あなたを想う花 作:喉越しがいいお蕎麦
兵器を学ぶ場
右隣の席に座るのは女子。左隣に座るのは女子。真後ろ、右斜め後ろ、左斜め後ろに座るのは全員女子。見渡す限り視界を埋め尽くす女子。
受験してもいない超高倍率の国立高校に特例で突然放り込まれた織斑一夏は、憂鬱な感情を隠すことなくため息を吐いた。
クラスの人数マイナス1人分の視線が背に突き刺さるのを感じる。それは客寄せパンダ、或いは針の筵。
一夏を除く全員が女子という、通常ではあり得ない空間がそこにはあった。存在感を極力無くし、空気と同化しようとするが突き刺さる視線の数がそれを許してくれない。だが、視線がなくとも存在感をなくせるわけがないかと考えを改め、諦めた。
この中で1番の異物が一夏だ。ならば目立つのは必然であろうと。しかし、諦めたからといってそれでも大勢の視線に晒されるこの状況が辛くないのかといえばそれは否だ。この瞬間瞬間に、心がガリガリと音を立てて削られていくのを感じる。
キツい。帰りたい。
早く、この視線から解放してくれる何か或いは誰かが来てほしいと心の中であまり信じていない神様に手を合わせて祈る。
偶然近くの席にいた幼馴染の箒に「助けてくれ箒様!」とアイコンタクト。その瞬間に逸らされる目線は救難信号が受理されなかったことを意味する。「知らん、自分でなんとかしろ」と昔と同じ調子で言う箒が脳裏に浮かんだ。
思わず、鬱屈な溜息が織斑一夏の口から10秒振りに漏れ出た。
IS学園。
10年前、凡ゆる兵器……NBC兵器やクラスター爆弾などといったものを除く……を過去にした最新鋭の翼。
人型から逸脱しないまま自由に空を駆け、生身の人では到底扱えない火力の兵装を扱える、正に超兵器。このISは今の人間の科学文明を100年単位で超えているオーバーテクノロジーであり、その真実を創造主以外は恐らく誰も知らない。
凡ゆる点で兵器の域を逸脱しているISだが、欠点が存在する。それは人の作ったモノである以上、エントロピーを超越をできない……つまり、故障してしまう点。これはIS以外の兵器やその他全ての物に当てはまる為ISだけの欠点ではないが、それでも殆どの部分が未解明のISは故障してしまうとその影響は計り知れない。
そして、もう一つの欠点こそがISをIS足らしめている特徴であり唯一無二であり、ISが無敵ではなく最強で留まっている足枷である。
それは、女性にしか扱えない点。この理由は不明である。
学者は女性ホルモンの量が関係してると言っているが、眉唾物の推論であり確固たる証拠はない。そもそもISの操縦資格が女性ホルモンの量によって決まるならば、ホルモンの投与や性転換などでパイロットになるのは可能なはずだ。それこそ、俺がISを起動させる前に男性操縦者を作り出すことだって。ならばISに女性ホルモンは関係ないと考えるのが妥当だろう。
本当に、なんで自分は動かせたのか。考えても分からない。知らないものを動かせた理由なんて見当もつかない。だから、やれることはせいぜい頑張ることくらい。泣き言を言ったって、自分はもう普通には戻れないのだから。
先生が入ってきて、初日特有のオリエンテーションが始まる。授業や単位、各施設の説明と教員の紹介。この人は山田真耶先生で、このクラスの副担任。担任は業務により遅れてくるようで、先に進めておいてほしいとの伝言を預かったようだ。
担任の先生が遅れてくる業務の原因となったのは、恐らく俺だろう。ここは国家や企業、その他団体の権利や規約、義務が複雑に絡み合う特殊な国立高校だ。さらにISという絶対数に限りがある最新鋭兵器を扱うため、機密性も高い。
この時期は新入生が入り、在学生は学年が一つ上がる。さらに年度を跨いだことによって更新しなければならないものが多くあるだろう。
そんな、ただでさえ火の車なIS学園に投げ込まれた俺と言う名の
今度菓子折り持ってお礼しに行こう。
「織斑一夏くん、自己紹介お願いできますか?」
そう言って、俺の方を見てにっこりと微笑む山田先生。勿論断る理由はないので、席を立って後ろを振り向く。突き刺さる視線は未だに慣れない。だが、ここに居る以上これはずっと付き纏う。だから、早く慣れるべきだ。
……いや、やっぱ今は無理。失礼だけど全員野菜だと想うことにします。
「初めまして、織斑一夏です。突然放り込まれて右も左も分からない素人ですが、よろしくお願いします」
俺は野菜達に頭を下げて挨拶する。
「はい。よろしくお願いしますね、織斑くん。皆さんも、織斑くんと仲良くしてあげてくださいね〜」
好奇心とは無縁な山田先生の声と態度が身に染みる。この先生がいなかったら俺はきっと死体になってただろう。
席に座り、クラスメイトの自己紹介に耳を傾けながら机を見る。この机一つとっても最新技術の塊であり、その価格は見当もつかないほど高いだろう。つまり、ここはそれだけのお金を投資する価値がある学校ということ。改めて認識すると頭が痛くなってくる。本当にとんでもないところに来てしまった。
俺はここにくる際に、受験などを行ったわけではない。だから忘れてしまわないように、戒めとして何度も思っている。
『ここは大勢の人が行きたくても行けなかった学校なんたぞ』と。
俺はみんなと同じじゃない。言わば国が許した不正入学者だ。本来この席には別の誰かが座っていたのに、俺がたった一度動かしてしまっただけでその席を奪った。きっと、許されることではない。
だから頑張らないと。俺が頑張ることで許されるとは思ってないけど、それでもここで怠けるのだけはダメだ。ここで頑張らなかったら、顔も名前も知らない誰かをさらに侮辱してしまう。
自動扉が開く音が聞こえて、思考が中断する。隙のないブラックスーツに身を包み、張り詰めた緊張感のある空気を全身から出す女傑。普段知っている生活がずぼらな姿は何処へやら。
「諸君、私は織斑千冬だ。一年間君たちの担任であり、主に実機演習を担当する。お前たちを一年間で素人から使い物になる操縦者にするのが私の仕事だ。代表候補生だろうが初の男性操縦者だろうが特別扱いはしない。全員私から見れば素人同然だ。私の言うことはよく聞き、よく理解しろ。分からなかったら分かるまで指導する。逆らってもいいが、言うことは聞け。いいな」
俺のたった1人の肉親……織斑千冬がそこに立っていた。
千冬姉……ここでは織斑先生と呼べと怒られた……が来た瞬間に、教室は歓声で溢れた。織斑先生は世間一般ではアイドルのような扱いをされている、と噂程度で耳にしていたが、実際に見て納得した。初の世界王者というタグは随分人を魅了してやまないらしい。
織斑千冬。ISが世に出回り、兵器としての側面を見出されて10年。その10年の間で2度開催された、IS同士での戦闘を行う世界大会のモンドグロッソ。織斑千冬は第一回モンドグロッソの総合優勝者であり、世界唯一のブリュンヒルデ。しかしその玉座は、2度目の世界大会で崩れ去る。棄権という形で織斑千冬は王者防衛戦から降りた。その理由は、世間では知られていない。だけど、俺は知っている。
その後はISの表舞台から去った。そして、家にあまり帰らなくなった。日本代表だった頃は2週間に1回だったのに、代表を辞めた後は1ヶ月に1回程度。帰ってくる時の服も私服からスーツに変わっていた。だけど、俺は何も言えなかった。なんとなく、そういう事を言わない方がいいと感じ取ったから。
そんな姉がここで教師として働いているとは思いもしなかったが、考えてみれば当然だ。IS学園の実機演習の担当に、姉以上の適任者はそうそういないだろう。
「既に自己紹介も終わったようだな。では授業を始める。教科書の用意をしろ」
授業開始を告げる鐘の音が響いた。
「ぁぁぁぁぁ……疲れた。無理」
バッグを投げ捨てて、ベッドに倒れ込む。急遽割り振られた専用の1人部屋。他の誰かがいないから、存分に羽を伸ばせる。
授業はさっぱり分からなかった。専門用語を専門用語で解説していて、用語集を開いても訳分からん。山田先生が「分からないのは当然ですから、遠慮しないで質問してくださいね」と言ってくれたのが救いだった。入学前の参考書にはあらかた目を通したが、それも付け焼き刃の知識。活用できるかと言われれば否だろう。
それでも泣き言は言っていられない。座学は時間さえかければなんとかなると知っている。だからこの時間に予習と復習を行なって知識の定着さえできれば授業にはなんとか追いつける。
だが、それをできる時間がないことも分かっている。理由は単純、イギリスの代表候補生とISを使って決闘するから。
勝ち目? あるわけがない。今からトレーニングしたところで、1回噛み付けるかどうか。瞬殺されなかったら上出来だろう。そんな戦いを、1週間後に行う。だが、始まってもないのに諦めるわけにはいかない。やれること全部やり切って、使える手を全部使う。そうしないと、同じ戦場にすら立たせてもらえない。
「とりあえずは、情報収集かなぁ」
ベッドから立ち上がり、部屋のPCに向かおうとした瞬間に扉を3回ノックする音が聞こえた。PCへ向かおうとしていた足を扉の方向へ向ける。出鼻を挫かれたようだが、別に来客に罪はない。ただタイミングが悪かっただけだ。
「はい、どちら様で……箒?」
「う、うむ。話すのは久しぶりだな、一夏。部屋、上がっても大丈夫か?」
「勿論。まだ何もない部屋だけどゆっくりしてくれ。緑茶でよかったか?」
「あぁ、頼む。何か手伝うぞ?」
「いや、いいよ。来客にそんなことさせるのは忍びないから、座っててくれ」
箒の背中を押して、生活スペースに強引に押し込んだ後、把握していない簡素な台所でお湯を沸かす。ポッドが鳴らす音が2人だけの部屋に響いて、なぜか少しだけ緊張した。
篠ノ之箒。6年前に別れた幼馴染。俺と同じ、有名人の妹。武人のような口調と態度のせいで分かりにくいが、繊細で傷つきやすい心の持ち主。
お湯が沸いたので、インスタントの緑茶が入ったコップに注ぐ。立ち登る湯気と、緑茶の落ち着く香り。お茶菓子を持ってくるべきだったと、心の中で後悔した。
「久しぶりだな、箒。6年ぶりくらいか?」
「あぁ、それくらいだな。一夏こそ元気そうで何よりだ。千冬さんも元気そうで安心したよ」
そう言って笑う箒。それに釣られて、一夏も笑う。6年経っても2人の距離感は変わらない。
「それにしても、初日で代表候補生に喧嘩を売るとはな。勝ち目はあるのか?」
「う……そこを突かれると痛いな。今の俺に勝ち目は勿論ない。だから、これから作るよ」
久しぶりに見る、一夏の真剣な眼。その眼を見て、『あぁ、これなら大丈夫だ』と箒は感じ取った。確信なんてない。幼馴染の勘というヤツ。
「剣道はどうだ? あれから強くなったか?」
「あ……いや……ごめん、やめたんだ、剣道」
「なっ……!」
バツが悪そうに目と顔を背けて謝る一夏。その言葉に箒は目を見開いて驚愕する。大切な幼馴染と繋がっていた線が既に切れていたなんて、信じられなかった。だが。
「……そうか。何か事情があったのだな。なら、仕方がない」
大事な幼馴染とは、もう一度こうして出会えた。手を伸ばせば触れられる距離なら、いまさら線がなんだって言うのだ。切れてしまったのならばもう一度繋げばいいだけ。
「それより、いろいろ聞かせてくれないか? 私がいなくなったあの日からの一夏達のこと」
「あぁ、なら箒も話してくれよ? 実はお前がいなくなってから結構寂しかったんだ」
2人は就寝時間ギリギリまで話して、お互いの空白の時間を埋め合う。6年間の楽しかったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、苦しかったこと。友達が増えたとか、外国人の友達ができたとか、穏やかに暮らせたとか、学校が楽しかったとか。
なんでもない、過ぎ去った幸福を共有できるこの時間が2人にとって大切なもの。
「俺さ、箒に会えて嬉しかったよ。もう2度と会えないって思ってたからさ」
「私もだ。こうして一夏と普通に話すのが夢だったんだ」
一夏は原作よりも少しだけ聡くて、箒は原作よりも少しだけ冷静です。