ろくでなし東方   作:ほろ酔いちゃん

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だいぶ久しぶりの投稿となりました。
終わらない冬と失われた春が幻想郷を揺るがした。
春雪異変の始まり始まり


第二章 妖々夢編
話の長い閻魔様


 第二章 春雪異変

 

 初夏、幻想郷を襲った赤い霧の異変が当代の博麗の巫女の手により解決してから早くも数ヶ月の時間が過ぎた。

 異変が終わった後の紅魔館は、悪魔の館にふさわしく暗い雰囲気に飲まれていたが、時間が経つにつれ少しづつ元気と活気を取り戻していった。

 最近では異変の元凶ことレミリアが咲夜を引き連れて博麗神社に遊びに来たり、魔理沙がパチュリーとの勉強の修行の成果を試すべくフランに決闘を申し込んだりとなんだかんだで良好な関係である。

 また、フランの精神的成長についてはめざましく、不安定であった情緒が少しずつ穏やかになってきているとパチュリーは結論つけた。

 積年の苦悩についた終止符、皆もその事については思うところがあるのだろう。

 特に仕えの長い美鈴は、人知れず温い涙をこぼしたらしい。

 咲夜やパチュリーはもちろんのこと、言葉こそ無いが妹の羽ばたきをもっとも嬉しく思っているのはレミリアであった。

 本人は隠しているつもりだろうが、霊夢との会話の内容はあらかたフランや館の者の自慢話なのでバレバレである。

 そんな尽きぬ自慢話を聞かされてうんざりしている霊夢は、ほんの少しの苦情として少しづつレミリアに出すお茶を渋くしていくのであった。

 しかしレミリアは渋い顔をしながら、

「日本文化も侮れないわね」

 と言ってその渋茶をすする。

 霊夢もそれを見て渋い顔をするので、博麗神社には渋い顔が絶えない。

 

 突如幻想郷に現れた謎の霊体スタンドも、これまた突如として消え去った。

 その裏には八雲やその他の幻想郷の賢者達の影が見え隠れしていたが、解決さえされたのならどうでもいいという呑気な考え方をする者がほとんどなので特に騒がれることはなかった。

 一応天狗が新聞記事にしたようだが、不思議なことにスタンドは写真にも映らず、大体の者の目には映らないため人里の者からの反応も悪かったのだ。

 そんなウケの悪い記事を天狗達もずっと書くわけがなく、すぐに他の物へと話題を変えたのであった。

 最近のもっぱらの話題は、人里に現れる謎の少女だとか。

 

 そういうわけで、暑かった夏も終わりを告げて幻想郷にはお待ちかねの白い冬がやってきていた……のだが。

 

「おい霊夢」

「魔理沙、貴方の言いたいことはわかるわ」

「なら速やかに改善を求むぜ」

「その発言はきっと私にされたがっているわよ」

「いくらなんでも一週間ずっと鍋はおかしいだろ!」

「一週間連続でご飯をたかりにくる奴に言われたくないわ」

「……あいこにしといてやるぜ」

「どうみても私の勝ちじゃないの」

 

 ある冬の日のこと、今日も今日とて魔理沙は博麗神社に遊びにきていた。

 最近はあからさまに夜ご飯の時間帯を狙ってやってくるのでタチが悪い。

 さらに図々しくも鍋の中の貴重な肉ばかりを突こうとする友人に、堪忍できぬと霊夢は待ったをかける。

 

「あんた最近紅魔館に入り浸ってるみたいじゃないの」

「あぁ……パチュリーに用があってな……おい、野菜ばっかよせるなよ」

「何よ、客のくせして肉を食べようとはおこがましいのよ」

「肉を持ってきたのは私だぜ……それに」

「それに?」

「この野菜……変な味しないか?」

「そう?私は何とも無いけど」

「そうか?……少しは肉よせてくれよ……」

「肉ばっか食べてたら馬鹿になるわよ」

「ネギを食ったら賢くなるとでも言いたいのか?」

「食べたらわかるわよ」

「ならお前に譲るぜ」

「私はもう賢いからいいのよ」

「賢いやつはな、安売りに釣られて足の速い野菜ばっか買っちまって鍋地獄に陥ったりはしないんだぜってあっつ!」

「あら、手が滑ったわ。ごめんなさいね」

 

 魔理沙の膝下に熱々の鍋の出汁が飛び散った。

 言うまでもなくわざとである。

 これじゃあしみになっちまうじゃねーかとブーブーと文句を言いながらも少しずつ鍋は減っていき少女二人の騒がしい晩餐は終わった。

 

「ふぅ、ごちそうさま。皿は洗っといてやるよ」

「ありがとう。助かるわ」

「風呂でも入ってきな。今晩はとくに冷えるぜ」

「えらく親切ね」

「もう鍋は嫌だからな」

「良かったわね。明日はつくねの鍋よ」

 

 音を立てて食器が割れた。

 魔理沙の手元から滑り落ちて。

 これはわざとではない。

 

「すまん……」

「だいじょぶ?」

「……それはお前の献立に言ってやれ」

 

 天狗の書いた新聞紙やらを持ってきて手際良く粉々に割れた食器の処理を終え、魔理沙は皿洗いを再開し霊夢は言われた通り風呂場に向かった。

 博麗神社の風呂はかまどでお湯を炊く形式のため、暖かくするために一度外に出なければならない。

 霊夢は草履を履いてイヤイヤながら引き戸を開ける。

 外はあまりに寒く、吐く息がのきなみ白く凍っていった。

 まるで魂が抜けていくように。

 

「ふぅ……ほんとやんなるわね。いっそ温泉でも湧かないかしら」

 

 そんな独り言を呟きながらも薪を焼べる。

 この焚き火の熱でさえこの寒さではありがたい。

 手をかざして少しだけ暖を取ると、じわじわと手のひらの毛細血管が広がっていく感覚がわかる。

 ふと上を見やると、満点の星空。

 冬の夜空は空気が澄んでいて星がとてもきらやかに映る。

 また一つ大きな白い息を吐いて暖かい風呂へと向かうのであった。

 

 〜少女脱衣中〜

 

「ふぁあぁあ……生き返るわぁ……」

 

 熱々の湯船に肩まで浸かって疲れを息と共に腹から出す。

 風呂の湯気に撫でられて顔が温い。

 最近は、もっぱらこの瞬間が至福である。

 あとは一人熱燗をこたつに入りながらちびちびやってる時だろうか。

 ここ最近はより一層冷え込んでいる気がする。

 いや、間違いなく気温は下がって来ている。

 雪も止んでいる時の方が珍しいくらいだ。

 湯船の中で両足の脛の辺りをそっと撫でる。

 

「はぁ……面倒ねぇ」

 

 狭い浴室に霊夢の声がこだました。

 そして、風呂から上がって冷やしておいた牛乳を一気飲みしたときに、これも至福だったかと思い出す。

 

「魔理沙、アンタも入ってきなさいよ。良い湯加減よ」

「おお、助かるぜ!最近は冷え込んで皿洗いなんかも辛いからな」

「着替え出しとくわね」

 

 魔理沙は浴室に陽気な口笛を吹きながら向かう。

 冬の乾気で唇が乾いているのか、吹き抜ける風の様な音だ。

 しかし、ふとその口笛が鳴り止んだ。

 

「なあ霊夢、いい加減認めろよ」

「……別に認めてないわけじゃないわよ」

「ならどうして何もしない?これは間違いなく異変だぜ。人里でも怪しい奴の目撃情報が増えてきてるって話だ」

「まだ冬が長いだけかもしれないし……」

「もう5月だぜ!それにこのままだと里の農作物は大打撃を受けちまう!ただでさえ紅魔館の馬鹿どもに日光を遮られたりして弱ってんのに」

「まあ、明日から頑張るわ」

「明日やろうは馬鹿野郎……なんだぜ。風呂、頂くな」

 

 霊夢にそう言い放った最後のセリフはどちらかというと、まるで自分に言っているような切なさを含んだ言い方だった。

 そっぽを向いた霊夢に返事はなく、にべもなく魔理沙は湯ぶみにむかっていく。

 

「異変……ねぇ」

 

 そう呟きながら風呂の横の更衣室に魔理沙の為の着替えを置いておく。

 風呂場からは魔理沙のご機嫌な鼻歌が聞こえてきた。

 今度は唇が潤ったのか音色が良い。

 

「……呑気な奴」

「それはお前だぜ!」

 

 風呂場からの思わぬ返事にずっこけた霊夢であった。

 

 しばらくして、こたつに入りながら熱燗をちびちびやっていると、風呂の戸が軋む音が聞こえた。

 魔理沙が風呂から上がったのだろう。

 乙女に相応しく魔理沙は長風呂を堪能する。

 その時間は、霊夢に酔いが回るのに十分であった。

 魔理沙は長風呂の火照りで、霊夢は酒の酔いで頬を紅くしている。

 魔理沙がスタスタと居間へとやってきた。

 タオルを首にかけ、艶やかな金髪を拭いている。

 その顔は、あからさまに不服そうであった。

 

「なぁ霊夢、私たちは今何歳だ?」

「さあ……覚えてないわよ」

「いくらなんでも、この服はちょっと……ナイんじゃないか?」

「何よ。文句言うなら脱ぎなさい」

「友人代表で言っといてやる。お前の寝巻きのセンスはださいぜ!」

 

 魔理沙が来ていたのは、胸のところに大きく

 

『黄色ブドウ球菌!』

 

 と書かれたシャツであった。

 

「なんだよこれ!このエンテロトキシンを産生しそうな文字列は!どう言う意図なんだぜ!?」

「私の私物にケチつけるっての?客のくせして」

「私物かよ!どこで買ったんだこんなの」

「ツタ○よ」

「……霊夢、頼むからこんな駄作でも原作の世界観だけは守ってくれだぜ……しかもそれはDVDを借りるところだ」

「ちょっと何言ってるかわかんない」

「分からなくていいぜ」

「変なやつね。ほら、そこに布団敷いたから早く寝なさい」

「ずりいぜ。私も呑む」

「残念。もう乾したわ」

「ちぇっ。そう言うのは早いんだな」

「ほら、さっさと寝る」

「わかったよ……」

 

 部屋の灯りを消して、寒さを紛らわす様に布団の奥深くまで潜り込む。

 少女たちは騒がしい世界に別れを告げ、静かに微睡みへと落ちてゆくのであった。

 

 その翌朝……

 

「うぅ……腹が痛いぜ……」

 

 魔理沙は何故か朝一番から津波のような腹痛に襲われていた。

 その痛みは尋常ではなく、押しては引いてとっちらかせの痛みの揺れに息を漏らす。

 痛みを極力抑えながらとぼとぼと慎重な足運びで廊下二つ渡ったところの厠へと向かった。

 厠までやっとの思いで辿り着き、ドアの取手に手をかけたところで一つの違和感に気づく。

 いや、気づいてしまった。

 そういえば、朝から霊夢を見ていない……。

 そして厠の戸はいつもは空いている……。

 まさか!

 

「っな!」

 

 厠のドアは開かなかった!

 

「おい!変われ霊夢ぅぅう!」

「無理……うっ!」

 

 壊れそうなほどに強くドアを叩く魔理沙。

 しかし、その反動は直で腸部にも伝わるため力を込めるとカウンターも大きい。

 

「っ頼む!霊夢!」

「どうやら昨日の鍋の何かが腐ってたみたい……」

「そんなこたどうでもいい……!早く開けろ!」

「私だって替わりたいわよ……っ!」

 

 明朝七時、清々しい朝に神聖な神社の境内にて行われた少女二人の会話である。

 聞くに耐えないその怒声のやり取りに、境内の鳥はすべて彼方へ飛び立っていってしまった。

 

「頼む……!もう……私は……!あっ…………」

 

 そしてようやく、ドアが開かれた。

 霊夢はとても爽快感に溢れた顔をしている。

 かたや魔理沙は……。

 

「……はい魔理沙」

「いや……もういい。もういいぜ……こんなTシャツ着てるからだ……」

「えっ?……あんたまさか!」

「……もう黄色ブドウ球菌には懲り懲りだぜ」

 

 その日から三日間ほど、霧雨魔理沙は何故かめちゃくちゃに落ち込んで誰とも会いたがらずにいたんだとか。

 その真相は二人を除いて誰も知らない。

 

――紅魔館

 

「はっくしゅっ!!」

「À tes souhaits」

「merci……」

 

 ばばばばーん!小悪魔解説ーー!!

 どうも呼ばれてないのに飛び出す小悪魔ちゃんです!

 さっきお嬢様がくしゃみを出された時にされた会話は、フランスでくしゃみをした時にされるテンプレ文的なやつなんですね!

 あまり日本では見られない文化ですが、この様なくしゃみをした時の定型分は多いそうです!

 いきなり解説失礼いたしました!

 それでは!

 

「なーんか寒いわね……」

「あら?風邪かしら?吸血鬼でも風邪をひくのね?」

 

 くすくすと嘲るように笑うパチュリー。

 レミリアは大図書館に遊びに来ていた。

 その手に本は握られていない。

 レミリアは昔、恋愛小説ばかり読んでいた所を

「吸血鬼も乙女なのね」

 とパチュリーに馬鹿にされたっきりあまり本は読んでいないのだ。

 ただ単に引きこもりがちな友人に話でもしてやろうと邪魔しに来ただけである。

 

「ふん、魔法使いのくせに喘息持ちの奴に言われたくはないね」

「あら、最近は良くなってきてるのよ?試してみる?」

「上等だ。かかってこい」

 

 立ち上がり、レミリアは翼を広げてパチュリーは何やら魔法の詠唱を始めている。

 二人の強者が殺意をぶつけあった波動で周囲の本棚が縦に揺れている。

 あくまでもパチュリーの保護魔法をかけた上で、だ。

 

「お二人とも、喧嘩はお控えください」

 

 そんな今にも喧嘩を始めそうな雰囲気の二人の間に、瞬間移動のように咲夜が現れた。

 お茶のおかわりを淹れにきたのだ。

 現在の状況を危機と見たのか、後ろからレミリアを羽交い締めで抑えている。

 

「離しなさい咲夜!こっちは冬が長すぎてイライラしてるのよ!そこの紫もやしを殺さなきゃ気が済まないわ!」

 

 咲夜の拘束を解こうとジタバタするレミリアだったが、暴れすぎると咲夜に怪我をさせてしまうのであまりジタバタできない。

 その事を重々理解しているからこその行動であった。

 パチュリーはというと何事もなかったかのように椅子に座り直し、本の続きを読み進めていた。

 

「何だってこんなに冬が長いのよ!四季が豊かな国じゃなかったの日本は!?」

「そうね。確かに冬のこの長さは異常だわ。美鈴の農園も大変だと言っていたし」

 

 荒ぶるレミリアを片目につらつらと述べるパチュリー。

 

「急に冷静になるなよ。私が馬鹿みたいじゃないか」

「そうだわ。レミィ一つ提案があるのだけど」

 

 レミリアはパチュリーの提案を聞いてやらんでもないと言った態度で翼を畳んで椅子に座り直し、咲夜が一瞬で入れ替えたお茶を啜る。

 最近は霊夢に出してもらった緑茶が紅魔館のブームであった。

 といっても、かなりまろやかに味付けされているが。

 

 

「ええ!?咲夜を異変解決に向かわせるぅ!?」

 

 急に大声で立ち上がったため、近くを飛んでいた小悪魔が驚いて「キャッ!」という声を出ししながら本棚にぶつかった。

 レミリアはとびっきりの訝しげな目線を送る。

 この紫色は何を言っているのだと。

 

「どうかしら?そろそろウチだけに居させるのもどうかと思ってたのよ」

「どうもなにも、ダメに決まってるでしょ」

「あら、どうして?」

「どうしてもよ!……咲夜に行かせるのは心配だわ」

 

 咲夜に聞こえないように最後の方は声を潜めて本音を伝える。

 それを聞いたパチュリーは、また同じように意地悪な笑みを浮かべる。

 

「あの子ももう子供じゃないのよ?」

「そうだけど……どこか抜けてる所があるじゃない?あの子」

「例えば?」

「未だに七夕の短冊にプ○キュアって書いてるのよ?」

「……それは深刻ね」

「そんな子を外に出したらどうなるか……」

 

 パチュリーは本をパタリと閉じて軽く咳払いをする。

 深めの瞬きをしてレミリアをじっと見つめる眼差しの奥には、どこか熱いものがあった。

 

「レミィ。貴方のその大切であればあるほど閉じ込めようとするのは悪い癖よ」

「え?」

 

 急な進言に少し戸惑う。

 パチュリーがこんな風に断言する様に言うのは珍しいからだ。

 それだけこれから話す内容が真剣という事だ。

 

「フランだって、貴方が外に出したがらないことを汲み取って家から出ないの。」

「フランは……」

「フランは何?あの子は馬鹿じゃないのよ。その上に咲夜まで閉じ込める気?」

「……だけど」

「レミィ……。あの子を信じてあげなさい。それが主人の務めでしょ?」

 

 寡黙な友人の、風邪でも引いたのか疑うほどに似合わない情熱的な説得を受け、神妙な顔をして黙り込むレミリア。

 そして久しぶりに長いセリフを喋ったため、ゼェゼェと軽く酸欠を起こしているパチュリー。

 

 また別の日。

 

「咲夜さんを異変解決に向かわせるんですか?」

「いや、まだ考え中なの。美鈴はどう思う?」

「うーん、そうですねぇ……」

 

 門にもたれかかりながら、人里からこっそりと仕入れた七星のタバコにマッチを擦って火をつける。

 ゆっくりとその火は進んでいき、煙は美鈴の肺へと入っていった。

 それを深く味わいながら考えを蒸す。

 このごろ、冬の寒さのせいで吐息が白くなるため、美鈴は白昼堂々と煙草を吸っていた。

 煙草を吸おうがバレないのだ。

 たとえ煙を吐いても遠目で見れば白い息を吐いてるようにしか見えない。

 といっても、主人を前にしてタバコを消さないのは失礼極まっているが、レミリアは今更そんなことを気にしない。

 美鈴の愛煙を認めたのはレミリアなのだ。

 今は、煙草うんぬんよりも美鈴の意見が欲しい。

 

「咲夜さんも、そろそろ外で色々見てこないといけないかもしれませんね」

「色々って何よ」

「そうですねぇ……運命の相手、なんてのはどうです?」

「……貴子の冗談の方がまだ笑えたわ」

 

 少し眉間に皺を寄せるレミリア。

 それは怒りではなく、しかし怒りのような複雑な気持ちによるものであった。

 その名前のわからない感情にレミリアはヤキモキしているのだ。

 怒りとは違う。

 焦りとも違う。

 それは、言うなれば愛だろうか。

 

「お嬢様。咲夜さんが心配ですか?それなら尚更外に出したほうがいいですね」

「どうしてよ」

 

 吸い殻の火を人差し指の先で消して、ぴゅっと放り投げる。

 すると、瞬く間に湖を渡り遥か彼方へと消えていった。

 

「可愛い子には旅させよ……ではないですが、過剰な保護は毒になります。妖怪とは違い、人間は敗北も挫折も知って初めて一人前になるんですよ」

 

 美鈴のその発言には、どこかに哀愁がある。

 咲夜を死なせかけた事で、美鈴はいまだに自分で自分を許せていない。

 

「……貴方がそこまでいうのなら、そうなのかも知れないわね」

「恐縮です」

 

 冬の寒さで、吐く息は真っ白に染まる。

 まるで、私まで喫煙者みたいねと苦笑いしながらレミリアは館へと戻っていった。

 

「……きっと、これは私の自己満足なんですけどね」

 

 誰にいうでもなく、そう言って美鈴はとびっきり白い息を吐いた。

 

 

 次の日の紅魔館は異変以来の大盛り上がりであった。

 

「それでは行って参ります」

「着替えは持ちましたか?水筒は?お弁当も忘れてないですね?」

「もう、美鈴ったらその確認何度目よ」

「困ったらこの水晶を使うといいわ。小悪魔につながるようになってるから」

「ありがとうございますパチュリー様」

 

 紅魔館の玄関前。

 咲夜を中心に館中の全員が円となって囲む。

 やれアレは持ったかだの、やれコレは忘れるなだの。

 遠足前のお母さんのような対応で見送られている咲夜であった。

 

「……結局、パチェも過保護じゃない」

「そうかしら?」

「あの水晶、えらく作るの苦労してたじゃない。あんなに簡単に渡しちゃっていいのかしら?」

「一度作ったものを作るのは簡単なことだわ。それより貴方こそ声をかけて来るべきではないかしら?」

 

 パチュリーにとんと背中を押されるレミリア。

 実際は非力な為全く力は伝わっていなかったが。

 周りのもの達がレミリアの為に道を開ける。

 親友の想いに応援され、咲夜に近づいていく。

 なんと声をかけようかと悩んでいると咲夜に先手を打たれてしまった。

 

「それではいってまいります。お嬢様」

「…………」

 

 するとレミリアは険しい顔をしながら壁にもたれかかり、ぐっと腕をくんだ。

 全員が息を呑む。

 そして……右手の人差し指と中指を組んだ腕の中から立てる。

 しばしの静寂。

 それを見た咲夜は唇を上げてにこりと笑い、何も言わず飛び立っていく。

 彼女が猛吹雪の中を飛び立っていったのを確認してゆっくりと大扉が閉まるのであった。

 

「……………どやぁ」

「ドヤァじゃないわよ!何あのポーズ!アンタはサイヤ人の王子か何かなの!?」

 

 パチュリーの怒号が響き渡ったのはいうまでもなし。

 

 

 

 咲夜が紅魔館を出発したのとほぼ同時刻、二人の人間の影が雪の舞い散る白い空へと飛び立っていった。

 一人は博麗神社から。

 一人は魔法の森から。

 両者はそれぞれ全く違った方向へと飛んでいく。

 

 

「……魔理沙の奴、まだ怒ってるかなぁ」

 

 こちらは、幻想郷の愉快な巫女こと博麗霊夢である。

 つい最近家で鍋を食べていたらあろうことか腹を下してしまい、巻き添えを食らった魔理沙と悶絶していた事が懐かしい。

 その一件のせいで魔理沙に対してちょっぴり引け目を感じており、異変解決に向かわされる羽目になってしまった。

 しかしどっちみち霊夢からすれば遅かれ早かれではあったのだが。

 

「うーん……こっちね!」

 

 霊夢の異変解決の仕方はシンプルである。

 なんの手がかりを持たずともとにかく直感に身を委して進み、その先にいた者を叩きのめす。

 たとえそれが神であろうが閻魔であろうが。

 そのスタンスは大部分が勘に委ねられているし、なによりそれでも特に差し支えない事が恐ろしい。

 神々に愛された人間だからこそできる芸当である。

 そして今もその直感に任せ、雲の上の上、遥か上空へと霊夢は飛び立っていくのであった。

 長く厚い雪雲を最高速度で突き抜ける。

 霊夢は特に垂直の飛行が得意で、わずか数秒もせずに分厚い雲を通り抜けてしまった。

 雲を抜けた先は太陽が近いが寒い。

 霊夢は久しぶりの紫外線をしばし堪能するのであった。

 すると、どこからか風に乗せられてうっすらと何かが聞こえてくる。

 悲哀や哀惜といった情緒に満ちた旋律……それは音楽であった。

 

「ちょっと、チンドン屋に用はないの。どきなさい」

 

 騒霊、プリズムリバー三姉妹が楽器を演奏しながら飛んで現れた。

 空中で楽器を演奏するとは器用な奴等だとどうでも良いことを考える霊夢。

 その調は急に悲しくなったりかと思えば明るくなったりと不規則だ。

 上空には遮るものなどはもちろんないので音楽はよく響き、霊夢一人の声など簡単にかき消してしまう。

 

「うるさいって言ってんのよ!!」

 

 かなりの声量で怒鳴るがそれも虚しく騒霊達には届かない。

 プリズムリバー三姉妹は音楽を奏でる手を止めなかった。

 霊夢の声が聞こえないのだから、そもそも止める理由もない。

 痺れを知らした霊夢はお札を一枚ルナサの眉間目掛けて投げる。

 がしかしそれは軽く避けられる。

 

「……っ!」

 

 霊夢は自分の心に起きたとある違和感に気づいた。

 この音楽は、聴く者の精神をどんどん鬱や躁に傾けてしまうのだ。

 現に今、霊夢の心の中では無気力感が急に湧き出て来た。

 少しずつ鬱に呑まれているのだ。

 このまま躁や鬱になってしまえば異変解決に支障をきたす。

 もう、会話などしない。

 言葉などかわさずにぶちのめしてやるだけである。

 霊夢の弾幕が展開された。

 

 

 一方その頃、魔法の森を飛び立った魔理沙はある一人の魔法使いと対峙していた。

 

「何だか……居心地がいいぜ」

「こんな殺伐とした夜がいいのかしら?」

 

 雪の降る夜空を舞う二人の少女。

 両方ともに金髪で、かたや箒に跨り、かたや人形を漂わす。

 冷たい風がさらさらの髪を揺らす。

 二者の間を滑る独特の間合い。

 啖呵を切れば皮肉で返す。

 愉快な少女達なりの会話術であった。

 

「いいんだよ」

「所詮、あなたは野魔法使いね」

「温室魔法使いよりはよくないか?」

「都会派魔法使いよ」

「あー?、辺境にようこそだな」

「田舎の春は寒くて嫌ねぇ」

 

 魔理沙には帰る家など無いし、故郷愛なんかもそれほど持ち合わせていなかったが、アリスのあまりにもな一言に少し苛立ちを見せる。

 

「誰の所為で春なのにこんな吹雪にあってるんだよ」

「ちなみに、私の所為ではないわ」

「そうかい。でも、なけなしの春くらいは持ってそうだな」

 

 その一言をぶつけてグッと帽子を深く被り直す。

 魔理沙が気合を入れるときのいつの間にかの癖であった。

 懐からミニ八卦炉を素早く取り出し、右手で箒、左手でミニ八卦炉といういつもの構えを取る。

 

「私も、あんたのなけなしの春くらいを頂こうかしら?」

 

 対するアリスは、右手の指をわずかに動かした。

 その動きに呼応して周囲の人形達が一斉にアリスの前に行き魔理沙を睨む。

 人形なのに睨むとはちゃんちゃらおかしい話だぜ、と心の中で毒づく魔理沙。

 小さな人形達の持つ槍や剣などの切先に、雪夜の光が反射して鈍く光る。

 両者は大きく白い息を吐き、お互いに睨み合う。

 次の瞬間に、勝負は始まった。

 魔理沙の弾幕が暗い世界に輝きを放つ。

 

 

 魔理沙とアリスの光弾が弾けあう数刻前、咲夜は吹雪に視界を取られて道に迷っていた。

 

「これは……大変だわ。道に迷ってしまったみたい。ここはどこ?」

「ここはマヨヒガだよ!」

「マヨヒガ?」

 

 急に目の前に現れた謎の黒猫に、ナイフを取り出して臨戦体制を取る咲夜。

 動物らしくもなく刃物に怯えず、堂々とした態度で黒猫は返事をする。

 その声は少し高く、幼い印象であった。

 

「迷い家(まよいが、マヨイガ、マヨヒガ)とは、東北、関東地方に伝わる、訪れた者に富をもたらすとされる山中の幻の家、あるいはその家を訪れた者についての伝承の名である。(Wikipediaより引用)」

「何だって?うぃきぺでぃあ?」

「こう言えって教わったの。アタシも意味は知らない」

「ふぅん……そう。富をもたらすねぇ」

 

 咲夜は訝しげな表情をして、受けた説明を反芻する。

 橙は、人間がこういう顔をする時は大抵馬鹿な事を考えているのだと短いネコ生の中で学んでいた。

 

「ところで橙とやら、この辺りで春を集めてる者を知らなくて?」

「……何でアタシの名前知ってるんだよ」

「え?上の文で言ってたじゃない。橙は、人間がうんたらこうたらって」

「あれは地の文といってアタシたちには聞こえないの!そういうメタな発言すると話の品位が下がっちゃうからやめて!」

「品位なんて元からないと思うのだけれど」

「問答無用!いざ勝負!」

 

 何やらよくわからない形で戦いは始まってしまった。

 咲夜の時間停止と弾幕の連鎖がマヨヒガに舞う。

 

 

 霊夢とプリズムリバー三姉妹

 魔理沙とアリス

 咲夜と橙

 

 ほぼ同時刻に始まったそれぞれの戦い。

 三者三様の表情を見せたそれぞれの激闘にて、第一着でのゴールを飾ったのは霊夢であった!

 

「ったく、手間かけさせんじゃないわよ……」

 

 演奏による鬱の影響か、気だるそうに文句を言う霊夢の後ろには白目を剥いて雲の中に落ちていくプリズムリバー。

 彼女達の戦闘スタイルは音による弾幕と、叙情的すぎる旋律による、聞いたものの精神を狂わす音楽そのものであった。

 しかし、一見強力に見えた能力であったものの、霊夢はその音色々による精神干渉の攻撃を、お札による耳栓という古典的対策で封じ込み、何ということもなく倒した。

 本人は、これくらいの相手ごときに手間取ってられないと自省している。

 

「……あそこね。わざとらしく妖気まで残して……いや、これは妖気とはまた違う……とにかく急がないと」

 

 そう言って、空に漂っていた巨大な扉のようなものに向かい全速力で飛び抜ける。

 結界の長いトンネルを抜けるとそこは冥界であった。

 

 

 ついで、ほぼ同時刻に決着をつけたのは咲夜である。

 ……とはいっても、急に橙が、

 

「あ、もうこんな時間!行かなきゃ!」

 

 といってどこかに飛び去ってしまったので、咲夜の暫定勝利といった形だ。

 向こうから挑んできたのに向こうから去っていったその猫らしい自分勝手さに少し苦笑いするものの、気を取り直して飛び立っていく。

 その行き先は、遥か上空彼方であった。

 マヨヒガを抜けるとそこは空高い上空で、更にその遥か上に巨大な扉があったのだ。

 なお、去り際に橙は、

 

「決着はまた今度ね!ばいばーい」

 

 といっていたので、勝負は引き延ばしにされたと言った方が適切である。

 

 

 咲夜と霊夢はほぼ同時刻に戦いを終えたが、魔理沙はアリスとの決着をつけかねていた。

 

「っち!しぶとい奴だぜ!」

「そういう貴方は全くしぶとく無いわね。もう残機は一しか残っていないじゃない」

「お前だって、残機は二つだ。そして今一つになった」

「なにをっ……!」

 

 アリスに一筋の星が炸裂し、派手な音をかき鳴らす。

 今の攻撃で両者ともにスペルカードは全て使い切り、ここからは単純な弾幕勝負である。

 

「これで一対一だ。それももうすぐに終わるがな」

「ふん。まぐれで当たったからって調子に乗らないことね。貴方はまだ私の人形の動きを見切れていない」

 

 その指摘に言い返すことはできない。

 アリスの言うことは的を得ているからだ。

 魔理沙がもっとも苦戦しているのは、恐るべき技術で変幻自在に動く人形達であった。

 隙あらば特攻自爆を仕掛けてくる命無き兵。

 一瞬たりとも気が抜けない。

 

(不味いな……人形の動きが少しも読めないぜ……)

 

 しかし、確かな勝ち筋もある。

 黄金に輝く勝利への道。

 アリスは、弾幕を避ける時にわざとスレスレで避けたり、狭い方を通ったりする。

 それは余裕の現れか、それとも挑発か。

 その傲慢、驕りに付け入る隙はあるんだぜ、と魔理沙は猛った。

 しかし、これから来るであろうその『一瞬』を逃すことはできない。

 

(あと少し……あと少しだぜ……)

 

 緊張で手汗が滲む。

 あらゆる角度方向に神経を尖らしていないといけない消耗戦に疲労もあった。

 息を切らす魔理沙に追い討ちをかけるつもりか、アリスは弾幕ではなく言葉を発した。

 

「貴方のスペルカードは盗品ばかり。その術式から見るに紅魔館の魔女あたりかしら?」

 

 そこまで見破られていたのかと一瞬動揺するが、それを悟られぬように笑ってみせる。

 魔理沙のスペルカードはたしかにパクリやオマージュに満ち溢れているが、それはほぼ同意の元であった。

 パチュリーはあからさまに魔理沙でも使いやすいスペルカードばかり使っていたのだ。

 これを参考にしろといわんばかりに。

 しかし、そんなパチュリー仕込みのスペルカードを切らした今、魔理沙はかなり窮地に陥っているのだ。

 長期戦を嫌い、常に高火力を出し続けたことが祟ってもうすぐ魔力が底をつく。

 もとより人間の魔理沙は魔力の総保有量が少ない。

 それに、回復自体も遅いので一度使った魔力は回復させるのが大変なのだ。

 だからこそ燃料切れが一番まずい。

 そうなってしまえばもう魔法による攻撃をすることはできないからだ。

 次の攻撃が最後の一撃になる。

 そう覚悟し、ぬるい唾を飲み込んだ。

 

「魔法とは自分の力なのよ。そんな他人に依存した贋作ではだめだわ」

「けっ、私は何もかも全て自分の力だぜ」

「そんな事を言って家に帰った時恥ずかしくなっても知らないわよ?」

「……終わったぜ」

「あら、何がかしら?」

「この戦いだ!」

 

 そう言って魔理沙は、残った魔力を全て惜しむことなく放出し星の弾幕を展開する。

 一瞬のうちに、辺りが昼間の様に明るくなる。

 

「ふん、何とやらのひとつ覚えね。その攻撃はもう見飽きたわ」

「いーや!お前の負けだぜ!アリス!」

 

 口を大きく開けて歯を見せ明るく笑い、勢いよくパチンと指を鳴らす。

 その行為など全く意にも介さず、アリスはまた弾幕のスレスレを避けた。

 いや、避けようとした。

 次の瞬間、魔理沙が指を弾いた音に呼応してたった今避けようとした弾が閃光を放ち爆発を起こした。

 

「っな!」

 

 予想外の一撃に思わず唸る。

 爆発をモロに喰らってしまい、少し吹き飛ばされた。

 アリスは驚きを隠せない。

 それは弾幕が爆発したことや、それによって吹き飛ばされたからではない。

 

「被弾したな。残機はゼロだ。これで……私の勝ちだぜ!」

「貴方、これは!この魔法はっ!」

 

 爆発の威力は少し弱く口元は元気であるが、動揺し上手く舌が働いてくれない。

 そんなもどかしい喋り方のアリスを通訳する様に言う。

 

「ああ、お前が人形に仕掛けていた爆発の魔法、あれを『参考』にさせて貰ったぜ」

「っどういうことよ!」

「わからないか?弾幕に紛れさせて私はあるものをお前に向けて投げたんだ。誰だって雪の日には作ったことあるだろう……こんなものをな」

 

 魔理沙は懐からゴソゴソとある白い球体を取り出してアリスに見せる。

 

「それは……雪玉?」

「ああ、その通りだぜ。それに爆発魔法を掛け、お前がスレスレで避けようとしたところで爆発させた」

「けれど……私の爆発魔法は簡単に解読できるものではないわ!あの術式は確かに私のもの!どうして貴方が!」

「ああ、確かにお前の魔法を解読するのはそりゃー苦労したぜ。しかしな、お前は気づかなかったのか?」

 

 挑発するように、もしくは見下すように笑う魔理沙。

 それにより一層腹を立てるアリス。

 

「私が……私が何に気づかなかったって言うのよ!」

「私のスペルにパチュリーの面影を感じたんなら、お前はこう考えるべきだったんだ。こいつは魔法を解読することが可能なんだ、とな」

「何を……!」

「読ませてもらったよ。今ここで読み上げる事だってできるぜ」

「そんな……私の魔法を読んだというの?」

 

 酷く落胆するアリスを下目に、ツラツラと講評を述べる魔理沙。

 忖度なしのたった一言。

 

「確かに苦労こそしたが……パチュリーに比べりゃお前の術式は単純だったぜ」

 

 そのトドメとも言うべき一言に、アリスは肉が抉れるほど強く握っていた拳をより強く握る。

 

「お前は喋りすぎなんだよ。みすみす私に解読の時間を与えてくれたんだからな。それでも残機が残り一つになるまではかかっちまったがな」

「……そう」

「何とやらのひとつ覚え、とお前は言ったが私から言わせれば、言葉多しは品少なしってところだな」

「……うっさい」

「あー?聞こえなかったぜ?さっきまでの威勢まで爆破しちまったか?」

「うっさい!」

 

 その返事には、声量こそあってもまるで元気や覇気などなかった。

 自分が負けるはずなど絶対に有り得ないと思っていたのに。

 こんな粗悪な魔法ばかり使う人間に……自慢の魔法まで見破られて、敗北……。

 敗北。

 その言葉を思い浮かべてしまったのに気づいて、ぶんぶんと頭を振ってその言葉を頭から追い出す。

 

「ふん。今日の所はこれくらいで勘弁しておいてあげるわ。あんな術式も読めないようでは困ると思っていたのよ」

「……ちっ。めんどくせー奴だぜ」

 

 まさに負け惜しみとしか思えない発言を聞いて呆れる魔理沙であったが、目の前の少女の目元を流れる一筋の涙に負けて、何も言い返すことができなかった。

 泣かれたらもう何もできない。

 それは優しさかもしれないし、他の気持ちかもしれない。

 腹いせに雪玉を地面に強く投げ捨てて、大きめのため息を吐くのであった。

 

(賢者は黙して語らず……ってか)

 

 魔理沙とアリスの決闘  勝者―魔理沙

 

 

 冥界の入り口付近が何やら騒がしい。

 その原因はもちろん霊夢達である。

 

「……どうしてあんたがここにいんのよ。とうとうくたばったの?」

 

 冥界へと飛び込み、霊夢が最初に放った言葉はそれであった。

 深い皺を眉間に寄せ、かなり不機嫌な声色で。

 

「あら、私がここにいてはいけないのかしら。別に生きてるわよ」

 

 理不尽な絡みを受けた咲夜は、しゃなりと音がなりそうなほどに手慣れた返しをする。

 冥界の入り口付近で、二人は不幸にもかち合ってしまった。

 両者の目線がぶつかり合ってバチバチの火花を散らす。

 二人は特段犬猿の仲と言うわけではない。

 むしろ、なんやかんやで縁もある。

 しかし霊夢の異変解決中に出会ってしまえば皆が敵というスタイルが、二人の間に一触即発の雰囲気を産んでしまった。

 

「前みたいに倒されたいの?」

「良いわね。ここで再戦とさせてもらおうかしら」

 

 喧嘩を売るという満面の意思でお札を取り出した霊夢を受けて、上等だと言わんばかり……というか実際に言って太ももからナイフを取り出す咲夜。

 挟まれたら小動物くらいは軽く息絶えそうなほど睨み合う。

 お互いに歩み寄り、息が掛かるほどに近づく。

 走る電撃の様な緊張。

 同時に二人の手が動こうとした瞬間、何者かが飛んできた。

 かなりのスピードを伴い、無謀にも突っ込んできたのだ。

 

「だぁあぁ!どいてくれぇ!!」

「魔理沙!?」

 

 あまりの不意打ちに、いくら避け上手と言えども避けきれず盛大な音を立てて三者は衝突してしまうのであった。

 

「いつつ……」

 

 迷惑な暴走飛行の犯人は地面に勢いよく倒れ込み吹き飛んだ帽子を被り直す。

 

「スピード出しすぎなのよ……まったく」

 

 服についた土埃を手で払いながら恨めしそうに言う霊夢。

 ここに、意思や理由は違えど異変解決を志した者達が集結した。

 その中で一番に行動したのは、もっとも新参者の魔理沙である。

 

「悪いな!抜かさせてもらうぜ!」

 

 箒に跨り直しながらそう言う魔理沙。

 あっという間に飛んでいってしまった。

 

「……あ、咲夜のやつ逃げたわね!」

 

 魔理沙の喧騒に隠れていつのまにか咲夜は消えていた。

 集結したのはわずか一瞬であった。

 

 

「ったく、魔理沙と霊夢の惚気に付き合っていたら溶けそうだわ……」

 

 隙を見て霊夢から逃げ出した(本人が聞いたら否定しそうだが)咲夜。

 プラプラと飛んでいると、一本の桜の木の前である一人の少女に出会う。

 

「……武士?」

 

 その少女を見た第一声はそれであった。

 神妙な顔で石畳の上に正座をしている。

 その瞼は固く閉じられた真一文字。

 傍らには鞘に収められた刀が二本。

 舞い散る桜を背負って咲夜に挑みゆく。

 

「………きましたか」

 

 白いボブカットの少女が口を開く。

 その背後から、ぷよぷよとこれまた白い風船のような物が飛んで出てくる。

 ゆっくりと目を開き、右足を先に上げて立ち上がる。

 そして、2本の刀を腰に据えた。

 

「名は魂魄妖夢。主人、西行寺幽々子様への忠義のため、貴様の首を切る!」

「ご丁寧にどうもでござるってとこかしら?」

「名など聞かぬ……いざ!」

 

 次になったのは、妖夢の刀と咲夜のナイフが競り合う音であった。

 

 

「この屋敷……怪しいぜ!」

 

 霊夢を置いてけぼりにして単独飛行に踏み切った魔理沙は、長い登り階段の果てにとある和風な屋敷を発見した。

 塀は長く、桜の木が咲き乱れている。

 

「お邪魔するぜ」

「あら〜いらっしゃい」

 

 玄関を潜り抜けて敷地内に入った魔理沙を出迎えたのは桃色の髪の毛をした和服姿の女性であった。

 

「弾幕勝負よね?やるわよ〜」

「……なんか締まらないぜ」

 

 どことなく、想像していた感じと違って少し肩透かしを喰らう魔理沙であった。

 声からして、おっとりとした穏やかな印象である。

 しかし、そのような緩慢な認識は一発目の弾幕を見て甘い物であったと思い知らされる。

 

「っこれは!」

 

 魔理沙の紅い頬を1匹の黒い蝶が掠める。

 そこからさっと血の気が引いていった。

 まさに、死んだ様に。

 その蝶はふわふわと飛んでいき、飛びついた先にあった一本の桜を見るうちに枯らせてしまった。

 

「言葉とは違って……かなりマジのようだな!そうこなくちゃ困るぜ!」

 

 帽子を深く被り直し、黒い蝶々の大群に勢いよく飛び込んでいく魔理沙であった。

 

 

「この屋敷……怪しいわね」

 

 魔理沙についで屋敷に到達した霊夢であったが、長い階段を登った先は裏門であった。

 

「誰もいないのかしら」

 

 屋敷の中に乗り込み、家宅捜索をしながらぼやく霊夢。

 何故か誰もいない。

 不審に思って思いっきりの力で床を踏み鳴らす。

 すると、ゴトっというなにかの物音がした。

 それを聞き即座に効果の強いお札を取り出す。

 

「誰!?」

 

 すると、襖の影から両手を上げてとぼとぼと一人の人間が出てきた。

 その濁りきった汚い瞳は、霊夢も見覚えのある物だった。

 

「あんたは……」

「久しぶりだな」

「貴子……だっけ」

 

 無言でうなづき、加えていたタバコにマッチを擦って火をつける。

 

「博麗……死んだのか?」

「なんであんたがここにいるのよ」

「若い身空で死んじまったのか……」

「異変の元凶と関係あるのかしら?」

「みんなも悲しんだろうに」

「それとも今度はここの召使い?」

 

 二人は同時に黙り込む。

 冥界は物音一つなく静かで、黙ると沈黙という名の音がなりそうなほどであった。

 静かだからか、遠くから魔理沙の声が聞こえる。

 それを聴いてふと我に帰った。

 

「おい、せめて会話にはしよう」

「そうね」

 

 縁側に座り直し、霊夢に茶を差し出す。

 そして、ここに来るまでの経緯を話し始めた……のだが、

「興味ないわ」

 と一蹴されてしまった。

 これだから最近の若いもんは……と野暮ったい老人のような事をタバコの煙と一緒に吐き出す。

 

「というより、アンタもこの異変に関与してるなら対峙するわよ?」

「……あんた、記憶を呼び戻す術はあるか?」

 

 何を言い出すんだこいつは、という目で貴子を見つめる。

 

「まさかあんた」

「あぁ。覚えてないんだ」

「そうなの。じゃあ退治するわ」

「死んじまうよ」

「もう死んでるじゃないの」

 

 タバコの火を消して庭の適当な所へ捨てようとするものの、妖夢がこっぴどく怒るのを思い出して少し離れた灰皿に捨てる。

 

「アンタの邪魔はしないさ」

「ふぅん……ま、アンタは一応知り合いだし見逃しといてあげるわ」

「そいつぁー感謝」

「そのお茶はいらないわ。アンタが飲みなさい」

 

 ズカズカと立ち去っていく霊夢。

 若いなぁとしんみりしながら霊夢が手をつけなかったお茶を啜る貴子。

 霊夢が貴子を見逃したのは、持ち前の超人的第六感であった。

 それもそのはず。

 貴子はこの異変への関与を疑われる余地もない。

 なぜなら……

 

(しかし、どうしてこうなった?)

 

 本人も覚えていないからだ。

 

 貴子がここへ訪れたのはかなり前。

 冬が訪れるよりも前、紅霧異変が終わった直後くらいだった。

 死んですぐは、死後の世界が存在する事と幽霊になった自分に驚いた。

 今も別に慣れてはいないが。

 縁側に腰掛けて、自分の足を見るとうっすらと奥の景色が見える。

 最初は、やっぱり足は透けるんだなぁと少し冷めた考え方をしていたが、それは自分の死の実感があまりにも伴わないからであった。

 

(そう思うと、色々あったなぁ……)

 

 出涸らしを使った渋いお茶を啜りながらしみじみとそう思う。

 ここに来るまで本当に色々苦労したものだ。

 それはそれはとんでもなく災難を乗り越えた。

 死んでからも、生きていても人は苦労が絶えぬ。

 ここ数ヶ月を振り返りながらそう思うのであった。

 そうして、ここ最近何度も繰り返した、自分の行動を思い出すという作業に取り組むのであった。

 

 発端は数ヶ月前だったかな……

 確か賽の河原とかいう場所の近辺で目が覚めたんだ。

 

――数ヶ月前――

 

 んん……ここは?

 石の上に寝転がってるのか?

 それに何か水の流れる音がする。

 どこだここ。

 ……川?

 待て待て、確か……そうだ、私死んだんだ。

 体が粉々に爆散して……。

 うん。

 間違いなく死んだ。

 今確信した。

 だってよく見たら足ないもん。

 なんかふわふわしてるんだもん。

 え、幽霊?

 てかどこここ?

 なんかめっちゃ花咲いてるし、目の前に川あるし。

 アレ絶対三途の川だよなぁ。

 死後の世界……実在したのか。

 と言うことはこれから私は輪廻転生ですかね。

 もしくは地獄にでも落とされるのかな。

 業の深さにかけては他人にも負けてないと思うぜ私。

 

「おおい、おまえ」

 

 ん?

 声が聞こえる、誰だ?

 何かこうやって誰かから名前を呼ばれた時は大抵不幸な目に遭ってるんだよなぁ。

 名前を呼んだら死ぬというのはいるかもしれないが名前を呼ばれたら死ぬなんてのはただ可哀想なヤツだ。

 しかしまぁ返事をしない事には何も変わらない。

 

「なんでしょうか?」

「おまえだな。よし、ついてこい」

 

 いきなりついて来いって関白宣言かお前は。

 てかアンタ誰だよ?

 なんかめっちゃ大きい鎌持ってるし。

 

「死神?」

「あぁ。わかりやすいだろ?大鎌持ってると」

「大きいっすね……色々と」

 

 うん。大きい。

 何がとは言わないけどひたすらに。

 たった一つだけ言うとしたら……パフパフ!

 

「ほら、乗った乗った。あそこに見えんのがアタイの船だよ」

「え?」

「あー、説明いる?」

「いや大体はわかるけど」

 

 どうせアレでしょ?

 三途の川を渡るんでしょ?

 

「じゃあ大丈夫だよ。乗った乗った」

「あれ?」

「うん、少しボロいけどね」

 

 いやだから少しどころのボロさじゃないってばよ。

 ただの薄汚れた流木かと思ってたわ。

 たしかに形は船を成しているかもしれないがこれを船と呼んでしまっては大工泣かせではないだろうか……。

 軋みすぎなんだな。

 

「まあ遠慮せず乗りなよ」

「はあ……」

 

 遠慮じゃなくて本当に嫌なんです。

 この死神に連れられるがままに来たはいいけど……本当にボロすぎない?

 近づけば近づくほどボロい。

 これじゃあすぐ沈んでドボンだって。

 

「案外丈夫だからさ。一歩目を踏み出す勇気だよ」

「そうですか……それ!」

「おお……おお?」

 

 言う通り乗った感じはまあまあ大丈夫そうだ。

 なんか乗った瞬間暗い顔された気がするけど。

 気のせいだろう。

 

「……アンタ、人間?」

「え?」

「あぁ、アタイは小野塚小町。小町でいいよ」

「ああ……貴子だ。貴い子って書いて貴子。どこからどう見ても人間だろ?」

「ふうん……」

 

 え、何その反応。

 私が人間に見えないってんならそりゃヤバいよ。

 死神にアンタ人間?って聞かれたとかどんな笑い話だよ。

 もう誰かと話すこともないだろうけどさ。

 

「はあ……めんどくさ」

 

 え、今めんどくさいって言った?

 何がめんどくさいのよ。

 まあどう考えても私をこの船に乗せていく事だろうな。

 人生一回きりの三途の川横断なんだから楽しませて欲しいわ。

 某テーマパークのサメに追われるアトラクションみたいにさ。

 

「言いたかないんだけど、アンタ向こう岸に連れてこうと思ったら50年かかるよ」

「……ええ?」

「言いたかないんだけど、アンタ向こう岸に連れてこうと思ったら50年かかるよ」

「……ええ?」

「言いたかないんだけど……って何回言わせるんだよ」

「50年?」

「50年」

「普通はどんくらい?」

「一週間」

「私は?」

「50年」

「なんでだよ」

 

 おいおい、こいつぁ飛んだジョークだぜ。

 50年て、いやいやいやいや。

 なんでそんなにかかるんだよ。

 

「よくある質問なんだけど、この川は渡る奴の業によって長くなったり短くなったりするんだよ」

「ほおほお」

 

 それについては何処かで聞いたことのある話だ。

 だからこそ私はきっと渡るのに時間がかかるのだろうなと覚悟をしていたのに。

 50年なんてどう考えても計算ミスだ。

 

「アンタ……人間?」

「どちらかと言うと」

「何したんだよ」

「……色々」

「例えば?」

「博打とか、借金とか」

「しょーもな」

「ええ!?」

 

 私の人生をしょーもなの一言でまとめられたんすけど。

 いや確かに面白くはないだろうけどさ。

 でも結構業とか深くない?

 

「そんな人生なら向こう岸まで三十分でつくよ」

「はあ……」

「心当たりないかい?」

「いやぁ全く」

 

 私の人生30分。

 それもなんだか癪だが、それよりも現状だ。

 心当たりなど何一つとて……は嘘だがあまりない。

 少なくとも50年なんて事になるとは。

 

「……とりあえず」

「はい」

「行こうか?」

「50年?」

「いや、もしかしたら延びるかもね」

「なんでですか?」

「私のモチベーション」

「いやそこは頑張りましょ」

 

 50年も船の上とかまじで無理なんすけど。

 

「なんとかなりませんか?」

「うーん……見てみるかい?」

「見てみる?」

「そ、面倒だけど50年よりかはマシかな」

「何を見るんですか?」

「……アンタの生涯さ」

「見てどうなるんですか?」

「何も知らずに50年よりかはマシだろ?」

「見て短くなるとかは?」

「そんな都合のいいもんないよ」

 

 じゃあいらないなぁ。

 過去は振り返らない主義だから……とは建前で、本音の所は人生を思い返して仕舞えば、死んだ事を本気で後悔しそうだからだ。

 あぁ、人生オワタ\(^O^)/。

 いやもう終わってるんすけどね。

 

「50年も船漕いでたら、向こう着く頃には私の知り合いが先についてそうなんすけど」

「それは大丈夫だよ。50年ってのはあくまで船に乗ってる奴の体感時間さ」

「浦島効果的な?」

「そうそう、そんな感じ」

 

 いや、そんな感じと軽々しく言われても。

 50年体感時間で乗ってたらそりゃもうアレだよ。

 

「もしかしてここって地獄ですか?」

「いや、まだここは彼岸だよ」

「嘘つけ鬼め」

「……おい、今ので51年になったぞ。どうしてくれるんだ」

「どうしてくれるんだ、はこっちのセリフだよ」

「まあうだうだいっても仕方ない。いくしかないな」

 

 そう言って小町も船に乗り、船を岸から離した。

 小町が乗った瞬間少し船が揺れ、それに釣られて小町の大町が揺れていたのを私は見逃さなかった。

 しかしそんな事はまったくもってどうでもいい。

 50年か……いやいや。

 あまりにも数字が大きすぎて、全く実感がわかない。

 50年と言う事は、私の人生の2倍くらいの時を過ごすわけになる。

 しかもこんな何もないただ揺れるだけの船の上で。

 

「はぁ……」

「まあ、気長にいこう」

 

 気長に気長にって言うけどなんでこいつはそんなに呑気なんだ。

 50年と言う時間の長さをわかっているだろうに。

 それともそう言う長さの奴は珍しくも無いのだろうか。

 

「50年って結構珍しいのか?」

「初めてだねぇ……アンタ若いのに色々あったんだな……」

 

 あ、絶対不名誉な同情されてる。

 というか初めてならもっとリアクション大きくても良いだろうに。

 大きいのはπだけか?

 それとも死神という奴らは、そんなに時間に無頓着なのか?

 ずっとどこか遠い所を見やって。

 何を見ているんだ?

 

「くそー、映姫様もひどいなぁ。ちょっとサボってただけでこんな奴担当させるんだから」

「……え、私罰ゲーム扱い?」

「そりゃそうだよ。50年なんて誰もやりたがらないし。私だってサボりがばれてなきゃやってないよ」

 

 渡る世間に鬼はなしと言うが、渡る三途には鬼しかいないんだな。

 なんで死んでからもそんな扱い受けなきゃいけないんだよ。

 酷すぎると思います。

 そのでっかいソレを揉みしだいてやろうか。

 ……ぐへへ。

 

「いま失礼な事考えただろ」

「え!!」

「まあいいさ。アンタみたいなのには慣れっこだ」

 

 意外と鋭い奴……。

 勘のいいガキは嫌いだが、これから50年ともに過ごす仲なんだからこの子とは絶対に仲良くしていこう。

 50年も気まずい空気に晒されてたらそれこそ死んだようなもんだ。

 せっかくの死後なんだから少しでも面白いものにしてやるからな。

 これは私への挑戦状だ!

 

 

――しばらく経って

 

 ……長い。

 どれくらい経ったんだろうか……。

 一週間はたっただろう……。

 漕げども漕げども流れる景色は変わらないし、川の底は真っ暗で何も見えない。

 魚なんか泳いでるわけもないし、周囲には陸一つ見えない。

 ひたすらに船に揺られるだけ。

 体は元気なはずなのに少しも動こうと思えない……。

 もう何日経ったんだ?

 この世界は日が暮れないし、天道もないなら夜も朝もない。

 長すぎる……。

 なんだってこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

 私の死は、人生は決して不幸なものではなかった筈だ。

 誰かの為に生きてきた訳ではないが、自分のためだけに生きてきた訳でもない。

 ない筈なんだ……。

 

「今……何日目だ……?」

「ああ、起きてたのか。今で三日目かな」

「三日目!?」

「そうだよ」

 

 三日目ってのは、日が三回沈んだって事だよな。

 こんだけ経って……三日目。

 こんなに時間が過ぎるのは遅かったのか?

 一週間は絶対に経ったと思っていたのに……その半分も経っていないなんてなぁ……。

 

「まあ気長に行こう。焦ったってどうしようもないよ」

「そんな……」

 

 気長に、地球何周分の気の長さがあれば足りるんだ……?

 

――そしてまた、長い時が流れた。

 

 もう……何も考えれない。

 頭を使うことさえ面倒くさい。

 この船の上にいれば、疲れもしないし腹が減ったりもしない。

 ちっとも眠くならないし、体は至って元気なのだ。

 ああ。

 空白の時間を過ごすことがこんなにも苦痛だとは。

 船のヘリに耳を当てて、川の水が流れる音をただ聴き続ける。

 代わり映えのない日々。

 死んだのか?私は。

 それともやっぱりここが地獄なのか?

 

「今で何日目だ……」

「2ヶ月だ。先は長いなぁ」

 

 ……こいつも飽きないもんだ。

 ずっと私の前に座っては、膝に肘をついてどこかを見つめている。

 その瞳は明るくも全く底が見えない……。

 私のことを見ているかと思ったら右を見たり、左を見たり。

 そもそもの話として退屈じゃないのか?

 退屈を感じないほどに麻痺してるのか?

 最初こそ話もしていたが、最近はもう何もないし、それは話す事じゃなく、話す気力がもうどこにもない事が原因だ。

 どうしようもない沈黙とあてどない空虚の支配する世界。

 つまりは、眠くもならないし頭も冴えてるのに、何も起きない。

 起きていないような、覚醒していないような世界。

 あぁ……酔生夢死、とはよく言ったものだ。

 まさに酔った様に生きて、悪夢を見ながら死んでいる。

 

――向こう岸まで、あと18,188日……

 

 

「小町は……50年もかかる奴に出会ったことはあるのか?」

「そうだねぇ……アタイの見た中じゃアンタが一番かもね」

 

 そうやって問いかけたのは、本当になんでもない。

 何もない、無意味に終わるはずの有象無象相当の単純不必要な気まぐれであった。

 しかし、ソレを思いとどまらずに口にしたのは私の中に何かひっかかりの様なものがあったからかも知れない。

 

「ずっと人生を思い返していたけど、やっぱり何もない。30分で十分なくらいだ」

「ときたま居るんだよ……50年とは言わないけど。他の奴よりもとびっきり長い奴が」

「何が違うんだろうなぁ」

「さあ……そう言う奴はみんな口を揃えて心当たりがないって言うんだ。アンタみたいにな」

「そっちの手違いってのは?」

「ありえないね。管理してるのはアタイの上司だけど、あの人に限っては大袈裟じゃなく秒単位で間違えなんて起こらないよ」

 

 心当たり……、上司……、間違え……。

 会話をしている間、何かの違和感が私にくすぐり続けていた。

 それは、ズレや歪みとも言うべき何か。

 圧倒的に見落としている様な圧倒的欠落。

 その掛け違えたボタンの様な不気味さは少しづつ、勢いを増して大きくなっていく。

 

「小町の上司か……」

「公明正大な人だよ。なにせ閻魔大王ってんだから」

「ソレにしたってなぁ」

 

 公明正大ってんなら殊更におかしいとしか思えない。

 何をもった基準で何を根拠にした数字なんだ?

 明確かつ平等な審査基準の公表を求めたい。

 

「あぁ……一人思い出したよ」

「え?」

 

 そう言って小町は肘を突いていた手を離して船のヘリへと乗せた。

 

「一人だけ、長い時間かかることに納得していた奴がいたんだ」

「何だと?」

「そいつは確か……幼児淫行で村から追い出されて餓死したんだ。そうだそうだ」

「幼児淫行だ!?」

「そうなんだよ。はっはっはっ。自分よりニ回りも小さなガキに恋しちまったんだよ。そいつは」

「……そいつは何年かかったんだ?」

「さあ……3年だったかなぁ。何せ昔のことだ」

「3年!?なんでそんな奴が3年で私は50年なんだよ!」

「知らないね。アンタが嘘でもついてるんじゃないのかい?」

 

 私は誠正直何一つ嘘なんてついていない!

 おかしいじゃないかやっぱり!

 幼児に手を出す様な変態が3年で……ん?

 幼児に手を出す変態?

 なんだ?

 今猛烈に違和感がした……。

 ここに何か……拭いきれない油汚れの様な何かが引っかかる。

 それに少し、いやかなり嫌な予感がするぞ……。

 

「あぁ、こんな奴もいたなぁ。ガキを切り刻んで殺しちまった奴」

「……そんなクソ野郎も運ぶのか」

「仕事だからね」

「もしかして、借金を踏み倒した奴なんかもいたか?」

「ああ、居たね!なんでわかったんだ?」

「……よくわかったかもしれない」

 

 もしかすると……。

 不審そうな顔をする小町。

 借金、幼女、淫行、切り刻み。

 これは……今私の考えた仮説が正しいとすると……。

 

「小町や、聞いてくれ」

「おお、どうしたんだ改まって?」

「実は私な……お前のことが……」

「え?」

「初めて見た時からお前のことが……大好きだったんだ!」

「な、何を言い出すんだい!私には心に決めた人が……」

「……ダメか」

「あぁ……アンタの気持ちには答えられないよ。すまない」

「いや、その事じゃない」

「……は?」

「あわよくば向こう岸までつけるかと思ったんだが、ダメだったか」

「……告白は?」

「あぁ……ごめんな」

 

―――

 

「いや、本当ずびばぜん」

「……」

 

 目をつぶってそっぽを向く小町。

 いててて……こんなボコボコにしなくてもいいのに。

 右目は開かないし。

 この死神め、怒って船から振り落とすわ鎌で頭おもいっきりどつくわ、無茶苦茶な奴だな。

 今も拗ねて目も合わせてくれない。

 確かに実験で告白した私も悪かったけどさ。

 いや、全面的に悪いな。

 けど女から告白された時点で気付こうよ。

 死神って奴は雌雄同体なのか?

 しかし、これが失敗したのは痛い。

 体的な意味でもかなり痛い。

 下手をすると、もっと長い時間をかける事になるかもしれない……。

 それでも進まなくちゃダメな時が今のはずだ。

 ともかくプランBを実行しよう。

 小町が怒りを収めてくれるといいんだが。

 

「すまなかったよ……でも、お前のことが好きなのは本当なんだ」

「いいよもう……よくわかった」

「何がだよ」

「アンタは嘘つきってことだよ」

 

 あ、これめっちゃ怒ってる。

 今なんか本気で軽蔑された目を、向けられてしまった。

 私が高架下のドブ親父を見てた時の目だアレは。

 死神ってのはウソが好きになれないのだろうか。

 しかし、そんな事で足踏みしてるほど余裕はない。

 

「ところで小町。お前の上司ってのは小柄か?」

「……」

 

 今わかりやすく目が泳いだな。

 なんて心の内が読みやすい奴なんだ……、

 その反応は言外に問いかけはの肯定をしてる様なものだ。

 

「それに、正義感も強くて、サボりとか怠惰とかが絶対に許せないタイプで」

「……」

 

 おうおう、泳いでる泳いでる。

 河童と同じくらいの快泳してるよ。

 てことはやっぱり……。

 

「身長は低めで、きっと可愛いんだろう」

「何を言い出すんだ。今度は映姫様に告白か?」

 

 お、やっと口を開いたな。

 いきなり目の前でこんな問答されたら黙ってる方が無理だろう。

 特にこの江戸っ子気質には。

 

「私は年上好きだからわからないけど、きっと年下好きにはたまらないんだろうなぁ」

「おい、私のことを馬鹿にするのは許しても、映姫様の事を弄ぶ様なら加減しないぞ」

「まあ聞けって。お前はどう思うんだ」

「何がだ」

「お前の上司だよ。映姫様……だったか?」

 

 今度は私から全く目を離さずに姿勢を変えた。

 警戒されているのだろう。

 しかし、それでいい。

 反応は上々だ。

 

「どんな人なんだ?」

「映姫様は……厳しい人だよ」

 

 厳しい人か……。

 そこは大体予想していた。

 問題は、どう厳しいかという事に尽きる。

 

「厳しいのか?」

「あぁ……絶対に融通が効かないんだ。元が地蔵だからか頭が堅いのかもね」

「頑固な上司なんだなぁ」

 

 うんうんとうなづく。

 これは小町の語りモードに入ったな。

 あとはこのレールに乗ったトロッコを脱線しない様に運ぶだけだ。

 

「それでも結構可愛いところもあるんだよ。カップラーメンも、後入れの粉を先に入れたらプンプン怒って」

「うんうん」

「他にもさ、ちょっとした書類の漢字の書き間違いなんかも絶対に許してくれないんだよ」

「厳しいんだな」

「その割には結構言い間違えなんかもするし」

「例えば?」

「この前の休みに映姫様と街に行ったらなんか迷彩服着てきてたんだよ」

「うん」

「それで理由きいたら真面目な顔して『市街戦対策です』ってさ」

「……それはなかなかだな」

「でも可愛いのなんのってさ、夜摩天様も一皮剥けば少女だね」

 

 ぐぐぐ、なんだか惚気話に逸れてきたぞ。

 それが元々の目的だが、なんとも無性にむず痒い。

 というかそんな話聞いちゃったら会った時が怖いんですけど。

 ん?……あ、あれは!

 

「向こう岸だ!おい小町!後ろを見ろ!」

「なんだって?……おお!?なんだ! あと二日でつける距離まで縮まってるぞ!?」

「もっとだ!褒めれば距離が縮まるぞ!他に何か可愛いところがあるだろ!?」

「可愛いところ……そうだ!優しい!映姫様は優しい!」

 

 いいぞ!

 みるみる向こう岸が近づいてくる!

 失敗か空回りするのがオチだと思っていたが予想外の効果が出た!

 これならあと一押しだ!

 

「あと16時間になった!」

「最後の一押しだ!トドメにとびっきりの可愛いところを言ってくれ!」

「とびっきりの……そうだ!」

「おお!なんだ!」

「映姫様のパンツ!イチゴ柄なのとっても可愛い!!!」

「そうだ可愛い……っておおおおい!!!!」

 

 岸がとんでもない速度で遠くなっていく!

 待って!

 せっかくここまできたのにぃ!

 

――――

 

「……あとどんくらいになった」

「……千年かかる」

「アンタ立派な死神だよ」

 

 

――うぅぅぃいやっと……やっと着いたぞぉお!

 はぁ……。

 船から降りて地面に足をつけた瞬間に、ここしばらく分の疲れが一気に押し寄せた気がする。

 ここが待ちに待った向こう岸か。

 言うところの彼岸ってやつかな。

 なんとなくあの世ってのは暗くて静かなのを想像していたんだけど。

 ここめちゃくちゃ明るいし賑やかじゃないすか。

 なんだあれ?

 出店が出てるのか?

 まるで祭りみたいだなぁ。

 思っていたことは違うことは確かだ。

 まあ私はこう言う方が好きだけどね。

 

「あ、映姫様!お出迎えくださるなんて珍しい」

 

 映姫様だって?

 小町が頭を下げてるって事は、この人が小町の上司か……。

 そんなに畏まってもない感じからして、普段の関係性がうかがえる。

 

「まず小町、貴方には話があります……色々と」

「げ、」

「そして貴方。貴方にも話をしなければなりません」

「貴子って言います。あなたが映姫様ですね。お会いできて嬉しいです」

 

 ……小さい。

 身長及びその他もろもろがすべて小さい……。

 見た目だけでいったらかなり幼なげに見えるというか……。

 犯罪の香りのドルチェ&ガッバーナを纏ってるよ。

 

「立話もなんですから、どこか入りません?」

「それはその通りですが、貴方の言う事ではありません」

「へいへい」

 

 ……もしかすると、私の50年はこの二人に多分に原因があるんじゃないか?

 渡り切ったから良しとするが。

 

「それにしてもここはいつ来ても騒がしいですねぇ」

「死後が安らかなものになるなら安いものです」

「まあ渡り切った反動もあるんでしょうけどね」

 

 祭りの様な賑わいの通りをかき分けながら小町と映姫はたわいもない会話を交わす。

 その内容は案外真面目なもので、仕事にまつわる事ばかりだった。

 

「あ、映姫様あそこにしましょう」

「喫茶店ですか……いいでしょう」

「あの世にも喫茶店ってあるんですね」

「舐められちゃあ困る。居酒屋だってあるんだってイタ!」

 

 あ、小町が笏で頭叩かれた。

 閻魔が暴力とは乱世乱世。

 そんなことを考えながら私たち一行は喫茶店へと入っていく。

 

「さて、私の方から話すより前に、まずは貴方の話を聞かねばなりません」

「え?」

「何か、私達に言いたい事があるのでしょう」

 

 流石は閻魔様。

 見抜かれてたのか。

 そうだ、まずはその話をしておかないとダメだ。

 何よりもあの50年の真相を聞かなければいけない。

 

「三途の川は渡るものによって長さが変わる……それは確かですね?」

「ええその通りです。川は魂の鏡。業を背負うものは長く、背負わざるものは短くなります」

「私は、50年と言われました」

「何も驚く事ではありません。自分の人生を顧みれば心当たりがあるはずです」

「その心当たりっていうのは、妖怪の腕を切り落としたり、吸血鬼と接吻したり、借金を踏み倒したりやらの事ですか?」

「……それだけとは限りません」

 

 閻魔は嘘はつかないが、誤魔化しはするんだな。

 私の仮説が正しい事が証明された。

 つまり、50年の謎はこの閻魔の裁量……それにある程度のマニュアルや規定があるのかは知らないが、決めたのはこの人だ。

 妖怪退治屋時代から、その辺の野良妖怪を退治するときには結構グロテスクな事もしてたし……。

 ルーミアに喰われない様に、腕を切り落としたり……そう言うのが響いたか?

 ともあれその事に気づいたのが幸いだった。

 小町の無駄話が、この気づきを私に与えてくれたのだ。

 川を渡る時間は延びることもある……小町はそれをモチベーションの問題だと言ったがおそらく違う……。

 つまり、船に乗ってる時も判断の過程なのだ。

 船上で悪を働こうものならそれ相応の裁きがくだる。

 ということは、短くすることも不可能ではない筈だ。

 

 最初に、小町に告白という事で意識を引き、そこから小町に褒め殺し攻撃をさせた。

 これが私自身も予想外のズバリ的中だった。

 よっぽど堪えたのかあっという間に向こう岸までついた……一回蛇足な発言をして1000年なんてとこまで飛ばされたが、結果オーライだ。

 ちなみにあの後、小町には三日間ぐらいぶっ通しで愛を囁いてもらった。

 他人事の私でさえ背中の痒くなる惚れさせ文句を3日も聞かされたんだからある意味地獄だったことは言うまでもない。

 まああらかた、小町が仕事をサボってそれをキッカケに喧嘩して……その罰を与えるのに私の人生の罪が利用されたってとこだろう。

 50年の歳月を送らせてもいいような悪行をしたと言えばしたし。

 しかし喧嘩をしたのならば仲直りしてもらえればいいだけの話だ。

 夜摩天という職業は、その性質上嘘偽りをする事など不可能だ。

 褒められて嬉しければそれを隠さず示さなければならない。

 その真っ当、公明正大なあり方に救われたってのが本音だ。

 

「さて……貴子さん。貴方の人生の最後についてお聞かせ願えますか?」

「ああ、吸血鬼と遊んでいたら間違えて手を滑らせてしまって。それで死んでしまいました」

「なるほど……手を滑らせて……」

 

 ぶつぶつとつぶやく映姫。

 何やら手に持っていた笏に色々とメモをしている。

 それを見た小町が顔を近づけてボソボソと呟いてきた。

 ……くそ、もう少しで谷間が見えたのに!

 

「ゴホン!」

 

 ……なんかめっちゃ映姫様に睨まれた気がする。

 そんな事はつゆ知らず、小町は顔を近づけてボソボソと喋る。

 

「おい貴子……間違っても嘘はつくなよ?」

 

 おう兄弟……もう間違っちまったよ。

 しかも取り返しのつかない類の間違いな気がするぜベイベ。

 この感じは絶対に悪い事が起きるんだよ。

 

「貴子さん、浄瑠璃の鏡はご存知ですか?」

「……いや、あまり」

「これがそれなんですが、死者の生前の行いを映してくれる物でして」

「はぁ」

「貴方の人生を包み隠さず見させて貰います」

「……えぇ!!?」

「手を滑らせた……ですよね?」

 

 あ、絶対この人知ってた。

 わざと知らないふりをして泳がしたんだ。

 裁判長、これは嘘をつく様に仕組まれた誘導尋問です。

 そして小町よ、大事な事はいの一番に言ってくれ……。

 

 

――あぁ、死にたい……。

 いや、消えてしまいたい。

 タンスの裏の埃にでもなってしまいたい。

 

「もう一度確認しますが、人生の最後についてお聞かせ願いますか?」

「……吸血鬼に破壊されました」

「その原因は?」

「……私の接吻です」

「なるほど……それでは書面に私の方で書いておきますね」

「ありがとうございます……」

 

 書面なんて少しも聞かされていなかったんだが……。

 どこからか紙を取り出して素早く何かを書き走る映姫。

 ……なんか段取り良すぎないか?

 まるで最初からそれを書く事もその内容も決まってるかのように……まさか。

 

「おい小町、内容を読み上げてくれ」

「貴子……死因、死を感じる際の生命の本能である極限の興奮状態が作用し、勢い余って吸血鬼と接吻。その際に破壊能力を直に受けてしまい体が粉々になって死亡……だってさ」

「つまり?」

「死にかけのエクスタシーでキスしてドカーン!って事だね」

「内容の改善を願います」

「却下です」

 

 その(不名誉な)書面は死人の行く末を決める是非曲直庁とやらに受理され、晴れて私は死後を楽しみに待つ幽霊となった。

 のだが……

 

「8856402番、貴子様〜」

 

 どんだけ待たせるんだよ。

 三途の川やらなんやらからずっと思ってたんだが、どうにも死後の世界って奴はなんでもチンタラやってるらしい。

 今番号を呼ばれるまでにもかれこれどんぐらいかかったのか覚えていない。

 外にあるあの出店はこのあまりある待ち時間を楽しく過ごすためのものだったらしい。

 自分として過ごす本当に最後の数瞬。

 この辺りの酒は少し切ない味がする。

 小町には酒の旨い店を何軒か教えてもらったけど、もう関係のない事だ。

 来世でまた寄らせてもらおう。

 ここだな……四季映姫様の部屋は。

 ノックは4回。

 死んだ者のマナーだそうだ。

 

「失礼します」

「どうぞ。お掛けください」

「もうかけてます」

「…………」

 

 さて、汚職スレスレの仕組まれた書面発行だったが、とうとうわかるのか。

 私のサンサーラは如何に。

 

「さてと、貴子さん」

「はい」

「貴方の来世について、お話しする事がかなり多数あります」

「……長くなりますか?」

「とても」

「……どんくらい?」

「少なく見積もって16時間です」

「……掻い摘んででお願いします」

 

 寿命がないからって何でもかんでも時間かけすぎじゃあなかろうか。

 そんなに喋るから待ち時間がとんでもない事になるんだよ。

 

「まず最初に……といっても之が殆どなんですが、貴子さん」

「うい」

「貴方に……来世はありません」

「……え?」

 

 窓の外でカラスが何処かへと飛んでいった。

 

「どうにも貴方の魂は歪なんです」

「はぁ」

「あなたの魂には未来への引っ掛かりがない……それでは来世へ繋げる事、つまり輪廻転生ができないのです」

「ひぃ」

「お恥ずかしい限りですが、我々にもその原因はわかりません」

「ふぅ」

「それが判明するまでは、冥界のこの者の所にお世話になってください。私の方で話はつけておきます」

「へぇ」

 

 ……もう、なんかどうにでもなってくれ。

 来世がない?

 アイムノットハブ来世?

 せっかくこの時のために温めておいた来世はくらいせっていう究極のギャグが言えない……てか魂が歪だとか来世がないだとか、私に偉く風当たりが強くないか?

 ただのパンピーだと自覚してるんだが。

 この女郎、まさか汚職してるんじゃないだろうな?

 ……ないか。なんたって閻魔だもんな。

 もうこれ以上何かの話を聞く気にはなれない……。

 適当に切り上げて帰ろう。

 

「さて、次に聞かせていただきたいのは、船の上での発言の旨なんですが……」

 

 あ、無理だ。

 多分3日くらい長くなる。

 もう……この世界大っ嫌いだ!




次回は屋敷てサムライガールに怒られる事になりそうです。
ツッタカターやってますのでからんでちょ
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