性飢末《セイキマツ》の覇者 ~暴走する性癖を食い止めろ!~   作:ごぼう大臣

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林間学校 ~二人の友達~

「舞ちゃん、だっけ? ウチにもポッキー一本ほしいッス!」

 

「ん、オッケー。どうぞ」

 

「……少しは遠慮しなよ。アンタも……阿部さんだって断っていいんだからね」

 

「ううん、気にしないで。良かったら私のお菓子もあげよっか?」

 

「……ありがと」

 

 机もない小さな席に、隣り合わせで座っている舞と紫乃。彼女らの前に座る二人組は、後ろを振り向き、あるいは座席に膝を乗せて体ごと向き合ったりなどしている。赤紫色のシートが二列ずつ並ぶその狭い車内は、走行中に時おりガタガタとゆれた。

 窓からは木々が青々としげった山の景色が見える。舞、紫乃、および乗っているクラスメイトたちはかれこれ一時間以上バスにゆられていた。

 

 運転手と、その隣の担任が座る助手席からは、同じように一年生たちが乗ったバスが前方に列をなして走っているのが見えた。それらは全て、同じ場所を目指している。

 なぜ彼らが朝から山の中を移動していたのか、その理由は学校で行われているある行事にあった。

 

――

 

「林間学校の施設?」

 

「うん。私ら、明日そこに行くから。どんな場所か聞いときたくて」

 

 放課後、拳次郎は玄関にて舞たちと会い、だしぬけにそんな事を聞かれた。「もうそんな時期か……」などとつぶやき、彼は思案顔になる。

 

 彼らの学校では、一年生の一学期にある行事があった。それが山中の宿泊施設を利用した林間学校だ。一年生がいくつかに分かれて一泊二日、生徒と担任たちはでともに過ごすのである。

 舞のとなりにいた紫乃も、首を小さくかしげてこう尋ねる。

 

「日出先輩も、去年行かれたんですよね? 何か知りませんか?」

 

 そう言われ、拳次郎は顔を上げた。そして戸惑いながらも応える。

 

「いや……別に普通の場所だぞ。広い建物に部屋がたくさんあって、別館に風呂、周りには川が流れて、キャンプ場が近くにあった、気がする」

 

「本当? 本当に普通?」

 

「どうしたんだ。何がそんなに気になる」

 

 念を押すように問われ、今度は拳次郎の方から問い返す。舞は少し口ごもり、そしてぎこちない笑みで答える。

 

「うーん……言っちゃ悪いけど、この学校変な人多いじゃん? だからせめて行く場所はまともだといいなぁって……」

 

 紫乃と顔を見合わせ、苦笑いする舞。それを見て、拳次郎も納得がいった。

 多少、期間に違いがあるにせよ、彼女らは高校に入ったばかりの一年生。しかも変人まみれのこの環境にあてられれば不安にもなるだろう。

 

 ただ、せっかくの行事に行く前から不安にばかりさせるのも可哀想である。拳次郎はしばし考えてから、軽い調子で言った。

 

「まぁ……そう後ろ向きになる事はないだろう。確かに一日中顔を合わせるわけだが……」

 

「騒ぎが起きたらって思うと心配なのよ。お兄ちゃんもいないし、どう止めたらいいか」

 

「…………!」

 

 舞の一言に拳次郎は意外そうな顔をした。そして驚いた口調で問う。

 

「……舞、もしかして性闘拳使いの争いに関わる気でいたのか?」

 

「え、いや……万が一よ。私だって嫌だけど、学校と違って一年生しかいないし」

 

 舞は口ごもってから、ややぶっきらぼうに言った。しかし拳次郎はくもった表情でさらに口を開く。

 

「確かにこないだは、俺から巻き込んでしまったが……お前までその気になれとは」

 

「関係ないって。実際問題、誰かが止めなきゃって話よ」

 

 心配そうになる拳次郎と、それをうざったそうにはね除ける舞。二人の間の空気がかすかに険悪になる。

 そこに、紫乃がおずおずと口をはさんだ。

 

「あ、あの。日出先輩」

 

「ん?」

 

「以前、三年生の人たちの恋愛相談に乗った時、舞ちゃん一生懸命に話を聞いてたんですよ」

 

 紫乃の言葉に、舞と拳次郎が同時に振り向く。紫乃は二人を見つめながら続けた。

 

「『お兄ちゃんじゃこういう悩みは聞けないだろうから』って、親身になってあげてました。私も一緒にいたから分かります」

 

「ちょ、ちょっと紫乃。わざわざそれ言わなくても……」

 

「でも本当の事でしょ?」

 

「う……」

 

 イタズラっぽく紫乃が微笑むと、舞は照れくさそうに押し黙った。一方で拳次郎は眉間のシワをゆるめ、しだいに顔に迷いをうかべだす。そこで紫乃は説得するように言った。

 

「だから、気になるのは分かりますけど、怒らないであげてください。私だって最初に会った時に、舞ちゃんに助けられたんですから」

 

「…………」

 

 拳次郎は難しい顔で沈黙する。妹の身を案じるだけなら、ことなかれ主義をすすめる、林間学校に参加しないなどの選択肢があるが、どちらも言い出しかねた。

 今の舞には性闘拳使いに立ち向かう正義感もあり、友達もいるのだ。

 一分ほどの思案を終えて、拳次郎はポツリとつぶやいた。

 

「……分かった。手を出すなとは言わない」

 

「お兄ちゃん……」

 

「ただし!」

 

 拳次郎は大げさに舞の言葉をさえぎった。紫乃と舞がそろって背筋をのばすと、拳次郎はいくぶん静かなトーンで続ける。

 

「……なるべく、頼れそうな人を見つけておけ。部屋割りが決まっていたろう?」

 

「う、うん」

 

「例えば、同室の者と距離を縮めたりとかな。決して一人で無理はするなよ」

 

 舞はこくんとうなずいた。それを見届け、拳次郎はくつ箱の方へと歩きだす。途中で一度ふりかえり、思い出したように付け加えた。

 

「……まあ、友達づくりの一貫だと思えばいいさ」

 

 その顔は、気がかりそうな影が薄れていくらか穏やかになっていた。

 

――

 

「舞ちゃん? 眠いんスか?」

 

「……ん?」

 

 いつの間にか昨日を思い出していた舞は、すぐ前から声をかけられ我にかえった。見ると目の前で人懐こい顔をした女子が首をかしげている。

 

「ううん、なんでもない」

 

 舞はあわてて取り繕った。するとその女子の隣、舞の斜め前にあたる席の女子が、たしなめるように言った。

 

水魚(みお)、無理に話しかけるのやめときなよ。部屋同じなんだし、夜にいくらでも喋れるでしょ」

 

「えー、手綱(タヅ)は静かすぎてつまんないんスよ」

 

「まあまあ……二人ともケンカしないで」

 

 ムッとした顔を見合わせるその二人を、紫乃がなだめる。舞はまぶたの重い目をこすり、林間学校で同室となった二人をしげしげと眺めた。

 

 先ほどからいさめるような言動が多い女子は、狗飼(いぬかい) 手綱(たづな)。あだ名はタヅ。背が高くスタイルのいい美人で、ロングヘアーの前髪を真ん中で分けて後ろはハーフアップにしており、露になった額の下でキツめの瞳が光る。

 

 もう片方は、水中(みなか) 水魚(みお)。手綱とは対照的にフレンドリーに話しかけてくる、語尾に「ッス」がつく女子。手綱より背が低く、ショートの黒髪を首の後ろで二つに結んでいて、頬にうっすらとソバカスが浮いている。

 手綱と水魚は前からの知り合いだったらしく、舞たちが思いきって水魚に話しかけると自然に手綱も輪に加わって打ち解けられたのだった。

 

「けど、勝手に席変えてよかったのかな。そのまま来ちゃったけど」

 

 手綱がふと、バスの中を見回して言った。舞もつられて周りを見つめ、ついでに林間学校のしおりに書いてあるバスの席順と見比べた。たしか出席番号の順に座るきまりだったが、舞たち四人をふくめ生徒たちは思い思いの場所に座っている。

 そのせいか、ところどころでおっぱいだの尻だの気になる仕草だのの話題で盛り上がっていた。

 

「いいんじゃない? 今さら誰も気にしてないし」

 

「やれやれ。学校でもそうだけど、勝手な連中……」

 

「ウチらも人の事言えないッスけどね」

 

「あ、あはは。でも楽しそうだし……」

 

 ため息をつく手綱に、紫乃が苦笑いする。すると水魚が「でも」と切り出してから、こんな事を言い出した。

 

「確かに山の中の建物に泊まるってのもビミョーな気がするッスねー。せめて海だったら……」

 

「そりゃ水魚だけよ」

 

「水魚ちゃん、山嫌いなの?」

 

「だって虫がいるんスもん」

 

 水魚のつぶやきに手綱はあきれた顔をしたが、紫乃の方が問いを投げかける。すると水魚はおもむろにセーラー服の襟をずらすと、背もたれに乗せた体をよじり、肩を出してみせた。

 

「ほら、昨日だって蚊に食われたんスよ」

 

「そりゃアンタが虫よけしてないからでしょ……」

 

 襟をずらした辺りをよく見ると、鎖骨のそばに赤いはれ物があった。しかし注目していた舞と紫乃は、それより別のものに眉をひそめた。

 下から肩にかかる、薄く藍色の衣類のヒモ。この場面では見慣れないものではあるが、舞と紫乃にはそれが何なのかすぐに分かった。

 

 スクール水着。陸上ではまず用がないそれを、水魚は当たり前のように中に着込んでいた。舞が遠慮がちに問いかける。

 

「水魚……それ、私が転校した日からずっと着てない?」

 

「え、いやさすがに毎日洗ってるッスよ。けど気分だけでも泳いでいたくて!」

 

「そ、そっか……」

 

「じゃあアンタだけ海に行ってきなよ」

 

 水魚の言動は本当に、あえてではなく素で着ているように聞こえた。舞は戸惑いつつも納得したが、横の手綱のセリフは冷たかった。

 が、ふと手綱は自分の手荷物を開け、中から筒状の小さな薬を取り出してこう言った。

 

「ほら、虫さされの薬」

 

「え、くれるんスか?」

 

「バカ、貸すのよ。どうせ用意してないんでしょうが」

 

「やったー、ありがとッス!」

 

 手綱の剣呑な態度にもかまわず、水魚は薬を手に取る。それを横目に椅子へもたれる手綱に、舞が声をかけた。

 

「仲いいんだね。二人とも」

 

 しかし、そう言われて振り向いた手綱はあまり嬉しそうではなかった。面倒くささと眠気が混じったような顔で、いくらか小声で言う。

 

「どうって事ないわ。本当の面倒が起きなきゃ、どうでもいい」

 

「…………」

 

 その口調がいかにもぶっきらぼうだったので、舞と紫乃は思わず顔を見合わせる。その横で水魚は気づくそぶりも見せず薬を塗っていた。

 しばらくして、バスは山間の駐車場で止まった。前方には白一色のコンクリート製の建物に巨大なログハウスなどが連なる、大がかりな施設がそびえている。玄関前の看板には"○○県少年自然の園"と書かれてある。

 ようやく、宿泊場所に着いたのだった。

 

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