ヒストリアの兄でございます   作:宇宙最強

8 / 9
待たせたなぁ(渋いボイス)
感想は見ています。ネタバレしてしまう可能性があるので返信できませぬが。
くっ。


訓練兵編03

 大分、訓練兵団の過ごしも慣れてき始めた頃の話である。具体的に言えば、3週間が経過しようとした時であろうか。いつものように食堂でフリーダが晩御飯を食べていると、その女は突然話しかけてきた。

 

「あなたの名前フリーダっていうんですか?」

 

 なんとも言えないぎこちない笑顔。人前で作り笑いをするのに慣れたようには思えないくらいに、その表情は硬かった。

 そんな、どこか見覚えのある顔が尋ねてきたが、フリーダは何も答えなかった。正確には口を開こうとはしなかった。誰だか分からない異性に突然話しかけられたからというのもあるが、何故かその少女の笑顔が胡散臭く感じたからだ。

 

「あぁー、すみません。私はサシャって言います。怪しい者じゃありませんよ」

 

 フリーダが沈黙していたせいで、サシャと名乗る少女は気まずくなったのだろう。彼女はまず、自分のことを語り始めた。

 だが、別に彼女のことを知りたい訳でも無かったフリーダは、続けて何かの返事をしようとしない。というよりも、自分も何を喋れば良いのか分からないのである。相手は自分の名前を知っているようだし、自己紹介をするのも変だと思考したのだ。その結果、フリーダはただ黙して、サシャが何故自分に話しかけてきたのか、その要件を聞くことに集中していた。

 そうしてフリーダが何も言わず見つめていると、彼女は突如頬を赤くする。

 少し相手を見過ぎたのかもしれない。

 フリーダは自然と視線を逸らすため、スープをとりあえず一口含んだ。

 すると次は、サシャが目を見開く。どうやらこの行動は間違いだったらしい。フリーダは彼女が何をしたいのかわからないため、今度はきちんと口を開いた。

 

「なんだ?」

「あー……そのー、パンを食べてなかったので、どうしたのかなーと思いまして……」

 

 フリーダは基本的に食事が遅い方なので、パンまでたどり着くのに時間がかかっているだけなのだが、どうやら彼女はそれを狙っているらしい。

 フリーダはそれを理解するとパンを徐に持ち上げた。当然、彼女にあげるためではない。やらないと意思表示する為に食べておこうと思ったのだ。

 

「っ!? くれるんですか!?」

 

 しかし、何を勘違いしたのか、サシャは持ち上げたパンを凝視する。誰もあげるとは言っていないのだが、この娘は食事をもらえて当たり前と思っているのかもしれない。

 フリーダはサシャの切望の眼差しを無視して、己のパンをかじりついた。姉から欲しいと言われたならまだしも、見ず知らずの人間に食料を分け与えるほど、フリーダは優しい人間ではない。最近では、クリスタが同期の間で無償の優しさをふるまっているらしいが、それとこれとは別の話なのである。

 

「んのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 フリーダがパンをかじりついたことが相当嫌だったのか、サシャは机を大きく叩いた。おかげでコップに入っていた水が2割ほど溢れる。

 

「なに騒いでるんだよ、芋女」

 

 騒ぎを聞いて駆けつけたのはコニーであった。フリーダの食事が遅いのを知っている為、手助けを兼ねて寄ってきたのだろう。

 コニーはいまだ悔しそうに唸り声を上げているサシャを小突いた。

 

「いや、フリーダにパンをねだってまして」

 

 彼女は照れ臭そうにそう頬をかく。

 照れ臭いのであれば、最初から乞食のようなことをしなければいいのでは無いだろうか。

 

「また、自分が食う分を増やしてるのかよ。意地汚ぇー」

 

 そうコニーが、心底呆れたように、その場に座りながら苦言を漏らした。

 しかし、サシャはコニーの言葉に首を横にふる。どうやら、自分の食べる分を増やすのが目的では無いらしい。

 

「そういう訳ではありませんよ、別に」

「じゃあ、どういう訳なんだよ」

「フリーダは良く一人で食べているので、一緒に食べてあげようと思ったんです。ほら、食事はみんなで食べると美味しいでしょ?」

 

 今度はサシャが屈託のない笑顔でそう答えた。それは偽物の笑顔なんかではなく、彼女が本来見せる本当の顔なのだろう。

 コニーはその笑顔に驚かされたのか、目を見開き言葉を失っている。他人の食い物を奪うだけの存在と思っていた彼女が、初めて真面な発言をしたのだ。仕様が無い。

 コニーはかぶりを振りながら、こめかみ部分を指で抑えると、苦々しい声でサシャに問いかけた。

 

「……とか言いながら、本当はフリーダが残したのを貰いたいだけだろ?」

「ぎくっ! そ、それも、少しはあるやもしれんけど……」

 

 フリーダとコニーはそのとき思った。

 なんだ、その喋り方は、と。

 

 

 

 

 

 

 サシャ・ブラウスにとってフリーダは寡黙な男だった。

 最初、目についたのは食堂で彼が一人黙々と食事をしているときだ。食堂では、席数が多くないため、自ずと誰かと食事することが普通になる。それなのに、フリーダの周りには人という人はいなかった。いつも一人で喋らず、何より楽しくなさそうに食事を摂っているのだ。そんな姿が印象的で、サシャは自然とフリーダのことを目で追うようになった。

 訓練の時になれば、フリーダが誰かと話すこともあるようだった。主に話しているのは、アルミンやコニー、それに訓練兵の兄貴分ライナーだった。そこまで観察を続ければ、ある程度のことがわかってくる。フリーダは自分から喋りかけることがほとんどないと言うことに。大半は、誰かに話しかけられればそれに受け答えし、必要な時以外は口を閉じていることが多い。事務的といえばいいのか、それとも受動的と表現すればいいのか。なんにしても、フリーダはここの訓練兵とは少し違う空気感を纏っているように見えたのである。いつ

 しかサシャは、そんなフリーダの空気感に吸い寄せられるようになっていた。

 本日の夕食時、ついにサシャは意を決してフリーダに話しかけることにした。

 なんて話しかけようか。

 そんなことすらも考え惑う状態で、それでもサシャの足は止まらない。自分の分の料理を両手で持ち、いつも空席のフリーダの近くへと腰掛ける。それに対する周りの反応は皆無だった。

 何も会話が出来ず、ただ食事を進めていけば、いつの間にかサシャの皿は綺麗な状態で机の上に置かれていた。会話をせずに食事を進めていたせいで、食べることに集中しすぎたのだ。

 ふとフリーダの方へ目を配らせれば、まだ彼は食事を続けている。食べるスピードが猛烈に遅いのか、すでに食べ終わったサシャと比べて、彼のスープ皿はまだ4分の1以上残っていた。さらに、その隣に置かれているパンは手をつけられていない。

 じゅるり。

 気がつけば、サシャはさっきまで苦悩していた第一声を放っていた。

 

 ——あなたの名前フリーダっていうんですか?

 

 そこからのことは成り行きに任せた。

 パンを純粋に欲しいと思ったのでフリーダにねだってもみたし、彼と食事を楽しんでみたいと赤裸々な思いを告げたりもしてみた。途中、コニーが邪険にするような態度で割り込んできたものの、概ねサシャのやり遂げたかったフリーダとの会話は成功で終わったのである。終始、フリーダが笑わなかったのは少し気がかりでもあったが、訓練兵になってからまだ3週間。これから、彼が笑うところを探せばいいとサシャは思った。

 大部屋に戻ったサシャはベッドに腰を落ち着かせ、1日の疲れを取ろうとした。辛い訓練を終えた兵士たちは、いつもこの大部屋で思い思いの過ごし方を満喫している。

 

「おい、芋女。今日あのフリーダと何を話してんだ?」

 

 そう言って近づいてきたのは、クリスタを脇に添えたユミルだった。

 お願い事をされる以外で話しかけられるのは珍しい。少しの警戒心と、多大な懐疑心を胸中に抱きながらサシャはおずおずとした態度でユミルを見る。

 

「えーと……ただの世間話ですかね」

 

 どうしてそんなことを? と付け加えながらサシャは問いかけた。

 

「いや、いつも一人で食ってるあいつに話しかけるなんて、何かやましいことでも考えてるんじゃないかって思ってね。お前のことだ、どうせフリーダの飯でも狙ってたんだろ?」

「ぎくっ、そんなことありませんよ!」

「どうだか。芋女はこう言ってるが、クリスタはどう思う?」

 

 ユミルが冗談半分、されど本気半分といった目でクリスタを見た。

 

「サシャはそんな悪い子じゃないよ。決めつけは良くないと思うな」

 

 相変わらずの神様的対応に、サシャの瞳には後光が差したクリスタが見えた。訓練初日、晩飯抜きを言い渡されたサシャに、水とパンを持ってきてくれた時を彷彿とさせる。

 だが、サシャとは対照的に、クリスタに否定された当のユミルは面白くなかったらしい。けっ、と短く息を吐けば、「良い子ちゃんのフリするなよ」とクリスタの髪を掻き乱した。

 

「でもよ、実際問題フリーダなんて口も開かねー陰気野郎だ。そんな奴とお近づきになりたいなんて物好き以外の何者でもないぞ」

 

 そんなこと、と思わずサシャはユミルへ反論しそうになった。しそうになった、と言うことは途中でサシャの口から言葉が消え失せてしまったのである。

 確かにユミルの言う通り、彼は物静かで周りに関心がないように見える。彼を知りたいと思うのは、まさに物好き以外の何者でもないのだろう。フリーダに関心を持ってしまったサシャも、その物好きの一人であることは否定しようがない。

 だから、

 

「フリーダは悪い人ではないですよ。話しかければ話返してくれますし、寡黙ですけど反応はきちんとくれます。付き合い方が少し特殊なだけで、悪い人じゃないんです」

 

 物好きは物好きなりに、彼のことを理解してあげようと思えた。

 すると、それをユミルの隣で聞いていたクリスタは小さな子供のように笑う。妖艶とは違った扇情性がそれにはあった。

 

「そうだね。兄さんは物静かで、時々怖い時もあるかもしれないけど、あの人はいい人だから……サシャも仲良くしてあげてね」

「……兄さん?」

「そう、フリーダ・レンズは私の兄さんなの」

 

 まさかまさかの大告白に、サシャは思わずギョッと目を見張った。同じく部屋にいる女兵士たちも聞き耳を立てていたのか、それぞれ微妙な顔つきになっている。みんな、目の前にいる誰にでも優しく愛嬌ある女の子が、あのフリーダの肉親であるとは思えないのだろう。エレンとジャンが兄弟と言われた方が、まだいくらか信憑性高い。

 にわかに信じられない事実に、サシャはゆっくりとユミルと顔を合わせるが、彼女はこくりと頷くだけで何も言わなかった。

 

「そうだ、サシャ。兄さんって馬術の補習で旧宿舎の修繕を言い渡されてるの。よかったら、差し入れついでに仲良くしてあげてね」

 

 そう言って差し出されたのは小さなパンと水だった。

 多分、己の兄へ差し入れするために、自身の食事を削っていたのだろう。それは自分で渡すべきです、とサシャが言えばクリスタは小振りに頭を揺らした。反論の暇も与えないその態度に、サシャは渋々とそれらを受け取る。

 

「差し入れは、私からってことを隠して渡してね」

 

 そう言って微笑むクリスタの顔は、先程の笑顔よりも痛ましく、どこか悲しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 

 騒がしい晩だったな、とフリーダは先程のことを思い出しながら宿舎の修繕をしていた。

 別に彼は罰を受けているわけではない。ただ、馬術が絶望的にできないフリーダのため、教官が苦肉の策として出した「補習」を彼は受けているのである。当然、馬術がフリーダレベルでできない人間はいないため、必然的にこの補習は彼一人の仕事となっていた。

 フリーダからしてみれば、ありがたいことだと思っている。

 本来であれば、このような処置をとってもらうことなどできないのであろう。全ての科目において、ある程度の成績を残さなければ、訓練兵団に残存することは許されないのが通説だ。それなのに、フリーダのような特別な訓練兵がいるというだけでも、凄いことだと言える。逆に言えば、これまでのルールを掻い潜ってでも、訓練兵団はフリーダを手元に置いておきたいと考えているのだ。

 カンカンカン。

 フリーダの思考を打ち消すように、木槌の叩く音が外に響く。そうすれば、決まってそこに現れる人物がいた。

 

「また良いかな?」

 

 その声の主はアルミンである。

 彼は宿舎の修繕の際、フリーダが夜遅くまで明かりを灯しているのを良いことに、その明かりで書物を読み耽るのが日課となっていた。

 フリーダからしてみれば、特にアルミンがいて困ることもないので、「ああ」とだけ返す。これも彼の日課であった。

 

「フリーダって変だよね。僕みたいな人間、普通は嫌がると思うのに」

「嫌がって欲しいのか?」

「そういう意味じゃないよ。ただエレンたち以外で、こういう風にしてても何も言ってこない人は初めてだったから」

「そうか」

 

 アルミンがそこまで話すと、彼は明かりを頼りに本を開いた。

 フリーダは一定のリズムで木槌を叩きながら、横目でアルミンが読んでいる本を見る。別に見たいと思って見たわけでなく、なんとなく、そう引き寄せられるように、彼の目線がアルミンの書物へと動いたのだ。

 表紙にある小さな文字を見てみれば、そこには「毒林檎を飲んだ姫」と書かれていた。

 

「……面白いのか?」

 

 気づけば、フリーダの口は動いていた。

 

「え? ああ、うん。面白いよ。最近は息抜きにこういう書物を借りてるんだ」

「毒林檎を飲んだ奴が、息抜きになるのか」

「んー、どうだろうね。人によっては嫌な気持ちになるかもしれない」

 

 ペラペラ。カンカン。

 本を捲る音と、木槌を叩く音が交差する。

 

「フリーダは本とか読まないの?」

 

 アルミンのその質問にフリーダは少しだけ自分の言動を振り返った。

 文字の読み書きを覚えてからと言うもの、彼はあまり本を読んだ記憶がない。妹であったヒストリアは、母親を真似してか暇があれば本を読んだり、それを少年に聞かせたりしてはいた。

 だから、本を読んではいなくとも、そことはかとなく内容だけを知っているものなども多く存在している。

 それに、彼に読み書きを教えた姉も、よく少年に本を読み聞かせていた。

 

「読むことはあまりしないが、内容は知っていたりする」

「へー、誰かに教えてもらったんだね」

「……ああ。よく読み聞かせてくれた」

 

 フリーダの手がそこで止まった。

 

「その本も、読み聞かせてくれると約束していたんだ」

 

 声は小さく、どこか儚げな声音をしていた。

 そんな声をフリーダが発するものだから、アルミンも自然と顔をあげてしまう。彼の瞳に映ったのは、光明が鼻のあたりで止まってしまっているフリーダの顔だった。

 

「そっか、色々とあったんだね」

「……ああ」

「深くは聞かないよ。僕だって人には話せないこと、一つや二つはあるからさ」

 

 二人の声がそこで止まった。最早、ページを捲る音もしなければ、木槌が奏でるメロディも存在しない。ゆらりと揺れる灯りだけが、二人の男を怪しく照らした。

 けれど、そんな時である。

 

「フリィィィダァァァァァァァァァ!!」

 

 突然、背後から女特有の甲高い声が聞こえてきた。

 名前を呼ばれたフリーダは勿論のこと、その近くにいたアルミンも、ギョッとした目で振り返る。

 

「サシャ!?」

「あ、アルミンもいたんですね」

 

 サシャがにへらと力無く笑えば、それとは対照的にアルミンがげんなりとした顔を作った。

 

「そんなことよりも、これですこれ。フリーダに渡そうと思って」

 

 取り出されたのは一つの水とパンだった。それも小さなパンだ。

 笑ってやるべきなのか、それともあえて触れないでおくべきなのか。フリーダがアルミンをすっと見てみれば、彼もどう反応するべきなのか決めあぐねたような表情をしていた。

 

「あ、あのさサシャ。これってどういう……」

 

 そんな中、困り果てているフリーダを見かねたのか、アルミンが助け舟を出した。

 しかし、サシャはそんな状況下にも関わらず、厚顔無恥な態度で胸を張る。

 

「神s……じゃなかった、クリスタからフリーダがいつも古びた宿舎の修繕をさせられていると聞いたので、差し入れです。今日の夕食時、そこまでお話しできませんでしたし」

 

 サシャがフリーダの手をとると、そのまま彼女は自身が握っていたそれらを手渡した。入団式の際、教官の前で堂々と芋を食っていた人間とはとても思えない所業だ。

 フリーダもますます気味が悪くなってきたので、臆さずその理由を尋ねることにした。

 

「なぜ俺に?」

「クリスタのお兄さんだって知ったからですかね。言わば、神様の兄であるフリーダへのお供物です」

「お供物……」

 

 じっとそれらを見つめるフリーダ。

 お供物が水と小さなパンというのは、いかがなものだろうか。

 そんな益体もない感想を内心で漏らしながらも、フリーダはあえて口にすることはしなかった。女の子からいただいた好意は素直に受け取るんだよ、と姉から教えられていたからだ。牧場に住んでいたときも、その言葉を守って、ヒストリアから意味の分からないプレゼントを受け取ったのは苦い思い出である。

 

「え!? そんなことより、フリーダってクリスタのお兄ちゃんだったの!?」

「あれ、アルミンも知らなかったんですか?」

「え、いや、だって、えっ!? 確かに僕はフリーダから家名とか聞いたことなかったけど、そんな素振り見せたことなかったし。というよりも、今まで一緒にいてフリーダの口から妹がいるなんて一度も聞いたことが」

「アルミン、長くなってます」

 

 サシャがそう告げると、アルミンは咄嗟に自身の口を手で押さえるのであった。

 

 

 

 

 

 

「よかったのか、クリスタ? 芋女に差し入れなんて渡して」

 

 ユミルは窓に映るフリーダたちを眺めながら聞いた。

 女子寮からフリーダたちの声は聞こえないながらも、微かに灯る光のおかげで、彼らの動向がよく見える。ユミルの隣に腰掛けているクリスタも、そんな小さく映るだけの兄を、愛おしそうに眺めながら、力ない笑みを浮かべた。

 

「兄さんに友達ができるのは良いことだよ」

「良いことって……本当はお前が話しかけに行きたかったんじゃないのか?」

「私が行っても、兄さんは喜ばないから」

 

 はぁ、とクリスタが窓ガラスに息を吹き掛ければ、それは白い丸となって曇った。今にも落書きできそうな白いキャンバスである。それはまるで白磁器のような美しさを伴っており、哀愁漂う少女の横顔は儚い造形物のように美しい。ユミルはクリスタのそんな姿を、肘をついたまま眺め、次第に諦めがついたようにため息を吐いた。

 

「まあ、クリスタが良いっていうなら私は構わないさ」

 

 特に面白くもなさそうにユミルがそう言うものだから、クリスタも自然と誤魔化すように笑ってしまう。ユミルという少女は、時折他人の核心をついてくるところがあり、クリスタはその度、心臓をギュッと掴まれる思いをしていた。

 けれど、それを踏まえてもユミルはいい子だとクリスタは思っている。いつもはふざけてばかりいるし、口が悪い時もあるけど、クリスタのことを親身になって考えてくれる。

 きっと、ユミルに出会わなければクリスタは兄の喪失感から気が狂っていたかもしれない。

 今もこうして前を向こうと思えるのは、一重に彼女の存在があるからだと、クリスタは確信していた。

 

「いつも心配してくれてありがとう、ユミル」

「……ふん。別にいいさ」

 

 鼻を鳴らしそっぽ向くユミルを、可愛らしいと感じながらクリスタは指を動かす。

 白いキャンバスに描くのは、にっこりとした笑顔のマーク2つだ。それを兄たちがいる外と照らし合わせながら、クリスタは再度窓ガラスを曇らせるのであった。


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