やはり俺の古典部はまちがっている。   作:竹中ヒカル

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やはり比企谷八幡には心あたりがない。-急-

ここまでを整理する。

柴崎教頭は、俺に職員室に来てほしいと思っている。

それは緊急な要件ではなく、帰り際に訪ねれば済むような用である。

そして、その内容は俺を叱るようなものでなければ、褒め称えるようなものでもなさそうだ。

 

突然だが、『5W1H』という言葉を知っているだろうか。Who(だれが)、When(いつ)、Where(どこで)、What(なにを)、Why(なぜ)、How(どのように)を指す言葉。これを意識して話すと正確に相手に伝えることができる、というものである。

現時点で分かる情報を書き出すとこのようになる。

 

Who=柴崎教頭が

When=放課後

Where=職員室に

What=比企谷八幡を(呼び出す)

Why=?

How=校内放送を使って

 

登場人物と言葉から分かる範囲ではここまで。放送から読み取れる情報だとこれ以上は難しいか。

しかし、俺にはまだ見落としているポイントがある気がしてならない。俺は、このような『()()()()()』を今までに経験したことがないのだ。

校内放送で職員室に呼び出される経験がなければ、教頭と会話した記憶もない。なぜこの状況が、今日、はじめて発生したのだろうか? 初めてのことには、なにかしらきっかけがあるはずだ。

 

窓の外を見ると夕日が消え、代わりに街灯や住宅の灯りが点々としている。

そろそろ帰らなければと思う一方で、外は寒そうだし帰りたくないな……という暗澹たる気分になる。

何もかも冬という季節がいけない。地球温暖化かなんだか知らないが、もう少し暖かくてもいいではないか。12月も空気読んでくれよ。ほんと冷たい奴だよな、12月。

 

……12月。……年末。……年の瀬。

 

「この時期のイベントといえば何がある?」

 

しばらく黙り込んでいた俺が急に切り出すもんだから、帰り支度をしていた伊原は豆鉄砲をくらった表情になった。

 

「なによ、唐突ね。それがあんたが呼び出された理由につながるの?」

 

千反田は「今日の夕飯は何にしようかしら」と考えている主婦みたいにしばし悩んでから、

 

「そうですね……。やはり、クリスマスとかお正月でしょうか?」

「いや、そういう世間的なやつではなくて、学校で催すような行事だ」

 

クリスマスも正月も俺が呼び出される理由にはならない。教頭に呼び出されて「キミはクリスマスも正月もぼっちなのかい? 大丈夫?」なんて心配される筋合いはない。

ここは千反田の記憶力を頼りに待ってみる。

 

「学校の行事でいうと……。あ、学期末テストがありますね」

 

ぐふっ! ……そいつは聞きたくなかった。来週から期末テストが始まるんだった。

勉強もせずウマを育成していたせいで「うまぴょいしてぇ」という感情が渦巻いてしまい授業もろくに集中できない。なんであんなに中毒性があるん? やはりウマ娘は神ゲー。

俺はライスシャワーの誘惑を振り払い、今考えるべきことに集中する。

 

「期末テストの関連なら、担任の平塚先生か科目担当の教師が俺に直接伝えればいいはずだ。他に思いつかないか?」

「うーん……」

 

しばらく待ってみたが、千反田のデータベースではそれ以外に該当する結果が見つからないようだ。ここにもう一人の部員、自称データベースこと福部里志がいれば適切な情報を挙げてくれるのだが、今日は掛け持ちしている手芸部に出向いている。

はて、困った。

イベントがないのであればイレギュラー要素との接点を持ちようがない。それ以前に、俺は校内イベントとできるだけ接点を持たずに学園生活を送ってきた。

4月に入学してからというもの、古典部メンツの関係で何かと事件に巻き込まれることはあったが……。だが強調させてほしい。どれも自分から積極的に関わったわけではない。

となると、考える方向を間違えたかもしれない。

 

……しかし、皆目検討がつかない。

集中力が切れて思わず投げやりな言葉が出てしまう。

 

「もしかして、この呼び出し、俺に関係ないことなんじゃないか?」

 

驚愕の顔を向ける女子2人。あんぐりと口を開けた伊原が威圧してくる。

 

「はあ? 今更なに言ってるのよ。呼ばれたのは間違いなくあんただったでしょ」

「たしかに俺が呼び出されたが……。柴崎が最終的に用があるのは、俺以外の人物Xなのかもしれない」

 

我ながら無理があるな。そう思いながらも次の仮説が思いつかない。

思考放棄をした発言だったが千反田が反応を示した。

 

「つまり、柴崎先生は人物Xさんに伝えたいことがあって、それで比企谷さんに伝言を頼もうとしている。ということですか?」

 

そういうことになる。しかし、だったらなぜ柴崎はその人物を直接呼び出さないのだろうか?

たとえば、柴崎が恋する乙女で、好きな子に直接気持ちを伝えられないから俺の助けを求めている、とか。……想像したくもない。

俺が顔色を悪くしていると、何を思い立ったのか一段階テンションを上げて千反田が続ける。

 

「それか、柴崎先生が比企谷さんに秘密裏にミッションを渡そうとしている。その内容というのが比企谷さんのお友達、クラスメイトの人物Xさんを助け出す! ……というのはどうでしょう?」

 

意気揚々と発せられた声は、最後には自信なさげな声に変わっていた。

なるほど、その考えは面白い。だが、

 

「残念だったな。俺には友達と呼べるほどの交友関係がない! だからその案は却下だっ!」

「……なんでそんな声高らかに友達がいないことを主張できるのかしら? 不思議ね」

 

怪我だらけの可愛そうな子供を見るような顔で伊原がつぶやいた。

それよりも俺は、千反田が冗談を言ったことの方が不思議だ。さっきから火照ったように顔が赤いぞ。

まあ、どちらの案にせよだ。柴崎が人物Xに何か用があるなら、そこに俺が介入する必要はなさそうだ。

 

俺が学校で関係を持っているのは、古典部員の千反田と伊原、そして里志くらい。

伊原と里志は中学からの知り合いだが友達とは言いづらい。どんなに付き合っていても「あいつらとは中学からズッ友さ!」なんて宣言できない。男の子はそういう生き物なんだ。わかるよな?

そして言うまでもないが、クラスメイトとは一切の交流を持たない。

ましてや、教師なんてしゃべる進研ゼミくらいにしか思っていない。

学校外に目を向けても親しい奴などいない。

そう考えると、俺ってまともに会話する相手少ないよな。

学校の外に出たら家族くらいしかまともに相手してくれない。……あれ、目頭が熱くなってきたぞ? ──これが、かなしい──?

 

……うん? 家族?

 

ストーブと電灯を消して地学準備室を後にした俺たちは、冷気を閉じ込めている廊下を身体を擦りながら歩いていた。

目指す先は職員室。部室の鍵を返すついでに答え合わせだ。

 

文化系の部室はすでに明かりが消えている。寒空の下のグラウンドを見ても残っている生徒はほとんどいなかった。

栄光灯が弱々しく照らす一本道を進み、ひときわ大きな光をこぼしている職員室へとたどり着く。

 

鍵を元の場所に掛け、俺が近くにいた森下に教頭の居場所を尋ねると、例のバカでかい声で柴崎を呼んでくれた。

すると、職員室の隅で好々爺が立ち上がり、俺たちを手招きした。

 

「比企谷くんだね。実は、君のお母さんにPTAの役員をやっていただけないかと思っていてね、この書類を渡してほしいんだ。……ところで、お母さんのお名前はこれで合っているかな?」

 

母親の名前が正しいことを確認した柴崎は、役員会に出席できない多忙な母のために、要点をまとめた手書きメモを渡してくれた。

PTAに関わる書類を一式受け取り、俺は教頭に深めのおじぎをした。

勝手に変な印象を抱いていてごめんなさい。

 

 

*  *  *

 

 

帰り道。すっかり暗くなった歩道を俺と伊原、その後ろを自転車を連れた千反田がとぼとぼ歩いている。

口を開いたのは伊原だ。

 

「なんか、拍子抜けね。てっきり比企谷が怒られるとばかり思っていたわ」

「お前……、俺が怒られている姿を見れたら嬉しいのか?」

「いやいや、そんなことないわよ。……でも、比企谷が怒られてるときにどんな顔になるのか見てみたいわね」

 

小学生のような童顔で無邪気に笑っていると悪意がなさそうで困る。悪魔、いや小悪魔だな、こいつ。

少し後ろでクスクスと笑いながら「摩耶花さん、人が悪いですよ」と千反田が声をかける。

ひとしきり笑い終えた千反田は落ち着いた声で、

 

「来年度のPTA役員のお話だったんですね。思えば、うちの父にもそのようなお話が来ていました。この時期から役員を決めるみたいですね」

 

次いで俺の後頭部に向かって、

 

「あの放送内容からご家族への連絡だと判断できるなんて。さすが比企谷さんです」

「まあ、俺や校内のメンツに用がないとすると、家族くらいしか選択肢がなかったからな」

 

交流関係が少なかったおかげで的を絞れてよかった。

うん、これは誇れることではないよな……。

 

この間おふくろが愚痴っていたのを聞いてなかったら、たぶん分からなかっただろうな。

千反田家にも連絡が来ていて俺だけが呼び出されたことを考えるに、柴崎は役員会に出席できない母親のために別途書類を作っていたようだ。

ただ、それが放課後の呼び出しになった理由として適切かは微妙だ。こればかりは柴崎のみぞ知る世界。

その点を千反田と伊原に指摘されなくて良かった。と安堵しながら横目を流してみる。

すると、千反田が電源を抜かれたロボットのようにはたと立ち止まった。

 

「ところで」

 

振り返ると千反田が首を傾げている。

 

「お二人は何か勝負をされていた気がするんですが?」

 

はて、どうだったかな。何か口論していた気もするが。

言葉を思い出せない以上、推論を立てようがないしな。

 

心無しか伊原がそっぽ向いた気がしたので、顔をじっと覗き込んでみる。

目は口ほどに物を言う。というが、どうも俺には見極められる能力はないらしい。

 

 

 

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