されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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しかし雪ノ下雪乃が変態なのは間違っている。

『高校生活を振り返って』2年F組 不可思議(ふかしぎ) 可思議(かしぎ)

 

 高校生活といえば、友達とバカやったり恋人とバカやったりバカとバカやったり、みたいなバカみたいな生活のことなのだろうけれど。そんなキラキラ、ピカピカした、蛍光ペンやラメ入りのペンで書かれた読み難い作文を期待していたのでしょうけれど。あるいは読むに堪えない作文を期待していたのでしょうけれど。

 残念ながら、私にはそんな期待に答えられるほどの実績もペンも持ち合わせてはいない。

 私は高校生である以前に小説家であり、誰かの友達である以前に、誰かの恋人である以前に、人間である以前に小説家なのだから――私は語り手であり、高校生活どころか人生すらも歩んではいない。

 

 だからまぁ、こんな読む価値のない駄文を読むくらいなら、私の小説を読むことをお勧めします。

 

 

 


 

 

「なぁ、■■■。私が授業で出した課題が何だったか、理解しているか?」

 

 とある日の放課後。私は国語教師の平塚静先生に呼び出され、職員室でこの学校に入学したことを全力で後悔していた。

 そもそも私は高校に通う気すらなかったのだから。義務教育の期間中くらいは親の言うことを聞いてやろうと、高校受験で移動距離が最も短い総武高校を選んだ。受験は親にバレない程度に手を抜いて落ちるつもりだったのに、中学生にして小説家と言うのは内申点でかなりの評価を得てしまったらしく、なんの間違いか私は渋々と高校生をしている。

 

「もちろん理解しているわ。そして正直に答えるのなら振り返ったところで覚えてなんかいない。時系列順に箇条書きにするなら、『昨日読んだ小説はつまらなかった』の一文で終わりよ」

 

「……君は小賢しいというか、いっそ高校生らしくないな。とりあえず記名欄にペンネームを書くな。本名を何だと思っているんだ」

 

「大事なモノだと思ってるわ。冥王星くらいに」

 

「君の理科の成績は知らないが、多分君、冥王星について大して知らないだろう。太陽系に含まれないことすら知らないだろう」

 

「愚問ね。海王星についても知らないわ」

 

「そこまでは聞いていない」

 

 平塚先生は、うんざりしたようにため息を吐く。

 

「君、部活には入っていなかったな?」

 

「小説家同好会を作ろうと、去年から企んでいるわ」

 

「目論見もするなそんなもの。……もういい。時に聞くが、友達はいるのか?」

 

「私の前に立つ人類は、読者さんかその他で分類されるわ」

 

「…………恋人は」

 

「我が家の湯船に張られた水が私の恋人よ。毎晩私の冷めやらぬ熱を包み込んで冷やしてくれるし、どれだけ傷つけても決して離れない。何より、捨てても罪悪感なんて欠片も湧かないし、代わりが幾らでもいる。理論上、理想の恋人よ」

 

「聞いているうちに、私までその気になってきたぞ……」

 

 額に手を当てながら、もう何度目か数えてはいないけれど片手じゃ足りないくらいのため息を吐きながら、平塚先生は席を立った。

 

「よし、こうしよう。嘘、でっち上げでいいから作文は書き直せ」

 

「吐血するほどの青春ラブコメに仕上げてみせるわ」

 

「よし。……いや、よしではないが、もういい。それとは別に、奉仕活動を命じる。君は私を多大に疲弊させた。罪には罰を与えなければならないのでな」

 

「……私の体は誰彼構わず抱きたがるほどに良く出来てはいないのだけど」

 

「教師である私がそんなことを命じるわけがないだろう。ついてきたまえ」

 

 ……なんでもいいけれど、早く帰りたいわね。

 

「途中、自販機に寄らせなさい。喉が乾いたわ」

 

「反省する気が皆無だな、君は」

 

「反省の省の字は少な目と書くのよ。だから皆無程度が十分なの」

 

「言い直そう。君に反省する気は絶無だ」

 

 


 

 

 半ば引きずられるように向かった先は、特別棟。週何度かの移動教室で訪れる以外には、図書室に一度行ったくらいでしかない。

 

「ここだ」

 

 と、先導した平塚先生が立ち止まり声をかけてきたのはただの教室。扉の上にかけられているプレートには何もかけられていなくて、所謂『ヤり部屋』だと言われたら納得のいく人気の無さ。……まさか本当に、私に奉仕なんてさせる気ではない、……はず。流石に。

 

 平塚先生が「入るぞ」と言いながら教室に入っていったのでついて行く。

 室内はなんというか、殺戮的に殺風景な部屋だった。毛皮に綿を詰め込んで剥製にするかのように、使われていない椅子や机を積み重ねるようにして放置している。

 他にいたのは、黒髪の美少女が一人。この何もない部屋で読書をしている。

 

「……確かに男を相手にするくらいなら女の方が幾らかマシだけれど、知らない女に抱かれて喜ぶ趣味が彼女にあるのかしらね」

 

「知らない女の何を知っているというんだ、君は……」

 

 美少女は私たちに迷惑そうな表情をしながら本に栞を挟み、顔をあげた。

 

「平塚先生。入る時にはノックを、とお願いしたはずですが」

 

「ノックをして君が返事をした試しがないじゃないか」

 

「返事をする間もなく、先生が入ってくるんですよ。それで、その『髪は女の命』という言葉のアンチテーゼの擬人化みたいな人は?」

 

 彼女の言うとおり、私は髪にさほど興味は無い。金やら茶やらで小汚く縞模様に染まっているけれど、それも受験失敗のための策の残りでしかない。

 

「彼女は■■■、入部希望者だ」

 

 平塚先生の目が、私に自己紹介しろと語ってくる。まぁ、いいわ。

 

「私は不可思議可思議。小説家よ」

 

 言い終えた直後、嫌な予感がしたために頭を右に傾げると、左耳に拳が掠めた。……平塚先生がストレートパンチを放っていた。

 

「初対面を相手にペンネームを名乗るな」

 

「名前を二つも名乗ったらそれこそ混乱を招くだけよ。私はファミレスで待つ時にもペンネームを使うわ。……で、あなたはどこの誰なのかしら」

 

「二年J組、雪ノ下雪乃よ」

 

「……同業者?」

 

「本名を名乗ったつもりなのだけれど」

 

 ……いやいや。

 そこまで適当な名前をつけられてると返って愛情というか、愛着を感じられるけれど。

 それでも、私のペンネーム、不可思議可思議に似たセンスを感じた。無いセンスを感じた。

 

「で、新入部員だったわね。歓迎するわ」

 

「それはよかった。彼女は淀んだ髪と同様、精神やら脳やらも害獣の如く淀んでいる。そのせいでいつも孤独で哀れな奴だ。この部で彼女のありとあらゆるを構成し直し更生する。これが私の依頼だ。頼んだぞー」

 

 私たちの返事も聞かず、文句も意見も反論も一切聞かず、平塚先生は出ていった。あの攻撃力は高いけど防御力が低くて大事な時に即死しそうな教師に、人の文句を聞く筋合いはないのだろうか、疑わしい。

 

 とりあえず疲れたから、適当に椅子を引きずり出して私も腰掛けた。

 

 

 


 

 

 

 腰掛けてから三十分。いつもなら家で寛ぎながら小説を書くか読むかしている時間帯。私は欲求不満を解消するようにスマホで小説を書いていたら、離れた位置で読書をしていた彼女が声をかけてきた。

 

「……ここが何部なのか、とか。何か聞く気はないのかしら?」

 

「私は見ての通り忙しいのだけど。あなたは部活中かもしれないけれど、私は仕事中なの。文句があるのならお金を払ってから言いなさい」

 

「拝金主義者なのね」

 

「小説家よ。私はお金を払ってくれた読者さん以外からは一切の文句を受け付けていないの。そして金銭の支払いも受け付けてはいないし、投げ銭は投げ返すわ」

 

「私が言っているのは文句ではなく質問のつもりなのだけれど」

 

「正論至上主義者は行間を読むという行為をしないから嫌いなの。暗に話しかけるなと言ったのが聞こえなかったのかしら」

 

「言っていないのに聞こえるはずないでしょう」

 

 そういうところが嫌いだってのに。……集中力が切れてきた。会話を会話でぶった斬られたような不快感。

 

「……あーあ。ほんと、あーあ。仕方ないから時間を割いてあげるわ。で、何の話かしら」

 

「ここが何部なのか、貴女は分かっているのか聞いているのよ」

 

「部活の名称は知らないけれど、内容は聞いているわ。奉仕活動――つまり貴女の性的欲求を発散させる。部活という名のハーレム、ハーレムという名の部員なのでしょう? 見たところ、恋人なんていなさそうだし。そんなこと私に向いているとは思えないし嫌だからこうして時間稼ぎをしているのだけど、伝わっていなかったみたいね」

 

「……貴女と平塚先生は普段一体どんな話をしているの」

 

「国語の話をしているわ。文系の人間は常にいろは歌で会話するのよ。鳴き声は『走れ、メロス!!』」

 

「理系の人間の偏見ね」

 

「偏見のない人間なんていないし、偏見の目を向けられない人間もいないのよ。……で、じゃあどんな部活なのかしら?」

 

「ここは奉仕部。活動内容は一重にボランティアよ。ホームレスには炊き出しを。モテない男子には女子との会話を。困っている人に手を差し伸べるのがこの部の活動よ」

 

 彼女、雪ノ下雪乃は席を立ち、私を見下すように見下す。

 

「ようこそ奉仕部へ。■■■さん、歓迎するわ」

 

 その目は確かに、持つ者の目だった。優等生が劣等生を見る、哀れみの目。しかして、それを向けられるほどに、私は私をしていない。

 

「生憎と、私は小説を書く以外には能の少ない、か弱くひ弱で貧弱な人間ではあるけれど、他人に救われる謂れは無いわ。そして私のことは不可思議可思議と呼びなさい」

 

「貴女が持ち込まれた悩みそのものなのよ。平塚先生に」

 

「つまり職務放棄ね」

 

「否定はしないわ」

 

 ひどい話である。

 

「けれど。されど。だけど。私は変わる気なんてないわよ。私の座右の銘は『生涯不変』にして『障害普遍』、私は決して変わらないし、私のおかげで社会が障害まみれバグまみれになったところで、望むところなのよ」

 

 私の言葉に、雪ノ下は一歩引き下がりながらも何かを言おうとしたタイミングで、「邪魔するぞ、雪ノ下」と、平塚先生が教室に戻ってきた。

 

「どうやら、更生に手古摺っているようだな」

 

「本人に反省の気が無いせいです」

 

「だろうな」

 

 意思が伝心しているようで何より。神や悪魔に命じられようと、脅されようと、私は私を辞める気はない。

 

「私が変わらないことでの社会への影響だけでなく、私が変わったことでの社会への損害も考えなさいな」

 

「……貴女の性格や存在は、変わらなきゃそれこそ損害を生み出しそうなものだけれど。……変わりたくないというのは、ただの逃げよ」

 

「変わることこそ逃げなのよ。変わるなんて、自殺と同じじゃない。立ち止まるか、飛び降りるか。羽根を生やして飛べるほどに変われる人間は、羽根を生やして飛べる人間と同じくらい皆無よ」

 

 たとえ、未来では小説家が世界を破壊する害悪因子だったとしても、私は小説家をやめない。白紙に文字で世界を生み出すことこそ、私の人生なのだから。

 

「……それじゃあ、悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」

 

「人に人は救えないわ。救われた人間というのはみんな自分で自分を救っているの。人生の主人公は自分であり、他人に救世主(ヒーロー)を任せることこそ、最大の逃げであり最低の自殺よ」

 

「貴女ねぇ……!」

 

 雪ノ下が肩を怒らせながら詰め寄ろうとして、平塚先生に止められる。

 

「二人とも落ち着きたまえ。古来より、正義と正義がぶつかり合ったときは拳を交え、決着をつけ、雌雄を決めるのが少年漫画の習わしだ」

 

「正義と正義のぶつかり合いを詩的に素敵に仕上げて提供するのが私の仕事であって、拳を振るうのは私の仕事じゃないわ」

 

「口答えをするな。黙らされたいのか」

 

「私の手は口よりもモノを言うのよ。穴を一つ塞いだくらいで、私の心までも好きにできるとは思わないこング……」

 

 黙らされた。

 

「つまりこの部で、どちらがより人に奉仕できるか、勝負だ!!」

 

 言い切られてから、口を抑える手は離される。

 

「勝った方は相手になんでも命令できるというのはどうだ?」

 

「嫌よ。私は全人類の命よりも、規格された歯車で構成された社会よりも、私の利き手と目が大事なの」

 

「君はいつまで雪ノ下を変態だと思っているんだ。しかもどれだけ鬼畜な変態だと思っているんだ」

 

「たとえ口頭でも、文脈である以上は詩的に素敵に。正しさよりも面白さを優先しているのよ」

 

「そう言うところが社会に害悪だと言っているのよ」

 

「社会不適合にして、社会不適格な自覚はあるわ。むしろ不規格。私と社会は、メートルねじとインチねじの関係よ。矯正よりも転生を待った方が効果的っていうか一般的ね」

 

 あるいは、転用か。

 

「なんにしても、お断りします。この女に体目当ての変態だとは思われたくありません」

 

「別に受けてくれても構わないけれどね。日本語をおもちゃにしている私に救えない人間は、言葉の通じない非国民だけよ」

 

 部屋の掃除を誰かにしてもらいたかったし、負ける気はないわ。

 

「なら、決まりだな」

 

「平塚先生!? 私の意思はどうなるんですか!」

 

「どっち道、君は彼女の更生を引き受けたじゃないか。部活動の一環だと思って諦めたまえ」

 

 

 こうして、私こと不可思議可思議と、変態こと雪ノ下雪乃の、フワッフワした戦いというか、言い争いは始まった。せめて、良い争いに終わればいいのだけれど。

 

 それでもきっと、締めの一文は『めでたし、めでたし。』

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