性飢末《セイキマツ》の覇者 ~暴走する性癖を食い止めろ!~   作:ごぼう大臣

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夢にまで見た黄金水

 一限目、二限目と授業が終わり、時刻が午前の半ばあたりまで過ぎた、ある日の教室。朝の始業のあわただしさも、昼休みへの期待もなく、中だるみするような気だるさが室内に充満している。中休みには、それがいっそう濃くなっていた。

 そんな空気から逃れるように、ある者は落書きや妄想に専念し、またある者は席を立ち、フラフラと廊下に出たりなどしている。

 さて、そんな中にあって一人、机に参考書とノートを広げてガシガシと問題を解いている者の姿があった。女子である。

 

「舞ちゃん、休み時間にまで勉強?」

 

「まぁね。他にやる事ないし……」

 

 隣の席の紫乃の問いに、舞はいったん手を止めて答える。この高校の授業がかなり遅れ気味なので、少しでも自習しないと不安になるのだった。

 周囲にはひたすら太ももや尻の落書きをしている者や、朝からずっと手錠と目隠しで縛られている者がいたりするのだが、舞はもう慣れていた。

 

「なんか難しそうな問題だねー」

 

「実際そうなのよ。えーとこの定理がこうで……」

 

 紫乃のボンヤリした言葉に相づちを打ち、舞は問題にもどる。のぞきこんでくる紫乃の顔をちらと見て、(メガネかけてんのに秀才ってワケじゃないのよね……)などと失礼な事を考えたが、すぐにそれを打ち消した。

 それから問題と向き合って三十秒ほど。座ってうつむいたままに見えた舞だったが、何やら少しずつ身じろぎをしはじめた。よく見ると下半身をモジモジと、我慢するようにゆすっている。

 

「舞ちゃん? どうしたの」

 

 異変に気づいた紫乃が声をかける。すると舞は苦笑して振り向き、小声で言った。

 

「あ、あはは。実はちょっと、トイレが……」

 

「もー。早く行ってきなよ。授業はじまっちゃうよ?」

 

「そ、そうよね! ちょっと出てくる!」

 

 紫乃に言われるまでそうとう我慢していたのか、目にも留まらぬ勢いで舞は教室を飛び出した。ひび割れが絶えない廊下を小走りに進みながら、彼女はボソボソと愚痴った。

 

「はぁ、せめて問題といてから行きたかったのにな……」

 

 書きかけのままにしてきた問題を思い出し、ため息をつく舞。しかしその表情は、トイレにたどり着いたとたんに急変した。

 

「……え?」

 

 目の前の光景に、尿意も忘れて間抜けな声をあげる舞。そこには普段ならあり得ない、トイレからのびる三十人ほどの長蛇の列があったのだ。

 

「は? な、何これ?」

 

 狭い廊下の中で曲がりくねり、もはや層のようになっている列を見てうろたえる舞。しかも奇妙な事に、列は女子トイレからしか伸びておらず、並んでいるのも一人残らず女子生徒であった。

 

「もうちょっと早く出てよ! "小さい方"でしょ!?」

 

「そ、それが……我慢してたはずなのに、なかなかで出なくって……」

 

「こっちは我慢したくても決壊しそうなのよ! 今までこんな事なかったのに……」

 

「なんか出始めたとたんに止まらないって子もいたよ……」

 

「あーもーーイヤッ!!」

 

 さらに、変わった点は他にもあった。見たところ彼女らの小用はそろって何かしらのトラブルがあったらしい。股を押さえて飛びはねる者、その場にへたり込みそうになっている者、目をつむって直立不動な者など、こらえている方もとにかくせわしない。舞はそのさまを見て、限界が近いにも関わらず嫌な心当たりを感じ取っていた。

 

――

 

「……それで、間に合ったの?」

 

「うん。体育館前のトイレに行ってた……」

 

「あー、あそこ薄暗いよねぇ……。私めったに行かない……」

 

 数分後、もどってきた舞はやれやれといった表情で席についた。隣では紫乃が苦笑いしている。

 

「それにしても、変だよね……。女の子ばっかりトイレに並ぶなんて」

 

「ま、まあさすがに授業の時間になれば皆もどってくるでしょ。いざとなれば他の階に行けばいいんだし」

 

 舞はやや意識的に肩をすくめ、教室内に視線をめぐらせる。ごちゃごちゃした室内では、女子のイスがいくつか空席になっていた。

 それから少しして、呑気なチャイムの音が響く。舞と紫乃が姿勢をただすと、授業のための教師一人だけが、新たに入ってきた。

 教師は空席だらけの教室を見て顔をしかめ、独り言のように言った。

 

「……なんだ、今日は集団でサボりか?」

 

「あ……みんなトイレだと思います」

 

「多分すぐ帰ってきますよ」

 

 故意に授業を投げ出したと思われたら不憫なので、舞と紫乃がすかさずフォローする。教師は長いため息をつき、教科書を開いて授業をはじめた。

 もとより教師の話をまじめに聞く生徒は、クラスどころか学内にほとんどいない。大体が自分だけの性癖をもとに落書きしたり、妄想にふけったりなどしている。

 それだけならいつもの日常(決してほめられたものではないが)だっただろう。ところが、休み時間が終わってから五分たち、十分たち、それでもトイレに行った女子たちがもどらないのを見て、教師はしだいに怪しみはじめた。

 

「全く……一体どうしたというんだ?」

 

「さあ……」

 

 思わず舞も生返事をする。こうなってくるといよいよ嫌な予感が当たったのではないかと思ってしまうのだ。

 授業にはまるで興味がなかったクラスメイトたちも、もどってこない連中を妙に思いはじめた。それぞれ首をかしげ、あるいはニヤケながら邪推し、適当な空想をつぶやきだす。

 

「女子が複数人……つまりハーレム。そして本人らにメリットの見えないサボり……これは催眠を操るハーレム主がいると見た」

 

「いや、女子同士で何かヤってるに賭ける。バレたらリスクのある催眠を校内でやる道理がない」

 

「……何かブツが体内に仕込まれているに違いない……。簡単には見せられないが、トイレでなら取り出すの自体はできる……そんなブツを」

 

 女子が少なくなっているせいか、はたまた元から無神経なのか、クラスメイト(主に男子たち)は遠慮なく自らの空想をさらけ出していく。

 残っている女子の中でも、舞と紫乃……いや少なくとも入学して日が浅い舞には、とても居づらい空間である。彼女はやがてひきつった顔で立ち上がると、小さく手をあげて言った。

 

「先生、よかったら私、様子みてきますよ」

 

「あ、じゃあ私も行きます!」

 

 食い気味で紫乃が続いてきた。教師が興味なさげに「好きにしろ」と言い放つと、紫乃は舞の手を引き、教室を出ていく。

 

「ちょっと、紫乃? どこ行くのよ」

 

 引っ張られながら舞がたずねると、紫乃は心得顔で振り返った。

 

「どこって、日出先輩のところでしょ? 性闘拳がらみなら、頼りになるから」

 

「いやまぁ、そうだけど……」

 

 舞は肯定しながらも、紫乃の表情をしげしげと見つめた。そしてこうたずねる。

 

「紫乃、なんだか嬉しそうじゃない?」

 

「へ!? う、ううん。別にそんな事ないよ!?」

 

「…………」

 

「ほ、ほら行こう! 二年生の教室って二階だよね!」

 

 紫乃は頬をうっすら赤らめてそう答えた。照れ隠しのように廊下をバタバタと走りだす。

 

「ごめん、ちょっと通して!」

 

 トイレに相変わらず並んでいる同級生たちをかき分けて進む紫乃の背中を見ながら、いつぞやに拳次郎から誉められて喜んでいた様子を思い出した。

 

 ともあれ、彼女らは大急ぎで廊下を抜けて階段を降り、拳次郎たち二年生のいる二階へとやってきた。教室の方へと足を向けると、廊下で人だかりのようになっている行列が目に飛び込んだ。並んでいるのはほぼ全員が女子、しかも行列のある場所はトイレの真ん前。

 まさかこちらでも一年生たちと同じ事件が起こったのか。そう思って二人が顔色を変えると、ちょうど周りより二回りほど背の高い拳次郎が人だかりを抜け、目が合った。

 

「ん、二人とも……どうしたんだ?」

 

「お兄ちゃん! こっちでも何かあったの!?」

 

「実は……私たちの階でもトイレに行列ができてて……!」

 

 拳次郎が問うなり、二人は必死な顔をして詰め寄った。最初はとまどっていた拳次郎だが、先ほどの舞たちの言葉を頭の中で思い返し、腑に落ちた様子でうなずいた。

 

「そうか、そっちの方でも……」

 

「やっぱり、何かあったの?」

 

「ああ。ついさっき、とりあえず同級生をみんな治してきたところさ」

 

 拳次郎は後ろを親指でさした。トイレの前にいた女子たちは全員つかれた気色こそあれど、もうトイレに用はないらしくゾロゾロと教室にもどっていく。ポツポツ愚痴ってはいるが、歩く様子は何にも追われてはいない、平静なものだった。

 

「治した……って事は、これも性闘拳がらみの?」

 

「ああ、どうもそうらしい。心当たりがある」

 

「本当に!?」

 

「うむ……二年生にいるんだ。小便を我慢する様子を見るのが大好きな……」

 

 拳次郎が苦い顔をしてそう言いかけた時。

 

「きゃああああぁぁーーーっ!!!」

 

 一年生らのいる三階から、女子の高い悲鳴が響き渡った。舞、紫乃、拳次郎は互いに顔を見合わせると、そろってすぐさま階段へと走った。息を切らして階段を駆け上がり、三階のトイレへと急ぐ。

 そこでは、並んでいた女子たちが、身の丈190センチはあろうかという一人の男子生徒を見て恐怖の叫びをあげていた。

 

 その男子生徒は、身長に反してかなりの痩身で、制服もきちんとボタンを締めているためにひょろ長いシルエットになっていた。手足も長く、一見した印象はカマキリのようであった。

 

「……(みちる)!」

 

 その男に拳次郎が怒気をもって呼びかける。満と呼ばれた男は振り向き、三日月のような口で笑った。

 

「ほ~~ぅ拳次郎さん。来ると思っていましたよ。さしずめ二年生を助けてきたところでしょうか?」

 

「……知り合いなの?」

 

「ああ、となりのクラスの……小乃水(おのみず) (みちる)

 

 舞が警戒しながら問うと、拳次郎は額を押さえてうなずいた。

 そんな反応を意にも介さず、ずらっとトイレに並ぶ女子たちを見回して言った。

 

「しかし少~し遅かったですねぇ。あなたが同級生を助けている間に……この子(一年生)たちはすっかり黄金水(おしっこ)に追い詰められてしまっていますよ」

 

「そ、その行列はあなたの仕業ですか?」

 

「その通りっ! 私の黄泉神拳(おうせんしんけん)を食らったものは、尿に関する器官へ一時的に支障をきたす!! たとえば!」

 

 満はどんどんテンションを高め、列の中の女子を何人か指さし、さも楽しげに言った。

 

「ある人は普段の何倍も尿意にビンカンになり!」

 

「あーー! お願い、早く! はやく! HA☆YA☆KU!!」

 

 次は左を向き。

 

「ある人は残尿感にいつまでも苦しめられ!」

 

「ちょっとー! まだ空かないの!? どーなってんのよ!?」

 

「なんかずっと出続けてる人がいるって……」

 

 今度は右を向き。

 

「またある人は頻尿に苦しめられる!!」

 

「アンタちょっと前に済ませてなかった?」

 

「それが……なぜか治まらなくて……」

 

 満が自分の神拳の成果を話す間にも、女子たちはそれぞれの尿意と戦って阿鼻叫喚であった。それほどまでに彼女らは切迫しているのだ。

 

「お前の自慢はどうでもいい。今は彼女らを治して……」

 

「おおっと!」

 

 被害者に近づこうとする拳次郎へ、満の指がかすった。黄泉神拳をしかける気だろう。拳次郎、舞、紫乃の顔色がそろって変わり、周りの女子たちも飛びのいた。

 満はカマキリさながらの構えをとり、拳次郎と周囲の者たちに視線をめぐらせていった。

 

「そんな事をさせるとお思いですか? 余計なマネをしようとすれば、あなたも餌食にしてあげますよ。もちろん別のトイレに誘導する……なんてのもいけません」

 

「くっ……」

 

 拳次郎はけわしい表情で満を見る。ケタケタと笑う満へ、苦しい声で言った。

 

「何故だ……。何故わざわざこんなマネを……」

 

「そりゃあもちろん、女の子が黄金水を我慢したり、漏らしたりするさまが大好きだから……と言いたいところですが」

 

「…………?」

 

 満はいったん言葉を切り、少しだけ目つきを鋭くする。

 

「今回はちょっと例外でしてね……。変態のあるべき姿やら、人の道やらうるさいあなたに、恥をかかせてやろうと思ったのです」

 

「…………」

 

「大変でしたよ……何十人もの方々にこっそり技をかけるのは。しかし私はあきらめなかった! なにせ、女子の小用などよほどの子供でもない限り、男子は見られない。まさに幻の光景……」

 

「どうしたの? なんか騒がしいけど……」

 

 そこら中に響く声で満が熱弁していると、それを気にしてトイレ内で待っていた者たちまで廊下に出てきてしまった。拳次郎が顔に焦りをうかべるのと、満の目が怪しく光ったのは、同時だった。

 

「キエエエイッ!!」

 

「うわあっ!??」

 

 出てきた女子に向けて、満が奇声とともに指を突き出す。拳次郎は危うく腕で払ったが、息つく間もなく満は技を放ってくる。

 

「キエエエーーーーッ!!」

 

「むっ…………」

 

 次から次へと突き出される指を、拳次郎はツボをつかれぬように注意しながら一つ残らず払いのけた。その動きは確かな実力を感じさせたが、背後に女子たちをかばいながら続けるのは難しいものがあった。

 すると、防戦一方だった拳次郎の片足が、あるラインを踏み越えそうになる。その時を狙い、満が拳次郎の胴体、もしくはその後ろの女子を攻撃する。

 

「せえいっ!!」

 

 拳次郎は間一髪、胸を開けて着ている制服のすそをひるがえし、満の攻撃をはじいた。満はすばやく距離をとり、バカにするように鼻を鳴らす。

 

「惜しい……もう少しだったのですが」

 

 そうつぶやいた時、満は拳次郎の足元のある一点に目を向けた。拳次郎も渋い顔で同じ場所を一瞥する。

 そこには、女子トイレの入り口の境界線があった。

 舞と紫乃がいぶかしげに見つめる中、満は白々しく目を細めて言った。

 

「ふふ……やはり、あなたのような模範的な人種は女子トイレになど入れませんよね……。意識して入らない限り、足が止まってしまう」

 

「満、お前まさか……」

 

「私が何も考えずにこの場に現れたとお思いで? すぐ後ろには異性のトイレ、そしてかばうべき女子たち……あなたに、どこまで戦えるでしょう?」

 

 慎重に体勢を立て直す拳次郎を見下ろし、満は高らかに笑った。その時、得意がっていた満の横に、不意に何かが肉薄する気配があった。

 

「うりゃああっ!!」

 

「……おっと」

 

 猛然と迫る舞の蹴りが、満がよけると同時に壁にめり込む。塗装のはがれたコンクリートが、さながらアクション映画のように崩れた。

 

「止めるのがお兄ちゃんだけだと思わないで!」

 

「ま、舞ちゃん!」

 

 空手の構えで猛る舞へ、紫乃が心配そうに叫ぶ。それを聞いた満が、何かに気づいた様子で手を打った。

 

「お兄ちゃん……ああ~、あなたが転校してきたっていう、拳次郎さんの妹」

 

「だったら何よ!?」

 

「いいえ。ただ良い時に来てくれたなと思いまして」

 

「なっ……?」

 

 満が笑いながら拳次郎の方を見る。つられて舞も視線を移すと、拳次郎は舞たちを凝視して固まっていた。

 

「ご覧なさい。あなたの身を案じて、攻撃の機会をつかめずにいる」

 

「お兄ちゃん!?」

 

 黙って見ていられずに突っ込み、逆に足かせになってしまった。舞ががく然としていると、その喉元に満の指が突きつけられる。

 

「さて拳次郎さん。一つ提案をしましょう。妹さんにこの場でお漏らしをさせるか、あなたが負けを認めるか……さぁ、どうします?」

 

「……負けを認めたら、どうなる?」

 

「妹さんの名誉だけは傷つけないであげましょう。まあ……どちらにしろ、他の子たちは手遅れですけどね」

 

 満は蛇のようなずるい目を向けた。唇をかむ拳次郎の後ろでは、尿意がいつ限界にきてもおかしくない女子たちが、元凶の満と、そして拳次郎までもを恨みがましい目で見つめている。

 間近に迫る、幼少いらい忘れていた恥を前に、思考力を失いかけている彼女らは拳次郎に見捨てられたような気分でいたのである。

 

「待ってください小乃水先輩! 舞ちゃんの代わりに私を……」

 

「だまらっしゃい、あなたには話していません。……さぁ拳次郎さん、返答は?」

 

 必死に身代わりを申し出た紫乃を一喝し、満は拳次郎をジッと見つめる。拳次郎はしばし目を閉じ、思い詰めた顔で進み出た。

 

「……分かった。負けを認めよう」

 

「そんな!?」

 

「……はは、はははははは!!」

 

 満は腹の動きが見えるほどに威勢よく笑い、舞を突き放した。そして目の前で仁王立ちしている拳次郎をにらんだ。

 

「面白い。ついでに何か、屈服のあかしを見せていただきたいですねぇ」

 

「……ならば、俺にお前の黄泉神拳をかけてくれ。それで証明しよう」

 

「ふふふ、私は男の黄金水になど興味ありませんがね……。お望みとあらば」

 

 満は長い息をつき、両手で二本ずつ指をかまえる。そして金切り声で叫んだ。

 

黄泉神拳奥義・金水溢波拳(こんすいいっぱけん)!!

 

 拳次郎の体に、四ヶ所ほど指がすばやく突き刺さった。拳次郎はびくりと震えて目をつむり、その場に立ち尽くした。

 それを見て、満は余裕たっぷりに言い放つ。

 

「この技を食らえば最後、こらえる暇もなくあなたは漏らしてしまう。くく、あなたにはこれぐらいがお似合いで……」

 

 しかし、そこまで言いかけた時。

 

「はああああああっ!!」

 

「!?」

 

 拳次郎がとつじょ戦意を取り戻し、満の体を鋭く何度も突いた。不意打ちを食らった満はぐらりとよろめき、膝をつく。

 見下ろされる立場になった満は、怒りの形相でにらむ拳次郎に、青ざめつつもつぶやいた。

 

「な、何故です……あの技を食らって、立っていられるはずが……」

 

「……満。お前はその拳で女ばかりを狙っていたな」

 

「へ……へぇ?」

 

 拳次郎の言葉の意味がつかめず、満は困惑する。拳次郎はにこりともせずに話しだした。

 

「泌尿器は、男女で微妙な差がある。女性は尿道の距離が短く、また妊娠のための臓器が泌尿器を圧迫しやすいために、男性とくらべて我慢が続かないんだ」

 

「ま、まさか……」

 

「賭けではあったが……お前はやはり、女性の感覚のまま()に技をかけた。そこに隙が生じた」

 

 いつの間にか、廊下はしんと静まり返っていた。舞と紫乃も、拳次郎の解説に聞き入っている。

 だが、満はそれでも不敵に笑みをつくり、拳次郎に向けて言った。

 

「ふ、ふんっ! しかし残念でしたね。よくがんばりましたが、結局そこの女子たちは失禁を……」

 

「すぐに分かる」

 

「……!?」

 

 満の言葉をさえぎり、拳次郎はその場から退いた。直後、満の顔が意思に反して上向きに硬直しする。それに満が目を見開くと、鼻の穴に強烈な圧迫感がのぼってきた。

 

嚇脈神拳奥義・血虹噴迅波(けっこうふんじんは)

 

「……ぐっ、ぐおおおぉ~~っ!??」

 

 拳次郎の一声とともに、満の苦悶の声と、噴水のようなウェーブを描いた大量の鼻血が飛び出した。それらは拳次郎と、舞と紫乃に左右から見つめられながら、トイレに並んでいた女子たちに音を立てて降り注いだ。

 

(こ、これは!?)

 

 真っ赤に染まる視界の中で、満は眼球を懸命に動かしてあるものをとらえた。小用をこらえていた女子たちの腰から下――本当なら、黄金水で濡れているはずの下半身が、残らず鼻血をかぶっている。しかも床には黄金水ではなく、薄まってはいるが赤い鼻血が大量に広がっていった。

 拳次郎の手で、失禁の痕跡は残らずごまかされたのだ。

 

「漏らした者など一人もいない……。お前の目的は失敗だな」

 

「とっ……止めてください、この鼻血を、止めてぇ~」

 

「断る。というか漏れそうなんでな。後にしてくれ」

 

「そ、そんなぁ~~!」

 

 満の哀願をスルーし、拳次郎はそそくさとがら空きの男子トイレに入った。その姿を、舞は呆れた顔で、紫乃は憧れたような顔で見つめていた。

 

――

 

 ……その後、拳次郎は廊下の掃除にはじまり、一年生の女子たちの制服のクリーニング代、もしくは買い換え代の一部負担などの相談で、てんてこ舞いだったという。

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