血塗れエルフと指輪の担い手   作:生野の猫梅酒

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第三話 エルフとドワーフ

 どうしてこんな事態になったのだろう──ミリアンは思わず天を仰いだ。

 

 眼前には眉目秀麗なエルフ王スランドゥイルが座していて、一触即発の雰囲気を醸しているのは山の下の王トーリン・オーケンシールドだ。雰囲気が最悪を通り越して凍り付いた彼らの間を取りなすようにミリアンは立っている。

 

「さて、ケレブリンボールの娘ミリアンよ。そなたの金銀細工の腕と引き換えにこのドワーフ達を見逃せとの事だが、状況はあまり芳しくないと見える」

「ドワーフがエルフの助けを得るつもりはないぞ。ましてはなれ山に眠る我らの財宝を望む者の手など、永劫借りることは無い!」

「はぁ……」

 

 エルフとドワーフの間で板挟みだ、困ったなー。

 呑気にそのようなことを考えるミリアンだが、彼女もまた渦中であることに変わりない。思わず現実逃避じみた思考が漏れる程度には状況の難しく、既に逃げ出したくなっていた。

 

 このような事態になった原因は、数時間程前にまで遡る──

 

 ◇

 

 闇の森へと足を踏み入れたドワーフ達の一行だが、案の上と言うべきか道を逸れて迷ってしまった。

 後から森へと踏み入り、ようやくの思いでミリアンが彼らに追いついた時には巨大な蜘蛛に絡めとられている始末。といっても、エルフ達の王国すぐ傍まで邪悪な生物が勢力を伸ばしているとはミリアンも予想だにしていなかったので、油断大敵とドワーフを責めるのも酷というものだが。

 

 そして彼女は、助けるよりもまず身を隠すことに専念していた。

 

「あー、えっと、エルフの人ですかね? 僕はともかくなんであなたまで隠れてるんです?」

「静かに。今バレたら事態がややこしくなるので」

 

 大木の陰に隠れつつ、自身の胸程度の身長しかない小さな人の口を塞いだ。視線の先では蜘蛛の難を逃れたドワーフ達が闇の森のエルフ達に連行されているところだ。口々に文句を言いつつ仕方なしに歩を進めている。

 しばらく経ち、エルフもドワーフも皆が居なくなったところでようやくミリアンは小さな人の口を塞いでいた手を外して、ホッと息を吐いたのだった。 

 

「まったく、まさか蜘蛛退治に出てたエルフとも鉢合わせるなんて。あなた達も運が無い」

「運が無かったのは仰る通りだと思いますけどね。僕としてはこれ以上の不運は見たくないので、早く彼らを助けに行きたいところなんですが」

 

 早口で彼はまくし立てた。その間にも横目で何度もドワーフ達が消えていった方向を見ているところに焦りが見て取れる。

 ただ、エルフの王国の方角をおおよそ知っているミリアンはいたって冷静そのものだった。

 

「エルフの王国に忍び込むのは並大抵のことじゃない。それともあなたには手段の当てがありますか、勇気ある蜘蛛殺し」

「勇気ある蜘蛛殺し、良い呼び名だ。でも僕はビルボ、ビルボ・バギンズというホビットです。そういうあなたは?」

 

 そういえばまだ名乗っていなかったなと黒髪のエルフは気が付いた。

 礼儀正しく自分から名乗った相手に対し、彼女もまた敬意を持って頭を下げる。

 

「私はミリアン、エルフの一人でガンダルフの友です。この前は霧ふり山脈で囮になったりもしましたが、覚えてますか?」

「ああ、なるほど、あのときの。ガンダルフも何も言わないからてっきり死んだものかと」

「失礼な。これでもオーク殺しには一家言あるのですが」

「それはまた……頼もしい限りで」

 

 じゃ、これでとビルボはさっさと背を向けた。その後ろをミリアンもまたついていく。

 数歩歩いてからホビットが先に止まった。エルフもまたすぐに止まる。

 またビルボが歩き出す。今度はミリアンも歩き出した。たまらずビルボは振り向いて一言、

 

「ついてくる気ですか?」

「どこに行くのかと思って。エルフ達の王国はあっちですよ」

「それはどうも」

 

 すぐに方向転換、ミリアンの指示した方へとビルボは足を向けたが、やはりミリアンはついてくる。というより、行動を見守っているかのようだ。

 ──本当は今すぐにでも洞窟で拾った"魔法の指輪"を使って姿を隠してしまいたい。けれどビルボの中にはどうしてか、他人にあの金色の飾り気のない指輪を見せたくないという気持ちが芽生えていた。指輪に触れた子蜘蛛を激情のまま刺し殺し、何かおかしいと感じたばかりだというのに。

 

 もちろんそんな事情をミリアンが知る由も無いし、逆にビルボからすれば彼女の目的そのものが不明だったのだが。

 上手く撒くのも難しそうで、結局二人は肩を並べて気配を殺しつつ森を進んでいく。

 

「どうして、僕に着いてくるんです?」

「ドワーフ達を助けに行くのでしょう? 私も同じ、ガンダルフによろしく頼むと言われたので。それにほら、エレボールの見事な造りと財宝がいつまでも竜に独り占めされてるのも癪ですから」

「エレボールに行ったことが?」

「ありますよ、ノルドールのエルフはドワーフと同じ石細工が好きな民ですから。私も何度かお邪魔しては巨像の彫りだしを手伝ったり、宝石細工をするために場を借りたり、割と仲良くやってましたよ」

「へぇ、じゃあ当時のトーリンとも会ったことがあるの?」

 

 これには明確に首を横に振った。

 

「いいえ、会ったことがあるのは彼の祖父スロールと父スラインの方。でも最後はほとんど喧嘩別れみたいなことしたからなぁ……」

「何か無礼なことでも言ったんですか?」

 

 エルフからすれば子供のように背丈も低く、力も劣るホビット(ビルボ)にも丁寧な態度のミリアンが無礼を働く姿など想像できなかったが、好奇心からビルボは訊ねてしまった。

 問われたミリアンの方は苦笑を零しつつ、後悔を滲ませながらその顛末を振り返る。指輪造りに関わった者としての矜持から出た決別だった。

 

「ドゥリンの一族に伝わる七つの指輪の一つ、それを捨てるべきだとスロール王に警告したんですよ。そしたら『一族の宝を捨てろとは何事だ!』と怒られて、口論になった挙句にエレボールから追い出されてしまいまして」

「指輪が、原因……でも王家の宝を捨てろなんて言われたら怒るんじゃないの?」

「侮るなかれ、ビルボ・バギンズ。それはただの指輪じゃなくて魔法の指輪です。しかも邪悪な意思の込められた、飛び切りに危険な代物なんですから」

 

 かつてドワーフ達に贈与されるはずだった七つの指輪はサウロンの手に落ち、邪悪な意思を吹き込まれた後で彼らの手に渡った。種族的な頑強さのおかげか"指輪の幽鬼(ナズグル)"とはならなかったが、好ましい道具では断じてない。

 

「だけど、聞き入れては貰えなかった。彼らは数千年の間に指輪が与える富に夢中になってしまった。あなたも仮に魔法の指輪を手に入れても軽々に扱うべきじゃないですよ。往々にしてそれらは定命の者への毒となってしまうから」

 

 共に宝石を細工し、石を削り、職人としての信頼関係を作ったうえでの忠告だった。

 しかし王家に伝わる宝をそう簡単に手放せるはずもなく、心からの忠告はごく当然の心理によって無駄に終わった。後から考えてみればそれもそうだと笑ってしまうが、当時のミリアンにとってはこれが最善かつ最短だと疑っていなかったから情けない。

 

「心からの忠告も時には聞き入れてもらえないこともある。そういうとき、簡単に相手のことを見限ってしまっては駄目ですよ」

「あー……気を付けます、ええ」

 

 ちらりと見えたエルフの右手に、簡素な青白い指輪が嵌まっているのをビルボは見た。指輪の話をしていたから目についたのかもしれない。

 説教臭い話はともかくとして、指輪のくだりはビルボとしても興味深かった。もし自分のポケットに入っている指輪を見せれば、どのような力を持っているものか正確に教えてくれたりするのだろうか? 話に挙がったドワーフ達の七つの指輪とやらより値打ちは無いだろうけども、思いもよらない発見があるかもしれない。

 

「……いや、やめとこう」

 

 だけど結局、悩んだ末に『この指輪って何?』という簡単な言葉すらビルボの口から出ることは無かった。

 理由は本人にも判然としない。ただ指輪を見せたくない、取り上げられる可能性がある、だとすればすごく惜しい、今後も透明化の力はきっと必要になる……等々、奇妙な執着と打算が入り混じっていた。

 

「さてと、そろそろスランドゥイル王の領地となりますが。一緒に来ます?」

「いや、結構。僕は僕なりにやりたいですし、第一まだあなたを信用し切れている訳じゃあない。悪いですけど別行動ということで」

「道理ですね、ではそうしましょう」

 

 あっさりと了承してミリアンは一人先へと進む。彼女の先には立派な橋と門が掛かっており、ちょうどドワーフ達を飲み込んで門が閉まり始めるところだった。それを見つつ木陰に隠れたビルボも指輪を嵌め、黒髪のエルフの後を追いかける。

 こうして一人は堂々と、一人は影からエルフの王国へと立ち入って、ドワーフ達を救うべく行動を開始したのである。

 

 ◇

 

 現存する最後の細工師、エレギオンの領主の娘という肩書はそう侮られるものでもない。真正面から名乗り出てひとまず王国へと入り込んだミリアンは、すぐにスランドゥイル王の下へと案内された。姿を隠したビルボが何をするつもりかは知らないが、時間稼ぎしつつ交渉を進めることが彼女の目標だ。

 

 粛々と玉座へ案内されたミリアンの眼前には、この国の王が座していた。

 やって来た相手を驚くこともなく一瞥したスランドゥイルは、少しばかり皮肉気な調子で口を開いた。

 

「久しいな、フェアノール家最後の生き残りたるミリアンよ。余の王国への侵入者が捕らえられた時と同じくしてやって来るとは、そなたも運が無い」

「運が無かったのは仰る通りだと思いますが、けれどその原因は違います。私にとって運が無いと感じる最大の理由は、ドワーフと共に来たことでなくドワーフがあなた方に捕らえられたことなので」

「なるほど。やはりそうか、髪の黒き(ノルドール)のエルフらしい言い草だ。かつてモリアのドワーフ達と懇意にしていただけのことはある」

 

 そなたの望みは見抜いている、と灰色(シンダール)エルフの王は続けた。

 

「先に捕らえられたドワーフ達の助命であろう? であれば安心するが良い、余とて彼らをいつまでも牢に置いておく趣味は無い。彼らの言葉次第で出してやろうではないか」

「慈悲に感謝いたします、エルフ王。無論、こちらとしても対価無しではありません」

「申してみよ」

 

 先を促され、ミリアンは自らの腕を前に出した。

 適度に筋肉の付いた白くて細い腕。幾度となく槍と弓を握ってオークを殺してきた腕だが、他にも誇るべき特技をいくつも継承してきた。

 

「私の鍛冶細工師としての力を。かつて培った腕はまだまだ衰えてはいませんので、武器でも宝石細工でも王の望むままに創造してみせましょう」

「ほう、望むままとは大きく出たな」

「私は上のエルフではありませんが、曾祖父フェアノール、祖父クルフィン、父ケレブリンボールと受け継がれてきた技術を宿しております。既にこの中つ国に私以上の細工師は存在しないと自負しておりますが、いかに?」

 

 挑戦的な笑みを浮かべて問うミリアンの瞳には一切の虚偽が無い。本心から自分の腕が中つ国で一だと信じているし、実際にそれを許されるだけの実績が右手の指に嵌まっている。

 

「なるほど、傲慢なその言葉も他の誰でもないそなたが語るなら信ずるに足る。しかしまずは、ドワーフ共の出方を見てみようではないか」

 

 扉の方へと視線をやったスランドゥイルは入れ、と一言許可を出した。

 エルフの兵に挟まれて玉座の間へと連れてこられたのは、やはりと言うべきかトーリン・オーケンシールドだった。武器も荷物もすべて没収されているが、瞳に宿る眼光と王としての風格はいささかも衰えてはいない。この状況でも頑なであり欠片も諦めてはいなかった。

 

 トーリンは先客であるミリアンの姿を見て何かを言いたそうにしたが、先に口を開いたのはスランドゥイルの方だった。

 

「ドワーフ達の崇高なる旅が始まった、との噂は耳にしていた。目的も分かりやすい、王家に伝わる宝を取り戻し、ドワーフの七部族を招集することで竜を討つつもりであろう? 間違っているかね?」

「……いいや」

 

 苦虫を百匹は嚙み潰したような表情で山の下の王は肯定した。

 

「旅の賛否をここで判じるつもりはない。しかしそなたらは事の重大さ、竜の危険性を軽視しすぎている。少数での無謀な試みにより竜が目覚めるくらいなら、何もさせない方がよほど賢い」

「だからお主は我らを牢へ繋ぐつもりだとでも?」

「まずその前に、余の王国に無断で踏み入った罪がある。これだけでも捕らえておくには十分な罪状だ。しかしそなた次第で何事もなく解放してやっても良い」

「交換条件ということか。だが我らがお主の言に乗ると思うか? かつて竜と火に追われる我らを見捨てたお主らの言葉を信ずると思うか?」

 

 トーリンは過去の経験からエルフをまったく信用しなくなっており、猜疑的な言葉ばかりを投げかける。エルフの王はこれをしっかり理解しているようで、気にした様子もなく条件を提示しようとする。

 そして傍で聞くミリアンからすれば、エルフ達に竜と戦えというのは酷な話だが、支援の一つ二つは有って良かったとも感じるのでどちらの肩も持たない。共に言い分の筋は通っている。

 

「まずは聞くが良い。かの山には余の求める白の宝石も眠っている。もし王家の秘宝アーケン石だけでなく、これも共に回収して余に譲り渡すと誓うのならばここから出してやろう」

「信じると思うか?」

「これは王と王との約束であり、そなたが信じなければ牢で朽ち果てるのを待つだけ。そなたの野望とエレボールに眠る財を思えば安い取引であろう?」

 

 まるでシルマリルとナウグラミーアを巡る言い合いのようだな、と傍観者(ミリアン)は呑気に考える。

 とはいえ、これはスランドゥイルの方が譲歩している。エルフはこれ以上の財など必要ないし、たった一つ宝を渡す程度でこの窮地を抜けられるなら儲けものだが……

 

「この世の誰が我らのために心砕いてくれようが、お主の言葉だけは信じるに足りん! 竜の炎に焼かれろ、強欲で傲慢なエルフ王め!」

「竜の恐ろしさなど今更説かれるまでもない! 余もその昔、第一紀の頃から幾度となく竜とは戦ったとも」

 

 言葉と言葉がぶつかり合い、空気すら凍てつくようなにらみ合いが二人の間で発生する。

 たっぷり十秒ほど沈黙が場を支配した後、先に口を開いたのはスランドゥイルだった。

 

「では交渉は決裂という訳だ。ならば百年の歳月の間にそなたらが牢で朽ちるのを待つのも惜しくない……と言いたいところだったが。そなたらは運が良い、ドワーフのために対価を肩代わりしようという物好きがこの場にはいるのだから」

 

 そこでスランドゥイルは初めてミリアンの方へと目線をやり、会話の流れが二人の王から逸れていく。熱くなっていたトーリンも彼女の存在を思い出したのか改めて微妙な顔でそちらを見やった。

 

「ミリアン……かつて祖父に我らの秘宝を捨てるように迫った黒髪のエルフか。今更になって我らに何用だ、まさかエレボールの財宝が目当てか?」

「半分は正解ですね。私はガンダルフに頼まれてあなた方の旅を助けようと考えています。その果てに、取り戻したエレボールの見学や、今は失われた炉を使って鍛冶をさせてもらえれば嬉しいのですけど」

「貴様は既に我が祖父スロールにより山の下の王国へ入る権利を失っている。たとえ魔法使いに頼まれていようとその決定は覆らないと知れ」

「……随分と根に持っているようで」

 

 半ば承知していたが禍根の根は深い。今でも七つの指輪を巡る言い争いが尾を引いているとは、ドワーフが受けた恨みも忘れない性質であることを無意識に甘く見積もっていたというべきか。

 これは困ったな──ミリアンは口の中で小さく呟いた。相変わらず王同士は視線に火花を散らしているし、庇おうとしたら更に過去の遺恨を持ち出されるとは。誓って悪感情は無いけれど、証明するのも難しい。

 

「さて、ケレブリンボールの娘ミリアンよ。そなたの金銀細工の腕と引き換えにこのドワーフ達を見逃せとの事だが、状況はあまり芳しくないと見える」

「ドワーフがエルフの助けを得るつもりはないぞ。ましてはなれ山に眠る我らの財宝を望む者の手など、永劫借りることは無い!」

「はぁ……」

 

 結局、話はいつまでたっても終息を見ない。

 見通しが甘かったし、まさか巡り巡って七つの指輪に足を引っ張られてしまうとは。もはやミリアンが何を行っても逆効果にしかならないだろう。

 となれば、後はもう王国に忍び込んだもう一人に託す以外に道はない。大見得切った自身の滑稽さにため息をつきながら、ビルボ・バギンズによる牢獄破りの成功を祈るのだった。

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