血塗れエルフと指輪の担い手   作:生野の猫梅酒

4 / 10
第四話 『力劣る指輪』

 スランドゥイルとトーリンの交渉は決裂し、ミリアン自身も落としどころを見つけることが出来ずに一夜が明けた。特に次善の策も思いつかず、いっそエレボールに単独で突撃してやるかと考え始めたところで、唐突に鳴り響いた角笛の音で思考を現実に戻された。

 

「最後は結局こうなるかー……」

 

 音の出所は湖の町へと繋がる川に面した方、おそらく水門を閉める指示だった。急いで現場に急行すれば意気揚々と王国から脱出していくドワーフ達とホビットの姿があるではないか。川の勢いに揉まれながら去っていく彼らの乗り物は樽だろうか? 随分と妙な選択をしたものだと訝しみながらミリアンは地を蹴った。

 こっそりエルフの王国へ忍び込んだホビットはどうやら首尾よくやったようである。どのような魔法を使って番兵の目を搔い潜り、誰にも露見することなく牢獄から仲間を脱出させたのかは知らないが、並外れた手際だ。

 

 しかしここからが問題であり、闇の森のエルフ達はそう甘くない。

 

 牢からの脱獄を彼らが許すはずもない。なので助太刀と行きたいがエルフ達を殺さず無力化というのも難しかった。第一ここで敵対することに一切の利点がなく、何かの間違いで殺してしまえば同族殺害となり、かつて彼女の一族(ノルドール)が犯した罪を繰り返すこととなる。これは避けたかった。

 

「水門を閉められたら脱出できないだろうし、これを補佐して私も逃げればいいかな」

 

 小火(ぼや)でも起こして注意を引き付けたところでこっそり水門を開こう──パイプ草を吸うための火起こし道具を取り出しながらミリアンは追いかける。追いついた先ではやはり水門を閉められ立往生しているドワーフ達の姿があった。

 既に門番達は臨戦態勢。これはまずいとミリアンもまた煙の出始めた火種を森の方へと投げようとして、異変に気が付いた。門番達の更に背後、そちらから集団の足音が地ならしのごとく響いてくる。

 

「オークだ!」

 

 誰かが叫んだ。その時にはもう門番の一人に矢が突き刺さり、その後ろから醜い影がぞろぞろと沸いて出るところだった。武装したオークの集団、彼らは執念深く闇の森までトーリンらを追跡していたようだ。

 さすがにエルフ達も意識を切り替え、抜いた剣をオーク達へと振りかぶる。ドワーフ達も樽の中から何とか応戦を開始していて、こっそりと様子を窺っていたミリアンは一瞬だけ手元の火種を見つめた。

  

「……とりあえず、投げちゃえ」

 

 近くにやって来たオークへ投擲、火の粉と煙を目眩ましにした所で背中の槍を手に取った。陽光の下、きらりと穂先が白く輝く。己が手で鍛えた槍の銘は『リンゲヒ』、飾り気のない白の槍はかつて上級王ギル=ガラドの振るった『アイグロス』の槍にも勝るとミリアンは自負していた。

 ともかく、絶大な自信に違わず槍の切れ味は見事なもので、優美な刃が翻る度にオークの首か腕が宙を舞う。長物の間合いを完全に掌握し、傷付くことなく血飛沫だけを浴びながら前進していく。

 

「血塗れエルフだ、なんとしても奴を殺せ!」

「血塗れエルフか、手を貸してくれ!」

「言われずともオークは皆殺しにしますよ、っと!」

 

 まったく同じ呼び名で正反対のことを言われるが、返り血を浴びてまわる黒髪エルフは止まらない。恨みと怒りをこめて殺しながら名の通りに灰色の外套を赤色に染め上げる。

 

「あれ、水門が開いてる」

 

 いつの間にか閉ざされていた出口が開け放たれている。誰か、というよりドワーフがこの乱戦を利用して開けたのか。殺すのに夢中で気付くのが遅れたと自省しながらミリアンも流れて行ったドワーフ達を追いかける。

 と、気が付けば闇の森のエルフ達も増援にやって来ていて、その先頭を走る男のエルフがミリアンへと目線をやった。

 

「エレギオンのミリアンか! あなたとはいつも殺し合いの場で遭遇する!」

「緑葉のレゴラス! こんな時に顔を見るなんて!」

 

 金髪のシンダール・エルフ、スランドゥイル王の息子レゴラスとは昔から何かと戦闘の場で出会うことが多かった。彼自身エルフの中でもかなりの実力者であるから、戦いの最前線でばかり見かけるのもある意味で当然なのかもしれない。

 再会の挨拶もそこそこに水門を越えて歩を進める。既にオーク達は川を沿うようにして展開しており、その周囲も木々が生い茂っているため槍一本で戦うのはいささか厳しいと判断、ミリアンも他のエルフ達に倣って槍から弓へと持ち替えた。

 矢を番え一射、二射と矢を射かけたところで、レゴラスが引き抜いた見事な業物が目に入る。鍛冶師としてその剣の存在自体は彼女も知っていたが、まさかここでお目にかかるとは思っていなかった。

 

「その腰の剣、もしかしてゴンドリンのオルクリスト?」

「ああ、そうだ」

 

 手際よくオークの首を落としながらレゴラスが答えた。次の瞬間にはオルクリストを仕舞って弓を持ち、かと思えば背中の双剣を振るっている。見事な早業、そして手並みだ。

 ミリアンが生誕した第二紀よりもさらに昔、上古と呼ばれる第一紀の頃に鍛えられたエルフの名剣がオルクリストだった。土地ごと水没する大戦争の末に失われたはずが、なぜ今更出てきたのか。

 

「ドワーフ達の頭領が持っていた。授かったものと語っていたが、おそらくは嘘だろう」

「へぇ、トーリン・オーケンシールドが。どこで手に入れたかは知りませんけど、それは運が良い」

 

 ただ、ドワーフが持っていたからとあまり決めつけるのも良くないが、と心の中で呟く。結局のところ剣は収まるべき主の手に収まるのだし、彼が持っていたのならそれが運命なのだろう。別にこの場で説いたりする気は毛頭無かったが。

 

「しかし何故あのドワーフ達はこうも執拗にオークに狙われている? 我々の国に侵入してまで追いかけてくるなど尋常では無いぞ。蜘蛛だって先日もタウリエルが駆除したばかりだというのに、昨日もまただ」

「それだけ強い悪意で統率されたオーク達という訳です」

 

 片手間にオークを射殺しながらこの戦いの原因について会話を交わす。

 

「近頃この森の南方、ドル・グルドゥアで動きがありました。これを受けて魔法使い達は裂け谷とロリエンの協力の下、いよいよ攻勢へと打って出るようです」

「なるほど、悪しき者からすればドワーフらが竜を討ってしまえば不都合があると」

「北方の脅威が減れば結果的に自らの支配も弱まるから、いよいよ死人占い師も手段を選ばなくなってきた、ということです」

 

 それに、とミリアンは付け加える。

 

「サウロンもまた宝には目が無いので、案外エレボールの財宝も狙っているのでしょうね」

「……意外と俗物なのか?」

「さてね、魔法使いにでも今度聞いてみましょうか」

 

 冗談めかしたことも言いつつ、ひとまずは会話を打ち切って目の前の戦いに集中していく。川の流れはいよいよ速くなりドワーフ達を入れた樽は先の方まで流れてしまっている。オーク達も追いかけているものの段々と引き離され、彼らに追いついたエルフ達との交戦が主となり始めていた。もはや互いにドワーフ達に構ってはいられない。

 

「あれ、私まで置いていかれたらあんまり意味がないような……」

 

 レゴラスが背後からオークに不意打ちされそうになったところを、トーリンが偶然なのか意図してなのか武器を投擲して救い、そのまま鬨の声と共に流れ去っていく。これを見送ることになってようやく、結局はミリアンまで上手いこと引き離されてしまったと気が付いたのだった。

 

 ◇

 

「あなたはどうする、ミリアン。一度我々の国へと戻ってくるか?」

 

 戦闘後、オークの一人を捕虜としたレゴラスに問われたミリアンは「うーん……」と悩んでから川の先を目でやった。

 

「ひとまず彼らを追いかけることにします。どちらにせよオークに追われているのは変わらないので、これを見逃す道理はない」

「相変わらずのオーク嫌いか。エルフは全員そうとはいえ、あなたの憎悪は群を抜いている」

 

 彼女の戦い方はあまりに苛烈だとレゴラスは知っている。ひとたび槍を抜けばオークを殺しつくすまで止まらないし、他に目的があってもなお殺害を優先してしまう。殺した後の死体にすら念入りに止めを刺してまわる姿は一種の狂気すら感じ取れるほどだった。

 そんなエルフが、かつて友好関係にあったとされるモリアのドワーフ達の末裔を助けようと動くのは、理に適っているはずなのにどこか歪さも感じ取れるのだ。

 

「これは私からの忠告だが、手段と目的を取り違えてはならない。どちらにせよエレボールの財宝は危険だ、願わくば彼らを止めて欲しいのだが……」

「彼らはそう簡単には止まらないし、私も鍛冶師の端くれなので。時間も無いですし私はもう行きます、きっと次に会う機会はそう遠くならないことでしょう」

 

 最後に予言とも取れる言葉を残してミリアンは去って行った。きっと彼女の中には彼女なりの正義があり、これに従うことに躊躇いが無いのだろう。中つ国を生きる流浪のエルフを言葉で留めることは難しい。

 

「あれが血塗れエルフですか……確かに実力はありますが、自由すぎるほどに自由」

「ああ、タウリエルは彼女と会うのは初めてだったか」

「ええ。エルフの間ですら半ば伝承とされる存在、間近で見れば頼もしいけど恐ろしかった」

 

 闇の森の王国の近衛隊長、タウリエルはミリアンのことをそう評した。古くから生きているエルフも今や少ない中つ国で、とりわけ貴重な血筋あるエルフが放浪者のごとく好きに生き、今もなお復讐の炎を絶やしていないのが信じられないといった顔だった。

 

「因縁、呪い、性格。様々なものが絡み合った結果だろう。私たちが関われることでもない。それよりもまずは、捕らえたオークを尋問して情報を吐かせるぞ」

「はい、わかりました」

 

 脱獄したドワーフ達に、これを追いかけていった血塗れエルフとオーク達。

 彼らについて思うところはそれぞれあれど、ひとまずは自らの王国へと帰還するのだった。

 

 ◇

 

 一方、樽に乗ったドワーフ達を追いかけていったミリアンは、一日遅れで湖に浮かぶ町へと続く桟橋にまでたどり着いていた。本当はドワーフ達の痕跡を見つけた地点から舟で渡りたかったのだが、生憎と近場に舟が置いてなかったので回り込む羽目になってしまったのだ。

 

「エスガロス……随分と活気も無くなって寂れたな」

 

 時刻は既に昼過ぎ、けれど町自体にどこか陰鬱な雰囲気が漂っているせいで影を感じる。かつてエレボールと谷間の国が栄えていた頃の交易による栄華は見る影もなく、久々に訪れたミリアンの目にはもの悲しく映っていた。

 エルフの王国とワインのやり取りをしている町だが、黒髪のエルフの来訪は物珍しいのか奇特の目で見られているのを感じる。灰色のフードを目深に被り、やや俯きがちになりながら情報収集を開始した。

 

「この町にドワーフ達がやって来たりしませんでしたか?」

「ああ、来たよ。ちょうど今朝はなれ山に向かって出て行ったよ」

「そうですか、ありがとうございます」

 

 人の集まっている市場で何人かに声を掛けてみれば、求めている情報はすぐに手に入った。

 どうやら既にドワーフ達はこの町すら出ているようだ。しかも物資の補給なども受けて万全の状態らしい。なら一刻も早く、万が一にも竜と対面してしまう前に追いつくべきか──

 

「そういえばさっき向こうでドワーフを見たよ」

「ああ、あたしも見たね。バルドの家の方に向かってたっけか」

「バルド? その話、詳しく聞いてもいいですか?」

 

 故郷の奪還に固執していた彼らがわざわざ町に残ることなどあるだろうか。何か事情があるのかもしれない、先にそちらを確認してから山を目指しても遅くはないはず。

 それに、町にドワーフが残っていることも問題の一つだ。このまま何もせずにいれば、確実にオーク達は湖の町へと追手を差し向ける。そうなれば無関係な人間にまで狼藉を働く可能性は非常に高い。

 

「バルドの家のドワーフ……ありがとうございます、有意義な情報でした」

 

 話に出てきたバルドの家の位置だけ聞くと話もそこそこに立ち去る。聞き込みをしているうちに時刻はもう夕方手前、うかうかしてると日が落ちオーク達の時間帯となってしまう。それまでに接触をしておきたい。

 ミリアンは博愛主義者などではないが、関係のない相手にまで被害が出るのを厭う程度の正義感は持ち合わせていた。何よりもオークを殺せる良い機会、これを逃す手はない。

 

 そうと決まれば行動も早く、湖の町の中を軽やかに駆けていく。人と人の間をすり抜け、軽快に小舟を渡りながら走って行った先には他と変わらぬような古びた小屋がある。ここがバルドの家であるようだと頷きながら戸口を叩く。

 

「ごめんください、ここにドワーフが居ると聞いてやって来たのですが」

 

 一拍置いてから扉がゆっくりと開いた。鋭い眼光に黒髪の長い男性だ。

 

「……誰だ」

「私はミリアン、エルフです。理由あってドワーフを追いかけているのですが、バルドという方の家に何人か来ていると噂を聞きました」

「そうか、なら人違いだ。帰ってくれ」

「あ、ちょっと!」

 

 バタンと閉められそうになった扉にブーツの足を差し込み閉じさせない。

 耳を澄ませば男の背後から複数人が慌ただしく動く音と、苦しそうなうめき声が聞こえてくる。

 

「ドワーフっぽいうめき声が聞こえてますよ。怪我したドワーフでも匿っているなら治癒の手助けくらいはできるはずですが」

「本当か? ……なら良い、こっちに来い」

 

 態度を一転させたバルドに招かれて家へと踏み入る。いたのは四人のドワーフ、それにバルドの息子と娘と思しき子供三人だ。彼らが一緒になって若いドワーフを介抱しているようだが、事態はあまり芳しくないように見える。

 

「毒矢にやられたらしい。症状は高熱と激痛、解熱剤を使ってはいるがまるで効果が無い」

「オークの毒……いや、ここまでとなると黒魔術(モルグル)の系統? どちらにせよ厄介なものを撃ち込まれたみたい」

 

 毒消しの作用がある道具もミリアンの手持ちには有るが、ここまで高等な毒となればどこまで効くか。むしろこんなものを平気で持ち出してくる辺り、想像以上にドル・グルドゥアの影は色濃くなっているのかもしれない。

 

「癒しの手を持つエルロンド卿なりドゥネダインの王が居ればよかったのだけど……」

「おいアンタ、誰だか知らんがちょっと下がっててくれ!」

「霧降り山脈で見たエルフか? 頼む、キーリを助けてやってくれ!」

「ボフールが王の葉を取りに行ってる! それで何とかできないか?」

「ちょっと待って、私にだって得手不得手はあるから!」

 

 矢継ぎ早に声を掛けてくるドワーフ達をいったん宥めて問題の病人──誰かが言っていたがキーリと呼ぶらしい──を見る。もう毒は身体中に巡っている、ここまで進行していると対症療法だけで毒が消えるのを耐えるのは難しそうだ。

 それでも出来ることはある。急いで荷物から取り出した小袋の中には幾つかの薬草が混ぜ込まれていて、これをちょうど沸かされたお湯の中へと放り込む。

 

「解毒と解熱とその他諸々の薬草を乾燥させてすり潰したのをお湯に溶かしました。簡易的な薬湯ですが無いよりはマシでしょう」

「そうか、助かる!」

 

 ここに来てドワーフとエルフの確執を持ち出す気も無いのか、一も二もなく受け取った若いドワーフがそれをキーリへと飲み込ませた。わずかに呼吸が楽になるが、まだ予断を許さない状況だ。

 

「あとは……」

 

 ミリアンの右手に嵌まる青白い指輪を見つめる。これを他人に貸し出すことはほとんど無い。可能な限りこの指輪のことは秘密にしてきたし、もし奪われたら地の果てまでも追いかけて取り返すだけの覚悟がある。

 しかし目の前に死にそうな相手が居て、これを解決できる可能性があるものを出し惜しみするのも性に合わない。そう結論付けたミリアンは右手からその指輪──『力の指輪』の亜種、『ファウティーン』を外すとキーリの指にそっと付けた。

 

「落ち着いて、心を静かにして。この指輪のことを意識してください。そうすれば少しは痛みも引いて、冷静になれるはず」

 

 ゆっくりと語りかけながら指輪を意識させると、うめき声と共に叫ぶばかりだったのが少し穏やかになった。誰ともなく家中に安堵の空気が漏れるが、まだこれで解決できた訳じゃない。

 

「この指輪は心と痛みの鎮静化を司りますが、毒を完全に消してくれる訳じゃありません。一刻も早い解毒は必要なので、そこはあなた達で何とかしてください」

「おい、アンタはどうするんだ?」

「私は──」

 

 静かに槍を抜いた。彼女の視線の先、窓から見える湖の町はすっかり夜の帳に沈んでいる。

 

「これからやって来るオーク達を皆殺しにする仕事があるので。指輪は後で絶対に返してくださいね、奪ったり失くしたりしたら絶対に許しません」

「わ、分かった……」

 

 扉を開けて夜の街並みの先を見通す。

 影から這い出してくる醜い生き物たちの気配、悪意と腐臭に満ちたその存在をミリアンは確かに察知していた。




感想・評価ありがとうございます、非常に励みとなっております。
中々ハーメルンでも見かけない原作ではありますが、少しでも認知されて楽しんでもらえているなら幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。