Re: 早坂愛を落としたい   作:ソロモンよ私は以下略

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生徒会、手伝うってよ④

人間は逆立ちしても自然には太刀打ちできない。

 

古代社会では宗教的儀式を通して自然の猛威を鎮めようとし、現代では科学の力を以って被害を最小限に食い止めようとしている。

 

どの時代でも人間は自然にひれ伏すのがこの世の理だ。

 

「おっけーグーグル、今日の天気は?」

 

――現在気温21度、雨です。

 

「明日の天気は?」

 

――明日の港区は最低気温22度、最高気温26度で晴れるでしょう。

 

「へい、Siri!」

 

――そのような名前ではありません。さようなら。

 

かわいいアシスたんがグレた。

そして恋愛を司る神は死んだ。

土砂降りの影響で買い出しは当然中止。

 

交流会に必要な菓子類は、責任もって四宮家が用意するとかぐやからメールが届いた。

 

せっかくのお膳立てを台無しにされたわけだが、秀知院の校舎内で式はひとり、パーティー用のテーブルを乗せた台車を押していた。

 

資本主義の歯車、労働者という奴隷。

 

雨にも負けず、風にも負けず、積雪で交通機関が麻痺していようが、感染症が拡大していようが、奴隷の行進は止まらない。

 

その子である式も、社蓄精神は色濃く受け継いでいた。

多目的室と備品が置かれていた空き教室の間を何度か往復。

 

それだけでもそこそこ重労働だ。 

 

時間の余裕はあるので休憩を挟もうと飲み物の調達をしに自販機へ。

ペットボトル片手に多目的室へ戻ってきたら、本来いるはずのない人物がいた。

 

「もしやと思ってきてみれば、やはり居たか」

 

生徒会長の白銀御幸、その人であった。

ただし一張羅の制服ではなく、体操服姿で。

 

「何故に体操服で?」

 

「制服が濡れたからに決まっているだろ。だが降り注ぐ雨を一身に受けていたからか、心の汚れがごっそり洗い流された気分でもある。悪くはないな」

 

だからロッカーに閉まっていた体操着に着替えたと白銀はいう。

 

「どうして来たんですか?」

 

「さっきも言ったはずだが、もしやと思い来たまでだ。そしたら案の定お前が働いていたと」

 

「ここまでのアクセスは?」

 

「チャリで来た! だが心配はいらん。なんたって俺のスマホは防水だからな!」

 

黄門様の印籠のようにスマホを見せびらかす白銀。

 

スマホの性能を誇示するよりてめえの心配をして欲しいものだ。

 

確か白銀家は世田谷の三茶辺りに居を構えていたはずだ。

 

ぎりぎり自転車通学圏内ではあるが、悪天候にも関わらずペダルを漕ぐのは常人では確実に躊躇する。

 

なのに頭の片隅に自分が土曜に出張ることが残っていただけで様子を見に来るとは、お人好しというか、お馬鹿ちゃんというか。

 

「そういう月城こそ、その恰好はどうした。登校には制服か学校指定のジャージの着用が義務付けられているぞ」

 

「あの生徒心得は原則なので、今回は例外に当たるかと判断しました」

 

まあ原則の二文字がなかったとしても、クロックスに海パンの組み合わせに変わりはなかったが。

 

学生服にローファーはどう考えても濡れる。

 

それでも心得を守れと強要されるなら、三田か田町と高校を直結しろと申し立てるしかないだろう。

 

秀知院の金持ち衆の財力を発揮する貴重な機会だ。

駅前の大通りで信号待ちする時間が無駄だから是非そうしてほしい。

 

「それにしても良く働くな。別に無理しなくてもいいんだぞ」

 

「前日にどたばた慌てるのは好きではないので。あと暇だったので」

 

「暇だからって仕事をしなければならない理由にはならんだろ」

 

「暇だからこそ、時間を潰すために動くんですよ。生産性のないコンテンツに没頭するよりも有意義な時間の使い方でしょう」

 

家事を担当し始めたのも、暇を持て余していたのが理由だったりする。

やるべき事を予め済ませ、本当に暇な時間が出来たなら極限までだらける。

 

中学で勉学とのメリハリをつけるために生み出した式の持論だ。

 

「次はテーブルクロスを運びます。手伝ってくれますよね」

 

「勿論そのつもりで来たのだからな」

 

その日は馬車馬のように働いた。

 

切りのいいところで上がろうとしたが、如何せん外が荒れているので、天気が回復するまで働いた。

 

そのお陰で翌日の設営は滞りなく進んだ。

 

隅のほうでサボろうとする不届きな輩は容赦なく詰めた。

こういう時に混院の肩書は便利だ。

 

由緒正しくない家柄の奴は一体何をしでかすか分からない。

そう思ってくれるからだ。

 

そして交流会当日。

 

「皆サマお疲れ様デス。急ナお願いでしたが、よくぞ形にしてくださいまシタ」

 

依頼主校長の登場だ。

 

設営が完了した多目的教室では日本とフランスの生徒で賑わっている。

 

順調な出だしに校長はうんうんと頷く。

 

「ウェイターまデ手配したのは驚きまシタ。やはり貴方を生徒会に迎え入れたのは正しかったようですね、Mr.月城」

 

「秀知院の評判を落とさずにすみ一安心です」

 

ウェイターは本職を呼ぶ手もあったが、経費削減のために大学から引っ張ってきた。

 

伝手は部活のOBだ。

 

金属理化学研究部の最大の特徴は、その名とかけ離れた活動実績などではなく、卒業生との強固すぎる結束力が第一にあげられる。

 

主に経済的援助だ

野外ステージや大型ディスプレイやその他諸々のレンタル料。

審査員にかけるキャスティング料。

それらをほぼ賄っているのが、メタリカの現役生への支援金だ。

 

上流階級のOBとOGがガンガン諭吉を投げてくる。

 

大学の金属理化学研究部は毎年数名をライブの裏方として送り出してくれている。

一応大学の学祭でもライブはあるようだが、どちらかというと高等部の方が力を入れているみたいだ。

 

大学では自由がきく分、将来についても視野に入れなければならないため、あまりはっちゃけられないのだとか。

 

部活にたまに顔を出しているOBに相談したら飲食経験のあって直ぐに対応できる人を紹介してくれた。

 

これにて業務終了………といきたいところだが、生憎まだ残っている。

 

ホームページに掲載するための写真をとることが。

 

最近は写真を撮られたり、撮ったりする機会が多い気がする。

 

マスメディア部も取材を名目に忍び込んでいたので、彼女らが盗撮した写真を流してもらう案も無くはないが、あの二人と関わるのはちょっと気が引ける。

 

校長も生徒会役員がパーティーに混ざるのを望んでいるようなので、ひっそりとお邪魔することになった。

 

 

 

 

 

フランス語。

世界で英語に次ぐ2番目に多くの国・地域で使用されている言語(Wiki調べ)。

 

「ペラペーラペラペーラ」←本場のフランス語

 

「ペラペーラペラペラペーラ」←なんか凄い流暢なフランス語

 

秀知院の学生代表、白銀御幸。

絶賛言葉の壁に激突中である。

 

対話に備えてハンドブックで予習はしていたものの、にわか仕込みじゃ通用しない現実に焦りを覚える。

 

かぐやと藤原は既にあの輪に混ざってペラペーラしている。

 

(フランス語のスキルは特典でついてくんのか!?)

 

白銀は頭を抱えたくなった。

居づらいことこの上ない空間で縋る先は一つ。

 

「月城はフランス語話せたりするのか?」

 

同族の式だ。

外部入学者同士でこの苦しい時間をやり過ごそう。

そんな白銀の願いは木っ端みじんに粉砕された。

 

「………日常会話くらいならなんとか」

 

(お前もかよっ!?)

 

それだけを言い残しカメラを構えてスタスタ歩いて行ってしまう。

呆然と取り残される白銀の孤独な戦いが始まる。

 

 

 

 

一方で、同じく孤独な式は平常心を保っていた。

仕事として立っているなら余計な干渉をする必要はない。

 

話しかけられた時だけ、一言二言返せばOK。

そう、このように。

 

「ボンジュール」

寄ってきたフランス校生への「ボンジュール」。

 

式の知るフランス語はこれ一つだ。

 

ただし先ほどの白銀に対しての発言は見栄ではなく本心から来たもの。

 

英語圏ではハローで押し通せる。

ならばフランス語圏はボンジュールで押し通せる。

 

クラナドは人生、きんモザは語学。

身構えずに軽い気持ちで話しかければOKだ。

 

「日本語でおk」

 

「あっ、そうなんすね。ありがたいです」

 

元々日本文化に好意的な面子が集まっているなら、日本語を操れる生徒がいても何ら不思議ではない。

秀知院の姉妹校も中々優秀な生徒が揃っている。

 

「上杉謙信、サイコー」

フランス校生君は戦国マニアであったか。

 

「おー。白井胤治、サイコー」

と、ニッチなネタからせめて話題を展開していった。

 

話をしていくうちに、日本のサブカルチャーの偉大さを改めて思い知らされた。

 

ゲーム大国日本万歳。

戦国シミュレーションゲームを開発したコーエーも万歳。

 

なまじ歴史小説をかじっていたことが逆効果で、目を輝かせながらぐいぐいと迫ってくるフランス校生君。

なんか日本刀を見たいと強請りだした。

 

剣道部が日本陸軍将校の軍刀を刃引きした状態で保管しているので、土下座交渉すれば貸してもらえる可能性がある。

 

期待しないようにと念を押してから、式は道場へと向かった。

 

 

 

 

その後ろ姿を不敵な笑みを張り付けて見送る影が。

 

「ベツィー、彼が次のターゲットだ」

 

「ヒクッ、まだあるの?」

 

「ご、ゴメンネ。次は大丈夫だから。ね、ね」

 

校長に慰められている少女の名はベルトワーズ・ベツィー。

フランスディベート大会2連覇中で『傷舐め剃刀』の異名で恐れられている。

 

彼女ならば腕っぷしではなく、口だけでフランス革命を成功させていたと、圧倒的な論破力は諸外国にまで響き渡る。

まさにフランス版口先の魔術師。

 

ただしつい先程、生徒会の会長として相応しいかを見極めるために校長により送り出され白銀に絡んだが、ガーディアンかぐやにより返り討ちにあったばかりで涙目。

 

今度も生徒会所属の外部入学生という肩書に耐えられるかを測るべく式を狙う予定なのだが、トラウマを植え付けられた彼女は乗り気ではないご様子だ。

 

会長と副会長だけは別格だと訴えられたことで、渋々とターゲットの背中を追いかける。

 

「Bonjour」

 

廊下でそう声をかけられたことで、口撃対象はゆっくりとベツィーへ振り返った。

 

特別な雰囲気を纏っているわけではない一般的な男子生徒は、突然呼び止められたことで困惑気味に軽く会釈を返す。

 

かぐやにカウンターを食らった手前、影響がないと言えば嘘になるが、論破界の女帝としてのプライドをこれ以上傷つけられてなるものかと、ベツィーは気を引き締める。

 

「◆■▲■◆▲■▲■●■●▲■◆●■●▲◆」←耳になまこの内臓を捻じ込まれるレベルの精神攻撃

 

これぞ正に一撃必殺。

ディベート大会決勝でもお目にかかれない質の口撃を披露する。

 

だがしかし、白銀と同じくこの男もフランス語なんてちんぷんかんぷん。

英語ならばワンチャンあったが、意思疎通が図れない彼は。

 

「ボンジュール」

 

でその場しのぎの、目的のブツを借りるために階段を降りていった。

 

まさかこんにちはで返されるとは夢にも思わず、これにはベツィーも唖然呆然。

 

最高傑作ともいえる口撃が全く効いていない。

 

老若男女関わらず説き伏せてきたベツィーにとっては、人生最大の屈辱を受けた一日となった。

 

このまま尻尾巻いて逃げるなんて醜態は晒せない。

 

戻ってきた時に再度勝負を仕掛け、今度は耳に死にかけのアルパカを捻じ込まれ、反対の耳から引っ張り出されるレベルの精神攻撃で討ち取る。

 

そう決意した直後、ベツィー全身に稲妻のようなものが走る。

 

さっきの「ボンジュール」に隠された意味。

それはあの程度の口撃など、彼にとっては日常茶飯事なのだと、とんでもない勘違いをする。

 

朝一に近所の人とすれ違えば、耳になまこの内臓を捻じ込まれるレベルの罵詈雑言を投げかけられる世紀末な世界の住人なのだと、ありえない勘違いをする。

 

その時だった。

 

静寂に支配されていた廊下の奥から、こつんこつんと小さな足音が聞こえてきた。

 

ハッと我に返り視線を上げれば、ターゲットが真っ直ぐこちらへ歩いている。

つい数分前と異なるのは、その右手に携えている日本刀。

 

土下座交渉&部費アップ交渉の果てに勝ち取った式は、一仕事終えた顔で満足気だが、ベツィーの脳内ではターミネーターのあのテーマが流れる。

 

四宮かぐやは同じ舞台で戦ってくれた。

しかし全員が全員、そうであるとは限らない。

 

人間が用いる意志伝達手段である言語を介さずに、仕返しをする手段なんて腐るほどある。

 

まさに目の前のラストサムライのように。

 

「ぎゃあああああああ!!!!」

 

本能に従いベティーは一目散にその場から逃げ去った。

 

いくら弁が立つといえど、そのさえ首切り落とせば強制的に黙らせることが可能だ。

なんて野蛮な思考回路。

 

ちょっと悪口言っただけで、刀片手にぶっ殺しに来るなんてあの日本人頭おかしい。

 

しかしここはフランスからかけ離れた極東の島国。

腹切りに美学を見出す野蛮な国で、フランスの常識がまかり通るはずがない。

 

確かセデックなんて首狩族が存在していたから、彼はその末裔だ!

等と、曖昧な知識の中から結論付け、物陰に隠れて観察していた校長の足にしがみつく。

 

「もうヤダ、ベツィーお家帰る!」

 

「ご、ゴメンネ。今年の生徒会、変り者多くテ困るヨネ」

 

日本怖い。

楽しい楽しい交流会だったはずなのに、強烈なトラウマを刻まれたベツィーだった。

 


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