俺の百八ある特技のひとつ、「ヤハタ神レビュー」を解放する時がきたか。この能力を使うと、他人の言葉をすべてを悪い方向に解釈することができるのだ。
……あれ、この能力ってあんまメリットないんじゃないか?
いや早まるなかれ、俺はこの力を使うことで自分の身に降りかかる災難から逃げてきたのだ。自信を持つんだ、比企谷八幡! もし柴崎なる人物が俺を叱るようなことを考えているとしたら一直線に家へ帰ろう。
俺は右手で顔を覆いながら眼前の女子ふたりを睥睨する。
「いいだろう。俺の力を見せてやる」
千反田はクリスマスプレゼントを開いた幼稚園児のような笑顔になった。
一方の伊原はテンションを摂氏3度ほど下げながら、
「その邪気眼抑えてるみたいな手、気持ち悪いからやめなさい」
さすが漫画研究会の伊原、厨ニ心にも明るくて助かる。
だが、気持ち悪いはやめろ。普通に傷つくわ。
うずく右腕を鎮めて心の傷を癒やしている俺をよそに、伊原は千反田に向かって喋っている。
「あの放送だけだと、呼び出された理由まで考えるのは難しいと思うけど」
「やはり、そうでしょうか……」
残念そうに眉を下げる千反田はチラリと俺の顔を窺った。
伊原に至っては眉を上げながら「本当にできるの?」みたいな顔を向けてきやがった。
それは俺への挑発とみてよろしいか!?
「はっ、俺にかかればそんなこと容易いわ!」
息巻いた俺のセリフを鼻で笑ったのはもちろん伊原。
「ふん、そんなこと言って大丈夫かしら。じゃあ、正解したら帰りにジュースでもおごってあげるわよ」
「言ったな? その言葉忘れるなよ! 覚えてやがれ!」
……なんかこのセリフだと俺の負けるフラグが立ってないか?
コホンと喉を鳴らして仕切り直し。
「まずはさっきの放送内容をおさらいしよう」
言うが早いか、千反田は手元に大学ノートを取り出して何かを書きはじめた。
「『1年B組、比企谷くん。まだ校内にいる場合は、帰りに職員室柴崎のところまで来なさい』でしたね」
さすがの記憶力。もしかして、こいつは俺たちの話した言葉一語一句覚えているのか……?
敵に回すと怖い女、千反田える。裁判なら間違いなく俺に勝ち目はない。まあ法廷で争う機会はないと思うけど。
「最初に単語の確認だ。柴崎はこの高校の教員だな?」
キリッとした目で確認を促すと、千反田は口元を隠して笑い、溜め息を吐いた伊原が呆れ顔で応える。
「それくらい知っておきなさいよ。柴崎先生は教頭先生よ」
なるほど、知らん。
たしかこの高校には教頭が2人ほどいた気がするが、どっちが柴崎だろうか。
まあこの際どうでもいい。
「あれだ、ここでミスリードするとマズいからな。念のため確認させてもらったまでだ」
千反田の書いたメモをじっと見ながら俺は要点を洗い出してみる。
「教頭の柴崎は、生徒の比企谷を呼び出そうとしていることが分かる」
「……はい、それはわたしにも分かります」
普段自然な笑みをこぼす千反田には珍しく、いまは眉を寄せて苦笑している。
気にせず俺は続ける。
「呼び出されている生徒は、おそらくこの俺、比企谷八幡とみていいだろう」
「何を当たり前なことを……」
バカバカしいとでも言いたげな伊原は、腕を組んで椅子に深く腰掛ける。
「1年B組にあんた以外で比企谷なんて苗字の生徒はいないでしょ」
「そうだが、もし俺がスズキとかササキとか、よくある苗字だったらどうする? そしたらクラスメイトに同姓の奴がいないか、居たらどいつのことを差しているのかを考えないといけない。うん、比企谷家に生まれてよかった!」
なんなら高校の3学年を探しても、俺以外に比企谷なんて奴はいないだろう。
珍しい苗字だとオンリーワンの優越感に浸れて良い。
ただ一つ欠点を上げるならば、初見でこの名前を読める人間がほぼいないことだ。
クラス替えの度、担任教師が俺を「えっーと……。ヒ、ヒキタニくん?」と呼び間違える。そのおかげでクラスメイトから「ヒキタニ! ヒキタニ!」と茶化されることになるのだ。よみがなくらい事前に調べておこうぜ、先生……。
それはいいとして。
「そして、呼び出された先で俺は柴崎から何かを言い渡されるのだろう。ただ、その話はたいして重大な内容ではなさそうだ」
ふむふむと頷いていた千反田がハッと顔を上げた。
「どうして重大でないと言えるのですか?」
「この放送が完全下校の1時間前に行われたということだ。もし教育的な指導なら休み時間を使ってもいいし、放課後にするなら授業おわってすぐに放送したほうがいい。でないと、部活のない奴ならすぐ帰っちまうからな」
「今になって重大な問題が発覚して、緊急で放送をかけた。という可能性はないのでしょうか?」
「それはないだろうな。もし緊急を要するものなら、『帰りに職員室柴崎のところまで』なんて言い方にはならない。帰り際に寄って解決する用件なら大して時間もかからないだろう」
なるほど、と手を顎にやって千反田は納得した表情になった。
俺は身体を伸ばすようにぐぐっと両腕を上げながら思考を次のフェーズに進める。
「次が本題だ。緊急を要せず、校内にいるかも分からない俺に対して告げられた用件とは?」
柴崎は俺にどんな用があったのだろうか。
そもそも、柴崎はなぜ俺のことを知っているのだろう?
「考えると、俺は柴崎との繋がりがない。俺が名前を聞いても覚えがないということは面識もないはずだ」
「やっぱりあんた教頭先生の名前知らなかったんじゃない……」
ギクッと身体が反応してしまった。
一度発してしまった言葉は引っ込めることが出来ない。これが言葉の恐ろしいところ。
咳払いをして無視をきめる。
「互いによく知らない相手ということは、こみ入った問題を取り扱う可能性は低い。つまり、事務的な連絡で終わる可能性が高い」
俺からの弁明がないのが不満なのか、伊原は目を細めて怪訝そうな顔をのぞかせてくる。
「それはあくまで、あんたの希望的観測でしょ。まだ怒られる可能性は捨てきれないわ」
こいつはどうしても俺が教頭に怒られることにしたいらしい。
だが、自信を持ってこれだけは言える。
「呼び出し元が『教頭の柴崎』というのがポイントだ。これが『生徒指導部の森下』だったら教育的指導が用件で間違いなかっただろう」
森下というのは体育教師であり、はじめて千反田と部室で会った時に見廻りにきた教諭だ。ライオン並みの大きな声が印象に残っている。
再び口を開きかけた伊原の言いたいことが分かったので、
「森下の都合がつかず、代わりに柴崎が指導することになったとしよう。
『ヒキタニくん! キミのことはよく知らないが、森下先生から聞いてるんだぞ。キミ、よくもあんなことしてくれたね。ワシ、怒り心頭だぷん、激おこぷんぷん丸だぷん! ……えっ、ヒキタニじゃなくてヒキガヤだって? ……それはゴメンだぷ~』
よく知りもしない相手を叱るのは難しい。これじゃあ締りがない。それなら日を改めて森下から指導したほうが効果的だ」
「よく知りもしない先生を、よくまあそこまで茶化せるわね……」
印象操作というやつだ。自分の考えをわかりやすく伝えるためには誇張も必要なのである。柴崎先生、すまんだぷ~。
……さすがにやりすぎたが、
「でも、俺の言いたいことは分かるだろ?」
伊原は苦味をこらえるような顔で渋々うなずく。
「まあ、教頭先生がわざわざ比企谷を呼び出して叱る理由はなさそうね」
「教頭ってのはある程度職位が高いしな。一介の生徒を指導するというより、優秀な生徒を表彰するような立場だろ。……ということは、俺の功労が讃えられる可能性もあるな!」
「いや、それはない」
真顔できっぱりと言いやがった。
俺だってみじんにも思っちゃいないさ!
続