ろくでなし東方   作:ほろ酔いちゃん

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いろいろ忙しく、久しぶりです。
登場人物が増えてくると賑やかですね。


傍迷惑

 

「そろそろ起きたらどうだ」

「……慧音?」

 

何故お前がここに。

深酒をしてヘベレケになった翌朝、深い眠りから私を起こしてくれたのは素敵な王子様なんかじゃなくただの慧音だった。

体を起こそうとすると鈍い頭痛がする。

いててて……。

あぁ、また酷い飲み方をしたんだな。

布団の周りに一升瓶が何本も横たわっている。

気持ちが悪い。

吐き気もするし。

何でこんなに呑んだんだっけか……。

 

「おはよう」

「おはよう……って、なんで私の家に」

 

これは当たり前の質問。

というかここ最近、枕元に誰かがいるっていう事が多すぎる。

幽香だったり慧音だったりさ。

心臓に悪いから是非ともやめてもらいたい。

 

「話がある」

 

私には無い。

言わせてもらうが、慧音には話が多過ぎるんじゃなかろうか。

私にも一つぐらいくれ。

というか、朝目が覚めてすぐしなきゃいけない話ってなんだよ。

昼からでもいいだろうに。

 

「とりあえず顔を洗ってくるといい」

「……ああ」

 

これはデジャビュ。

以前は顔を洗いに外に出て酷い目にあった。

まあ、この前と違って外はふんわりと静かだし、枕元にいるのは慧音だし。

心配は無かろう。

水を汲む場所も教えてもらった。

玄関を出て右に30メートルの所に井戸がある。

私はそこに向かい、二日酔いの倦怠感を落とすようにバシャバシャと顔を洗った。

水が程よく冷たくて気持ちいい。

空を見ると、日はまだ浅かった。

とても早起きをしてしまった。

どうりで眠い。

しかしまぁ、静かな朝ってのもなんだか良いね。

 

「朝飯だ。大した物ではないが」

「……ほほぅ。これはなかなか」

 

家に戻ると、ちゃぶ台の上に食事が用意されていた。

しかも散らかっていた酒瓶やら布団やらは全部片付けられていた。

さては慧音、できる妻になれるな。

時刻はおよそ六時。

少し早めの朝ごはんだ。

 

「いただきまーす」

 

手を合わせてそう呟く。

献立は野菜の和物に味噌汁。

そこに三色の漬物が彩りを加える。

手始めに味噌汁を軽く啜ると、鼻の奥にフワッと出汁の香りが通る。

おぉ、うまい。

これは何ともあっさりしていて、実に二日酔いのくたびれた胃に優しい。

十分大した物だ。

 

「昨日は酒を呑んだのか」

「あぁ」

「呑みすぎだ。あんなに散らかして……」

「あぁ」

「そもそも人間の肝臓というのはだな」

「あぁ」

 

ご飯を頬張りながら適当に返事をする。

慧音の説教癖はかなりの物だからだ。

面倒見がいいと言えば聞こえはいいだろうか。

しかし、靴下の柄が揃ってないからって何十分と説教されてはたまらないだろ?

苦い思い出を消すために紫色の漬物を一つ齧った。

慧音は続ける。

 

「どうだ。花屋は順調か?」

「全く。客っ子一人こない」

 

理由は説明するまでも無い。

どうにもこの店の来客は慧音だけだ。

それと時折の子供たちか。

どういう神経をしてるのか、子供らは何を買うでもなく店の中で(たむろ)している。

くれぐれも幽香には近寄らないよう重々注意してるんだが、そもそも私に近づくなと言われているらしい。

当然納得はしていない。

 

「それで、本題だ」

 

佇まいを直して、慧音は言った。

正座で、手を膝にやって。

その口調はやけに重々しかった。

厳粛な雰囲気は、これから言わんとする事がいかに大事かという事を物語っている。

 

「貴子、寺子屋で教師をやってみないか?」

「……え?」

 

漬物が、ぽろりと箸から落ちた。

私のことを見つめる慧音の瞳はいつになく綺麗で、そして真っ直ぐだった。

唐突な申出。

なんの冗談だよ――そう言おうとして、あぁそういや慧音はそういう冗談は絶対に言わないんだよな、と思い出した。

 

「どうだ?」

「どうだって言われても……」

「貴子なら向いてると思うぞ。喋るのも得意だろ?」

「どこが。私はな、子供が大の苦手なんだよ」

「子供たちはお前の事が大好きだぞ」

 

湯呑みに手をかけ、楽しそうに話す慧音。

何が面白いのか分からないが、多分私からすれば面白くないことだ。

教師……。

私の持論に過ぎないが、言わせてもらいたい。

寺子屋の教師なんていう立派なものは、立派な奴がやればいい。

私が人に物を教えれる立場か。

特に、子供相手に。

 

「お前に頼むのには訳がある」

「嫌だ」

「お前に教えて貰いたい事があるんだ」

「嫌だ」

「それは私じゃ教えられない」

「嫌だ」

 

嫌だ嫌だ攻撃を喰らって、不愉快そうに眉間に皺を寄せる慧音。

そこで私は、慧音がこういうおふざけをとことん嫌うのも思い出した。

諌めるような視線で私のことを見てくる。

これ以上は頭突きが飛んでくるので止めよう。

 

「お前は私が知らないことを沢山知っているだろ?」

「何のことだ。美味い酒の飲み方か」

「それを知らないのはお前だ。そうじゃない」

「あのなぁ、私は文字の読み書きすら怪しいんだぞ」

「そうか」

「そんな奴に出来ることがあるなら、それこそ教えてほしいくらいだ」

「大丈夫だ。文字は使わなくていい」

「それでも教えられることなんて無い」

 

私がそういうと、慧音は少し黙った。

少し俯きながら、唇を窄めている。

湯呑みをちゃぶ台に置いて、慧音はさっきまでとは全く違う暗い顔をあげた。

しまった。要らぬ戸を引いたか。

 

「ここ最近、妖怪が人間を襲う事が減った」

「減った?いい事じゃないか」

 

だが、と前置きして慧音。

 

「子供が喰われる事が増えた」

「……それは、一体」

「スペルカードルールの制定による悲劇だな」

 

2回ほど乾いた咳払いをして、慧音はまたお茶を啜った。

フッと笑みを浮かべているが、その顔に楽しげな色は無い。

どんな馬鹿でも、慧音が心の底から湧き出る悲しい気持ちを堪えようとしてるのがわかる。

 

「お前に教えて欲しいのはな、貴子……妖怪から身を守る術だ」

「……それを子供に教えてどうなる」

「長生きできる」

 

淀みなくいっているが、その考えはどうだろうか。

こじつけでは無いか?

 

「妖怪に対する知識をこの里で一番知ってるのはお前なんだ」

「子供に何を叩き込んだって、妖怪に会えば死ぬだろ」

「そうだな」

「だから、それを教えてどうなるっていうんだよ!」

 

私は箸を置いて強めの口調で言った。

言ってしまった。

ほとほと嫌になる。

悪い癖だ。

反響音だけが私の耳を嫌味のように通り抜ける。

しかし案外慧音は落ち着いていた。

 

「知る事に、どれだけの価値があるのだろうな」

「知らん。だが、妖怪云々なんて里の外に出ないよう注意すれば済む話だろ」

「人里に妖怪を連れてきた張本人が言えた口か?」

「連れてこられたんだよ」

「同じ事だ」

「……ともかく、私はやらないぞ!」

 

 

 

 

「さあ皆席につけ。大事な話をするからよく聞くこと……さて、今日から一人、先生が増える事となりました」

 

寺子屋で、生徒たちは行儀良く慧音の話を聞いている。

皆の前で話す慧音は、絵に描いたような明朗快活だった。

 

「新任の、貴子先生でーす」

「…………」

 

慧音はパチパチと拍手をしながら貴子を呼んだ。

呼ばれた貴子は教室の入り口からゆっくりと中へ入った。

歓迎されるような雰囲気はまるで無かった。

 

「せっかくだし自己紹介してもらおうか。質問のある者は挙手を」

 

慧音がそういうと、何人かの、見るからにヤンチャそうな男子たちが手を挙げた。

他に手を挙げるものはおらず、そのうちの一人が慧音に指名された。

生徒は立ち上がり、貴子を指差しこう言った。

なんで他所者がいるんですか、と。

嫌味ったらしく。

それはそれは憎たらしく。

無礼な質問に、慧音が怒鳴る。

 

「こら!何を言うか!」

「慧音」

「……貴子」

 

慧音の顔前にサッと手を出し黙らせる貴子。

何の考えがあるのか、その目には力があった。

それを汲み取って、心配そうな顔をしながらも慧音は黙った。

 

大きな声で笑っているその男子に、歩いて近づく。

一歩二歩と間合いを詰め、その生徒が座っている席の正面に立った。

「な、なんだよ」と、たじろぐ生徒。

貴子はニッコリと笑って――

恐ろしい強さのデコピンをした。

 

「っいってぇぇえ!」

 

風船を割った様な勢いのある音が鳴る。

貴子は鼻で笑ってタバコを咥え、その先っちょに勢いよく火をつけた。

 

「……ふう。貴子だ。今日からお前らの先生をやらしてもらうがその前に一つ教えとくよ。妖怪とか関係なく、長生きするコツはたった一つだ。自分より強い奴を決して怒らせるな」

 

年甲斐もなく完全無欠のドヤ顔で、貴子は言った。

 

(決まった……ツカミは完璧だ。うんうん、ん?)

 

貴子は自己賞賛から現実に戻り、背後にある一つの気配に気づく。

そこにいたのは勿論慧音である。

 

「貴子……」

「今日からよろしくお願いしますね。慧音先生」

「いきなり子供に手を出す馬鹿がいるか!!!」

「え?あっちょっまっ、ぎゃああぁあ!!!」

 

爆弾が炸裂した様な破壊力のある音が鳴った。

私の額から。

プスプスと煙を上げながらぶっ倒れた私は、身をもって『自分より強い奴を怒らせるな』という教えを実証してしまったのであった。

 

 

 

「貴子には昼から授業をしてもらうから、午前は私の授業を見ていると良い」

 

朝礼が終わった後、慧音は私にそう言った。

生徒にデコピンして怒られた後「寺子屋でタバコを吸うな!」ともう一発頭突きを喰らったので、頭はボコボコに腫れている。

その一連を見て格下と判断したのか、何人かの生徒が私の方に寄ってきてはコケにしたような笑いを浮かべて去っていった。

腹立たしいことこの上なしだ。

 

今は慧音が国語の授業をしている所だった。

慧音の後に続き、生徒たちが声を合わせて何かの詩を音読している。

私はその最後列で、あぐらをかきながら壁にもたれていた。

なにせ呼んでいる内容はチンプンカンプンだ。

フランス語でも読んでるのか。

そんなチンプンカンプンな呪文を延々聞かされているわけで、まぁとんでもなく眠い……。

こんな内容を今時の子供は身につけているのか。

『国破れて山河あり』だの『隴西の李徴は博学才穎』だの。

もっと楽しい事を勉強すればいいのに。

別に私がアンチエリート主義な訳じゃ無い。

ただ、小さい時から小難しい事を考えたって頭でっかちになるだけだろう。

知識ばっか蓄えたつまらない奴を私は何人も知ってるぞ。

そもそも子供っていうのはなぁ……。

 

 

「先生、貴子が寝てまーす」

「何だって?」

「……zzZ」

「全く……」

 

立ち上がり教室の後ろの方へ行く慧音。

生徒たちがクスクスと笑っている。

慧音は貴子の耳元に近づき、ボソッと囁いた。

 

「風見優香」

「っはぁ!何処に!」

「おはよう」

「あ、慧音」

「『あ、慧音』じゃ無いだろ!」

 

ゴツン!という音。

本日三度目の頭突き。

二日酔いよりよっぽど痛い。

教室に、大きな笑いが巻き起こった。

 

 

「全くお前という奴は……どうしてアーダコーダ」

 

昼休み。

慧音含め二人の寺子屋で働く教師が使う部屋で、貴子はお説教されていた。

正座で三十分ほど、ガミガミクドクドと。

何処ぞの閻魔といい勝負だと、貴子は内心毒づいた。

 

「それで、授業のやり方はわかったのか?」

「まあ、だいたい」

「昼からはお前がやるんだぞ?大丈夫か」

「任しておけと、言っておく」

「言うだけならば容易きことを、だぞ」

「へいへい」

「……頼んだぞ。大事な事だ」

「分かってるさ。その代わり……」

「何だ?」

「あくまで私のやり方でやらせてもらう」

「……生徒に悪影響の無いなら構わないが」

「当たり前田のクラッカー」

「なら、その右手を開いてみろ」

「み、右手?」

「白々しいぞ!」

 

慧音がガシッと貴子の右手首を掴む。

勢いそのまま、貴子の手からポロッと何かが落ちた。

それは一冊の本であった。

タイトルは、『まいっちんぐマチコ先生』である。

 

「古い!」

「な、なんだと!?」

「今時の子供がそんな漫画読むか!」

「この名作になんて事を!」

 

そこからやいのやいのと騒ぎは広がり、生徒たちが見物しに来たところで、またまた貴子は頭突きを喰らうのであった。

 

 

「さてと……何から始めたもんか」

 

教師用の机に両手をついて、貴子は言った。

記念すべき第一回の授業の、第一句だった。

 

「改めて自己紹介をしよう。妖怪について教える事となった、貴子だ」

 

不思議なことに、教室は静かであった。

慧音が授業をしている時よりもだ。

 

「妖怪について教えると言ったが、まずは皆に質問だ。君たちは妖怪について、どれぐらい知ってる?」

 

最前列右手の、大人しそうな女子に応えさせた。

「……怖いモノです」と、細い声で女子は答えた。

 

「なるほど。確かに怖い。そこの丸坊主君は?」

 

体を反転させ、後ろの方に座っていた男子を指さした。

「近寄っちゃいけないモノ!」と元気よく男子は返した。

 

「そうだな。そりゃ近寄っちゃダメだなぁ」

 

ウンウンと頷きながら、貴子はその言葉を何回か反芻した。

そして最後に、肩肘を着きながら話を聞いていた、教室の中で一番綺麗な服を着ていた男子を指さした。

 

「そこのガキ。お前は?」

 

唐突な貴子の暴言に全員がギョッとする。

その男子は、午前に貴子からデコピンをされた者であり、また教室のカーストで中心的人物でもあったからだ。

貴子とその男子以外が狼狽えている。

指名され、まるで準備していたかのように、貴子を指差して男子はツラツラと答えた。

 

「お前のことだろ」

 

教室が、誰もいないかのように静かになる。

全員が貴子の返事を恐ろしく思った。

今朝の出来事からすれば、今度はタダじゃ済まないと思ったからだ。

しかし意外にも、貴子の反応は落ち着いていた。

 

「そうだな。全員正解だ。そして、全員不正解だ」

 

どよめく教室。

生徒たちが顔を見合わせて、何を言ってるんだコイツはという雰囲気を醸す。

そんな事は全く気にせず、貴子は続けた。

 

「妖怪に会えば君たちは殺される。それは間違いない。ただな……」

 

三泊置いて、世間話のようにアッサリと貴子は続けた。

 

「やろうと思えば私にだって殺せるぞ。全員をな」

 

教室がまたまた静かになった。

今度は、冷たい空気だった。

あくまでも教師、自分たちを守るはずの存在が、私たちを殺すと(のたま)っているから。

そこで改めて思い出す。

コイツは風見幽香の縁者だった、と。

何人かの生徒は慧音を呼びに行こうかと考えた。

しかし、その勇気すら湧かなかった。

教壇から明確な、殺気を感じたから。

 

「……とまあ、こんな風に君達を怖がらすために来た訳じゃ無い。私が言いたいのはな?」

 

殺気が無くなったのを受けて、強ばらせていた肩の力を抜く者が多数。

止まっていた呼吸を取り戻す者がチラホラ。

貴子のことを睨む者が一人。

 

「君たちは、生きる事を当たり前だと思いすぎだ。自分が今日死ぬかも、なんて思っている奴がここにいたか?多分、明日も生きられるのが当たり前、何故なら自分は死なないから。そう思ってるんだ」

 

十人十色の反応を示していた全員が首を揃えて貴子の方を向き、ゴクリと息を呑んだ。

そうさせる不思議な圧力があった。

 

「言っとくが死ぬぞ、ここにいる全員。どう死ぬかはわからんがな」

 

勢いよく貴子は立ち上がった。

語り口は熱を帯びていく。

 

「人里で飢饉が起きただろ?腹が空くのは辛いよな。美味しいものを食べるってのは、そりゃ幸せな事だ。それは妖怪も一緒。君たちを食い殺して心の底から幸せを感じる」

 

一人一人の耳にねじ込むように、激しく語る貴子。

生徒の中には、気分を悪くして俯く者がいた。

しかし、何のことやらと平気な顔をしている者もいた。

 

「だから理解してくれ。人は死ぬんだ。他人事じゃ無い。死ぬって事は身近なんだよ……それじゃあ、始めようか」

 

重い雰囲気のまま、授業は始まった。

 

「……頭突きはやめとくかな」

 

不穏な空気を察知し、教室のドアから中を除いていた慧音はそう言って、どこかへ去っていった。

 

 

 

夕方、寺子屋初日の業務を乗り越えて貴子は帰路についていた。

ラスト一本のタバコを名残惜しく咥えながら、のそりのそりと歩いている。

貴子は町の往来を歩くのが嫌いだった。

 

「そんなに怖いかね。同じ人間だってのに」

 

貴子が歩く道は、どこも静かだった。

別に裏路地を歩いている訳じゃない。

里の大通りだ。なのに人があまりにも少ない。

あからさまに賑やかさが失われている。

一番近い道がここじゃなければ、絶対にこんな所通らないのに。

 

「……嫌な気分だ」

 

そう呟く貴子の耳へ聞こえるのは、まるで罵倒してくるかのようなカラスの鳴き声と雪駄で歩く貴子の足音のみ。

白い煙を伴って吐き出された吐息が、やけに寂しい。

いつまでこんな所居なきゃいけないんだ。

そういう気持ちになってくると尚更、頭にのっかかっている忌々しいコサージュが重たかった。

風見幽香……。

アイツのせいだ。

しばらくは外れ街でゆっくり暮らそうと思ってたのに、アイツが家ごとこんな所に運んでくるから。

私を殺そうともしたし、命も危ぶんでいる。

私は人里には来たくなかった。

歓迎される訳ないから。

何処の店に寄ったって、逆さ箒が壁に立てかけられている。

飯を頼めばお茶漬けが出てくる。

人里のいい所は、安全で飯が美味くて人が多いという事。

それが今はどうだ。

石ころは飛んでくるし、人里の飯は食えないし、人っ子一人いちゃいない。

するってぇと、ここは地獄って奴か?

ビックリ、私は生き返ったはずなんだがな。

どういう訳か、死ぬ前よりも死にたいよ。

……逃げようか。

そう考えて、すぐに無理だとわかる。

風見幽香がいるのだから。

アイツがこの里に拘る理由は分からない。

生まれた町でもないだろうに、花屋を開くと言って聞かなかった。

そんな幽香に振り回される私ができる事といえば、苦し紛れの溜息を吐くことくらいだろうか。

慧音は努めて私と仲良くしようとしてくれる。

本当は風見幽香を暴れさせない為だって事くらい、私にでも分かるのに。

 

「……これが、人里かい」

 

外れ町の方が、よっぽど良かった。

少なくともあそこには、差別や打算なんて無かった。

嫌いな奴を嫌いと言って、ぶん殴ったってよかったさ。

私はここに住める人間じゃない。

寺子屋の教師なんてやったって、一体何が変わる。

長生きできる?

妖怪から身を守れる?

そんなのは全部理想論だ。

夢物語ともいう。

私みたいな妖怪退治の専門家だって、気を抜けば木っ端妖怪に食われるのがザラなんだ。

それを子供がどう足掻いたって……。

いや、子供だけじゃない。

ここにいる大人だって、一度妖怪と出会えばそれで終わりだ。

抵抗の余地も甲斐も無い。

死ぬ。

たとえどんな事を企もうと死ぬ時は死ぬ。

だのに妖怪のことを学んだって結局無駄な事だろ?

やりたくもない教師なんてやらせないで、いっそ一人にしておいてくれ。

行き帰りの道が、どれだけ辛いかを分かってくれ。

見渡す限りの軒並みが全部戸に鍵を閉めてる辛さを、理解してくれ……。

 

「……やっぱり辞めよう。寺子屋の教師なんて」

 

そうこう言っているうちに、輝く住宅の連なりで一軒だけポツンと浮いているボロ屋に着いた。

立て付けの悪い引き戸を開けると、畳を敷いてある居間で、こんな幽霊家屋にはまったく似合わぬ高貴な様で幽香が紅茶を飲んでいた。

 

「あら、遅かったわね」

「……待ち合わせなんてしてないだろ」

「夕食を作るのは貴方の役なのに帰ってこないから、妖怪にでも殺されたのかと思ったわ」

「予想的中だな。とある妖怪にジワジワと殺されてるんだよ」

「へぇ。自覚はあったのね」

「今日気づいた」

「そう……それで、何が言いたいの」

「外れ街に帰してくれ」

 

そういうと、意外と言う顔でもなく案外普通の顔で幽香は返した。

 

「別に帰りたければ帰れば良いじゃない」

「ならこのコサージュを消してくれ」

「無理よ」

「何でだよ」

「だってそれは貴方の物だもの」

 

欲しいなんて一言も……いや、確かに酒をくれとは言った。

私が欲しいと言ったのは、酒。

そのはずだった。

なのにこんなもの渡されてるんだから溜まったものでは無い。

そもそもアルコール中毒者の末期に発した願いを叶えようと思ってこんなトンチキな爆弾をプレゼントするとは思わなかったし、今も思ってない。

 

「残念ながら爆発物取扱の資格は持っていない。こんなモノもってられるか」

「その花が貴方を選んだのよ。私にはどうしようもないわ」

「花を操る妖怪がか」

「ええ。不思議」

「不思議なのはお前の頭の中だ」

「ムキー!」

「口で言うな口で……はぁ。疲れてるんだ。ゆっくりさせてくれ……」

「早くご飯を食べましょう」

「作るのは私だろ?」

「私が作ったわ。反省しなさい」

「あぁ、ありがとう」

 

台所から、食事がお盆に乗って運ばれてくる。

その光景に、違和感を持った。

 

「洋食派じゃなかったっけ」

「気分よ。悪いかしら」

「いや、珍しいなと思って」

「文句あるの?」

「作ってもらって有るとでも?」

「そう。ならいいわ」

 

並べられた食器。

同時のタイミングで合掌し、頂きますといってご飯に手をかけた。

器を先に持ち、後から箸。

最初は汁物。

この辺りは基本だ。

ゆっくりと味噌汁を啜っていると、幽香が声をかけてきた。

 

「寺子屋へ、何をしに行っていたの?」

「……仕事」

「貴方は花屋で働いているでしょう」

「慧音に頼まれたんだよ」

「それがどうして寺子屋に行く理由になるのかしら」

「どうしても、頼まれたらしょうがないだろ」

「何故、あの人間とそれほど関わりを持つのかしら」

「全部原因はお前だ」

「え?」

「お前がこんな所に連れてくるから、お前がここにいるから。妖怪退治のやり方なんて教える事になったんだよ」

「なら、辞めなさい」

「なんでだよ」

「不要よ」

 

さらっとこういう事を言い放つところが、幽香の嫌な所だ。

何を理由に言っているのかハッキリしない。

嫌味なのか。

それとも他の何かか。

どちらにしろ、不快だ。

 

「最近子供が襲われる事が多いんだと」

「貴方は妖怪退治屋なんでしょう?」

「だからなんだよ」

「退治すれば済む話じゃない。その妖怪を」

「確かに……って待て待て。博麗の巫女も出動してるはずだ。私が動いても何も変わらない」

「あら、何故かしら」

「博麗が倒せないなら私には無理だからな」

「言い切るのね」

「長生きのコツだ」

「……そう」

 

幽香はそう言ったっきり、不機嫌そうな顔をして黙った。

二人の間に会話はなかった。

 

 

翌日も、貴子は寺子屋に顔を出した。

慧音からは来れる日に来てくれれば良いと言われていたが、そもそも貴子に来れない日などない。

あの暴力花屋にまさか客が来るはずもないので、一応集金用の箱だけ置いて店を出てきたのだ。

タバコを吸いながら教員室に入ると、慧音がいた。

 

「貴子、話がある」

「またかよ」

「いや、大した話では無いんだがな」

 

ウンザリと言うのを隠す気もない貴子に目もくれず、生徒の答案用紙らしき物を素早く採点しつつ慧音は言った。

 

「それ、辞めないか?」

「……どれの事だ」

 

慧音は自分の口元をチョンチョンと指で示す。

貴子もその真似をして自分の口元をチョイチョイと弄り、ある物に触れる。

それは……

 

「煙草だよ」

「あ、この部屋禁煙か?」

「寺子屋は全て禁煙だ」

「あぁ、なら外で……」

「外もダメだぞ」

「……え?」

 

一通り採点し終わったのか紙の束を机でトントンと揃えながら、慧音は続けた。

 

「今この里は健康志向でな。外で煙草を吸うのは禁止になった」

「っな!」

「知らなかったのか。伝えるのをすっかり忘れてしまっていてな。すまんすまん」

 

はっはっは笑う慧音。

貴子はワナワナと震えた。

 

「だ、誰が……そんな事を」

「村の自治会だ。反対意見は0だったよ」

「そんな!」

「まあまあ、これを機に辞めたらどうだ。金も貯まるし良い事づくめだぞ」

「反対意見を今から1にしてやる」

「却下だ」

「非民主主義すぎる!」

「喫煙を否定はしないがな、何処かれかまわずという訳にもいかないんだ」

「そ、そしたらコレはどうしてくれる」

 

そう言って貴子はカバンを丸ごとひっくり返す。

大量の箱が、ドサドサと床に落ちた。

流石の慧音もこれには驚いた様子であった。

 

「な、何だこれは!」

「この前まとめ買いしたんだよ……幽香に内緒でな」

「軽く数えて20箱くらいあるぞ。お前1日何本吸ってるんだ」

「だいたい4箱くらいかな」

「よ、4箱!?」

 

思わず腰を抜かす慧音。

今度は貴子がケロッとしている。

 

「これでも頑張って減らした方だ」

「どこが」

「昔は……二十歳になる前は凄かったな」

「まさかもっと吸ってたのか?これよりも?」

「そうだなぁ……一日6、7は吸ってたと思う」

「な、なんだと?7箱も吸ってたのか?」

「いや、7カートン」

 

慧音は白目を剥き、泡を拭きながら倒れそうになるのをグッと堪えた。

ニコチン中毒末期患者は追い討ちをかけていく。

 

「ガキの頃から吸ってたからなぁ……もう吸わないなんて選択肢は消えたよ」

「そりゃ良かった」

「……何がだ」

 

慧音は、まるで優しさで世界を救うために生まれてきた聖母のような柔らかい笑みを浮かべている。

その柔和な笑みを見て、なぜか私はとにかく嫌な汗をかいた。

 

「禁煙令はお前のような奴の為に出されたんだ。もう煙草は吸わさせん!」

「っな、何だって!?」

「子供に悪影響だ!もう堪忍できん!これも全部没収だ!」

「あっ、ちょっと!待ってくれ慧音ぇ!」

 

貴子の情けない叫びは、3里離れた場所まで響きわたったと言う。

 

 

「全く酷い目にあった……」

 

厠でこっそりタバコに火をつける。

咄嗟の反射反応で懐に、一箱隠しておいたのだ。

あらかた没収されてしまったが、とりあえず今日はこれで……。

 

「貴子?」

「っ慧音!」

「何をしている」

「ちが、誤解だ」

「馬鹿者!」

 

お決まり、慧音の頭突き。

頭蓋骨が砕けたのでは無いかと心配になるような鈍い音が鳴る。

 

「絶対に吸わせないと言ったはずだ」

「この鬼!悪魔!」

「そんな悪口で私が怒るとでも?」

「慧音の巨乳!」

「だから怒る訳……何だと!?許さん!」

「っぎゃあぁあ!!」

 

二発目。

褒めたのに……。

 

 

「くっそー!イライラする!」

 

午後、貴子が教える妖怪学の授業はこれで何度目か。

いつもは貴子の軽快な語り口が子供にウケたのかやたら賑やかなのだが、その日は殊更に荒れていた。

いつもは突っかかってくる気迫に押され問題児達も今日は大人しく授業を聞くことしか出来なかった。

生徒の一人が、隣に座っていた者に囁きかける。

 

「貴子先生なんで今日あんなに荒れてるの?生理?」

「禁煙中だってさ。というか慧音先生に怒られるぞ」

「あぁ、それで」

 

貴子は黒板に文字を書く。

殴り書きで誤字の目立つ粗悪な板書であった。

描き終わった文末をチョークでコンコンと叩きながら貴子は授業を続ける。

 

「妖怪のメンソールには規則性がある」

 

貴子ははっきりとそう言った。

生徒達が一斉に顔を上げる。

浮かべているのは困惑の表情だった。

 

「一定のタールをニコチンすればシケモクも吸える」

 

ツラツラと早口で言う。

生徒達はある種の恐怖を覚えた。

一人の生徒が呟く。

 

「貴子先生が、壊れた」

「何を言うか。頭のフィルターは――」

「何をやってる!」

 

慧音が教室の戸を勢いよく開く。

 

「あぁマイセン」

「目を覚ませ馬鹿者!」

 

ガツンと脳天に衝撃が走る。

 

「っは!私は何を」

「全く……」

「慧音、大変だ」

「どうした」

「タバコが無い」

「…………」

 

慧音はニッコリと笑って。

その日最大出力の頭突きを出した。

 

 

 

「いててて……」

 

慧音のやつ、しこたま頭突きしやがって。

今日なんか特に酷かった。

私が大切に持っていたコレクションを全て焼却するし。

そのせいで今日は一本も吸えてない。

あぁ、禁断症状が。

タバコをやめて辛くなるのは3日目からだと聞くが……うん、無理だな。

……よし。

今なら誰も見ていまい。

しかし贔屓にしているタバコ屋は件の悪法に煽られて閉業してしまったし。

何処かでタバコを……。

 

「うぅ……」

「うわ!」

 

踏み出した足に何かが引っかかる。

つまづきそうになって足元をみると、巨大なモノが一つ。

それは、人間の腕であった。

腕をたどりその細い腕の持ち主を見る。

不気味なほど白い髪を、お札のような者で束ねていた。

地面に突っ伏して何やら嬌声を上げている。

 

「ど、どうした!大丈夫か?」

 

肩を揺さぶって意識を確かめる。

頭を揺らすたびに、口から小さく呻き声が溢れた。

薄らと目を開き、私のことを見る。

 

「た……」

「た?」

 

おぼつかない口元で、倒れていた少女はこう言った。

 

「タバコを……くれ」

 

糸の切れた操り人形のように、少女はカクンと力を失った。

 

 

 

「ふう。生き返った」

「全くだ」

 

私とその少女は、裏路地で喫煙した。

ゆーっくりと細胞を労るように、深く吸い込む。

まさしく至福の時である。

 

「息苦しい里になったなぁ」

 

私がそう零すと、少女は何回もうなづく。

何度かそういう会話をした後、律儀に根元まで吸い尽くしたタバコを地面に捨てて、私は帰ることにした。

 

「それじゃ」

「あぁ、もう行くのか。アンタ名前は?」

「貴子だ。アンタは?」

「妹紅……藤原妹紅だ」

 

少女は倒れていたとは思えないほど血色のいい顔で答えた。

何やら二本目に突入しているが、見ていると心がざわつくので足早に去ることにする。

 

「妹紅か。一つ言っておく。あまり私と会ったとは言わない方が良い」

「何でだ?」

「何でもだ。今日の事は忘れてくれ」

「そうか……アンタ、どことなく私の知り合いに似てるよ」

「え?」

「その説教くさい所がさ」

「なっ!」

「まあ、言う通りにさせてもらうよ。アンタは何となく、ろくでもない気がするからさ」

「ひ、酷い!」

「冗談。それじゃあね」

 

そう言って、ポケットに手を突っ込んで妹紅はどこかへ消えた。

あっけらかんとしているが、サラッと酷いことを言うタイプの人間だ。

そう言うところは私の知り合いに似ている。

諸悪の根源に。

嫌味っぽさは段違いだが。

 

「さて……私も帰るか」

 

 

次の日の朝、私はまたも誰かの声で目覚める。

 

「おはよう」

「……慧音?」

 

またお前か。

ここの所この展開ばっかだな。

幽香は朝の七時くらいに来るから良いものの、二人が遭遇してしまったら大変だ。

客は来ないが一応店番は幽香にやってもらう事にした。

そのせいで客足が更に遠のいている気がするが。

 

そして最悪な事に、この日は例外ってやつだった。

 

「あら、貴方が何故ここに居るのかしら?」

「ゆ、幽香!?」

 

寝てるだけで汗ばむようなクソ暑い夏だってのに、私は血が凍りそうだった。

ただでさえ鈍い私の頭は、寝起きだってのにオーバースロットルでキリキリと音を立てている。

胃袋からも、そんな類の音が聞こえてきそうだ。

 

「何でこんな時間に……」

「それは私の台詞よ」

 

いつになく不機嫌な様子で幽香は言った。

腕まで組んでやがる。

こういう不機嫌を隠そうともしない奴は若干嫌いだ。

 

「この店が貴方の居場所でしょう?寺子屋なんかに行く暇は無いの」

「私が頼んだんだ。花屋なんぞに居るよりは、と思ってな」

 

慧音が食ってかかる。

その瞳には敵意と怒りしかない。

怯えなど、どこを探したって見つからなかった。

それは珍しい表情であった。

優しさと厳しさを持つ慧音が、純度100%の敵対心で迎え撃っている。

しかし、幸運なことに幽香も事を荒立てる事にかけては随一であった。

 

「殺すわよ?」

「残念だったな。ここじゃそれは御法度だ」

「ふん。関係ないわ」

「人里は私たちのものだ。ここで決して人を殺させはしない!」

「人は殺さないわよ。殺すのは――」

 

幽香がそこまで言いかけた時であった。

静謐な朝に似つかわしくない音が鳴ったのは。

 

「慧音ぇ!!!」

 

玄関を足で蹴っ飛ばして何かを叫びながら入ってきた者が一人。

赤いモンペ、白い髪。

蹴り抜いた戸を勢いよく踏み倒して、そいつは口上を述べた。

 

「慧音に手を出したのは、どこのどいつだぁ!」

「も、妹紅!」

 

慧音が何かを言おうとするも、そいつが行動を始める方が早かった。

 

「てめぇかぁ!」

 

右腕を構えながら駆け抜けてくる。

その行き先は私の元であった。

私の顔面が殴り飛ばされたのは言うまでもない。

 

「って、お前は昨日の!」

「いててて……っあ!」

 

見覚えがある……しかも結構鮮明に。

その顔は、悪びれもなく口を開けているだけであった。

 

 

「いやぁ、勘違いだったのか。すまんすまん」

 

はっはっはと笑う妹紅。

私もその顔は忘れてはいない。

何せ私たちは……。

 

「知り合いだったのか」

「あぁ、昨日一緒にタバコを吸った」

「ちょっ、違うって!」

 

あぁ、そうだ。

私たちはアンチ禁煙を理念とする抵抗組織だった。

そして私たちにとっての最悪な独裁者が、ここにいた。

 

「あれだけ辞めろといったのに、また吸ったのか……」

「……あ」

 

妹紅がしまったと言う表情で私のことを見る。

もう遅いよ馬鹿!

 

「この馬鹿者!」

 

いつものように、慧音が頭突きの構えを取る。

避けられないし、避ける気もなかった。

しかし、今回は違う。

後頭部に猛烈な違和感。

 

「えっ幽香、何を!」

「お仕置きよ」

 

そう言って幽香が私の後頭部を遠慮なく鷲掴む。

時速700キロで繰り出される慧音の頭突き。

動かず食らっても死にそうなのに……。

幽香に後頭部をひっ掴まれて、思いっきり前に顔を突き出された。

相互作用で、痛みは平常時の二乗になる。

まるで地震でも起きたみたいな轟音が鳴り響く。

 

「っぎゃあぁあ!」

 

私は叫ぶ。

衝撃は想像を絶し、頭はヘタをすると凹型にへこんだかもしれない。

ただ、1番の問題はそこじゃなかった。

額につけていた向日葵のコサージュが、ホロリと取れてしまったのだ。

それは取ると爆発するシロモノ。

 

「……っ不味い!爆発するぞ!」

 

言ってから気づく。

あれ、これどうしようも無いぞ。

今から三秒ぽっちで、何ができる。

そう思ったのだが、何かをできる者が一人いた。

 

「何だこれ」

 

妹紅がひょいとそれをつまみ上げる。

 

「離せ妹紅!」

 

私が叫ぶのも全く聞こえてなような素振りで、それを包み込むような体制でうずくまった。

 

「妹紅!」

 

空気の振動。

唸るような低音。

頬に何かが当たる。

それは、妹紅の指であった。

 

「っ妹紅!」

 

妹紅が爆発した。

文字通り。

腹に爆弾を抱えて。

それなのに慧音も幽香もえらく静かで、まるで私だけがその事実を認識できているかのようだった。

 

「あぁ、妹紅が……妹紅!」

 

気が動転するってのはこういう事を言うんだろうな。

粉々に散らばった妹紅の体を寄せ集めてさ。

指、足、髪の毛。

そんな事がどれほど無意味な事だと分かっていても。

 

しかし、異変は起きた。

寄せ集めて床に散らばった妹紅の残骸が、メラメラと燃え始めたのだ。

やがてそれは大きな紅炎となり、天井まで届こうかという大きな火柱を上げる。

その事でも声をあげているのは私一人で、慧音も幽香も、依然として驚きはなかった。

やがて火は収まり、その中から一人の少女が現れた。

まるで魔法のように。

 

「いてえなぁったく……」

「……妹紅?」

「ったく、話に違わぬ馬鹿野郎だな。お前」

「な、なんで」

「見たまんまだ」

「それって……」

 

服についた埃やら燃えカスやらを手で払いながら妹紅はこう言った。

もう百何万遍も言わされたような、ウンザリとした口調で。

 

「私は死ねないんだ。蓬莱人ってやつさ」

 

何を言っているのか分からなかった。

一つ一つの単語の意味を知らないわけじゃ無い。

ただ、それでも理解できなかった。

するとずっと黙っていた慧音が横から口を開いた。

 

「妹紅はな……不老不死なんだ」

 

不味いコーヒーでも飲まされたみたい顔をして、妹紅も慧音も俯いた。

それじゃ補足になってない――そういう事すらままならないくらい、気が滅入った。

幽香は相変わらず腕を組みながら私のことを睨んでいる。

私は、ヘナヘナと近くの椅子に腰掛けることしか出来なかった。

 

思えば、辛いことのきっかけって奴は案外下らないことだったりする。

例えば、道で子猫を助けたとか。

ダイエットを始めたとか。

どうにも人生って奴は、そう言う当たり障りのない事から崩れていくらしい。

だから愉快だし、だから悲しい。

 

 

 

「はぁ……」

 

長い沈黙は、私の溜息を持って幕を閉じた。

私と幽香が隣り合って座り、対面に妹紅と慧音が座している。

溜息は止まらない。

四人で、何回目か分からないほぼお湯のような出涸らしを黙々と啜りながら、まるで殴り合ってるような雰囲気だったから。

ほとほと嫌気がさした故だった。

 

「んで、何の話をしてたんだっけ」

 

そう問いかける。

幽香はずっと仏頂フェイスだし、慧音も眉が吊り上がってるし。

事情を掴み損ねている妹紅だけが呑気な顔をしてお茶を啜っていた。

コイツは私をぶん殴りに来ただけらしかった。

曰く、慧音が毎日何処かにコソコソと行くから、これは何やらよからぬ事が起きたに違いないと思ったそうだ。

なるほど、ニコチンは頭を正常にバグらせていくらしい。

 

「人の従業員を勝手に連れ去らないで欲しいとお願いしに来たのよ」

 

幽香の牽制。

注釈しておくと、私はコイツの従業員になった覚えなど無いし、そもそも幽香(このアホ)は人じゃ無い。

よって人の従業員、の部分は全て間違いである。

 

「同意の上だ。それにお前がこの里に入らなければわざわざ授業などしてもらう必要もない。原因はお前にある」

 

慧音の鋭いカウンター。

まあ、同意したのはしたのかもな。

幽香をこの里に連れてきてしまったのは一応私の責任だし。

悪いのは全面的に幽香だけど。

 

「このクズが同意しても私はしてないわ。契約は不成立なのよ。残念ね」

 

このクズ、の部分でビシッと私のことを指差していた。

私には貴子という名前がある。

クズではありません。残念でした〜。

 

「……フン」

「痛!」

 

幽香に足で思いっきり爪先を踏まれた。

骨がペラッペラの二次元になりそうなくらいの強さだった。

いてて……心でも読んだのか?

いつの間に読心術を手に入れたんだ。

私も読心術では負けちゃいない。

読心術というより……辞めよう。

もし今心の中で独身術か、とか思った野郎は正直に出てきなさい。

私の前で嘘を吐いたって無駄だ。

今ここだけはハッキリと心が読める。

安心しろ。

私は慧音と違って優しいから頭突きなんてしない。

ただ最近は、金的目潰しに凝っている。

 

「……聞いているのか貴子」

「っえ!?聞いてるよ!」

「お前はどうなんだ?」

 

不味い。

全く聞いてなかった。

 

「まぁ、どちらかと言えば前者かな」

「そうか……聞いてなかったんだな」

「……はい」

 

肩をすくめる慧音。

心なしか溜息も吐いていた気がする。

 

「だからな、お前はどうしたいんだ。私からすればお前は幽香を里に入れた悪人だし、また飢饉を脱してくれた英雄でもある。一体お前の目的は何だ?」

 

強めに詰問される。

妹紅も徐々に話を飲み込めてきたのか、慧音に同意するような面持ちでうなづいている。

なんか責められているような気分で心持ちが良く無いが、質問の答えについて考える。

私の目的……。

そんなの、一つだ。

 

「私は、あの街に帰りたい」

「街?」

「ここから西にある所さ」

「……外れ街か」

 

妹紅が初めて声を発した。

 

「知ってるのか?」

「まあ、な。しかし私の知ってる限りじゃあそこは好き好んで住むような所じゃないぞ」

「あの街には、何も無いんだよ。安全も、秩序もない。そして、差別も偏見もない」

 

それが、全てだった。

あぁ、口に出してみてやっと分かった。

私は帰りたいんだ。

もともとこの里に住めるような人間では無いし。

里民も私も、無理やり同じ所に住んでたってストレスが溜まるだけだ。

こんな綺麗な里に、ルンペンもどきの浮浪者が居られるわけない。

……そうだ。

帰れるじゃ無いか。

私を閉じ込めていたコサージュはどうなった?

確かに爆発したよな。

……妹紅には悪いと思うけどね。

しかし、それなら何故いつまでもここにいる必要がある?

この家は名残惜しいが幽香にくれてやればいい。

花屋なんて一人でやってればいいんだ。

 

「帰るよ。あの街に」

「……貴子、お前」

「世話になったな。人里で喋ってくれたのは慧音と妹紅だけだった。でも一緒にいちゃダメなんだよ。ワインと泥水みたいなもんさ」

「そ、それを見てみろ」

 

慧音が私の顔を……正確にいうと顔よりやや上の方。

つまり……

 

「頭?どうかしたのか」

 

嫌な予感はしなかった。

だからこそ、手のひらに触れるコットン生地の質量は最悪の手触りだった。

 

「これは……まさか」

「ええ、言ったでしょう?花が、貴方を選んだって」

 

幽香のその一言は、私を黙らせ、床にひれ伏せさせるのに十分すぎる威力であった。

 




こんな話を書いてますが、喫煙はしていません。
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