性飢末《セイキマツ》の覇者 ~暴走する性癖を食い止めろ!~   作:ごぼう大臣

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理想の腹筋

「俺の妹とその友達に何をしている……と聞いている」

 

 放課後、拳次郎は屋上にて床にうずくまっている妹の舞と紫乃を見て、最後にもう一人の人物を見据えて言った。

 原賀(はらが) 我太(われた)。舞と紫乃の同級生であり、先ほど紫乃にフラれた男子である。原賀はしばし不快そうに眉をしかめたが、やがてニヤリと顔をゆがめ、肩をすくめて言った。

 

「日出先輩じゃないですか。どうしてこんな場所へ?」

 

「昼間に、妹が告白するとかの話をしているのを見かけてな……。最初は迷ったが、つい屋上まで後から追いかけてきてしまった」

 

「いや、告白すんの紫乃だし! というかお兄ちゃん関係ないじゃん!」

 

 舞が口をはさむが、拳次郎は依然として原賀を見つめている。早く事情を話せ、という圧力が無意識にか瞳から放たれていた。

 原賀はうすら笑いをしたまま弁解しようとする。

 

「ちょっと告白して揉めただけですよ。先輩には関係ありませ……」

 

「お兄ちゃん、そいつの言う事を信じちゃダメ!!」

 

 平然とした原賀のセリフをさえぎる舞。そして拳次郎を手招きすると、紫乃と交互に見ながら耳打ちした。

 涙ながらに何かを訴える紫乃。険しくなった拳次郎の顔が原賀をにらみ、舞も険悪な目で振り向く。原賀はさすがに少しうろたえ、目をそらして言い逃れる。

 

「彼女が欲しいモノをあげただけさ。なんの偏りもたるみもない、理想の腹筋を。それの何が悪いんだい?」

 

「アンタ、少しは悪びれなさいよ!」

 

「よせ、舞」

 

 立ち上がって叫ぶ舞を、拳次郎が静止する。そして自らも近づきながら、拳次郎は原賀に向けて言った。

 

「欲しいモノをあげたなら、なぜ彼女は喜ばない?」

 

「それは……感激しすぎて混乱してるんだよ。しばらくしたら落ち着くだろう」

 

 原賀は口ではそう言ったが、敬語は消え、目はあからさまに泳いでいた。自信がなく、願望を述べているのがありありと分かる。さすがの拳次郎もかすかに哀れむようにため息をついた。

 

「……怪しいな」

 

「なんだ、後から来て何も見てないくせに!」

 

「俺も申し訳ないとは思うが、お前が性闘拳の使い手だと聞いたのでな」

 

 拳次郎が低い声で言うと、原賀がハッと息を呑む。それを目でとらえた拳次郎は、早足に近づきながら畳みかけるように語る。

 

「ならば話は変わってくる。その力で弄った体を元に戻し、以後は軽はずみに使わないと約束してもらおう」

 

「えらそうに……! お前に何の権利がある!!」

 

「権利はない。ただ頼んでいるんだ。性闘拳での狼藉を許してはならないと決めているのでな」

 

 ずんずんと詰め寄る拳次郎から逃れようと、原賀はどんどん後ずさりしていく。そしてとうとう屋上のフェンスまで追い詰められると、原賀は前に向き直って毒づいた。

 

「ごたいそうな事を言うもんだ……。女子の腹筋が見たい男が、他人に性闘拳を使わずどうしろって言うんだ」

 

「他人の気持ちを考えずに使うのをやめろと言っている」

 

「……はっ、そんなキレイ事、今さら聞けるか……!」

 

 原賀はうつむいてそう吐き捨て、自らの右腕を二本の指でそっと突いた。それに気づいて身構えた拳次郎の目の前で、突かれた右腕がとんでもない変異を起こす。

 他の男子たちと変わらない見た目だった上腕が、ボコリと音を立てて膨らんだ。制服の中ではちきれそうなほどに大きくなったそれは、一部だけ筋肉質な別の動物とすり替えられたようであった。

 

「でえええぇいっ!!」

 

 その巨大化した腕でもって、原賀は猛然と殴りかかる。拳次郎はとっさにガードしたが、パンチは防いだ腕をものともせず、拳次郎の体を勢いで浮き上がらせ、数メートル先の床へと叩きつけた。

 

「ぐっ!!」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「日出先輩!」

 

 にぶい音と共に転がった拳次郎へ、舞と紫乃があわてて駆け寄る。彼はそんな二人を静止し、原賀を見た。

 痛みをこらえて立ち上がる姿を見ながら、原賀は満足げに笑う。そして巨大な上腕を見せつけるようにかかげて言った。

 

剛筋(ごうきん)神拳(しんけん)奥義(おうぎ)活壮拳(かっそうけん)……一部の筋肉を一時的に肥大化させ、パワーを増大させる。そして……」

 

 原賀が言い終わる前に拳次郎が立ち上がり、反撃に空手仕込みの拳を放つ。しかし原賀は肥大化した腕で、その拳を軽々と受け止めた。

 

「広い部分を防御する、盾にもなる!」

 

 言いながら原賀は拳次郎を振り払い、また攻撃をくり出す。上から叩き潰すように迫る腕を拳次郎がよけると、床にめり込んだ拳から放射状にヒビが広がり、校舎がゆれた。

 

「お兄ちゃん!」

 

「来るな!!」

 

 思わず声をあげた舞へ、拳次郎が怒鳴り返す。原賀はさらにもう片方の腕まで大きくし、拳次郎へ襲いかかった。

 拳を振るう音がぶぅんぶぅんと鳴り、風が巻き起こる。拳次郎はそれを右に左に、触れないようにしてよけていた。防いだとしても、力で強引に吹き飛ばされてしまう。

 

「ふぅん!」

 

 小さな隙を狙った一発が、拳次郎のわき腹めがけて突き出される。拳次郎はとっさに膝でガードしたが、バランスを保っていられずに転げていった。

 

「くっ……」

 

 うめき声をあげながら、拳次郎は手をついて立ち上がる。殴られた膝が痛むのか、姿勢を直しても片足を引きずっている。

 それを見て、原賀がせせら笑った。

 

「ははは、どうだ! えらそうな事を言っておいて、そんな程度か!? お利口な言葉を並べやがって!!」

 

 口をワニのように開けて嘲笑する原賀。しかし拳次郎は少しも動揺せず、ジッと前を見つめている。

 そのまっすぐな視線に、原賀がわずかにうろたえる。すると、横から今度は紫乃が叫んだ。

 

「原賀くん、もうやめて! 日出先輩を殴って何になるの!?」

 

 その悲痛な声に、原賀が険しい顔で振り向く。そしてバカにしたように答えた。

 

「黙ってろよ。ああいうヤツが一番邪魔なんだ……。人のやる事にケチをつける、いい子ちゃんが!」

 

「言ったはずだ。性闘拳の狼藉を許してはならないと」

 

 不意に口をはさんできた拳次郎へ、原賀が振り向く。明らかにいら立った表情をしている原賀へ、拳次郎は続けた。

 

「常識を外れるのは変態だ。だが、人の道を外れるのは外道という」

 

「……っ黙れ!」

 

 拳をかまえて駆け出す原賀。その一撃をよけ、拳次郎はすかさず原賀の体の数ヵ所に指を突き立てた。

 直後、原賀の鼻の穴から勢いよく鼻血が噴き出した。前方に向けて放物線を描き、床に血だまりと二本線をつくる。

 

「これがどうした!?」

 

 原賀は意に介さず、拳次郎へ一直線に拳を突き出す。拳次郎がよけると、背後にあったフェンスが直後にぶち抜かれた。

 

「道を外れたのを認めもしないのは……外道ですらない。幼稚だ」

 

「この……いつまでも減らず口を……!」

 

 鼻血をダラダラと流しながら歯をくいしばる原賀。すると彼は唐突に制服のボタンを真っ二つに外し、自らの胴体を指でつついた。そして狂気をたたえたような笑顔で吠える。

 

奥義・四肢総活壮(ししそうかっそう)!!」

 

 瞬間、原賀の体全体がボコボコとふくらみ、筋肉が増大しはじめた。腕はもとより、足まで丸太のようになり、ズボンぎりぎりまで張って、胸板は鉄板のように分厚く、それでいてしなやかに曲がり、腹筋は細かく段差をつくってシャツの上にまで形を浮き上がらせた。一メートルは伸びた背丈に、上半身の制服はとうにサイズが合わなくなり、袖がついに破けて小さくなったチョッキのごとく肩に引っかかっている。

 

「ははははは! これが僕の教わった最大の奥義だ! 重さも力も数倍になった。お前の拳法なんて怖くない!!」

 

「……帰る時に扉をくぐれなさそうだな」

 

 屋上全体に響く声ではしゃく原賀を見上げながら、拳次郎がつぶやく。それに表情を変えた原賀が、ムキになって拳を振るう。

 

 一度目が床にめり込み、二度目が横殴りに迫りくる。それをとっさに受け止めた拳次郎だったが、ガードした感覚にハッと表情が変わる。

 

(衝撃が軽い……まさか)

 

 今までと違い、威力を感じない一撃。その狙いを予想した瞬間に、反対側から原賀の拳が見舞われた。フェイントつきのパンチをもろに食らい、拳次郎の体が吹っ飛んで出入り口横の壁にめり込んだ。

 

「しゃああっ! どんなものだ! どんだけ正論を並べようが、力の前ではこうなるんだよ!」

 

 そびえ立つような巨体をゆらし、原賀は勝ち誇って笑う。大きな体から響く笑い声が、屋上から校庭、そしてはるか遠くまで広がった。

 しかし、その笑い声が突如として止む。

 

「はははは……はっ、ふがっ……ひふっ」

 

 大声がふとか細くなり、苦しげな息に変わったかと思うと、原賀はズシンとその場にくずれ落ちた。

 鼻を片手で押さえ、ムキになってかん高い鼻息を何度も吐いている。

 

「な、何なの……?」

 

 その容態の変わりように、舞と紫乃がけげんな顔をする。そこに拳次郎が悠然と歩きながらつぶやいた。

 

赫脈神拳奥義・縮孔射血拳(しゅくこうしゃけつけん)

 

「…………?」

 

「鼻の穴を縮め、鼻血の出る圧力を増す拳だ。だが、使い方はそれだけに留まらない」

 

 拳次郎の言葉に、原賀の眉がくねる。そんな相手を見ながら、拳次郎はこう続けた。

 

「小さくなった鼻孔の中で、時間がたてば血は固まっていく。そうすれば鼻呼吸の効率が悪くなる」

 

「それが……どうした」

 

「もちろん影響は微々たるものだ。だが無理に肉体を大きくしたお前には……それだけでもかなりの負担となる」

 

「……あっ、ああ……」

 

 拳次郎の言葉が終わると同時に、技の効果が切れたのか原賀の体がみるみる縮んでいった。他の三人が見つめる中、細くなった体が力なく床に横たわる。

 

「……終わったの?」

 

「ああ、もう戦う力は残ってない」

 

 不安げな舞へ、原賀の姿を見ながら答える拳次郎。ボロボロになった上衣を引きずって背中を起こし、原賀はうめくように言った。

 

「なんでだよ……! 引き締まった腹筋って良いだろ! 与えたって文句ないだろ! なんで僕が非難されなきゃなんないんだ!?」

 

「…………」

 

「この神拳だって何ヵ月も……怪しい連中に我慢して付き合って、一生懸命おぼえたんだ! 理想のお腹に会いたいからがんばったんだよ!! この学校のやつらも分かってくれないのか!?」

 

 原賀は喉がはりさけんばかりにわめき散らす。そこには後悔や反省の色はまるでなかった。見下ろす舞の顔がしだいに怒りにそまっていく。

 

「アンタ、この期におよんで……!」

 

「待って、舞ちゃん」

 

 すると、今まで黙っていた紫乃が前へ進み出た。舞と拳次郎が驚くのもかまわず、彼女は原賀の前にかがみ、おだやかな声でよびかけた。

 

「……原賀くん、本当に腹筋が好き?」

 

「……そうだよ……! じゃなきゃこんな拳法を習得するもんか……!!」

 

 邪険に答える原賀。それでも紫乃はにこりとほほえみ、言った。

 

「私も筋肉好きだよ。だいたい男の人のだけどね」

 

「……?」

 

「だから分かるの。他の人を見て、理想と違うなって思う気持ちも」

 

 一同が意外そうな顔をする中、紫乃は苦笑をまじえつつ歩み寄った。だんだんと原賀の表情もやわらいでいく。

 

「けどさ、だからってみんな思い通りにしたら面白くなくない? 好きだなって思う筋肉も、よく見たら微妙に違うでしょ」

 

「……自分で色々と調整するよ。好みの幅くらいなんとでもなる」

 

「じゃあ、なんでわざわざ私を呼んだの?」

 

 紫乃の声が少しだけ真剣になる。同時に原賀が言葉につまった。うつむいて左右に視線をおよがせ、話しかける女子をおそるおそる見上げる原賀。

 

「原賀くんも、どうせなら鍛えてる人が好きなんでしょ? 手っ取り早く完成形にしちゃったら、つまらないじゃない」

 

「……けど、そうでもしなきゃ思い通りのモノは見れない」

 

「それは……仕方ないよ。お互い生きてる人間だもん」

 

 原賀は抗弁しつつも、その声は弱々しかった。罪悪感があるのが見ただけで分かる。そこで紫乃は、手を差しのべてこう語った。

 

「……私も、原賀くんも、他人にはちょっとだけ妥協しようよ。大人になるって多分、そういう事」

 

「大人……?」

 

「うん……多分、ね」

 

 紫乃の最後の答えは、ちょっとだけ自信なさげだった。それでもほほえみを向ける彼女を見て、原賀は目に涙をにじませ、ぽたりぽたりと粒を落とし、やがてうつむき、嗚咽をもらしはじめた。

 

「うっ……うぅっ、ごめん……なさい」

 

 絞り出すようにして、やっと一言だけ謝罪の言葉を口にする。それからの原賀は、はいつくばったままでただただ泣いていた。

 それを見ていたたまれない表情をする紫乃へ、舞が声をかける。

 

「行こう、紫乃」

 

「けど……」

 

「しばらくそっとしておいてやろう。フラれた直後なんだ」

 

 気の進まない様子の紫乃をなだめたのは、拳次郎だった。男同士、察するものがあるのだろう。

 涙を流す原賀を置いて、三人は夕暮れの屋上を後にした。

 

「……確か阿部さんだったな。帰る前に俺がお腹を治そう。少し時間をもらっていいか?」

 

「あっ……は、はい」

 

 屋上に続く階段を降りながら、拳次郎がだしぬけに紫乃へ言った。突然の言葉だったせいか、紫乃の挙動が少しドギマギして見える。

 一方、拳次郎はそれに気づかないのか、ほほえんでこんな事を言った。

 

「……それにしても大したものだな。性闘拳使いを対話で思いとどまらせるだなんて」

 

「へ、いえそんな。た、たまたま好きなものが似ていたおかげですし」

 

「それでもすごいさ。勇気はもとより、相手への優しさが無ければああは言えない」

 

「……あ、ありがとう……ございます」

 

 ほめられた紫乃は顔を真っ赤にして頬を押さえた。拳次郎は前へと向き直っていてそれに気づかず、感心していつまでも笑っている。

 その様子を横目に見て苦笑しつつ、舞は内心でなんとなく嫌な予感がしていたのだった。

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