Re: 早坂愛を落としたい   作:ソロモンよ私は以下略

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月城、捕まるってよ①

入学式からひと月以上が経過し、新入生も高校生活に慣れてきた頃だろう。

 

そろそろ新入生気分も抜け、これまでは借りてきた猫のように大人しかった生徒も暴れだす時期に突入すれば、自ずと風紀委員の取り締まりも強化される。

 

もし運悪く風紀委員に捕まってしまえば反省文、罰が重ければ奉仕活動も科せられ、最後に再発防止要員の強面先輩から有難いお言葉とメンチを頂戴して解放となる。

 

その甲斐があってか、秀知院には変人が多い割には問題児が少ない。

 

しかし校風の自由度が増すにつれ、近隣住民からの評判は下降の一途を辿っている現状を改善するため、内だけではなく外での立ち居振舞いにも目を向けていく方針を固め、風紀委員の面々は日々職務にあたっている。

 

「そこの一年坊主、待てやゴラァ!」

待てと言われて素直に応じるなら、初めからこんな逃走劇は繰り広げていない。

 

「うるせえ! そんなに待って欲しいなら学食の価格改定案通してからにしろ! 外なら千円もあれば腹が膨れるのに、ここは千円も払って素うどん。ふざけるにもほどがあるだろ!」

 

「前を見て走らないとコケるぞ」

 

キャラを崩してぶちギレの石上と、冷静に諭そうとする式は校舎裏を駆け抜ける。

 

背後からは頭から湯気を立て迫る風紀委員の強面衆。

昼休憩恒例のエクストリームスポーツ、昼飯エスケープの時間だ。

 

式がちらりと追っ手を確認する。

鬼ごっこのスタート時よりも差は開いているので、足が縺れない限り追いつかれる心配はなさそうだ。

 

元陸上部の石上だけでなく、小中の9年間選抜リレーに出場している式も、かけっこには相当の自信があった。

 

身体能力の生かし方が間違っているとは思ってはならない。

 

最後の曲がり角をスピードを緩めることなく通過すれば、残る障害は高さ2m強のブロック塀。

 

まさにクリア一歩手前で挑戦者を苦しめる、秀知院版反り立つ壁と評価するにふさわしいラスボスである。

 

凡人ならば、よじ登っている間に風紀委員に捕まり、お縄につく。

 

だが今回の挑戦者は只者ではない。

 

一人は、勉学一本で畏怖と敬意を集め、混院でありながら生徒会長へと抜擢された白銀御行から。

 

もう一人は、一昔前は国の盟主とも謳われた四宮本家に生を受け、超絶腹黒美少女として立派に育った四宮かぐやからの推薦を受けた生徒会役員である。

 

たかだかブロック塀如きに遅れをとる筈がなく、攻略法をも生み出している。

 

その攻略法は単純。

 

うさぎ小屋の庭周りの金網を踏み台に屋根へ上り、助走をつけてブロック塀に飛び付くという、身体能力に物を言わせた力技だ。

 

昼飯エスケープのRTA走者の二人に死角はなかった。

 

全てはリーズナブルで旨い昼飯で腹を満たすため。

 

先行しようと加速する式は勝利を確信した。

 

「たあっ!」

 

今日は定食屋のヒレカツ定食。

 

ご飯と味噌汁お代わり自由で税込700円――は、その一声で1000円の素うどんへと変わる。

 

正義を愛し正義に愛された少女伊井野ミコが、なんとうさぎ小屋の屋根上から防犯ネットを被せてきたのだ。

 

頭上への警戒心が薄かった式と石上は簡単に引っ掛かり、抜け出そうともがけば逆に腕を絡み取られてしまう。

 

「ちょっ、おまっ、卑怯だぞ伊井野!」

 

「卑怯? 散々規律を蔑ろにしておいてよく言うわね」

 

待ち伏せは卑怯だという石上と伊井野は犬猿の仲。

 

喧嘩するほど仲がいいとも捉える事も出来るが、本人達は不仲を自称する。

 

式からはそこそこ仲良く見えるが、口にしてしまえばキャンキャン吠え訂正を訴えてくるのは、火を見るより明らかなので思うだけで留めている。

 

そんなこんなで防犯ネットに手間取っていれば、他の風紀委員に追いつかれ、逃げ道を無くすように囲まれる。

 

逃げ足の早い二人を縛り上げるために、伊井野が先輩に協力を求めチームを結成してから一週間。

 

遂に結果に結び付いた。

 

一年で最大の問題児を現行犯確保。

 

伊井野ミコ、腕を組んでしたり顔。

石上優、うつむいて地面を殴る。

月城式、反省文の内容を考え始める。

 

五月の下旬にしてようやく、風紀委員は昼飯エスケープの勝者となった。

 

 

 

 

時は流れ放課後。

死んだ目をしている式が連れていかれたのは、敵対勢力の根城、風紀委員の部屋だ。

 

「あれ、月城くんだけ?」

 

委員の多くは見回り出払っているようで、一人の少女の姿しか見られない。

 

人の顔と名前を覚えるのが苦手な式も、待機している彼女の名は記憶していた。

 

「えーと、小林だっけ?」

 

「大仏こばち。だからこばちゃん。宜しく月城くん」

 

教室で伊井野が「こばちゃんこばちゃん」連呼しているので、式はてっきり小林だと勘違い。

 

式も改めて自己紹介を済ませ、スチールキャビネットから勝手に反省文を取り出す。

 

まさに常連の立ち振舞い。

 

専属の見張り番として、対面の席に腰を下ろした伊井野は、報告書にペンを走らせている。

 

「それでミコちゃん、石上は一緒じゃないの?」

 

「アイツは提出物を生徒会室に届けてから来るみたい」

 

アイツ呼ばわりの石上は、HR後に教室で伊井野から逃れることに成功した。

 

まず伊井野が接近するとUSBを取り出し、「会長に渡してくる」と切り出した。

 

「明日にしなさい」、「急ぎだからなる早がいいんだ」とボールを投げ合い、伊井野が代理を務めると申し出れば、PCを開いてデータを表示。

 

何やらよく分からない言葉の数々を用いてスライドを捲り、最終的には「今の説明を会長にしてくれ」と。

 

成績優秀でも経理実務には乏しい伊井野と、平凡な成績で税理士事務所に領収書のスクラップを届けるぐらいしか経理経験がない式は、疑問符を浮かべるばかり。

 

なので結局、石上自身が白銀の元を訪れることで落ち着いた。

 

逃げるのではないかと伊井野も疑いはしたが、人質として式を預かっているので楽観視している。

 

一人より二人。

友達と肩を並べて罰を受けるなら石上も来てくれるはずだ。

 

人がいい伊井野はそう思い込んでいたが、二十分経過しても一向に姿を現さない。

 

「いくら何でも遅いわね……」

 

「生徒会を口実にして逃げたんだろ」

 

「はあああああ!? どういう事よ!」

 

伊井野のシャーペンが鈍い音を鳴らして折れた。

 

机をバンッと叩いて勢いよく立ち上がれば、身を乗り出して式に迫る。

 

「どういう事も何も、今日は活動日じゃないからな。それに出金管理簿も月末提出だし、会計予算書も来月の頭まで猶予がある。正直この時期の会計に急ぎの仕事はないぞ」

 

「はああああああ!? だったら何でアンタ黙ってたのよ」

 

「聞かれていれば答えていたさ」

悪びれる様子もなく式は淡々と反省文を進める。

 

実際一言も話さずに口論を傍観していたのは、一方に肩入れするのはフェアではないと判断したまでで、あの時に生徒会の予定について投げ掛けられていれば正直に答えていた。

 

よって、石上の言い分を真に受け確認を怠った伊井野に落ち度があると考えていると、頭上から白紙の用紙が降ってくるではないか。

 

ゆっくりと顔を上げれば、額に怒りマークを張り付けている伊井野が見下していた。

 

「親方、空から反省文が……」

 

「誰が親方よ。犯罪に加担した月城にはアイツの分も書いて貰うことにしたわ」

 

「犯罪って大袈裟な。なあ大仏、これは職権濫用じゃないのか?」

 

困り果てた式は、物分かりが良さそうな大仏に助けを求める。

 

「まあいいんじゃない」

話を降られた大仏ははクイっと眼鏡を掛け直し即答する。

 

「……案外適当なんだな風紀委員も」

 

「ちなみに石上は六枚ぐらい溜まってるけど、月城くんが引き取っておく? コッチしてもいつまでもストックしておくわけにはいかないから、引き取り手を探しているのだけれど」

 

大仏は棚から石上専用とマジックで書かれているクリアファイルをちらつかせる。

 

眼鏡を掛けてるから常識人と決めつけてはならない。

 

物静かで真面目な第一印象が崩壊し、裏切られた気分の式は肩を落として断りの意思を示す。

 

「遠慮しておくよ」

 

「そう。残念」

 

憎めない性格しているな。

内心そう思いつつ、くだらない会話もほどほどに式は手元に集中することに。

 

無言で文字数を稼ぐこと暫く。

時計の長針が一周したところで、ようやく式のペンが止まる。

 

もう次捕まったら書く内容が思い浮かばない。

 

難問の反省文を突破した式は、固まった身体をほぐそうと大きく伸びをすると、待ってましたと言わんばかりに大仏が文庫本を閉じた。

 

「そうだミコちゃん。丁度いい機会だから、アレについて聞いてみるのはどう?」

 

アレとは一体。

他にもいくつか校則を破っている式は冷や汗をかく。

 

反省文や奉仕活動以上の罰が降ってくるのではないかとやきもき。

例えばそう、屋上から逆さ吊りにされるとか。

 

「噂で流れてきたけど、月城ってヴァイオリンやってたの?」

 

一先ずアレが示すものが、罰則に繋がらないことに式は安堵する。

 

「昔に少しな」

 

親の片方が音大卒であるなら、子供が楽器を持たされるのは必然といえよう。

母がヴァイオリンを専攻していたので、幼少期に弓を与えられ、小学校を卒業するまでヴァイオリンに打ち込んでいた。

 

「全国で入賞したことあるって聞いたけど?」

 

その噂とやらのの発生源は恐らく管弦楽部の部員。

 

分数楽器は金食い虫だ。

 

それでも富裕層の子供が通う秀知院では別にヴァイオリンを習うことなんて珍しくとも何ともない。

 

小学生の部では評価をされていた部類に入るので、一方的に顔や名前が知られていることは否定できない。

 

入学当初に管弦楽部から熱烈な勧誘を受けたのも、そういった経緯があったからだろう。

 

「ミコちゃんもピアノ習ってたんだよね」

 

「そうなのか。大仏はなんか習ってたりしたのか」

 

「私はほら、鍵盤ハーモニカとリコーダーぐらいかな」

 

多分その二種は全国民が強制的に練習させられるものだからあまり自慢にはならない。

 

「伊井野はどのレベルだった?」

 

確かに音楽の世界に才能は付き物。

だとしても幼少期のうちは練習時間が物を言う。

 

秀知院のお嬢様ならば評判の良い師を雇ってそれなりに力を入れるはずだ。

 

伊井野自身も呆れるほど真面目なので、きっとさらってさらってさらいまくって、優秀な成績を収めていたのだろう……という勝手な思い込み。

 

「規模の大きな大会で、一次予選抜けたことすらないくらいのレベルだった」

 

表情に影がよぎった。

 

地雷を踏んだことを察する。

ダンテカーヴァー的に言うなら予想外デスだ。

 

瞳から光沢の消えた伊井野みたいな廃人にさせるかもしれないので、思い込みや先入観で物を言ってはならない。

 

きっと練習に時間を割けなかったんだ。

秀知院は初等部から忙しそうな環境だし。

 

課された宿題とか放置して平日5時間、休日となると8時間は防音室に引きこもる暇人と違って、伊井野は忙しかったんだと無理矢理納得させる。

 

「えっと……」

 

謝らなければ。

しかし気の利いた謝罪文が浮かんでこない。

 

とりあえず耳の奥が痛くなるような沈黙を破ろうと、ややパニックになりながらも何とか謝罪文を用意した。

 

「音大のオケと共演しちゃうくらい上手くてゴメン」

 

すたっ←伊井野が立ち上がる音。

 

スッ←伊井野がパイプ椅子を持ち上げる音。

 

ガクッ←式がデスクの下に身を隠す音。

 

「すまんスマンすまん。悪気があったわけじゃ無いんだ。今のは10対0の割合で俺が悪かった。好きな賞状ひとつやるから、それで水に流してくれ」

 

「反省してる奴の態度じゃないわよそれ!」

 

「部屋狭いんだからそんな物振り回したら危ないよミコちゃん」

 

大仏が荒ぶる伊井野を後ろからおさえてくれたので九死に一生を得た。

 

臨戦態勢が解かれたのを確認してから、イモムシのようにデスク下から這って出る。

 

「まあアレだ。点数化して評価するのが前提の音楽に縛られる必要は無いって事だ。文字通り音を楽しむ心を忘れなければ、習いたての素人だって一流さ」

 

一丁前に語る式ではあるが、床に這いつくばりながらという辺り、なんとも格好がつかない。

 

お前、だせえよ。と伊井野が目で訴えかけていた。

 

「あっ、もしかして藤原先輩と旧知の仲だったりするの」

 

「このタイミングで藤原先輩の名前が出てくる意味が分からないんだが?」

 

別に藤原とは入学前から顔見知りだったとかではない。

 

これまでの話の展開で、どうしてあの先輩の名前に結びついたのか、式にはさっぱりだった。

 

大仏に聞き返すと、横から伊井野が割り込んで。

 

「そりゃ藤原先輩がピティナピアノコンペで1位入賞者だからに決まってるじゃない」

 

何故か伊井野が食い気味に力説した。

 

「へえ、そんな凄い人がこの学園にはいるんだな。流石は秀知院だ」

 

まるで他人事のように式は振る舞う。

 

どうやら生徒会の藤原と勘違いしていたようだ。

 

権威あるピティナを制覇した藤原先輩なるピアニストと旧知の間柄ではないが、きっとヒステリックですぐ発狂する先生の元で、多くを犠牲にして得た成果なのだろう。

 

ただ音楽科のない秀知院に進学しているのは引っかかる。

 

プロを目指すなら普通科は選ばないはずだが。

 

もしかすると既にデビュー済みとかだったり。

 

実際、高校に上がる前にソロデビューして、進学校に入学した音楽家も一定数いるので、その道を辿っている人なのかもしれない。

 

音楽一本だけではなく、勉学も怠らない藤原先輩なる顔も知らないピアニストへ心の中で称賛を送っていると、正面の席に腰掛けている伊井野が目を瞬かせる。

 

「藤原先輩って、生徒会の藤原先輩……」

 

「あの人がどうかしたか」

 

「いやだから、その天才ピアニストって藤原先輩」

 

「あのさ、生徒会の藤原先輩とピティナ取った藤原先輩の話を一度にされると訳わからんくなるからやめてくれ」

 

「違う。生徒会の藤原先輩とピティナ取った藤原先輩は同一人物なんだけど」

 

「はあ? 生徒会に藤原先輩なんていねえぞ」

 

「いるじゃない。藤原千花先輩」

 

「それじゃなくて、ピアニスト藤原先輩は生徒会にはいねえってことだ」

 

「だからいるじゃない。藤原千花先輩が」

 

「お前さっきから何言ってんだ? 頭、大丈夫か?」

 

「月城にだけは言われたくないわっ! 生徒会書記の藤原千花先輩が天才ピアニストとして謳われた人なのよ! いい加減気付きなさい」

 

「………ウッソだろ!?」

 

衝撃の事実が式を襲った。

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