ハイリヒ王国・王城。
かつて召喚された神の使徒達を持て成した大広間では、“光の戦士団”の結成記念パーティーが開かれていた。一皿が庶民の年収に匹敵しそうなご馳走を前に、再び異世界から来た高校生達へ賞賛や崇敬の目が向けられていた。
「ほほう! あなた方がエヒト神が召喚された神の使徒様方ですな! 私、王国より伯爵位を頂戴したデルフィニウムという貴族でして———-」
「お美しいお嬢様方、是非ともグロキシニア商店のドレスをお買い求め下さいませ! 王都一と名高い我が商店ならば、異世界より来た皆様方でも満足される品が必ずありますとも!」
「まあ、なんて立派な体格……さすがは勇士の方々ですわ! 是非とも皆様の武勇伝をお聞かせ下さい。私、皆様方とは前からお近付きになりたいと思ってましたの!」
光輝を中心に前線組———“光の戦士団”の団員となった生徒達は晩餐会に出席した貴族や豪商達に囲まれていた。自分の両親くらい年上の人間がこぞって頭を下げて謙り、美しい令嬢達が自分達に少しでも気に入られようと何もせずとも擦り寄ってくる。無論、貴族達も下心があって前線組に取り入ろうとしているのだが、人生経験の薄い生徒達はそんな大人の打算に気付いていなかった。
生徒達は子供と大人の境界線が曖昧となってくる思春期の年代だ。自分達はもう子供じゃないと主張したいのに、今まで親や教師といった周りの
「わーはっはっはっ! そうでしょうとも! 何を隠そう、光輝達を鍛えたのは吾輩なのですからな!」
光輝の横に立った神殿騎士————神の使徒・教導官であるムタロ・インパールは野太い大声で周りの貴族達に誇示する様に光輝の肩をバンバンと叩いた。
「ちょっ、痛いですって。ムタロさん!」
「ん? おお、すまんすまん! 勇者であるお前が怪我でもしたら、大事であるしな!」
「いやはや、勇者様の指導教官となられるとは流石はインパール殿です。代々、軍人の家系というのは伊達ではありませんな!」
「はい! ムタロさんの御指導のお陰で、俺達はこれまでやってこれました!」
「はっはっはっ! ワシが育てたのだからな! 当然だろう!」
嫌味などなく心から賛辞する光輝に、軍人としては肥満体に過ぎる樽の様な腹を揺らしながらムタロは笑った。
「……ちっ、あのデブ教官。何が、ワシが育てた、だ」
周りの貴族達にしきりに「勇者は自分が育てた」と言っているムタロの背後で、檜山は小さな声で呟いた。
「ただ後ろで偉そうに命令してるだけのくせによぉ」
「檜山ー。あのデブ、一回シメねぇか? ステータス雑魚のくせに調子こいて、マジうぜぇわ」
近藤の意見に彼と連む中野と斎藤はおろか、周りの生徒達も同意する様に頷いた。
「俺達はこの世界で最強の
「ステータスは私達の方が圧倒的に上だしぃ? 郷に入っては郷に従え、ってんならステータスが下の奴等が私達に頭を下げる方が当然だし?」
「天之河君もよくあんなデブオヤジを尊敬できるよね〜」
「さっさとクビにしてくれねえかな。王女様も気が利かねえな」
「あたし達のお陰でこの国は守られているのにね。それなのに何で戦えなくなった怠け者な奴等を擁護してるのかしら?」
前線組は口々に自分達がトータスの基準で、いかに偉いかを語り出す。
前任の教導官であったフレデリックが見せたステータス至上主義。それにより特別扱いを受けていた彼等は、「ステータスに恵まれた自分達は特別扱いを受けて当然」という風に学んでしまっていた。
子供は大人の背中を見て育つと言うが、そういう意味では彼等の今の環境はあまり良くなかった。何故なら神の使徒である彼等を面と向かって叱る様な大人などおらず、身近な大人であるムタロは大した能力も無い癖に他人の努力を自分の手柄だと吹聴する「無能」そのもの。前線組の生徒達が大人という存在を侮る様になったのも、ある意味では当然の流れだった。
そんな風に傲慢になってしまった彼等をリリアーナは王族の義務として義理的にしか接しなくなっていたのだが、聖教教会によって「神の使徒に選ばれた自分達は特別な存在である」と教えられた前線組は未だに戦闘放棄をしたクラスメイト達を保護するリリアーナにも不満を募らせていた。
「あ、あの、でもあの人は私達の教官なんだし、顔は立ててあげるべきだと思うの」
クラスの中でも一番大人しいと評判の恵里がおどおどとしながら意見を言う。
「それに天之河くんがいる時は、あの人は機嫌が良いし……」
「じゃあ、デブオヤジの面倒は天之河君と中村さんで見てよね。私達、あのオヤジにおべっかなんて使いたくないから」
「う、うん。分かったよ……えっと、私、天之河くんの所に行ってくる!」
舌打ちしそうな顔で睨んできた瑠璃溝から逃れる様に、恵里はムタロに連れ回されながら貴族達へ挨拶回りをしている光輝に近寄った。
「中村さんもよくやるわよね。まあ、お陰で天之河くんは前みたいにこっちを無理やり自主練させなくなったんだけど」
「ほんとほんと。お守り役ができて助かったわ。お陰でウチらは楽ができるし?」
「天之河くんについて回っていればアタシ等も楽できるけど、合わせるのが大変だもんね〜」
瑠璃溝、薊野、小田牧の女子三人組が口々に言い合う。彼女達にとって一番重要なのは楽な思いをする事なのだ。突然異世界に連れて来られたのに、光輝の様に見ず知らずの人間の為に苦労するなど冗談ではないと思っていた。しかし、いま一番影響力があるのが光輝でもあるのだ。幸いな事にオルクス迷宮以来、魔物との戦闘で苦戦する事も無くなった。光輝のパーティに入って適当に戦っていれば、今の様に周りの大人達がチヤホヤしてくれるから前線組に所属しているだけだった。
唯一の頭痛の種が正義感と善意から「この世界の人達の為に、皆でもっと強くなろう!」と自主練に誘って自由時間も拘束してくる光輝自身だったが、最近は恵里が光輝に何やら世話を焼いているらしく、お陰で光輝の暴走が自分達に向けられる事は少なくなっていた。
「ってかさぁ、なんで中村は天之河に合わせてるんだろうな? 白崎さんがまだ生きてるとか本気かよ? って俺達も思ってんのに」
「知らねえよ。降霊術師の中村が言うならそうなんだろ。わざわざ蒸し返して天乃河に睨まれたくも無えだろ?」
「触らぬ神に祟りなし、ってか? 俺、頭良くね?」
バーカ、そんぐらい高校生なら知ってるだろと近藤達は笑いあった。彼等とてそこまで光輝の話を鵜呑みにしているわけではなかった。もちろんクラスのアイドルであった香織が無事なら喜ばしい事だが、下手に刺激すれば面倒になるから光輝の話に合わせているのがほとんどだった。
「まあまあ、中村がやりたいってんならやらせてやろうぜ?」
周りを纏める様に檜山は言った。
「デブ教官を天之河が抑えて、天之河を中村が世話するってんなら俺達に面倒は無いだろ? 俺達はこの国の救世主なんだから、もっと堂々としてりゃいい」
「おう」、「そうだな」と前線組は頷き合った。
地球にいた頃の檜山を知る人間から見れば、意外な事だが———今の檜山は光輝に次いでクラスメイト達の中で発言力が高くなっていた。龍太郎や雫といったかつての光輝パーティーの中で実力があった者がいなくなり、元の世界で片鱗を見せていた攻撃性を異世界の戦闘で遺憾無く発揮する様になった結果、彼は光輝の次にステータスの成長率が高く、前線組の副リーダーの様な地位を確保しつつあった。そして、何より———-。
(ひひっ、注文通り天之河と二人きりにしてるんだからよぉ……俺が良い思いをしても良いよな?)
ムタロに連れ回されている光輝を見て、話し掛けるタイミングを失っていた貴族の令嬢達が自分達に近寄って来る。その光景に内心で檜山は下卑た笑みを見せていた。
***
ナグモを事故に見せかけて殺そうとし、誤って香織が奈落へと落ちたあの日。
檜山はナグモも奈落へ飛び降りたと聞いて、心から安堵した。これで自分の犯行は全くバレる事なく、全ての責任をナグモへと押し付けられた。不用意にトラップを発動させてしまった事も、
とはいえ、初めての殺人、それも自分が
『な、なんだよ……俺がヘマした事はもう謝っただろ?』
『……あのさぁ、あんな御涙頂戴の演技で本当に騙されると思ったわけ?』
クラスで見せていた大人しくて目立たない図書委員の姿を捨てて、恵里は心底から見下した目で檜山を見ていた。
『光輝君はとても優しいからねぇ、君みたいなクズでも情けをかけてあげてるけどさ。僕が君の本性を皆に喋ったら、君の立場はどうなるかな? クラスのアイドルを殺した人殺しクン?』
『な、あっ!? て、てめえ……!!』
この女は知っているのだ。
そう思い至った檜山は咄嗟に恵里の口を封じようとした。二度目の、それも自分の意思で殺人を犯すなどという考えすらない。とにかく自分の立場を守る為に、こいつを黙らせなくては!
それだけしか頭に無く、手を出そうとした檜山に恵里は待ったをかけた。
『ストップ。僕は今すぐに君の事を暴露しようとは思ってない。ちょっと僕の言う事を聞いて欲しいんだ』
『……何が望みだ?』
『白崎さんが死んで、八重樫さんはショックで寝込んだ。光輝くんの周りを群がるお邪魔虫がいなくなって、僕としては大チャンスなんだよ。でも光輝くんは皆のリーダーをやろうとするだろうからね。だから……君が代わりにクラスの皆を纏めてよ』
『は、はあ? 何で俺がそんな事やらなきゃならねえんだよ!?』
『ん? 拒否できると思ってるの? 白崎さんの死の責任が君にあると分かったら、皆はどうするだろうねえ? さすがの光輝くんも庇い切れないし、庇ってくれないんじゃないかな?』
獲物を甚振る猫の様な笑みを浮かべる恵里に、檜山は押し黙るしかなかった。
『……光輝くんには白崎さんは生きてる、という風に言うつもりだよ。あの女が死んだと知って、八重樫さんの方にベッタリになられても面倒だからね。君は僕の意見をさりげなく支持して、光輝くんがこれからも勇者として戦える様にして欲しいんだ』
『それで……お前に何の得があるんだ?』
『幼馴染を失った可哀想な光輝くんの側に寄り添ってあげる健気な女の子。さすがの光輝くんも僕を意識せざるを得なくなるだろ? 僕と光輝くんの間にお邪魔虫が入らない様に、他のクラスの奴等は君が纏めてよ。
『で、でもよ……坂上の奴とかいるし、天之河は俺よりそいつ等の意見を優先するんじゃ……』
『ああ、その点は大丈夫』
何でもないかの様に恵里は言う。その姿に檜山は思わず、ヒッと息を呑み込んだ。
『そいつらは……もうすぐ消える予定だからね♪』
恵里から伸びる影に、悪魔の姿を見た様な気がした。
***
(まさかモンスターの仕業に見せかけて坂上だけじゃなく、
その後、しばらくして起きたオルクス迷宮の惨事を思い出して檜山は背筋に寒気が走った。結局、あの事件で光輝以外のクラスの中心にいた人間達が消えた事で、元の世界では不良グループと言われていた檜山はまんまと前衛組の中心に立つ事が出来た。
(だが、あのイカれ女がいる内は俺の地位は安泰だ。せいぜい愛しの光輝クンに振り向いて貰える様に媚び売ってろよ)
見方を変えれば、クラスメイトの大量殺害の片棒を担いだ事になるが、檜山にその自覚は無い。全て恵里のせいだ、と内心で言い訳して檜山は恵里に言われるままに前衛組を纏めていた。
「さあさあ、どうぞ! 神の使徒の皆様! 私の領地で取れた上質の蒸留酒です! これで一つ、教会の方によろしくとお伝え頂ければ……」
一人の貴族が謙りながら酒を勧める。トータスでは飲酒に年齢制限は無いが、元の世界なら未成年飲酒として厳しく罰せられる。クラスメイト達が勧められた酒をどうしようか? と顔を見合わせる中、檜山はズイッと前に進み出た。
(天之河の野郎が戦争なんてものに巻き込んだんだ……だったら俺達が良い思いをするのは、言うなら当然の報酬だよなぁ?)
周りのクラスメイト達が固唾を呑んで見守る中、檜山はグラスに入った酒を一気に飲み干した。飲み込んだ酒は、親や教師に隠れて飲んだ酒より何倍も美味だった。
「おお、気持ちの良い飲みっぷりですな! さすがは勇者様のお仲間だ! ささ、どうぞもう一杯!」
「へへっ……ありがとうよ。おい、お前らも飲めよ。せっかく勧めてもらった酒を飲まないなんてのは、失礼だろ?」
「お、おう……じゃあ、一杯だけ」
檜山の飲みっぷりを見て、近藤達も躊躇いがちにグラスを手に取った。他の生徒達も恐る恐るといった様子で酒に口をつけていく。その様子に檜山は、自分がリスクを恐れずに最初の一歩を踏み出した勇敢な人間の様に思えて得意気になっていた。
そんな檜山達へ、王国の貴族やその令嬢が次々と寄ってくる。
(白崎が死んだのは惜しいけど、今の俺には女なんざ向こうから寄ってくるんだ。一人くらい構う事は無えよな。その白崎が死んだ罪も、自殺した南雲が被ってくれたし、本当に死んでくれてありがとうよ!!)
美酒に、美女に、そして名声に。檜山は酔って、天に昇る様な気持ちで味わい尽くしていた。
>クラスメイト達
ここまで酷くなる予定は無かったのだけど……。自分の経験から言わせて貰えば、叱る人間がいなくて周りがチヤホヤすれば人は際限なく堕落していく一方ですよ。
序盤にまだまともだったクラスメイト達を死亡or追放させたお陰で、前線組のネームドは原作キャラだと檜山達くらいになっちゃったんですよ。そして小悪党組も原作だと光輝パーティと並ぶくらいには強かった事を考慮すると、龍太郎や雫がいない今の前衛組なら中心人物になれたんじゃないかな、と。
酒に女、そして権力。実に見事な堕落っぷりですが、そういう人間が転落していく姿が大好きな、ヤルダバオトとかいう悪魔がいるわけでして……まあ、御方の為に有頂天からつき落としにかかるけど。
>恵里
以前、何かの感想返信で「恵里がデミに唆されたのは檜山を勧誘した後」とか書いた気がするけど、ごめんなさい忘れて。
檜山が他のクラスメイト達の纏め役をやる事で、光輝と二人きりになる時間が増える→自分が光輝を籠絡するチャンスという計算で動いています。
そして———檜山が率いるクラスメイト達は今より更に醜態を加速させるでしょう。そうなった場合、彼女の雇い主である悪魔の主人が王国を支配する時、国の不満分子を叩き潰した英雄として国民から歓迎されるわけですよ。恵里は報酬として光輝を手に入れらるなら、他はどうでも良いし。
>トータスの飲酒規制
少し調べてみましたが、お酒は一定の年齢になってから! というルールは中世の頃には無かったそうです。トータスではあくまで自己責任の範疇で黙認されるという形にしています。
>ムタロ・インパール
けっっっして、ムダ口とか無能司令官とか検索しない様に!
因みに作者的にはイメージは戦場のヴァルキュリアのダモン将軍。
何にせよ無能オブ無能が教官になったという事で。