されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
「『体を崩す』と言うとファンタジー系のラノベの主人公の攻撃みたいだけど、『調』という文字を入れる調整をした途端、『体調を崩す』という青春ラブコメ用語じみた言葉が出来上がるのは、日本語の妙と言うか、日本人の業よね」
「お姉ちゃん、大人しく寝てて」
三子もそうだったけれど、私は季節の変わり目に体調を崩しやすい。というか、一区切りついて余裕ができると体調を崩しやすい。――水風呂にゆっくり浸かる余裕ができると体調を崩しやすい。
「でも病にかかることを『体を壊す』とも言うし、なら肉体を崩壊させる魔法の類で、敵軍に不治の病を流行らせるということをしても説明が出来てしまうのよね」
「……体調悪いと無駄に饒舌になるってあんたなんなの」
「饒舌家よ」
「お姉ちゃんは小説家でしょ。……ごめんね、私もう学校行かなきゃ」
「受験生にいらん心配かけるな。私ももう行くけど、大人しく寝てなよ」
「私をなんだと思ってるの」
「「水風呂趣味」」
……そうだけども。
私の部屋だと仕事道具が手の届くところにありすぎるからと、リビングのソファに寝せられたまま、二人を見送る。……あんまり眠くないわね。
すぐそばのテーブルには三子が用意した、『お姉ちゃんでも分かる携帯電話の使い方』という電話のかけ方を丁寧に書き連ねたA4サイズの紙と、文鎮代わりのスポーツドリンクが置かれている。
……。
『もしもし、どうした不可思議。欠席の連絡はもう聞いたぞ?』
「今暇かしら。……授業時間だし、出られるなら暇なんでしょうね」
三十分ばかりの苦戦をしながら、平塚先生に電話をかけることに成功したらしい。
『……まぁ、今日の午前中は授業はないが。で、どうした?』
「恋愛モノでは風邪をひくと、心細く、寂しくなるそうよ。実際こうしてみると、風邪をひいたからっていうよりも、家に自分以外誰もいないという状況がそう思わせるのでしょうけれど」
『……そうか。だが、暇つぶしの相手で真っ先に私が上がるのはどうかと思うぞ。君には一体どのレベルで友達がいないんだ』
「小学生も同級生も妹も、授業中に出られるわけないじゃない。というか留美はまだ携帯電話を持っていないし、沙希と三子は普通に怒られるわ」
『私なら怒らないという発想に私も怒りそうだよ……。あと妹を友達枠に入れるな』
「兄弟姉妹なんて所詮は血の繋がった他人なのよ。だから血の繋がった友達も、血の繋がった親友も、血の繋がった恋人も、血の繋がった夫婦も、ありうるのよ」
『あり得ちゃいかんだろう、特に最後。何かの事件性を感じるぞ』
「事件なんて何もないわよ。夫婦のように仲が良かったところで、別に何かに迷惑を掛けた訳でもない。姉妹に限るなら、近親相姦も悪くないと思うのよ」
『君とあの妹はそんな関係だったのか!?』
「キスしたり、一緒に寝たり、裸で抱き合ったりするだけよ」
『……虚言に対するツッコミを過激な方向で肯定するのは君の悪い癖だぞ』
「大体実話よ」
『そういうところが悪い癖だと言っているんだ。……で、大体と言うならどのあたりが嘘なんだ?』
「私と三子が血の繋がった夫婦というのが嘘よ」
『それはまだ聞いていないぞ。未来の嘘を先に白状してくれるな。ツッコミ甲斐が無い』
「行間も読みなさいな、国語教師。……血の繋がった他人とは言ったけれど、どうなろうと私と三子の関係は姉妹よ。血の繋がった姉妹。……こう言うとめっちゃ普通の関係に聞こえるわね」
『急に我に帰るな。あと君の声で「めっちゃ」とか聞きたくなかった』
「失礼な。私だって健全な女子高生なのよ」
『君が健全なら世の大概の女子高生は潔白な女子高生だ。頭が頭四つくらい高いぞ』
「潔白な女子高生、いるのなら会ってみたいものね」
『嘘だな』
「クククッ、正解。そんな気持ち悪い生物とエンカウントなんてしたら、私は自殺の道を選ぶわ」
『それは道ではなく崖ではないのか? ……というか、君も声に出して笑うのだな。意外というか、予想外だ』
「滅多に笑わない自覚はあるわ。……嫌というか、苦手なのよ、人に感情を見せるの」
『他人の感情を誰よりも見ている癖にか?』
「苦手というのは不得意って意味よ。……結局は自己嫌悪なの。他人と自分の境界が希薄だから、私の感情は周囲に引っ張られる。というか、塗り替えられる。コピーアンドペーストされる」
『共感力……、か。実行委員会の時も、そういうのはあるのか? かなり苛ついているように見えたが』
「あれは、……そうね、スピーカーを搭載されていないパソコンの外付けスピーカーみたいなものよ。怒りたくても怒れない人間がいるのを私は知っている。泣きたくても泣けない人間がいるのを私は知っている。感情が溜まり込むと苦しいのも、私は知っている」
『なら聞くが、喜怒哀楽のうち、喜と楽も知っているんじゃないのか?』
「怒りや哀しみと違って、喜びと楽しみは人によって入力も出力も全く違うものよ。サディストがいればマゾヒストもいるようにね」
『その例えで納得した私の方が自己嫌悪に走りたくなってくる』
「笑えないのは周りに引っ張られて楽しんでいる自分を、それこそ他人事に見ているからなの。他人を切り離し、自分を切り離し。……だから私が笑うのはかなりレアなのよ、ラッキーね」
『……一応、前例を聞こうか』
「テニスコートの時よ」
『……三浦か。というかよく覚えていたな』
「女の脳は感情が動いた時のことを決して忘れないそうよ。……それが私にとっては貴重な経験だったから、あの時だけは自分のことも好きでいられた。……もったいないことをしたわ。もっと引き伸ばしていれば、一生分笑えたかもしれない」
『そうか。……ん? ああ、はい。……すまんな、長話が過ぎるとお叱りを受けてしまった。もう切るから、君は安静に寝なさい』
「迷惑かけるわね。……じゃ、また明日」
『ああそうだ、雪ノ下と由比ヶ浜に君のことを伝えておいたから。……じゃあ、おやすみ』
プツリと音を立てて、通話は切られた。
十分も経たない暇つぶしだったけれど、溜まっていた承認欲求の欲求不満はある程度解消された。
「あーあ。あーあ。あーあ」
……小説書きたかったのに、言いたいことを語り尽くしてしまった。こんな時は水風呂か不貞寝に限る。
何時間寝ていたのか知らないけれど、日が落ち始めた頃に鳴ったインターホンで私は目を覚ました。
カメラの向こうには、雪ノ下と由比ヶ浜の姿があった。
「……おはよう」
『ナーちゃーん、来たよー』
『挨拶を間違えているわ、あなたらしくもない。……辛いなら無理に出なくても構わないわ』
「……少し寝過ぎただけよ。コーヒーくらいは出すから上がって。鍵は開いてる」
『じゃあ、お邪魔するわ』
ディスプレイに映る、二人の姿が消える。
「……お姉ちゃん、お客さん?」
帰ってきていたらしい三子が、部屋から顔を覗かせながら尋ねる。
「三子は勉強中?」
「うん。コーヒー淹れるけど、何人?」
「二人よ。悪いわね」
「いいよ、私も飲むから。……あとお姉ちゃんが淹れたやつはあんまり美味しくない」
「悪かったわね」
「だから私以外に飲ませないでね」
「はいはい」
……コーヒーメーカーに入れるだけなのに、味ってそんなに変わるのかしら。
「お邪魔しまーす!」
「失礼するわ」
「……お姉ちゃんのために、ありがとうございます」
「気にしないで頂戴。話したいこともあったから」
二人は勧められるままに、向かい側のソファに座り、三子はコーヒーを出してから部屋に戻って行った。
「……そういえば、三子さんは受験生だったわね。申し訳ないわ」
「平気よ。成績だけ見るなら三子の頭の出来は上等だし、そんなに勉強熱心じゃないから」
「へー、三子ちゃん頭いいんだー」
コーヒーの味なんて、ただでさえ味覚の残念な私にはわからないけど。でも愛している人間から受け取ったものなら、泥水でもきっと美味しい。
「……何か話があって来たんでしょう。語りきった私に話せることは、聞かれたことくらいよ」
私が一人で座るには大人すぎるソファに深々と腰掛け、私は聞き手に回る。
雪ノ下はコーヒーをテーブルに置いて語る。
「まずは、ごめんなさい。相模さんの件、私が考えなしに引き受けたせいで、色々と迷惑かけたし、痛い思いもさせてしまったわ」
「私からもごめんなさい! ……その、あんまり協力できなかった」
二人から頭を下げられて、こっちまで謝意と罪悪感が湧いてくる。
「気にしなくていいわ。概ね満足はしているから」
「自己満足でしょう?」
「そうよ。そして今、ちゃんと満足した。蛇足はどれだけ達筆であろうと蛇足よ」
「それでも、こっちは納得いかないのよ」
「だからこそ満足したのよ。いっそ、『殴られてくれてありがとう』とでも嫌そうに言われたら、最高だったわ」
「……ナーちゃん、何言ってるの?」
「面倒だから平塚先生にでも聞きなさいな。三子と蒼さんを除けば、私を熟知しているのはあの人くらいよ」
「病人に無理をさせるわけにはいかないわね。その件に関しては以上よ」
「なら他の件があるのね」
「……前々から思っていたけれど、貴女って人形にでも話しかけるように話すわよね」
「前にも誰かに言われたけれど、私は小説家よ。語る会話は自問自答。話す相手は自分自身」
「なら私の言いたいこともわかっているのね」
「私のやりかたが暴力的で気に入らないという話でしょう?」
「概ねその通りよ。やり方が幼いといえば満点だったわね」
「ククッ、クククッ。そうね。きっと私は大人にはなれない。やられたらやり返す以外の解決策なんて諦めて忘れる以外知らないし、他人任せ以外の動機なんて知らない。そして何より、座右の銘が生涯不変」
「……ナーちゃんさ、もっと自分を大事にしてよ」
「しているわ。私は常に自分のために生きてる」
「その自分の中に私達とか、優美子とかさがみんとかもいるから、……なんて言うのかわかんないけど、こう、なっちゃったんじゃないの?」
「ククククッ、その通り。だって、自分が傷つこうが他人が傷つこうが同じことじゃない」
「全然違うよ! ナーちゃんはそうかもしれないけど、……あたし達は違うもん」
「由比ヶ浜さんの言う通りよ。これも貴女には分かっているのでしょうけど、不可思議さんが傷ついた時とその他の人達が傷ついた時じゃ、全く違うのよ」
「同じよ。バックノズルとジェイルオルタナティブ、どちらも私の好きな小説で出てきた用語だけど、簡単に言えば、ifなんてものはあり得ない。どんな選択をしようと起きたことは起きるし、私がいなくとも私の場所で誰かが似たようなことをして、その人が傷ついてあなた達は罪悪感を植え付けられた」
「机上の空論ね」
「誌面の概念よ。所詮人類は十人十色程度で、七十億人七十億色とはいかない。私の代わりだっていくらでもいるし、貴女達の代わりに成れる人間はいくらでもいる。この世に唯一無二の主人公なんていない。漫画と現実の区別はつけなさいな」
「お互いにね。……今日のところは帰るわ。あんまり三子さんに気を遣わせるのも悪いし」
「あ、じゃああたしも。えっと、お大事にね、ナーちゃん」
「ん。多分明日には完治しているわ」
私の物語に、終わりはない。
だから、『めでたし、めでたし』とも、綴らない。