翌日。園子は珍しくいつもより早く起きた。今日からまた鍛錬と学校の毎日が始まる。そして、遠足の日も刻一刻と迫ってきていた。
-----
神樹館小学校 教室
「あら、今日は寝てないのね。珍しい。」
「あ、わっしーおはよ~!」
「おはよう。....相変わらず銀は遅いわね。またなにか巻き込まれてるのかしら?」
「そうだね~ミノさん優しいから~」
会話が一段落ついたとき、園子は須美にふとこう言った。
「ねぇ、今日の放課後残ってもらえないかな?」
「今日?....でも鍛錬があるわよ?」
「すぐに済むから。....なんなら、鍛錬に遅れたっていい。」
園子はいつになく真剣だった。その顔を見た須美は、
「それだけ大事な話なのね。........わかったわ。」
と賛同した。彼女の真剣さから読み取って須美は昨日の話の続きだろうと思っていた。
(もしかして....私の考えていた通りやっぱりそのっちって....)
須美がそんなことを考えているとき、
「ギリギリセーフっ!!」
銀がいつものように時間ギリギリで駆け込んできた。
「おっす!須美、園子、おはよっ!」
「おはよう、銀。」
「おはよ~、ミノさん~。........ミノさんも、放課後残ってくれないかな~?」
「放課後?わかった!いいぞ!」
銀は疑問も迷いもなく即答し、さっさと席について朝の準備を始めた。
(銀も!?)
一方、須美は少しだけ驚いていた。が、すぐに理解した。園子はこの二人に今まで隠していた秘密を打ち明けるつもりなのだと。須美は自分の中で覚悟した。園子がどんなことを言おうがそれを受け入れよう、と....。
------------
------
---
時間はあっという間に過ぎ、放課後。教室には須美、園子、銀の三人しかいない。夕日が学校の窓から射し、三人をオレンジ色に照らす。園子はイスを三つ取り出し、そのうち二つ並べてそこに須美と銀が座るように促す。園子は残りの一つを二人と向き合うように置き、そこに座った。
「これから私が二人に話すのはとっても大切な話。だから、真剣に聞いてくれるかな....?」
園子の顔は固かった。いつものおっとりした表情とはまるで違う。二人には彼女が少し大人のように見えた。そしてこう答える。
「わかったわ。」 「あたしも了解した。なんだ?」
二人ともその園子の感じから読み取って真面目に聞くことにした。
「........次のバーテックス侵攻の話なんだけどね、次は....三体で攻めてくる。」
『三体....!?』
二人は声を揃えて驚く。
「なるほど。そう来たか....!」
「いつもより厳しそうな戦いになりそうね....」
「『厳しい』なんて....そんなもんじゃないよ....」
須美の言動を聞いた園子は二人に聞こえないほど小さな声でそう呟く。
「それで、なんだけどね。そいつらがやって来るのは遠足の日。....ちょうど終わって帰ってきてるところかな。」
「よりによってその日かぁ....でも、帰りでよかった!行く途中とか遠足中とかに来られたらたまったもんじゃないもんな!」
「そうね!まだましよ。」
「....話を元に戻すよ。」
園子はそう言うと隣に置いてあったランドセルからノートを取り出す。
「?....これは....?」
須美の問いに、園子は黙ってそれを開き、向かい合っている二人に見せた。
「これは、私の作戦ノートだよ。どうしたらこいつらに勝てるか、考えてきたんだ。」
「ノートにまとめてくるなんて、いつもより用意周到だな園子....」
「前代未聞の三体だからね~」
そのノートには行動内容や、それぞれの役割などが文字と図で表現されており、二人にもすぐにわかりやすいようになっていた。
「すごいわね、そのっち....ここまでのものを書いてたなんて....」
「今から私から詳しく説明するから、よ~く聞いててね~」
園子はそう言うと、ノートに描いてあるバーテックスの絵を指差した。
「まず、今回攻めてくるバーテックスの特徴からね。....蠍座。中称スコーピオンバーテックス。こいつの厄介なところは尻尾についている猛毒の針だよ。かなり鋭くてね、当たったらもう一発アウト....。次に射手座。中称サジタリウスバーテックス。いっぱい矢を飛ばしてくるよ。一発で強力な矢も放てれば、雨のようにも放てる。行動範囲がかなり広いし、これもまた威力が高い技だから注意。最後に蟹座。中称キャンサーバーテックス。反射板を操る。一体だけだとそんなに強いイメージはないけど、このサジタリウスの矢を反射させて思わぬところから奇襲をしかけてくるよ。だから、一回矢を避けたからっていって油断したらダメ。....バーテックスの説明はだいたいこんなもんかな。」
「う~ん........今まで一体ずつだったからいまいちイメージできないなぁ....。でも、こんな強そうなやつらが一気に来るなんて....」
「しかも、こいつら相性が良すぎるわ。....どうしたら....」
「だから、私が作戦を立ててきた。わかったと思うけど、今まで通り戦っても勝てる相手じゃない....。一人一体ずつ戦うなんてのもまるで話にならない。そうならば........三人みんなで協力して、時間をかけて一体ずつ倒す!」
「一体ずつ?」
「でもそれじゃ、他の二体が私たちを狙って来るわ。そしたら....」
「うん....。そこが今回のポイントだね。二人とも今度はこっちの絵を見て。」
園子はそう言うとノートに描いてある別の絵を指さす。
「まず、遠距離向きのわっしーは絶対にバーテックスに近づいちゃダメ。ずっと周りに注意しながら常にどの三体のバーテックスたちから一定の距離をとって。だから、わっしーは後ろから私たちを援護。対してミノさんと私は、バーテックスに突っ込む。二体一だから相手を翻弄できるはずだよ。それに、二人がかりだから視野も広がる。そして私たちもわっしーと同じように、お互い周りを気にしながら戦う。うまくいけば、バーテックス同士で攻撃を与え合うことができるかもしれない。いい?一番大切なことなのは....ダメージを負わないこと。これがなによりも最優先。」
「........OK園子!つまり、あたしたちは守り合えばいいってことだな!」
「そうだよ~!ミノさんは私が守るから~!」
「私も後ろから二人を見てるから。状況を見て二人が危なくなったらすぐに伝えるわ。........それにしても....今回が山場って感じね。」
「ああ。ついに戦いも本格的になってきたって感じ....!」
「あっ、そうだ。バーテックスを倒す順番だけど、まずはキャンサーからだね。反射板が一番厄介だと思うから~。次はスコーピオン。最後にサジタリウスって感じかな~」
「....よし!気合い入れてこうぜ!」
「次の戦い、絶対に勝ちましょう!」
「みんなでお土産持って帰ろうね~!」
三人はそう言って円陣を組んだ。そこで、園子は思い出した。
(あっ....!私のタイムリープのことも言わなきゃ....!)
「ご、ごめん!二人とも!もう一ついい....?」
「なんだ?作戦の付け足しか?」
「いや、違うの....これは私個人の話....。」
園子のこの発言を聞いて、須美は身構える。
(ついに....くる....!)
「わ、わかったわ、そのっち....!何....かしら....?」
「別に私はふざけてるとかじゃないからね?....でも、とっても信じられないようなことなの。自分でも、とても....。あ、あの........実は私....!!」
ガラッ!
「三人とも、まだ教室にいたんですか。早く大赦に行って鍛錬しなさい。」
『....!!!』
そこに入ってきたのは担任だった。あともう少しで言えたのに。仕方なく、三人は担任に従うことにした。
「す、すみません!すぐ行きます!」
「あはは~しょうがないな。....園子、じゃあその話はまた今度ってことで!」
「あ....う、うん....」
---
--
-
鍛錬の後、銀は家で用事があると言ってそそくさと帰ってしまった。園子はせっかくなら三人揃って話したかったので、タイムリープのことを話すのはまた日を改めることにした。
時間は過ぎ、夜。家に帰ってからふと園子は思った。
(もしこのまま....二人にタイムリープのことを教えないで遠足の日を迎えたらどうなるんだろう....。作戦のことは二人に伝えた。二人が私のタイムリープのことを知ろうが知らまいが遠足の日の戦いの結果は変わらないはず....。)
本当は園子はできるだけ二人にタイムリープのことを話したくなかった。もし話したら、二人とこのままの関係を続けることができなくなるかもしれない。というのも、自分に対する見方が変わってしまうかもしれない。だって自分はタイムトラベラーなんだから。これから起こること、すべてわかっているのだから。なにか複雑な気持ちになることは間違いないだろう。
(そうだ....!)
そんなことを考えているうちに、園子の頭の中に一つアイデアが浮かんだ。
(もう一度、今すぐ未来に帰ってみよう....!そうすればこの作戦がうまくいったかどうかわかる!)
園子はすぐに行動した。乃木家のセキュリティシステムをかいくぐり、内緒で家を飛び出した。
(きっと....今未来に戻ればこっちの過去の『私』は『本来の歴史の記憶を持つ私』になるはず....。つまり、私が今まで書いてきたあのノートの存在も忘れるはずだし、作戦のこともなにもかも忘れてしまうはず....!けどそれはわっしーたちがまた私に話してくれると思う!だから....どっちみち『本来の歴史の記憶を持つ私』も作戦は知ることになる!昔の私だろうが未来の私だろうが状況は一緒だ!!)
そんなことを考えながらも、園子が一目散に走って向かった場所。それはもちろん、銀の家だった。園子は焦っているように銀の家の戸を叩いた。すると中から元気な返事が聞こえてきて、戸が開く。
「は~い!!............って園子ぉ!?どうしたこんな夜に!?しかもめっちゃ息切らしてるじゃん!!」
「はぁ....はぁ....いや~どうしても今来なくちゃいけなくてね~」
「?....どうしても?....あ、放課後話そうとしてたことか?」
「いや、違うよ。はぁ....はぁ....鉄男くんいるかな~?」
「て、鉄男ぉ!?鉄男に用があってこんな夜に来たのかぁ!?一体なにを....」
「あ~....とりあえずそれはいいから!呼んできて!」
「!............わ、わかったよぉ....」
銀は少し戸惑いながら鉄男っー!と、奥にいる彼女の弟を玄関に呼ぶ。
「ん?どした姉ちゃん。」
「なんか........園子がお前に用があるって....」
「園子?........あぁ、あの変な姉ちゃんの友だちか。全く....今度は何だってんだ....」
鉄男は嫌な顔をしながらまだ息を切らしてる園子の前に立つ。
「な、なんすか....?」
「鉄男くんっ!!」
「っ!?!?」
園子は目の前にいる鉄男の手をいきなり両手で握った。突然のことで鉄男は困惑する。銀も何が起こっているのかまるでわからなかった。
「ちょ、ちょおっ!!!いきなりなにす........」
バチッっっ!!
(来た。この感じ...!)
鉄男が何か発言していた所で意識が飛んだ。雷が走るかのような感覚。と思ったら、次の瞬間には意識が戻っていた。
「ぅ...ぁ.......んん....はっ!....病院....?戻ってこれた....!」
園子はベッドから起き上がり、外を見る。先ほど初めて未来に戻ってきたときから過去であまり日数を重ねていないからか、外はまだ明るいままだった。ベッドの横に置いてある自分のスマホを起動して見てもまだ神世紀301年4月8日と示されていた。
園子は鉄男を呼ぼうと、彼に連絡しようとする。
すると、突然病院のカーテンが開いた。そしてそこから一人の少女がひょこっと顔を出し、園子に手を振ってこう言った。
「よっ!園子っ!」
「....!!!」
園子は目を見開き、口をぽかんと開けたまま、ただその少女を見ていた。いや、彼女から目を離せなかった。なぜなら、彼女は普通ならここにはいない。本当ならもう二度と会えないはずの人物で、園子にとってとても大切な人だったからだ。その人物がなぜか目の前にいる。
「へへっ!鉄男から園子が目を覚ましたって聞いてさ。なぜか鉄男は行くなって言ってたけど来ちゃった!」
「........ぁ........ぁぁ....」
うまく喋れない。言葉が出てこない。話したいことはいっぱいあるのに。たくさんあるのに。
「いやぁ、ほんとによかった!あたし....園子がこのまま目を覚まさなかったら....」
「ミノさん....?」
「え?」
「ミノさん....ミノさんだ....」
ようやく出た言葉は彼女の名前だった。園子は自然と涙を流した。そして何度も彼女の名前を呼ぶ。
「ミノさんが....ミノさんがここにいる....私の目の前にいるよぉ....」
「....なに言ってんだ園子。あたしたちはいつでも一緒だろ?大丈夫。あたしはここにいるぞ。」
銀はそう言ってゆっくりと園子に近づき、涙を流し続ける園子を抱きしめる。....体温を感じる。彼女の温もりを感じる。正真正銘本物の銀だった。このあまりにもはっきりとしている感覚は間違いなく夢ではない。7.10作戦はきっと成功したのだ。
「ごめん。ミノさん....もういいよ...」
園子はそう言って銀を離す。そして再び銀の顔をよく見た。顔立ちは少し成長しているように感じ、髪も二年前と比べて若干伸びていた。
「どうした?大丈夫か?....事故のトラウマとか....か?」
「あ、いや....ミノさんに会えたのが嬉しくて....」
「嬉しい?....ははっ!お見舞いに来るのは当たり前だろ?後で風先輩たちも来るよ!」
「そう....」
銀の口から『風先輩』という言葉が出てくるのはとても不思議に感じた。
「あれ....お~い!もう入っていいぞ~!」
銀が病室の入り口に向かってそう言った。園子からはカーテンで隠れて入り口が見えない。
「?........もう一人誰かいるの?」
園子はそう聞くと、銀は大きく頷いて、
「ああ!一緒に来たんだ!」
と笑顔で答えた。
やがて、外側からカーテンが全開に開けられる。そこにはひとりの少女が立っていた。顔は少し大人びているが、雰囲気が自分たちと同じくらいかなと感じた。銀と一緒に来た人物だろうか?でも....園子には見覚えがなかった。
「なんですぐに入ってこなかったんだよぉ?」
「いや....あの空気じゃ入りにくいでしょ。それより園子、体調は?もう大丈夫なの?」
「え....」
園子は戸惑った。自分は知らないのに向こうは自分のことを知っている。一体誰なのか。いくら自分の記憶を巡っても彼女の顔と名前は出てこなかった。園子はとりあえず、
「う、うん!ケガしたのは手くらいだよ~!」
と、答えた。それに対し、
「そう。ならよかったわ。」
とだけ彼女は答えた。
「おいおい、芽吹ぃ!本当はもっと嬉しいんだろ?もっと感情を表に出せよ!」
銀が彼女をニシシと笑いながらおちょくる。
「....っ!....じゅ、十分出してるわよ!不幸中の幸いで安心してるし、元気そうでとても嬉しいわ。それに....私は銀や園子と違ってそんなハイテンションにならないから....。」
「またまた~プラモを見てるときの芽吹は私たちも負けるくらいすっごいのにな~」
「ぷっ、プラモは別よ....!」
『芽吹』....彼女は銀にそう呼ばれていた。やっぱり、聞いたこともない知らない名だ。一体この二年間で何があったのか。園子は嫌な予感がした。そうだ、そういえばおかしい。本当なら、もっと早くに気づいていたはずだ。しかし、銀がいることの嬉しさで忘れてしまっていた。
銀が園子のお見舞いに来るなら、必ず一緒にいるはずなのだ。いつもの三人、一緒に。そうじゃなくてはいけないのだ。なのにこの場にはいない。話にも出てこない。
遂には激しい胸騒ぎが止まらなくなり、聞かずにはいられなくなってしまった。
「ね....ねぇ!!」
「ん?どした、園子?」
大声で話を止めた園子を、芽吹と銀は見つめる。そして、園子はおそるおそる銀に聞いた。
「わっしーは........今どこにいるのかな....?」
(第11話に続く)