血塗れエルフと指輪の担い手   作:生野の猫梅酒

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第九話 山の下の王

 槍の穂先が閃き、剣の鋭い一振りが弧を描く。

 倒しても倒しても押し寄せてくるオーク達の群れ、集団、軍勢。無限にも錯覚しそうな数のオークを相手取りながらミリアンは思わず叫んだ。

 

「ガンダルフ、やはり私が"からすが丘"へ向かいます! 現状を打破するにはこれしかない!」

「ならん、お前さんが一人で向かったところで囲まれて死ぬのが関の山じゃ!」

 

 牙をむきだしにしたオークを足蹴にしつつミリアンは歯噛みした。先ほどもガンダルフに止められたばかりであり、自身でも納得したこととはいえ、敵の首魁を確認しながら手出しできないのがもどかしい。街での防衛戦というのが性に合わない部分も多分にあった。

 

 ──地下から奇襲を仕掛けたオーク達の動きは素早かった。

 

 戦場を一望できる"からすが丘"に陣取ったアゾグの指示により、オーク達は迅速に二手へ分かれた。彼らはエレボール前に布陣したエルフ・ドワーフの連合の相手取る軍勢と、谷間の国の廃墟へと向かう軍勢に分かれて二面攻撃を開始したのである。

 当然ながら廃墟の方に残った人間の大部分は非戦闘員だ。このままオークの侵攻を許せば夥しい数の死者が出るのは間違いない。バルドを筆頭とした湖の町の人間らはすぐに踵を返したが、それでも多勢に無勢となるのは否めない。

 

 故にガンダルフは彼らと共に町へと戻り手助けすることを決意し、彼に引き連れられてミリアンも共に槍を振るう事となった。弱者を守るために戦う意義は彼女も理解しているが、しかし元凶の居場所が分かっているだけにもどかしい。

 デイルの廃墟を駆けまわり、目につく限りのオークを殺してはどす黒い血を被る。まるで因果がおかしくなったように時間が経つほど槍技はいよいよ冴えわたるが、ミリアンは内心の苛立ちをどうしても隠し切れずにいた。

 

「エレボールは依然として閉じられたまま、徐々にドワーフ達も追い詰められてきてる。なら直接アゾグを倒す方が結果的に犠牲は少ないし、私なら奴らに勝てる」

「そんなの無謀だって!」

 

 この場の三人目、ビルボがたまらず叫んだ。彼もまた勇気を振り絞って剣を振るっているものの、思いがけない大戦に声は若干震えていた。

 ガンダルフもまた同意するように頷いた。

 

「ビルボの言う通り、賭けに出るにはあまりに危険じゃ、罠を張られているやも。しかもこの場からお前が抜ければ最後、何人の自由の民が死ぬと思っておる。ミリアン、お前はそこまで薄情ではなかったはずじゃが?」

 

 曲がりなりにも戦闘経験を重ねてきたミリアンはこの場における要だった。縦横無尽に廃墟を駆けまわっては戦えない人間を助けているが、この場を離れてしまえばどうしたって犠牲は増える一方だ。

 

「私、は──」

 

 培ってきた自らの技体ならば、オークがどれだけいようと遅れは取らない。

 少数の犠牲でこの戦いに終止符を打てるならやるだけの価値はある。 

 何より、自らの手でオーク達を血祭にあげてやらない事には気が収まらない。

 

 正誤も倫理もない、あらゆる()()()()()がミリアンの脳裏を掠めては消えていく。そのどれかが口元まで上りかかったところで彼女は静かに息を吸い込んだ。

 

「……人命優先、それでいいですよ。どれだけ復讐を渇望しようと私は冥王じゃないし、誓言だけを刻みつけてるわけじゃないから。慈悲の心は忘れません、この指輪に懸けて」

「それでこそじゃ、エレギオンの復讐者よ。苦しい戦いじゃがいずれ転機は訪れる。それまで持ちこたえるのじゃ」

 

 転機──果たしてそれはいつになるのか。

 曇り空を思わず見上げる。いくら孤軍奮闘したところで物量差は圧倒的だ。想像以上の軍勢をもって攻め立てて来たのにエルフと人間、それにドワーフの足並みは揃わない。このままでは敗北は必定だった。

 

「ガンダルフ! ミリアン! あっち!」

 

 ビルボがはなれ山の方を指さして叫んだ。つられてそちらへ視線をやれば、その瞬間に角笛の重低音が戦場に響き渡る。唐突に鳴り響いた角笛の音色にガンダルフは自然と頬を綻ばせ、オークたちは戦闘を忘れてしり込みした。

 次いで封鎖されていたはなれ山正門が内側から破壊され、そこから十三人のドワーフたちが駆け出してくる。先陣を切るのは彼らの主導者にして王、トーリン・オーケンシールドに他ならない。

 

「山の下の王……! やっと執着から解放させたのね!」

「随分と遅い登場じゃが、よくぞ来たと言うべきじゃろうて」

「トーリン……!」

 

 たった十三人、されど苦難の旅を乗り越えた十三人のドワーフの援軍は心強いものだった。とりわけくろがね山から集ったドワーフたちにとっては王の出陣、王の帰還に他ならない。一時はエレボールのすぐ傍まで追い詰められていたドワーフの軍も勢いを取り戻し、一気呵成に攻勢へと打って出る。

 さらにはエルフ、人間どちらの軍も活気づき、この機会を逃さず奮い立った。ようやく一致団結を見せた自由の民たちにオークは動揺を抑えきれず、先ほどまでの優位を忘れて怯懦(きょうだ)と臆病さに支配され始めたのだ。

 

 劇的な変化による良い兆しだ。気が付けば徐々にだが押し返し始め、ミリアンとガンダルフの隣に勇気ある人間たちが増えている。彼らは一様に絶望ではなく希望によって目を輝かせていた。

 

「風向きが変わり始めた。ドワーフが勢いづいたことでエルフと人間も奮い立ち、逆にオークは怯えを見せ始めておる。ここがこの大戦の分水嶺じゃ」

「言われずとも分かってますよ。で、それならば……」

 

 会話をしながらもミリアンは弓へと持ち替え矢を番える。ガンダルフとビルボの背後に迫ったオークを二射で射殺し、自身のすぐ傍まで肉薄していたオークには矢を掴むとそのまま矢じりを突きこんだ。痛みに呻くオークを蹴り飛ばして見据えた先は、雪の積もるからすが丘だ。

 

「アゾグを討つ。今度こそ止めないでくださいよガンダルフ、いい方向に流れ出した今が好機なのだから」

「言ったところでどうせ聞かんじゃろうて。一度火が付いたお前はドワーフよりも頑固なことは知っておる」

 

 ミリアンは薄く笑った。

 

「この場は任せましたよ、魔法使いと忍びの者。血塗れエルフがあの醜い首をすぐに叩き落してきますので」

 

 そして風のように駆け出したミリアンは、一路からすが丘へと向かったのだった。

 

 ◇

 

 確かにトーリン・オーケンシールドとその仲間たちの参戦により一時はオークを押し返すことに成功した。

 とはいえこの優勢も長くは続かない。ここで決定的な勝機を掴めなければいずれ流れはもとに戻り、今度こそオークの大軍に蹂躙されてしまうだろう。誰もがその未来を予見していながら、しかし目の前の相手に武器を振るうことしか出来ない己にもどかしい思いを抱いていた。

 

「その任は我らが負おう、蛇の頭を斬り落とすには今を置いて他にない」

 

 故にトーリンはくろがね山の軍勢を率いてきたダインに対し、合流するやいなや即座に告げたのである。

 敵の総大将を倒そうと考えたのは何もミリアンだけではなかった。結果的にこの場でもっとも余力を残しており、かつ実力ある仲間たちを引き連れたトーリンもまたアゾグ目指してからすが丘へと進軍を開始した。

 山羊の戦車を乗りこなしながら彼らは一路からすが丘へと突き進む。道中で危機もあったがどうにか乗り越え、ようやくアゾグの本拠地へと踏み込んだトーリンらであったのだが──眼前に広がる予想外の光景に誰もが一瞬硬直した。

 

「これは……酷いな」

 

 思わず言葉を漏らしたのはこの場で最年少のキーリだった。無理もない、頂上へと向かう山道の至るところにオークの死体が山のように積み重なっており、死体から流れ出す黒い血が河を作っている有様である。いくら敵といえどここまで徹底的に虐殺されていれば眉を顰めるのも道理だ。

 

「矢で射抜かれたのと、こっちは槍の傷か? 執拗に止めを刺してるぞ」

「大方あのエルフの仕業だろう。今回ばかりは彼女とて味方だ、戦うべき相手を間違えるなよ」

「分かってますよトーリン。ただ少し、空恐ろしいものを感じただけです」

 

 警戒しながらドワーリンがオークの死骸を見分し、トーリンが冷静にまとめた。キーリの兄であるフィーリもやはりこの惨状に動揺はあったものの、すぐに立ち直ると一行の先頭に立って進み始めた。

 そのまま四人は警戒を解かず進んでいくものの、出くわすのは既に死体となったオークばかり。いっそ拍子抜けするほど何もないままからすが丘の山頂部、古い建造物の点在する地点へとやって来た。

 

「まさかこの場のオークはもう全滅してる……なんてことありませんよね?」

「雑兵はともかく、認めたくないがアゾグは強敵だ。そう簡単に倒されるとは思えぬし、生きているなら確実に我らを狙いにくるはずだ」

「油断大敵、といったところですな」

 

 剣と斧を構えたまま周囲を見渡すものの、やはり敵影は何処にも見当たらない。下で起きている戦いが嘘のような静まり具合に疑心暗鬼となったとき、遠くから微かに鋼の打ち合う音が聞こえて来た。眼前に聳え立つ荒れ果てた小さな砦、その内部からだ。段々と彼らの下へ近づいてきている。

 

「偵察に行きますか?」

「いや、待て。不用意に近づくのは危険だ、罠の可能性もある」

「しかしもし彼女であるなら、ここで見捨てるのも──」

 

 湖の町で少しといえどミリアンの助けを借りたキーリが躊躇いがちに提案したが、その心配は結果的に無用に終わった。

 砦の最上層から一つの影が飛び出した。長物を持ったその影は空中で身軽に身体を捻ると、危なげなく氷の上に着地する。二つに結わえた黒髪をやや乱しながら、肩で息をしているその人物こそこれまでオークを狩りつくしてきた主犯ミリアンであった。

 そしてこれを見下ろすように遅れて最上層へと出てきたのは、トーリンたちがその首を求めてやって来たアゾグである。彼の方も身体に無数の斬り傷が刻まれているものの、どれも致命傷には程遠い代物であり健在だ。

 

 アゾグは立ち上がったミリアンへと視線をやり、それから奥で状況を見ていたトーリンらに気が付くと、口角を釣り上げて不敵に笑った。

 

『臆病風に吹かれ、安全な山に引き込もった臆病者の王よ。わざわざ俺の手で殺されに来たとはな』

 

 その言葉は暗黒語であったからトーリンには詳細な意味を理解できない。けれど口調と雰囲気、何より視線から感じる侮蔑の念が何よりも雄弁にその意味を物語っていた。

 明らかな挑発である。これだけ言われて黙ったままではいられないが、しかし瀬戸際のところで冷静さを保つことは出来ていた。このまま誘いに乗って攻め込んでしまえば追い詰められるのは明白だ。

 

 故にこの場でどう行動するのが正解なのか、決めあぐねていたところでミリアンがトーリンを見やった。少しだけ揶揄うような笑みを浮かべている。

 

「正気に戻ったんだ、山の下の王トーリン。お祝いに何か宝でも鍛えましょうか?」

「皮肉ならこの戦いが終わった後にしてくれ。当分は黄金など見たくもないのでな」

「これはとんだ失礼を」

 

 黄金の魔力にまんまと魅了されて振り回された後では何も嬉しくない。そんな本音を込めた言葉にエルフは静かに頭を下げた。そして頭を上げたときにはもう、先ほどとは全く違う表情を浮かべていた。

 穏やかそうな容貌に反して、瞳に浮かぶ殺意と、憎悪と、怨念たち。エルフは誰しも少なからずオークを憎んでいるとは聞くが、これほどの者は見たことがなかった。

 

「私がアゾグ含めてオークを全滅させる。一匹たりとも逃がす気は無い」

「おそらく罠を張って待ち構えているはず。無用な危険を冒す必要はない」

「そんなものすべて食い破ればいい。私になら、それができる」

 

 大言壮語と切って捨てることが出来なかったのは道中の死体の山を見て来たからか。冗談じみた事を言う女に反論をする余裕もなく、一切迷う素振りも見せずに踵を返して砦の方へと駆けて行った。

 後ろ姿を見送りながらトーリンはそっと息を吐いた。あれはおそらく()()()()()の存在なのだろう。冷静で誠実そうな外面とは裏腹に内面は血と怨嗟でどす黒く染まってしまっている。

 

「止めなくていいのですか?」

「承知の上で死地に赴くのならば我らに止める権利もない。第一、我らの制止で止まるエルフではないだろう」

 

 図らずも少し前にガンダルフが述べた内容と同じことを言う。

 しかし誰もそんな事を知る余地もなく、ただの言葉としてミリアンを見送るものとなっていたのだが──

 

「そう、ガンダルフも同じことを言ってたよ。だけど今は駄目だ、呼び戻さないと」

「バギンズ殿か!? どうしてここへ?」

 

 本来ならば此処にいるはずのない人間の登場にドワーフたちにどよめきが走った。

 けれど当の本人は意にも介さず焦りながらまくし立てる。ビルボからすれば現状はとても危機的な状況だった。

 

「そんなことはどうだっていいよ! それよりも、北から新しい援軍がやってくる。遅かれ早かれからすが丘は包囲されるんだ! ミリアンにも同じことを伝えないと、彼女を見かけた?」

「あのエルフは……」

 

 誰かが言いづらそうに砦の方を見やった。ビルボもその意味を理解したのか、顔を青くして頭を抱えたのである。

 

 ◇

 

 実のところ、北から援軍が来る可能性はミリアンも最初から頭に入れていた。

 元よりレゴラスが逃げたオークを追いかけて『北方から来ている』という情報は知っていたのだ。故に詳細な拠点を知らずとも敵の数が増える可能性は考慮のうち。さらに冥王とアゾグの油断ならない巨悪が噛んでいるとなれば最悪を想定しない方が間抜けというものだ。

 

 ただし、それらをすべて踏まえた上でミリアンは言うのだ。

 

「で、()()()? 全員殺して私が生き残ればいいだけのこと」

 

 醜い獣(オーク)共がどれだけ頭数を増やし、足りない頭を絞って罠を構えてこようとも、そのすべてを踏みつぶし蹂躙することが役目。オークを侮っているのではなく大真面目にミリアンはこのように考え、そして経験値と技術を糧にこれまで幾度となく悪意の芽を潰してきた。

 死ぬ可能性があるから撤退する、危険があるから引き際を見極める──その思考が抜けているのではない。ただ常人よりも"危険と感じる線引き"があまりに緩すぎるのだ。サウロン相手に無謀な戦いは挑まずとも、オークの大軍相手に臆することが無いように。普通なら無理だと考える線引きが壊れてしまっている。

 

「復讐に目を曇らせた? ええ認めましょう、私はとっくに正気じゃない」

 

 返り血を浴びながらミリアンは一人ごちた。

 砦の中にはやはり大量のオークたちが潜んでいた。元より狭い建物の中で挟撃し殺していく算段だったのだろう。この場に至るまでにも殺しまわってきたとはいえ、本陣だけあって頭数はそれなりに多い。

 狭い廊下の中でも躊躇わず槍を振り回し、不思議なほど壁には当たらず敵の肉と鎧だけを切り裂いていく。数で包囲されるよりも早く殺しては前に進み、前に進んでは殺し、気が付けば砦の外へと再び躍り出ていた。冷たい風が頬を撫でる。ここまでアゾグの姿は見当たらない。

 

「図体ばかり大きい腰抜けのオークめ、恐れをなして逃げ出したか!」

 

 分かるような大声でアゾグを挑発する。暗黒語はミリアンも話せないため共通語だが、とはいえ意図は向こうにも十分伝わることだろう。どこかに隠れ潜むオークたちのざわめきを肌で感じていた。あと数秒もすれば我慢しきれずに飛び掛かってくるはず。そう考えていたが、しかし。

 

「誰も来ない?」

 

 ミリアンの予想に反し、砦の外に出て以降はオークの襲撃が止まってしまった。もっと腐肉に群がる蠅のように襲い掛かってくると考えていただけに拍子抜けだ。

 いや、それとも。最初からアゾグの目的はドワーフへの復讐と根絶やしであった訳だから。ミリアンという不確定要素が混じったとはいえ、初志貫徹をあくまで行うとするのならば。

 

「砦の内部に残っていたオークは全員時間稼ぎの囮だった……?」

 

 自身の身に迫る最悪の可能性は考慮し、その上で真正面から攻めることを選んだ。

 けれど他者の身に起こる最悪の可能性に関して、ミリアンは欠片も考慮に入れてはいない。むしろ自分を餌にしておけば問題ないと考えていたわけだが……オークという餌に釣られたのは彼女の方かもしれなかった。

 だとすれば、置いてきたトーリンたちの方にアゾグらが押し寄せる事態となる。彼らならばそう簡単に後れを取ることもないだろうし、ミリアンがそこまで面倒見る方が逆に失礼だ。

 

 故にただただミリアンの内に苛立ちと不快感が募りだす。

 

「私を出し抜いた挙句に無視するなんて、オーク風情が無礼てくれる」

 

 彼らのすべてを滅茶苦茶にしてやらないと気が済まない。元より復讐者とはそういうものなのだ、怒りをぶつけられる相手に対してあらゆる真っ当な思考が二の次に置かれてしまう。

 ドワーフたちの下へと急行するその前に、まずはこの場に潜むオーク共を鏖殺してしまおう。そう誓って血塗れエルフは槍を閃かせたのだった。

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