ヒストリアの兄でございます   作:宇宙最強

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お久しぶりです。
えぇ、本当にお久しぶりです。
ストックが溜まってきたので投下します。


訓練兵編04

 本日の訓練は午前中から対人格闘術であった。最近では、立て続けに兵站行進や立体機動が続いたため、体を休めるという配慮がされているのだと思う。この計らいに甘んじている者は、みな適当に力を抜きながら組み手をしていた。

 そんな中、フリーダは本日三人目の相手を探すため周りを見渡していた。さっきまで組んでいた二人の訓練兵を医務室送りにしてしまったためである。

 当然だが、このような野蛮な人間と組みたいと志願する勇者はおらず、誰もフリーダと目を合わせようとしない。体の頑丈さが売りのライナーですら、初回の対人格闘術で医務室送りにされたため、彼と組むことを嫌っていた。

 もし、フリーダが優秀な格闘術でも身につけていれば、相手に怪我をさせることなく綺麗に技を仕掛けられるだろう。だが、生憎彼は技巧の劣った格闘術しか身についていない。全てが実践向けで、覚えている戦い方は効率の良い人体の壊し方と、相手を痛め苦しめる関節技のみである。彼に戦闘術を教えた人間が良くないと言えばそれまでだが、フリーダがその戦い方を改める気がないのも問題であった。

 そんな破壊の申し子のようなフリーダと組みたがるのは、さっさと気を失い訓練をサボろうとするバカか、組み手相手を見つけられずフリーダに捕まってしまう哀れな子羊のみである。

 今は対人格闘術が始まって残り半ばくらいの時間が過ぎており、流石にフリーダの相手をしようと名乗りでる者はいなかった。

 フリーダは仕方がないと思い、教官に組み手相手が見つからないことを報告する。教官からも組み手相手を医務室送りにしていることは何度か苦言を漏らされたが、それでも新しい組み手相手は見繕ってくれるだろうと考えた。

 キース教官は辺りを一周見回すと、二人の少女と少年の名前を呼ぶ。呼ばれた二人は、訓練を一旦中断させて、キース教官とフリーダの元へと駆け寄ってきた。

 呼ばれた少年 アルミンはフリーダの顔を見て表情を曇らせる。なぜ教官に呼ばれたのか察しがついたらしい。

 一方、もう一人の少女 ミカサは何も思わないのか凛とした面持ちでキース教官を見ていた。

 

「こいつの相手をしてやれ、アッカーマン訓練兵」

 

 それだけを言うと、教官は一歩後ろへ下がる。どうやら、フリーダとミカサの組み手を見守るらしい。アルミンも教官の動きに見習い、フリーダとミカサから少し離れた。

 周りの人間がざわつく。同期最強の呼び声高いミカサと破壊の申し子フリーダの組み手である。熱くならない者はいない。

 みな、教官が近くでいるため、体は動かし続けるものの、目線はミカサ達の方へと釘付けにされていた。

 

「よろしく」

 

 ミカサが短く挨拶をして、ファイティングポーズを取る。誰に教えられたわけでもないのに、彼女の構えは熟練された格闘術者を彷彿とさせた。

 対してフリーダは軽く頭を下げると、木製ナイフを持ったまま棒立ち状態で止まる。彼は格闘術の一切を知らないために構えというものを知らなかった。

 熟練された格闘術と、実戦に対応した戦闘術。

 技という面であれば確実に格闘術が勝り、相手に何をするか読ませないという面では戦闘術が勝る。

 フリーダはならず者役として、ミカサに仕掛ける。

 大きく振りかぶられた右手。それをミカサは小振りのジャブで叩き落とそうとする。

 ナイフを持っていたフリーダの右手首に衝撃が走る。早さを重視した拳の威力とは思えない重さ。フリーダの予想を遥かに超えたパワー。

 フリーダはわざとその衝撃に従いナイフを落とすと、ミカサのがら空きになった左脇腹へ本命の蹴りを繰り出した。

 ミカサは反応しない。ジャブを打った体勢で無理やりガードをすれば最悪腕を持っていかれる。

 腹に力を入れ、痛感に耐えるよう唇を固く結ぶ。

 次の瞬間、想像していた何倍もの衝撃がミカサの体に襲う。全身の力を溜め込んで放たれたフリーダの蹴りは、悠々とミカサの体を後方へ吹き飛ばした。

 周りから関心の声が漏れる。近くで見ていたアルミンは、初めて幼なじみが飛ぶシーンを見て瞠目した。

 地面に落ちたミカサは豪快に吹き飛ばされたものの、ダメージが入っていないのか、悠然と立ち上がる。フリーダもそれに特段驚くことはせず、落としたナイフを拾い上げた。

 アルミンは吹き飛ばされたミカサが無傷なのをおかしく思い、先ほどまでミカサが立っていた地面へと視線を落とす。そこには、吹き飛ばされたはずなのに足跡も、地面が擦れた跡も存在していなかった。

 どうやらミカサはフリーダがナイフを落としたのを見て、先に飛び退いていたらしい。結果的にそれがフリーダの蹴りの威力を削ぐこととなり、派手に飛びはしたが、ダメージが入っていないのだろう。

 

「思ったより強い蹴りだった。見事」

「いや、そちらも鋭いジャブだった」

 

 お互いにお互いを褒め合いながら、フリーダとミカサは距離を縮める。ならず者役のフリーダがとどめ刺すところまで追い詰めるか、ナイフを奪われないかしない限り、この組み手は終われない。

 二人は手が届きそうな場所まで接近すると、それぞれが持つ相手を打ち倒すための技を繰り出した——。

 

 

 

 

 

 

 フリーダは夕食の準備である芋の皮むきをしながら考える。今日の朝、対戦したミカサ・アッカーマンという少女に関してだ。

 アッカーマンと言う名を持つからには相当な強さを持つと思っていたが、それでも彼女は女。フリーダは油断していた。やはり、アッカマーン一族は化物しかいないらしい。

 

「おい、フリーダ聞いてるのかよ」

 

 物思いに耽っていたせいか、最近一緒にいることの多いコニーの声が今更ながら耳に入る。

 フリーダはばつが悪そうな表情を浮かべると、「すまん」とだけ呟いた。コニーが話していた内容は、フリーダの頭に一つも入っていないからだ。コニーはそれに対し嫌な顔を作ることはせず、代わりに唇を尖らせる。

 

「フリーダって時々、押し黙る時がありますよねー。何か考え事ですか?」

 

 同じく皮むきをしていたサシャが首を傾げながらそう言った。

 

「少し今日の対人格闘について思い出していた」

「あぁ、ミカサとやり合ったらしいですね」

 

 サシャがフリーダの言葉に同意しながら、再び剥いていた芋へと視線を落とす。口振りから察してもらえるように、彼女はフリーダとミカサの対戦を見ていない。それはコニーも同じで、「俺も見たかったなー」とぶつくさ言い始めた。

 さて、何故この二人がフリーダvsミカサという夢のカードを見られなかったのかと言うと、それは対人格闘術の時間まで遡る。コニーとサシャはふざけていると教官に思われ、一日中走らされていたのだ。しかも、昼食抜きで。

 本人たちには全くふざけていたという自覚がないため、叱ってきた教官へ憤りを感じていた。しかし残念ながら、どれだけコニーやサシャが真面目にしていたと主張しても、第三者から見て、それを同意することができない有様だったのは言うまでもない。

 

「フリーダとの試合が見えなかったのは、コニーのせいですよ! コニーが変な構えしたからです」

「それ、お前が言うか! 鷹のポーズとかいう変な構えしてただろ!」

「あれは歴とした伝統ある構えなんです! コニーのような若輩者には分からないだけです!」

 

 激しく罪をなすり付け合う二人だが、フリーダからすれば五十歩百歩である。お互いに変な構えをしていたのは、格闘術に疎いフリーダでも分かる。

 

「第一、コニーはいつも考えがなさすぎますよ。昨日だって立体機動中にガスの残量みていなかったですし」

「お前は刃の扱い方が雑で、教官に怒られていたけどな」

「あ、それを言いますか!? だったらコニーだって——」

 

 いつの間にか、間にいるフリーダも忘れて二人は罵り合い出した。

 できることなら、目の前にある芋の皮を全て剥いでから口論して欲しいのだが、生憎フリーダに喧嘩の仲裁をできるほどの器量はない。いや、制止させようと思えばさせられるのだが、バカ二人の喧嘩の仲裁はフリーダでも骨が折れるためする気にはなれなかった。

 

「二人とも、そこまでにしよ?」

 

 突然、後ろから二人の口喧嘩を止める者が現れる。

 フリーダはその声の主が誰か察したため、振り向くことはしなかった。

 

「クリスタ! でも……」

 

 サシャは歯切れの悪い言葉を紡ぐ。コニーも、どこか気まずげに顎をそらしていた。

 

「その、悪かったな。言いすぎたよ……」

「いえ、こちらこそすみませんでした……」

 

 互いの非を認め合うことができたのか、二人は芋の皮剥き作業へと戻る。二人がああして白熱した喧嘩をするのは珍しかっただけに、他の取り巻きたちも安堵の声を漏らしていた。

 フリーダはいまだに浴びせられている背後の視線にあえて気づかないふりをしながら、剥き終わった芋を水の入った樽へと放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

「やっぱりフリーダはすげぇな。いやー、ミカサとあんないい勝負するなんて」

 

 そう子供のようにはしゃいだのはミカサの隣に並び立つエレンである。数刻前の対人格闘術のことを思い出しながら、腕をびしばしと前に出しては頬を綻ばせていた。

 ミカサはそんな純粋なエレンの姿を見て、ふと数週間前のことを思い出す。

 ——そう、フリーダ・レンズは私の兄さんなの。

 衝撃の告白に、あの時の女子寮は微妙な空気に囚われていた。

「兄」という単語は誰にだって分かる。クリスタとフリーダが兄妹だという情報は、すでにあの日を境に訓練兵団中に広まりつつあった。

 それと同じくして、フリーダとクリスタの不仲説も兵士間で囁かれている。なんでも、フリーダとクリスタが会話をしているところを、誰一人として見たことがないらしいからだ。

 噂の信憑性は置いておくとしても、ミカサ自身、確かにフリーダとクリスタが仲良くしているところを見たことがない。食事だって、二人は別々に摂っているし、訓練中も事務的会話すらしていないのを見る。

 家族という存在に、特に思い入れ深いミカサにとって、フリーダとクリスタの関係性は薄気味悪いものでしかなかった。

 

「ねぇ、エレン」

 

 ミカサは隣で今も興奮を隠せていないエレンに話しかけた。

 どこか雰囲気のおかしいミカサに気が付いたのか、エレンは眉間に縦しわを作る。

 

「なんだよ、急に真面目な声だして」

「エレンは家族と話せない状況をどう思う?」

「あぁ? なんだそれ。謎かけか何かか?」

 

 彼にとっては要領を得ない質問だったのか、エレンは不思議そうに首を傾げた。

 だが残念なことに、ミカサの質問は謎かけでもなければお遊びでもない。漠然とした質問ながらも、その中には彼女なりに憂いが混じっている。

 

「そうじゃない。ただ、家族と話が出来ないことをどう思うのか純粋に聞いてる」

 

 改まってミカサがそう言ったものだからか、エレンは「あー」と思慮深い声を出した。

 

「そりゃ、悲しいに決まってるだろ……俺だって父さんや母さんともっと話したいことがあった」

「そう……」

「お前だって同じだろ?」

「……」

 

 エレンの問いかけにミカサは何も言わず、ただ頷いた。

 家族と二度の別れ。

 一度目は人攫いの男たちによって殺され、二度目は巨人に食われて死んだ。どちらもミカサの目の前で家族は死んでいく。みんながみんな、彼女の存命を願いながら死んでいく。

 家族が死ぬのはいつも唐突だ。もっと話をしていればよかったな、と思うのはいつも手遅れになってからだ。

 失って気づいてからは遅いこともある。いや、この世界の大半は失ってしか気づけないのかもしれない。家族の尊さも、日常の幸福も、眩い光だってそうだ。

 気づいてからでは遅いのだ。

 

「やっぱりだめ」

 

 ミカサが自然と言葉を溢せば、それに合わせて彼女の体は踵を返した。

 家族を二度も失った人間として、フリーダとクリスタの問題を見過ごそうとは思えない。家族は共にあるべきだ、と。理想論かつ夢物語が彼女の頭の中で浮かんでは膨れる。

 他人が介入するべき問題ごとではないのかもしれない。

 踏み込んではいけない領域があるのかもしれない。

 それでもミカサは、己の行動が間違っていないと信じることにした。

 

「エレン、ごめんなさい。私は少し寄るところがある」

「……それ、別に謝ることじゃないだろ?」

「そうかもしれない。ありがとう」

 

 ミカサがそう言えば、「別に感謝することでもねーよ」とエレンは告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 芋の皮むきも終わり、あとはスープとして煮込むだけとなった。フリーダは料理当番のため、その最後の工程まで面倒をみなければいけない。フリーダ以外の訓練兵は居らず、さっきまでいた人たちは皆んな思い思いに休憩していた。

 こうしてスープを煮込んでいると、フリーダの脳裏に牧場で住んでいたときの記憶が蘇る。朝起きて、妹の顔を見、朝食のシチューを作る。一連の流れとして確立されていたルーティンは、あの日以降一度も行われていない。それなのに、姉に教えてもらったシチューの作り方だけは、脳裏に焼き付いて取れそうになかった。

 

「何をしているの?」

 

 その言葉と共に、調理室へと入ってきたのはミカサ・アッカーマンだった。

 フリーダはいささか驚いたように目尻を上げるも、すぐさま何でもないように戻す。ミカサから話しかけてくること自体、フリーダにとって稀な出来事だった。

 

「スープを煮込んでいる」

 

 フリーダがそう言えば、ミカサは静かに目を伏せて、今し方、自身が入ってきた扉を閉める。

 

「クリスタの兄だと……アルミンから聞いた」

 

 放たれた言葉はシンプルで、誰でも理解できるような構文だ。

 フリーダは頭の中で考えることもせず、「そうか」とだけミカサに返す。

 

「なぜ、妹と話さないの?」

「……」

 

 しかし、次の質問には沈黙で返した。

 なぜ妹と話さないのか。

 それはユミルからも聞かれた言葉であるし、それは今でも一部の訓練兵から度々問われていることである。フリーダからしてみれば、他人に話せない内容が多分に含まれているため、理由を教えるつもりはなかった。

 

「困ったら口を閉じる。アルミンから聞いた通り」

 

 そう言われても尚、フリーダの口が動くことはない。

 

「家族は大事にするべき。あなたとクリスタの間に何があったかは知らないけど、たった一人の家族……なんだと思う。クリスタはいい子だし、あなたもエレンを助けてくれた、悪い人じゃない。アルミンだってあなたに気を許している」

 

 少々、文言がおかしくなりつつあるとフリーダは思った。ミカサの中でも、どのようにして言葉を紡げばいいのか、未だに模索している最中なのだろう。彼女の言った通り、ミカサはフリーダのことが分からないし、フリーダはミカサのことが分からない。ただ、家族を失ったと言う痛みだけが、なんとなく二人の中で共通認識として流れているようだった。

 ふと、ミカサの視線がフリーダの瞳から逸れた。フリーダはその視線を這うように合わせると、いつの間にか玉杓子を握る力が強まっていたことに気がつく。何故ここまで自身の力が入っているのか分からないが、ミカサの言葉がどこか自分の琴線に触れたのだろうと思った。

 

「俺には……やるべきことがある」

 

 ぽつりとフリーダが呟く。

 

「それは妹よりも大切なこと?」

「……」

「家族を切り捨ててでも、成し遂げるべきことがあるの?」

 

 ミカサの瞳を、じっと冷めた眼差しで射抜きながらフリーダは口を開けた。

 

「昔、ある老人が言っていた。『何かを変えることのできる人間は、何かを捨てることができる人間だ』と。『化け物を凌ぐ必要に迫られたのなら、人間性をも捨て去ることができる人のことだ』と」

 

「それに」とフリーダはさらに続けそうになるも、これは言わなくていいことだと頭を振る。今の妹は別人など、誰にも言えることではなかった。

 ミカサは何かを言い淀んだフリーダに、一瞬だけ怪訝な表情をするも、直様いつもの無表情へと戻した。

 

「……そう。あなたはどこかエレンと似ている」

「?」

 

 マフラーに顔を埋めるようにして、ミカサは自然と視線を横に流す。

 

「エレンには夢がある。今は話さなくなったけど……多分まだそれを追い求めている。その夢を追いかけている時のエレンは誰にも止められない。あなたと同じ」

「……」

「でもこれだけは覚えておいてほしい。家族はいつ失われるか分からない。話せる時に話しておいた方がいい。あなたならまだ間に合うから」

 

 それだけを告げ終えると、彼女は静かに調理場を後にした。

 残るのは重たく冷たい静寂と、それを身に纏う一人の少年のみ。ミカサの言ったことを頭の中で反芻させながら、フリーダは一人小さな息を漏らす。

 家族を失う痛みを知っているのは何もミカサだけじゃない。フリーダも、その辛さを嫌というほど味わっている。

 目の前で大切なものが殺される苦痛。それに対し、何もできなかったという不甲斐なさ。全てが黒い感情となって己の胸で渦巻き、次第に吐き気のする憎悪となって体外へと放出される。

 それが向かう先はなんなのか。そんなものフリーダには分からない。

 ただ姉の死後誓った「巨人になれる男への復讐」と「妹()()()者への苦悩」は、どうもフリーダの中で噛み合わずにいた。

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