性飢末《セイキマツ》の覇者 ~暴走する性癖を食い止めろ!~   作:ごぼう大臣

1 / 17
変態高校

 ――205x年、日本は少子化が進み、学校の規模も縮小して、子供らの選択肢はみるみる減っていった。

 

 そうした中で、はみ出し者がこぞって集まった吹き溜りとして有名な学校があった。

 日本の片隅に建つ、魔境と名高いとある高等学校。そこでは思春期を迎え、成熟しかけた男女の持て余す性エネルギーが、数々の奇跡を起こすという。

 いわく、ある者は乳房の大きさを瞬時に変え、ある者はところ構わず他人の愛欲に火をつけ、ある者は狙った部位の体毛を自在にコントロールするという。

 それを成す力は、継承者の途絶えたある不思議な"拳法"に端を発する……らしい。

 

 そんな常識を疑う噂が流れる学校を、人々は誰からでもなくこう呼んだ。

 

 まさに、"性飢末(せいきまつ)"!!

 

 

――

 

 

 ……桜が散り、木々が青々とした葉を広げる五月頃……。

 

「君が、今度転校してきた子だね?」

 

「はい、日出(ひいづ) (まい)といいます!」

 

 ここはある学校の校長室。贅沢な席に座っている白髪の校長先生の向かいに、一人の女子生徒が立っている。

 セーラー服で包んだ体は小柄で、細身の体をポニーテールにした長い黒髪が垂れている。大きな瞳と自然な笑みが、周りに利発そうな印象を与える。

 そんな女子生徒……日出 舞の姿を見ながら、校長は机上の書類を見て、彼女に語りかける。

 

「それにしてもよく来たね。一年の途中で転校とは、色々大変だったろう」

 

「いえいえ、元は私から希望したんです。まぁちょっと事情があったもので」

 

「…………」

 

 舞はほがらかに笑って答える。その姿を見て、校長は脇にいた他の教員と目を合わせた。

 ちらと、不安げな視線をかわす。その目には、何故か舞に同情するような色があった。

 

「……どしたんです?」

 

 舞がキョトンとした顔で問うと、校長は一つ咳払いし、笑みをつくる。

 

「いや、なんでもないよ。君、教室へ案内してあげてくれ」

 

「あ、はい。分かりました。さあこちらへ」

 

 校長に言われ、教員はぎこちない表情で舞を連れていく。首をかしげる舞の背後で、扉が閉まる。

 その直後、校長は小さくため息をついた。そして机上の書類をもう一度見つめる。

 そこには、この学校の名前も記されていた。

 

"聖的至高(せいてきしこう)高等学校"

 

 下らない当て字の学校名。しかしそれを見て校長は激しくうなだれる。

 そう、ここは他でもない日本で唯一の、性的嗜好をひたすら追い求める男女が集結する危険な高校なのだった。

 

(……彼女は果たして馴染めるのだろうか……。いや、ひょっとすると彼女も過激な"性癖"を……?)

 

 転校生、日出 舞の今後を思い、校長は祈るように手を組んだ。その時、ハッと思い当たった様子で彼は書類の名に目を留める。

 

(む……? そういえばこの名字……"奴"と、同じ……?)

 

――

 

「足元に気をつけてください。ところどころ、床のタイルが剥がれていますので」

 

「はい……おわっとっと」

 

 舞はそれから、教員に案内されて最上階の廊下を歩いていた。中の様相は一言で言えば荒れ放題。床は穴ぼこだらけ、天井はセメントの欠片があちこちからこぼれ、雨漏りのためか点々とシミができ、壁や柱にはそこかしこに人がぶつかったような凹みができていた。

 

「噂には聞いていましたが……なんか、こう、すごいですね」

 

「お恥ずかしいですが……まあ生徒の質が質ですから。他に行き場がないのです」

 

 遠慮がちにこぼす舞へ、教員は振り返りもせずに投げやりに答えた。

 舞は気まずく思って目線を移す。窓は一部が割れ、その下に見えるグラウンドでは、かろうじて学ランだと分かるマントさながらの黒衣をまとった生徒たちが、いかついバイクを乗り回して爆発に近いエンジン音と土煙を撒き散らしている。敷地の外には緑が少しもなく、痩せた大地と木々が延々と続く、荒涼たる景色が広がっていた。

 外にはなるべく出ないでおこう。そう思って舞は廊下に目を戻すが、そこにもまた違った異質なものが。

 

 "ソックスの種類の制限を撤廃せよ"

 

 "ブルマー復権!" "短パン継続!"

 

 "手錠の持ち込み許可求む"

 

 "自己責任で露出プレイの権利を"

 

 廊下の壁にスプレーでもって、なんの恥じらいもなくそれらは書いてあった。インクの渇き具合からして、古いものから最近のモノまで、文字の大きさは様々に壁を埋め尽くすようにして書きなぐってある。

 

「これ……生徒のみんなが書いたんですか?」

 

「ええ。掃除してもすぐ元に戻るので、放置してあるんです」

 

 舞の言葉に、教員は弱りきった顔で答えた。おそらく書いている生徒をどうにかしなければ、いたちごっこになるのだろう。理想の髪型がどうだとか、肌の日焼け具合がどうだとか書き連ねてあるのを、舞は半ば呆れながら目で追った。

 すると、不意に教員が振り向き、けげんな顔で言う。

 

「日出さん、後悔していませんか?」

 

「……と言いますと?」

 

「だって、ここを見るだけで分かるでしょう。まるで異世界ですよ、この学校は」

 

 教員は両手を広げ、うんざりした表情で言い放った。その口調は、長年言うに言えなかったかのような切実さがあった。

 

「…………」

 

「悪い事は言わない。今からでも取り止めなさい。まだ高一じゃないですか君は」

 

 教員はさとすような口調でそうすすめた。舞も同意できる部分があるのか、こわばった笑みを浮かべて目を泳がせる。

 しかし、数秒ほどすると静かに目を閉じ、晴れやかに微笑んで答えた。

 

「いえ、大丈夫ですよ。私、以前に兄と空手を習ってたんで!」

 

「ん? お兄さんと?」

 

「はい、実を言うとそれが目的なんです」

 

 舞が空手の型を真似ながら言うと、教員がふと眉をひそめる。そして、何かを思い出したように目を見張った。

 

「そうか! 日出って名字……君はまさか!」

 

 教員が大きな声でそう言いかけた時。

 

「きゃあああぁぁーーーっ!!」

 

「っ!?」

 

 校内に突如悲鳴が響き渡り、舞と教員はそろって声の方角へ振り向いた。見ると、廊下の向こうから一人の女子生徒と、それを追うように男子生徒が後ろからドタバタと走ってくる。

 

「ぐわ~はっはっはっは!!」

 

「助けて! 助けてください!!」

 

 女子生徒はメガネをかけた細身な子で、おかっぱの頭をヘアピンで留めている。顔を真っ青にして廊下を全速力で走る姿は、えもいわれぬ必死さが感じられた。

 しかし、それよりも目を引くのは後ろの男子生徒だった。二メートルは越えようかという大巨漢。手足はずっしりと重く駆けるたびに校舎がミシミシと揺れ、着ているシャツが引き裂けんばかりに上半身の形に張り詰めている。

 特注だと一目で分かる学ランを羽織っていなければ、彼を高校生だと思う者はいないだろう。頭の短い金髪が光り、女子をにらんで笑い声を上げる顔には、うっすらヒゲが生えている。

 

 その大男を見たとたん、教員はガタガタと震えながら叫んだ。

 

「まずい! 性闘拳(せいとうけん)使いだ!!」

 

「セイトーケン?」

 

「起源は分からないが……ここに来る生徒たちの何割かが習得してくる、特異な拳法の総称だ……。それはいわば、体の"ツボ"を突くのが肝要で……」

 

「……あっ!?」

 

 教員が解説している間に、女子は大男によって壁際へ追い詰められていた。大男を見上げて震えている女子を見て舞は助けに入ろうとするが、それより早く大男は両手を掲げて人差し指と中指を突きだし、こう叫んだ。

 

「くらえぇ!! 夢乳(むにゅう)神拳(しんけん)奥義(おうぎ)限破(げんぱ)乱育(らんいく)(けん)!!

 

「いやああぁっ!!」

 

 大男は掲げた指で女子の体を数ヶ所つついた。直後に女子は泣き叫び、その場にズルズルと崩れ落ちる。

 

「ツボを突かれてしまった者は、もれなく体の一部に異変が起こるという……。それも決まって、何らかのフェチズムを刺激するような……」

 

「いや、説明はいいから助けなさいよ!?」

 

 一人で呆然と解説を続ける教員を叱りつけ、舞は大男に向かって走り出す。大男は女子を見たまま、ニタニタと得意気に笑った。

 

「ふふふ、俺の夢乳神拳は、胸の発育を自在に操れる! さぁ、遠慮せずに弾けてしまえい! 俺の全校巨乳化計画の第一歩……」

 

「どりゃあぁっ!!」

 

「ぐはっ!!?」

 

 女子を見下ろす男の横っ面に、舞の飛び蹴りが突き刺さる。男は壁に顔を擦り付けながら吹っ飛び、床に転がった。

 

「何してんのよ、この変態!」

 

「はっ、た、助けてください!」

 

「……ん?(今、むにゅって……)」

 

 タンカを切った舞に、うずくまっていた女子がしがみつく。腕をつかまれた瞬間に、舞はふと違和感をおぼえた。

 振り向いて、ハッと息を呑む。

 

「うお、なんじゃこりゃ!?」

 

 舞は思わず声をあげる。その女子は、逃げていた時からは見違えるほどに胸を巨大化させていた。走っていても揺れなどほとんど感じさせなかったなだらかな丘が、いまやアルプス山脈もかくやという双子山に変貌している。その主張はもはや膨らみというより前に突きだした独自の器官とでもいうべき様相で、泣き出しそうな女子のその顔と同じくらい大きい。見るからにサイズが合わなくなった制服をぐんと持ち上げ、わざとらしいほどの丸みを保っている。

 掴まれた自身の腕がすっぽりと埋まった様を見ながら舞が呆然としていると、遠くから不敵な声が聞こえる。

 

「ふふ、"変態"か……。俺らにとっては誉め言葉よ……!」

 

「っ!!」

 

 舞が振り向くと、先ほどの男が立ち上がり、首をにぶく鳴らしながら近づいてくる。その表情は、口から血をたらしながらも笑っていた。

 

「見た事ない顔だな。この学校を何だと思っている? 誰もが性癖を追いかける、聖的至高高校だぞ」

 

(……高がかぶっとる)

 

「なんにせよ、邪魔をした貴様には相応の報いを受けてもらわなきゃなぁ?」

 

 口周りの血を舐めとりながら、男はさも楽しげに言った。その直後、見る者を怖じ気つかせるような重圧が男から放たれる。目には見えないが、体内から外へ、また外から体内へと空気がまがまがしくめぐっていくような、不気味な気配だった。

 舞はそれを見て、知らず知らず背中に冷や汗をかいていた。そばにいた女子はますます強く舞にしがみつき、傍観していた教員は「ひぃっ!」と情けない声をあげて逃げ出した。

 

「ふーむ、その体格からすると今はBカップあたりか……。よし、いっちょ欲張ってJカップだ!!」

 

 舞を値踏みするような目で見下ろしながら、男は高々と指を掲げる。舞は動けなかった。足がすくんでいた。

 胸を自在に操ると称し、実際に一人を巨乳化させた彼を目の前にし、その魔法じみた力――校外ではまず見なかったであろう"性闘拳"に、その使い手に恐怖していた。

 彼は一般人ではない。自らの理想と欲望のために、常識も何もかもかなぐり捨てるネジの外れた変態の一人なのだ。

 おそらく、この学校では決して珍しくない、変態。

 

(ナメてた……これが、"性飢末"!)

 

 舞に向け、とうとう指先が振り下ろされる。彼女は襲いくる恐怖に目をつむって――そして嘘のように変化する肉体にかすかに期待しながら――男の一撃を覚悟した。

 

 しかし。

 

「何をしている」

 

「――へ?」

 

 その場に、夢乳神拳の使い手とは別の男の声が響く。低く渋く、それでいて澄んだ声。

 舞がおそるおそる目を開け、顔を上げると、夢乳神拳使いの腕を、同じくらい背の高い男ががっしりと掴んでいる。

 体格はがっしりとし、胸板は厚く、腹筋は引き締まり、足は太く、無駄な脂肪の一切ない理想的な体型をしていた。シルエットが縦長なため、天井に近い頭がいまに天を突くような印象まで受ける。

 そんな高校生離れした体格のせいか、制服は前のボタンを全て外していた。黒の短髪は飾り気が全くなく、剛体の暑苦しい雰囲気をやわらげていた。

 

「何をしている――と聞いている」

 

 丸太のような太い腕でもって夢乳神拳使いの手を締め上げながら、その男はもう一度たずねた。目線を上げ、目の前の相手をキッと見据える。

 うっすら割れた顎、引き締まった頬、切れ長の鋭い眼。その精悍な顔を見た瞬間、夢乳神拳使いと舞が同時に目を見開き、口を開いた。

 

「てめぇ、二年の……日出(ひいづ) 拳次郎(けんじろう)!!」

 

「お兄ちゃん!?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。