瞬歩"。
シアの眠れる才能はこの局面で開花し、超人的な技能を目覚めさせた。
(……これならば!!)
数瞬だけ戸惑っていたシアだが、すぐに自分の技能を理解した。音も、時すらも置き去りにした脚力が天を駆ける。
コンマ一———シアは敵兵達を飛び越す。
コンマ二———スローモーションの様に言い争う二人の真上の空中で止まった。
コンマ三———シアはウォーハンマーのロケットギミックに点火した。
「りゃあああああぁぁぁあああっ!!」
裂帛の気合いと共に、シアはウォーハンマーを———-初老の男に振り下ろした。今のシアの目には遅すぎる速度で上を見て、目を見開こうとする初老の男は咄嗟に何かを呟き————一瞬後、グチャッという音と共にウォーハンマーによって地面へと潰れていく。
そして———シアの体感時間は元に戻った。
ドオオオオオオォォォォオオンンッ!!
まるで隕石が落ちたかの様な衝撃が辺りに響く。シアが親衛隊の男を叩き潰した衝撃は辺りを吹き飛ばし、帝国軍の兵達は思わず戦いの手を止めて見てしまった。
モウモウと土煙が立ち込めた。自分達に命令を下した将軍達のいた場所は爆発の中心地の様に深く地面が抉れ、辺りに広がる真っ赤な血は一面に咲き誇る彼岸花の様だ。
土煙の中から———ガシャン! とウォーハンマーを抱えるウサ耳少女の影が見えた。
「ヴォーパル・バニーだ………」
帝国兵の誰かが呟く。それは帝国の御伽噺に伝わるとある魔物の名前だ。可愛い兎の姿をしているが、悪事を働いた者の所に突然現れては命を奪うという子供の躾にも使われる恐ろしい伝説上の名前だ。彼等の目からすれば、突然爆発した様に見えた司令部と血溜まりの中心に佇むウサ耳はその名前を連想させるのに十分だった。
「ヴォーパル・バニーだ!! あ、亜人族に紛れて、あの殺人兎が潜んでいたんだ!!」
「嘘だろ!? 実在したのかよ、あの魔物は!?」
「ま、まさか……さっきの吹雪も、ヴォーパル・バニーの仕業なのか!?」
「に、逃げろ!! 逃げないと俺達はあの殺人兎に殺されるぞ!!」
子供の頃、寝物語に聞いていた恐ろしい魔物の登場に帝国兵達の悲鳴が次々と上がった。何より、指揮官達の消失という事実が彼等の戦意を軒並み圧し折った。帝国兵達は次々と武器を投げ出し、一目散に逃げ出していく。
「待ちやがれ!! 俺の娘や同胞に狼藉を働いた分、落とし前をつけさせろや!!」
「追撃なさい! 一人たりとて逃がしてはならないわよ!!」
「ひ、ひぃっ!? た、助けてくれぇ!!」
ユリの号令に「はっ!!」と亜人族達が唱和する。逃げ出そうとする帝国兵達の背に、次々と攻撃していった。
「…………」
土煙が晴れ、シアは静かに立ちすくんでいた。
そして———ガクッと膝をついた。
「ア……アイタタタタ!? あ、足が〜! 足が攣ったのですぅ〜!?」
その場で足を押さえてゴロゴロと転げ回る。シアが発動させた“瞬歩”。それはシアの足に凄まじい負担をかけ、シア自身にもダメージが入っていた。とはいえ、人型キメラとして改造されたシアからすれば時間経過と共に回復していく。しかし、それでも痛いものは痛い。
「うぐぅ〜……これ、滅茶苦茶痛いから二度とやらないですぅ……あ、でも使い熟せる様になったら、コキュートス様も褒めてくれるかな?」
「………お疲れ様」
しばらく足を押さえて涙目になっていたシアだが、唐突に声をかけられる。振り向くとシズが魔導銃を持ったまま、シアの側にいた。
「あ、シズ・デルタ様……」
「……貴方が敵将を討ったお陰で、賊達は壊走し始めた。後は作業の様なもの」
「そ、そうですか? あはは……こんな私でも、少しはゴウン様のお役に立てたでしょうか?」
「ん……きっとアインズ様も、お喜びになると思う」
「良かったですぅ……」
ホッとシアは胸を撫で下ろす。自分の命を救ってくれた恩人へ、ほんの少しでも恩を返せたならそれに勝る喜びはない。
「……ありがとうございます、シズ・デルタ様」
「……? 意味不明。どうしてお礼を言う?」
「シズ・デルタ様達が助太刀に入ってくれなければ、私達は勝てませんでした」
「………別に。アインズ様からの命令だから」
プイッとそっぽを向きながら、シズは素っ気なく言う。しかし、言葉の通りではないのだろうとシアは何となく思った。
「…………シズ」
「はい?」
「……シズ。そう呼んでいい」
素っ気ない態度を装ったまま、シズは短くそう答えた。
「……その代わり、またモフモフさせて欲しい」
「……はい! これからもよろしくお願いします、シズさん!」
シアはニッコリと笑ってシズに手を差し出した。「……ん」とシズは手を握り返した。
「……ところで、どれが敵の大将?」
唐突に聞かれて、シアは辺りを見回した。ウォーハンマーを振り下ろし、大きく陥没した地形。そこに広がる血溜まりとミンチの様な複数のナニカ。
「…………どれなんでしょうね?」
「……この残念ウサギ」
ボソッと言われた言葉にシアはへにょりとウサ耳を垂らした。
***
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
バイアスは森の中を走っていた。
先程の爆撃の様な衝撃は幸運にも直撃せず、親衛隊の男が咄嗟に唱えた風魔法で空気の膜をエアクッションの様に覆って貰えた事で、バイアスは十数メートル吹き飛ばされるだけで済んだ。その上で擦り傷程度で済んだのはバイアスの着ている鎧が皇族用の特別な物だという理由もあるのだろう。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
そういった理由から、シアがミンチに変えた司令部の中で奇跡的にもバイアスは生き残った。本来ならば帝国軍の大将として、いま亜人族達から逃げ惑っている帝国軍を取り纏めなくてはならないだろう。しかし、彼は戦場から少しでも離れようと手足を必死に動かしていた。
「ハァ、ハァ、ヒィ……!」
衝撃で吹き飛ばされた後、何が起きたかも分からずにどうにか起き上がったバイアスは見てしまった。自分達がいた司令部を文字通り消し飛ばし、血塗れの武器を抱えたウサ耳姿を。そして、一瞬でミンチへと変わった親衛隊の男や幕僚達の姿を。
(あんな……あんな物が俺に当たっていたら……!)
それを理解できた途端、バイアスの足がガクガクと震え出した。今まで弱者を嬲る事に快楽を見出していた彼は、生まれて初めて自分が狩られる立場にある事をようやく理解したのだ。そして、その事を理解した瞬間の身体の反応は早かった。背を向け、一目散に恐ろしい殺人兎から逃げ出す事を選択していた。
「ハァ、ヒィ……クソ、クソクソクソがあっ!!」
木の根に躓きそうになりながら、慣れない樹海をひたすら走る。走りながらも、バイアスの口から呪詛の様に悪態が次々と出た。
「クソ、クソ、クソ……何で俺がこんな目に! ヘルシャー帝国の次期皇帝たる俺が、こんな……!」
トータスで最弱の種族として周りから見下されている亜人族相手に逃走しているという事実に、バイアスはギリッと奥歯を噛み砕く勢いで鳴らした。
「こうなったのは全部アイツのせいだ……! 親父の親衛隊風情の身分で、横からゴチャゴチャ言いやがったから……! いや、それ以前に奴隷を奪い返される様な無能がいたから……!」
そう考えると、バイアスの溜飲は幾分か下がった。そうだ、自分は悪くない。悪いのは周りの無能な人間のせいであり、帝国で次期皇帝の座を勝ち取った自分がこんな目に遭うのは無能達のせいなのだ。
遠くで帝国兵達の悲鳴が聞こえる。指揮官不在となり、もはや烏合の衆と化した帝国兵達は亜人族達に狩られて大勢の犠牲が出るだろう。
(クズ共が……せいぜい俺の為に囮になって死ね!!)
自分の兵達が犠牲になっている現状でも、バイアスにはそんな考えしか浮かばなかった。自分はヘルシャー帝国の次期皇帝なのだ。自分の様な選ばれた人間は何が何でも生き延びなくてはならない。その為なら一山いくら程度の価値しか無い人間達などどうでも良い。むしろ、自分の為に率先して死ぬべきだ。
「ヒィ、ヒッヒヒ! そうだ……これは逃げてるんじゃねえ! 軍の態勢を立て直す為に一時的に撤退しているだけだ! 見てろよ、亜人族のクソ共! 国に帰ったら親父から増援を送って貰って、今度こそ跡形もなく焼き払ってやるぜ!!」
「まあ……威勢が良いのねぇ」
唐突に、バイアスに声が掛けられる。バイアスはバッと振り向いた。そこに———こちらを見詰めるメイド服を着た金髪の美女と髪を二つのお団子状に纏めた和服姿の少女がいた。
「だ、誰だてめえ等!?」
「貴方ごときに名乗る様な名ではありませんが……まあ、いいでしょう。私はソリュシャン・イプシロンと申しますわ」
「私ぃ、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。よろしくぅ〜」
怯えた野犬の様に威嚇するバイアスに対して、メイド服の少女達———ソリュシャンとエントマは余裕すら感じる態度で自己紹介をした。
「あの亜人族の国は至高の御方が治める国で、シズのお気に入りの国なのよ。困りますわぁ、薄汚い人間が大勢来るなんて」
「えー? 私ぃ、いっぱい来て欲しいなぁ。お肉がお腹いっぱい食べられるからぁ」
「私も遊ぶ玩具が沢山欲しいわよ。でもとりあえずは今日来た人間達で我慢しましょう」
「は〜い」
二人のメイドは眼前のバイアスを放って談笑を始めていた。しばらく呆然としていたバイアスだが、まるで路傍の石の様に無視する二人に段々と苛々してきた。
「てめえ等……俺がヘルシャー帝国の次期皇帝バイアス・D・ヘルシャーだと知ってての態度か? メイド風情が……弁えやがれ!!」
「はぁ。帝国の……で、それが何か?」
「な、何だと?」
「それが何だと言うのかしら? 所詮は人間でしょう? 私達から見れば、等しく価値はありませんわ」
バイアスは思わず言葉に詰まってしまう。ヘルシャー帝国の皇太子として生まれ、次期皇帝であるバイアスにこんな無礼な態度を取った者などいない。まるで理解不能な生き物を見たかの様に、バイアスは怒りを通り越して珍奇な物を見る目で二人のメイドを見た。
「ところで、エントマ。貴女、これ欲しい?」
「う〜ん……今はいいやぁ。もう少し脂がのったのが食べたい気分〜」
「そう……じゃあ、私が貰うわね」
スッとソリュシャンが前に進み出る。
「な、何だよ?」
「エントマがいらないそうなので……私が楽しもうかと」
シュルリ、と衣擦れの音が響く。ソリュシャンはメイド服の胸元を緩めていた。
「あ、あぁ? 何、してんだ?」
「さあ……何でしょうね?」
ソリュシャンは妖しく微笑む。この異常な事態に、バイアスは呆気に取られた様に見続ける。いきなり出てきて、何故この女は目の前で服を脱ぎ始めたのだろうか? だが、その疑問も段々と顕になっていくソリュシャンの胸元の前で蕩けて消えていった。
絹糸の様な金髪、非常に整った顔に、豊満な胸。ソリュシャンはバイアスがこれまで抱いてきた女など比較にならないくらい美しい女性だった。
まさに神———否、至高の存在が与えた美そのもの。
プルン、と陶磁の様に白い双丘がバイアスの前に差し出される。
「どうぞ。優しくして頂けると幸いです」
「へ、へへ……なんだよ、俺に抱かれたいならそう言えよ」
バイアスは下卑た笑みを浮かべながら手を伸ばす。どうしてこの場にメイドがいるのか? などという基本的な疑問すら頭から抜け落ちていた。昨日まで抱いていた亜人族の女よりも何段も上等な女体を味わいたい、と欲望の火がバイアスの脳を埋め尽くしていた。
ドプン、とバイアスの手がソリュシャンの胸に沈み込む。
「ぎゃああああああああああああっ!?」
そして———すぐに手に千本の針を刺したかの様な痛みがバイアスを襲った。
「な、何だよこれ!?」
バイアスは自分の手を見て瞠目した。ソリュシャンの胸元に伸ばした手は文字通りソリュシャンの胸の中へと沈み込み、手首から先が呑み込まれていた。
「ですから、言ったではないですか……
「あぎぃいいいいぃぃぃいいい!?」
悠然とソリュシャンが微笑む中、バイアスは踏み潰された鼠の様な悲鳴を上げた。ソリュシャンの身体に呑み込まれた手首———その先からジュウジュウと音を立てて、煙を上げていた。かつてバイアスが亜人族の奴隷に面白半分で焼きごてを押し付けた時の様な、嗅ぎ慣れた臭いが自分の腕から漂ってくる。
「私、実は何かが溶けていくのを観察するのが好きなんです。貴方は私の中へ入りたがっていたみたいなので、丁度良いかと思いまして」
「や、止めろ! クソ、離せ! 離しやがれえええぇぇええっ!!」
自分の手がグズグズと溶かされていく痛みに悶えながら、バイアスは腰の短剣を抜いてソリュシャンの顔面へと振り下ろす。短剣はソリュシャンの顔面へと突き刺さり、ビクンッとソリュシャアンの顔が痙攣した。
「ハァ、ヒィ………ざまあみろ、クソがっ!!」
未だに胸元に手を呑み込またまま、バイアスは短剣が突き刺さったソリュシャンの顔を見て痛みに耐えながら吐き捨てた。
だが———絶命した筈のソリュシャンの顔がグニャリと動き、頭に突き刺さった短剣ごとバイアスの残りの手を呑み込んだ。
「あぎゃああああぁああぁああっ!?」
「申し訳ありません。私、捕食型
グニャリ、とソリュシャンは口角を上げる。それは粘土細工で出来た顔を無理やり歪めた様な表情だった。
「物理攻撃への完全耐性があるので、この程度ではダメージになりません。でも鬱陶しいので、これは溶かしますね」
ジュウウゥウ! と音を立てて、短剣がソリュシャンの中で溶かされていく。当然、短剣を握っていたバイアスの手も――。
「ひっ、ぎぃ!? 痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃぃいいいっ!?」
「まあ、可哀想。こんなにベソをかいてしまって」
両手から伝わる痛みにバイアスは子供の様に泣き叫んだ。それをソリュシャンはまるで可愛い我が子を抱く母の様な笑みを浮かべて見詰めていた。
「な、何だ、今の悲鳴は!?」
「あの声……まさかバイアス様か!?」
近くで帝国兵達の声が響く。亜人族から逃げ惑う中で、たまたまバイアスの近くを通ったのだろうか? 何にせよ、バイアスは九死に一生を得た思いで叫ぼうとした。
「た、助け、ぎゃああああああっ!?」
「ねえ、ソリュシャン〜。お肉が焼ける臭いを嗅いでいたら、私もお腹空いてきちゃったぁ。食べていいぃ?」
「良いわよ。でも人間だけですからね。亜人族は食べては駄目よ?」
「オッケー、分かったぁ」
助けを求める声が激痛で塞がれる中、バイアスの両腕を呑み込んだままソリュシャンは先程からお面の様に表情が変わらないエントマと笑顔で会話する。
それを見て、ようやくバイアスは悟った。目の前にいるのは———人の姿を形取ったモンスター達なのだと。
「お肉ぅ〜、食べ放題ぃ♪」
ブウゥゥン! と背中から虫の様な羽根を広げて、エントマは声のした方向へ飛んで行った。
「な、何だこいつは!?」
「ひっ!? や、止め———」
グシャ! バリッ、ボリッ、ボキッ!
やや遅れて、肉を硬い顎で潰す様な音がバイアスの耳に聞こえた。自分の救援隊が無惨に食い潰された事を悟り、バイアスは恐怖と絶望で涙や鼻水で顔がグチャグチャになった。
「あ、ああ、ああ……!」
「さて、あっちはエントマに任せるとして……そろそろ呑み込ませて頂きますね? アインズ様からは、あなた方を
ずるり、とバイアスの腕がソリュシャンの身体へ呑み込まれていく。その力は圧倒的で、バイアスの抵抗が無意味な程だ。
「い、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だやめてやめてやめてやめてぇ!! たすけたすけたすけてぇ! なんでぇ!? おれはなにもわるいことはしてないのにいぃぃいい!?」
泣き喚きながらバイアスはもがくが、ソリュシャンは同性すらもため息を吐きそうな笑顔を崩さず、呑み込まれていくバイアスを見つめる。腕が、肩が、呑み込まれていき、呑み込まれた先から硫酸の中に浸かった様な痛みがバイアスを襲う。
「たすけてえぇぇええっ!! たすけてくれよおおっ、親父———」
ドプンッ。
***
「ご安心なさって。久々の獲物ですもの、しばらくは生かしてあげますわ」
バイアスの身体を完全に呑み込んだソリュシャンはうっとりと微笑む。人一人を呑み込みながらも、体型は全く変わっておらず、ソリュシャンは自分のお腹あたりを優しく撫でた。
「そうですね……数日くらい、じっくりと溶かして楽しみましょう。バイ……なんでしたっけ? 忘れてしまいました♪」
遠くで、エントマに喰われる人間達の断末魔が鳴り響く。その極上の調べに、ソリュシャンは酔いしれる様に目を閉じた———。
>ソリュシャン・イプシロン
ナザリック地下大墳墓の戦闘メイド「プレアデス」の一人。六姉妹の内の三女であり、創造主はへろへろ。
金髪碧眼と美しい外見だが、その正体は捕食型スライム。人間をじっくりと溶かして殺すのが趣味という、嗜虐的な性格の持ち主。
>バイバイ、バイアス
女の子のナカに入れるのが大好きなバイアスくん。なので、ソリュシャンちゃんの中に入れてあげました♪ ソリュシャンちゃん程の美女に数日も遊んで貰えるなんて良かったネ、バイアスくん!!