性飢末《セイキマツ》の覇者 ~暴走する性癖を食い止めろ!~   作:ごぼう大臣

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夏の海の悲劇 前編

 カッ、と音が鳴りそうなほどの強烈な日差し。雲一つない青空。優雅に舞う海鳥に、日光を存分にあびた砂浜。そしてどこまでも広がって見える、濃紺色の穏やかな海。

 夏の海水浴場は、まさに人々が一度は夢見る理想的な景色を作り出していた。

 

 見渡す限り水着姿の老若男女がごったがえし、海の世界に浸り、あるいは砂浜を駆け回り、売店で食事や交遊に興じている。

 

 そんな場所に、ご多分にもれず水着に着替えた四人の女子が、連れだって海水浴場に足を踏み入れた。

 

「あっつー! こりゃ海も混むわけだわ。すんごい日差し」

 

「けど晴れてよかったね。水着買っておいた甲斐があった」

 

「やったあー! 水ッス! ……あっちっち、あちっ!」

 

「焼けた砂は危ないわよ。表面だけかき分けたら、それで……って聞いてないわね」

 

 背丈も髪型もさまざまな女子高生たち。夏休みを利用して海に遊びにきた、舞、紫乃、水魚、手綱のグループである。

 一週間前、トラブルがありつつも水着を新調して準備をした彼女たち。着替えをすませていよいよ海が間近に見えてきた瞬間、水魚は一直線に海原に向かって駆けていってしまった。

 

「早く行こうッス、早く!」

 

「ちょっと、水魚!?」

 

「すごい。もうあんなに遠くに……」

 

 早く行こうと言いつつ、水魚は砂を蹴飛ばしつつ海の中へと駆け、滑り込んでいった。ほどなくして遊泳区域ギリギリの沖から、ばしゃりと垂直に飛び上がって太陽光を背に受ける彼女の姿が見えた。

 

「全く、準備体操もしないで……。ゴメン、ちょっと止めてくるわ」

 

「そんなに気にしなくていいのに」

 

「いや、アイツはその気になればいつまでも一人で泳いじゃうから」

 

 水魚の独演会を紫乃などは微笑ましく眺めていたが、手綱はそれを許さなかった。自らも準備体操をすっ飛ばし、海へと向かう。

 すると、その時。

 

「ねえ君たち、俺らと遊ばない?」

 

 不意に見知らぬ男性が声をかけてきた。軽く日に焼けた筋肉質な体をした、大学生くらいの年齢だ。髪を茶色に染め、派手な柄の水着をはいて手にはサーフィンボードを持ち、背後に同じような年齢の男たちが並んでいる。あえて悪く言えば軽薄そうな集団である。

 

「あ、そういうのいいんで」

 

 元から用のあった手綱はにべもなく誘いを蹴り、海の方へと去る。男性はそれを見て一瞬おしむような顔をしたが、すぐに笑顔にもどって紫乃へ迫る。

 

「じゃあさ、君! ちょっと来ない? 大丈夫、遊ぶだけだから」

 

「え、私ですか?」

 

「そーそー。あ、なんかけっこう鍛えてるね。スポーツ趣味なの?」

 

「えっと、その……」

 

 紫乃のすらりとした腹筋を見て、男はぐいぐいと質問をあびせていく。紫乃は戸惑い、答えにつまるばかりだった。海へ入るために裸眼となっており、視界がぼんやりしているのも困惑に拍車をかけているようだった。

 

「その辺にして。私たち、他の人と来てるんだから」

 

 トゲのある声で舞が止めに入る。下からにらみつける彼女を見ても、男は悪びれずにこう言った。

 

「そう言わずにさ、おチビさんも一緒にどうよ? お友達も一緒に来たらいいじゃない」

 

「チビ……」

 

 小柄な舞を見て、自然に出てきた言葉なのだろう。しかし彼女の顔はますます険しくなり、男を見据えたままじりじりと距離を取り始める。

 

「ん?」

 

 男が気づいた時には、舞は腰を落として動き出す体勢に入っていた。そして間もなく男に向かって走り出すと、その勢いそのままに飛びあがり、男の持っていたサーフィンボードへ渾身の飛び蹴りをくらわせた。

 

「わーーーっ!?」

 

 予期しなかった一撃に男はサーフィンボードを取り落とし、それを背中に敷いて悲鳴をあげながら砂浜をすべって飛んでいった。驚いた客たちが騒ぎだすのを尻目に、舞はため息をついて紫乃の手を引っ張る。

 

「行こ行こ。時間のムダだわ」

 

「うん……」

 

 せいせいしたという調子で歩いていく舞。しかし、それに引っ張られながらも、紫乃は男の吹っ飛んでいった方角をジッと見つめていた。

 眉をひそめ、舞がたずねる。

 

「どうかした?」

 

「うん……さっき、見覚えのある人がいたような」

 

「え?」

 

 言われて舞もその方角を見渡す。とはいえ、シーズンまっさかりの海水浴場は人でごったがえしており、遠目には誰が誰やらなかなか判別がつかない。

 

「気のせいじゃない? 知り合いなら声ぐらいかけてくるでしょ」

 

「そう……だよね。メガネないから勘違いしたかな」

 

 紫乃は恥ずかしそうに言って、舞と共に海へと入っていった。

 

 ……しかし、実際のところ、知り合いはいたのだ。といっても、こっそりと人混みの中に去っていってしまっていたが。

 水着姿の、背の高い青年。そこらの大人を見下ろせる二メートル近い背丈がありながら顔は若く、短髪にたくましい体が若々しい。その青年はまぎれもない紫乃の知り合いにして舞の兄……拳次郎であった。

 

(いけない、あのナンパ男にムカついて出ていきそうになってしまった……。邪魔になっては悪いものな)

 

 利用客たちの向こうで舞たちが遊んでいる姿を遠目に見つつ、拳次郎はホッと安堵した。

 

「よぉ拳次郎。何してんだボーッとして」

 

 すると急に声をかけてきた者がいる。拳次郎ほどではないが背が高くスタイルのいい、快活な笑みを浮かべた青年。黒の短髪でアゴは細く、目は切れ長で顔の整った彼は、どうやら拳次郎の知り合いらしい。

 拳次郎はその気安い態度の青年に対して、堅さの残る笑顔で応じる。

 

「ああ、馬曽(まそう)か……。いや、ちょっと知り合いを見かけてな」

 

歪武(ひずむ)だよ。名前でいいって。で、知り合いって何だ?」

 

 馬曽(まそう) 歪武(ひずむ)という名前らしい彼は、何も聞かないうちから目の上に手をかざして辺りを見回している。拳次郎が苦笑いして口を開く。

 

「いや、その……まあ近い間柄ではあるんだが。友達どうしで来てたから、出くわしたら少し気まずいんだ」

 

「なんだ、一緒に遊んだってかまわないんだぜ?」

 

「それは勘弁してくれ。お互い暇をぬって組んだ予定だろうし、下手に邪魔したくないんだ」

 

「ふーん」

 

 実のところ、一週間前に舞たちが予定をたずね、その後に水着を買っていたのを目撃して以来、拳次郎は海の予定が重なったのだとなんとなく察していた。

 しかし、あくまで知らぬふりをした。紫乃の慕情を知らない彼は、舞の誘いもさしずめ一応のもの、程度に考えていたのだ。

 

「まあ気にすんなよ! 拳次郎が遊びに付き合うなんてめったに無いんだし」

 

「すまんな……。学校の変態たちに恨まれがちで、ついつい一人になるクセがついてしまった」

 

「謝るなってば。とにかく目立たなきゃ見つかる心配なんかねーよ。大丈夫大丈夫」

 

 歪武は歯を見せて明るく笑った。その陰のない笑顔を見て、こいつは自分と違ってモテるだろうな、などと拳次郎は考えた。

 すると、歪武は声をひそめて何やら拳次郎にささやく。

 

「それはそうとさ、さっきナンパ男を蹴っ飛ばした女の子いたじゃん?」

 

「蹴ったのはボードだ。男じゃない」

 

 相手は知らないとはいえ、妹の舞に言及されて拳次郎の語気が強まる。歪武は気にせずに続けた。

 

「ああいうの良いよな~……。なんの建前も嘘もなく思いっきり蹴られるんだぜ? 一度は味わいたいよ」

 

「そういうものか?」

 

「俺くらいできた男になると、そんな体験も望み薄になるのさ。はは」

 

「……そうか」

 

 えらそうに胸を張る歪武を、拳次郎は苦笑しながら見つめた。すると、背後から彼らへ声がかかる。

 

「二人ともー! そんな所で何してんの? こっち来てよー」

 

 その方角では、拳次郎と同じくらいの年齢の男女がビーチパラソルの下で手を振っていた。活発そうな女性二人の後ろに青年が一人、ぽつんと座っている。

 

「やべっ、そろそろ行かないと!」

 

「おお、そうだな」

 

(ひたる)は無口だかんなぁ。女の子たちを退屈させちゃいけない」

 

 軽口を叩きながら、歪武は素早く仲間の待つ方へと駆ける。その後を追い、拳次郎は中途で一度ふりむいて、にぎわう海の景色を見つめた。

 

(そうだな、俺も……ここまで来たら楽しむか)

 

 仲良く遊んでいる舞たちを思い、拳次郎はそう考えた。ところがその顔色は、どこか沈んでいるようにも見えた。

 

――

 

「あっはははは! みんな遅いッスよー?」

 

 それから少し後、舞たちは沖の方で泳ぎ回る水魚を見ながら荒い息を吐いていた。

 水魚がわれ先にと海に入っていき、合流して一緒に泳ぎはじめるまでは良かった。

 しかし、水魚の体力と泳ぎへの情熱は彼女らの予想をはるかに越えていた。遊泳区域を右から左に、それこそ水からいっときもあがる事なく、しかも心底楽しそうに海を泳ぎたおす水魚に、面々はほどなくしてついていけなくなってしまったのだった。

 

「温水でもないのに、よくあんなに泳げるわよね……。うう、冷たっ」

 

「舞ちゃん、唇が紫になってる」

 

「アンタだって震えて……って紫乃、なんか笑ってない?」

 

「わ、笑ってないよ……ぷくく」

 

「いや笑ってんじゃん! このっ!」

 

 沖で停滞して漫才まがいの事をしている二人を、手綱はちらと見る。そして絶賛遊泳中の水魚へと近づき、手を振って止めた。

 

「水魚、水魚ストップ」

 

「? なんスか、泳げない場所には出てないッスよ?」

 

「そうじゃなくて、アレ」

 

 手綱は舞と紫乃の方を指さした。二人とももう水にもぐるような事はせず、その場で小ぢんまりと水をかけ合ったりなどして笑っている。

 

「一人で遊んでばっかりだと、周りは置いてきぼりよ。プールの時に学んだでしょ?」

 

「……あらら、つい夢中になって」

 

「まぁ、二人も怒っちゃいないでしょうけどさ。いったん浜にあがりましょうよ。焼きそばでも食べましょ」

 

「そうッスねー」

 

 水魚がうなずくと、手綱はくるりと背を向けて泳ぎだす。沖に行けるだけ行ってた水魚、それに声をかけた手綱、それより手前で疲れ果てていた舞と紫乃。彼女らの距離がそれぞれ離れる。他の客たちも安全を考えて浅瀬に集まっており、四人の周辺にはひと気が少なくなっていた。

 そんな時。

 

 背を向けて離れていく手綱へ、水面下から音もなく忍び寄る一つの影。水魚はそれを、水の揺らぎから見抜いた。

 

「タヅ!」

 

「へ? ……わっ!??」

 

 反射的に水魚が声をかける。しかし遅かった。手綱の体が直後、ひきつったように硬直して水に沈んだのだ。

 

「くっ……」

 

 とっさに水魚が近づき、体を抱えあげる。手綱はぐったりと寄りかかりながら、ひどくせき込んでいた。

 

(なんで急に……さっきまで普通に泳いでたのに……!)

 

 水魚が顔を覗きこんで焦っていると、水音で気づいたのか舞と紫乃が近づいてくる。

 

「どうしたの!?」

 

「手綱ちゃん、苦しそう……」

 

「分かんないッス。とにかく岸へ!」

 

 水魚はいつになく真剣な顔で叫び、陸に向かって飛び出した。舞たちも後を追い、三人で支えながらどうにか浜に寝かせる。

 

「タヅ、タヅ! しっかりして!」

 

「かはっ……ヒュー……ヒュー……」

 

 水魚が必死に呼びかけるが、手綱は水からあがっても弱々しい呼吸を繰り返すばかり。顔色も悪く、いつもの鋭い目も苦しげに細められている。

 

「どうしました!?」

 

 異変を察したライフセーバーが駆け寄ってくる。あわてて助けを求めようとした時、水魚はある事に気づいた。

 あおむけに寝かせられ、動けずにいるように見えた手綱だったが、片手がわずかに動き、砂浜に指で何かを書いている。

 舞と紫乃も気づき、その砂の上の文字を凝視した。

 

「これは……」

 

「つ……ぼ……?」

 

「壺? 何かを入れるんスか?」

 

「……げほ、げほっ!!」

 

 首をかしげる水魚のそばで、手綱が寝たまま激しくせき込む。一方、舞と紫乃はハッとした顔を見合わせる。そしてほぼ同時に言った。

 

「……性闘拳使い!」

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