嘘つき作家と宇宙人   作:喜来ミント

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Phase Va Adolescence again!

 私の同居人はエイリアンだ。

 なんでも彼女は地球の悲鳴を聞きつけてやって来たとのことで、生命と愛と平和のメッセージを届けてこの地球に調和を取り戻すのが目的らしい。

 そのために彼女――IA(イア)はアーティストとして世界中で日夜歌い続けている。そしてその一方で、私を調和(しんりゃく)の第一歩と決め、あれこれと揺さぶりをかけてくる。

 本格的に世界に干渉する前に、人類がARIAの精霊の力にどう反応するかを調べるサンプルというわけだ。

 最初のうちは、あれこれ理由をつけてIAのもたらす技術や現象を拒んでいた。そうすれば、IAが無理やりこの世界を変えてしまうのを止められると思っていた。

 しかし、それは結局早いか遅いかの違いでしかない。IAはそう遠くないうちに()()をするだろう。いつかは分からない。IAが焦っている様子はないので、数年以内ではないかもしれない。もしかしたら、私の寿命が尽きた後かもしれない。

 IAと暮らすうち、それを段々と理解するようになった。そもそもスケールの違う相手なのだ。ならば私はモルモットらしく、IAの気が済むまで弄ばれていればいい。

 そして――そういった観察が済めば、IAはどこかに行ってしまうのだと思っていた。けれどIAは、私にもう一つ役目を与えるつもりらしい。

『ゆかりが地球から無くなって良いと思うものを、教えてね』

『それを無くすよ』

 どうやって世界を平和にするか。どんな風に世界を変えるか。それを決める役目を私に与える。

 IAの言葉はそういう意味だ。曲解のしようがない。

 それを理解してから、日々の物事に対する見方が変わった。

 昨日、何かを疎ましく思った。それはきっと、IAが変えた世界から消えるだろう。

 今日、何かを好きになった。それはきっと、IAが平和にした地球にも残るだろう。

 そう思うと、何かに評価を下すことが怖くなった。しかし思うことは止められない。そして、IAに隠し事はできない。

 IAは本気なのだろうか。一応その場では、『私一人の基準では主観的すぎる』というようなことを言っておいたが、IAにどこまで通じただろうか。

 そんな私の心中などお構いなしに時間は過ぎていく。12月になり、風はますます冷たさを増していく。

 そして更に困ったことに、私を悩ませるエイリアンはIAだけではないのだ。

 

  *

 

 地球ではない場所、今ではない時間。

 見渡す限り広がる花畑の中で、一人の少女と一匹の猫が、何やら不思議な物体を覗き込んでいる。

 もしこの場に人間がいれば、その物体をビスマスの結晶のようだと言っただろう。虹色を帯びた、いくつもの立方体がずれて重なったような塊だ。

 つまり裏を返せば、ここにいるのは人間ではない。

 長い髪をふわふわと漂わせる少女の名前はIA。ここ惑星ARIAの精霊であり、そのなかでも七色の魂を持つ特別な存在である。

 そんな彼女と一緒に結晶を覗き込んでいる猫も、やはり普通の存在ではなかった。

 カラフルな布で作られたぬいぐるみのような見た目ながら、その身のこなしは猫そのもの。その猫は眠たげな眼のまま、口を開かずこう言った。

「少々手直しするところはあるが……良く出来ている」

 その言葉を受け、一人と一匹から少し離れたところに座っていた別の少女が顔を上げた。

 IAとは違い、ショートカットの活発そうな少女だ。彼女、ONE(オネ)は嬉しそうに言った。

「やった! じゃあ早速――」

「待て待て。手直しは必要だと言ったはずだ。このまま動かせば、すぐに壊れてしまう」

「うっ」

 猫、チコーに窘められ、ONEは乗り出しかけた体をひっこめた。

「IA、頼めるか」

「うん」

 IAが結晶に手を伸ばし、そっと指で触れる。触れたところが虹色に輝き、結晶の形や色が少しずつ変わっていく。

「えー、IAが直すの?」

「心配か?」

「心配じゃないよ。でも……」

 ONEの不満そうな顔を見て、IAは言った。

「大丈夫。これくらい、手伝ったうちには入らないから。ONEが思いついて、ONEがやることだよ。私は応援するだけ」

「……ならいいけどさ」

 そんな様子を見て、チコーは口を開かないままくすくすと笑った。

「姉らしいことを言うようになったものだな、IA」

「そうかな?」

 そんなことを話しつつ、IAは細く揺らめく光を結晶の奥深くに打ち込んだ。それを見て、チコーは無言のまま少し目を細めた。

「できた。チコー、どう?」

「……ふむ、これならば大丈夫だろう」

「良かった。じゃあ、はい」

「ありがとう、IA」

 ONEが手を伸ばすと、結晶はひとりでに宙に浮かび、ONEの手の中に納まった。

「あー、こうするのか。補強しないと青の層が破けちゃうんだね」

 ONEが手直しの内容に関心していると、チコーは尻尾で地面をぴしりと叩いた。

「お前の作るものは勢いは良いが、そういう気配りが今一つだ。よく覚えておくように」

「はいはい」

 ONEが腕を一振りすると、どこからともなくオレンジ色の光の粒が集まり、宙に浮かぶジッパーを形作った。

「じゃ、行ってくるね。まあ見ててよ。上手くやるから」

 ジッパーがひとりでに開くと、ONEはその中に広がる奇妙な空間に飛び込んだ。役目を終えたジッパーは閉じ、光の粒へと戻って花畑に降り注いだ。

「……IAよ、先程のは?」

「うん。ONEに一人でやらせるのが大事なのは分かってるんだけど……。気になって」

「ふむ。まあ、大きな影響はないはずだ」

 チコーは大きく伸びをして、ごろんと転がった。

「我らは帰りを待つのみ、だな」

「そうだね」

 IAは遠く、虹色に輝く空を見上げた。

「ちゃんと帰ってくるかな」

 

  *

 

 「今日はありがとー!」

 曲の最後、ステージ上のマキはじゃかじゃかとギターをかき鳴らし、ドラムのシンバルの音に合わせて曲を締めくくった。

「わー! マキさ~ん!」

 私の隣で、あかりちゃんが一際元気な歓声を上げた。

 こういう場に来るのは初めてだと言っていた。始まる前は不安そうだったのに、今はこの様子だ。

 いつぞやのように壁際のバーカウンターで待っていると、汗だくのマキがやって来た。

「ゆかりん、あかりん、来てくれてありがとう! どうだった?」

「最高でした!」

「良かったですよ」

 私たちの言葉を受け、マキは笑顔でVサインをした。

「へへーん。喫茶店の時とは一味違ったでしょ」

 マキは裏表がない方だが、それでも場が違えば雰囲気も変わる。そして、そのどちらもマキの一部なのだ。私が会社員と小説家の面を持つように。

「最後の曲、すごくカッコ良かったです! 歌詞は……ちょっと分からないところがありましたけれど。第二……なんでしたっけ」

「あれはね、第二宇宙速度っていう宇宙船の用語だよ。地球を飛び出すのに必要な速さ。で、いいんだよね」

 マキが私に聞いてくる。

「正確に言えば、地表でこれだけの速さがあれば地球の重力から脱出できるってことです。実際のロケットはだんだん加速するので、いきなりこの速さで飛び出さないですけどね。あくまで比喩としてですよ」

 私の説明を聞き、あかりちゃんがはっと何かに気が付いた。

「もしかして、ゆかりさんが書いた歌詞ですか?」

「ええ」

「だから最後に持って来たんだ。ちょっと難しいけれど、良い歌詞だよね」

 私は苦笑する。

「ただ、今聞くとまあ、粗が見えますね……」

「直しちゃだめだよ」

「わかってますよ。あなたのバンドにあげたものですし、一度世に出たものですから」

 あかりちゃんが首を傾げる。

「ゆかりさんは、一度完成したものは直さないんですか?」

「ええ。もちろん誤字や明らかな間違いは正しますが、そこまでですね」

「ゆかりんは根が真面目だよね。普段の言葉はひねくれてるのにさー」

「そんな事を言うのはこの口ですか」

「にぇー、歌手の口をー」

 よく伸びる頬だ。

 そんな私たちを、あかりちゃんがびっくりした目で見ている。

「どうしましたか?」

「いえ、その、ゆかりさんのそういうところ見るの、初めてで」

「会社じゃどんだけ猫被ってるんだか」

 もうひと伸ばししておいた。

 今日はアルコールが入っている。少しはしゃぎすぎたかもしれない。

 その後、相変わらず打ち上げに誘ってくるマキをかわし、私とあかりちゃんはライブハウスの外に出た。

「さ、寒い」

「中が暑かったから、余計ですね」

 人が集まっているから、だけではないだろう。確かな熱気が背後の建物の中で渦巻いている。

 そのせいか、冬の夜風が余計に侘びしく思えた。

「……夢から覚めたみたい」

 あかりちゃんがポツリと呟く。

「あ、変なこと言っちゃってごめんなさい」

「いえ。私も似たようなことを考えてました」

 あかりちゃんが微笑む。

「じゃあ、良かったです。ふふ」

 あかりちゃんがぐっと伸びをして、大きく深呼吸をした。

「ゆかりさん、また来ましょうね」

「ええ」

 二人で駅に向かって歩き出す。

「もう今年も終わりですね、あかりちゃん」

「まだ私たちの誕生日がありますよ。……と、言いたいですけどね。うん、早いですね」

 あかりちゃんがぽつりと言う。

「働き出してから、時間が流れるのがあっという間な気がします」

「最初の年は私もそうでしたよ。慣れないことばかりで」

 大きく息を吐く。白く広がっていく。

「来年は、あかりちゃんも先輩になるはずですよ。うちの部署に来るかは分かりませんが」

「それは春の話じゃないですか。年明けから三か月も後です」

「そう言われても、間には節分くらいしか……」

「まず初詣ですよ! 飛ばし過ぎですって、ゆかりさん」

 鬼に笑われそうな会話をしながら私たちは駅に着いた。

 勿論、来年の話をするのはまだ早い。もうすぐ私たちの誕生日。マキがライブ兼パーティーを開いてくれる約束だ。

 私はそれを覚えていたし、マキのペースに巻き込まれるのにも慣れていた。最近よく会うようになったし、大学の時のようには行かないだろうが、また何か賑やかなことに誘ってくるだろう。

 社会人になって変わったこともあるが、変わらないこともある。それを知っていた。

 だから私は、季節が過ぎることに対して、いつものことだとしか思わなかった。

 別れ際のあかりちゃんの表情に気づけなかったのも、きっとそのせいなのだろう。

 肝心なところで、私はひどく鈍感なのだ。

 

  *

 

 目が覚めると、夕焼けの光が差し込む教室にいた。

 私は結月ゆかり。高校二年生だ。一年後輩の紲星あかりちゃんが文化祭実行委員会の集まりに行っているので、一緒に下校するために待っている。

 別棟からだろうか。吹奏楽部の練習の音が聞こえてくる。どうやら、本を読んでいるうちに眠り込んでしまったようだ。

 今は10月の終わり。夕方の風は日に日に寒さを増してきている。

「……なんですか今のモノローグは」

 頭の中に、勝手に設定が差し込まれている。

 私は大学を卒業した会社員だし、あかりちゃんとは3歳差だし、時季は12月だ。何もかもがおかしい。

 そうだ、思い出してきた。私はあかりちゃんとマキのライブを見に行って、家に帰ってから眠って――。

 大きく息を吐いてから、手をぱんぱんと打ち鳴らす。

「IA。もしくはONEちゃん。聞いているんでしょう」

「メタ読みはんたーい」

 背後から、予想した通りの声が聞こえてきた。椅子の背もたれに肘を乗せて振り返る。

 そこには、セーラー服を着たONEがいた。

「何ですか、その格好」

「そりゃ学校だもん。自分も着てるでしょ」

 そう言われて自分の体を見下ろすと、同じ制服に身を包んでいた。

 私の通っていた高校はブレザータイプだったので、セーラー服を着るのは中学のとき以来だろうか。……何というか、変な気分だ。

「私、そんな歳じゃないですよ」

「安心しなよ。ちゃんと見た目も高校生だからさ」

 ONEがどこからともなく手鏡を取り出し、私に向けた。そこには確かに、高校生時代の私が映っていた。

 顔立ちもそうだが、後ろ髪が二の腕くらいまで伸びている。間違いない。

「青春をもう一度、ってね」

「余計なお世話ですよ」

 じろりとにらみつけるが、ONEはどこ吹く風だ。

「高校のときは、まだあのヘンテコな髪型じゃなかったんだね。もみあげだけ長いやつ」

「ヘンテコとか言わないでください。あれでも気に入ってるんです」

 後ろ髪を指ですくと、懐かしい感触がした。その手触りが、鏡に映る見た目よりも強く今の姿を自覚させた。

「で、これはどういう世界なんですか」

「ナイショ。言ったらつまんないじゃん」

 以前会った時と、なんとなくONEの雰囲気が違う。前は私の言葉という言葉に噛みつくような感じだったが、今はやや余裕を感じる。

 IAが私をどう思っているかを知り、私を無闇に敵視しなくなったのかもしれない。あるいは、私の言葉に惑わされないように心構えをしてきたか。

 どちらにせよ、ONEにヒントを出させるのは難しそうだ。

 考える。今の状況と、これまでに巡った世界との違いを。

「もしかして、並行世界じゃない……?」

「なんでそう思ったの?」

「私の身分ですよ」

 私は何回か、IAの手によって並行世界へと放り込まれている。正確には並行世界そのものではなく、それを複製した箱庭なのだが、私の主観ではほとんど同じだ。

 とにかく、それらの世界でも私は兼業作家の会社員だった。

 それだけは決して変わらない。逆に言えば、世界の変化そのものに集中できるようにIAが行き先を選んでいたのだ。

 しかし今回は違う。ただ単に、『結月ゆかり』が高校二年生である世界――無数にある世界のうちにはそういうものだってあるだろう――というだけではない。先ほど勝手に思い浮かんだモノローグの通り、あかりちゃんとの年齢差だって違うのだ。

 それに、私は北海道出身で、あかりちゃんは東京出身だ。同じ高校に通う可能性はほぼゼロと言っていい。わざわざ条件に合う並行世界を探してきたというよりも――。

「そういう風に作った世界……とか」

「つまんないなあ」

 正解のようだ。

「ま、そういうわけだからさ。実際にどういう世界かはお楽しみってことで」

 ONEはそう言うと、オレンジ色の光と共にどこかへと消えてしまった。相変わらずの神出鬼没だ。

「やれやれ……」

 机に頬杖をついてぼやく。その時、がらがらと教室のドアが開く音がした。

「ゆかりさん、お待たせしました」

「ん」

 顔を上げると、そこにはあかりちゃんがいた。やはりセーラー服に身を包んでいる。

 彼女が高校生の時、どんな風だったかを私は知らない。しかし、なんというか……。

「……まんまですね」

「はい?」

 長く豊かな二本の三つ編み。真ん丸な目。あどけない表情。並べて比べなければ、私の知る年齢のあかりちゃんと見分けがつかない。

 そんな風に思われてしまうことを、あかりちゃん自身は気にしている。それが分かってはいるのだが。

「すいません、何でもないです。帰りましょうか」

「はい!」

 とはいっても、一体どこに帰ればいいのやら。

 ……と考えていると、下駄箱の位置や家の場所などが頭の中に浮かんできた。こういうところはきちんと用意しているらしい。

 一度分かれて靴を履き替え、一緒に校門へと向かう。

「文化祭、楽しみですね。実行委員も、最終確認って感じでした」

「……そうですね」

 この世界は今、10月の終わり。11月の初めに文化祭があるのだろう。そう考えていると、文化祭関連の情報も頭に入って来た。妙な感覚だ。物を思い出すのに似ているが、過去の実感は全く伴わない。

 とにかく日付ははっきりした。今日は10月24日の木曜日。文化祭本番は11月2日と3日の土日に行われ、その翌日は振替休日になる。

「ゆかりさんのクラスは劇でしたっけ」

「ええ。私はちょい役ですが。あかりちゃんは……」

「喫茶店です。メイドさんの」

「そうでしたね」

 そのまま他愛ない会話は続き、いかにもな丁字路に差し掛かった。あかりちゃんが私の家とは違う方へ一歩進み、くるりと振り返る。

「それじゃあ、ゆかりさん。また明日」

「ええ、また明日」

 あかりちゃんと手を振り合い、そのまま別れた。

 そして、私の家についたのだが……。

「今の家じゃないですか」

 IAと住んでいるマンションの一室だ。内装もそのままで、制服姿の自分のほうが異物に思えてくる。

 造花が飾られたテーブル横のソファ、定位置にIAはいない。一応物置――IAが使わずじまいの部屋を覗いてみるが、そちらにもいなかった。

「ん?」

 物置の手前に置かれたカラーボックスの上に乗っているものが目についた。ピカイアのぬいぐるみだ。

 私が国立科学博物館に行ったとき、IAに買ってきたお土産だ。これを渡したのも、今回同様ONEが私にちょっかいをかけてきた時だった。

「こんなところにありましたっけ」

 先週、何かの用事で物置を見たときには無かったはずだ。そもそもIAが私物をどこに置いているかは知らないが、これが定位置というわけではないだろう。

 ぬいぐるみを持ち上げたとき、自分の右手人差し指にはまっている指輪が目についた。

「ああ、そういえば」

 指輪の石に手を当てる。この虹色の石はIAの魂の一部だとかで、これに触れて念じればIAと話すことができる。

 そのはずだった。

『ゆかりへ。今回ONEがやりたいことは危なくないから、やらせてあげて。ごめんね。どうしても困ったらピカイアを頼って』

「……はい?」

 いつもと違い、一方的なメッセージだけが頭の中に響いた。

 どうやら今回、ONEはちゃんとIAの許可をとった上で私に干渉してきたらしい。だからIAに助けを求めることはできないようだ。

 そもそもこの指輪は、ONEが前回のような真似をしたときの保険だ。危険性がないならば、不要なのは理解できる。

 それはそれとして。

「頼る……これを?」

 ピカイアのぬいぐるみは何も言わない。

 しかしまあ、IAがそうしろと言うなら何かの役には立つだろう。私は、通学に使う鞄にピカイアのぬいぐるみを忍ばせておくことにした。

 

  *

 

 次の日。朝出かける準備をしていると、あかりちゃんから連絡があった。いつもの集合場所に着くのが、少し遅れるとのことだ。

 どうやら、私とあかりちゃんは毎日一緒に登下校している仲らしい。集合場所は昨日別れた丁字路だろう。

「しかし、高校ですか」

 私にとって、高校生活はそこまで思い入れのない時間だった。特に部活には属さず、普段の休み時間は本ばかり読んでいた。クラスメイトと交流したのは、学校行事で班を組んだ場合だとか、義務感で誘われた時しかなかったと思う。

 今から振り返れば少しもったいない気もするが、当時の私にとってはそれが最善だった。たとえフィクションのように華々しくなくとも。

 印象に残っているのは、それこそ修学旅行で東京へ行った時くらいだ。あの街の雑然とした感じが、なんとなく私が紛れ込む余地がありそうな気がした。大学で上京したのは、それがきっかけだったと思う。

 そしてマキやつづみさん、ささらちゃんに会えたのだから、私の選択は間違いではなかったのだろう。

 そんなふうに考えながら、待ち合わせ場所に立っていると、あかりちゃんがやってきた。

「ゆかりさーん! すいませーん!」

「大丈夫です。まだ間に合いますよ」

「うう……」

 あかりちゃんはよっぽど慌てていたのだろう。三つ編みもぐちゃぐちゃだ。

 それを指摘すると、あかりちゃんは照れくさそうに笑った。

「あちゃー。学校に着いたら、ささらちゃんに直してもらいます」

「……ささらちゃん?」

「へ? はい、ささらちゃんです」

 あかりちゃんとささらちゃんは、直接の知り合いではないはずだ。

 並行世界での出来事が元の世界に正しく反映されているならば、私を通して映画館で会ったのが初対面になる。その後に友達になったのかもしれないが、可能性は限りなく低いだろう。

 やはり、この世界は意図的に設計されている。

 私は適当に話を合わせることにした。

「ヘアアレンジとか好きそうですよね、あの子」

「そうなんですよ。それに髪だけじゃなくて、今度の喫茶店の衣装も、ささらちゃんの発案でメイドさんなんです」

「あかりちゃんには似合いそうですね」

「もう、ゆかりさんってば」

 学校が見えてきた。

 昨日はじっくり見る暇がなかったが、なかなか古風な造りだ。煉瓦塀にアーチの校門。見れば、自家用車らしきもので送迎されている生徒もいる。そして、見渡す限りは女子生徒しかいない。

 どれも、私の通っていた高校とは違う点ばかりだ。あかりちゃんの母校がモデルかもしれない。

 ……というより、この世界の鍵はあかりちゃんかもしれない。

 しかし、それをあかりちゃんに聞いても確かめることはできないだろう。ささらちゃんの件も含め、彼女は与えられた設定を疑いなく受け入れている。きっと例外は私くらいだ。

 昇降口であかりちゃんと別れ、自分の教室に向かう。

「おはようございます」

 流石にごきげんようとは言わなかった。周囲にそんな挨拶をしている生徒はいない。

「あら、おはよう」

 つづみさんが私に手を振った。私の隣の席に座っている。彼女は、元の世界では私より1歳下のはずだ。

 私とあかりちゃんの年齢差を縮めたため、その間の年齢のつづみさんとささらちゃんは、それぞれの学年に配置されたのだろう。こちらとしても、全く知り合いがいないよりは安心できる。

「なんだか眠そうね」

「つい夜ふかしをしてしまいまして」

 実際は、これからの面倒に頭を痛めていたら、なかなか寝付けなかっただけだ。

「今は何を読んでいるの? 私はこれ」

 つづみさんが古典SFの表紙を見せてくる。

「また懐かしいものを……」

「この年代のSFにしかない味があるのよ」

「それには同意ですが」

 つづみさんと最近読んだ本についてあれこれと話していると、大学時代に戻った気分だ。高校時代に会えていたら、こんな風に話せただろうか。

 ホームルームが始まる直前、ギターケースを背負った少女が教室に飛び込んできた。

 言うまでもなくマキである。

「セーフ!」

「席につくまでが登校だぞ」

 担任らしき先生が、教室の入り口に立っているマキの後頭部をクリップボードで軽くはたいた。教室中に笑いが満ちる。

 この先生は知らない人だ。

 ついでにクラスを軽く見渡す。つづみさんとマキ以外の面々はどうだろうか。

 ほとんどは見知らぬ人だが、何人かは見覚えがある人もいる。しかし、高校の同級生とは関係が続いていないので、確信が持てない。我ながら薄情なものだ。

 先生がクラスを見渡し、ホームルームを始めた。

「えー、改めての連絡だ。来週の土日は待ちに待った文化祭になる。正式な準備期間は週明けからだ。今週の土日になにかしたいなら教室の中で。廊下にはまだ物を置かないように。鍵の管理もしっかりとな」

 今日は金曜日。実質的に、今日の放課後から校内は文化祭の空気に染まるだろう。

 その後は普通に数学や日本史の授業が行われた。なんとも懐かしい光景だ。日本史の先生が、今の会社の上司らしき人だったのは流石に驚いたが、目新しいことはそのくらいだった。

 そして昼休み。三つ編みを綺麗に整えたあかりちゃんが、お弁当を持って私の教室にやって来た。

 頭の中の設定によると、週に2日ほどは屋上で一緒にお昼を食べているらしい。私は会社員の時の習慣で、お昼を持ってきていない。買うとすれば……。

「購買に寄っていいですか」

「はい。良いですけど……やっぱり私が作ってきましょうか?」

「作れるんですか?」

 確認のつもりで聞いただけだったが、あかりちゃんは気まずそうに目を逸らした、

「いやまあ、料理するのはお母さんで、私は包むだけです」

「それは流石に甘えられませんね……」

 おにぎりを二つ、会社の時と同じように買ってから屋上へ。

「おお」

 思わず声が出た。

 花壇やベンチが置かれて、ちょっとした庭園になっている。自分の通っていた高校ではそもそも立入禁止だったから、雲泥の差だ。

 あかりちゃんが、そんな私を不思議そうに見ている。

「どうしたんですか?」

「えー、今なにか、空に見えた気がしたんですが」

「UFOとかですか? ゆかりさん、そういうの好きですもんね」

 今日のゆかりさんは何だか変ですねえ、などと呟かれてしまう。

 実際、自分でも調子が狂っていると感じる。いつものように言葉がするりと出てこない。

 もしかすると、身体に心が引っ張られているのかもしれない。

 空いているベンチを見つけ、二人で並んで座る。あかりちゃんが開いたお弁当は、相変わらず凝ったものだった。なんと、『文化祭まであと八日!』と薄焼き卵で文字が書かれている。

「もー、お母さんったら。今日はゆかりさんとお昼だって言ったのに」

 そう言いつつ、あかりちゃんはきちんと写真に収めていた。

「昨日もですか?」

「そうなんですよ。あ、ゆかりさん、おかず少しあげます。おにぎりばっかりじゃ、風邪ひいちゃいますよ」

「すいません。ではお言葉に甘えて」

「一人暮らしだと、やっぱり料理するのは難しいんですか?」

「その気がないだけですよ。作ろうと思えば色々作ります」

 そんな事を話しつつ、お昼を食べていく。

 そしてその裏では、ONEの意図を考えていた。なぜこんな世界に私を放り込んだのだろう。

 以前は私を困らせ、IAの凄さを分からせるために無人の世界に閉じ込めた。

 今回はIAにちゃんと許可をとったうえで行動している。となると、個人的な目的ではない。最終的にはARIAの精霊の使命……地球を平和にすることに繋がるはずだ。

 私への揺さぶりの一環、とするのが一番自然なところだ。IAとは違い、もともとの世界とは全く違う環境に送り込んだらどうなるかの実験だとか。

 しかし、何かが引っかかる。IAのメッセージには、『ONEがやりたいこと』とあった。単にIAの手伝い、私というモルモットの観察だけなら、IAがそう表現するだろうか?

 とにかく、今の私にできることはない。あかりちゃんの先輩として日々を過ごすだけだ。

 何かあるとすれば文化祭だろう。そうでなければ、わざわざ元の世界と違う時季に設定する意味がない。

 そんな風に考えながらお昼を終え、午後の授業に向かう。

 そして痛感したのは、やはり私は体育が心底苦手ということだった。

 

  *

 

 それからの一週間、特に変わったことは無かった。そんな馬鹿なと思うが、本当に無かったのだ。

 文化祭の準備期間ということもあり、生徒たちはどこか落ち着かない様子だった。日に日に廊下は様々な飾り付けや小道具で溢れるようになり、空気が変わっていくのを感じた。

 文化祭の前日を迎えた今日、その雰囲気は頂点を迎えていた。本番が始まれば散ってしまう、期待と不安がないまぜになった気配が校舎に満ちている。

 今日は夜遅くまで残っていいと許可が出たため、多くの生徒が残って準備に励んでいた。あるいは非日常の空気の中で会話に花を咲かせていた。

 私は……やはり、自分が本当は高校生ではないと分かっているからか、少し引いた視点で皆を見ていた。

 劇のリハーサルも終わり、もう帰るだけなのだが、クラスメイトたちは衣装を着たまま話し込んでいた。これまでのこと、明日のこと、文化祭と関係のないことまで。

「なんだか憂鬱そうね、女主人さん」

 そんな私の様子を見かねてか、真っ赤に染まった服を着たつづみさんが声をかけてきた。彼女は被害者役である。

「よく演じられていたし、心配はないと思うわ」

「それはどうも。まあ私はちょい役ですからね」

 私の返事を聞いて、つづみさんは顎に手を当てた。

「……なんでかしら。普段ならもっと、捻ったことを言ってきそうだと思ってしまったわ。失礼なことを言ってごめんなさい」

「お気になさらず。私も同感ですよ」

「体調は?」

「万全ですよ」

「じゃあ創作がスランプなのかしら。ちょうどネタを持っていたから今回は私が書いてしまったけれど、もしかして書きたかった?」

 今回の推理劇は、つづみさんが手がけた設定らしい。大学でも彼女は推理ものを好んで書いていた。ぴったりだろう。

「いいえ。少し前は詰まっていましたが、今は大丈夫です」

 最近、元の世界では、IAの取捨選択宣言に揺さぶられて筆が進まなかった。

 しかし、今はこの世界のことで頭がいっぱいだ。場所どころか世界が変わって、開き直りかけている自分がいる。

 そう。そもそも、どうやったところでIAを騙すことなどできないのだから。高校生活の傍ら、いつも通り創作活動に励んでいればいいのだ。

 問題があるとすれば、この世界で書いた文章を持ち帰れないということだけだった。せいぜい頭の中でプロットを練っていよう。

「どんな話かしら。聞いてもいい?」

「文化祭の前日なのに、SF小説の話をしていていいんですか?」

「勿論。私たちがそうしたいと思ったなら、それでいいの」

 つづみさんは悪戯っぽく笑った。

「きっといい思い出になるわ」

 そして、奇しくもこの世界の裏を突く事を言った。

「思い出、作っちゃいますか」

「ええ。そうしましょう」

「じゃあですね……今書いている話は、世界全体がこう、ベルトコンベアみたいになってて。百年周期で世界の全部が入れ替わってしまうんです。それで例外的に長寿の主人公が……」

 私が実際に高校に通っていたときは、こうして空想の話をできる相手はいなかった。文芸部は私が入学する前年に廃部になっており、他の創作系の部活に間借りする気にもなれなかった。

 父のお下がりのノートPCだけが私の相棒だった。クラスメイトには明かさず、自宅や喫茶店で溢れた妄想を文字に起こしていた。それはそれで満ち足りた時間だったが、やはりどこか寂しさを覚える事もあった。

 ONEがどういうつもりかはわからないが、今こうして友人と語り合う時間をくれたのには感謝してもいいかもしれない。

 ほんの少しだけ、本当に高校生になったつもりで、つづみさんや他のクラスメイトたちと話に花を咲かせた。

 待ち遠しい明日と、終わってほしくない今日を天秤にかけて。

 

  *

 

「犯人は――あなただ!」

 鹿撃ち帽と伊達パイプを装備した小学生探偵が、びしりとマキを指さした。

「ま、参りましたー!」

 マキが両手を上げて降参すると、探偵の少女は歓声を上げた。

「やったー! 当たった!」

「良かったねえ」

 少し歳の離れたお姉さんがぱちぱちと拍手を送る。他校の生徒だろうか。ベレー帽をかぶり、ブレザーの制服を着ている。

 妹さんが少し顔を膨らませ、お姉さんに文句を言う。

「お姉ちゃんも手伝ってくれればいいのに」

「だって私は推理苦手なんだもん。ほら、ポーズ取って!」

 私のクラスの出し物は、参加型推理劇だ。

 クラスの一同は、あるお屋敷で起きた事件の被害者と容疑者を演じる。挑戦者は配られた小道具を身につけ、探偵になりきって推理をする。

 事件の概要と関係者たちの証言をもとに、制限時間内に容疑者とトリックを言い当てられれば粗品をプレゼント、というわけだ。

 教室は大きく二つに区切られ、片方は密室殺人事件、もう片方はプリン盗難事件を扱う。同伴者のいない小学生、あるいは残酷な描写が苦手な人は後者に挑戦できるようにしている。

 今回の挑戦者は小学生と高校生の姉妹だ。さくらんぼの髪飾りをつけた妹さんの名探偵ぶりを、お姉さんは何枚も写真に収めている。

「はい、見事正解したので粗品をプレゼントします。おめでとうございます」

 被害者の役だったつづみさんが、お菓子の詰め合わせを妹さんに渡した。

「ありがとうございます。今回のトリックって、誰が考えたんですか?」

「私ですよ。もし良かったら、プリン盗難事件の方もやってみてくださいね」

「はい、やりたいです! お姉ちゃん、他を見たらまた来よう!」

「いいよー。それじゃみなさん、ありがとうございました。妹の勇姿がたくさん撮れました!」

 姉妹は満足そうに去っていった。なんだかんだ、私も楽しんでいる。

「さてと、そろそろ交代かしら。ゆかりさんは誰かと回る約束をしてるの?」

「ええ、私はあかりちゃんと。つづみさんはささらちゃんとですか?」

「当たり。あの子のことだから、食べ物系は片っ端から回るんじゃないかしら」

「ははは……」

 その後、何組かの挑戦者が来た。私は事件の舞台である屋敷の女主人として演技をした。こういうことをやってみるのは初めてだが、なかなか難しい。いつもの嘘とは勝手が違う。

 交代の時間が近づき、次の当番のクラスメイトたちが段々と教室に帰ってきた。私も女主人の服を脱いで、制服に着替える。

 携帯電話を見ると、あかりちゃんからも、そろそろ当番が終わるという連絡が来ていた。彼女のクラスに向かった方がスムーズだろう。

「あ、ゆかりさん」

 そう思って階段を降りると、ちょうどあかりちゃんが声をかけてきた。エプロンドレス姿がよく似合っている。

「ゆかりさんも交代の時間ですか? ちょうど、そっちに行こうと思ってたんですよ」

「それはよかった。可愛いですね、その服」

「あ、ありがとうございます」

 あかりちゃんは少しの間照れていたが、はっと気を取り直すと私の袖をつまんだ。

「それじゃあ、行きましょうか」

「おや、その格好でいいんですか?」

「はい。うちのクラスは衣装の数に余裕があるので」

 曰く、飲食店なのもあって、汚れた時のための予備も用意してあるそうだ。もちろん何かあれば予備を返しに行かなければいけないが、それまでは来て歩いていいらしい。

「もちろん、ついでに宣伝もって頼まれちゃいましたけど」

「私も推理劇のチラシを何枚か持っているので、適当に配りましょうか」

「はい!」

 流石に廊下を通れなくなるほどではないが、すれ違うのに気を使うくらいは沢山の人達がいる。文化祭のパンフレットを片手に、まずは手近なところへと向かう。一昨日、お昼を一緒に食べながらどこに行こうか話し合っていたのだ。

「オカルトの館へようこそ~」

 ちょっと意外だったが、あかりちゃんが興味を持ったのはオカルト研究部の展示だった。都市伝説やUMAに関する展示がされている。

「あかりちゃん、こういうのが好きなんですか?」

「好きというか、その……ゆかりさんと来てみたくて」

「私とですか?」

 フラットウッズ・モンスターについてまとめられたパネルを、あかりちゃんが指さす。

「ゆかりさんが書いた小説に、そういうのが出てきたので」

「ああ」

 マキの喫茶店に一緒に行った翌週、あかりちゃんは私の小説を買ってきた。私はそれに、いつものように楷書でサインをしてあげた。

 あの本の中ほどに、UMAをテーマにした作品がある。自分が社会人であることを忘れている一方、舞台設定に関係のないこちらは、あかりちゃんの記憶に残っているらしい。

「ゆかりさんは、こういう宇宙人とか、未確認生物っていると思いますか?」

「……いるところにはいるんじゃないですかね」

 同居しているとは言えない。

「本当にいるとしたら、どうして私たちは見つけられないんでしょう」

「なんででしょうね。隠れるのがうまいのかもしれません」

 流石にフェルミのパラドックスと、それに対する仮説について説明する気にはなれない。本気で話したら、あかりちゃんを困惑させてしまうだろう。

「お客さん、小冊子はいかがですか。あと占いも」

 とんがり帽子をかぶり、いかにもな分厚い眼鏡をかけた部員が話しかけてくる。眼鏡に度は入っていないので、雰囲気づくりのアイテムのようだ。

「占いですか?」

「ええ、タロット占い。当たると評判ですよー」

 オカルト部員がタロットカードの束を取り出し、受付に置く。

 どうしよう、と言いたげにあかりちゃんがこちらをちらりと見てきた。私は、あかりちゃんが手に持っている文化祭のパンフレットを指さした。

「時間は大丈夫でしたっけ。見たい劇があるんですよね」

「あ、そうでした」

 あかりちゃんがパンフレットをめくり、そのページを開いた。それを見てオカルト部員が言う。

「ああ、三年三組のやつ。リハ見ましたけど、あれは一見の価値ありですよ」

「もうすぐ始まりますね。それじゃあ、占いはまた今度。小冊子だけいただけますか」

「まいどー。あ。私はこの後、別のところに行く用事があります。明日の午前なら占えますよ」

「では、その時に」

 教室を出るとき、あかりちゃんはどこか名残惜しそうにオカルト部員の方を見ていた。もしかすると占いに興味があったのかもしれない。明日も来よう。

 私のクラスと違って、本格的に舞台を組んで演劇をするクラスがいくつかある。これから見る劇もその一つだ。

 上演前に教室に入り、生徒用の椅子を転用した観客席に座る。あかりちゃんはパンフレットを開き、他の団体の出し物を眺めていたが、そのうちの一つを指さして聞いてきた。

「あの、これ」

 文芸部だ。

「ゆかりさんは、文芸部には入っていないんですよね」

「ええ」

 この世界ができたのは一週間前だから……とは言えない。どう誤魔化したものか。

 そう思っていると、あかりちゃんは意外なことを言った。

「小説を読ませてほしいって言ったの、迷惑でしたか」

「どうしてそう思ったんですか?」

「その……作ったものを発表したくないから、部活に入っていないのかと思って」

 実際の高校生活では、そういう側面もあった。もし人に読ませたいなら、漫画研究部の冊子に載せてもらうなり、ネットで発表するなりできたはずだ。

 私が書いた小説を初めて他人に見せたのは……確か、弟にだ。次は大学で出会ったつづみさんに。二人とも、SFの話で盛り上がった末のことだった。私もそういうのを書いている、と。

 あかりちゃんは、そういうきっかけではなかった。マキが気を利かせた結果だ。

 私は少し考え、ゆっくりと答えた。

「確かに、読んでもらいたいがために書いているわけじゃありません。でもね、読んでくれて、感想をもらえること自体は嬉しいんですよ」

「ゆかりさん……」

 あかりちゃんに、小説家であると明かしたことを悔やんではいない。少しずつ、あかりちゃんに私を知ってもらえばいい。それが私の正直な気持ちだ。

 あかりちゃんはパンフレットを閉じ、まっすぐに私を見て言った。

「感想、ちゃんと考えますね」

「無理はしないでくださいね。夏休みの宿題じゃないんですから」

「が、頑張ります」

 丁度その時、劇が始まるというアナウンスがあった。窓が暗幕で覆われ、教室が暗闇に包まれる。雑談していた観客たちの声が静まっていく。

 スポットライトが灯り、音楽が流れだす。私たちは物語の世界に飲み込まれた。

 

  *

 

 劇の後、私たちは一度校庭に出て、屋台で何かを買って食べることにした。

 焼きそばを買ってから座れる場所を探していると、校庭に組まれたステージの周りに人がたくさん集まっていた。ちょうどクイズ大会が始まるところのようだ。

 食べ物片手に参加するのはやめておこう。脇にベンチがあったので、焼きそばを食べながら見物することにする。

 校庭には白線で大きな丸が四つ書かれ、1から4の数字が振られている。これがそのまま選択肢になるようだ。

 参加者たちは四択問題を当てていき、五人以下になった時点で予選終了。勝ち残った人はステージに上がり、早押し問題の決勝戦に挑むという形式だ。

 あかりちゃんと問題の答えを予想しあいながら見守っていると、なんとつづみさんが決勝戦に勝ち残っていた。最後は惜しくも準優勝となった。

 クイズ大会の見物と昼食を終え、今度は屋内のクラスの出し物を回った。巨大迷路やお化け屋敷など、定番のものがやけに楽しかった。

 時間はあっという間に過ぎ、日差しがオレンジに色づき始めた。あかりちゃんは一度クラスに戻って着替え、実行委員に寄るとのことだった。一度解散となったので私も自分のクラスに戻ったが、特にトラブルなどは起きていないようだ。

 この後は、校庭のステージでバンドや音楽系の部活の発表が行われ、まもなく下校時間となる。

「さてと……」

 何事もなく文化祭の一日目が終わろうとしている。ONEが仕掛けてくるならここだと思ったのだが。あるいは明日だろうか。

 壁にもたれて人の流れをぼんやり眺めていると、見計らったように声がかかった。

「考えてるね」

「おかげさまで。さっさと種明かししてほしいものです」

 いつの間にか、隣にフランクフルトを持ったONEがいた。マスタードは無しでケチャップだけ。すっかり文化祭を満喫しているようだ。

「小説家なのにネタバレ上等なわけ?」

「推理の材料が少なすぎますからね」

「ちっちっち。挑戦状を出すにはまだ早いんだよ」

 意外と地球の娯楽には詳しいらしい。

「ああそうだ。今回はIAにちゃんと言ってあるんですよね」

「そうだよ。ちょっと準備を手伝ってはもらったけど、後は手出ししないことになってる。だからIAに助けを求めても無駄だよ」

「参りましたね」

 そういう私を見て、ONEはほくそ笑んだ。

「きちんと高校生気分になってるみたいじゃん。それじゃ引き続き、青春を楽しんでねー」

 そう言うと、ONEはオレンジ色の光の粒を残して忽然と消えてしまった。やはりと言うか、周りの人たちは驚きもしない。認識を操作されているのだろう。

 改めて、ONEの真意を考えてみる。

「……高校生気分?」

 長い後ろ髪を手で弄る。何かが引っかかる。

 ONEの目的は、私を高校生の気分にすること? なんだそれは。

「……っと」

 携帯電話が震えた。

「もしもし」

『あ、ゆかりさん。準備終わりました。今どこですか?』

「二階の廊下です。昇降口で待ち合せますか?」

『あー、それなんですけど』

 

  *

 

 屋上庭園に吹く風は、少し肌寒かった。

「おお、よく見えますね」

「そうでしょう」

 校庭に作られたステージと、その上に立つ演奏者を一望できる。

「たくさん人がいるステージの前より、こっちの方がいいと思って」

「私にはそうですが、あかりちゃんはいいんですか?」

「ええ。落ち着いて見たかったので」

 吹奏楽部が演奏を終え、大きな拍手が沸き起こる。

 次は丁度マキたちのバンドの順番のようだ。見覚えのある金髪がステージの脇にいるのが見えた。あかりちゃんも気が付き、指をさして言う。

「あ、マキさんだ」

「本当、目立ちますよね」

「ですね。明るくて、皆の人気者で……」

 あかりちゃんの三つ編みが秋の風に揺れる。

「ねえ、ゆかりさん」

「何でしょうか」

「来年、ゆかりさんやマキさんは受験生ですよね。不安じゃないですか?」

「もう来年の話ですか?」

「……だって、文化祭が終わったら、もうすぐ年末じゃないですか」

 元の世界でも同じような話をした。あかりちゃんにとっては、重要な問題なのかもしれない。

「そうですね。私は……」

 実際は受験を一度終えているが、そういうことではないだろう。当時の気持ちを思い返してみる。

「不安ですよ。何一つ確かなことなんてなくて、初めてのことばっかりで」

「そうですよね」

「だから、考えるのをやめました」

「えっ」

 今思い返しても、なかなか幼稚な選択だ。しかし当時の私には最善だった。そのはずだ。

「考えても仕方がないんですよ、多分。だから皆、適当なところで折り合いをつけて、段々と大人になっていく」

「……ゆかりさんもですか?」

「私もそうできたらよかったんですけれど……私は、他の人ほど器用ではありませんから。だから……」

 後ろ髪を指で弄る。

「そう、考えるのをやめた……はずなんですが」

「ゆかりさん?」

 案外、自分のことでも思い出せないことだらけだ。高校生の時、何を考えていたか。東京に進学するにあたって何を決心したか。はっきりと言い表せない。それを言えれば、あかりちゃんの不安を薄められそうな気がするのだが。

 言葉が形になるよりも先に口を開いた時、激しいギターの音と、演奏開始の宣言が風に乗って届いた。

『ぎゅんぎゅん行くよー!』

 あかりちゃんが眼下の校庭を指さす。

「あ……始まりますよ」

「そうですね。聞きましょうか」

 マキが前奏のギターリフをかき鳴らす。

 激しくも哀愁を帯びた旋律のまま一番の歌詞へと飛び込んだ。第二宇宙速度、ウィンドウ、近点と遠点など、宇宙飛行の用語を織り交ぜながら郷愁を歌う曲だ。

 私が大学生の時に作詞した曲だが、この世界でもマキの持ち歌となっているようだ。演奏しているメンバーたちが高校生に戻っているからか、つい先日聞いた時よりも無鉄砲に聞こえる。あるいは聞いている私の感覚のせいか。

 曲は山場を迎えた。あとは最後のサビを叫ぶだけだ。

 

So long(さようなら)!

So long(さようなら)!

My(我が) dear home(愛しい故郷よ)!

So long(さようなら)!

Dear(愛しい)――pale blue dot(小さな青い星よ)!

 

 モチーフは勿論――。

「おや?」

 曲の聞こえ方が変わった。薄布をかぶせたように、こもった音へと変わっていく。

 それだけではない。夕焼け空が、眼下の校庭の景色が不自然に歪んでいく。雨の日の水面のようにぼやけて波打つ。何が起こっているのか。

「わたし」

 不意に聞こえた声に思わず振り向いた。マキの歌に聞き入っている間に、あかりちゃんに変化が起きていた。

「わたし、どうしたら」

 長く豊かな三つ編みがひとりでに解けていた。彼女の細く開いた口からこぼれる声が、奇妙に大きく聞こえる。

「どうしたら――」

 あかりちゃんが再び呟いた途端、周囲の音と景色が一層激しく歪んだ。

「あかりちゃん!」

 そう叫ぶ自分の声すら、黒板をひっかくような音に変わってしまっている。あかりちゃんのそばに駆け寄りたいのにまっすぐ走れない。

 世界の全てが歪んでいく。方向感覚がおかしい。ただ屋上に立っているだけのあかりちゃんが頭上に見える。景色が細く伸びていく――。

 

  *

 

「はっ」

 びくりと身を震わせ、起き上がる。

 私は夕焼けの光が差し込む教室にいた。

 私は結月ゆかり。高校二年生だ。一年後輩の紲星あかりちゃんが文化祭実行委員会の集まりに行っているので、一緒に下校するために待っている。

 別棟からだろうか。吹奏楽部の練習の音が聞こえてくる。どうやら、本を読んでいるうちに眠り込んでしまったようだ。

 今は10月の終わり。夕方の風は日に日に寒さを増してきている。

 そんな情景描写が、頭の中を勝手に流れていく。

「……今のモノローグは、確か」

 携帯電話を取り出し、日付を確認する。

 10月24日の木曜日。まさか。

 私をあざ笑うように、セーラー服に身を包んだONEが黒板の前に忽然と現れた。後ろに手を組み、身をかがめ、悪戯っぽく笑う。

「青春をもう一度、ってね」




今回の、高校生の世界のカレンダーは2030年準拠です。
作品そのものには、年代設定を設けていません。
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