ありふれは書籍版は完結、WEB版も年内完結されるそうで、ついでにオーバーロードも残り一巻とお気に入りのラノベが次々と終了宣言をしていく事に寂しい気持ちがしています。
でもこの作品は、自分なりに考えているエンディングを目指して完結まで書き上げます。
“光の戦士団”結成記念の晩餐会。
ガハルドは壁際に置かれた休憩用の椅子で、顔色を悪くしながら座り込んでいた。先程までハイリヒ王国の貴族達から挨拶を何度かされていたが、ガハルドの顔色を見て体調が悪いのだろうと気を遣って最低限に留められていた。この様な社交の場では世間話の様に外交や経済の取引が行われる。そんな場所で弱気な姿を見せるなど、国力の低下を周知させる様な真似だと理解しながらもガハルドは胃痛を感じずにいられなかった。
その原因をガハルドは生気のない目で見つめていた。
(あれが……あんな現実を欠片も見てない様なガキに率いられた集団が、エヒト神が遣わした勇者達で、人間達の希望なのか……?)
視線の先では貴族に勧められるままに酒を飲み、騒がしくしている十代の少年少女達がいた。酒を飲み慣れてないのか、少年達は美しい令嬢達にせがまれて泥酔した真っ赤な顔で自分達の
そんな享楽のままに溺れている“人類の希望”達を見て、ガハルドは目眩すら覚えていた。
(こんなケツの青い甘ったれたガキ共を旗頭にして“聖戦”を行う……だと……? 冗談だよな……? 冗談だと言ってくれ……!)
皇帝であると同時に、一流の戦士であるガハルドには神の使徒達が普通の人間よりも強力なステータスを持っているという事は一目で理解できた。だが、彼等の纏う空気がぬる過ぎる。戦争を遊びと勘違いしてないか? と問いたくなるくらい、ガハルドからすれば未熟な精神の子供集団に見えていた。
不幸中の幸いか、ガハルドと同意見なのはハイリヒ王国の貴族にも何人かいる様だ。ガハルドも一目置いている大貴族に分類される彼等は、社交のマナーすら弁えずに騒ぐ神の使徒達を表情には出さずとも白い目で遠巻きに見ていた。しかしながら、不満を口に出す者は一人もいない。
その理由は先日に行われたルクセンブルク侯爵の投獄が関係しているのだろう。光輝達の遠征によって領内に被害を出された彼は、王宮へ直接直談判を行っていた。しかし、そのすぐ後にルクセンブルク侯爵は聖教教会の騎士達に捕縛されたのだ。表向きは「エヒト神が遣わした神の使徒達を王の前で名指しで批判し、さらにはその一員である畑山愛子に不敬を働いたため」と説明されたが、古くから仕える重臣だろうと容赦なく処罰する今のエリヒド王の苛烈な姿に他の大貴族達は不信感を抱いた様だ。彼等は次第に王室とは距離を取る様になり、中には王都から完全に手を引いて自分の領地へと戻ってしまった者もいる。
そして空席となった政治中枢に入り込んで来たのが、いま神の使徒達に贈り物をして気に入られようとしている者達だ。彼等はルクセンブルクの様な旧臣達がいる間は権力を手に出来なかった日陰者の若い貴族達だ。これを機に神の使徒達を通して聖教教会へ取り入り、古くからいる貴族達に代わって自分達が新たな王国の主流派になろうとしているのだろう。そんなハイエナみたいな連中にたかられているというのに、エリヒド国王は何も手を打っていないのだ。
(本当にどうしちまったんだ、エリヒド王は……? イシュタルのジジイもあんなクソガキ共を祭り上げるなんて、本当に耄碌したと言うのかよ?)
本来なら魔人族と並んで最大の障害となる王国と教会に凋落の兆しがあるのは、トータスの天下統一を目指すガハルドにとって喜ばしいはず
アインズ・ウール・ゴウン。
ガハルドが一月前に謁見した恐るべきアンデッドの王。武力も知識も財力も、全てにおいてトータス全ての国に優っていると断言できる。アインズ一人ならまだしも、その側近達も同格の怪物ぞろい。そんな奴等が今、人知れずに活動を始めているのだ。
(奴に勇者をぶつけて、倒すとはいかないまでも疲弊した所で帝国は反撃をするつもりだった……魔人族は状況を見ながら、秘密同盟を組むなり、噂の魔王にも奴の相手をして貰うつもりでいた……だが、これは………)
はっきり言って、自分の目論見が甘過ぎたとガハルドは後悔していた。聖教教会が流す勇者達の活躍ぶりを鵜呑みにせず、自分なりに情報収集はしていたが実物はガハルドの理解を超えて酷かったのだ。
現実を見ず、理想と妄想の区別すらつけてない異世界の勇者。
その勇者に取り巻き、享楽のままに振る舞う神の使徒達。
そして何も知らずに祭り上げる王国の貴族達。
こんな人間達であの力も知謀も優れたアンデッドの王に勝つなど、出来るわけがないと理解するには十分過ぎた。
(しかも、このタイミングで聖戦の宣言だと……? 正気かよ……?)
人間族の恒久的な平穏と安寧の為に、邪悪な魔人族達をエヒト神の名の下に滅ぼす。
一見聞こえは良いが、聖教教会の威信を懸けて行われる遠征は文字通り
(人間族全ての平和のためにという大義名分で行われる以上、帝国も知らぬ存ぜぬで押し通す事は出来ねえ……過去、戦費や資金の供出を渋った都市が「魔人族と内通していた」なんて疑惑をかけられて遠征軍に略奪されて滅んだなんて歴史もあるくらいだ。だが、今回ばかりは……!)
前述の通り、この聖戦は「人間族全ての平和を守る」という大義名分で行われる。その標的は神敵である魔人族に限らず、教会が異端と指定した全ての者が対象となる。
そして聖教教会は決してアンデッドの王が亜人族を率いて作る国など認めないだろう。エヒトの神敵として、必ず遠征軍の矛先はフェアベルゲンにも向かう。過去の例を見るなら聖戦遠征軍は他国からも戦力をかき集め、十万人以上という数に膨れ上がるだろう。
そして————その十万人は、そっくりそのまま死体の山に変わる。
アインズの力を間近で感じたガハルドは、必ずそうなると断言できた。しかも軍を率いるのが、あの
「ガハルド皇帝陛下、宜しいですかな?」
座り込んだまま項垂れているガハルドが顔を上げると、そこにエリヒド王に連れられて勇者として召喚された天之河光輝がいた。純白のタキシードが眩しく、名前の通りにキラキラとしたオーラを纏っていた。その隣には夜空の様な黒いイブニングドレスを纏った恵里の姿もあった。
「彼がエヒト神より異世界から遣わされた勇者、天之河光輝殿です。その隣は光輝殿の仲間であらせる中村恵里殿。是非ともガハルド皇帝陛下にも勇者殿をご紹介したくて参りました」
「初めまして、俺は天之河光輝と言います! お会いできて光栄です!」
キラキラと無邪気な笑顔で挨拶する光輝の横で、恵里が会釈する。光輝達をガハルドの下へ連れて来たエリヒドだったが、すぐにその顔を少しだけ顰めた。
「しかし、どうされたのですかな? ガハルド皇帝陛下、随分と趣味が変わられた様で……」
エリヒドがそう言うのも無理はない。今のガハルドの格好というのは王族として相応しい礼服ではあるのだが、身に付けている装飾品の数が尋常では無かった。
十本の指全てに異なる色の宝石が付いた指環を嵌め、首からは重そうな装飾品の付いたネックレスをジャラジャラと身に付けていた。オマケに頭に被っているサークレットも装飾過多であり、一言で表すと今のガハルドは自分を少しでも飾り立てようとする悪趣味な成金じみたファッションだった。社交のマナーからすれば落第点であり、エリヒドが顔を顰めたのも無理はない。
しかし、ガハルドは敢えてこの格好を選んだのだ。
「まあ、な……。最近、少し色々あってな……」
ガハルドが身に付けている装飾品。それら全てはガハルドの闇魔法に対する抵抗力を上げるか、精神支配を防ぐ効果を持った魔法具だった。
アインズの側近である
エリヒドはそんなガハルドを一瞥し、小さく鼻を鳴らした。どこか生気を感じさせない冷たい眼光は、無言で「所詮は野蛮な成り上がり国家の皇帝だ」と訴えている様にも見えた。
「……まあ、いいでしょう。それでガハルド皇帝陛下、実力主義の帝国の皇帝たる貴方が此度の式典に列席して頂けたという事は光輝殿を人間族全ての勇者としてお認め頂けたという事ですな?」
寝言は寝て言え。
どうにかガハルドはその言葉を呑み込んだ。エリヒドの眼は生気を感じさせないながらも危険な眼光を放っており、口調にも是以外の答えを求めていない様に感じた。しかもエリヒドだけではなく、光輝には見えない所で晩餐会の警備に当たっている神殿騎士達も何気ない動きで腰に差した剣を撫でていた。それらを見て、ガハルドは場の空気に合わせる方に動いた。
「……う、む。まあ、ここ数百年は現れなかったという勇者の天職を持った人間だからな。この目で確認できて良かったかもしれん」
おお、と周りで聞き耳を立てていた貴族達が湧き上がる。それを光輝は照れ臭そうに頭を掻いていた。
「素晴らしい! ガハルド皇帝陛下も光輝殿が真の勇者であると御理解頂けましたか! まさに彼こそが魔人族によって苦しめられてきた我々人間族の希望! 天にまします我らのエヒト神がトータスに遣わした救いの主なのです!」
「陛下、大袈裟ですよ。俺は勇者として当然の事をしているだけです。トータスに住む人達を救う為に、出来る事をやっているだけです」
「いやはや素晴らしい! 光輝殿の様な勇者を我が国に授けて下さったエヒト神に感謝致しましょう!」
勇者として模範的な台詞を言う光輝に対して、エリヒドは感極まった様子で首から下げている聖具を握り締める。ガハルドは茶番劇を見せられている様な気分だったが、当の本人達は真剣で嘘偽りない気持ちで言っているらしい。
(お、おい……本当にどうしたんだ? エリヒド王は……?)
以前、外交で謁見した時はここまでエヒト教にのめり込んではいなかった筈だ。だが、今は狂信を捧げる信徒の様に何度もエヒト神への感謝を口にしている。もはや正気すら疑いたくなる不気味さから、ガハルドは背筋を寒くしていた。
「それで皇帝陛下————聖戦遠征軍に、帝国からはどれ程の援軍を出して頂けるのですかな?」
ほら来た、とガハルドは身構えた。エリヒドはそんなガハルドに気にかける事すらなく、自論を展開させる。
「今こそ勇者・光輝殿の旗印の下に、我ら人間族は団結して邪悪なる魔人族……更にはエヒト神の威光を理解せぬ愚か者達に鉄鎚を下す時でしょう。当然、帝国からも聖戦遠征軍に戦力をお出し頂けるのでしょう?」
「ああ、それなんだが……今は少し、難しいかもしれないな」
「何故です? 魔人族を殲滅し、永遠の平穏を世に齎すのは全ての人間族の務めでは無いのですかな? それ以上に優先すべき事など、何があるというのですかな?」
「いや、まあ……」
歯切れの悪いガハルドに、エリヒドは目線を鋭くする。敵意すら感じるエリヒドの目付きを前に、ガハルドは迷っていた。
(……どうする? アインズ・ウール・ゴウンの事をここで口にするべきか?)
恐らく聖教教会やハイリヒ王国は、あのアンデッドの王の事をまだ知らないのだろう。そうでなければ、魔人族に全戦力を傾ける様な聖戦遠征軍の発起などしなかった筈だ。ここでアインズの事を話題にして、遠征軍にアインズの相手をして貰う事も今なら出来る。
ただし———それは完全にアインズを敵に回すという事。亡者の軍勢を際限なく作り出せ、恐ろしい力を持った化け物達を何体も従えている魔物の王を相手に、聖戦遠征軍と共に戦わなくてはならないのだ。それも現実が見えてない様な
(……駄目だ。今はアインズ・ウール・ゴウンを敵に回す事の方がリスクが大き過ぎる)
そう判断したガハルドは、建前上の理由を口にする事にした。
「……実は、な。最近、亜人族共の奴隷狩りをやろうとしたんだが、予想以上に手痛い反撃にあってな……今すぐに新たな戦力を編成するには時間がかかるというか……」
バイアスに率いさせて全滅したフェアベルゲン侵攻軍、そして
「亜人族、相手にですか……? エヒト神を信仰せぬ野蛮なケダモノ共相手に、帝国が手酷い被害を受けたと?」
「ああ、まあ……意外と奴等も馬鹿にしたものじゃないと認識を改めさせられた」
エリヒドの眼が細まる。聖教教会の教義が深く浸透している王国では、神の奇蹟たる魔力を持たずに生まれる亜人族は関わる事すら穢らわしい生き物という認識だ。そんな亜人族相手に被害を受けたなど、そんな大恥をかきながらよく人前に出れたものだ、とエリヒドの眼が語っていた。事実、周りの貴族達もヒソヒソとガハルドを見ながら噂し合い、中にはあからさまに侮蔑の視線を向けている者までいる。
(知らないというのは、幸せな事なんだな……)
だが、ガハルドの中で怒りの感情は湧き上がらない。彼等はその亜人族達が、恐るべきアンデットの王の支配下に入った事をまだ知らないから呑気に笑っていられるのだ。頭上にいる巨人に気付かず、蟻同士がお互いを笑い合っている様なものだ。そう考えると、エリヒドや貴族達の嘲笑など今のガハルドからすれば些細な事に思えてきた。
「ちょっと待って下さい。帝国は奴隷なんてものが、まだ存在するんですか?」
ガハルドがどこか達観した気持ちで貴族達を見ていると、光輝が話に横入りしてきた。彼の顔は義憤に燃えた険しい表情をしていた。
「そんな野蛮な……! 今すぐ奴隷の人達を解放すべきです、皇帝陛下!」
「あ? 何でお前がそんな事に気をかけるんだ?」
「だって、人を奴隷にするなんて野蛮な行為は正しくないじゃないですか。俺達が元いた世界————日本でも、奴隷労働なんてやってはいけない事だって子供でも教わっています! 皇帝陛下、貴方も理性のある人なら奴隷労働なんて止めさせるべきです!」
「ははは、光輝殿は面白い事を仰いますな。亜人族共にも心を割くなど、なんと慈悲深い」
エリヒドはまるで冗談でも聞いたかの様な笑顔を浮かべたが、義憤に燃える光輝は気付いていない。彼の中で「正しくない事」は悪なのだ。光輝が学んできた常識では奴隷制度は歴史の中で過ちだと判断された事であり、そんな非人道的な行いを平然と行っているガハルドは許されざる存在となっていた。
「……おい、勇者。仮に奴隷を解放するとして、お前は俺に何を差し出すんだ?」
「差し出すって……どうしてそんな事を言うんですか? 俺はただ、間違っている事だから止めるべきだと言ってるだけです!」
「……話にならねえ。それで何で俺がお前の言う事を聞く必要がある」
「だって———帝国の人達も、俺達の仲間として遠征軍に入るのでしょう? それなら他の人達が見てて不快な思いをしない様に、間違っている事は堂々とやるべきじゃないんです」
「………あぁ?」
言われた内容が一瞬頭に入らず、ガハルドは胡乱げに光輝を睨め付けた。しかし、当の光輝はきょとんとした顔で見返していた。
「えっと……俺、なんか間違った事を言ってますか?」
「いやいや、光輝殿の言っている事は正しい」
唖然とするガハルドを他所にエリヒドが光輝を持ち上げる様に深く頷いた。
「確かに、我が国では亜人族の奴隷というものは持つべきでないとされている。ガハルド殿も、その事を留意して援軍を出して頂きたい」
いや全く、勇者様の仰る通りです、と
「ありがとうございます、エリヒド陛下! 皇帝陛下、貴方もどうか正しい決断を! 奴隷制度なんて止めて、魔王を倒す為に一緒に戦いましょう!」
一切の下心などなく、いっそ純粋さを感じる様な瞳でガハルドへ訴えかける。そんな光輝をガハルドは数秒間、黙って見つめた。やがて、頭痛を耐える様にコメカミを指で揉んだ。
「………まあ、とりあえず。亜人族共を遠征軍に連れて来る真似はしねえ。それは約束してやる。それと……亜人族の奴隷も、近々どうにかする」
「皇帝陛下!」
パッと光輝の顔が明るくなる。
「良かった……分かってくれたんですね!」
「ああ、分かったよ……
冷ややかな目でガハルドは目の前の
「素晴らしい! さすがは勇者殿です」
「ありがとうございます、エリヒド陛下!」
パチパチ、と周りの貴族達が王と一緒に光輝へ拍手を送る。それをまるで舞台上の出来事の様にガハルドは遠巻きに眺めていた。
すると、そこに今まで黙って事の成り行きを見ていた恵里がガハルドに近寄る。
「あ? 何だ、テメェは?」
「……皇帝陛下がどう決断するか、見張ってろと言われたけどさ。まあ、別にいいんじゃない?
ギョッとガハルドは恵里を見る。恵里は周りからは可憐な少女の笑顔にしか見えない表情のまま、呟いた。
「でもさ、光輝くんを馬鹿にする事は許さないから。そうしたら御方に殺される前に、僕が始末してあげる」
スッと一礼して、恵里は光輝の下へ戻った。その後ろ姿から伸びた影が、グニャリと蠢いた気がしてガハルドは再び背筋を寒くした。
「………は、はは……なんだ……とっくの昔に、
もはや乾いた笑いしか浮かばず、ガハルドは呆然と呟いた。
魔王を倒す、魔人族を滅ぼして人間族の平穏を取り戻すなんて絵空事だったのだ。自分達はあのアンデッドの掌の上で、滑稽に踊っていただけに過ぎない。
その事に気付き、ガハルドは力無く項垂れた。
ハラリ、と数本の毛が頭から抜け落ちた気がした。
>エリヒド王
一部、イシュタルみたいにナザリックのドッペルゲンガーと入れ替わったのでは? と言われていましたが、残念ながら彼はエヒトによって狂信者に洗脳されています。お陰で「エヒト神の遣いである勇者は全てにおいて正しい!」で、思考が一色になっています。何でこのタイミングで? というのは、後々に語ります。
>聖戦遠征軍
戦費を調達する為に異端認定した都市を滅ぼすなどという真似をしていますが、十字軍とか見ていると宗教的な大義で動く軍隊とかこんなものでは? と思いながら書きました。
>ハゲルド
彼もようやく、どちらの側につくべきか理解できた様です。
残念ながらまだまだ死体蹴りは終わってないんですけどね?