性飢末《セイキマツ》の覇者 ~暴走する性癖を食い止めろ!~   作:ごぼう大臣

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赫脈神拳

 

「『焼きそば&からあげサンド(マヨましバージョン)』……高いヤツを買ってきたな」

 

「お金出すって言ったのはそっちでしょ。ほら、158円」

 

「分かった分かった」

 

 昼休み、鍵もかからず放置されていたらしい屋上で、舞と紫乃、そして拳次郎は再び顔を合わせていた。床に座り込む彼らの手には、それぞれ購買で買った焼きそばパン、明太パン、そして拳次郎のみ自作らしいおにぎりがあった。

 舞は焼きそばパンをほお張りながら、ぶっきらぼうに拳次郎へ言った。

 

「で? さっさと話してよ。お父さんお母さんを放っておいて、一体何してたのさ?」

 

 高校へ入学するなり、自分たちへの接触をぱったりやめてしまった拳次郎。妹である舞は兄から欠片も視線を外さず、返答を待った。

 一、二秒ほどして、拳次郎は悩ましげに目を閉じ、重く口を開く。

 

「……少し長くなるが、聞いてくれ」

 

「ああもう、分かったから早く」

 

「きっかけは、俺が中学生の時だった」

 

 本題に入り、舞はぐっと口をつぐむ。隣の紫乃も明太パンをくわえたまま息をひそめた。

 

「あの頃……空手の練習が終わって、一人で帰っていた頃だ。日もくれかけて急いでいた時、ある老人を見つけた」

 

「老人?」

 

「ああ。見つけたといっても、最初はホームレスかと思った……。ヒゲは伸び放題で服も汚れてて、素通りしようとしたんだ」

 

 ごくりと唾を呑む舞。拳次郎は続ける。

 

「だが、その老人が急に俺に言ったんだ。『頼みがある』……と、今にも死にそうな声で」

 

「頼み? どんな」

 

「自分の性闘拳を受け継いでくれって話だった。今朝使った、赫脈(かくみゃく)神拳さ。鼻血を放出させ、強制的に興奮を静める」

 

 拳次郎は指を軽く振って説明する。制服の上からでも分かるたくましい腕でもっての所作に、紫乃の目が一瞬かがやいた。

 腕を戻し、話は続く。

 

「老人は俺に古い書物を渡した。代々伝わる赫脈神拳の秘伝書だと……。それから書を元に練習しては、老人に都度見せていたんだ」

 

「その人が直接教えればいいのに」

 

「そんな状態じゃなかったのさ。俺も空手をやめて、少しでも早く神拳を習得しようとした」

 

「え、お兄ちゃん空手やめてたっけ? あの時」

 

「ああ、確かにお前一人で道場に行ってたろう」

 

「あー……そこまで興味なかったかも」

 

「…………」

 

「いやだって、私も思春期だったじゃん? そういう時期だもん」

 

 弁解する舞に向けて、拳次郎は咳ばらいして仕切り直す。

 

「とにかくだ……。どうにかモノになってきた時、老人は最後にこう言った。『それをどうか、世の中を正すために使ってくれ』と……」

 

「最後って……という事は、その方は……」

 

「ああ、違う違う。ぎっくり腰が治ったからって、別の街に引っ越していった」

 

「えぇー、何そのオチ!?」

 

 紫乃がおそるおそるたずねるも、返ってきた答えに舞はずっこける。しかし拳次郎は真面目な顔で言った。

 

「だが、引っ越しというのにも理由があったんだ。実は最初に言われたんだが、同じように性闘拳を広める者が、まだ世界に何人かいるというんだ」

 

「……本当に? なんかウソくさい話だけど」

 

「俺も最初はそう思った。だが、"ある学校"の名前を出され、信じる気になった。……言いたい事が分かるか?」

 

「ある学校……ってまさか」

 

 拳次郎が振り向くと、舞はすぐにある場所に思い当たった。

 

「こ、聖的至高高校(ここ)!?」

 

「そうだ。老人いわく、さまざまな伝承者の生き残りが無造作にいくつもの性闘拳を伝え……特に使用にためらいのない者たちが、この学校に流れてくるらしい」

 

「……………………」

 

「入学してみていよいよ分かった。連絡を絶っていたのは、万が一にも関わらせちゃいけないと……思っていたんだ」

 

 舞は言葉が見つからなかった。ただ変態が押し込められていると思っていたこの学校に、そんな背景があるなど想像もつかなかった。

 半信半疑のまま、無言の時間がすぎる。しかし舞はぶんぶん首を振って、納得しない様子で叫んだ。

 

「だ、だとしても! そもそもなんでお兄ちゃんがそんな事しなきゃいけないのよ! こんな、学校に一人で乗り込んでまで……」

 

「舞」

 

 拳次郎は一言、たしなめるように言った。そして言葉につまる舞へ、静かな口調で話す。

 

「……ここに来て、お前も見ただろう。性癖をコントロールできず、道を外れかけた者の姿を」

 

「それは……見たけど」

 

「今の教師たちには期待できない。なら生徒の誰かが正してやるしかないんだ」

 

 拳次郎は空へと視線を移す。学校の上空も、そこから離れた場所の上空も、決して違う世界ではなく、一つにつながっている。

 

「ここの生徒たちも、卒業すれば進学し、あるいは就職し、異なる集団の中で過ごす事になる。そんな時に、上手くやっていけない連中を増やしたくないんだ」

 

「……そんなに気になるの? あんな奴ら……」

 

「ふとした瞬間に、歪んでしまうかもしれないんだぞ。どんな奴だって、な」

 

 拳次郎は不意に舞と、それから紫乃の方へと振り向いた。舞が隣を見ると、紫乃はバツが悪そうにうつむいた。

 何かのきっかけで悪事をしてしまうかもしれない。それ以前に嫌われてしまうかもしれない。そんな心当たりがあるのだろう。いまだ学校への偏見が抜けていない舞には、それが痛いほど分かった。

 そんな二人へ、拳次郎はこう言った。

 

「平和に過ごすのを、楽しいと思ってほしい。性癖のとがった人にも、そうでない人にも、偏見なく交友する余裕をみんなに持ってもらいたいんだ」

 

「…………」

 

「性癖および性的嗜好は、他人を怖がらせたり、傷つけたりするものであってはいけない。俺はそう信じてる」

 

 強く言い切ったその言葉が、二人への戒めであるのは、当人たちにもすぐ分かった。紫乃は欲求を、舞は偏見を抑えるようにと、拳次郎は遠回しに伝えたのだ。己の信念と一緒に。

 舞は長いため息をついた後、明るい口調になって言った。

 

「あーはいはい! 分かったわよ! とにかく悪い事はしてなかったのね」

 

 そして拳次郎へ人差し指を突きつけると、わざとらしく念押しする。

 

「けど、不義理の言い訳にはならないかんね。今年は実家に顔出してよ?」

 

「ああ、分かっている」

 

 拳次郎は柔らかく微笑んだ。丸くおさまったのを見て、紫乃も安心した表情を見せる。

 しかし、次の瞬間に拳次郎はある事を思い出した。

 

「そういえば……昼休みはまだ大丈夫か?」

 

「え……あー!」

 

「舞ちゃん、あと五分ちょい!」

 

「ヤバい! お兄ちゃん話長いってば!」

 

「いや、最初に言っただろ!?」

 

 舞たちはとたんにあわてて屋上を後にする。猛然と扉を開け、暗い階段を駆け降りる。

 

「お兄ちゃん何してんの!? 早く!!」

 

「すまん、この出口……屈まないとつっかえる」

 

「舞ちゃん、教室まで案内するから、早く……」

 

「先に行け、俺はいいから」

 

「だっ、うー……じゃあ置いてく! バカ!」

 

(バカ……)

 

 拳次郎は慎重に扉をくぐりながら、妹たちの姿を見送った。初めての友達と連れだっていくのを、見守るような顔をして眺めていた。

 

――

 

「ああー、終わった終わった!」

 

「初授業、お疲れ様ー」

 

 数時間後、授業を終えた舞と紫乃は二人で話しながら教科書などを片付けていた。教室脇にある個別ロッカーを整理していると、クラスメイトの一人がエロ本を取り出して持っていった。

 

「……そういえばさ、この学校の部活ってどうなってるの?」

 

「んー、それね……」

 

 たずねられた紫乃はしばし目をそらし、おそるおそる話しだす。

 

「えと……以前は色々あったらしいんだ。太もも研究会とか、レギンス研究会とか」

 

「……うん、それで?」

 

「でもそれぞれこだわる部分がバラバラで……もめ事のどさくさで崩壊しちゃったんだって」

 

「解釈違いってヤツかぁ……いわゆる」

 

「うん。だからほぼ全員帰宅部」

 

 廊下を歩きながら、二人はケタケタと笑った。そうして玄関まで来た時、紫乃が照れた顔でこう切り出した。

 

「ね、ねぇ舞ちゃん」

 

「ん?」

 

「よかったらさ……寮まで行くついでにお部屋教えてもらってもいいかな? 私も教えるから」

 

「あー、全然いいよ? そういえば帰り道ほとんど一緒か」

 

 和やかな会話を繰り広げながら、玄関を出て近くに建てられた学生寮をのぞむ。古めかしいコンクリート製の、薄ボンヤリとした建物。知らない者が見れば、幽霊マンションと噂しそうだ。

 ともかく彼女らは気にせず、談笑しながら校門を目指す。しかしそこで、ドスのきいた声と共に何者かが姿をあらわした。

 

「おう、待ちな!」

 

 そう言って待ち構えていたかのように立ちはだかったのは、あの午前中に襲われた巨漢の夢乳神拳使い。そして取り巻きなのか制服を着崩したガラの悪そうな4、5人の男たちだった。

 彼らは昔のドラマに出てくるヤンキーのごとく、ポケットに手を突っ込んでジロジロと睨みをきかせてくる。

 

「……何か用?」

 

 おびえて後ずさる紫乃に代わり、舞がたずねる。そこに夢乳神拳使いが大きな体を揺らして進み出て、鼻を鳴らして答えた。

 

「ハッ! 知れた事。お前らを今度こそ巨乳化してやるのよ! 朝は拳次郎に邪魔されたが、今はいないぞ……!」

 

「しつこいなぁ……。そんなに胸が大事なの?」

 

「当たり前だ! おっぱいこそ美の象徴、母性の象徴、性的魅力の真骨頂!! 貧乳ことまな板など、消え失せればよいのだ!!」

 

 夢乳神拳使いの高らかな宣言に、下校中の生徒たちが何人か視線を向けるが、気にせずに校門をくぐっていった。どうやらこの学校では大した非日常ではないらしい。

 しかし取り巻きたちは気分が盛り上がってきたようで、口々に夢乳神拳使いに同調して叫ぶ。

 

「伝えそこねたらしいから、教えてやるよ! この方こそ一年の新星、巨乳好きのサブチン様だ!」

 

「俺たちは、サブチンがおっぱい好きだからついてきた!!」

 

「我らが全校巨乳化計画のために、犠牲になってもらうぞ!!」

 

 男たちの剣幕に、紫乃がますます距離をとる。その前に守るように立ち、舞が顔をけわしくする。

 

「……紫乃、悪いけど隙を見て逃げて」

 

「え、舞ちゃんは!?」

 

「どうにか相手をしてみせる……。大丈夫、あんな連中に負けやしないって」

 

 舞はそう言って笑いかけ、一つ深呼吸する。頭の中で、記憶に残る空手の型をなぞった。

 何故か、目の前の男たちを許せない気がしていた。自身と紫乃の身を守るためというのもあるが、それと共に、男たちの何かを見過ごせないと感じたのだ。

 一体、何が気になるのだろう。頭の片隅でそう考えていると。

 

「あ、あの!」

 

 ふと、後ろにいた紫乃が声をあげた。舞が振り向くと、トテトテと前に進み出ていった。

 

「みなさん……その、胸が……好きなんですよね?」

 

「へっ、女性限定でな」

 

「どこかで……妥協とかできないんですか?」

 

 紫乃の問いに、男たちと舞が首をかしげる。紫乃はポケットから携帯を取り出すと、掲げながら口を開いた。

 

「例えば私は……カッコいい筋肉が好きなんですけど、そういうの動画で見たりしてるんですよ。イラスト探したりとか」

 

「……何が言いたい?」

 

「う……その……」

 

 気が立った男の口調にたじろぎつつ、紫乃は続ける。

 

「今の時代、好きなものを楽しむ方法ってたくさんあるじゃないですか。わざわざみんなを巻き込まなくたって……」

 

「…………」

 

「別に、胸が好きでもなんでも、それだけなら気にしませんよ? この学校ならお互い様じゃないですか」

 

 声をかすかに震わせながら、紫乃は一生懸命に説得した。被害にあっておきながら、ずいぶんなお人好しだと舞は思った。

 しかしそんな歩み寄りも空しく、夢乳神拳使い改めサブチンは言葉をさえぎってこう怒鳴った。

 

「笑止ッ!!!」

 

 強く足を踏みしめる。心なしか地面が揺れた。すくみ上がる紫乃へ、サブチンは大げさな身ぶりをして実に楽しそうに言った。

 

「他人を犠牲にせず、何のための性闘拳だ! 頭の中ではなく、現実で人間を思い通りにする、それがこの拳法の真髄だ! この学校ならそれが許されるんだッ!!」

 

「俺たち変態の天下太平も夢じゃないって事だ!」

 

「暴力はいいぞ!」

 

 サブチンの大声に、取り巻きも口々に呼応する。それを浴びながら、紫乃はフラフラと後ずさった。

 それは、単に連中の悪意、執念に圧倒されたという訳ではないだろう。他人――自分を含めた――を軽んじる事を堂々と宣言され、悲しかったのだ。

 舞の頭に、昼休みに兄が言っていた言葉がよみがえる。

 

『性癖および性的嗜好は、他人を怖がらせたり、傷つけたりするものであってはいけない。俺はそう信じてる』

 

 その時、やっと連中が許せない理由が分かった。嗜好が理解できないからではない。生理的嫌悪もまだ我慢できる。

 彼らが他人を軽んじているから、許せないのだ。

 倒れそうになる紫乃を受け止め、舞はサブチンたちをきつく睨む。視線に気づいたサブチンへ、怒りのにじんだ低い声を発した。

 

「……最低ね、アンタら」

 

「あん?」

 

「人の体を弄くるのを、まるっきり何とも思ってない……。無理矢理に理想の胸をつくって、それで楽しいの?」

 

貧乳(まな板)を消滅させると言ったはずだ! この力は、理想を叶える力だ!! 何が悪い!?」

 

 サブチンは全く悪びれずに強弁した。舞は唇をかみ、目に軽蔑の色を濃くしていった。

 

「……趣味が悪いんじゃない。やってる事が腐ってるのよ。分からないの?」

 

「意味不明な事を言ってんじゃねえ! 煙に巻こうったってそうはいかねえぞ!」

 

「紫乃に言われても分からないのなら、本当に最低最悪よ!?」

 

「ぬぁんだあ、その目はぁ!?」

 

 言い争いは白熱し、ついにサブチンが目をむいて一歩ふみだす。舞もとっさに、空手を思い出して応戦の構えをとる。

 ここにきて、ようやく周りの生徒たちもざわつきだした。今にもケンカが始まるかもしれない。そんな緊張が周囲に走る。

 舞の頬に、一筋の汗が伝う。男たちと戦えば、人数でも体格でもかなうはずはない。それでも退くわけにはいかなかった。この男たちの嗜好はともかく、思想を受け入れない姿を、少しでも校内に見せつけなければいけない。兄の言葉を思い返し、彼女はそんな意地を持ちはじめていた。

 その時。

 

「よく言った。舞」

 

 不意に、脇から見知った男の声が聞こえた。舞とサブチンが同時に振り向くと、その男が悠然と歩いてくる。背は高く、体はたくましく引き締まり、制服に身を包んで油断ならない気配を漂わせる男。

 その姿を見て、二人は同時に声をあげた。サブチンは苦々しげに、舞は顔を輝かせて。

 

「またお前か……日出 拳次郎!!」

 

「お兄ちゃん!!」

 

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