そうとしか言えないんですよ、本当に。
「――と、そういう流れになっているでしょうね。つまり帝国の皇帝は聖教教会を嫌っている様に見せていても、無意識の内に愚神エヒトルジュエが召喚した人間達に頼ろうとしているのよ」
守護者達とアインズの前で、アルベドは自らの推理を話していた。
「要するに……あれだけアインズ様の御力を身近で見ておきながら、まだエヒトナントカに縋ろうとしているでありんすか?」
「そいつってさぁ、ひょっとしてすんごく頭悪いんじゃない?」
「え、えっと……先手を打って殺しちゃった方が良いのかな?」
呆れた口調のシャルティアに続くアウラとマーレからも、怒りの感情は伝わって来ない。まるで羽虫がいるから潰しておこう、というくらいあっさりとしていた。
「普通の人間なら、アインズ様という神に等しい御方を前に、自然と頭を垂れるのでしょうけどね。
「それで……かつて、ナグモ様を迫害した人間達を頼ろうというのですか」
そう語るセバスの目は少し冷たい。カルマ値が極善である為に人間にも寛容であるが、ナザリックの仲間であるナグモを謂れの無い罪で追い詰めた人間達にはさすがに思う所がある様だ。(それもナグモが決死の恋を実らせた所を目撃していたから、余計に)
「ええ。でも、問題ない。そうよね、デミウルゴス?」
「もちろんだとも。いやはや、あの道化……失礼。勇者は私が何もやらずとも動いてくれるから助かるよ。彼がナグモと共に召喚された事は、我々にとって僥倖だった様だ」
「……僕からすれば、あんな低脳共と同じ集団にいたという事実が汚点そのものだ」
「あら? あなたが飼い慣らしているアンデッド娘は、元はその低脳な集団の一員だったのに?」
「あいつらと香織を一緒にするな……!」
嘲笑を交えたアルベドの言葉に、ナグモは低い声を出した。ピリッとした空気が二人の間に流れるが、デミウルゴスの間に入った。
「まあまあ、アルベド。栄えあるナザリックに彼女を招くと決めたのは他ならぬアインズ様だよ。それに……部外者を伴侶にしたのは、ナグモだけではないしねえ?」
「……御三方、今はアインズ様の御前です。その様な私事は後に致しましょう」
意味ありげに見てくるデミウルゴスに、セバスは目を閉じながら話の先を促した。もう少しからかいたい様子のデミウルゴスだったが、咳払いを一つするだけに留めていた。
「ともかく、私の部下を通して勇者達の行動は筒抜けなのさ。一月後、勇者達が結成した“光の戦士団”が御披露目となるわけだが……」
クククッ、とデミウルゴスは
「アインズ様という真の強者を見た後で、愚神が召喚した人間達がどう見えるか……どちらに従うのが賢い選択なのか、あの皇帝もさすがに理解できるだろう」
デミウルゴスはアインズへと振り返る。
「さすがはアインズ様です。かの皇帝がエヒトルジュエに頼ろうとする精神の脆弱さを見抜き、無意識の洗脳下にあると仰られたのですね? 絶対的な強者でありながら、弱者の精神すら把握して手玉に取る御慧眼……このデミウルゴス、感服致しました」
深い敬愛の念が込められた言葉にアインズは頷き、そして考え込んだ。
(ほう……そうか、エヒトの洗脳というのはそういう類いも含まれるのか。なるほどなあ……ところで誰なんだろうな、そんな事まで見抜いたアインズサマという奴は?)
デミウルゴスがここまで言うくらいだから、自分とは違ってさぞ頭の良い人間に違いない……などと現実逃避をしたい所だが、そうも言ってられない。
それに、どうしても気になる事があった。
「……デミウルゴス、勇者達の行動はキチンと把握できているのだな?」
「はっ。聖教教会の大司教をドッペルゲンガーとすり替え、彼等の行動は必ずそのドッペルゲンガーに報告される様にしております」
え、そうだったの? とアインズは思ったが、骸骨である為に顔色には出なかった。そういえば結構前に、任務に必要と言われたからドッペルゲンガーを一体召喚したっけ……と思い起こしたが、聞きたい事を優先する事にした。
「それで……勇者達は我々に勘付いた様子はあったか?」
「今のところはございません。未だにナグモの事は魔人族に寝返った者として勇者は主張しています。なんとも笑える話ですが……ナグモを倒し、白崎香織を取り戻すのだと息巻いているそうです」
嘲笑するデミウルゴスの言葉だが、アインズはむしろ警戒心を強くした。香織とナグモが奈落に落ちてから既に結構な月日が経っている。普通の人間なら、もう生存は絶望的だと諦めているだろう。それなのに勇者は未だに二人が生きていると主張しているのだ。今やオルクス迷宮は人間が入る事も出来ない魔境と化しているのに、どうして生存を確信出来るのだろうか?
(もしかして奴には偽装を看破するスキルとかがあるのか? いや、ドッペルゲンガーに気付いてないなら、それは無い筈……。でも、俺達が帝国に接触しようとしたタイミングで自分の軍団を結成するなんて、対抗勢力を作ろうとしているみたいでタイミングが良過ぎる。クソ、勇者の考えがまるで読めないな)
ユグドラシルで多くの
(そもそもナグモ達はおまけで、エヒトが本当に召喚したかったのは天之河光輝だったという話だからな……奴がエヒトの手駒である可能性は高い。下手に勇者に勘付かれたら、そのままエヒトへ情報が流れる可能性がある)
かつての解放者であるミレディを仲間にしたとはいえ、まだ二つしか神代魔法を習得していないアインズにとっては今エヒトと対峙する可能性は排除したかった。相手は
「……デミウルゴス。再度言っておくが、お前が勇者と対峙する様な事態だけは避けろ。召喚したドッペルゲンガーはいくらでも替えはきく。勇者は必ず、私が滅ぼす」
「心得ております。アインズ様の為にも、今後も間接的な接触のみに徹底致します」
スッとデミウルゴスは頭を下げる。まるで最高のイベントを企画しているエンターテイナーの様だったが、万が一の時の勇者対策を考えているアインズはその様子に気付いていなかった。
「ところで勇者一行の作農師を監視しているルプスレギナは———」
「あれは囮だ」
自らの仲間を囮にしているという冷徹なアインズの言葉に、守護者達は一つ頷くだけで従属の姿勢を見せた。ナザリックの支配者の意思は仲間の安全よりも優先されるからだ。
「本当はやりたくないが……勇者達の教師ならば、いざとなれば人質に使えるかもしれん。丁度よく別行動をとっているから、監視するのも容易だ」
「だが、ルプスレギナをエサとして食い付かせる気は無い。アルベド、ルプスレギナの周辺を極秘裏に監視する要員を編成せよ。監視要員は敵がルプスレギナに近寄ったら、それを阻止する役目があると知らせておけ」
「はっ」
「頼むぞ。この世界でも蘇生魔法が有効であると実験は出来たが、
「っ! 勿体なき御言葉です、アインズ様!! そこまで私……達を大切に思っていて下さるなんて……!」
アルベドが陶酔した表情を浮かべる中、守護者達も深く感動した面持ちで顔を伏せた。至高の支配者が自分達にそこまで気にかけてくれているなんて……改めて言葉にされると、その破壊力は絶大だった。
「———さあ、皆さん。アインズ様の御心遣いに報いる為にも、早急に決めなくてはならない事があります」
「決メナクテハナラヌ事トハ?」
デミウルゴスが感涙しそうな目を押さえる様に眼鏡を押し上げながら周りを見渡す中、コキュートスの声が響いた。
「もちろん……アインズ様が治める国と、統治者としての称号の名前です。あの皇帝も言っていましたが、国名がフェアベルゲンのままではこの世界の有象無象共に侮られるでしょう。それに単なる王ではその辺りの虫ケラと同じ様ではありませんか。もっとアインズ様に相応しい名前を考えるべきです」
いや、フェアベルゲンのままでいいんじゃ……と言いかけ、アインズは思い直す。今後、ナザリックを中心に反エヒトルジュエ連合を立ち上げる必要はあるのだ。その時に分かりやすい旗印は必要だろう。もしかするとフェアベルゲンに作ったアインズの国という存在が、神代魔法を手に入れる大迷宮攻略を秘密裏に行える目眩ましになるかもしれない。
(そういう意味なら振って湧いた話だけど、国を作るという選択肢はアリだ。それにもしかしたら………仲間達の誰かが、アインズ・ウール・ゴウンの名前に気付いて出て来るかもしれない)
トータスにいるかもしれない
「私は異論はない。お前達の意見を参考にしよう」
「はい、はーい! それでは妾から!」
シャルティアが手を上げた。
「アインズ様の美貌を讃えて、アインズ・ウール・ゴウン美貌王などがよろしいと思いんす」
(ア、アインズ・ウール・ゴウン美貌王?)
「じゃあ次は私だね。アインズ様の強さをアピールして、強王が良いと思います!」
(ア、アインズ・ウール・ゴウン強王?)
「ぼ、僕も良いですか? えっと、アインズ様は優しい方ですし、そこを皆に知って貰うべきだと思うんです。だから、その、ええと……慈愛王なんて良いと思うんです!」
アウラとマーレが立て続けに出した称号に、アインズの精神が沈静化される。一体、この子達が評価してるアインズサマとはどちら様なんだろう? と現実逃避気味に思うが、守護者達は誰もが今までの案に納得して頷いていた。
「私としては———」
デミウルゴスは演出の為に一拍置く。
「アインズ様の端倪すべからざる叡智を讃え、賢王がよろしいかと愚考致します」
明日どころか今現在も手一杯な奴が賢王……。アインズは死んだ目付き(眼窩しか無いが)で天を仰いだ。
「私はシンプルに王がよろしいかと思っております」
「フン、ある意味では君らしいな」
飾り気の無いセバスの意見に、ナグモは薄く笑った。
「アインズ様は力も叡智も、そしてカリスマ性も。全てが人の及ばぬ領域に至った、
おお! と守護者達が騒めく。
(お前もか、ブルー……ブルー、何だったけ? 前にタブラさんが言っていたローマだかの人)
元NPCであるナグモに一縷の望みを懸けたが、残念ながら
「幼稚な発想ね」
ナグモの意見をバッサリと切り捨て、アルベドは自分の意見を発表した。
「アインズ様は至高の御方々の頂点に立たれた方。アインズ様以上の方はいないという意味も込めて、至高王とお呼びすべきですわ」
ナグモ以外の守護者達から感嘆の溜息が上がる。無表情ながらも面白くなさそうな様子のナグモを無視して、まだ意見を聞いていない相手にアルベドは意見を求めた。
「コキュートスは何かあるのかしら? 私の至高王の後だと、厳しいでしょうけど」
「———フム。アインズ様ハ、今後多クノ者達ヲ支配サレル事ダロウ。故ニ、魔ヲ導ク王……魔導王。ソレガ良イカト思ウ」
その意見に守護者達は即座に反応しなかった。だが、その沈黙が全てを物語っていた。皆が——お互いに微妙な空気を出していたアルベドとナグモさえも——一斉にアインズの方を見る。
「よかろう、コキュートスの意見を採用する」
アインズはゆっくりと玉座から立ち上がった。
「コキュートス、お前はフェアベルゲンの亜人族達にも採決を取らせよ。私を王とした新たな国とする事に賛成か、反対か、それを聞いてくるのだ」
「アインズ様ノ庇護下ニ入ル事ヲ拒ム愚カ者ナド———」
「いや、民意はしっかりと聞け。彼らは対エヒトルジュエ連合の最初の賛同者であり、兵として働いてくれている。不満を持ったまま戦わせる気は無い」
ギルドでイベントボスに挑む時も、常に多数決を採ってアインズは動いていた。ギルド長に不信感があるチーム戦など、内部分裂を起こしてボスに辿り着けないという愚を犯しかねないのだ。
「そうだな、彼らの為にも帝国には奴隷の返還を急いで貰うのが良いか……とにかく、亜人族達からも賛同を得られた暁に私は改めて宣言しよう」
バサッと、漆黒のローブが翻る。アインズは天上の敵へと宣戦布告する様に、手にした杖を掲げた。
「———アインズ・ウール・ゴウン魔導国の旗揚げだ!!」
>故リューティリスさん
(フェアベルゲンという国が無くなる事を嘆くべきか、全ての亜人族が安全に暮らせる国となる事を良かったとすべきか分からない顔をしている)
そんなわけで、さよなら亜人族の国フェアベルゲン。
そしてこんにちは、アインズ・ウール・ゴウン魔導国。
原作とはちょっと形が違うけど、まあ誤差だよ誤差。アインズ様の本音はここを対エヒト連合の本拠地にしたいだけだし。
>まだまだ勘違いされてるアインズ様
誰か……誰か言ってやって下さい。貴方はとても強く、敵と思ってる彼等への警戒はあんまり意味ないって。お陰で書いてる自分もヤベェと言いたくなる展開になりそうなんですが……。