ヒストリアの兄でございます   作:宇宙最強

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プロローグ02

 

 

 

「ごめんねー、この後用事があるからね。今日はここまで!」

 

 フリーダがそう言って絵本を閉じた。少年はそれを名残惜しそうに感じながらも素直に頷く。

 いつもフリーダは何かしら忙しそうな女性だった。そのため少年たちと毎日会うことはできない。それだけ忙しい身分なのだから、今日は会えただけでも少年にとっては僥倖だったと言える。

 

「姉さん、次はいつ来れるの?」

「んー、あなた達が良い子にしてたらすぐにお話しできるよ」

 

 少年の問いに、少し悩んだ素振りで返すフリーダ。

 これはいつも交わしているやり取りだ。姉はこう言いながらも、そこそこの頻度で会いに来てくれると少年は知っている。

 

「お姉ちゃん、もう帰っちゃうの?」

「ヒストリア、ごめんねー。次は違う絵本を持ってくるから、ね、許して」

 

 そして妹に甘いのもいつも通りだ。

 上目遣いでフリーダを見つめるヒストリアを、彼女はそっと抱きしめた。

 

「じゃあ、約束! 次は王子様が出てくるのが良い!」

「分かったわ。ヒストリアのご希望に沿う絵本を見繕ってくるわね」

 

 フリーダはそう言いながら、横目で少年を見る。

 

「あなたも何か希望ある?」

 

 姉が満面の笑みでそう聞いてくるものだから、少年は少しだけ考えてみた。

 しかし――。

 

「……特にないかな。姉さんが聞かせてくれるものなら何でも良いよ」

 

 ――特に思い浮かばなかった少年の答えは、実に無欲なものだった。

 これは少年が絵本というものの良し悪しを理解できないからだ。

 物語というのは、どれも読み手に刺激を与えるようにできている。少年からしてみれば、どれも絵本の中は新鮮で躍動感溢れるものばかりだった。

 感情に乏しいわけではなく、外の世界を知らないからこそ何でも面白いと思える。それが少年という人間だ。

 

「じゃあ、次はヒストリアのお願いを全面的に考えた絵本にしよっか。そうだなー、毒林檎を食べさせられた女の子の話とか良いかも」

「何それ! 私それが聞きたい! 絶対それがいい!」

「うん、良いよ。それにしよう」

 

 ヒストリアとフリーダが笑い合うと、少年も頷いた。

 

「よし、次の予定も決めたし私は行くわね。二人とも、大好きよ」

 

 最後に少年たちの頬へキスをしたフリーダ。そのまま立ち上がり、お尻に付いた土や草を払う。

 少年とヒストリアもそれに合わせて立ち上がり、柵の所まで見送った。

 

「バイバーイ!」

「またねー!」

 

 それぞれが別れの挨拶をすれば、幸せの時間も終わりを告げる。

 少年はフリーダの後ろ姿が見えなくなるまで手を振り続け、ようやく姿形が消えてから手を下ろした。

 

「仕事に戻ろう、お兄ちゃん」

「……」

 

 ヒストリアは兄の手を取り、幸せそうな顔で微笑んだ。だけど、少年は姉がいる方向をじっと見つめたまま動こうとは思えない。

 彼にとって色のある人生とは、姉がいる世界で生きているということと同義である。決して妹と家業の手伝いをすることが彼の幸福などではなかった。だからこそ、少年は誰よりも感傷に浸ってしまう。さっきまでの幸せな時間を隣にいる妹よりも噛み締めてしまう。それがまるで彼の全てであるかのように。

 

「……こんな生活、いつまで続くんだろうな」

 

 気がつけば少年の口から言葉がこぼれ落ちていた。

 愛もない人間たちのために家業を手伝い、柵の外にも碌に出られない生活。こんな形で生まれ落ちなければ、もっと自由に姉のところへ駆けていけたのだろうか。

 そう思えば悔しくて堪らなかった。自由がない生活に歯痒さを感じてしまう。食って寝るだけの生活になんの意味があるというのか。思考する人間が、家畜同然の生き方をさせられて嬉しいと思えるはずもない。

 

「お兄ちゃん……」

 

 少年の顔を見たヒストリアも気分が沈んだような表情を浮かべた。

 

「……すまん、益体もない会話をした。仕事に戻ろう」

「……うん」

 

 ヒストリアに手を繋がれた少年は踵を返す。

 これからの人生など彼には全く想像もできない。一生ここで働いて、自由の無い生活に勤しまなければいけないのか。それとも、何かしらの転機が訪れて姉と自由に過ごせる人生へと変わるのか。

 今この時、その答えを知る者は一人しかいない。

 

 

 

 

 

 

 日も落ちた時間帯。少年はいそいそと餌付けのための飼料作りをしていた。馬体の手入れも、餌付もできない少年からしてみれば、この時間はこれくらいのことしか出来ないのである。

 そのため、ヒストリアは一人で馬体の手入れを行っていた。動物たちと触れ合う時間を大切にしている妹からしてみれば、今は至福のひと時であろう。動物たちから好かれたことのない少年からしてみれば、その気持ちは理解できなかったが。

 

「そろそろ終わりか?」

 

 不意に、飼料作りをしている少年へ、嗄れた声が投げかけられた。

 建物の入り口部分へと目を走らせれば、そこにはヒストリアの祖父が立っていた。

 

「はい。あと少しで終わります」

「そうか」

 

 仕事のことに関して以外、会話を交わさない歪な関係性。

 少年からしてみても、彼とは血の繋がりもないため別にどうでも良いことだった。老人もそれは同じらしく、少年の態度に感情の起伏を見せたりはしない。近くにあったバケツを手に取った老人はそのまま建物から出て行こうとし、

 

「そうだ。西側の柵に綻びがある。少し直しておいてくれ」

「分かりました」

「……頼んだぞ」

 

 それで要件は全て済んだらしく、老人は今度こそ建物から出て行った。

 少年はそんな老人の後ろ姿をなんの感情も映らない瞳で見送る。決して、姉と別れた時のような感情の色は見せない。

 そのまま飼料作りを再開させた少年は、ものの数十分でそれを終わらせると工具を持って、西側の柵へと足を運ばせた。

 今日中にやれとは言われていないけれど、明日になったら忘れている可能性があるからだ。

 暗がりの中、どこが綻んでいるのか探すのは大変である。とりあえず、一本ずつ触って確かめながら少年は探すことにした。

 

「これか」

 

 10本目あたりに差し掛かった頃、それは見つかった。

 確かに木杭が緩んでいるのと、板材がいくらか剥げ落ちている。この近辺で野獣といったものは出ないため、何者かにやられたか、自然と朽ちてしまったのか。

 板材を手に取って見てみれば、理由は後者であることが分かった。雨のせいで腐食が進んでいたのだろう。西側は馬を放牧するエリアのため、発見が遅れてしまったのだと思った。

 

「念の為、板を持ってきておいて良かった」

 

 少年は手持ちの工具と板材を地面に置き、さっさと修繕作業に入ろうとした。手先が器用な彼は、こういった事をするのが得意だったりする。暗闇の中であろうと、少年であれば一寸違わない位置に釘を打ち込むことができるのだ。

 だがその前に、まずは板材を貼り付けるための木杭をしっかり固定させなければいけない。そのため少年は、木杭を打ち直すのに必要な石が近くに落ちて無いか探すのから始めることにした。

 けれど、数分もした後、少年の足と目線の動きが停止する。

 

(石、やっぱり無いな……)

 

 少年は心の中でそう呟いた、。

 馬の放牧エリアであるため、木杭を打ち直せるだけの大きい石は落ちていないらしい。

 

(外に出れば……)

 

 少年はそう言って柵の外側を見つめた。時間は夜のため一寸先は闇しかない。

 

 ——外に出る。

 

 その行為は生まれてこの方、少年がやったことが無いことだった。

 一度ヒストリアが外に出ようとした際、姉が見たことのない形相で怒ったことがある。それ以降、少年は姉の傷ついた表情を見るのが嫌で、これまで自分から外に出るのを禁じていた。

 だけど、今日改めて感じた気持ちが、少年の中で渦巻く。

 このままで本当にいいのかと。柵に囚われたまま、会いたい姉と自由に会えない生活でいいのかと。

 そう考えれば考えるほど、彼の足は自然と前に進んでいた。喉の渇きを忘れるかのように、額には脂汗が滲んで止まらなかった。

 

「……出、た……」

 

 気がつけば、少年の右足が柵の外に着地していた。すとん、と体の中で何かが軽くなったのが分かる。さっきまで姉に対する罪悪感で溢れていた心も、一気に開放感となって霧散した。

 ——自分は外に出られる——自分は自由の身になれる。

 そんな成功体験とも言えない小さな経験が、彼の全てを軽やかにしたのである。

 

「っ、石を探そう」

 

 我に返った少年が慌てた様子で左足も外に出す。もう彼を縛るものは何一つとして存在しない。今ならばこのまま何処にでも行ける気さえした。

 そんな気分の高揚が、少年の行動をおかしくさせてしまう。ちょっと外に出て石を探すつもりだった少年を、少しずつ外へ外へと出させたのだ。気がつけば、見たこともない村の道中に彼は立っていた。

 

「……やらかしたな」

 

 冷や水を頭に掛けられた思いで少年は呟く。

 今頃、兄の帰還が遅いのに気がついたヒストリアあたりが騒いでるかもしれない。そうなれば、この出来事は姉の耳に入り、彼女を悲しませてしまうことだろう。

 

 ――『んー、あなた達が良い子にしてたら、すぐにお話しできるよ』

 

「――っ」

 

 その強迫観念とも呼べる言葉が、今頃ナイフとなって少年の心に突き刺さった。もう姉と会えないかもしれない。少年からしてみればそれは最悪のシナリオである。

 どうにかして、許してもらう方法を考えねば。

 少年がそう思い、必死で頭を働かせているときだ。少年の耳に村の喧騒が聞こえてきた。

 

「おい、聞いたか! ウォール・ローゼの壁が破壊されたらしいぞ!」

「私はウォール・マリアまでしか陥落してないって聞いたわよ!?」

「嘘だろ!? 巨人は壁をどうにかできるほど力が無いんじゃなかったのか!?」

「もしかして、ここまで巨人が来るってのかい!?」

「嫌、それは無いはずだ! 王政だって何かしらの方策を決めているはず……!」

「うるさい、うるさい、うるさい! どうせどれもデマだよ! 巨人なんてくるはずがない、信じてるあんたらは馬鹿じゃ無いのか!?」

 

 壁が破壊された。

 それは大抵の常識を姉から教えてもらっていた少年でも分かるほど、人類の危機であった。現在、人類は外敵である巨人により活動領域が大幅に制限されている。その内三分の一を取り囲っていたのがウォール・マリアと呼ばれる壁だ。

 もし、最初の男が言っていたようにウォール・ローゼまで破壊されていたら……。

 姉が昔言っていたような事に……。

 

「っ、姉さんはこの事を知っているのか……?」

 

 今日は用事ある日だと言っていた。用事の種類にもよるが、もしかしたら情報の伝達が遅い状況下にいるかもしれない。となれば、姉たちに壁が破壊された情報が伝達されていない可能性があった。

 今こうしている時も、もしかしたらウォール・シーナが陥落するかもしれない。もうこの壁の中は安全とは言えない可能性だってあるのだ。そう考えれば、いち早くここから逃げるための準備なり、戦うための準備なりをしなくてはいけない。

 

「っ!」

 

 少年はさっきまでの罪悪感や絶望感など殴り捨てて走った。

 姉がいつも来るのは牧場から決まって北の方向からである。さらに言えば、その方向に向かってヒストリアの母も仕事に出かける。これらの情報を照らし合わせれば、その方角に姉の生家——つまりレイス家の邸宅があるはずだった。

 だが、それだけで姉の今いる場所などは分からない。

 少年は騒いでいた村人の一人に飛び付く。

 

「ヒィ、だ、誰!?」

「おい! レイス卿の邸宅は何処にある!?」

「急に何を言って——」

「さっさと答えろ! こっちは切羽詰まってるんだよっ!!!」

 

 少年の気迫に押されたのか、村人は怯えながらも一本の指をある方向へと差した。

 

「こ、こっち側の入り口を出て、そのまま整備された道を行けば、つ、つく」

「本当か!?」

「ここで嘘なんかつくもんか!」

 

 なんとも大雑把な道順だが、それだけでも少年は十分だと判断した。

 

「おい、小僧。レイス卿になんの用事かは知らないが、今あの人らは礼拝堂にいるって聞くぜ」

「ああ、村々に近づかないよう言ってたしな」

「……礼拝堂?」

 

 だが、新たな情報が舞い込んできた。

 村々に言っていたと言うのなら、その信憑性は高いと言えるだろう。となれば、姉がいるのはレイス邸宅ではなく礼拝堂という事になる。

 飛びついていた村人をきっと睨めば、さっきと同じ方向を指で指し示した。

 

「礼拝堂はレイス邸の途中にある! さっきと同じ道順だ!」

 

 半分やけが混じったような怒鳴り声が村に響いた。

 少年は「ありがとう」とだけ言い残し、村人から体を離すと、そのまま勢いよく駆け出す。離された村人はそれを呆然とした表情で見つめた。

 

「なんだったんだ、あれ」

「知らないのかお前。アイツだよ、アイツ。牧場の……」

「あぁ、あの黒い噂を聞く兄妹か……なんでそんな奴がレイス卿に」

 

 少年が最後までその会話を聞いていたら、きっと少しは怒りを露わにしたかもしれない。まぁ、それでも少年は姉の身を案じ、徹頭徹尾あいてにはしなかっただろうが。

 

 少年は今まで出したことのない速度で礼拝堂へと繋がるだろう道を駆けていく。耳は風切り音だけが轟き、拍動は次第に激しくなっていった。

 ただそんな状況下でも、少年の頭に浮かぶのはたった一人の姉の笑顔と―――――。

 例え見たこともない巨人が攻めてこようと、少年はその小さな身一つで抗い続けるだろう。彼にとっての全てとは、フリーダ・レイスだけなのだから。




今更ですけど、アニメ勢のかたには馬鹿みたいにネタバレあるかも
アニメがどこまで進んでるか分からないから、なんとも言えませんが。
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