ありふれてないオーバーロードで世界征服   作:sahala

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 以前、帝国への対応が手緩いという感想を幾つか頂きました。

 その方達にお聞きしますが……その程度で済ませると、本当に思ってたの?(ニッコリ)


第八十八話「ガハルド、死す」

(今頃、ガハルドはハイリヒ王国で式典かなぁ……)

 

 ナザリック地下大墳墓。アインズは自室のベッドの上で『必見! できる上司がやっている100の習慣』と表紙に書かれた本を読みながら、ぼんやりと考えていた。

 

(デミウルゴスの話だとそこで勇者よりも俺に味方する決心をすると言っていたけど、どういう意味なんだろ? 詳しい話を教えてよ、なんて今更聞けないし……)

 

 支配者ロールでそれとなく聞こうとしたが、「全てアインズ様の想定通りです」としかデミウルゴスは言ってこないのだ。その想定が分からないんだよ! とアインズは叫びたかったが、自分をナザリックの完璧な支配者だと全く疑わないデミウルゴスを見ていると結局尤もらしい態度で頷くしかなかった。

 

(もしもガハルドがこちらの味方をしてくれるなら、何か贈り物をした方が良いかな? 新しい人がギルドに加盟した時も、ウェルカムプレゼントとかやったしなぁ。前は断られたけど、やっぱりアンデッドの奴隷とか? 亜人族達を一気に引き抜いちゃうのは迷惑だろし……だからまだ奴隷達を送れない、なんて言ってきてるんだろうなぁ)

 

 そもそもアインズの勘違いで、初対面なのに土下座を強制させたのだ。この時点で「この無礼者!」と怒り出して当然だというのに、ガハルドは大人な対応で事を荒げなかったのだ。他国の王に自分の勘違いで土下座を強要したと分かった瞬間、実はアインズの内心は冷汗でダラダラだった。

 

(意外とあの皇帝は良い人なのかもなぁ。ただ、唯一の懸念が勇者達と接触する事だけど……)

 

 目下最大の敵である勇者・天之河光輝について、アインズも元・仲間である香織に聞いて情報を得ようとした。しかし、あまり芳しい結果は得られなかったのだ。

 

(正義感ばかりが先走って人の話を聞かない、自分にとって都合の良い様な解釈しかしないとか散々な言い様だったけど……本当かこれ?)

 

 「あんな最低な人、思い出したくもないですけど」と枕詞をつけた上で語られた香織の評価は散々なくらい低いものだった。幼馴染であった彼女なら、未だに思考の読めない勇者について何か分かるかと期待していたアインズだったのだが……。

 

(……いくらなんでもこんな性格で集団のリーダーをやってるとか、無理がないか?)

 

 正義感の強いリーダー資質な人間というとたっち・みーを思い起こさせるが、彼がギルドマスターをやっていた時でも周りの意見を全く聞かないなんて真似はしなかった筈だ。香織の話を聞けば聞くほど、こんな性格でリーダーが務まるのか? とアインズは首を傾げるしかなかった。アインズの思い描いた勇者像と大分かけ離れている気がする。

 

(でもなぁ……香織もナグモが虐められていた事もあるから、大分見方に色眼鏡がかかってる気がするんだけど。ナグモはナグモでナチュラルに普通の人間を見下してるし……)

 

 同じクラスにいたナグモの話によれば、「一周回って珍種に認定できる愚物」だそうだが、そもそもからしてナザリック外の人間は猿同然と公言する様な『人間嫌い』の評価をどこまで信用して良いのかアインズには分からなかった。

 

(あの二人はお互いが好き過ぎて自分達を貶めた勇者達を憎んでる節もあるしなぁ……。いくらなんでも高校に行けて、そこでクラスのリーダーをやっている様な人間がそんな子供っぽい性格をしてるわけないだろ)

 

 ————アインズがこう思ってしまうのには理由がある。アインズこと鈴木悟がいた西暦2138年の日本では、巨大企業が政府を牛耳って国民から搾取していたディストピア社会だった。国民を愚民として管理しやすい様に、かつては九年間と定められていた義務教育期間も短縮されて小学校を卒業できるだけでも御の字と言われる程だ。

 高校なんてものはそれこそ上級国民でもなければ入学すら出来ず、また小学校でも卒業したらすぐに社会の歯車として働き出せる様に職業訓練や情操教育が行われる。その為、アインズは「高校生というのは頭の良いエリート集団であり、それに相応しい社会性がある人間達なのだろう」と無意識に思い込んでいるのだ。

 

(というか、あのバカップルはちょっと自重すべきだと思うんだよな。いや別にさ、俺もうるさく言う気は無いよ? でも仮にも上司である俺の前で「はい、ア〜ン♪」とか普通やるか?)

 

 冒険者モモンとして活動している時、幾度となく目の前で行われたイチャつきぶりにアインズは何度も砂糖を吐きたくなった。恋は盲目を地で行っている二人に、アインズもユエと同じ様に処置なしと悟りかけていた。

 

(付き合い始めた頃は浮かれて周りが見えなくなっていたとたっちさんも言っていたしなぁ……。まあ、あの二人が終始イチャついてるお陰で、ユエに勉強を教わる時間が取れるから良いと言えば良いんだけど……って、脇道に逸れたな。今は勇者と、そいつの所に行ってるガハルドの事だ)

 

 結局、香織達の話を聞いても光輝の人物像を掴めないアインズにとって、未だに勇者達は「今までの常識では計り知れない敵」という扱いだった。そして、そんな敵のすぐ側に行った同盟相手(ガハルド)を少しだけ心配していた。

 

(もしかして、天之河光輝が俺達に気付いていたらナグモの時みたいにガハルドも始末するんじゃ……いや、考え過ぎか? とにかくガハルドが無事に帰って来たら奴隷の返還も含めて色々と話し合わないとな)

 

 あぁ、気が重い……とアインズは無い筈の胃を痛ませる。相手は正真正銘の一国の皇帝であり、アインズ(鈴木悟)の様な小市民とは格が圧倒的に異なるのだ。しかし、それでも何とかしなくてはならない。対エヒトルジュエ大連合こと、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の設立にはヘルシャー帝国の助けが必要であり、亜人族達を納得させる為には帝国にいる奴隷の返還は必要なのだ。

 これから作る大連合(魔導国)に待ち受ける苦労を思い、未来の魔導王は大きく溜息を吐いた。

 

 ***

 

「———ああ、俺からの勅命だと発布しろ。帝都に戻り次第、大至急だ」

 

 同時刻。ハイリヒ王国王城に用意された客室で、ガハルドは部下達に命令を下していた。

 

「無駄な時間稼ぎをしちまった分、亜人族の奴隷達は一人残らずフェアベルゲンに送り返せ。帝国はアインズ・ウール・ゴウンに全面的に協力するという姿勢を示すんだ」

 

 晩餐会で聖教教会と王国が旗頭にしようとしている天之河光輝の内面を把握したガハルドの判断は早かった。最低限の護衛だけ残し、副官として連れて来たベスタ達には早馬で帝国に伝令として帰らせようと決断を下した。

 

「皇帝陛下……恐れながら、私めの意見を言わせて下さい。本当にあのアンデッドに降るしか道は無いのでしょうか?」

 

 ベスタ他、近衛騎士達は暗い表情で問い掛けてくる。気持ちは非常に理解できた。これまで、ガハルドがトータスを平定すると疑わずについて来てくれたのに、ここに来て突然現れたアインズに帝国は従わなくてはならないのだ。しかも相手が不死者(アンデッド)であるから、子々孫々どころか未来永劫にかもしれない。

 

「……お前達の気持ちは分かる。だがな、王国と教会が聖戦を発令した以上、アインズ・ウール・ゴウンと人間族の全面戦争は避けられねえ。そこでこのまま王国や教会に与していたら、間違いなくあの勇者(ガキ)は勇者の名の下にアインズ・ウール・ゴウンを倒すとか戯言をほざいて全軍を突撃させるだろうよ」

「それは……悪夢ですね、間違いなく」

 

 そればかりはベスタ達は深く頷いた。ガハルドの近衛に選ばれた彼等は「実力主義」を掲げて脳筋になりがちな帝国の人間でありながら、頭も相当に切れる者達だ。そんな彼等から見ても、光輝を祭り上げて聖戦を行うなど正気の沙汰ではないと実感するには十分過ぎた。

 

「一応、聞いてはおくがな。ベスタ、あの勇者(ガキ)がアインズ・ウール・ゴウンに勝つ可能性はあるか?」

「……今ほど私の『鑑定眼』が狂っていれば、と願わなかった日はありません。いえ、あの化け物の居城に招かれた時以来ですかな」

「ああ……だろうな……」

 

 ガハルド達は揃って乾いた笑いを漏らした。当てにしていた勇者達があのザマなのだ。あんな幼稚な子供勇者達と心中するくらいなら、まだあのアンデッドに自分の首輪を差し出した方がマシだった。

 

「だが、聖戦が発令されたのはある意味でチャンスだ。ここで帝国はアインズ・ウール・ゴウンに人間族の中で唯一の味方だとアピールできる。聖戦遠征軍という大軍に対して、奴は味方を一人でもつけたい筈だからな」

 

 果たして、それはどうだろうか? とガハルドは内心で自問自答する。蟻が千匹集まった所で竜巻でなす術なく吹き飛ばされる様に、如何に聖戦遠征軍といえどもアインズ・ウール・ゴウンには勝てない気がしていた。

 

(まさか……あんな馬鹿なガキが勇者として旗頭になったのは、いらない人間達を駆除しやすくする為か?)

 

 あり得そうな話だ。実際、ガハルドも反抗勢力を粛正する為にあえてある程度の規模に膨れ上がるまで放置していた事がある。自分の支配下に不要な貴族(ゴミ)達が集まった所を全員取り押さえ、纏めて処刑台に送り出した事もあった。

 

(これは俺がやっていた()()を大規模にした分別作業だ……だから“神の使徒”の一人にアインズ・ウール・ゴウンの息が掛かった奴がいたのか)

 

 恐らくハイリヒ王国はあのアンデッドの手によって瓦礫の国へと変わるだろう。それを容易くやってのけるだろうアインズ・ウール・ゴウンの事を思い、ガハルドはまたしても胃痛を感じていた。帝国が———自分の祖国が生き残るには、もはや道は一つしかない。

 

「せめて帝国の自治権は認めて貰える様に上手く立ち回るしかねえな……。とにかく、亜人族の奴隷達は一刻も早くフェアベルゲンに送れ。こっちが時間稼ぎをしようとした事なんざ、奴にはとっくにバレてるだろ。こうなったら精一杯の誠意を見せて、勇者達より奴を選んだと思って貰うしかねえ」

「……かしこまりました」

 

 僅かな逡巡の後、ベスタ達は頷いた。彼等とて馬鹿ではない。ガハルドの言った事が一分の隙もない正論だと悟ったのだろう。無念の表情を浮かべる彼等にガハルドは頭を下げた。

 

「すまねえ……お前達は俺を信じてここまで来たというのに、こんなザマになっちまった」

「陛下、頭をお上げ下さい! 陛下の采配に間違いなどありません! ただ……だからこそ、無念なのです。どうして、こんな事に……!」

「さあな……俺に天運が無かった、という事だろうよ」

 

 以前まで纏っていた覇気を薄れさせ、疲れた笑みでガハルドは呟く。

 トータスを天下統一して、帝国を強大な大国へと生まれ変わらせる。それが出来るのは“英雄”の天職を持って生まれた自分だけと信じて、今まで覇道を突き進んで来た。そして手始めに亜人族達を支配下に置こうとして———最初の一手で詰んでしまったというわけだ。

 

(天にまします我らがエヒトよ……地獄に堕ちろ、クソッタレ)

 

 神話から飛び出た様な怪物を帝国の近くに出現させ、人間族には幼稚に過ぎる勇者達を寄越したエヒト神へガハルドは呪いの言葉を吐いた。元から熱心に信仰したわけではなかったが、もはやエヒトに祈る気持ちすら今回の事で失せてしまった。

 

「とにかく……この馬鹿げた式典は明後日まで続くんだとよ。俺は皇帝として最後まで出席しないとならねえから、お前達はさっさと帝国に帰って奴隷の返還の準備をしろ。アインズ・ウール・ゴウンのスパイがこの場にいる以上、グズグズしていたら帝国も滅ぼす標的だと思われちまうからな」

「ですが、大丈夫なのでしょうか? 陛下の護衛が手薄になるのでは……」

「ハン、俺を誰だと思ってやがる? そこらの奴等に討たれるほど落ちぶれちゃいねえよ。()()同盟国である帝国の皇帝を害するほど、王国も教会も堕ちてはねえだろ……多分な」

 

 少なくとも光輝を旗頭にしようとしている時点で、エリヒド王やイシュタル大司教は判断力が休暇を取っているのでは? と思わなくもない。しかし、今ここで帝国に敵対する様な真似をするメリットなど彼等には無いだろう。

 

「まあ、俺に何かあったらトレイシーを次の皇帝に据えろ。あいつだったら、他の臣下も国民も文句は言わないだろ」

「……かしこまりました。それでは我々は失礼します」

 

 スッと頭を下げると、ベスタ達は下がった。彼等は命令通りにすぐに帝国へと直帰してくれるだろう。だが、ガハルドは不幸のドン底にいる様な溜息を漏らした。

 

「……あいつ等でないと、この手の書類仕事も頼めねえとはな。つくづく、文官も育てれば良かったと思うぜ」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの属国となる以上、今までの様に大勢の武官を育てなくてよくなる。これからは文官の育成にも力を入れられると思う反面、軍事大国()()()帝国の凋落ぶりにガハルドはまた深々と溜息を吐いた。

 

 ***

 

「まだやってやがるな。……浮かれてるな、本当に」

 

 ベスタ達を送り出したガハルドが大広間に戻ろうとすると、部屋から離れた廊下だというのに未だに宴の活気が冷めやらぬ様子が聞こえて来る。既に夜も更けてきており、神の使徒達も招待客も大分酒が入って酔っているだろう。

 

(フン、好きなだけ騒いでろ馬鹿共が。それが人間族が気持ち良く飲める最後の酒になるだろうからな)

 

 そして帝国の皇帝の義務として、これから何も知らずに浮かれ騒ぐ王国の貴族達の相手をしなくてはならない事に再び溜息を吐く。歩く度にジャラジャラと煩わしい装飾品達に苛立ちを感じながらも大広間へ戻ろうとした時だった。

 

「初めまして、ガハルド=D=ヘルシャー皇帝陛下」

 

 ガハルドが振り向くと、そこに聖教教会のシスター服を着た女性が立っていた。背筋がスッと伸びて直立した姿は正中線のブレが一切なく、窓から漏れる月明かりに反射して光る銀髪は美しいが、喜怒哀楽が一切伺えない表情はどこか人形じみた雰囲気をガハルドに感じさせた。

 

「……誰だテメエ? イシュタルの遣いか?」

「主はかの()()が聖戦を行う事がお望みです」

 

 胡乱げなガハルドに対して、シスター服の女———ノイントは抑揚の無い口調で喋り始めた。

 

「人類の希望として祭り上げられ、期待され、有頂天となった彼等が魔王率いる魔人族達になす術なく蹂躙される……その瞬間(とき)に見せる絶望の表情は彼等を異世界から召喚した甲斐があるほどに魅力的になるだろう、と主は楽しみにしております」

「……あ? テメエ、何を言ってやがる?」

 

 不意に、ガハルドの背筋に冷たい汗が奔る。感情を一切交えず、まるで遥かな高みから虫ケラを見つめる様なノイントの様子に警戒心が一気に跳ね上がった。

 

「イシュタルもよくぞ聖戦の開戦を進言してくれました。何も知らずに主を崇めるだけの人形にしては、面白い事を考えたものだと主は言われました。つきましては貴方もあの人形———エリヒド王の様に、主を楽しませる為に踊りなさい」

「っ!?」

 

 ガハルドが身構えるより先に、ノイントの身体から魔力が発せられた。魔力は不可視の光となって脳へと焼き付き、ガハルドの意識は朦朧として多幸感と共にエヒトへの崇拝心に満たされていく———。

 

 パキンッとガハルドの脳が冷水をかけられた様に覚醒した。

 

「? 一体、何故……っ!」

 

 “魅了”が抵抗(レジスト)された感覚に、ノイントが疑念の声を上げると同時にガハルドは動き出していた。護身用に懐中に隠していた短剣を抜き放ち、そのままノイントを壁に押し付けて喉元へ切っ先を突き付ける。

 

「テメエ……どういうつもりだ?」

 

 獣の唸りの様に低い声で、ガハルドはノイントを睨み付けた。

 

「皇帝相手に精神操作をかますとはいい度胸だな、オイ」

「……なるほど。珍妙な身なりだと思いましたが、その装飾品のおかげでしたか」

 

 少しでも力を込められれば喉が抉られるという状況でありながら、ノイントは顔色一つ変えずにガハルドを見ていた。

 ガハルドが最近になって身につけ始めた装飾品———魔法抵抗力や精神操作の耐性を上昇させる効果を持った品々によって、彼はノイントの“魅了”を抵抗(レジスト)したのだ。

 

「質問に答えろ! 誰の差し金だ? イシュタル……いや、違うな。エリヒド王もイシュタルも、主を楽しませる人形だと? あの勇者(ガキ)共を召喚した……? ま、まさか、テメエの言う主という奴は……!」

 

 ガハルドの脳が瞬時に正答を導く中でも、ノイントの表情は変わらなかった———まるで()()()()()

 不意にノイントから衝撃波が繰り出され、ガハルドの身体は吹き飛ばされる。

 

「ぐっ……!?」

「……簡単に“魅了”できるものと思い、喋り過ぎました。こうなっては主の遊戯の妨げとなるでしょう。消えなさい、イレギュラー」

 

 ガハルドを吹き飛ばした際にシスター服が破れ、胸元の谷間が見えそうになるノイントだったが、その事を気にかける様子もなく、ガハルドへ手掌を伸ばし———。

 

「今のは何の音だ!?」

 

 廊下に足音が響き、ガハルド達へ複数の人間が近寄って来た。集団の先頭にいた光輝は、廊下で短剣を握り締めながら起き上がるガハルドと、シスター服が破れてあられもない姿になっているノイントを見て目を驚愕に開いた。

 

「ガハルドさん……!? 一体、これはどういった状況なんですか?」

「ぐっ……聞け、勇者! この女は———」

「皇帝陛下に襲われました」

 

 はぁっ!? とガハルドが声を上げる中、ノイントは抑揚の無い声で喋り始めた。

 

「皇帝陛下は深く酔っていたご様子で、心配になって声をお掛けしたところ、夜伽の相手をしろと迫られました。どうにかお断りしようとしたら、剣を持ち出して衣服を破かれました。咄嗟の事だったので、思わず魔法で突き飛ばしてしまいました」

「テ……テメエ、藪から棒に何を言ってやがる!?」

 

 ガハルドが顔を真っ赤にして怒りの声を上げる中、光輝は目の前の状況を見た。

 

 悪趣味なアクセサリーをいくつも身に付け、()()()()()()()()()()()を体現した様なガハルド。

 彼の手には短剣が握られている。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、銀髪の美少女。

 彼女は衣服を斬り裂かれ、胸の谷間が顕になりそうな姿になっている。

 

 そして———光輝の中で、答えは出た。

 

「……シスターさん、俺の後ろに」

「お、おい……まさか、その女の戯言を信じる気じゃねえな?」

 

 ノイントを庇う様に前へ出る光輝に、ガハルドは信じられない物を見る様な目になった。

 

「おい、いくら脳が足りないとはいえ、そこまで馬鹿じゃねえよな?」

「……ガハルドさん、今ならお酒の席でふざけ過ぎただけ、という事に出来ます」

 

 光輝は険しい目付きでガハルドを見る。それは悪に屈しない正義の眼差しだった。

 

「だから、シスターさんに謝ってあげて下さい。俺からも許して貰える様に、頼んでみますから」

「………ふ、ふふ、ふふふ!!」

 

 一瞬、呆気に取られた様にポカンと口を開けていたガハルドだったが、まるで壊れたかの様に笑い声を上げた。

 そして———鮫の乱杭歯の様に、ギラリと鋭い眼光になる。

 

「ふっっっざけんじゃねえぞ!! このクソガキがああああっ!? 自分の正義に酔って、周りを顧みないクズがああああっ!!」

「なっ……どうしたんですか、一体!?」

 

 ガハルドの()()に光輝は驚く。だが、そんな光輝に構う事なく、堰を切った様にガハルドは口角泡を飛ばした。

 

「テメエみたいな頭花畑なガキが! テメエの仲間みたいな甘ったれたガキ共が! 神に選ばれた勇者達だぁ? 馬鹿も休み休み言えや!! 数ヶ月前に死んだ仲間が、まだ生きてるとかほざいてないで現実見ろやあっ!!」

「な……いきなり何でそんな事を!! 俺は香織も、皆も、必ず助けると誓って……」

「いい加減にしろやっ!! そんなザマだから、いい様に踊らされているんだろうが!! 独り善がりな妄想に浸ってないで、状況をよく見て物を喋れ、クソガキ!!」

「なっ……なっ……!」

「———エヒト神に選ばれし勇者殿、そしてお仲間の方々に対して暴言。見過ごす事は出来ん!!」

 

 かつて、他人からここまで()()を言われた事の無い光輝が金魚の様に口をパクパクさせる中、いつの間にか来ていたエリヒド王がガハルドを敵意のこもった目で睨み付ける。

 

「聖戦に非協力的だった事といい、エヒト神への不信心はもはや明確! 異端審問を執り行うまでも無し! 光輝殿、あの()()()をどうかお討ち下され!!」

「ちょっ、ちょっと待って下さい陛下! いくらなんでもそこまでする事は———」

「何を躊躇われる? エヒト神を愚弄する事は、この国では最大の罪! 手討ちにされて当然である! 報酬はいくらでもお積み致しますぞ!」

「いえ、ですからまずは話し合って———」

「だったら、俺達が行くぜ!!」

 

 光輝が躊躇する中、檜山が衛兵から借りた槍を構えた。

 

「檜山!? そんな、ガハルドさんだってお酒に酔って心にも無い事を口にしただけで———」

「ああ!? そこのシスターを襲ったのは事実だろ!? そんなカス野郎を()って、何が悪いんだぁ!?」

 

 先程まで飲んでいた酒の影響もあり、顔を真っ赤にしながら檜山は獰猛に凄んだ。彼にとって、国王から報酬が出るという事だけでガハルドを討つには十分な理由だった。

 

「おい、お前等! あの男の風上に置けねえオッサンをブッ殺すだけで褒美が貰えるんだとよ! 俺達でシメようぜ!」

「お、おう!」

「マジ最低! 女の敵! ぶっ殺して当然の奴よ!」

 

 檜山の号令にクラスメイト達も次々と武器を構え、魔法の詠唱を始める。先程までにペース配分を考えずに飲んでいた酒が、彼等から正常な判断を奪っていた。最初は戸惑っていた者も、やる気になっている者達を見て釣られる様に気付けば武器を握り締めていた。

 そして———頃合いと見たノイントは、自分の声に魔力を乗せた。

 

『お願いします、勇者様方。どうか私をお守り下さい』

 

 彼女の主であるエヒトルジュエやその眷属であるアルヴヘイトは“神言"という聞く者の意思を問答無用に捻じ曲げる神代魔法が使える。しかし、主の使いとして造られた彼女にはそこまでの強制力は発揮できない。これは“魅了”を多人数にかけやすくする為に行う魔力を持った言霊———“煽動”とでも呼ぶべき魔法だった。

 

『殺せ! 殺せ! 殺せ!』

 

 アルコールの酩酊感も手伝い、生徒達は一斉に目の色を変えた。()()は殺されて当然の人間なのだ。国王からも殺して良い、と許可が出た。だから殺そう。だって———()()()()()()()()()()()()()

 

「……クソガキがぁ、今更何を言っても無駄って事か」

 

 周りの人間が武器を突きつけて自分を取り囲む中、ガハルドは短剣を握り締めたまま俯いた。

 次の瞬間———ギンッと殺意が生徒達に奔る。

 

『ひっ……!?』

「上等だ、馬鹿共がっ!! テメェ等にくれてやるほど、俺の首は安くねえぞっ!!」

「ま、待って下さいガハルドさん! まずは武器を置いて釈明して———」

「や、やるぞ!! やらなきゃこっちが()られるぞ!」

 

 この場に及んでも話し合いで解決しようとする光輝を遮るように、殺気に当てられて恐怖した檜山が生徒達に攻撃を命じた。

 

 そして———戦いが始まった。

 

 ***

 

「くっ……陛下! どうか我々から離れないで下さい!」

「テメェらもな! 馬小屋を目指せ! 一丸となって突破するぞ!」

『はっ!!』

 

 護衛達と合流したガハルドは、借りた剣を振るいながら先陣を切る。騒ぎを聞き付けて、衛兵達もガハルドを捕縛しようと次々と現れたが、その全てをガハルドは斬り捨てていた。

 さもありなん、彼は“英雄”の天職を持って生まれ、生涯の半分以上を戦場を駆け抜けた英雄。並の兵士では束になろうと歯が立たなかった。

 

「つ、強い……! 我々では無理だ!」

「使徒様方! どうかお願いします! あの不届きな皇帝に神の鉄槌を!」

「で、でも………!」

 

 仲間がやられていくのを見て、衛兵達は縋る様に光輝達を見る。だが、光輝は動けないでいた。他の生徒達より一回りステータスが高く、ムタロやエリヒド王に挨拶回りの為に連れ回されて然程酒を口にしなかった光輝にはノイントの“煽動”が効いていなかった———だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()と彼の理性が歯止めをかけていた。

 一方、檜山達も先程の狂騒とは打って変わって尻込みしていた。ガハルドの勢いは凄まじく、振り撒く殺意は数々の戦場を乗り越えた者にしか出せない凄みがあった。それは、かつてオルクス迷宮でトラウムナイト(デスナイト)やゾンビ化した級友達と戦った時以来、味わわなかった緊張感———死の予感を否応なく感じさせていた。

 

(じょ、冗談じゃねえ! いま風は俺に吹いているんだ! こんな所で迷宮で死んだクズ共みたいにくたばってたまるか!!)

 

 だからこそ、檜山は動かない。衛兵達が目の前で何人も斬り伏せられようが、隙を窺っている()()をして、ガハルドに立ち向かえないでいた。

 

(クソ、数が多いっ! こりゃ無傷で辿り着くのは無理かもな……!)

 

 一方のガハルドも衛兵達の包囲網から中々抜け出せず、歯噛みしながら剣を振るっていた。

 

(まさかエヒト神は実在して、俺達は人間族もろとも騙されていたのか!? それを、あのアインズ・ウール・ゴウンは……知っていた?)

 

 突然現れた神の使徒達、以前とは豹変して聖教教会にのめり込むエリヒド王、そして先程の攻撃を加えてきた教会のシスター。ここまで証拠が揃えば、ガハルドにも真相に辿り着くのは容易だった。

 

(そうなったら諸々の意味が変わってくるぞ!? とにかく、どうにか脱出して帝国に戻って対策を———!)

 

 ふと、ガハルドの視界にアインズとの繋がりを仄めかした眼鏡の少女———恵里の姿が見えた。

 

(アイツは……!)

 

 まだ自分の考えが正しいという根拠はない。しかし、この場を切り抜ける為には必要だとガハルドは即座に判断した。

 

(こうなったら奴を人質にして、城から切り抜ける! その後、アインズ・ウール・ゴウンがどういうつもりで動いていたのか問い質す!)

 

 ガハルドは周りの衛兵達を薙ぎ払い、恵里へと手を伸ばした。

 

「恵里……!」

 

 その瞬間を、光輝は見ていた。

 

 衛兵達の返り血に染まり、血走った目で恵里に()()()()()()とするガハルド。それを目を見開いて見つめる恵里。

 

 そして———光輝の脳裏に、オルクス迷宮の光景がフラッシュバックした。

 飛び交う魔法弾、それを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そして———奈落へと落ちて消えていく大切な幼馴染。

 

 その瞬間———光輝の脳は沸騰した。

 

「———聖剣よ!」

 

 持ち主の呼び掛けに応え、愛用の聖なる剣が窓を突き破って光輝の手の中に飛び込んでくる。

 それと同時に光輝は走り出す。ドンッと音すらも置き去りにした歩法———縮地で距離を詰め、聖剣を振るった。

 

「ガァアアアアッ!?」

「陛下!?」

 

 恵里へと伸ばしていたガハルドの腕が宙を舞う。帝国に護衛達が悲鳴の様な声を上げる中、激痛に歯を食い縛りながら、ガハルドは鬼の様な形相で光輝を睨んだ。

 

「勇、者……テメェ……!」

「俺の仲間は———!」

 

 血飛沫を弧に描きながら、光輝は聖剣の切っ先を再び返す。

 

「もう……誰にも奪わせない!!」

 

 聖なる剣閃が袈裟斬りに振るわれた。

 ザシュッ、と鈍い音がする。

 

「こ……の……クソ、ガキ………!」

 

 血飛沫を溢れさせ———ガハルドはドサリ、と倒れた。

 

「へ、陛下ああああっ!?」

「い、今だぁっ!! 天之河に続けえええっ!!」

 

 帝国の護衛達が絶望の叫びを上げると同時に、檜山の号令が響いた。生徒達は弾かれた様に残った護衛達に武器を、魔法を振るった。

 

「この野郎! よくも殺そうとしやがったな!!」

「死ね! 死んじゃえ!!」

 

 護衛達は必死で抵抗しようとしたが、神の使徒として召喚された彼等とのステータスの差は歴然だった。

 

 一分後———帝国の人間達で、息をしている者は皆無となった。




 喝采あれ! 喝采あれ! 
 仲間の為に「守る殺意」に目覚めた勇者を、そして大戦の前に「人を殺す覚悟」が出来たクラスメイト達に、喝采あれ!!!

 ……うん、本当に私は性格が捻れてるなぁ(笑)

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