性飢末《セイキマツ》の覇者 ~暴走する性癖を食い止めろ!~   作:ごぼう大臣

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兄との再会

 

「てめぇ、二年の……日出 拳次郎!!」

 

「お兄ちゃん!?」

 

 突如あらわれた長身のたくましい男に向けて、二つの声があげられる。その男――拳次郎は「お兄ちゃん」と言った舞をちらと見つめ、また目の前の男に向き直る。

 

「お前は確か夢乳神拳を使っていたな。ここで何をしている? 今度こそ答えろ」

 

「う……それは、その……」

 

 腕を掴まれた夢乳神拳の使い手は、にらまれた瞬間からあからさまに狼狽しはじめた。互いに身長は2メートル近くあり、同程度。にも関わらず、夢乳神拳使いの額にみるみる汗が浮かび始めた。

 

「た、助けてください! 日出先輩!!」

 

 その時、夢乳神拳を食らった女子が不意に声をあげる。拳次郎にかなりの信頼を寄せているらしく、その目つきは真剣そのものだった。

 

「…………」

 

 拳次郎の目が、女子の姿を凝視する。夢乳神拳を受け、明らかに服のサイズと不釣り合いになった胸を見つけ、彼は目を鋭くする。

 

「……どうやら、放っておく訳にはいかんな」

 

「だ、黙れぃ! 正義のヒーロー気取りが!!」

 

 夢乳神拳使いはあからさまに焦った声をあげ、拳次郎の腕を振り払う。そしてやけくそな勢いで拳次郎に襲いかかった。

 

「夢乳神拳奥義――」

 

「ふんっ!」

 

 夢乳神拳使いはまた指を突き出し技を放とうとするが、それより速く拳次郎の掌底が胸にヒットした。最初に迫りくる指を払い、次に腹、頬を続けざまにはたく。パァン、という高い音が何度も鳴り、相手の体がぐらりと揺れる。

 

「むぅ……」

 

 続いて拳次郎も同じように指をかかげ、格闘技のような構えを取る。その直後、夢乳神拳使いの顔色が変わった。

 

「…………っ!」

 

 そして、そばで見つめていた舞と女子生徒も息を呑む。拳次郎の放つ空気が、明らかに変わりはじめたのだ。

 炎に当たったかのような熱気が心なしか漂い、そばに寄れぬかと思うほどの重圧が広がり、舞は思わず背後の女子をかばうように立っていた。

 そのプレッシャーは、先ほど夢乳神拳使いが放ったものに似ていたが、迫力は拳次郎の方がはるかに上であった。

 

赫脈(かくみゃく)神拳奥義……罅漏噴血(かろうふんけつ)拳!

 

 宣言直後に、拳次郎は相手の胴体の数ヶ所を素早く突いた。そして相手が立ちすくんだ時間が一、二秒あって、ふと体に変化があらわれる。

 

「う、むぅっ……ぶぉはっ!!」

 

 くぐもった間抜けな悲鳴があげると共に、拳次郎の顔に血のしずくがパタパタと飛んだ。夢乳神拳使いが、不意に鼻血を垂らしはじめたのだ。それは手で押さえてもなお勢いが止まらない。ぴゅっ、ぴゅっ、と水鉄砲のように飛び散る血に彼はあわてふためいた。

 

「そうしてしばらく、血の気を抜いておけ」

 

「ぐっ……待っ、ばっ」

 

 うずくまって必死で血をぬぐう相手を尻目に、拳次郎は成り行きを見つめていた舞たちの方へ歩み寄った。そして、しゃがんで舞の目をジッと見る。

 

「……久しぶりだな。舞」

 

「お兄ちゃん……本当にここにいたんだね」

 

 二人がそんな言葉を交わし、見つめ合った時間がかすかにあった。しかし、拳次郎は例の巨乳化してしまった女子に目を移すと、素早くその子を抱え上げた。

 

「行くぞ。とにかくこの場を離れよう」

 

「あ、あのっお二人はどういったご関係で……?」

 

「話は後だ」

 

 背後で鼻血に苦しむ男を尻目に、拳次郎たちは廊下や階段をバタバタと駆けていった。

 

――

 

「……よし、この辺りでいいだろう」

 

 しばらくして、ひと気のなくなったところで拳次郎は女子をそっと下ろす。彼女の胸は相変わらずささいな動きにも反応してたゆたゆと揺れていた。

 

「……やはり自然には治らないか」

 

「大丈夫なのコレ……てか本物?」

 

「ひゃっ」

 

「舞、他人の胸を気安く触るな」

 

「あ、ゴメン! ……ごめんね」

 

 拳次郎にたしなめられ、舞はあわてて手を引っ込める。しかし当の女子はそれ以前から、浮かない顔で壁にもたれ、座り込んでいた。

 

「……お兄ちゃん、どうしよう。放っておいたらヤバいよね?」

 

 舞は不安げな視線を兄へ向ける。女子である舞には、乳房の異常発達をむやみに喜べるような感覚は少なかった。あやかりたいとは、多少思っていた。

 拳次郎は神妙な顔をして黙っていたが、やがてしゃがんで女子に目線を近づけると、そっと腕を取る。

 

「少しジッとしていてくれるか。大丈夫、力をぬいて」

 

「は、はい……」

 

 優しい調子で女子に語りかけると、腕、脇腹、肩と順にそっと指を突き立てる。女子は一瞬だけビクリと体を震わせたが、次の瞬間に驚くべき変化が起こった。

 はちきれそうだった胸が、空気の抜ける風船のようにみるみる縮みはじめたのだ。舞が目を丸くしているうちに、そのバストはすっかり元通りになっていた。

 

「え……え!? どうなったの今の!」

 

 軽くなった胸元と兄を交互に見て、舞は早口に問いかけた。対して拳次郎は事も無げに息をついて答える。

 

「体のツボをついただけだ。体に変化をもたらすのが可能なら、元に戻すのもできるのが道理」

 

「…………」

 

「ひゃっ」

 

「いやだから、触ってはダメだ」

 

 拳次郎の理屈を、舞は信じられないといった顔で聞いていた。そもそも体を変化させる拳というもの自体、実際に見てもいまだ信じられないでいる。

 すると、黙っていた女子が感激した笑顔で立ち上がり、せわしなく頭を下げた。

 

「あの、ありがとうございます! あのままだったらどうなってたか……」

 

「気にするな。大事がなくてよかった」

 

 女子のお礼に、拳次郎はそっけなく答える。すると、今度は女子は舞へと振り向き、微笑んだ。

 

「そちらも、ありがとうございます。助けていただいて……」

 

「ああいや。私は別に……」

 

 あの夢乳神拳使いに飛び蹴りをかました事を思い出し、舞は戸惑いつつも愛想笑いをする。しかし、その裏で背を向けて去ろうとしている拳次郎を見つけると、即座にけわしい表情となり、背後に詰め寄った。

 

「ちょっと! 待ってよお兄ちゃん!!」

 

「……なんだ」

 

 舞の叫びに、拳次郎はしぶしぶといった様子で振り向いた。その表情には向き合いづらい後ろめたさが、濃くあらわれていた。

 

「なんだじゃないわよ! この学校に行くって言った日から、連絡もよこさないで!!」

 

 拳次郎の顔の影が濃くなる。同時に後ろの女子も驚いた顔をした。しかし舞は止まらず、さらに追及する。

 

「私もお父さんお母さんも心配したんだよ!? ただでさえとんでもない学校だって有名なのに、お正月にも来ないで!」

 

「……学校には寮があると話しただろう。別に住所不定などの心配はいらない」

 

「なんの説明にもなってないよ! その寮も監獄みたいだなんて噂で、こっちから会いたくても止められてたんだからね!」

 

 周りに聞かれる可能性も忘れて、舞は激しい口調で問い詰め続けた。拳次郎はずっと無言で目をそらしていたが、その時ふと舞の後方から、第三者の声が聞こえた。

 

「お、……き、君たち。ここにいたんですか。もう授業が始まりますよ?」

 

 ぎこちなく、ヘラヘラした声。振り向くと、舞たちを置いて逃げたあの教員が立っていた。後ろめたさのためか、気持ち悪いほどの薄ら笑いをうかべている。

 それを見て舞が口を開きかけた時、拳次郎がつぶやいた。

 

「そろそろ行った方がいい。教室はすぐそこだ」

 

「なっ……ちょっと!」

 

「……くわしい理由(わけ)は、後できっと話す」

 

 それだけ言って、拳次郎はさっさと立ち去ってしまった。舞は悔しげに立ち尽くし、その姿をジッと見つめていた。

 

「その……舞さん。とりあえず行こう? ね」

 

 例の女子が、なだめるように舞の袖を引っ張る。そうして彼女は釈然としない顔をしながら、一年の教室へ向かった。

 

「ああ良かった。君たち二人とも、この教室ですよ」

 

 すぐ近くの"1―A"を、教員が相変わらずヘラヘラしながら指さした。舞はにこりともせず、教員をひじで押しのけて教室へ入る。最後に気まずそうにしながら、教員が後へ続いた。

 

「う……」

 

 教室へ一歩入って、舞は思わず足を止めた。なぜならその室内はやはりというか、一言で言えば荒れていたのだ。

 ガラスがところどころ割れ、壁から天井まで男女さまざまなな裸体の水彩画が貼られ、床にはゆるい凹凸がある上に、誰が持ち込んだのか使い古しらしきニーソックスが落ちている。

 廊下を歩いていた時と同じく異様さに息を呑む舞。一緒に来た女子はそれを心配そうに見つめていたが、教員にうながされて席につく。

 続いてチャイムの音が鳴り響く。舞はハッと我にかえると、教壇に立っていた教員のそばへ移動した。

 

「えー、みなさんおはようございます

 

「…………」

 

「…………」

 

「おはよう、ございます……」

 

 どうやら舞の担任になるらしい彼は生徒たちに挨拶したが、答える者はほぼいなかった。返事をしたのはごくわずかで、大多数はノートに何かを書くのに没頭しているか、考え事をしているか、あるいは見慣れない舞の姿を品定めするかのようににらんでいるだけだった。

 担任もこのような反応には慣れているのか、気にする風でもなく続けた。

 

「今日はホームルームの前に、転校生を紹介します。……さ、日出さん」

 

「あ、はい」

 

 言われて、舞は生徒たちに向き直る。そこで改めて息を呑んだ。

 その四十名あまりのクラスメイトたちは、ほとんどがまともな格好をしていなかったのだ。

 学ランを着くずす、スカートが短いなどは序の口で、水泳の日でもないのに中に水着を着ている者、首輪を着けている者、あるいは何かの音楽か音声を聞きながら恍惚としている者、そして誰にやってもらったのか両手両足を手錠で縛りつけた上に目隠しされている者までいる。

 

「……はじめまして。日出 舞です。空手をやっていたので、運動に少し自信があります。よろしくお願いします」

 

 クラスメイトたちは舞にあまり注目していなかったが、舞の方は風変わりな彼らに緊張し、終始目を泳がせていた。天井に視線を向けた時、全裸の絵の中に獣のような体毛を持つ人間がいるのを発見した。

 とりあえず挨拶は終えたが、彼女は頭から足元まで棒のように固まっていた。異様な雰囲気に呑まれ、顔から血の気が引いていく。

 その様子を担任は弱った目でおろおろと見つめていた。しかしふと、何かに気づいたかのように目を光らせ、ある生徒へ振り向く。

 

「そうだ、阿部(あべ)さん!」

 

「は、はいっ」

 

「ここに来る時、二人で来たでしょう? もしかして知り合いだったりしませんか?」

 

「へ、ええと……」

 

 阿部と呼ばれたのは、おかっぱをヘアピンで留め、メガネをかけた女子。そう、会ってから教室まで一緒にいた、あの巨乳にされかけた女子であった。

 突然の問いに阿部が戸惑っているのもかまわず、担任は舞に向き直っていった。

 

「ちょうどいい! じゃあ席は阿部さんの隣にしましょう。机もそこに移動して」

 

「…………」

 

 それは、少しでも早くクラスになじめるようにという彼なりの配慮だったのだろうか。あからさまなつくり笑いをする担任を舞は冷めた目で見つめていたが、やがて言われた通り阿部の隣に向けて歩きだした。

 それを見た担任はホッとした表情で、持っていたクラス名簿を開く。

 

「では出席をとります。浅川さん」

 

「はぁい」

 

「阿部さん」

 

「はい」

 

 背後で気のない点呼を聞きながら、舞は席につく。それを横から見つめる者がいた。阿部である。

 

「あの……日出さん。さっきはきちんと名乗ってなかったね」

 

「ん?」

 

「私、紫乃(しの)っていうんだ。阿部 紫乃。よろしくね」

 

 阿部あらため紫乃はニッコリと微笑む。それを見て多少は気分がほぐれたのか、舞も小声で答えた。

 

「こっちもよろしくね。ええと……呼び捨てでいい? 私もそれで構わないから」

 

「うん。その、舞ちゃん? でいい?」

 

「オッケー。決まりね紫乃」

 

 自己紹介を互いに終えた頃、ホームルームが終わって担任が出ていった。一限目をひかえた休み時間になっても、授業の準備をする者の姿などなく、教室は変わり映えしなかった。その様子をちらと見回し、今度は舞から紫乃へ話しかける。

 

「ねえ、このクラスっていつもこんな感じなの?」

 

「うん……というか、どこも似たようなもんだよ。昔からそうだけど、みんな自分の性癖にしか興味ないから」

 

「うぅむ……」

 

 あっけらかんとした紫乃の答えに、舞は小さくうなった。自分で言うのもなんだが、転校生が来た当日のクラスというのは、少し色めきたったりするものだと思っていた。しかし周囲は、相変わらず自分のノートあるいは興味のある場所にしか向いていない。せいぜい舞を見て、小声で話す者が数人いる程度である。

 他人への関心の薄さと、反比例するような性癖への探求心。その成れの果てがこの教室なのだろうか。そう考えると舞はますます気が重くなった。

 

「そういえば……」

 

「う、うん?」

 

「舞ちゃんて、拳次郎先輩の妹さんなんだよね?」

 

 そう言われて、舞は先ほどの兄の姿を思い出した。性闘拳と呼ぶらしいものを操り、紫乃を助け出した彼。しばらく会わないうちに別人になったように舞には思えたが、それでもうなずいた。

 すると、紫乃の顔がぱあっと明るくなる。

 

「わぁー、あの人の兄妹だなんて! みんな知ったら驚くよ!」

 

「……そんなに有名なの?」

 

「うん! この学校のヒーローなんだ!」

 

 夢中になって答える紫乃。身内が持ち上げられるくすぐったさに舞は苦笑していたが、紫乃はかまわずしゃべり続けた。

 

「この学校、今でもこんな感じだけど、以前はもっとひどかったらしくて……あのナントカ神拳を使う人たちが、悪さをずっとしてたんだって」

 

「……ああいうの、何人もいるの?」

 

「まあね。ほら、体がすごく仕上がってる人がチラホラいるじゃない? あの人たちも性闘拳使いだよ」

 

 言われて舞が教室を見回すと、確かに身長がずば抜けて高い者や、制服の上からでも分かるほどにガッシリした体つきの者が少なくない。さらりと性闘拳使いだと明言するあたり、本当に珍しくないのだろう。

 そして紫乃は感慨深げにため息をつき、舞へこう言った。

 

「けど、拳次郎先輩が学校を変えてくれたの! 迷惑をかけた人を絶対に許さないで、さっきみたいにお仕置きしてくれる。三年生の人たちでも一目置いてるんだよ」

 

「へぇ……いつの間に」

 

 紫乃の話を聞きながら、舞は少々とまどった。あの胸の大きさを弄る技もそうだが、あんな馬鹿馬鹿しいものをめぐった戦いが、この学校では持ち上げられ、影響力を持つのだろうか。

 そんな風に考えていると、紫乃がふと天井を見ながら、ひとり言のようにつぶやいた。

 

「憧れるな~……。あの正義感、頼もしさ。それに肩、背中、全体のたくましさ!」

 

「へ……?」

 

 セリフの後半に違和感を覚え、舞は思わず紫乃を見た。ニコニコと頬をゆるませる顔からだんだんと視線を下に移し、机に開いてある彼女のノートに目を留める。

 そこには、男性のたくましい腹筋や上腕二頭筋、大腿筋、あらゆる部分をダイナミックに描いた落書きがあった。舞がボンヤリ見つめていると、紫乃が気づき、あわてて腕で隠す。

 

「や、もっ、もうー! 見ないでよ恥ずかしいから!」

 

「あ……ごめん」

 

 おそらくこの学校は、一見して分からなくとも、誰もが内心に何かしらのクセがあるのだろう。果たして自分は、それについていけるだろうか。

 表向きは笑いながら、彼女はいまだ学校になじめる気がしなかった。

 

――

 

 ……それから昼になるまで、授業は滞りなく進んだ。というより、ほとんどの生徒らがそもそも授業に関心を示さなかったために、教室に変化がなかったというのが正しい。

 四時限目の授業が終わり、昼休みの始まりのチャイムが鳴る。ノートをとっていた数少ない生徒の舞と紫乃は、机を片付けて立ち上がった。

 

「ごめんね。色々教えてもらっちゃって」

 

「いやいいけどさ……この学校、けっこう授業の進み遅いのね」

 

 礼を言う紫乃に、舞は苦笑いする。一年の途中で転校したにも関わらず、今さっき受けた授業の内容は舞の知っているものばかりだった。

 紫乃もしかたなしに笑い、黒板を見つつ言った。

 

「学内の雰囲気がこれだから……。ま、どっちにしろ皆聞いてないんだけど」

 

「…………ありゃりゃ」

 

 昼休みになり、やっといそいそと席を立つクラスメイトを、二人はあきれ顔で見つめていた。その時ふと、舞がハッと紫乃へたずねる。

 

「そういやお昼ってみんなどうしてるの? 私、お弁当用意してないや……」

 

「ああ、一応食堂があるよ。味はイマイチだけど……一緒に行こうか」

 

 紫乃の言葉に、舞はホッとする。周りを見れば、弁当を広げる者の他にチラホラと席を立つ者もいる。彼らの何人かは紫乃の言った食堂へ行くのだろう。

 

「よかった~、地元に食堂つきの高校なんてなかったからさ……」

 

 やれやれという調子で二人は教室を出ようとする。そんな彼女らの前に、戸口から突如ぬっと大きな影があらわれた。

 

「ひゃっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 舞と紫乃は同時に悲鳴をあげ、その影の顔を見上げる。それはあの拳次郎だった。

 

「お兄ちゃん……急に出てこないでよ。何の用?」

 

 口をとがらせる舞へ、拳次郎はジッと険しい表情をしたまま、静かに言った。

 

「……舞。悪いが、屋上に来てくれないか。大事な話がある」

 

「へ、今から?」

 

「くわしい理由(わけ)を話すと言ったろう」

 

 今朝、なぜ連絡もよこさなかったのかと兄へ詰め寄ったのを、舞は思い出した。

 しかし、だからと言ってだしぬけに言われても困る。舞は隣の紫乃を一瞥し、拳次郎へ言った。

 

「けど……今から友達とお昼だし」

 

「ならば、その子も一緒ならどうだ?」

 

「ええ!?」

 

「……わ、私なら平気だよ」

 

 眉をしかめる舞へ、紫乃が気遣わしげに言った。それを聞いた拳次郎は一つうなずき、背を向ける。

 

「では、屋上で待っているぞ。飯は購買で買っておいてくれ。お詫びに金は出す」

 

「あ、ちょっとー!」

 

 舞が呼び止めるのも聞かず、拳次郎はスタスタ去っていってしまった。眉間にシワをつくっている舞へ、紫乃がまた同じ調子で言う。

 

「と……とりあえず行こうよ。せっかく話してくれるって言うんだし」

 

「…………」

 

 舞はしばし頬をふくらませていたが、いつまでも紫乃に気を遣わせるのもまずいと思ったのか、小さく首を横に振る。そして気を取り直すように言った。

 

「……けど、その、購買もあるんだね。至れり尽くせりじゃん」

 

 それはちょっとした軽口のつもりだった。しかしどうした事か、言われた紫乃の笑みに、ふと影が差す。

 

「ん?」

 

 気づいた舞が顔色を変えると、彼女は眉尻を下げ、それでも笑ったまま言った。

 

「まあね……私たち、税金で隔離されてるみたいなものだから」

 

 その口調は、いかにも寂しげだった。

 

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