なんちゃってギャグに逃げがちですが今回は最後まで真剣です。
暑いなぁ。
本当に、灼熱地獄だ。
あぁ、汗がやばい。
拭っても拭ってもどこからか湧き出てくるし。
ヘンゼルとグレーテルみたいに歩いて来た道にポタポタと跡がついてるんじゃ無いだろうか。
どうやら私の汗腺は、やたら熱心に仕事をしているんだろうな。
当の私はどうしようもないぐうたらだってのに。
……私、汗臭く無いよな。
アポクリン汗腺は私に似て今もぐーすか冬眠中のはずだ。
良かった良かった。
さて……それじゃあもっと重大な事について、存分に悩むとするか。
「ここは、何処だ」
過熱でショート寸前の頭を無理くり回転させる。
思い出すのは、昨日妹紅と交わした会話。
確か……
「悪いんだけど、少し手伝って欲しくてさ」
「あぁ、良いよ」
うん、こんな会話をした。
句読点の位置を変えるなら、うんこ、んな会話をした。
いや、何を考えてるんだ私は。
馬鹿なのか。
これも暑さのせいだろう。
それなら今、明らかに目の前でニョキニョキと伸びてるこの竹も幻覚か。
……間違いない。
これは現実だ。
ところがどっこい夢じゃありません。
朦朧とした意識の中で、ハッキリとわかる事が一つだけ有る。
私は、迷子だ。
こういう時、何と言えば良いかを私は知っている。
迷子になってしまった。
オウマイゴー。
……心なしか、周りに生えまくってる竹が揺れた気がする。
面白いジョークも言えたし、水筒の水を何口か飲んで思考も落ち着いてきた。
現状を整理しよう。
まず、私の現在地だ。
私はどうやら竹林の中にいるそうだ。
始末の悪い事にここは巷で迷いの竹林なんてケッタイな呼ばれ方をしている所らしい。
では何故こんな所にいるのか。
妹紅に連れられて来たのだ。
どうやら、竹炭を作るという仕事が妹紅にはあるらしい。
その材料を取りに来たのだ。
そしてその妹紅はと言うと。
どうやら逸れてしまったらしい。
つまり、遭難の名所として名高いこの場所で、あろう事か私も迷える子羊の一匹になってしまったって訳か。
しかし、何もかもを悲観する必要は無いらしい。
視界の果てに、ある物が見えたから。
それは……
「……家?」
やたらデカイ屋敷であった。
大きさなら白玉楼といい勝負だ。
向こうは書院造なんだが、こっちは寝殿造だろうか。
雰囲気はどうにも向こうと違う。
封鎖的、とでも言う感じか。
何であれ、渡に船だ。
助けてもらう以外に、選択肢は無い。
そう思って、早速門の前に立った。
中の人を呼ぶ手段が見当たらなかったので、無礼を承知で門を開け、中へと入る。
そこまでの記憶は確かだ。
それなのに、おかしい事が起きた。
さっきまでそこにあった屋敷が、跡形も無く消えていた。
おかしい事を言ってるのは分かってる。
でも今目の前で起きた現象を言葉にするには、この言い方しか無いのだ。
潜ったはずの門すら無い。
不審に思って見渡すと辺りには竹が生えてるだけだった。
指先には、確かに門の冷たい手触りが残っている。
妖怪に化かされたか。
もしくはとうとう頭がおかしくなったか。
どちらにせよ、妹紅と早く再開しなきゃ行けなくなった。
さもなくば野垂れ死ぬか、それとも化かされ死ぬか。
汗の温度が冷たくなったような気がした。
そこから、割と時間をかける事なく目的は達成された。
案外近い所に妹紅はいたのだ。
どう言う訳か血塗れで、四肢をもがれた状態で。
まあ、焦ったのは数秒だけで、すぐさま例の能力によって私の知ってる妹紅に戻ったけど。
とはいえ何かに襲われたのは事実なのだ。
しかも、とんでもなく兇悪な何かに。
「っち!」
復活妹紅の第一声は、鋭い舌打ちだった。
地面を何度も蹴って、ビシャビシャと土飛沫を立てている。
「何があった!」
ただならぬ様子の妹紅に、私はそう聞いた。
すると、そこで初めて私がいた事に気づいたような様子で妹紅は、
「……負けた」
と言った。
再開を喜ぶ事も忘れて何のことかピンと来ていない私に、妹紅はツラツラと続ける。
「また負けた!あのクソ野郎に」
それだけ言って、つっけんどんに妹紅は歩き始めた。
またはぐれたら今度こそヤバい気がしたので、私も後に続く。
そこから、会話は殆ど無かった。
無言で何本か質のいい竹を取って、私達は竹林から抜け出した。
帰路につき、妹紅の跡を追う形で私は細かく刻んだ竹が入った籠を背負って歩く。
脳内では、不思議な体験が未だに頭をよぎっていて思考がフワフワとしていた。
あの屋敷の事も、ボロボロになっていた妹紅のことも。
その事がどうにも気になってしょうがなかったので、私は今にも帰ろうとする妹紅の肩を掴んで引き止め、一緒に夜ご飯を食べようと提案した。
妹紅は一言も話さず、ただコクリと頷くだけであった。
同意を受け、今日は何処で食べようかと私がアレコレ考えていると意外にもさっきまで押し黙っていた妹紅が、
「良い店がある」
と言うので、大人しくついていく事とした。
時刻は夕方である。
「やってる?」
無言で妹紅についていくと、着いたのは小さな屋台であった。
竹林から少し離れた場所でこじんまりとやっている。
人里でもたまに見かける手押し車の奴だ。
暖簾越しに、何を焼いているのかは知らないがコクのある芳醇な香りがプンプンしている。
どうやら妹紅の言う通り、アタリの店らしい。
妹紅が暖簾をくぐって席についたので、私もそれに倣って隣に座る。
背負っていた籠を地面に置き、楽になった体から溜息が漏れた。
「お任せで」
「ウチはコレしかやってないって」
奥にいた割烹着の店主が、生簀から何かを持ってくる。
それは、ヌルヌルとした活きの良いウナギであった。
店主が滑るであろうそれを上手に掴んで私たちに示す。
不意に私と目が合った。
「お連れさん?」
「手伝ってもらった」
「そう。こじんまりとしてるけど、ゆっくりしていってね」
店主が私に向けてそう言うので、私も適当に相槌を打っておく。
ひとまず酒を注いでもらい、妹紅と小さく乾杯をした。
……うまい!
辛口な風味がすっと鼻から抜けていく。
あぁ、これは中々だ。
元々はあの竹林の事について詳しそうな妹紅に今日会った奇妙な出来事を話そうと思って企画したのだけど。
店主がウナギを焼き始めると、じゅうじゅうという音と共に香ばしい匂いがしてくる。
それを嗅いで、私は不意に気づいた。
いや、気付かされた。
お腹がペコペコだと言う事に。
そう自覚すると、体がやっと気づいたのかとでも言うようにお腹から大きな音を鳴らす。
情けない腹の音を聞いた店主が、ニコリと微笑みながら私にこう言った。
「あらあら、お疲れ?」
「美味しそうな匂いで我慢できなくて」
「うふ、この人と仕事をすると疲れるでしょう?」
妹紅を指差しながら、ケラケラと店主が笑う。
妹紅は依然として黙っている。
私はそんな事無いと否定したのだが無視された。
「なにせ何も言わないんだもの。愛想がないのよ。愛想が」
「私は気にならないよ」
「気を使わなくていいの。本当、そりゃお腹も空いちゃうわよね〜」
妹紅は全く気にせずチビチビと猪口を傾けている。
こういう絡みには慣れているのかも知れない。
私としても、別に疲れたわけではないし、一応のフォローはしておく。
「まあ、暇だったし。良い汗かけたよ」
「優しいわねぇ。サービスしちゃお」
そういうと私の方の猪口に酒を注いでくれる。
ラッキ〜。
「それで、話って?」
棚からぼた餅、と言うより店からタダ酒をチマチマ味わっていると妹紅が急にそう言った。
どうやら、ここに来てもらった目的を読み取ってくれたらしい。
話が早くて有難い。
余計な前置きなく聞きたかった事が聞ける。
「今日、何があった?」
「何が」
「ボロボロになって倒れてただろ?負けたとか言ってたけど、何があったんだ?」
「……喧嘩」
「喧嘩?誰とするんだよ。妖怪か?」
「……そんなとこ」
喧嘩か……。
それにしては度が過ぎてないか。
あの傷跡は、妹紅じゃなかったら間違いなく死んでる。
喧嘩ってのは命を奪う物ではないと思う。
「何で喧嘩なんかしたんだよ」
「別に何だって良いだろ」
「いーや、こうなったら徹底的に聞かせてもらう」
「……ウザい」
グサっ!
会心の一撃。
一緒に洗濯物を回さないで!と一緒くらいのダメージあったよ今。
「また輝夜と?」
心を痛めた私を見かねたのか店主が会話に参加してきた。
輝夜、と言う単語を聞いた瞬間妹紅の眉毛がピクリと跳ねた。
どうやら図星らしい。
「それで、また負けたの」
「……」
「お連れさんも放って何をしてるのよ」
「……うるさい」
「ま、これでも食べて元気だしなよ」
そういって、目の前に串焼きのウナギが出された。
適度に焦げ目のついた光沢のある焼き上がりである。
焦らしに焦らされて空腹に苦しむ私は遠慮もなく思うままに貪りついた。
「美味しい!」
「うふ。そうでしょう?」
焼きたてアツアツのウナギを、はふっはふっとリズム良く口に入れる。
舌で潰せるほどフワフワの柔らかい身は濃厚で肉厚。
ゆっくり味わおうと思っていたのに、気がつくとあっという間に平らげてしまっていた。
「おかわり!」
「はいはーい」
待ってましたと言わんばかりに、またウナギを焼き始める。
今度はタレを沢山かけている。
これも美味しそう……じゃなくて。
本題を忘れる所だった。
「輝夜って?」
「……クソ野郎だよ」
「何をされたんだよ」
「反吐が出る。まあ……平たくいえば親の仇って奴かな」
早酒で酔いが回って来たのか、妹紅は少しずつ饒舌になっていく。
私もそこまで深入りする気は無かったのだが、とことん聞くと言った手前引き下がれはできまい。
嫌々といった感じながらも、妹紅はある昔話をしてくれた。
とある人間の話を。
私の親はさ、平安の貴族だったんだ。
名のある大名って訳でも無かったけどそこそこ名家で、娘の私も結構良い暮らしをさせてもらってた。
そんなに傲慢でも無いし真面目な人だったから、周囲の信頼も厚かったと思う。
私もよく家臣から名士だって聞かされてたよ。
幸せだったと思う。
平穏な日々ってのは、ああいう事を言うんだろうな。
ずっとこんな生活が続くと疑わなかった。
……私が幾つの時だったかな。
アイツが現れたのは。
突然現れたアイツに、有名どころのお偉いさん方は一人残らず心奪われてさ。
本当不埒な輩ばっかりだよ。
まあ昔なんてそう言う事ばっかだし、当時じゃ別に普通の事だ。
……ただ、私の親もその不埒な一人だった。
あんなに真面目で実直だった人がさ、突然何かに取り憑かれたように取り乱して。
アイツに向けた熱心なアプローチは長いこと続いた。
あぁ、あの時止めておいたら、なんてね。
何通も恋文を送って。なんとか屋敷に入るまで漕ぎ着けた。
結果、結婚するならとある条件を出されたんだ。
その女から出された難題は、蓬莱の玉の枝を持ってこいって事らしい。
本当、とことん性根の腐った野郎だよ。
馬鹿な話だろ?
そんな条件を出されたら流石に諦めるだろうと思ってた。
結局私の親がどうしたかと言えば、自分の娘と同い年くらいのガキの為に三年も何処かに閉じこもったのさ。
世間には蓬莱の玉の枝があるという所へ行くと吹聴したけどそんなのは嘘だった。
本当は家の宝物もあらかた売って、その金と一緒に何処かへ雲隠れしたんだ。
その中で職人たちをこき使って作らせてたんだとさ。
私は家に置いてけぼりにされた。
簡単に言えば邪魔者……いや、どうでも良かったんだろうな。
三年かけて出来上がった物は、そりゃあ大層立派な偽物だったよ。
事実本物なんて有るかどうか判らないんだから、それが偽物なんて言われは無いだろ?
失敗なんて少しも考えなかったんだろうな。
それを持って、意気揚々とアイツの元に行った。
流石のアイツもその立派な贋作を前にまんまと騙されたらしい。
あれよあれよでとうとう婚姻の一歩手前だ。
……そこで嫁に入ってたら、どれだけ幸せだったろうな。
まあ、つまり。
上手くいかなかったって事だよ。
真面目な人だった。
約束を破ることも嘘をつく事も嫌いな。
謹厳実直で尊敬されるような。
そんな人が、立派な偽物をこさえたんだ。
ペラペラと嘘を捲し立てたんだ。
人を、騙したんだ。
どうしたって物事は上手くはいかないんだろうな。
成功と思われた謀略に想定外の出来事が起きた。
三年間働き通しで使われた職人たちが、面会中のアイツの屋敷に乗り込んできたんだよ。
何人いたかな。
10か20か。
曰く、三年分の給料を早く支払えってさ。
それも勿論な言い分だし、別に払わぬつもりなど無かったはずだ。
ただ、時と場面が悪かった。
父は三年を無駄にされて、謀りを水泡にされてカンカンに怒った。
もっとも、手に入りかけた女を失ったからかもしれないけどさ。
その勢いと弾みでその中の一人をぶん殴ってしまった。
もう騒ぎも騒ぎ。
その後何が有ったかは知らないけど。
私が次に見た親の姿は、真っ白な骨死体だった。
執り行われた葬儀には、私以外誰一人として来なかった。
貴子ならどうしてた?
自分の親を殺されて、家を無茶苦茶にされて。
挙句ソイツは月に帰ると言い放った。
何が正しいかなんて分からないけど、私は許せなかった。
でも止められるわけもないし、止める気もない。
だから、ほんの悪戯心で。
私は裸足で富士の山を登った。
そこで、月に帰ったアイツの残した薬を呑んだのさ。
クソ程不味い薬だった。
その薬は、蓬莱の薬。
あんな物が薬なもんか。
最低な毒だ。
飲めば不思議なことに、山登りで擦りむけた足の痛みは無くなっちまった。
転んでできた顔のアザもスッと消えていった。
驚いて岩から落ちたんだけど、痛みはすぐに消えた。
どうやら、不老不死になったらしい。
永遠に生きる存在になったのか。
それとも……、死ぬ事を神様から取り上げられたのかな。
有り余る狼藉でお縄にかかった私はその場で打首。
縄で縛り付けられてさ。
今もはっきりと覚えてるよ。
自分の頭がメリメリと引き裂かれる感覚を。
どうなったと思う?
死ねなかったんだ。
その後も指を折られたり川に沈められたりしたけどどれもこれもダメ。
私を殺すには至れない。
向こうも懲りないのか私は棒にくくりつけられ、毎日処刑をされ続けた。
水責め、焼き殺し、岩ですり潰す。
そんな物で死ねるわけがない。
見かねたお国様は、私の肩に刺青を掘って、各地方方へお達しを出した。
この者 不死の妖怪 注意されたし
ってな。
そこからどうやって逃げたんだっけか。
棒にくくりつけられたから舌を噛み切って、そっから。
肩に叩かれた刺青を隠しながら私は故郷に戻った。
まあそこから2、3日でまた殺されるんだけどさ。
幼馴染だった奴に。
この化け物!ってさ
物凄い剣幕だった。
人は、いつか死なないとダメらしい。
私は死ねない。老いれない。
人間、失格。
どうやら私は完全に人間じゃなくなったらしい。
そこから多くの妖怪を殺して、人間も殺して。
……あんまり覚えてないや。
ただ、1000年経ってアイツと出会ったんだ。
私の家を無茶苦茶にしたアイツに。
何の因果か、アイツも私と同じ不老不死だった。
アイツを殺す事だけが望みだったのに、どんなに皮肉な事だろうな。
結局、今も終わりのない殺し合いを続けてるんだよ。
ずっと、ずっとな。
……慧音と出会ったのはいつだったか。
これも覚えてないや。
気づいたら慧音は横にいた。
その頃の私は毎日の様にアイツと殺し合いをしててさ。
アイツを苦しめせしめる。
ただそれだけを考えていた。
最近はてんでダメだ。
昔は互角に戦えてたのに、今は少しも勝てなくなって来た。
勝ち負けすら無意味。
それはわかってる。
でもさ、頭でわかって大丈夫なら、そもそも不老不死になんてなってないだろ?
家を失い、人間を辞め、復讐もできず。
そうして私が私である拠り所を全て失った。
私は……私って奴は一体何なんだろうな。
妹紅は、最後まで抑揚の無い淡々とした調子で語った。
私にはその平坦な声の奥から、諦めと悲しみが伝わってくるような気がしてならなかった
店主が焼く美味しそうなウナギの音が、今は何故か心地悪い。
他人事のように語る妹紅に何の返事もできず、静かなはずの妹紅に相槌を入れる事すら忘れそうだった。
……人間を辞めた、か。
「はぁ……疲れた。久しぶりにこんな喋ったよ」
「妹紅……」
「何?同情なら要らないよ。もうされ飽きたからさ」
「人間って、死ななきゃダメか?」
「そりゃあ……そうだろ」
「私はそうは思わないぞ」
「へぇ。それは取ってつけたような慰めか?」
「私も一度死んだからな。私の場合は人間卒業か?」
「……中退が良い所だな」
「そうかもな」
宵越しの酒は、良いコシのウナギによく合う。
何一つ気の利いた事なんて言えないから、私は努めて妹紅を笑わせる事にした。
妹紅は別に困って無いかもしれないけど。
それでも妹紅を救えるのは、あの人しか居ないだろう。
妹紅を人間にしてやってくれよ……慧音先生。
あぁそれにしても、このウナギは美味い。
本当、嫌になるくらいに。
「それでさぁ、慧音ってばさぁ……うぅっ……」
夜がふけ酔いが周り、程よく酩酊して来た頃。
私は妹紅の本性を知った。
そのつっけんどんな態度も、棘のある皮肉も、全ては隠れた本音の裏返しなのか。
妹紅はボロボロと泣きながら慧音に対する
やれ態度が冷たいだの、出会った時はもっとどうだっただの。
語っては呑み、語っては呑みするのにはほとほと恐れ入った。
まったく良くこんなに出てくる物だ。
私は対応に困り果て店主に助けを求めたが、
「いつもの事よ」
と一蹴されてしまった。
……いつもこんな感じなのか。
今、妹紅は覚えていないはずの慧音との馴れ初めについて語り始めている。
桜並木がどうたらの部分しか聞き取れなかったが。
ちなみにこの話は今日で4回目だ。
下戸だったのか。
もはや何を言ってるか聞き取れない。
不老不死である妹紅の呂律が死んだ。
あぁ、夜はまだまだ続く。
朝までコース……オーマイゴー。
まったく、永い夜になりそうだ。
翌日、チュンチュんと言う小鳥の鳴き声と、風見幽香のやたら冷たい声で私は目覚める事となる。
「本当に寝るのが好きなのね。死体なんて似合うと思うわよ」
「っ起きてる起きてる!」
飛び起きると掛け布団が無かったので、さては幽香、剥がしやがったのかと疑った。
よく見ると足元に丸まっていたので、真実は私が蹴っ飛ばしただけである。
「はいどうぞ」
「おぉ、美味そうだ」
並べられる朝飯を、私はそっと一口頬張った。
性格に似合わず優しい味付けの料理は、二日酔いで焼けた舌の上をすっと蕩けていく。
「今日も暑いなぁ」
「えぇ、向日葵が元気だわ」
「そりゃよかったな」
そんな会話をしながら食事を続ける。
ほのぼの、のっぺりとした時間。
私の経験則に則ると、こういう平和な時に限って何かは起きるのだ。
異変は、ご飯を食べ切った時に起きた。
「ご馳走様。美味しかったよ」
「何が?」
「え?……あぁ、この野菜炒めが特に」
「そう」
「……あの、もうお腹一杯で」
「聞こえないわ」
幽香はどういうつもりか、空にしたお茶碗と皿にドッサリとおかわりを盛った。
私は美味い美味いと調子に乗って白飯炊き立て3杯食ったので、流石にもう満腹だ。
これ以上はちょっとキツイぞ。
そんな思いなぞ汲み取ってくれる訳もなく、幽香は大盛りのお茶碗を私の前に置く。
「はい」
「いや、私もう限界……」
「はい」
ギラギラした目線の奥から、食べなきゃ殺すぐらいは言っている。
それくらいの圧力があった。
眼圧だけで熊くらいなら簡単に殺せそうだ。
本当に、冗談ではなく。
差し出された皿の上ではおかずが爛々と光っている。
お天道様が霞むくらい眩しかった。
「朝ご飯よ。食べなさい」
「朝飯だよな。拷問じゃないよな?」
死ぬほど飯を食わされたのは白玉楼以来だ。
あの時は実際死んでいたからセーフ……でもないだろうが今回とは訳が違う。
明確な悪意を感じるからだ。
「ちょ、待て幽香」
「食べないの?」
「食べたいのは山々なんだが、無理だ」
「寺子屋に行ってどれくらい経ったかしら?」
「……だいたい二週間くらいか」
「その間、あの人間と食べてたわね」
「そうだな」
「食べなさい」
どういう論理か知らないがご飯山盛りのお茶碗をより強く私に突き出してくる。
胃袋が拒否反応を起こして吐き気がしてきた。
「食べられないなら、私が食べさせてあげるわ」
「わーい。とはならないからな」
「ほら、冷めるわよ」
今度は私の口を目掛けてご飯を掴んだ箸が突き出された。
これは世の冴えない男性諸君が夢見るアーンという奴か。
良かったな。
ソイツはそれほど良いものでもないらしい……特に今は。
もう無理矢理口に押しつけられている。
「追いついて話し合おう」
「食べてからよ」
「それじゃ遅いんだよ。あぁ、これが本当の吐くまいか」
「何を言っているの?つまらないわ」
「つまらなくて良いじゃ無いか。喉に詰まったら死ぬからさ……どこかで聞いた下りだな」
逃げようと思ったが顔を掴まれてしまった。
頬を掴まれこじ開けられた口に、白米の大群は押し寄せてくる。
脣が天下分け目の天目山だ。
「何のつもりだ」
「食べないと殺すわよ」
……結局、私は食べさせられた。
誰だって殺されるのは嫌だからさ。
全く、食わなきゃ死ぬなんて野生動物だけだと思ってたよ。
飢饉に苦しんでた里でまさか満腹に苦痛を覚えるとは贅沢なこった。
あれを形容するなら正しく拷問だった。
どんなに必死で食えども食えども幽香はおかわりを盛るのだ。
その凄まじさたるや、盛岡のわんこそばペースに負けずとも劣らず。
多分家に置いてある米を全部無くすくらいは食った。
大体、二週間分くらいか。
動こうとすると乗車率200%の胃袋が悲鳴をあげる。
幸いなのは、ケチケチせずに美味しい米を買っておいたことだ。
慧音が言っていたから何となく選んだのだが、ズバリ正解だったらしい。
ありがとう新潟県民。
しかしどうしても過剰摂取だ。
しばらくは飲まず食わずで良いな……。
そして賢明な私はここでも気づく。
不幸なことに、幽香の悪行は続くって事を。
「それじゃ、寺子屋行ってくるぞ。遅刻してるから急がないと」
「今日は休みよ」
「え?……水曜は休みじゃないぞ」
「あの人間には言っておいたわ。今日は休むと」
「な、何を勝手に」
「だから今日は休みなのよ」
「お前なぁ……まぁ、いいか。たまにはな」
幽香の悪行を看過するのには理由がある。
実は慧音には申し訳ない話だが、昨日飲みすぎたせいで少々体調が悪かったのだ。
朝から白米大食い選手権に強制参加させられたお陰で尚更な。
という訳ですまないが今日は休ませてもらおう。
なに、明日いつものニ倍頑張ればいいだけだ。
「今日はゆっくりするか」
「しないわ。家にいるの」
「なら、暇だな」
「暇じゃないわ」
「私の一言一句を否定するな」
「今日はここにある花を世話しなさい」
ここにある花というのは、幽香が(無許可で)私の家に並べた売り物の事だ。
当たり前だが、店として開けてからちっともすっとも売れてない。
その顔ぶれは二週間前と大体同じだ。
具体的にいうならスイレンとか花菖蒲とか。
一応何本かだけ、慧音が寺子屋に飾ると言って買っていったが、本当にそれだけだ。
売れない理由は私の隣にいる緑ヘアーのフラワー野郎で十分だろうが、この店には他にも色々事情がある。
その一つがここにある花たちの少し奇妙な生態についてだ。
生けてある容器の水は毎日変えている。
しかし花というのは何日も置いていたら枯れるはずだ。
花の寿命は短い。
そう思って枯れる前にどこかへ植え直そうとタイミングを伺っていたのだが……全く枯れる気配が無いのだ。
どういう訳かいつまで経っても花たちは皆生き生きとしている。
多分慧音が買って寺子屋に置いてある奴よりもだ。
「ここの花は何故か元気だな」
「ええ。でも手入れは必要よ」
そんな訳で今日一日は店番をすることとなった。
花の手入れといっても水切りをしたり太陽に当てたりなので、ずっと動いていなきゃダメな訳では無い。
むしろ、待ち時間の方が多い。
要するに、結局暇なのだ。
生憎タバコはとうとう幽香に捨てられてしまったので、店前を通りゆく人々をボーッと眺めるしかやる事がない。
窓から入ってくる日差しで暖をとりながらうつらうつらと船を漕ぐ。
そんなのんびりした時間。
そういう平和なときに限って……これはニ回目か。
またしても異変は起きた。
といっても今度はただの来客だが。
「アンタは……昨日の」
「ミスティアよ」
「昨日はウナギ、美味しかったよ……お代って払ったよな?」
「うん。ウチはツケはやってないからさ」
「良かった良かった。それで、花を見に来たの?」
「それもあるけど……今日は貴方に用事」
「私?」
「妹紅の事でね」
妹紅の事なら妹紅に話せば良さそうな物だが、そう簡単な話でも無いらしい。
何やら大切な話だそうなので、客間に上げ渋めの茶を出してやった。
くたびれた座布団の上に座って、妙に真剣な表情でミスティアは話を切り出した。
「昨日の話、覚えてる?」
「妹紅の生まれか?」
「うん。あれなんだけどさ……」
ミスティアは居心地悪そうに足をモジモジさせる。
言いにくい事なのだろうと推測するのは簡単だった。
「昨日の話ね、嘘……じゃないけど、完璧じゃないの。実は続きがあってさ……」
「ちょっと待て」
私は前に手のひらを出し待ったをかけた。
ミスティアも黙して私を見る。
「そりゃそんな気はしてたさ。でも、妹紅が話さなかった話を何でわざわざするんだ?」
「分からないわ。けどなんだか貴方にこの話をしておいた方がいい気がしたの。妖怪の勘って、よく当たるのよ」
理由はわからないけど予感がした。
それだけの理由で、当人が話したがらなかった過去を打ち明けようと言うのだ。
しかもかなり壮絶で、聞いてて良い気持ちになれないものを。
ふざけた話だが、私にはむしろ伊達や酔狂でないのが伝わってきた。
どうやら私は少し真剣にその話を聞かなきゃいけない。
そんな気がした。
これも、言わば予感だ。
「妹紅はさ、不老不死になった後故郷に帰ったって言ってたよね」
「あぁ、そこで……幼馴染に殺されたってな」
「あれさ、実は結構事情があったの」
ここから長くて大事な話をするつもりなのだろう。
一息置いて熱いはずの茶を勢いよく啜っている。
一番茶を入れれば良かったかなぁ。
故郷に帰った妹紅はさ、まあ大層な迫害を受けたの。
それは今と違って妖怪退治屋なんてのもそうそういないし、当然の反応なんだろうけど。
妄人になった父親の事もあって、仲の深かった家臣たちも総出で妹紅のことを痛めつけたらしいわ。
父親の恨みを無抵抗な娘で晴らそうって。
どうせ死なないのだから、何をしても良いって。
本当、切な話よ。
親を失った子が他に頼れる大人まで居なくなっちゃったんだから。
私なら我慢できないわ。
妹紅はその時どうしたと思う?
……何もしなかったのよ。
後ろから石ころを投げられながら何も言わず、故郷を立ち去ったの。
その時のあの娘の気持ちを考えると……ね。
とはいえ里を出て行っても妹紅にいく宛なんてない。
近隣の里には……いや、国中にお達しが出てたからね。
結局、故郷の近くにあった山に住んだらしいわ。
それはもう長い事ね。
貴方の人生を三倍したくらいはあった。
何十年かしら。
その間、妹紅は飲まず食わずだったのよ。
餓死するまで絶食して、死んだらまた蘇って。
蘇るたびに、表情が薄くなっていって。
その繰り返しを何年も何年も……。
なんでそんな事をするのか分からないわ。
ただ、人は飢えと孤独が天敵なの。
妹紅はその両方に襲われていたわ。
空っぽなのは、お腹だけじゃない。
心も失っていったわ。
けど、ある日……本当に長い年月を過ぎたある日ね。
妹紅の幼馴染が、山へやって来たの。
本当に竹馬の友って言えるくらい仲が良かったんだって。
ただ、妹紅の知っていたそれとは全然違う姿をしてた。
髭を蓄えて、顔には何本も皺が走って、上等な着物をきて。
何もかもが昔とは違ってたの。
当然の事よ、何十年も経ったんだから。
その人の瞳に映る、ずっと少女のままの自分が異端なのだから。
その人はどこから聞きつけたか知らないけど、妹紅の居場所を知ってやってきた。
ずいぶん歳をとって老けたけど、一目でわかったそうよ。
やたら見た目を気にするのに見た目が変わっても分かるのだから、人間って不思議なものよね。
妹紅はもう何十年ぶりに人と会って喋り方も忘れてたから、無言で話を聞いたの。
その人が言うにはね、今度、自分の孫が結婚をするんだって。
その為にお金が必要なんだけど、今自分がやっている仕事はあまりうまく行ってなくて纏まった金をすぐに用意するのは難しい。
だから、この妖怪を倒してきてほしい。
そうすればお国から金を貰える。
そして……孫の結婚式に出てほしい。
自分は、お前の事をずっと友だと思っていた、ずっと探していた……と。
そう言って妹紅に妖怪のお達しを渡したらしいわ。
その時代、妖怪の首に懸賞金がかかる事なんて珍しく無い。
妖怪退治屋も、元を辿ればそれで稼ぎ始めた人が祖先だもの。
妹紅は、何も言わずその紙を受けとって森に消えた。
まあ、死なないんだから妖怪退治なんて訳ないのね。
三日もせずに捕まえてきたわ。
山のような身の丈でもあろうかという大妖怪をね。
その幼馴染に殺した妖怪を引き渡して、妹紅は約束通り結婚式への招待を受けた。
式は三日後に控えている。
とはいえこのままの見た目では絶対駄目。
飲まず食わずでも見た目は変わらないんだけど、何しろ風体が拙い。
服や髪は泥だらけだし、体にはノミが沸いていた。
すぐさま風呂に入って身なりを整え、事情を知らぬものなら目を引かれるぐらいには美少女になったわ。
まあ多分、結構浮かれてたんじゃないかな。
友達の孫が結婚ってのはめでたい以外のなんでも無いでしょ?
そして妖怪の首を持って役所に行った。
そりゃ数十年の寂しさを埋めるには頼りないだろうけど、知人と連れ歩く道中はさぞ楽しかっただろうね。
傍目で見れば孫と娘くらい背丈も違ったけど、口下手な妹紅が尽きない話をするなんて奇跡よ。
あぁ、楽しいってのは辛い事のお通しなのかしら。
妖怪を引き渡すとお金をもらえるという役所について、急に妹紅は幼馴染から殴られたの。
痛みは無かったけど、呆気に取られた。
驚いたのは殴られた事じゃなくて、役所から男が何人も出てきた事。
何人もの男が手に刀やら鋸やら物騒なモノもって出てくれば誰だって恐怖する。
幼馴染は妹紅にこう言った。
お前を捕まえて金にする。
孫の結婚式は本当の話だ。
嘘だったのは、妹紅をそこに呼ぶという事。
あぁ、妹紅は言いたがらないけどこうも言ったらしいわ。
妖怪を孫に近づけるわけないだろ。
思い上がるなこの外道が。
人間は皆残酷ね。
どうやら、倒した妖怪よりも何倍の懸賞金がかけられていたらしくて。
裏切りで呆気に取られてたら不意に後ろから金槌で頭を潰された。
家畜を殺すみたいに、解体作業のように。
憎しみも何も感じず首を刎ねる。
ただの屠殺だよあんなの。
トドメを指したのは……幼馴染だ。
どっから持ってきたのか出刃包丁で妹紅の胸を――グサッと。
まあ、貴方も知ってる通り妹紅は不老不死なの。
……不幸にもね。
立ち上がりそこにいた男衆を全員殺して……あぁ、ソイツが持っていた道具を使ってね。
刀なら刀で。
金槌なら金槌で。
素手だったやつは……殴殺よ。
可哀想とはあまり思わないけど、あの人達も食うために仕事を全うしただけなのよね。
誰が悪いと言うわけでは無いわ。
ただ、同情するフリをして金の為に妹紅を裏切った人間なんかに、私は哀れとも思えない。
気がつけば辺りは死屍累々。
幾つもの屍が転がり、血溜まりに眼球が転がっている。
ただ、一人だけ生きている者がいた。
妹紅の幼馴染よ。
ソイツは顔を真っ青にして妹紅にこう頼んだの。
許してくれ、殺さないでくれ。
妹紅は何も言わなかった。
何も言わず、涙すら流さなかった。
そして妹紅は……幼馴染を食べたわ。
皮を剥ぎ腑をとりだしてその原型すら残らない肉片を貪り続けた。
髪の毛一本、血一滴残さずにね。
それがどんなに悲しい気持ちだったかは分からないわ。
私は妖怪だから。
貴方は人間なら妹紅の気持ちがわかるわよね。
家を、家族を、人としての存在すらを失って、最後の頼りである友を失った辛さ。
その全てに裏切られているあの娘の業。
そして、妹紅はソイツが左手薬指にはめていた指輪を遺族に返しいく宛の無い旅に出た。
長い……千年以上の旅にね。
「……これが妹紅の話していない部分」
ミスティアは、そう締めくくった。
喋り続けて喉が渇いたのかゴクゴクとお茶を飲んでいる。
何故私にそんな話を……なんて野暮な質問をしようとは思えなかった。
突き詰めても理由なんて無いんだろう。
予感がした――本当に、ただそれだけでこの話をしにわざわざこんな所まで来たのだ。
理由は無いのだろうが、それをする意味はきっと有る。
何か……今はハッキリとは分からないが、大切な意味がこの話をされた事に有るのだ。
「そんな事が……あったのか」
「大昔の話だろうけどね。桃から人が生まれるよりも」
「けど、まだ妹紅は鬼ヶ島から帰ってきていない」
「え?」
「……いや、何となくそんな気がしただけだ」
「へぇ……」
ミスティアは湯呑みをちゃぶ台に置き、不意に私の事をジロジロと見つめてきた。
そして上目遣いで私にこういう。
「昨日から思ってたのだけど、貴方って変な人よね」
「そうか?」
心なしかミスティアか顔を近づけてくる。
お茶で潤った紅い脣がそこに。
「うん。とっても変。変人大賞があったらぶっちぎりね」
「なんだそりゃ……って、近くないか?」
「本当に変な人ねぇ。うふふ」
さらに狭まっていく距離。
吐息が髪にかかりそうだ。
いやもう息遣いが聞こえて来る。
ハァ、ハァって。
……荒く無い?
「あの、ミスティアさん?」
「さんなんて付けないで」
「いや、この距離感はちょっと拙いというか」
不意にミスティアは私の肩へ抱きつくように手を回し、チョコンと膝の上に座った。
小柄な体は思った以上に軽い。
無いような二人の隙間越しに見えるその瞳は薔薇のように紅く情熱的であった。
その扇情的に染まる頬をふっと緩め、ますます距離は縮まっていく。
「……なんか文体が官能小説だ」
「貴子……好き」
「え?寿司?」
「昨日見た時から……我慢できなくて」
そう言うと、ミスティアは着ていたカーディガンのボタンを器用に片手で外し、前開きにする。
布一枚の防衛線はあえなく撤去され、地肌へ直に熱が伝わって来る。
抱きしめる力は強くなり、肌と肌、胸と胸が接触する。
私の耳にはミスティアの喘ぐような荒い、それでいてか細い呼吸が入ってくる。
胸から聞こえるこの煩い鼓動の音は、私のものか、それとも――。
妖艶な色味を帯びた肉体は無抵抗な私の体へ絡みつき、その抵抗の術を奪った。
そしてとうとう……唇と脣は……。
「何してるのよ」
触れ合わなかった。
「幽香!」
顔を可能な限りそらして幽香を見る。
幽香はミスティアの頭をがっしりと掴んで離さない。
ミスティアはモゴモゴと暴れているが幽香には赤子の駄々暴れに過ぎない。
あと薄紙一枚の距離だった。
あぁ良かった、助かった。
不幸中の幸いだ。
「どういうつもりか説明しなさい」
あぁ良かった。
全く助かってなかった。
不幸中の不幸だ。
これは世に言う、修羅場ってやつか。
その場にまさか本物の修羅がいるものだとは。
「ねえ貴子」
「はい」
いやに優しい声をかけられる。
理由は簡単。
ジェットコースターは落ちる前に上がるモノだ。
「私は店を見ておいてって言ったわよね?」
「はい。見ていろこの馬鹿と言われました」
コースターはレールの最上点に達した。
ここからは死を覚悟せねばならない。
猛スピードで落ちるだけだからだ。
努努脱線しない事を祈るのみである。
「そんなのがお望みなら、存分にしなさい――」
そう言うが先か、私の頭を掴むが先か。
右手に私、もう片方にミスティア。
絶叫系には二種類有る。
ジワジワ登る物と、いきなり最高速度を出すもの。
どうやら今回は後者だったそうだ。
私の顔面は、同じく掴まれたミスティアの顔に思いっきりぶつけられた。
激突する鼻先。
それはそれは顔全体が混ざりそうなくらい激しい接吻だったとさ。
妹紅は人間の枠から外れてしまったのでしょうか。
正しくひとでなしの貴子が解決してくれる事を願います。
次回は慧音先生がメインだよ。