私の想いが色濃く出てしまいました。
亡くなられた全ての方にご冥福をお祈りします。
平和な空の下
蝉も七日間の人生を謳歌し終えて静かになってきた。
永夜の異変から少し経って、世間が少しずつ落ち着きを取り戻してきたと言うのに、相も変わらず騒がしい女がいた。
女は、二度目の人生だった。
寺子屋の教員室で椅子にもたれてギコギコと鳴らしながら、懲りもせずに煙草を燻らせている。
その女の名は――
「貴子!」
「ん?」
「ここは禁煙だと何回言えばわかるんだ!」
「慧音、花火師の悲劇って知ってるか?」
「……何だそれ」
「町を綺麗にしようって言う名目で花火を禁止にしたら、花火師が仕事を失って伝統が一つ失われたって話だよ。花火は汚いか?私はむしろ綺麗だと思うんだ」
「話を逸らすな」
「一緒だよ。禁煙ブームでどれだけのタバコ売りが泣いたか。私はこの文化を守りたいだけなんだ」
「……そうか。確かに一理あるかも知れないな。花火師の悲劇、聞いたこともなかったよ」
「今私が作ったからな」
「……貴子、私はこの怒りをどうしたらいいと思う?」
「一本吸えば落ち着くんじゃないか?」
「馬鹿者!」
煙草は消えたというのに、煙がぷすぷすと上がった。
出所は貴子の額だ。
けしからんという態度はそのままに、慧音が話題を振った。
「……貴子、お前に話がある」
「何だよ」
「花屋は順調か?」
花屋というのは、貴子の家を改築してオープンした『フラワーショップ風見』の事である。
店主も店員もフダ付きで、色々と曰くの絶えない店だ。
「順調ならこんな所にいないさ」
「それもそうだな。風見幽香は元気か?」
「残念なことに元気だ」
「そうか……貴子、この新聞を読んでくれ」
「新聞?」
一冊の新聞が貴子に手渡される。
その一面記事を見て、貴子は目を瞬いた。
「花の異常発生!?何だこれ!」
新聞には一枚の写真があった。
何もなかったはずの平野が、一面の花畑に変わっているという写真が。
季節を無視して紅葉や牡丹、芒に菖蒲と咲きたい放題であった。
「疑うつもりはないんだが、お前と幽香は関与してないんだな?」
「もちろん無罪だが……こんな事が起きたら幽香が疑われるに決まってる。何てこった……」
「貴子、落ち着け。私は今回のコレの原因を知ってるんだ」
「そうなのか?」
「あぁ。コレは異変でもないし、博麗の巫女に退治される事もない」
「よかった……しかし花がこんなに咲くなんて、一体何が原因なんだ?」
「毎年梅雨がくるように、六十年に一度花が溢れる時期が来るんだ」
「へぇ……あんなに花が咲くのか?不思議なことがあるもんだ」
「それでな、何かの害があるわけでも無いし、いい機会だから子供達に花の勉強をさせようと思ってな」
「そりゃあ良い。子供と言えど花の一つでも愛でれなきゃな」
「そこでなんだが、お前の店に花を注文したい。四季の花をそれぞれ十輪ずつ頼めないか?」
「……返事は少し持ってくれ。何せ花を仕入れるのは幽香だからな」
「あぁ、手間をかけるな」
「良いさ。気にすんな」
翌朝。
場面は変わって件の花屋。
貴子は幽香に、慧音からの注文を説明した。
「……という訳なんだが、仕入れて来てくれないか?」
「嫌よ」
にべもなくキッパリと断る幽香。
その反応は予想の範疇だった。
だからといって食い下がれる訳でもない。
「慧音はただでさえ客が来ないこの花屋のお得意様だぞ?頼むよ」
「嫌よ」
「何でだよ」
「面倒だからよ」
「お前なぁ……」
「花なら貴方が取りに行けば良いじゃない」
「私が?」
「えぇ。妖怪退治屋でしょう?」
「そう言うなよ。お前の能力でチョコチョコっとやってくれるだけで良いんだ」
「私は便利屋さんじゃないの。苦労せずに何かを得ようとすると堕落していくわよ」
「……お前に真っ当な事を言われるとは」
「急いだ方がいいわよ。あの花たちはすぐに枯れるわ」
「そうなのか?」
「別に信じなくてもいいわ。数日経てばわかるもの」
「ぐぬぬ……」
幽香は花模様のティーカップを傾けながら、思い出したかのようにこう言った。
「最近、里の外で不審な奴がいるそうよ」
「なら尚更行けないぞ」
「何言ってるのよ。妖怪退治屋の貴方が行かなくて誰が行くの?」
「博麗の巫女じゃないんだ。妖怪退治ってのは命懸けなんだぞ?」
「懸け惜しむ命かしら」
「私一人の命じゃないんだ。死んだら義理が立たん」
「へぇ……ところで今思い出したんだけど、私貴方にお金貸してたわよね?」
「……何のことだ?」
「誤魔化すな」
家の外の鳥が何処かへ逃げるように飛んでいく。
不審な影よりも怖い存在が殺気を放ったからだ。
一番近い場所でそれを受けた貴子が、身動きなど取れるわけもなかった。
「返して欲しいんだけど……無理よねぇ」
「……何が言いたい」
「依頼をしようかと思って。妖怪退治屋なんでしょう?里の外にいる妖怪を一匹、退治して来てくれないかしら」
「あ!?」
「まさか、断れる訳ないわよね?」
逆らえば殺すと、幽香の顔には書いてあった。
というよりも、常日頃からそう書いてある。
「……はい」
「さっさと行ってきなさい」
「ちくしょう……帰ったら覚えてろよ!」
「あぁ、そうそう。花畑には妖怪が集まるから注意しなさい……って、もう居ないじゃない」
幽香が話し始める時には、既に玄関の戸は空いていた。
呆れ半分に溜息を吐く。
「人の話は最後まで聞けと教わらなかったのかしら。今日が命日になるかも知れないわね」
紅茶のおかわりを淹れながら幽香は誰もいない家の中で一人呟いた。
「勢いに任せて出て来たけど……どうしたもんか。花さえ摘めればそれで良いんだよな。わざわざ妖怪を退治する必要もないだろう」
里の外に向かって走りながら貴子は呟く。
人里と外との門を潜った所で、その歩みは止まった。
「写真では見たけど……ここまで咲いてるともはや恐ろしいな」
まるで絵の具を載せたパレットのように、色と色とが混ざり合っている。
それでいて濁らず、一色一色が際立っていた。
花の絨毯を極力潰さぬよう貴子は進んだ。
「慧音の言ってた花は……この辺りには無いな。もう少し向こうか」
貴子はあまり里の外へは出ない。
危険という事もあるし、何より用が無いのだ。
せいぜいミスティアの屋台へ行くか、たまに紅魔館へ寄るぐらいだ。
しかし、里の法が適用されない故の利点もある。
それは……。
「タバコが吸い放題ってのは良いね」
貴子はそう言いながら、また一分寿命を縮めるのであった。
ブラブラと歩きながら花を探す。
時刻は正午を迎えていた。
ほぼ何も考えずに歩いていた貴子は、今までの花とは少し違う感触を足に感じて我に帰った。
「これは……彼岸花か?こんなのも咲くのかよ。縁起でもない」
足元で咲いている小さな炎をマジマジと見る。
貴子はその花が心なしか、寂しそうに感じた。
花を見て愛でる大層な感性は持ち合わせていないが、兎にも角にも目が離せなかった。
「これも持っていってやるか」
「あー!」
「っ!?」
彼岸花を摘もうとしゃがんだ途端、後ろから大きな声がした。
先程の静けさとの差で、心臓が飛び上がった。
「その花は取ったら駄目だ!……って、貴子?」
「小町!?」
職務怠慢の死神、小野塚小町が花畑から現れた。
昼寝でもしていたのだろうか、横になられるとこの花畑では居ても気づけない。
「アンタ、こんな所で何してるんだい?」
「お花を摘みに参りましたの」
「あぁ、オシッコか」
「そう言う意味じゃない。文字通りだ」
「花摘みかい?放っておいても枯れるのに」
「観賞用だ」
「……だとしても、彼岸花だけは取ったらダメだよ」
「何でだ?」
「……ここじゃアレだね。場所を変えよう」
小町に言われるがまま、花で覆われた丘を登る。
もっとも見晴らしがいい場所に、小さな切り株があった。
「ここは私のお気に入りなんだ。座りなよ」
「……凄い景色だな。辺り一面の花畑。ここはあの世か?」
「そうじゃ無いことはアンタもよく知ってるだろう?」
「屋台と呑み屋の立ち並ぶあの世なんて夢がないからな」
「ろくでなし女はあの世の夢を見るか?」
「名作SFを気安くもじるな」
「へぇ。先生みたいなことを言うんだね」
「先生だからな。寺子屋で教師をやってんだ」
「教師?アンタが?あははは、こりゃ傑作だ。騒ぎを起こす方法でも教えてるのかい?」
「お前みたいな奴のブッ飛ばし方を教えてるんだ」
「そりゃいいや。この頃妖怪に襲われる子供が増えててね。それを運ぶのはアタイらの仕事だってのに」
「幽香って奴も運んでくれないか?」
「死んでもやだね。あんな極悪、向こう岸まで何年かかるか分かったもんじゃない」
「何年ぐらいだ?」
「さぁね。十年くらいじゃないか?」
「何で私より短いんだよ」
小町がケタケタと笑う。
五十年の三途の川を乗り越えた者同士、しばしの近況を語り合った。
「それで、結局死神様が何しに来たんだ?三途の川はどうしたよ」
「……あぁそうだった!おい貴子、彼岸花だけは絶対に取るなよ!」
そう言って走り去ろうとする小町。
しかし、三歩もせずにその足は止まる事となる。
急に立ち止まったせいで、担いでいた大鎌がガシャンと軋んだ。
「小町、待ちなさい」
「げげ」
「何ですか。その反応は」
「映姫様……何でこんな所に」
「それを聞きたいのは私の方です。こんな所で何をしてるのですか?」
「いや……休憩を」
「そんなの仕事が終わってからいくらでもしなさい。大体アナタはいつもいつも……」
どこからか長話の好きな閻魔が現れた。
貴子は映姫と関わってロクな目に遭っていない。
できれば遭遇したくない相手であった。
そのことを知っている小町は、映姫が説教モードに入った事を確認し、貴子にこっそりと指で示した。
バレないうちに逃げろの合図だ。
受け取った貴子は足音を立てぬよう立ち去ろうとした。
が、ダメだった。
「どこへ行くのですか?」
「えっ!?」
「久しぶりですね」
「人違いです」
「まだ何も言ってませんけど」
ピリッとした声色。
しかし攻撃の意図はなかった。
小町が尺で叩かれてタンコブまみれになっている。
貴子にはそれが数分後の自分を示唆している気がした。
「私はもうアンタと無関係。立ち止まる筋合いはないよな……映姫」
「輪廻を破った貴方と閻魔たる私、無関係とはいきません。少し話をさせてください」
「やだね。死んでるうちはまだしも生きてる時に三日三晩話されたりしたら洒落にならん」
「話というのはですね……」
「嫌だって言ってるだろ。長話は死んでからいくらでもしてくれ」
そう言って貴子は逃げ去ろうとした。
しかし、構えを取った段階で計画は潰えた。
タンコブまみれの死神の妨害によって。
恐ろしい怪力で貴子は後ろから羽交い締めにされた。
「なっ小町!どういうつもりだ!」
「水臭いじゃないか貴子!どうせ怒られるなら二人でだ!」
「この野郎!道連れにするつもりか!」
「死なば諸共だよ!」
「静かにしなさい!」
映姫に雷を落とされる。
腰に手を当ててプンスカと起こる仕草は、部下からよくあざといと言われている。
本人は無自覚である。
「長いのが嫌なら結論だけ言いましょう!貴子さん、貴方には死神になってもらいます!」
「えっ……えぇぇっ!」
小町と貴子の叫びがハモった。
「そ、そんな映姫様、あたいはクビってことですか!?」
「待て映姫!私に死ねってのか!?」
「一度に喋らない!だから人の話はよく聞けと教わるんです」
映姫が軽く咳払いをする。
騒ぐ二人が落ち着いたのを見計らって、話を続けた。
「貴子さんにやって欲しいのは、死神の手伝いです」
「……死神の手伝い?どういうことだ?」
「正しく理解してもらうにはまずこの花について説明する必要がありますね……」
映姫が近くの切り株へ腰掛ける。
結局長話を聞かされるのかよと、貴子は心の中で毒吐いた。
現在、幻想郷で起きているのは花の大量発生。
ですが、これは異変ではありません。
雨や風と同じ自然現象なのです。
その原因は何か……。
実は、完璧と思われていたこの幻想郷の結界にも弱点があったのです。
専門家ではないので詳しいことは分かりませんが、どうやら六十年周期で結界に緩みが生じるらしくて。
それだけなら良かったのですが……。
貴子さん、まず一つ知っておいてください。
今咲き乱れている花には、亡人の魂が宿っています。
行き先もわからず迷った魂は、花に宿り開花してしまいました。
それがこの花たちです。
そしてもう一つ知っておいて欲しいのは、結界の緩みです。
緩んだ結界の穴から、外の世界の魂が流れ込んできてしまいました。
死者の魂の案内が我々の役目。
死後を安穏に過ごせるよう、幻想郷に迷い込んだ魂を小町達があの世へ導く予定でした。
ですが……今回については、私たち閻魔にとっても予想外のことが起こったのです。
魂の量が、あまりにも膨大でした……。
一万か、それとも十万か……。
六十年前に外の世界で何があったのかは知りませんが……あまりにも多くの命が、失われていました。
無数の魂が幻想郷へと迷い込み、花となって姿を表した。
それがこの花たちの……正体です。
私たちの目的は、その魂をあの世へと運ぶこと。
本来は小町の役目なのですが、あまりに量が多いので私も手伝いに来たのです。
そうしたらあろう事か小町がサボっていた訳ですが……コホン、今は置いておきましょう。
問題は人手が足りぬということ。
死神の仕事は性質上なかなか担い手が見つかりません。
そもそも人手が足りていれば小町なんてすぐにクビです。
魂を扱うというのは、それだけデリケートな仕事なんですよ。
貴子さん、貴方は一度死んでいる。
生と死を併せ持つ貴方なら、魂を導くこともできるはずです。
どうか私たちに、手を貸してくださいませんか。
……嫌だというならそれも仕方ありません。
貴方からすれば私は少なからず因縁の相手でしょうから。
受けるかどうかは貴方の自由、我々にそれを責めたてる権利などありません。
……ところで関係のない話なんですが、私は今とある物を持っていまして。
これが実に珍しい代物。
貴方の逮捕状です。
これは中々に拙い状況ですよ。
だって、あの世が貴方を捕まえようとしているという事ですから。
きっかけさえ有ればいつでも貴方をあの世へ連行する権利を、私は持っています。
あまつさえ貴方は再び異変を起こした。
きっかけとしてこれ以上のことがありますか?
本来ならば貴方をここで縄に縛りあの世へと連れて行ってた所です。
今の状況がイレギュラーだから、見逃しているんです。
貴子さん、肝心な報酬の話をしてませんでした。
アルバイト代は、この逮捕状では足りませんか?
「てめぇ汚いぞこの野郎!」
「ある意味一番の死神だよこの人」
「悪い話ではなかったと思うのですが……残念です」
「お前覚えてろよ!」
「恨みは死んでからいくらでもしてください」
凛とした表情で貴子の怒りを跳ね除ける映姫。
ヤクザまがいの脅しに貴子は心底嫌気がさした。
「なぁ小町……」
「何だい」
「閻魔っていう字に『魔』って入る理由がわかったよ」
「悪魔とか魔王とかの仲間だからね」
「お前も大変だな」
「アンタもね」
もはや映姫にこき使われる者同士、傷を舐め合うしかないのであった。
散々な言われようの映姫。
彼女の閻魔の尺には、言われた悪口の回数が書かれている。
その数と小町が叩かれる回数が一致しているのは、偶然か必然か。
全ては閻魔様のみぞ知っている。
「それでは小町、行くわよ。そこの罪人さんにはお別れを言いなさい」
「な、映姫様……もしかして、怒ってます?」
「私は閻魔大王ですよ?私情を挟むわけが無いでしょう。まさか無法に蘇った挙句、お願い事を断られたとしても私は怒りません」
「なるほど、激おこなんですね」
「罪人を捌くのは死んでからです。そこの貴方、せいぜい二度目の今世を楽しんでください」
冷たく言い放つ映姫。
彼女をよく知る小町ですらドン引きであった。
まして言わんや、映姫に良い印象を持たない貴子が看過するわけもない。
「おいコラ映姫!てめぇ喧嘩売ってんのか!?」
「私が間違った事を言いましたか?」
「言い方が間違ってんだよ!正論なら何でも許されると思うな!」
「言葉遣いについて、貴方に怒られる筋合いは有りません」
プチンという音が鳴る。
貴子の拳が空を舞っていた。
フライトの目的地は映姫の顔面である。
「おい貴子やめろ!」
「どけ!」
小町が止めに入るが遅かった。
貴子の鉄拳は既に映姫の鼻先を捉え、真っ直ぐに進む。
残りわずか数センチ。
鈍い音。
ぶっ飛んだのは、貴子であった。
見事な一本背負いで地に伏せられたのだ。
「私に暴力は震えません」
落ち着き払って足元に伏す貴子を見下す映姫。
沸る怒りはますます過熱し、貴子から冷静さを奪っていった。
起き上がり飛びかかる貴子。
正拳が飛ぶ。
鈍い金属音。
小町が大鎌の刀身で、貴子の拳を受け止めていた。
「貴子!アンタの気持ちも良く分かるが、映姫様はあたいの上司だ。オイタが過ぎちゃ見過ごせないよ」
正に死神のような冷たい眼で貴子を睨む。
金属に打ち付けられ痛む拳を匿いながら、貴子は構えを取り続けた。
小町の怒りの鋒は後ろの映姫に向けられた。
「映姫様、貴方も貴方です!貴子が蘇った事に、本人の意志はありましたか?そもそも来世が無かったのが事の発端。それはコチラの不始末でしょう!」
「…………」
「今は喧嘩をすべき時じゃない!優先すべきは迷える霊を救う事!それを一番分かってるのは映姫様、貴方でしょうが!」
鬼気迫る小町の怒声に貴子は拳を下ろし、映姫は目を伏せた。
ささやかな静寂が花を揺らす。
「おい映姫!」
「……何ですか?」
「死神の手伝い、やってやるよ」
「本当ですか?有難うございます」
「ただ報酬について条件がある」
貴子はタバコを咥えてめいいっぱい煙を吸い、映姫の顔を指差して言った。
「もし仕事が終わったら、一発ぶん殴らせろよ」
「……お安い御用です」
「忘れるなよ。今の言葉」
「えぇ。閻魔ですから。それでは小町、貴子さんに仕事の説明をなさい」
「へいへい」
それだけ言うと、映姫はスタスタと何処かへ立ち去っていった。
小町と貴子は、もともと喋っていた場所に腰掛け、仕事について話した。
「死神の手伝いっても、そんな難しい事じゃないよ」
「そうなのか?」
「アンタもやった事があるんじゃないか?死神といやぁこれだろ?」
小町は貴子にあるものを手渡した。
それは確かに見た事があるものだった。
「鎌?」
「あはは、死神らしくなったじゃないか」
「何処がだよ。お前の持ってる大鎌ならともかく……これはどう見ても草刈り用の鎌じゃないか」
貴子が渡された鎌は、片手に収まる小さなものだった。
小町の持っている肩に担いでやっとの大鎌とはもはや全くの別物である。
「鋭いねぇ」
「え?」
「あたいらは今から何をすると思う?」
「……まさか」
「この花だって立派な命さ。それを刈るのも死神の仕事ってね」
「……そんな仕事なら誰でも良かったんじゃないか?」
「そう簡単にも行かないんだよ」
「どう言う事だ?」
「やれば分かるさ」
そう言って笑う小町の顔は、どこか自嘲的であった。
怒りに乗せられて仕事を引き受けた己の軽薄さを貴子はただただ呪った。
「それじゃ、その辺を頼むよ」
「あぁ……しかし、草刈りなんてやらされるなら逃げとけばよかった」
ぶつくさと言いながら、彼岸花が多く咲いている場所にしゃがむ貴子。
一輪目の花に鎌の刃を当てる。
綺麗に咲いている花を刈ることには少なからず抵抗があった。
どこか悲しげに咲いている花たち。
仕事だからと自分に言い聞かせ、鎌を握る手に力を込める。
最初の花を刈って理解した。
映姫が己を選んだ意味を。
「っ!?」
「どうだ。『見えた』かい?」
「今のは……」
「アンタには何が見えた?」
「……空だ。あれは……朝の景色。ひもじい想いをしていた。窓から外を見た瞬間……世界が真っ白になった」
「そうかい。上出来だよ」
「おい小町!アレは何だ!?私は何を見た!」
小町はハナからその説明が来る事を見越していたかのように、滔々と語り始めた。
「花を刈った瞬間に、アンタは記憶を見たんだ」
「……記憶?」
「あぁ。その花に宿る霊が亡くなる直前のね。今貴子が見たのは、その花に宿る魂の生前の景色さ」
「てことは何だ……この大量の花たち一つ一つにその記憶があるのか?」
「あぁそうだ。死神も簡単じゃないだろう?」
「しかしあのひもじさは……」
「立ち止まってもいられないよ。花はゴマンとあるんだ」
「……そうだな」
今さっきまでサボっていた小町に仕事を急かされるのは腑に落ちなかったが、何より貴子には今見た景色が脳裏に焼き付いてしょうがなかった。
その後も貴子はせっせと花を刈り続けた。
一輪一輪刈るたびに、鮮明な景色が頭に直接流れこんでくるようだった。
見えるのは、写真のような風景だけでは無かった。
その時に抱いていた感情や想いが、鮮烈に伝わってくる。
ただでさえ炎天下の草刈り作業。
肉体的にも辛かったが、何より心が抉られた。
一時間ほど働き、すこし休憩しようと思った頃。
ちらりと小町の方を見た貴子はしばし絶句する。
小町の働きぶりは見る者の目を奪うのに、あまりにも十分であった。
担いでいた大鎌を器用に使い、十輪か二十輪かの花を纏めて刈り取っていた。
当然、仕事を終えた面積は貴子のそれの数十倍大きかった。
「……大丈夫なのか?」
「何がだい?」
「そんな風に纏めて刈り取っても」
「そりゃ記憶も一気に入ってくるよ。今さっき刈った十六人分、説明してこうか?」
「いや、良い。初めて小町を凄いと思ったからさ」
一輪摘むたびに脳天が割れるような衝撃を受ける。
ましてやそれを一度に十輪など、想像すらできない。
「こればっかりはアタイの方がベテランだからね……もっともこんな事、慣れたくも無かったけどさ」
「なぁ小町……一つだけ気になったんだ」
「何?」
「一時間くらい働いて……結構な花を刈ったし、それだけの記憶も見た」
「あぁ。手際がいいね」
「その、記憶なんだけどさ……全部、一緒なんだ」
「……一緒?」
「性別も年齢もバラバラ……だけど、皆ひもじい思いをしてる。お腹をすかしてるんだ」
「飢饉でもあったんじゃないか?」
「それだけじゃない……全員、結末が同じなんだよ。全員最後は、空が真っ白になって……そこで終わるんだ」
「へぇ……何があったんだろうね」
「私は一体、何を見てるんだ?」
「……全てが済んだら、映姫様に聞きなよ。アタイに分かるのは……ここにいる魂は全員幸せに死んじゃいないって事だけさ」
「私は何か、恐ろしいモノを見てる気がするんだ」
「死神より恐ろしいモノはないよ」
「……少なくとも、私には人間の悪意の方が何倍も怖い」
「ははは、それもそうかもね」
声こそ笑う小町だが表情か、はたまた足取りか。
そう言ったほんの僅かな誤差が積み重なり、大きな違和感となって貴子を襲った。
「お前は知ってるのか?この花たちの末期を」
「さぁね。アタイら死神にゃそんな事関係ないのさ。ほら、仕事仕事」
立ち上がって続きを刈りはじめた小町。
それは休憩終わりの合図でもあり、これ以上踏み込むなと言う警告のようにも取れた。
無駄な詮索はしたくないが、花を刈るたびに今際を見せられては嫌でも気になるだろう。
黙々と作業して少しづつ積まれていく花の残骸たちが、貴子には何とも悍ましい異形の物に思えた。
しかし嫌悪など貴子が抱いた感情の一片に過ぎない。
貴子に湧いた気持ちの本質は哀しさ。
思わず胸の奥がズキンと痛む。
花の残骸を見ていると、どういうわけか悲しくなってくるのだ。
理由など分からない。
貴子は思った。
花となり咲いた霊たちはまるで叫んでいるようだと。
死者たちの声は怒り。
あるいは無念。あるいは嘆き。
小町の台詞が改めて重くのしかかる。
『ここにいる魂は全員幸せに死んじゃいない』
死は悲しみの象徴だ。
別れを伴う出来事から、喜びは得難い。
「お前ら……幸せだったか?」
花たちは答えない。
穏やかな風が優しく花びらを撫でる。
「どうか安らかに眠ってくれよ」
彼岸花に鎌をかけながら、貴子は呟いた。
映姫への私怨などとうに忘れて、胸いっぱいの供養を添えた。
また、一人の記憶を見る。
「ワシはお父の仇を討つんじゃ!鬼畜米國討ち滅ぼすんが、死んだお父への弔いじゃ!」
丸坊主に迷彩柄の帽子を深く被った少年が、どこかの家で火を吹いていた。
袖のないシャツから見える腕には脂肪がなく……よほどひもじかったのであろう。
爪に、何度も噛んでいる跡があった。
激情のままに暴れる彼を、一人の女性が言葉で取り押さえた。
「何をしたってもうお父は戻ってこん。アンタ、私を人殺しの親にしよるんか?」
「戻ってこんから殺すんじゃ!悪いんは敵じゃろうが!」
「違う!戦争がいかんのじゃ……お前のお父は敵兵に殺されたんと違う!戦争に殺されたんじゃ!」
「そんなもん分かっとる!」
少年は顔を赤くして怒鳴った。
細く枯れた眦から血のような涙がポタポタと溢れた。
「ワシは……何を恨めばええんじゃ……」
「何も恨まんでええ。恨まんでええ……優しい人になりなさい」
「お母……」
「アンタならなれる。だってアンタはあの人の――」
時計が八時十五分を指す。
街は怪獣の咆哮と共に、光へ消えた。
「またあの光……」
あるいは老夫婦。
あるいは若い女。
あるいは赤子。
花の数だけ人がおり、記憶がある。
過程はバラバラだが辿る結末は同じ。
見る記憶全て同じ時間帯。
八時十五分。
そして何度も出てくる言葉。
『戦争』
この花たちに何が起こったのか、貴子は少しづつ理解し始めた。
「八時十五分に……みんな死んだ」
何が原因かは分からない。
いや、分かるには分かる。
光、音、熱。
人が感じられる全てが苦しみに直結していた。
もう他人事とは思えず、貴子はその原因を全力で思案した。
思いつく全ての可能性を出してやろうと、足りない頭で考えた。
一つ一つの記憶に、向き合った。
だが納得のいく答えは分からなかった。
光の正体を掴めず、眉間に皺を寄せた。
もはや思考回路は知恵熱寸前。
鈍い頭痛がして、頭を押さえた。
不意に、手にある物が当たった。
「……コサージュ」
風見幽香の顔が浮かぶ。
悪意、殺意。
人を傷つけるための道具。
貴子はハッとした。
手に正解が握られていた。
だが、その恐ろしい答えにとうとう吐き気がした。
八時十五分。
人々に降りかかった光。
その正体は……。
「爆弾……」
その答えは、当たっていた。
不意に貴子は慧音が八月六日と九日に黙祷を捧げていたことを思い出した。
何をしてるんだと問い、慧音は神妙に答えた。
『外の世界に広島と長崎という地方がある。昭和二十年、そこに原子爆弾という兵器が落とされたんだ。ほんの一瞬で、五十一万(※)を超える命が奪われた』
※(正確には広島で32万8929人。長崎で18万9163人。合計で51万8092人もの人が亡くなられた。この数字は被曝の後遺症で亡くなる方を含め年々増加している)
貴子はまず驚いた。
突拍子もない数字に唖然とし、後から嫌悪感が追ってきた。
『そんなモンがあったのか』
『あったんじゃない。今も一万二千基有るんだ』
『……何億人殺す気だよ』
思い出した。
昭和二十年。
時期も重なる。
あの光の正体は、殺戮兵器だったのだ。
「うっ……」
吐き気がした。
胸一杯に気分の悪い感情が詰まる。
貴子はその嫌悪感の塊を何も咲いていない場所へ吐いた。
朝食べた米が見えてもまだ吐いた。
キリキリ痛むのは腹か、心か。
遺産の逆流につられて、涙と鼻水も溢れた。
しかし己の顔すらなりふり構ってられないほど、とにかく腹から込み上げてきた。
人間の悪意より怖いものなど無い。
己の持論が恨めしかった。
「はぁっ……はぁ……っうぅ」
一通り吐き終えて軽くなったのは胃袋ばかりで、心はむしろ重くなった。
濡れた眼に映るぼやけた世界。
死者の魂が咲かせた花畑は、あまりにも広かった。
日が沈みかけ、赤く染まった空の下で小町と貴子は大量の花を籠に入れていた。
何十個もの籠が用意されていたが、それでも足りるか分からない。
「やればできるもんだねぇ。思ってたよりも早く終わったよ」
「あぁ……そうか。良かったよ」
「……どうしたんだい。思い詰めるなんて似合わないよ」
「なぁ小町。妖怪が人を食うのは悪か?」
「うーん。善では無いだろうけど、致し方ない部分もあるね」
「……人が人を殺すのは悪か」
「悪だよ――」
即答だった。
迷いなどなかった。
それが絶対に揺るがない真理であるかのごとく言い放つ小町に、貴子は少し救われた。
「アンタ、気づいたんだね。花が見ている世界の真実に」
「……あぁ」
「アタイには人間の方がよっぽど死神に思えるよ」
「神なもんか。狡猾で残酷な獣だ。自分らが畜生って事にいつまでも気づけない、馬鹿な生き物なのさ」
「そんなに辛いモノを見たのかい」
「なんで人間ってのはこうも愚かなんだろうな」
「自分たちが利口だと信じて疑わないからさ」
「……そうかもな」
それはある意味的を得ていたかもしれない。
救いようもない現実だった。
「それじゃ、行こうか」
「何処にだ?」
「花たちを燃やして弔うんだよ。映姫様がやってくれる」
小町につれられ、貴子は向かった。
身寄りなきものの弔いの地、無縁塚へと。
無縁塚は幻想郷の中でもかなり辺境にあった。
ここへ埋葬されるのは、主に外から紛れ込んできた人間だ。
外界との境界が最も甘い場所であり、外の魂が迷わず成仏できるよう映姫が選んだのだ。
小町らは自分たちが刈ってきた花たちを積み上げ、小さな山のようにした。
幻想郷を包み込んだだけの花を積み上げると、貴子が見上げるほどの高さになった。
何人かの死神が整列し、その前で映姫が火を持っている。
全員が黙って見守る中、映姫は口を開いた。
「皆ご苦労様でした。放たれた魂が迷わないよう案内をしてください。それでは、始めます」
火は瞬く間に広がり、一つの大きな炎となった。
死神たちはみな目を瞑り、黙祷を捧げていた。
静かだった。
貴子も右に倣って目を瞑ろうとした。
だが、燃える炎とは違う音が耳に入ってきて、目を開いてしまった。
それは、啜り泣く声。
映姫の声だった。
膝から崩れ落ち、ボロボロと大粒の涙を溢していた。
手で顔を覆って、しきりに呟いていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
映姫の静かな歔欷は、炎が尽きるまで続いた。
どこまでもどこまでも祈るように続いた。
一通り終わり死神たちもまばらになった所で、貴子は灰となった花たちに向け合掌をした。
願わくば、安らかに眠れるように。
「…………」
不意に、隣に映姫が現れた。
同じく諸手を合わせている。
その瞳はまだ赤かった。
貴子は、ずっと聞きたかったことを映姫に打ち明けた。
「魂たちは何処へ行くんだ?」
「貴方が辿ったように三途を渡り彼岸へ向かいます」
「輪廻転生か?」
「はい。また忙しくなりそうです」
「……なぁ映姫」
「何ですか?」
「この人たちの来世はできるだけ幸せにしてやってくれよ」
「……それは彼らの生前の行い次第です」
「そうか。なら良かった。幸せになれるよ」
「……貴方の言う幸せとは何ですか?」
「そうだな……お腹いっぱいになれたら、幸せだ」
「……貴方らしい答えですね」
「ならアンタにとっての幸せって何だ?」
「それは善い行いを積み、人の為に生きることでしょう」
「アンタらしい答えだ」
「変ですか?」
「いや、すごいと思うよ」
「どうしたんですか。貴方らしくもない」
貴子は空を見上げて言った。
「なぁ映姫……もしこの涙が名も知らぬ花たちに流れたものだとしたら、アンタ笑うか?」
「……笑いません。笑わせません」
「人間を殺すのはいつだって人間なんだろうな……なんだかそれがどうしようも無く悲しくってさ」
「……えぇ。ですが貴子さん、人を癒す事ができるのもまた、人間なんですよ」
映姫の声は優しく、いつもの説教臭さがなかった。
風に乗って散りゆく灰を見つめて言った。
「人を傷つけるのは簡単です。それと同じくらい、人を癒す事も簡単なんですよ」
「アンタが言うなら、そうなんだろうな」
「私は閻魔です。私情は挟みません。ですが……一度だけ、私の気持ちを言わせてください」
「あぁ」
「どうして……どうしてこんなに沢山の罪無き命を奪う必要があったんですかっ……!花となった命一人一人に、待ち侘びる明日があったのに……愛する家族が居たのに!私は憎い!こんな惨い事をした者が!」
顔を歪め激情を吐露した映姫は、何より悔しそうであった。
「……花の一つが言ってたよ。悪いのは戦争だってな」
「えぇ。だから許せ。その論法は痛いほど分かります!ですが……ですがっ!」
「私だって許せない。だけどさ、憎しみの果ては……戦争だろ」
「……っ」
「少なくとも私はもう花畑を咲かせたくはない……二度とな」
「……私も同じです」
「私は馬鹿だから難しい事は分からないけどさ……来世でご飯いっぱい食べられたら良いな」
「えぇ……できますよ。きっと、できます」
「今度は平和な空の下で、生きてて良かったと思えますように」
貴子は深く願った。
広い空は、花の煙を受け止める。
映姫の涙を見て、木陰で休んでいた小町が呟いた。
「冥福を祈るよ」
懐から一羽の折り鶴を出す。
折り鶴は空へと舞い立つ。
平和な空を目指してどこまでも、羽ばたいていった。
この想いを忘れないようにしたいです。
キャラたちに私の想いを代弁させるだけのお話になってしまったことに、ここで反省と謝罪をさせていただきます。