血塗れエルフと指輪の担い手   作:生野の猫梅酒

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第二話 血と憎悪の女

 もう何千年も昔、古い時代の話だ。

 中つ国に住まう強大なエルフ達は、自らの知恵と力を活用して世界をより美しく保つことが出来ないかと考えた。それは単に土地や民を維持するのでなく、魔力によって支えようという試みだった。

 そんなとき、正体を偽りエルフ達に接近してきたのが冥王サウロンだった。彼はエルフ達の知識に対する貪欲さに目を付け、自身の持ちうる知恵をエルフ達に授けつつ彼らの技術を学ぶことで魔力ある指輪の作成方法を会得してしまう。

 

 魔力ある指輪──すなわち『力の指輪』であり、後に善と悪の壮大な戦いを引き起こすことになる指輪の誕生した切っ掛けである。

 

 この時のエルフ達の長が柊郷(エレギオン)の領主ケレブリンボールであり、また冥王が製造した『一つの指輪』の存在を一番最初に察知したのも彼だった。ケレブリンボールは遠く離れた地に居るサウロンが口にした詩を耳にしたという。

 

 

三つの指輪は、空の下なるエルフの王に、

 七つの指輪は、岩の館のドワーフの君に、

 九つは、死すべき運命(さだめ)の人の子に、

 一つは、暗き御座の冥王のため、

 影横たわるモルドールの国に。

 

 一つの指輪は、すべてを統べ、

 一つの指輪は、すべてを見つけ、

 一つの指輪は、すべてを捕らえて、

 くらやみのなかにつなぎとめる。

 影横たわるモルドールの国に。

 

 果たして、サウロンと共同で作成された『力の指輪』たちはすべてがこの『一つの指輪』に支配され、彼の悪意に晒されてしまうこととなった。唯一ケレブリンボールが独力で作成した『三つの指輪』だけは支配を逃れエルフの王に託されたが、それさえサウロンの手に渡ればひとたまりもない。

 結局、自身の悪意を隠さなくなったサウロンの手によってエレギオンは滅亡し、名高きエルフの細工師たちも散り散りとなるか死に絶えるかの結末を迎えた。特に長であるケレブリンボールの死にざまは惨く、死ぬまで『三つの指輪』の所在を吐かなかった彼の死骸を旗と掲げてサウロンは進軍したのである。

 

 これが、『力の指輪』を生み出す契機を作ってしまった者たちの末路。

 知識と力を求めすぎたが故に騙され滅亡したが、決して始まりの思想が悪だった訳では無い。

 そしてただ一人生き残った、ケレブリンボールの一人娘──ミリアンという名のエルフは、彼を死に至らしめた冥王とオークの軍勢を相手に慟哭のまま復讐を誓ったのだった。

 

 ◇

 

 槍の穂先が月光に輝くと、次の瞬間にはオークの首が二つは飛んだ。

 

 吹き出す鮮血に怯むことなく血を浴びながら前へと踏み込む。するとすぐ横をワーグに乗ったオークが通過していくから、添えるように槍を突き出すだけで簡単に地面に叩き落された。返す刃を首元に叩き込み、息の根を即座に止める。

 その間に後ろから忍び寄ってきたオークには一瞥すらせず槍の石突を食らわせ、怯んでいる間に正面のワーグへと槍を投擲。躱しきれず脳天から串刺しとなったのを確認せずに弓を取り出すと、背後のオークへ振り向きざまに矢を放つ。一人、また一人とオークとワーグは数を減らし、優位にあったはずの闇の住人たちは呆気なく単独のエルフを前に敗北したのである。

 

「はぁ……これで全部かな。後は確実にとどめを刺してと──」

 

 かくして、すべての敵を殺し尽くして返り血に塗れたミリアンは弓を仕舞って槍を引き抜いた。灰色のマントにも黒髪にもどす黒い血がこびりついているが、それこそ戦功とばかりに彼女は気にしていなかった。

 あの後、やってくるオークとワーグの集団の半分ほどをミリアンは引き受けた。エルフはオークにとって大敵の一つであり、さらに言えばミリアンはこれまでに山ほどのオークを葬ってきた実績があった。オークからすれば襲撃対象外だとしても捨て置ける相手じゃない。

 そして結果はこの通り、無視できぬ相手を追いかけた果ては戦闘というより虐殺だった。さらにそれだけで飽き足らず、ミリアンは執念深くオークの心臓を突いて首を刎ねて回った。

 

「死ね、死ね! 冥王の従僕ごときが、中つ国をうろつくな……!」

 

 何度も槍を突き立て、虫の息な者も死体も分け隔てなく、心からの恨みと憎悪を込めて丁寧にその命を終わらせる。けれど()()()()()()()右手を頭にかざすと嘘のようにミリアンは落ち着き、深く息を吸うと槍を動かす手を止めたのだった。

 今度こそ仕事を終えたことを確認した血塗れのエルフは、すっかり暗くなって月の浮かぶ空を見上げた。やって来た方角へとよく目を凝らせば空を舞う大きな鳥たちの影がいくつも点在しているのが確認できた。

 

「あ、ガンダルフ達は大鷲に乗って逃げたんだ。良いなぁ、私も乗らせてほしかった」

 

 知恵を持ち言葉を解す大鷲たちはガンダルフの友だ。彼らならば窮地であっても駆けつけ助け出すくらいは簡単だろう。ひとまず知己がオークに殺されず一安心とミリアンは胸を撫でおろした。

 さて、これからどうするか──復讐の炎と、かつて宝石細工師だった者としての好奇心が交じり合った結果として、ミリアンはすぐに心を決めた。

 

「ドワーフ達を追いかけよう。オークは殺すし、エレボール奪還にも興味はある」

 

 冥王死すべし。いつか必ず父の仇を取り、その魂を無明の闇へ叩き落すと誓っている。故にドワーフの敵はミリアンの敵であり、オーク共を追い落とすのに躊躇いは欠片も無い。

 大鷲たちの行先はおそらくアンドゥイン河の北に聳え立つ見張り岩だ。安全地帯となるそこでドワーフ達は降ろされ、彼らはまた北への旅を続けるはず。ミリアンの現在地である霧ふり山脈の東側からならまだ追いつける。エルフの足ならば可能だった。

 

「それじゃ、行こうかな」

 

 槍の血を拭って背負うと、軽快にミリアンは駆け出した。

 オークとワーグの死骸を山と築いたばかりと思えないくらい、晴々とした表情をして。

 

 ◇

 

 ミリアンが数日ほど走っている間にも何度かオークやワーグの群れを近くに感じることがあった。ドワーフ達を追い立てる彼らを横から殺しに行くことも考えたが、ドワーフ達に追いつく前に余計な体力を消耗するのは避けたいと彼女は判断していた。

 そして追跡をすることしばらくの後、久しぶりに身体を落ち着けたのは、北方でも随一の狂暴な人物と呼ばれる相手の屋敷だった。

 

「宿を提供してもらってありがとうございます、ビヨルンさん。しばらく走り通していたので助かりました」

「ドワーフ達の後にエルフの一人くらい構わない。それにオーク共の返り血を浴びた相手を見過ごすのもすわりが悪い」

「感謝します」

 

 巨大な食卓を挟んでミリアンと向き合うのは大柄な男である。動物たちをまるで召使のように使い、給仕をさせながら豪快に木のコップをあおっている。

 彼の名はビヨルン、『皮を取り換える者』として人の姿と巨大な熊の姿を自在に取ることができる人物だ。今や人も少ない荒れ地の国に住まう数少ない者であり、恐ろしい人物ながらも良識と敬意を持って接すれば唯一の安全地帯を提供してもらうことも可能だった。

 

「まだ幼い頃、悪さをすればオークの血を被った恐ろしい黒のエルフがやってくると寝物語に聞かされたことがある。お前が戸口に現れて宿を求めた時、俺は寝物語の怪物が中つ国へ這い出てきたのかと驚いた」

「あはは、ご心配には及びませんよ、私が殺すのは闇に根を張る輩だけなので。そんな無差別に殺して回る幽鬼のように言われるのは心外です」

「……なるほど、寝物語もしっかり事実を基に作られてはいるようだ」

 

 既に灰色のマントを脱ぎ、熱い湯で返り血も落としたミリアンは美しいエルフの姿を取り戻してはいるものの、内心に秘めた暗い憎悪と怒りの炎までは隠しきれていなかった。

 ともあれ、憮然とした面持ちのままビヨルンはコップを『血塗れエルフ』へと差し出した。並々と注がれたミルクを一気に飲み干すのを見届けてから更に話を続ける。

 

「それで、わざわざ此処を訪ねてきたのも休憩がてらというだけではあるまい?」

「ええ、その通りです。先ほども仰ってましたけど、ビヨルンさん、ドワーフ達を見かけてますよね?」

「ああ、ちょうど昨日の朝にこの屋敷から送り出した。俺の馬たちを貸し与えもしたな」

「なるほど……行先はもしや緑森大森林──闇の森の古森街道だったりしませんよね?」

「あっちは駄目だ、既に道が木々と沼に沈み、南からやって来た巨大な蜘蛛たちが徘徊している。だから北のエルフの道を行くように薦めた」

「懸命な判断です。あなたの知性と良心に感謝を、皮を取り換えるお方」

 

 エレボールへ向かうにはこの先に広がる闇の森を抜ける必要がある。そのための横切る道が二つほどあるのだが、片方は既に闇の勢力の影響なのか消えてしまって久しい。ミリアンも実際に確かめたことが、オークを含む闇の生物の通り道となっていて非常に危険だった。

 しかしエルフの道もあまり安全ではない。道を外れれば魔法にかかって迷うし、夜となれば先も見通せない暗闇だ。魔法使いの先導があっても危険は尽きない。

 

「ありがとうございます、必要な情報は揃いました。このお礼は必ず」

「もう行くのか?」

 

 確認してきたビヨルンへと大きく頷いた。

 

「もしオーク共が先に追い付いてドワーフが殺されるようになれば寝覚めも悪いので。エルフの宝石細工師たちはドワーフの友ですから」

「しかし容易な道ではないだろう。敵はただのオークではない、強大だぞ」

「何か知っているのですか?」

「トーリン・オーケンシールドを追いかけているのは穢れのオーク、アゾグだ。その息子ボルグもおそらくは動いているはず」

「アゾグ! モリア東門の戦いで死んだと聞いてましたけど。生きてるなんて意外だな、息子共々早く殺してやらないと」

 

 名のあるオークまでもがエレボール奪還を阻止するために動いているのは予想外だった。いや、ガンダルフが語ったように背後に本当にあの冥王が居るのなら、それも当然なのかもしれない。かつてドワーフの抵抗に遭い、指輪の支配も受け付けなかった種族を冥王サウロンはたいそう憎んでいるのだから。

 ミリアンは立ち上がった。敵の正体も知った今、ますます休んでいる場合ではない。急いで追いついて影ながらでも助力できるようにしておきたい。

 

「では私も発ちます、たくさんのお湯と食べ物をありがとうございました。差し出がましいですけど、馬を一頭お借りしても?」

「構わない。だが闇の森に入る前に放してやってくれ、ドワーフにも同じことを頼み、それを見届けた」

「分かりました、我が故郷エレギオンに誓って約束は守りましょう」

 

 勝手に追いかけ、勝手に助力するつもりで、勝手にエレボールの財宝を見たいと願うのは傲慢かもしれないが。

 ともあれ、このエルフにとっては一挙両得となる得難い機会なのも間違いなく、その行為が悪によるものでないのもまた確実なのだった。

 

 ◇

 

 闇の森は今や闇の生物たちが蠢く危険地帯であり、しかもひとたび道を外れればあっけなく迷ってしまう幻惑の魔力すら掛かっている。

 しかも北の一角にあるエルフ達の王国にうっかり足を踏み入れてしまえば、不法に侵入した罪で捕らえられることも考えうる。個人的にも確執のあるトーリンがエルフ王スランドゥイルの下に引っ立てられたら何が起きるかは想像に難くなかった。

 

「そういう訳じゃから、ミリアンには彼らの道案内を頼みたい。信用はされぬじゃろうが、先導が無いよりマシじゃろうて」

「何がそういう訳なんですか……」

 

 ミリアンは頭を抱えた。いや、相変わらず過程を省いてまず結論から告げてくる灰色の魔法使いに辟易したと表現すべきか。まさか魔法使いだけ闇の森の方から戻ってくるとは露程も考えていなかった。

 

「お前の性格ならわしらを追いかけてくることは分かっておったとも。そしてわしは、これから"白の会議"の一員としてドル・グルドゥアで大事な役目があるのでな」

「白の会議ですって? まさかあのサルマンが攻撃に同意して、しかも今から死人占い師(サウロン)を叩きに行くとでも?」

「その『まさか』かつ『しかも』じゃ。本当はこの旅が終わってから始まる予定じゃったが、時期が早まった。トーリンの旅路によって行動が活発化したのを賢人たちが危険視した結果じゃ」

 

 白の会議──それは中つ国をサウロンから守るために集った賢人たちの組織だ。エルフの諸侯や魔法使いたちが名を連ねており、ミリアンもまた、かつてサウロンに謀られ指輪造りに関わった者たちの末席として責任と共に所属していた。

 

「私、そのことを知らなかったのですけど。仲間外れにでもしました?」

「放浪エルフの所在が掴めなかっただけじゃ。この数十年いったいどこを旅していた」

「……東も東、遠くの方まで足を伸ばしてましたけども」

「なら仕方なかろう、文句を言うな」

 

 だから休息を求めて西へ向かったのに、そう呟くミリアンだった。

 

「それならそうと、私をドル・グルドゥアに向かわせれば良いじゃないですか。わざわざあなたと役割を入れ替える必要はありますか?」

「大いにある。オーク共を倒すことにかけてはミリアンの方がわしよりも適任じゃろう。もし彼らがオークの妨害により失敗し、エレボールに巣食う竜がサウロンと手を組んだら恐ろしいことになる。わしはその可能性も恐れているのじゃ」

 

 なるほど、とミリアンは頷いた。

 冥王と竜が手を組む。そんなことになれば数千年前の時代、上古と呼ばれた頃の大戦争もかくやな事態になりかねない。

 

「……ミスランディア、あなたの言うことは結果的にいつも正しい。私だってそこはよく知ってます」

「ならば──」

「元からそのつもりだったんです、あなた一人が居なくなっていてもやる事は変わりません。まだ肝心の彼らとはほとんど面識すらないですけど、ね」

 

 ゴブリン町で成り行きのまま助け、一行のリーダーとほんの少し会話を交わした程度である。信頼とは程遠い間柄であり、ハッキリ言って無謀なのはミリアンもガンダルフも認めるところだ。

 それでも、魔法使いはこのエルフを信頼しているし、腕に間違いないことも知っていた。彼女ならば十分に自らの期待に応えられると知っていたし、だから安心してより強大な悪へと挑みに行くことができるのだ。

 

「なら早く行ってください。どうせ奴の運命は指輪と結びついているのです、指輪と共に苦しみながら消える様を見届けるのはそれまでの楽しみにしておきます」

「わしとしては、是非ともその予言は外れて欲しいところじゃがな。では行くとしよう、そちらは任せたぞ!」

「ええ、任されました」

 

 こうして魔法使いはより凶悪な存在へと挑みに行き、エルフは予定通りに行動を開始したのである。




大まかなストーリーはひとまず映画版を踏襲してますが、整合性を取りつつ原作小説の設定も取り込んでいきます。
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