昼食を済ませて午後になり
いつもの如くターフへ出るも雅から夜に向けてなるべく体力を温存しておいて欲しいと待ったがかかり
何をするかもわからないが雅が言うならと渋々、その日初めて2年走り続けた昼のターフ走を断念した
そして夜になり____
「イオタに悪いこと吹き込もうとしてんじゃねェーよ」
「心外だなァ…あいつなら大丈夫だって思ったから誘ったんだぜ?」
現在は軽装に蹄鉄付のシューズを持って待っていてくれと言う雅を言葉通りの格好に着替えて下に降りて来たところなのだが、呼び出した本人の雅は何故か未来に詰め寄られめいた
「イオタのことだからよっぽどなことはないと思うけどな、それで何かあってみろよ?
俺は本気でキレるからな?」
「わかったわかった…心配性なのは相変わらずだなぁ」
何やら揉めている、と言うのはわかるが
途中から聞いていたが為に内容を理解出来ないイオタは「やっぱり今日の昼は走りたかったなあ」と考えながら雅の所有する古いスポーツタイプのハッチバック車の横で持ち主の雅を待つことにした
「おぅ、またせたな」
「いえ…」
少し待ってから雅は未来に詰め寄られていた為に少し疲れの残った面持ちでやってきた
「まぁ乗ってくれや」
「あ、はい」
雅が車の鍵を開け、一足先に車両に乗り込む
その様子を確認してからイオタもドアを開き固まる
「…?どーした?」
「あの、これはどうやって乗り込めば?」
助手席のドアを開けた瞬間、イオタの目に映ったのは窮屈そうなシート(フルバケ)と乗り降りを阻害しそうなシートの後ろ側からダッシュボード側までをつなぎ合わせる二本の鉄の棒(サイドバー)だった
「跨いでこいよ、最悪踏んづけてもいいから」
「…あと何でこの車後ろにジャングルジム付いてるんですか?」
跨いでこいと言われ、戸惑いながらも椅子に座るイオタは
周囲に視線を張り巡らせ、ふと思ったことを口にする
「横転対策」
「横転するってことですか!?」
その言葉を聞いた雅は愉しそうに笑いながらそういった
そしてそんな雅の言葉に車が転がるようなことをするのかと青ざめた様子でイオタは問いただす
「冗談だよ、半分な
万が一転がった時は乗員の保護に役立つってだけ」
「な、なぁんだ…」
抗議の目を向けたイオタに流石に半分冗談であることを伝えると胸をなでおろす様子を見ていたずらっ子のような笑みを浮かべる
そう、冗談であると言ったがそれは"半分"である
そして万が一転がった場合と行ったのだ
絶対に転がらないとは言っていないのである
そのことにイオタが気づくのはすぐあとのことだった
◆
「ど、どこ向かってるんですか…?」
「ん?まぁもう少しまて」
乗り心地が悪く轍やギャップを拾うたびに襲いかかる激しい揺れに耐えながら
イオタはまだ目的地につかないのかと辟易とした
もうかれこれ30分近く暗い山道を通っている
「あった、ここだ」
街頭が少なく、車のライトを消せば真っ暗になるであろう狭い山道を抜け
その途中にあった墓地の少し先の左角を曲ったところで数百m程の直線に出た
どうやら目的地はここのようだ
「…あの?一体ここで何をするつもりで?」
「シートベルト、ちゃんと締め直しとけ」
ふと疑問に思ったことを口にするイオタだが雅から帰ってくる返答は自身の望んでいたものとは全く違っていた
「…ふぅ」
助手席に取り付けられた4点式のシートベルトを締め直すイオタの横で雅は小さく深呼吸をするとハザードを炊いて左右に車体を蛇行させながら直線の突き当り、山の下りへ入っていく
「あ、あの…これには何の意味が?」
「タイヤ暖めてるんだよ
あと走ってるときに喋るな、舌噛むぞ」
そしてゆっくりと山を下り1つ2つとそこそこ急なコーナーを抜け
左斜下りのコーナーの途中にある家の入口を雅はジッと見つめる
「…あの家に何かあるんですか?」
「ん?…家主がいるときはあの入口付近に車が止まってるんだ
そん時にここ走ると通報が来るから、車があるときはあまり長居は出来ないんだが…」
その日は雅が指す家に車は止まっていなかった
「さ、ここからは喋ってる暇はねぇぞ
シンデレラ城のミステリーツアー開園だ」
言葉と共にその家の先のコーナーへ飛び込むと途中でギアを2つ落とし2速全開で立ち上がる
ボォオッ____プワァアアアッ
立ち上がると同時に低音の轟音が鳴り響き、かと思えば次の瞬間にけたたましい高音に音が切り替わり
イオタが今で体験したことのない強烈な加速で目の前の右コーナーへ差し掛かる
(ぶつかるッ!?)
速度は3桁を越え、普通で考えればあの世行きの速度でコーナーへ飛び込む
イオタは恐怖に目を閉じようと瞬間
ギュンッ
ヴァッバァンッ__ワァアアアッ
強烈な横Gと共に景色が一気に後ろへ流れ、ギアを変えた際のエンブレの音(速度的にヒールアンドトゥ)が響き渡ると再びけたたましい高音を撒き散らして次のコーナーへ向けて僅かな直線をロケットのように加速していく
(うわぁあ!?音が!?カーブが!!?)
初めての体験にイオタの思考はもうグチャグチャになり
車は大きな鳥居のあるキツイ右コーナーを抜けてゆるい左手コーナーへ入った
___ガチャンッ
突き出たマンホールをタイヤで乗り上げ、車体の後ろに金属を叩きつけたような大きな音が鳴り響く
(ひぃいい!?何!?何!!?)
しかし当の雅は気にすることなく、むしろ跳ねて暴れる車体をきっかけに一気に向きを反対に変えて続く少しキツめの右コーナーをクリアした
(ま、また鳥居!?)
続くキツめで長く、何故か中腹辺りが外側におじぎしたガードレールのある左コーナーを抜けると
今度は一般的な神社サイズの鳥居があり、車はその先の緩い右コーナーを終始けたたましい高音を響かせて駆け抜ける
(な、何キロ出てるんですかこれぇええ!?)
そして車は右コーナーを抜けるとこの道唯一のロングストレートに出る
車速はどんどん上がり、耳の痛くなるような高音が鳴り響き
車の挙動は助手席のイオタですら感じ取れるくらいに不安定に右に左にと小刻みに揺れまくる
少し先には緩い左コーナーがあり、見える範囲のコーナーの真ん中には地蔵があるのが見えた
(ひゃ、160___!!?)
ふとスピードメーターを覗き込んだイオタの目には時速160キロを指す位置にいる針だ
しかも直線の後半になるに連れまだまだ下へと針は降りていく
(しょ…正気の沙汰じゃない…)
それほど長く無い筈のストレートを抜けるのも永遠かと錯覚する程の緊張が張り詰めた中
ふとイオタはコーナーの真ん中にある地蔵と目があった気がする
そして車はまだ加速を続けていく、徐々に地蔵の姿がはっきりと見えてくるが車の加速は終わっていない
スピードメーターは怖くて見れなかった
(あ…ダメだコレ、私死んだわ)
そう思った次の瞬間、ドンッと言う衝撃と共に車体が前につんのめると地蔵はイオタの視界の端にものすごい早さで消えていき
何事もなかったかのようにコーナーをクリアしたイオタを載せた車は次のコーナーへ向かって突っ込んでいく
「170ちょいか…久しぶりだからって腕が鈍ったな俺も」
(いやいやいやいやいや!!!)
その後も右に左にと何個かのコーナーを抜け
3つ目の鳥居があるキツい左コーナーを抜けるとゆるい下りの直線に入り、普通に走っていればコーナーだと気づかなそうな緩い右カーブを抜け
その先にあった自販機を通り過ぎたあたりから雅は一気に車を減速させる
____ギャンッ
そしてその場で車体を180°ターンさせると
今度は上りを走る為に再びアクセル全開で走りだした
◆
「3分29秒、まぁこんなもんだろ」
上りを登りきり、その場で再度180℃ターンで向きを変えてから雅はポケットからストップウォッチを取り出して停止させた
口ではこんなものかと言っていたがその実納得は行っていないのか、その表情は思ったより伸びなかったと怪訝なものだった
(に、人間じゃねぇ…この人)
ピンピンとした雅とは対象的にヘロヘロかつゲロゲロに片足を突っ込みそうな勢いのイオタは内心でそう思った
人間よりウマ娘のが精神や身体が優れていると言う理論があるがこと雅においては撤回しなくてはいけないかもしれない
「…で、夜に山まで連れ出してひとしきり暴走行為に勤しんだわけですが
これが私を呼んだ理由ですか?」
「おぅ、いつものターフと公道を配達がてら走るだけじゃ飽きる頃だろうと思ってな」
これのために呼んだのかと問えば悪びれもなくそんな発言が返ってくる
こういうことでこの人に正論を言っても無駄かもしれないとイオタは内心頭を抱えた
「今ので3分29秒、イオタ
お前だったらどれぐらいのタイムを出せると思う?」
「は…?」
そんなイオタを知ってか知らずか、雅はそう言うと笑いながらストップウォッチをイオタへ掲げた
「お前、2年前から走るときのシューズ変えてねぇだろ」
「うッ」
意味がわからないという顔で雅を見つめ返すとふと、なんの脈絡もなしにそんなことを言われた
そして雅の言うそれは当たっている
走る為のシューズはいわば消耗品、一般的な寿命は個人差はあれどおおよそ半年と言われている
それをイオタは成長期でありとっくにサイズも合わなくなり人より手入れはすれどボロボロになったシューズを履いていた
別に未来に新しいシューズを買ってもらえなかった訳ではない、配達で使っているシューズはこっちの時代に来てから買って貰ったやつを使っているのだ
ただし、二人生活するので割とカツカツな状態なので安物なのだ
使い古したシューズはボロでサイズこそ小さくなるが元の世界の最新型、それもディープ家はそこそこ裕福であった為にシューズだけはお高めのいいやつを買い与えられていた為に全開で走ったときは性能に雲泥の差があった
「そうだなぁ…俺が走り始めた時のタイムを考えたとして
この山をイオタが4分フラットを切って走れたら、新品のレース用シューズをお前にプレゼントしてやろう」
「…マジっすか?」
本来であればただでプレゼントをしても良いと雅は考えていたが自身の不器用な従兄にどことなく似てるイオタはそれでは遠慮して受け取らないだろうと思ったのだ
そして何よりそれじゃ面白くなかった
「さぁ、楽しいゲームの始まりだぜ〜?」
月明かりとまばらな街灯だけが照らす薄暗い車内の中
ストップウォッチを片手に雅は不敵に笑った