ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 久々のハイリヒ王国。クラスメイトSIDEと言いつつ、出て来るのは光輝だけですけど。


第八十五話「クラスメイトSIDE:聖戦布告」

「———我ら人間族は、長く苦しい日々を強いられてきた」

 

 ハイリヒ王国の首都。その中心街にある広場で、イシュタルは壇上から集まった聴衆達に語り掛けていた。その脇に国王エリヒドが並び立つ。立ち位置的に聖教教会の大司教イシュタルの方が上に見えたが、教会の権力が強い王国においてそれを疑問に思う者はいない。ただ、目敏い者がいればその後ろで控える王女リリアーナが口を真一文字にして硬い表情をしている事に気付いただろう。

 

「エヒト神が創り給うこの世界に生まれながら、邪悪なる神アルヴに信仰を捧げる魔人族と争う事、幾星霜……魔人族達により多くの同胞が奪われ、恐怖で夜も眠れぬ日々を送った者もいよう。近年、奴等は邪悪な術を用いて魔物達を従えてこの国を侵そうとしている」

 

 どよっ、どよっ……聴衆が騒めく。よくよく見れば聴衆のほとんどは身なりが良い。彼等の大半は王国の貴族や豪商であり、聖教教会に寄付を行って様々な利権を得ている者達だ。その彼等は噂という形では聞いていたが、イシュタルの口から聞いた事で魔人族の侵攻が事実だったと知ったのだ。彼等は自分の命や家族の命———そして()()()()()()()()()が脅かされないか不安となっていた。

 

「だが———エヒト神は、まだ我らを見捨ててはおられなかった」

 

 魔法道具の拡声器を使ったイシュタルの声が響く。不安で騒めいた聴衆達は水を打った様に静まり返った。

 

「光輝殿、どうぞ此方に」

「はい!」

 

 黄金に輝く鎧を着た若者が壇上に上がり、イシュタルの隣に立つ。精悍に引き締まった美形の顔立ちに、聴衆の中にいた婦女子達は思わず溜息を吐いた。

 

「彼こそは魔人族の暴虐に苦しむ我らを見兼ね、エヒト神が異世界より遣わした勇者! 光輝殿とその仲間達は既に多くの魔物を倒し、村や町を多く救った!」

 

 イシュタルの宣言に聴衆は騒めいた。そこへ聴衆の一人が声を上げた。

 

「おい、あの方はクライン山脈のワイヴァーン達を倒した勇者様じゃないか?」

 

 すると合いの手の様に別の男が声を上げる。

 

「そうだ! カメリア運河に巣食っていた水魔も倒したと聞いたぞ!」

「魔物達に荒らされた土地も、勇者様が遠征をされた後で必ず元通りにされているらしい!」

「自ら辺境に赴かれて、魔物達に苦しむ民を救うとは……あの御方こそ、エヒト神が遣わした神の使徒だ!」

 

 聴衆達から次々と舞台上の台詞の様に息の整った勇者の活躍が口々に上がる。まるで英雄譚をそらんじる様に勇者の活躍が語られたが、この場にいる他の聴衆達には効果的だった。他の者達も、そういえば……と自分が聞いた噂を語り出す。

 

「最近、吟遊詩人達が光り輝く剣で魔物達を斬り裂く剣士の唄を歌っていましたな。それが勇者殿だった、というわけですか」

「私、知っていますわ! 『ハンニバル山の邪竜』でしょう。王都でも人気の観劇ですもの! 元となったのは勇者様の戦いでしたのね!」

「ルクセンブルク侯爵……いや、()・侯爵でしたな。その領地に巣食っていた魔物達を倒し、魔物に荒らされた農地を元通りにしたのも勇者様方の働きだそうですぞ」

 

 口々に()()()()()()()()()()()が上がり、聴衆達の光輝を見る目は次第に尊敬の混じった物になる。イシュタルは騒めきが最大限に大きくなるのを見計らい、「静粛に」と声を上げた。

 

「どうやら皆も勇者・天之河光輝とその仲間達の活躍はご存知の様だ。勇者がいれば、我ら人間族に敗北はない! これを機に我ら人間族は一丸となって魔人族とその首領たる魔王を討つ……それこそが、エヒト神の神意であると私は思う!」

 

 イシュタルは力強く言い放った後、拡声器の魔法具を光輝へと譲った。光輝は少しだけ緊張した顔を見せたが、深呼吸を一つすると聴衆達へ語り掛けた。

 

「皆さん、こんにちは。俺は天之河光輝と言います。異世界から召喚され、勇者に選ばれました」

 

 他の者が言えば、失笑を買いそうな台詞だが聴衆達は年端もいかない若者である光輝の言葉に耳を傾けていた。

 

「突然、異世界に召喚されて最初は混乱しましたけど、短いながらトータスで生活して、トータスの人達が魔物に苦しめられている事を知りました」

 

 それは光輝が人間達の勇者という肩書きを背負っていながら、臆した様子も無く堂々とした姿を見せているからだろう。自信に満ち溢れた表情を見て、確かなリーダーシップやカリスマ性を聴衆達は感じていた。

 

「魔物達に、そして奴等を操る魔人族に苦しめられているこの世界の人達を救う。それが、トータスに勇者として召喚された俺達の使命だと思っています! 今日に至るまで俺も仲間達を……そして親友を戦いの最中で失いました。でも、だからこそ! 俺は死んでしまった彼等の為に、前を向かなくてはいけないんです!」

 

 熱の入った光輝の演説に、聴衆達の一部は思わず涙を流した。彼等も自分達の様に、邪悪な魔人族によって仲間を失ったのだろう。魔人族との戦争が長く続くハイリヒ王国の人間は、魔物や魔人族によって親類縁者を喪った者も少なくはない。それでも前向きな姿勢でいる光輝に、彼等は共感を覚えていた。

 しかし、そこで聴衆達の一人が声を上げた。

 

「勇者様! どうかお答えいただきたい! 貴方達、神の使徒の中に魔人族に与した者がいるという噂は本当か!?」

 

 突然の発言に聴衆達が騒めく。エヒト神の使徒として召喚されながら、オルクス迷宮で勇者達を裏切ったナグモの事は王都では噂に上がっていた。同じ異世界から来た仲間どころか人間族そのものを裏切る神の使徒がいるなんて……と彼等に衝撃がはしる。

 ()()にない聴衆のアドリブ(指摘)に、警備に当たっている神殿騎士達が詰め寄ろうとする。しかし、イシュタルは彼等を手で制した。イシュタルの視線の先では光輝が突然の言葉に目を見開いていたが、やがて苦渋を噛み締めた様な顔で語り出した。

 

「……本当です。俺達と同じく異世界から召喚された南雲ハジメは……皆を裏切って魔人族に取り入り、事故に見せかけて俺の大切な幼馴染を殺そうとしました。その他にも、奴のせいで俺は大切な親友や仲間達を失いました」

 

 聴衆達から一斉に息を呑む音がした。噂が本当であった事、そして犠牲者がよりにもよって勇者と縁が深い関係者だったという()()に、彼等は沈痛の念を覚えていた。

 

「でも俺は大事な幼馴染が……香織が生きている希望を捨ててはいません」

 

 どよっ、と再び騒めきが起こる。聴衆達が壇上の光輝を見上げる。そこには悲嘆にくれず、絶望にあっても挫けぬ心を持った勇者の姿があった。

 

「俺は仲間の降霊術師の子のお陰で、香織がまだ生きている可能性がある事を知りました! きっと香織は、彼女に付き纏っていた南雲に攫われて魔人族達に囚われているんです! 俺は……俺は必ず、魔王とその配下になった南雲を倒して、香織を救ってみせる! そして、魔王に苦しめられている人達も救う! 約束します!」

 

 シン、と聴衆達は静まり返る。光輝の言葉は聞く者に打算や後ろ暗い物を感じさせないくらい真っ直ぐな思いが篭っていた。

 

 パチパチ、パチパチ!

 

 ふいに拍手の音が鳴り響く。光輝と共にいたエリヒド王が感極まる表情で拍手していた。

 

 パチパチ……パチパチ……。

 

 そんな父をリリアーナは一瞬だけ困惑した様な顔を見せたが、父に倣う様に光輝の演説に手を叩いた。

 

 パチパチパチパチパチパチッ!!

 

 この国の貴族達の頂点である国王達が拍手する姿を見て、聴衆達も一斉に光輝に向けて万雷の拍手を轟かせる。

 仲間の裏切りに遭いながらも、人間族の為に———そして大切な少女の為に戦う悲劇の勇者。

 まさに戯曲の主人公の様な光輝へ、聴衆達は惜しみない拍手を送っていた。

 

「皆さん……ありがとうございます!」

 

 光輝は感極まる表情で頭を下げる。強者でありながら決して偉ぶらず、日本人独特の奥ゆかしい姿勢を見せる姿に聴衆達は異世界の勇者を好意的に受け止めていた。

 聴衆達の好感度が高まったのを感じ、イシュタルは再び口を開いた。

 

「神の使徒にして、勇者である天之河光輝殿こそが我ら人間族の希望。勇者様がいる今こそが、邪悪なる魔人族に鉄槌を下す時である! よって、我々聖教教会は……ここに聖戦を宣言する!」

 

 聖戦。

 それはこれまでの小競り合いと違い、魔人族を滅亡させるまで終わらない戦争。ハイリヒ王国の歴史でも何度か宣言されながらも、魔人族達の激しい抵抗にあって泥沼の停戦となって失敗に終わっていた。

 だが、今は違う。自分達には、エヒト神の加護を一身に受けた勇者がいる。自分達は今度こそ、長年の怨敵たる魔人族の国を滅ぼせるのだ。

 教会の熱心な信者は魔人族を滅ぼすという使命感に、そして欲深い者は()()()()()()()()を手に入れる可能性を皮算用して、喜悦の騒めきを上げる。

 

「そしてここに、勇者・天之河光輝殿を団長とした聖戦部隊———“光の戦士団”の設立を宣言する!」

「俺達は必ず、皆さんを魔王の脅威から救います! 約束します! だから、どうか———皆さんの力を俺に貸して下さい! 大丈夫です! 勇者である俺がいます!」

 

 イシュタルに続き、光輝の力強い発言に聴衆達の興奮は頂点に達していた。

 

「今こそ集え、神の子達よ! 勇者の名の下に! 光の戦士達よ、今こそ立ち上がれ! 愛する隣人の為に! 人間族の平和の為に!! 邪悪なる魔王とその手先たる魔人族を討つのだ!!」

 

 「「「「ウオオォォォォォォォォオオオオッ!!」」」」

 

 聴衆達は拳を突き上げ、力の限り叫ぶ。

 

「「「「勇者の名の下に! 勇者の名の下に! 勇者の名の下に!」」」」

 

 老いも若きも、身分の貴賤も、この時ばかりは関係ない。彼等は自分達の希望である勇者の為に戦いへの決意を漲らせていた。自分を讃える聴衆達へ、光輝は力強い笑顔で手を振る。直後、爆発的な歓声が起きた。壇上にいるエリヒド王もまた、勇者へ力強い拍手を送っていた。

 その背後————リリアーナは憂いを帯びた表情で、聖戦へと舵を切った国民達を見つめていた。

 そして、この場でリリアーナの様に勇者に歓声を上げていない者がここに一人。

 

「お、おい……冗談だろ?」

 

 貴賓席に座ったガハルドは掠れた声を上げた。いま見ている物が悪夢ではないか、と疑う様な表情でポツリと呟いた。

 

「あんな………あんなガキが、人間達の希望……?」




>光の戦士団

要するに光輝を団長とした独立騎士団が設立されるというわけですよ。
ん? ハイリヒ王国の戦力を光輝に集める理由?
だって偉大な御方の支配下で邪魔になりそうな戦力を纏めて叩き潰せば、どうやっても敵わないという無力感を国民に植え付けて支配がスムーズに進むじゃないですか(by ヤルダバオト)

>ガハルド

 これで愚鈍な皇帝も、どちらに頭を垂れるべきか理解できたでしょう。さすがは魔導王陛下です(by ヤルダバオト)

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