されど私に学園モノは似合わない。   作:不可思議可思議

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やっぱ文化祭が祭りなのは間違っている。『結』

 現実は小説よりも奇なりとは言うけれど、しかし現実は小説ほどに入り組まない。殺人事件に真犯人なんていないし、親友と同じ人を好きになったりもしないし、曲がり角で偶然ぶつかったりもしない。名探偵なんていないし、学園のマドンナなんていないし、運命の赤い糸は繋がらない。

 

「いい加減、漫画と現実の区別はついたのかしら?」

 

「……私を笑いにきたの?」

 

 特別棟を上へ上へと登って屋上に出たら、そこには案の定委員長がいた。

 

「笑える程に大した顔じゃないでしょう。ステージで笑い者にするために連れ戻しに……間違えた。エンディングセレモニーで晒し者に……これも違う。……嗚呼、そう、責任。責任を取らせに来たのよ」

 

「……意味わかんないんだけど」

 

「低脳である自覚があるのならそもそも委員長になんてなるんじゃなかったわね。自覚があったからこそ、私たちに、というか雪ノ下に依頼できたのでしょう?」

 

「……だったら、雪ノ下さんがやればいいじゃない!!」

 

「文句はお金を払ってから言いなさい」

 

 そういえばこの言葉を最初に言ったのは、批判から逃げるためだった。面白くないと言われるのが嫌で、つまらないと言われるのが嫌で、嫌われているのを知るのが嫌で。嫌で嫌で嫌で、現実の辛い部分から逃げるために言い始めた。

 

「他人に罪を押し付けるのも罪なのよ。諦めて責任を取って楽になりなさい」

 

 でもそれがいつの間にか、ただ他人を黙らせる文句に成り上がっていた。

 

 ――妥協と諦めこそ解決の近道。

 ――苦悩と工夫は成功への遠回り。

 ――生涯不変で障害普遍。

 

 と、その時。

 屋上のドアが開く、錆び付いた音が響いた。

 出てきたのは、葉山と、相模の取り巻きの女子二人。

 

「連絡とれなくて心配したよ。色々聞いて回って、不可思議さんが階段を登っていくのを見たって聞いてさ。もしかしてと思って」

 

 ……私への嫌がらせのつもりかしら。だったら正解ね。流石に運動部の男子相手じゃ喧嘩にもならないし。

 

「早く戻ろう。みんな待ってるから」

 

「そうだよ」

「心配してるんだから」

 

 葉山の登場で、委員長の口元に余裕が見えた。念願の王子様の登場なんだから、そりゃそうね。

 

「でも……、今更ウチが戻っても、合わせる顔が……」

 

「大丈夫。相模さんのために、みんなも頑張ってるからさ」

 

 このまま放っておけば解決するんでしょうけれど。それこそが私のできる最大の妥協点なんでしょうけれど。……我慢しなければいけないのなら、苦悩しなければいけないのなら、話は別。

 妥協すれば解決するかもしれないけれど、それで苦悩していちゃ成功できない。

 

 苦悩なく、妥協なく、工夫なく、諦めなく。

 

 私の名前は不可思議可思議。

 

 生涯不変の小説家で、障害普遍の焼舌家。

 

「……そういえばスローガン候補の一つにあったわよね。ONE FOR ALL、一人はみんなのために。その対義語がALL FOR ONE、みんなは一人のために」

 

「……何が言いたいんだい、不可思議さん」

 

 葉山は訝しげな表情を浮かべている。

 

「よく言ったものだと、今ふと思ったのよ。一人はみんなの為に、これはまんま雪ノ下のことよね。そしてみんなは一人の為に、これは委員長のことまんまよ」

 

「……どういうことよ」

 

「みんなは一人のために。みんなが一人のために。つまり、逆説的に言えば、一人がみんなに迷惑をかけたってことよね。……人の顔を覚えるのが苦手だからあまり出てこないけれど、生徒会長、雪ノ下、私、葉山。少なくとも四人は困らされた」

 

「いや、俺はそんな、迷惑だなんて思ってないって」

 

 葉山はそうフォローするが、私は葉山に向けて話してなんかいない。被害者ではなく、加害者の問題だ。

 

「……依頼に来たときにも言ったけど、被害者ヅラが気に食わないのよ。他人に散々迷惑かけておいて、自分は悲劇のヒロイン気取り?」

 

「……黙ってくれないか、不可思議さん」

 

 いつかのチェーンメールのとき、三人を犯人扱いしても怒らなかった葉山の、初めて聞く、怒気の滲み出る声。

 

「いいえ、黙らないわ。あなたが今怒っているように、私も怒っているのよ」

 

――シンデレラを愚弄するな。

――白雪姫を愚弄するな。

――赤ずきんを愚弄するな。

――茨姫を愚弄するな。

――グレーテルを愚弄するな。

 

 悲劇のヒロインは決して心配されてはいけない。

 悲劇のヒロインは決して同情されてはいけない。

 悲劇のヒロインは孤独でなければならない。

 

「他人に迷惑をかけることしかできないのなら、そんな人間はヒロインでもなんでもない、ただ死ぬべき魔女なのよ。――自分が傷付くのが嫌だったら、何もせずに死になさっ――」

 

「二人とも何をっ!?」

 

 腹部に刺さる、鋭く鈍い衝撃と痛み。続いて右頬に破裂音と猛熱。遅れて痛み。

 

「ィッグィ……、やって、くれるわね……」

 

 私の鳩尾をぶん殴ってくれたのと顔面にビンタをくれたのは、取り巻き二人だった。私が立っていられず動けない間に、その二人は委員長を連れて何処かへ去って行く。

 葉山は追いかけるでも叱責するでもなく、私を見下す。

 

「……最後のは、たしかエヴァンゲリオンのセリフだったね」

 

「ああ、……言ってて、どっかで聞き覚えのあるセリフだと思ったわ」

 

 呼吸が上手くできないくらいに苦しいし、右頬は湯呑みでも当てられてるように熱い。涙が出てきて目元が痒いし、立ち上がる気力も沸かない。

 

「嫌いな君だから言うけど、俺は俺で、相模さんを指名した責任を取ろうと思ってここに来たんだ。……もちろん、心配したことも嘘ではないけど」

 

「私も貴方のことは嫌いだわ。他人のために怒れる人間は、何かあったときに他人のせいにできる人間だから」

 

「君だって怒っていたじゃないか」

 

「私は私が気に食わなかったから怒っていただけよ。他人なんて他人だわ」

 

 半分くらい嘘だ。言葉にするのも面倒なくらい、何もかもに私はイラついていた。

 

「……あーあ」

 

 

 


 

 後日談。

 

 

 私が起き上がったのは、エンディングセレモニーまで何もかも終了した後のことだった。

 戻ってこない私を心配したらしい平塚先生が駆けつけてきて、動く気のない私を力尽くで背負った。

 

「君のような人間でも泣くんだな」

 

「うっさい」

 

 誰かに背負われるなんて、初めてのことかもしれない。母親は絶対そんなことしないし、三子は私を抱きかかえるから。

 

「……むしろ私は泣き虫なのよ。感想で『つまらない』の一言でも書かれてたら、泣き疲れて眠って、妹に迷惑かけるし……」

 

 不味い。予想以上に弱ってる、私。

 

「文句があるならお金を払いなさい、だったか。確かに言われたら腹が立つが、その言葉そのものは嫌いじゃないぞ」

 

「……その言葉には続きがあるのよ」

 

 ――文句があるならお金を払いなさい。窓口はないし投げ銭は投げ返すけどね。

 

 詰まるところ、着信拒否だ。

 

「アッハッハ! そういうところが気に入っているんだ。包み隠さずに秘め守ると言うのは、誰にでもできることじゃない」

 

「包み隠さず、秘め守る。……いい言葉ね。初めて平塚先生をちょっとだけ尊敬したわ」

 

「ちょっとって……。具体的にはどれくらいなんだ」

 

「蒼さんが最高位なら、働きアリの働かない方ぐらいね」

 

「ちょっとすぎないか!?」

 

「サイズ感の話よ」

 

「最高位でも小さいじゃないか……」

 

 教室か職員室にでも下ろされるかと思ったら、平塚先生は背負ったまま校門を出た。

 

「このまま家まで送って行こう。今の君は放ったらかしたら、家どころか野生に帰りそうだ」

 

「流石に通学路で迷子になったりはしないわ」

 

「それに、私は泣かされた生徒を贔屓できる程度には教師に向いていないんだ」

 

「……私を落としたところで、サービスカットまでに感動ストーリーなんて無いしエロさなんてもっとないわよ」

 

「人を同性愛者みたいに言ってくれるな」

 

「あら。これで結構、好感度は高い方よ」

 

「ああ、君の方がそうだったな」

 

 諦めたような、呆れたような、粘度の高そうな溜息を吐いた。

 

「時に、君はハッピーエンドとバッドエンド、どっちを好む?」

 

「どっちも嫌いよ。私はデッドエンド以外の終わりを認めない。……強いて言うなら大団円ならぬ大往生ね」

 

「……やはりか」

 

 なんだか、知った風な口ぶり。

 

「君は他人に興味がないようで、その実誰よりも人を見ているし、我が事のように苦しんでいる。……見た目からはわからないが、なんとなくそんな気がするよ」

 

「鋭いわね。大体その通りよ。……エンパス体質って知ってるかしら」

 

「詳しくは知らんが、共感力だか霊感だかが強いんだったか?」

 

「大雑把に言えばそうだけど、私の感覚的には、他人との境界が希薄ってイメージね。『我が事のように』じゃなくて、我が事なのよ。知らない人間でも目の前で人が刺されれば刺されたように痛いし、周りで百人苦しめば百倍苦しい。満員電車なんて地獄そのもの」

 

「…………」

 

「原爆云々の戦争映画を見れば核で焼かれたように辛いし、失恋シーンを見れば胸が張り裂ける。切開シーンのある医療系の映画やドラマなんか見た時には生きた心地がしない」

 

「…………」

 

「ポケモンで遊べば焼かれたり切り刻まれたりするし、スーパーマリオで遊べば足が痺れるし疲れる。カービィで遊べば胃が破裂しそうになるし、ドラクエで遊べば死んでも死にきれなくなる」

 

「……そこまで、なのか?」

 

「悪いわね。愚痴っぽくなったわ」

 

「そこまでなのか!? ……いや、それで幾らか楽になるなら構わないよ」

 

「楽にもなれないのよ。私にとって人との会話は自問自答みたいなものだから。……だから私は現実から逃げて小説で生きてる」

 

「……ままならないものだな。ついたから下ろすぞ」

 

 別に足を痛めているわけでもないのに、私を丁寧に下ろした。

 

「まぁ、礼を言うわ」

 

「君は軽いから、大した負担にもならんさ」

 

「そっちじゃなくて、よ。……まぁ、気晴らしにはなったわ」

 

「オイオイ、勝手に落ちてくれるなよ。同性で歳の差で教師と教え子とか、複雑超えて面倒くさい」

 

「平塚先生は面倒だけど、落とし甲斐のある人よ」

 

「私に惚れたら火傷するぞ」

 

「一度言ってみたかったセリフ10位、おめでとう。……また明日」

 

「待て! なぜ知っているんだ!?」

 

 ……自問自答しているだけなのよ。

 

 


 

 

「おかえり、お姉ちゃん。……なんか、嫌なことと良いことが両方あったって顔してるね。お疲れさま」

 

「三子……。うん」

 

 靴を脱いだ私を抱き上げ、そのまま抱き締めてリビングへと運んでいく。

 

「ああ、留美ちゃんは駅まで送っていったから。今度うちにも遊びに来たいって」

 

「そう、ありがと」

 

 

 色々あったけど、まぁ、めでたし、めでたし。

 

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