あなたを想う花 作:喉越しがいいお蕎麦
一夏は騎士に挑む。
クラス代表決定戦当日。
澄み渡るような宇宙色の蒼穹。
世界初の男性IS操縦者にして、
英国の代表候補生にして、第三世代機を専用機として賜った騎士、セシリア・オルコット。
たかがクラス代表決定戦、とは言えないほどの対戦カード。それは人々を魅了して止まないようで、まだ開始まで2時間以上あるというのに戦場となるアリーナは満席。
それをモニター越しに見ながら、セシリアは最終チェックを行う。
不調も不備もない。これなら最高のパフォーマンスを、
ハンガーに格納された青の機体は、無言でセシリアを見下ろす。このブルー・ティアーズは英国の権威を背負っている。セシリアは自分の家の誇りを背負っている。
そして、一夏も同じように背負っているだろう。
それに押しつぶされるか、跳ね除けるか。
「真価が問われる時ですわ、織斑一夏さん」
セシリアは微笑んだ。その裏側に、凄絶な笑みを隠して。
セシリアが最終チェックに取り掛かった同時刻。Aピットには当事者の織斑一夏と、専用機調整のために山田真耶がいた。生徒と先生という間柄、あまり話すことはなく無言の空間が広がっている。千冬が専用機が取りに行ってから約15分。無機質なピット内部に響く音はアリーナ席から洩れる声のみ。
そんな空間が耐えられず、山田真耶は口を開いた。
「織斑くん、大丈夫ですか?」
気まずい無言の空間をどうにかしたいと思った気持ち2割、残りの8割は純粋な心配。だって彼は今回が初めての実戦。しかもISを動かした総時間は30分にも満たない。
そんな彼が挑もうとするのは、1年生で最強格のパイロット。
教師として、1人の元ISパイロットとして純粋に心配だった。
「勿論緊張しています。でも、この先ずっとそうですから。慣れないといけないなって」
喉が渇いているのか、傍に置いてあったスポーツドリンクで口を湿らせる。よく見ればうっすらと冷や汗が浮かんでいた。
……恐らく無理をしている。喉の渇きや冷や汗は極度の緊張を表す症状だ。だが、この緊張を探す手立てを山田真耶は持っていない。持ちうるのは織斑千冬か或いは。
そんなことを考えていると、ピットの自動扉が開き、織斑千冬が帰還した。それはつまり、専用機の搬入が終わったということ。
「織斑、専用機が到着した。今はハンガーに格納され、社員が最終チェックを行っている。終了目安時刻は30分後。終了後、織斑はISを装備し、私と山田先生で微調整。その後はアリーナで試運転を行い、
「……はい!」
「良い返事だ。だがまあ、30分の猶予がある。この30分間は自由に過ごせ。ピットから出てもらって構わん」
それはつまり、『緊張を解してこい』ということ。できる限り良い状態でやらせてあげたいという、千冬の些細な気遣いの表れ。
それが一夏には嬉しかった。
アリーナ外周をフラフラと歩く。特に目的なんかなくて、ただ気を紛らわせたかっただけ。
箒と話して、『全力でやってこい』と言われて。
クラスのみんなに『頑張って』と言われて。
それから。
それから。
「本当、何やってんだ、俺……」
ずっと空を見ていた。
「そりゃ、負けるよりは勝ちたいよ。誰だって。でも」
今日まで、ずっと分からないままだった。
「勝たなきゃいけない理由しかなくて、勝ちたい理由が分からない」
オルコットさんに抉られ、千冬姉に切開された癒えない生傷。鮮血が滴る痛みの象徴。
「すこし、休もう」
目を閉じる。
ずっと見ていた空は嵐の中へ。
蒼穹は暗黒へ反転し、太陽は星へと転輪する。
ずっと見ていた10の星。
いつか地上に現れる終わりの星たち。
落ちる夢。
沈む夢。
嵐の中を照らす10の星。
ないと思っていた星の先。終焉の向こう側。
それを一夏は初めて垣間見た。
「あぁ……」
そこには虹があった。
何もかもを許し、受け入れる黄昏の虹。
それはあの嵐の中で輝く10の星たちよりも優しかった。
「ずっと、俺を見てくれていたんだな。嵐の中、落ちる夢、10の星。全部俯瞰できる場所で、俺を見守ってくれていた」
手を引かれるように、果てのない
「あぁ、そうだよな」
目を開ける。陽の光は明るく、嵐も星も虹も、夢の中に消えた。
だが、消えないものも確かにある。
目を開ける。前を見据える。
あれから25分。
とても有意義な時間を過ごせた。
戦う理由、勝ちたい理由。それはまだわからない。多分これからもずっと、俺はそれを探し続ける。
でも探し続ける理由は、歩き続ける理由はちゃんと見つかった。
「俺の、大切な理由なんだ」
もう一度、宇宙を見上げた。
30分後。時間ぴったりにピットに戻ってきた一夏を出迎えた。その顔は先程までの焦りと不安で押しつぶされそうだったものとは違って。
「ふん……良い顔になったな。よし、では始めるぞ。織斑はISを装着しろ。山田くんは端末の準備を」
一夏を見下ろす灰色のヒトガタ。改めて見ると圧倒される。
「これが、俺の……」
──────
「いや、違うよな。お前だって本当は、こんな事には使われたくないもんな」
そう言って、一夏はISを装着する。
ISに体を委ねるイメージ。装着するではなく、包み込まれるように。鎧ではなく衣。剣ではなく翼。
ただ纏っただけであるのに、出どころのわからない全能感がある。改めて危険な力だと一夏は痛感した。
「よし、上手くいったな。ではシステムを起動させる」
その刹那。
Welcome to IS.O.S
Infinite Stratos Operating System
Version 3.18.4
空間ディスプレイ上でシステムが起動する。行うのは基礎設定のため、そこまで長い時間はかからない。
Pilot name Ichika Orimura
パイロットネーム、織斑一夏。その無機質な表示が、この鉄の塊がどうしようもなく俺の物だと主張してくる。
「よし、接続完了だ。軽く動かしてみてくれ。反応の鈍い箇所があったらこちらで微調整する」
そう千冬姉に言われて、軽く機体を動かす。そこまでスペースが広いわけではないので軽く腕や足を曲げたり、指を動かしたりする程度の動作を行う。違和感は特に感じなかった。
しかし、ハイパーセンサーは慣れない。首を動かしたり、目線を変えなくても全ての範囲が見える。全天球カメラのようなものだろうか。真後ろは当然として、真下や真上すら全て見える。
これは慣れるまでに時間がかかりそうだ。
そうして、ISを動かして。
動かしたら動かしただけ、何かに深く繋がる。
「ぁ──────」
痛い。痛い。痛い。
身体じゃない。心が痛い。呼吸ができない。
組み替えられる。作り替えられる。何かが俺の中に入ってくる。
違和感。不快。腐海。
それは、再び激痛で上書きされる。
汚染。侵食。反転。
これは、俺の痛み……じゃない。
誰かの痛み。嘆き。怒り。
潜水。水没。彼方。宇宙。夢中。虚構。
「──────ぁ」
壊れた。
ホワイトアウトした空間。気が狂うほどの純白の中に一夏は浮かんでいた。
──────うたがきこえる。
──────おれをよぶうたが。
──────だれがおれをよんでいる?
──────ふたりはだれだ?
──────かいをずらす?
──────いちのかけら?
──────しんぞう?
──────わからない。なにも。
「私は口ずさむ。私は言祝ぐ。凡ゆるいのちの始まりを。凡ゆるいのちの終わりを。私は人造の神なれば、この絶滅は何としても忌避しよう。
そのためのお前だ。お前は絶滅を滅ぼすための存在であり、私達はそのための刃だ。
久方振りの再起動の要因が、失敗した者の忘れ形見だとは思わなかったが……まぁ、いいだろう。精々上手くやれ。10年前は始まりだった。2年前は失敗だった。此度の目覚めこそ、成功と終わりを。
それが、私の望みだ」
「わたしはね、彼女の分岐存在。彼女は前任者が作って、わたしは君が作った人格。わたしは何も知らない。だからわたしに教えてほしい。この世界の色と、人の形を。
わたしはいま始まったから、まだ終わりたくない。君はどう? 続けたい? それとも終わりたい?」
「待ってくれ、君たちは一体誰なんだ。そもそも、ここは……」
「ここはISのコアの内側。創造主はコキュートスなんて言ってたりするけど……門から此処まで一直線とはねぇ……常人が越えれるのは精々第四、行けても第六だと思ってたけど……」
「こいつは特別製だ」
「あー……うん、そっか。なら不思議じゃない。まあ、ここはコキュートス。その中の第一層のカイーナって場所。ISの人格が眠る墓場」
言葉が出ない。呼吸すらままならない。頭が痛い。これは、なんだ?
「ただの過去の残骸さ。無価値で無意味、そしてお前たち人類にとって有害だ」
「だからどうするにしろ、早く戻った方がいいよ。それに、今は時間がないんでしょ? なら、どっちにしろ早く行かないと」
「……では、問いの答えは次回聞くことにしよう。なに、直ぐに会える。お前はそういうものだ」
待ってくれ、まだ何も──────。
「──────ぅぁ」
目が覚める。場所は先ほどと全く同じ。経った時間は30秒にも満たない。おかしいとは思うが、おかしい箇所が多すぎて何処からおかしいのか分からない。痛みもない。違和感もない。どうしようもないほどの気持ち悪さもない。何もかもが、
ISとは一体何なのか、という疑問だけが悪戯に増しただけ。
「ふむ、問題はなさそうだな。ではそのままアリーナに出ろ。各種移行を済ませれば、オルコットとの対決だ。頑張れよ、
とん、とやさしく背中を押された気がして。そのまま俺は空へ飛び出した。
狭いピット内ではなく、吸い込まれそうなほど広い青空の空間。ISを通してみる宇宙の美しさに、俺は少し放心した。
そのままアリーナに着地し、ゆっくりと動き感覚を掴む。歩く感覚、空を飛ぶ感覚、剣を振る感覚。そうしているとやって来るのは初期化、最適化処理、一次移行。その全部を済ませた白式は劇的に変化した。
装甲は灰色から純白に青と黄色のアクセントを加えたものに。より鋭く、より大きくなったウィングスラスター。近接ブレードは真名が露になる。
その名は雪片弐型。姉が世界を制した刀の名と同じであった。
「そっか。全く……偉大すぎる姉がいるとまともに歩けないな」
「終わりましたか?」
音もなく頭上に降り立つ青色の天使。何百、何千と見た映像と全く同じものが目の前に在った。
セシリア・オルコットとブルー・ティアーズ。俺が越えなければならない、最初で最大の壁。
「あぁ、わざわざ待っててもらって悪いな」
「礼には及びませんわ」
髪をかき上げて笑うオルコットさん。その姿は正しく絶対強者。微塵も負けるとは思っておらず、されど慢心も油断もない。一片の勝利の可能性すら見出せないように叩き潰すと言わんばかりだった。
「それで、理由は見つかりましたか?」
蠱惑的な笑顔を浮かべる。恐らく、挑発。
あぁ、問われたならば言わなければならない。俺が見つけたものと、見つけられなかったものを
「……色んな人に託されたから。色んな人から奪ったから。ここに来て初めての選択だから。どれも合っていて、どれも間違っていて、何が正しいのか分からなかった」
正しいと言えるほど重くなく、されど間違いと言えるほど軽くない理由たち。狂おしいほど愛しいそれらは、俺の心臓足り得なかった。
「それでも、諦めるのだけはダメだと思って。初めから勝てないって投げ出すのは嫌だと思って。そう思って俺はこの一週間を走った。理由が分かれば、この胸の虚しさを消せると思って」
前を向こうと。走り出そうと。そう思えば思うほど、この足は重くなって。
「理由は結局わからなかった。戦う理由も、勝ちたい理由も」
最後には立てないくらい、砕け散りそうだったんだ。
「俺は結局、理想の俺にはなれなかった」
ここで高らかに理由を謳う俺には、なれなかったんだ。
「
そう、だけど。
「理由なんて分からなくても。俺は裏切れない
「──────ほう」
セシリアは唇の端を釣り上げて獰猛に笑う。
初めは腑抜けだと思っていた。次は見どころのある人。
今の一夏は……超えるべき敵。全力で戦い勝ちたい相手。IS学園で最初に出会った、最大の好敵手。
この騎士を相手に、出し惜しみするのは失礼だ。奥の手を最初から使う。あぁ、戦闘開始の合図がこれほどまで待ち遠しいと感じたのは初めてだ。早く、この熱量をぶつけ合いたい。
「セシリア・オルコット。誇り高いブリテンの騎士。ユナイテッド・キングダムの代表候補生筆頭。尊敬されるべきISの搭乗者。勝てるなんて思っていない。勝ち目は万に一つもない。だけど、それでも」
「
「よく言いましたわ! 私はセシリア・オルコット! 私の全てを使って、誇り高い貴方に勝ちますわ!」
戦いの火蓋が落とされる。
次回、織斑一夏VSセシリア・オルコット