血塗れエルフと指輪の担い手   作:生野の猫梅酒

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第七話 鍛冶師と戦争

 ──カン、カン、カン、と規則的な音が高らかに響いている。

 

 かつて谷間の国だった廃墟は今、バルドの一党により大急ぎで復興が為されている最中だ。復興といっても資源も余裕もないため、寝床を揃えて食事を摂れるよう整えるだけで精一杯なのだが。

 誰もが明日を生きるために忙しなく活動を続けているこの急造の町。その一角に現在、剣や槍といった武具の類が無数に集められていた。これらはこの廃墟に捨て置かれたまま何年も放置され続けたもので、埃を被り蜘蛛の巣が張った惨めな保存状態だったものである。

 

 これらを火の途絶えて久しい鍛冶場へと集めさせたのは、槍の代わりに槌を握ったミリアンだった。

 かき集めた武具を見分する彼女の背後では炉にくべられた炎が轟々と燃えている。埃を払い、状態を確認してから小さく頷き、何事かと見守っていた群衆へと告げる。

 

「私がここにある武器を可能な限り鍛えなおします」

 

 その一言だけ放つと即座に武具を鍛えなおし始め、一昼夜が経過してもなおカンカンと鋼を叩く音が響き続けているのだった。

 ごく自然に鍛冶を続けるエルフは最初から町の一部だったのではと思われる程度には馴染んでいる。バルドがようやく負傷者の確認や今後の方針──エレボールとの交渉は全く実らなかった──を立て終えて様子を見に来た時には、鍛冶場の一角に輝かんばかりの剣と槍がずらりと並べられていたのである。

 

「よくそれだけ集中力が続くものだ」

 

 剣の一つを手に取りながらバルドが唸る。何年も放置されていたとは思えない輝きと刃の鋭さだ。これだけの作業を僅かな時間で実現し、しかも量産しているというのだから末恐ろしいエルフだと思う。

 ミリアンもバルドが来たことに気が付いたのか、ようやくその手を止めた。槌を持つ手と反対の腕で額の汗を拭うとすっくと立ちあがる。誇らしげな表情は疲れを一切感じさせない。

 

「どうですか、私の鍛えた武器達は。時間も無いので簡素なものですが、中々悪くないでしょう?」

「これだけの業物になるとは驚いた。どうやら随分と高名な鍛冶師でもあるようだ」

「当たり前です、この中つ国に私以上の腕を持つ鍛冶師はもういませんよ」

 

 普段の丁寧な態度はどこへやら、鍛冶の話になるとかなりの自信家になるらしい。けれど輝く武器の数々を見せられてしまえば尊大と笑って捨てることはできなかった。

 

「しかし、これだけの武器が必要になることがあるのか? 確かにオークの危険性はあるかもしれないが、考えすぎに終わる可能性もあるだろう」

「万が一を考えることは常に大事なことですから。なに、もしこれらの武器を使わずに済むことがあれば、今度エルフの王国やゴンドールにでも持っていけばいい。高く売れますよ」

「随分な自信だな。買い叩かれるやも」

「あり得ませんね、だってこの私が鍛えた武器なんだから」

 

 胸を張って断言したミリアンへとそれ以上追及する言葉を持たないバルドであった。実際にどのような価値として扱われるのか、町が復興するまで数少ない楽しみになるかもしれない。

 それより、彼はもっと重大な案件を抱いていた。この場に来たのもエルフ作の武器を褒めに来たわけじゃない。

 

「どうやら山の下の王はどうしても我々に宝を譲るつもりはないようだ。町で財宝の山分けを誓った言葉はどうやら嘘であったらしい」

「なるほど、そうですか……やはり彼は竜の病に侵されてしまったようですね」

「竜の病?」

「宝に執着してしまう状態を指す言葉です。まるで竜のごとく宝だけに執着し他に頓着しない、そして宝を奪おうとする者には誰であれ攻撃的となる、王様に対する致死毒のようなもの」

「厄介だな……王だの病だのは勝手にやっていて欲しいが、当座の金が無ければ何を仕入れるにも不自由する」

「そうでもないですよ」

 

 何てことの無いよう言い切ったのはミリアンだった。エルフは確かに人と比べて生存力も高いが、とはいえ。

 

「俺たちをエルフと同じように扱わないでくれ」

「宝ならそこに山ほど立て掛けてあるじゃないですか。わざわざエレボールの宝に拘らなくともそれで充分、むしろ少しでも早くエレボールから離れておくことをお勧めしますけどね」

「実際に売れるかもわからぬ武器に今後を賭けるのは博打がすぎるだろう」

「価値はこの私が保証してるんですけどね。まあいいです、後で驚きますよ」

 

 渋々といった様子で引き下がった。どれだけ自身の武器に自信があるのやら。

 どちらにせよこのままでは谷間の国に来ただけで何も状況は好転していない。むしろミリアンの言う通り、一触即発のドワーフ達の近くに居るためより危険かもしれない。これはどうしたものか──バルドが頭を抱えたその時、馴染みの顔が慌てた表情で転がり込んできた。

 

「バルド、ここに居たのか!」

「パーシーか、慌ててどうした。まさかドワーフが攻めてきたか?」

「いや──闇の森のエルフが来た」

 

 ◇

 

「まさかあなたが直接来るとは思いませんでしたよ、スランドゥイル王」

「余としても、いまだにそなたがエスガロスの民と共に居るとは思っていなかったぞ、ミリアン」

 

 兵を引き連れてやって来たスランドゥイルは、簡易的な天幕を張るとそこを仮の玉座としたようだった。その下では黒と金のエルフ二人と人間一人が向かい合っていた。

 悠々と座しているのは闇の森のエルフ王で、彼はあくまで自然体のままワインの盃を傾けている。ミリアンとバルドは座ることはせず、突然の来訪者相手に次の対応を決めあぐねているところだった。

 しかしスランドゥイルの方も手ぶらで押し寄せてきた訳ではなかったから、まずはバルドがそこから切り出した。

 

「この度はエルフの慈悲に感謝いたします、スランドゥイル王。あなたの持ち寄ってくださった食料のおかげで、我々はしばらく命を繋ぐことができる」

「礼には及ばん。むしろかの竜を討った者への報酬としては安すぎるくらいだろう」

「ありがとうございます」

 

 スランドゥイルの好意には素直に頭を下げるバルドであった。

 実際このおかげで湖の町の民はかなり楽になったのだが、少しばかり複雑そうな表情をしているのはミリアンだ。

 

「しかしあなたがこのような慈善を施すとは。正直なところ意外でした」

「エレボールが竜により陥落した日のことを言っているのか? であれば許せ、余とて竜を相手に戦う愚挙は侵したくない」

「たとえ目の前に難民が居ようとも?」

「下手に救いを施せば竜の目に留まり森を焼きに来る可能性すらあった。そうなったとき失われるエルフの数は計り知れないものとなったであろう」

 

 なるほど、とミリアンは口の中で小さく呟いた。王の考えとしては筋が通っているし、何よりミリアン自身は難民となった当事者ではない。いくらドワーフに肩入れしてもこれ以上の追及はさすがに失礼に当たると判断した。

 だから話を変えるためにも「しかしスランドゥイル王は一体何をお望みで?」と切り出した。

 

「今エレボールに踏み入れるのは危険です。美しい宝がお望みならば私があつらえても構いませんが」

「──余も誤算だった、まさか竜を目覚めさせたドワーフ達が生きていたとはな。命あることは幸運だっただろうが、しかし態度が頑なであることは我らにとって欠片も幸運なことではない」

「宝を取りに来た、と」

「必要なものだけだ。過ぎた宝は身を滅ぼす、よく知っているとも」

 

 エルフと人間の目的は共通していて、どちらもおそらく死んだであろうドワーフが居ない間に必要な宝だけエレボールから拝借していく予定だった。しかし結果的にトーリンらが生きていたという誤算と、さらに交渉にすら応じようとしない頑迷さのせいで事態が拗れているのだった。

 

「ラスガレンの白い石──余の求める財宝はただそれのみ。故に戦いなど最初から望んでいないのだが……」

「向こうは絶対に起こしますよ、飛び切りの戦いを。オークの魔の手すら迫っているのに、身内で戦っている場合はありません」

「オークだと?」

 

 そこで初めてスランドゥイルの顔に驚愕が浮かんだ。彼も自らの王国を襲撃されたことは把握しているが、オークが戦争を仕掛けるほど勢力を増しているとは考えていないようだった。

 

「何故オークがここで出てくる。さしもの奴らとて、国を取り戻し勢い付いたドワーフを追撃するほど愚かではあるまい」

「いいえ、スランドゥイル王」

 

 疑問に答えたのはバルドの方だった。

 

「エスガロスにもドワーフを追ってオーク共がやって来ました。間一髪で私の家族は助かりましたが、しかし狙いはどうもドワーフであったようで」

「執拗な追撃、エレボールに眠る財宝、スマウグの死とドワーフの復興に加えてドル・グルドゥアで伸張影……王様、あなたも内心気が付いているのではありませんか?」

 

 ──オーク達の背後に潜む、すべてを操っている黒幕に。

 

 ミリアンの言わんとすることはもちろん理解できてしまうから、スランドゥイルは事の重要さが段々と鮮明になり始めていた。もしそれが本当だとすれば、この場に兵を引き連れやってきたのは幸か不幸か。

 

「まさか……冥王がすべての指揮を執っているとでも?」

「『白の会議(私たち)』はまさにそう考えています。この上アゾグ率いるオーク共を小勢と見積もるのはあまりに危険かと」

「冥王? あまり良い響きとは思えないが」

「スマウグよりもっと邪悪で恐ろしい存在ですよ。何千年も前に滅んだはずが最近は随分と元気でしてね。こんな名前、知らない方がいいに決まってるんですけど」

 

 皮肉交じりの説明でバルドも事の大きさを飲み込んだようだ。これはいよいよ危ういことになり始めたと思考を回すも、彼らにとって今から行くべき場所など何処にもない。何もかもを竜の火で失ったばかりなのだから。

 

「仮にこれから戦争が起きるとして、どれくらい猶予はある? せめてここを離れるくらいは出来ないのか?」

「分からない、分からないけどあまり猶予は見ない方が身のためでしょう。最悪というのは大概の場合出てくる最善の機会を窺っているものですから」

「まったく嫌な教訓だ」

 

 このまま手ぶらで谷間の国から逃げたところで行く当ても暮らしの目処は無い。かといって留まったところで強欲なドワーフ達に振り回され、悪ければオーク達まで攻めてくるとなればどうにもならない。

 思わず町の指導者になったことを後悔する程度の暗雲だ。無言のまま難しい顔になったバルドに対してミリアンは掛ける言葉が無く、スランドゥイルもまた思索を邪魔することなく静かにグラスを傾けていた。

 

「……ここに残るしかないだろう」

「本気で?」

「行く当てもなく、明日を生きる糧すら心もとないのだ。ここを守り切れなければ遅かれ早かれ我々は死ぬしかない」

「苦しい道になるな。だが、余は支持しよう。もっとも困難な道を選んだときに活路が用意されていることもある」

「あなたはどうしますか、スランドゥイル王?」

 

 血塗れエルフからの問い掛けに彼は「愚問だ」と一蹴した。

 

「相手がドワーフであれオークであれ、ここで背を向けて逃げ帰るのは我々の沽券にも関わること。バルドの勇気にも免じ、共に戦うことも考慮しよう」

「ありがとうございます」

 

 これで人間とエルフの意思は統一された。後はオーク達に追われていた張本人、ドワーフ達が肩を並べてくれれば万が一に対する備えも完璧なのだが……こればかりはミリアンがどう言い張っても両者を融和させるのは難しい。こればかりはドワーフ側の誰かがトーリン・オーケンシールドの目を覚まさせてくれるのを待つしかない。

 

「その場合に期待できるのは──」

 

 脳裏に(よぎ)るのは闇の森で出会ったホビットだ。蜘蛛の魔の手からドワーフ達を救い出したビルボ・バギンズ、王への忠誠心のあるドワーフ達の中で唯一諫言を行えるとすれば彼をおいて他に居ないだろう。

 とはいえ、最初から期待しすぎるのも良くないが。バルドに語った通りあくまでも最悪を想定して動かなければならない。ドワーフの援軍は無いものとして今後の身の振り方を考えなければ。

 

「そなたは戦うのだろう、血塗れエルフよ」

「当然です。この私が戦場から逃げ出すことなど、例え至高の宝石(シルマリル)を眼前に積まれようともあり得ない」

「なるほど、覚悟は硬いようで結構だ」

 

 かつてノルドールの犯した過ちを引き合いにうそぶくミリアンに、シンダールの王は薄く笑うのだった。

 そして──

 

「どうやら話は決まったようじゃの、無益な言い争いをせずに済んで何よりじゃ」

 

 見張りの制止も聞かずに入って来たのは灰色の装いに杖を突いた老人のそれ。

 この場の誰もがその姿を見れば魔法使いだと分かる彼は、

 

「ガンダルフ!」

灰色の放浪者(ミスランディア)か……」

「魔法使いだと?」

 

 まるで見計らったかのように灰色の魔法使いがこの場に現れ、安堵の笑みを浮かべたのである。

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