私の同居人はエイリアンだ。
といっても怪しげなUFOや光線銃を操ったりはしていない。むしろ地球の複雑な機械に辟易としている様子すらある。
時として彼女は故郷の惑星のテクノロジーの産物を持ち出してくるが、それらは大抵直感的に使えるものばかりだ。そのコンセプトについて、彼女自身の出自や性質が関係しているのではないかと私は考えている。
まず、彼女はおそらく物理的な肉体を持っていない。意思を持った莫大なエネルギーの塊とでも言うべき存在なのではないだろうか。
もちろん、私たちの常識で考えれば、エネルギーというものはそれを保存する器が無ければすぐに霧散してしまう。熱や光、電気はそれ単体ではそのままでいることはできない。
しかしそう考えれば一番しっくりくるのだ。彼女はしばしば、平然と自分の体から莫大なエネルギーを生み出している。そして他者のエネルギーを感じ取り操作するのにも長けている。それは彼女自身がエネルギーと密接であり――。
*
「うーん。いまいち」
私はキーボードをタイプする手を止め、コーヒーが入ったグラスを持ってストローをくわえた。
しかし中身はすでにほとんど空だったようで、氷の隙間にわずかに残った液体をすする音が虚しく響いた。
気分を変えた方がいい。そう考え、私は一度グラスを置き、手を拭いてからノートパソコンを閉じた。
「次は宇宙人ものですか、先生」
「ヒュっ」
驚きのあまり喉の奥から妙な音が出た。
つとめてゆっくりと振り返ると、待ち合わせ相手の姿があった。
短めの髪に涼やかな雰囲気の女性。普段はそれにふさわしく澄ました表情が多いというのに、今は悪戯っぽい微笑を浮かべている。
彼女の名前は鈴木つづみ。もともと大学の文芸サークルで後輩だった人物であり、今はとある出版社に勤めている。
そして私、SF作家の
「来てたなら言ってくださいよ、つづみさん……」
「夢中で書いているようでしたから。邪魔するわけにはいきませんよ」
今日は土曜日。お決まりの打ち合わせ場所であるバイパス沿いのファミレスに早めについた私は、
今一度、パソコンを開いて中身を見る。
それでもどこかからマスコミが嗅ぎつけてきそうなものだが、そのような事態には一度も陥っていない。おそらくは故郷のテクノロジーで何とかしているのだろう。あの目立つ容姿で堂々と近所の散歩や買い物に行っているのだから、そうでもなければ説明がつかない。
そして、さらに言えばその正体について知られはしないかと言うことだが――IAは今のところ大々的に自分の正体を広める気はないようだった。だから仮に私以外に正体が露見したとしても、記憶を消すなり何なりするだろう。
技術的にも心理的にも、彼女からすればあっさりできてしまうはずだ。何とも恐ろしい話である。
つづみさんは、自分のコーヒーをドリンクバーからとってきて私の対面に座った。
「で、どうなんですか? 最近宇宙人ものは書いてないですよね」
「ああ、そうでしたっけ」
「ええ。なんだか避けてるみたい」
目を逸らさないようにするには努力が必要だった。
「筆が乗らないんですよ、どうにも」
「まあ、そんなこともありますよね。私も最近はそんな感じで」
つづみさんは先ほど言った通り、もともと文芸サークルの後輩であり、物語を書く側でもある。とはいえ彼女は商業的な執筆をする気はないらしく、ちょくちょく同人で発表するだけにとどめていた。
彼女の書く人間心理に深く切り込んだ物語は私も含めてそこそこの数のファンがいるだけに、それを惜しいと思う気持ちもなくはない。しかしそれを口にするのは野暮だろう。
趣味で書いている小説の話を少々した後、「さてと」と言い、私は仕事の話に切り替えた。
「で、どうですか今回のは」
「良いと思いますよ。ただ、少し揺さぶりが足りない気もします」
「ああ、やっぱりそうですか」
私が今書いている小説のタイトルは『リレイヤー』。あらすじは簡単に言えばポストアポカリプスに生きるロボットたちの話である。
しかし普通と違うのは、そのロボットたちの体内には人間の遺伝子が保存されていると言うことだ。
放射線が満ちる世界で、ロボットたちは普通の人間の暮らしを模して生活している。生まれ、成長し、学校に通い、仕事をし、恋をする。
そして恋をした相手の体内に保存された遺伝子と自分の保存する遺伝子を組み合わせ、『子供』を作る。そうやって生まれた子供を育て、老いると自身の遺伝子をデータベースに登録して機能を停止する。
いつの日か、人類がまた暮らせる日が来るまで、その体内に保存した遺伝子からシミュレートされる見た目と能力を付与されたロボットたちは活動する。
ただ、未来の命へと遺伝子を受け継ぐための
作中では、地下深くから発掘されたシェルターの中に生身の人間が眠っているところから物語が展開していく。少年と少女が一人ずつ、コールドスリープ装置の中に入っているのだ。彼らの遺伝子をどう扱うのか。二人を起こすべきなのか。起こしたとして除染済みの施設の中で一生を過ごすことを強いるのが正しいのか。
私の一番得意とする、読んでいて頭が痛くなってくるSFというやつである。これが商業的に受け入れられているというのはありがたいことだが、現代人の感性は大丈夫なのだろうかと余計な心配もしたくなる。
「送ってもらったプロットだと、最後に少年と少女を目覚めさせる決定を下したところで物語が終わりますよね。往年のSFっぽくて私は好きなんですが……ちょっとパンチが弱いような気もします」
「まあ、そうですよね。確かに……」
となると、プランBだ。
つづみさんに送ったプロットと並行して書き進めていたものを見せる。
「コールドスリープ装置が自動で少年の蘇生を行います。装置の周りを除染したせいで、生存可能な環境だと装置が誤認識したんです」
「……少女は?」
「いいえ。少年だけです。蘇生に移る放射線量の基準が違うのだと作中では説明します」
「なるほど」
「ロボットたちは生きた『人間』に対し、強制力を持てません。いわゆる三原則ですね。だから彼の意思で彼の将来を選ぶことになる」
「ふむ……。色々と分岐が考えられそうですが、どうしましょうか」
つづみさんは自分のパソコンにメモを取り始めた。私は話を続ける。
「今考えている結末だと、少年は再びコールドスリープ装置に戻ります。そして自分の遺伝子を乗せたリレイヤーを作り、自分の代わりに世界を見てくるようにと」
「……そう来ますか」
「つづみさんならどうしますか」
つづみさんは、コーヒーを半分ほど飲む時間を思考に使った。
「私が書くなら……リレイヤーの女性と恋に落ちると思います」
「眠っている少女と、ではなく?」
「ええ。おそらくリレイヤーたちはそれを望むでしょう。生身の人間同士、生きた遺伝子同士の交配を。ですが少年は種族など関係なく、自分と毎日接しているリレイヤーの女性を大切に思うようになる。そしてリレイヤーの女性に、彼女の体内の遺伝子の復元を依頼するんです」
「……あー、なるほど」
こういう物語性の違いだけでも、自分がどちらかと言えば内向的なことを痛感する。私は物語を人と人との関係よりも、一人一人の内面に向けようとする。今回で言えば、少年の決定は少年が一人で下すものだ。
「まあ、これは私ならどう書くかということですから……ついしゃべりすぎましたね」
「いえ。私はつづみさんのファンですから」
「相変わらずですね、先輩は」
つづみさんは頬杖を突くと、再び悪戯っぽく笑った。
*
IA -ARIA ON THE PLANETES-は自宅のソファの上で思考を巡らせていた。
ARIAの精霊である彼女が制限をかけずに思考や感情を発揮すると、その影響は容易に周囲の空間に現れる。
七色の光が描く曲線がリビングの中を満たし、宝石を内側から覗いたかのような光景が広がっていく。
考えるのは同居人について。
「……結月ゆかり」
彼女の心理はシンプルなようでひどく複雑だ。
大胆で謙虚。寛容で残酷。保守的で革新的。好奇心旺盛で臆病極まる。
人間の心理が矛盾を抱えがちであることは地球に来る前に学んでいた。
しかし彼女の矛盾の度合いは、平均的な人間よりも大きい。
そして、それでいて表面上はなんら矛盾したところが見えない。
常に鬱屈した矛盾を抱え込んでいるのに澄ました顔をしている。
「――わからない」
IAは自分が同居する人間を選定するにあたって、いくつかの条件を設定した。
健康。家族構成。経済状態。年齢。価値観。
それらをクリアした人間は日本国民だけで百万人以上いた。
その中から偶然選ばれた人間。惑星ARIAのテクノロジーによる、完全にランダムな抽選による人選。
だというのに、結月ゆかりはあまり平均的な人間には見えない。
人間を理解し、ARIAのテクノロジーに対する反応を観察するテストケース。本来の想定よりもずっと長い時間が結月ゆかりに費やされている。
「……撤退」
それはノーだ。地球の悲鳴を無視するわけにはいかない。
そして結月ゆかりを理解しないうちには、他の人間を選定し直しても同じことが起きる可能性がかなり高い。
「わからない、なあ……」
そこまで考えたところで結月ゆかりが帰宅した。
がちゃりとドアの開く音がする。
「ただいま帰りました」
IAは周囲の光を体内に収納すると、同居人を出迎えた。
*
家に帰ると、定位置となるリビングのソファの上から宇宙人がこっちを見ていた。
「おかえり」
「ええ。ただいま」
私が荷物を置いてリビングに戻ってきても、IAは変わらずソファの上で虚空を見つめていた。
IAは自分の部屋を持っていない。家にいるときは大体ソファに座るか横たわっており、せっかく2LDKの部屋を借りているのに、私が使っていない方の部屋は物置になってしまっている。
仕事以外の時間は常にこの家にいるというわけではないようで、ふらっと思いつくままにこの星のあちこちを見てきたり、故郷の惑星に戻ったりもしているらしい。
となると、やはりIAにとってこの家は私を観察するための一つの場所でしかないのだろうか。今もテレビを見ていたりスマホをいじっていたりしたようではないようだし……。
今のように、虚空を見つめていることも多い。かと思えば、時たま唐突に曲を口ずさみ始めることもある。それは流行りのナンバーであることもあれば、昭和歌謡であったりクラシック音楽であったりする。
この星での表の顔にアーティストを選ぶ当たり、やはり音楽に思い入れはあるようだ。
もっとも身近でありながらもっとも謎の人物。……人物なのかも怪しいが。
私は沈黙に耐えかねてテレビをつけた。するとこのリビングにいる人物の顔が大写しになった。
「おや」
今夜の歌番組の宣伝だ。IAが新曲を発表するとのことで、全世界の国と地域で同時中継を行うとのこと。
……彼女は今ここにいていいのだろうか。あと何時間もしないうちに本番が始まると思うのだが。
一応聞いてみる。
「あの、これに出るんですよね?」
「そうだね」
「行かなくていいんですか?」
「あと5分経ったら出かける」
一応スケジュールは頭に入っているらしい。おそらくまた文字通り『直接』収録現場に行くつもりだろう。
「仕事は順調ですか?」
「……アーティストとしては、少しずつ確実な進歩がある。ゆかりの理解と観察に比べると、確実に」
「それはどうも」
IAは私の皮肉をよそに、物憂げに長い睫毛を伏せた。
「けれど、やっぱり日本以外では展開が遅い」
「……やっぱり?」
そう言えば、この星に平和と調和をもたらすという割には、IAはこの平和極まりない国を拠点に音楽活動を行っている。
海外での仕事も増えているようだが、日本に比べると順調ではない。そしてそれは『やっぱり』といえる予想の範囲内でもある。
「……ちょっと聞きたいんですが、IAは世界を平和にしに来たんですよね?」
「そうだよ」
「で、私にあれこれするのと並行してアーティスト活動でも平和を歌っている」
「そう。……それがどうかしたの?」
「なんで日本を拠点にしたんですか? 日本人って、あんまり平和とかのメッセージに熱くなるタイプじゃないと思うんですけれど」
むしろ冷めた見方をしている人たちが多いように思う。自分たちの暮らしを守るのに精いっぱいで、今が平和である以上のことを望まない人が多いのではないのだろうか。
私もそうだ。
今も世界中で飢えている人が、傷ついている人がいるのは分かっていても、それに対して継続的な支援を行うことはない。思い出した時にコンビニの募金箱に小銭を入れる程度だ。
そんな国で、なぜ。
「日本を拠点にすることは、二つの意味があるの」
テレビは今夜の番宣が終わり、夕方のワイドショーに切り替わった。この後は通り雨が降るらしい。
「一つはこの国のそう言った性質こそ、私が向き合わなければいけないものだから」
「……なるほど」
「そしてもう一つは、この国の人々の考え方が、私の力を安定させるために相性が良かったから」
「考え方?」
「全ての物に神が宿ると考え、生命を見出す」
それはつまり。
「
「そう。その考えは、ARIAの精霊の力を発揮するための土壌として最適に近いの」
IAの周りにほんのりと、七色の燐光が浮かんだ。
「他のどの国よりも最適な環境。私より先に地球に来た、七色の魂を持つ精霊が注目した通りに」
IAの言葉に私は驚いた。勿論、IAの惑星が地球を把握しているのは当然だろう。だがこの星を訪れた精霊はIAが初めてだと思いこんでいた。
「あなたより先に、地球に来ていた?」
「らしい」
「いつのことですか? 今はどこに?」
「分からない。ARIAと地球では時間の流れが違うから……」
またとんでもないことをさらりと言う。
「地球の時間で言えばずっとずっと昔。そして、かの精霊はどこかに行ってしまった。ARIAにもいないし、地球にもいない。確かに存在の痕跡は感じるけれど、ここにはいない」
「……その精霊の名前は?」
「――NYGY」
「ニー……なんですって?」
私の困惑をよそに、IAは立ち上がった。
「そろそろ出かける」
「ああ……お仕事頑張ってください」
「うん」
IAは頷くと姿を消した。七色の光の残滓がほのかに広がり、薄れていく。
気が付くと雨の音が聞こえていた。
コーヒーを入れる。時間的にまだカフェインレスにする必要は無いだろう。立ちのぼる香りを嗅ぎながらIAの言った言葉を頭の中で反芻する。
七色の魂を持つ精霊。IAの故郷でも特別とされる、そう言った存在が地球にやってきていた。そして日本に注目していた。
相変わらずスケールが大きい話だ。私が書くSF小説など彼女たちにとっては日常茶飯事なのではないだろうか。
「そして、仮に注目しただけではないとしたら……」
IAの呟いた名前。七色の魂。八百万の神。
この国が、この国だけが、IAたちの力を引き出すための土壌として適しているとしたら。そんな偶然があるのだろうか。
IAのようなスケールの存在が、この国を訪れて、果たして何もしなかっただろうか。たとえ本人が何もしなくとも、影響を与えずにいられただろうか。
それはある意味恐ろしい想像だ。
コーヒーカップをもってリビングに行くと、窓の外は明るくなっていた。通り雨はもう行ってしまったらしい。
窓を細く開けると、雨上がりの空気がコーヒーの香りと混じった。
「もしかしたら、この国はもうとっくに……」
雨上がりの空には、七色の橋が輝いていた。