されど私に学園モノは似合わない。 作:不可思議可思議
一日休んだ翌日。
何事もなく放課後まで過ごしたけれど、しかし放課後に平塚先生から呼び出された。
「進路希望調査がまだ提出されていないのだが、どういうつもりだ?」
「今より先に進んだりしないもの。高校だって親に言われて受験したらなんか受かっちゃっただけだし」
先って言えば、それこそ書籍化作家とかアニメ化作家とかそういう、アンチの湧く世界だ。そんな地獄に進んで行く気はない。
「別に、未来を決める予言書じゃないんだから、適当に書いて出せばいいんだよ」
言いながら、座る私の前に未記入の進路希望調査票を差し出してきた。
「君の人格は心配しているけど、君の将来についてはあまり心配していない」
「そう」
《アイアンマン》
「……さては休んでる間に観たな?」
「ああいうの、先入観で食わず嫌いしていたけれど、観てみたら面白かったわ」
「七夕に戦隊モノの名前を書く子供か君は」
「小説家よ」
私の評判が『整形疑惑』『同性愛好者』『文化祭の件』とかとかで散々になってから、暫く何もない日々を過ごしていた。それこそ、体育祭なんか何も起きずに、何もせずに終了したくらいだ。
その分、学園百合モノの小説を書いてみたら想定以上に見られて、文化祭で起きた損失を遥かに上回る収益が出たりした。
そんな日々も終わりを告げる。
「不可思議さん。修学旅行のことなんだけど……」
「シューガク・リョコー? ……何よそれ。美味しい洋菓子の正式名称? 悪いけど私、日本語専門だから」
「えっと、シュークリームのこと? 全然違うってば。修学旅行。修めるに、学ぶ、旅に行く、で、修学旅行」
相変わらず居心地の悪い教室でノートパソコンに打ち込んでいると、戸塚が話しかけてきた。
「旅行なんて私に出来るわけないじゃない。千葉県内どころか、校内ですら迷子になるのよ。平塚先生を説得して私は近場のコンビニで済ませるわ」
「いやアンタ、そんな断りにくい飲み会の誘いじゃないんだから……」
沙希が呆れたように言いながら、家を出る前に結えなかった髪をポニーテールに結う。
「そもそも班行動が基本なんだから、単独行動さえしなければ平気でしょ」
「そっ、そうだよ!」
「なら二人に案内を任せるわ。……行かなかったらそれはそれで三子に心配されるし」
「ほんとっ! じゃあ一緒の班だね!」
「……いやまぁ、私もいいけどさ。アンタほったらかしてどうなるか分かったもんじゃないし」
……外見だけは麗しい三人組が出来た。一人は社会不適合者、一人はオカン的姉御肌、一人は男の娘で、普通の奴なんて一人もいないけど。
「そもそもだけど、どこに行くのよ。私はローソンに行きたいわ」
「アンタの旅行判定どんだけ狭いのよ」
「京都だよ。金閣寺とか、清水寺とか」
……へぇ。京都、ねぇ。
放課後。
いつも通りといえば、いつも通り。部室で小説を書いていたら、依頼人がノックをしてやって来た。
来たのは、葉山とその友人のヘアバンドをつけた煩い奴。……名前はそう、……ドベ?
「何かご用かしら」
「ちょっと相談事があって連れてきたんだけど……」
「いや、やっぱないわ〜」
葉山に背を押されるも、ドベは首をブンブンと振った。
「
「頼みに来たのはこっちだろ?」
「いやでもほら、
……この部活にそんな、平等なだけの人外のパチモンみたいな名前の人、いたかしらね。
「……不可思議さん。何をそんな不思議そうな顔をしているのか知らないけど、怒った時は怒るべきよ」
「ドベと言ったかしら。彼にしか見えない地縛霊か何かがいると思ったのよ。私のことだったのね」
「戸部っちの言ってることはひどいけど、ナーちゃんの呼び方大概だ……」
……まぁ、地縛霊っぽいのは否定しないけど。遠距離移動とかほぼ不可能だし。
「……まぁ、不可思議さんの自業自得なところもあるけれど、それでも彼女も部員よ。奉仕部は金銭を基本受け取らない方針だけど、それでも彼女の言い方を借りるなら、……文句があるのならまず礼儀を弁えなさい」
そのセリフ、対価を払えば文句を受け入れるという意味では言っていないのだけどね。
「……まぁ、俺たちが悪いな。戸部、出直そう」
「う、う〜ん……」
「俺たちだけで解決すべきだ」
「いやっ、もう後には引けないでしょぉ、コレ」
葉山の言葉も拒否して、ドベは言った。
「あのっ、実は俺さ!!」
口調が煩かったから手短に要約すると、クラスメイトの腐女子、海老名姫菜に告白して付き合いたいらしい。
見たところ葉山は乗り気ではないのが気になるけれど……。
「そうそう、そんな感じ! 流石に振られるとかキツイわけ!」
「振られたくない、ねぇ……」
「なんかそういうのすっごくいいじゃん! 応援するよ!」
まぁ、由比ヶ浜の言う通り、応援は出来る。
「やっぱり、難しいかな……」
葉山は苦笑いしながら言った。
「一応聞くけれど、葉山含めてこの面子の中に恋愛経験者はいるのかしら? 片思いでも一目惚れでも付き合ってたでも、微小なりとも経験してきた?」
試しにと言ってみたけれど、全員が顔を逸らした。
「……つまり、あっても片思い止まりってわけね。つまり四捨五入すればゼロ」
「大事な思い出を切り捨てちゃダメだよ! ナーちゃんは無いの!? そういう話!」
私の恋愛話……。周囲にいる男なんて戸塚くらいしかいないし……、あ。
「そういう惚れた腫れたの類なら、平塚先生かしらね」
「なんで言えるの!? しかも色々と禁断すぎる……」
「同性愛は別に否定しないけれど、年齢差や生徒と教師という関係は大きすぎる障害ね」
「本人にも言われたわね、それ。複雑超えて面倒臭いって」
「告ったんだ……、というか振られたんだ……」
……どうなのかしらね。何をもって告白の言葉と定義するか、何をもって失恋とするのか。小説でも難しいところなのよ。
「……悪いけれど、お役に立てなさそうね」
「えー、いいじゃん! 手伝ってあげようよ〜」
雪ノ下が断ろうとして、由比ヶ浜が駄々をこね始めた。断る側を多数派としたいのか、雪ノ下は私に視線で訴えてくる。
「
「そう言われてもね……。振られる覚悟もないチキンなんて、女から見ればフライドチキンの方がフラれてるだけまだマシよ。諦めて葉山と付き合って、エビフライさんのオカズになりなさい」
「ナーちゃん酷くない!?」
「でも割と的確で、しかも上手いわね」
「そこで俺も巻き込まれるのか……」
これでも小説家なのよ。
「ゆきのーん、ナーちゃーん、戸部っちも困ってることだし……」
「……まぁ、そこまで言うのなら考えてみましょう。不可思議さんは?」
雪ノ下は折れた。
ならもう、ドミノ倒しのように私も折れるしか無くなる。
「…………はいはい。構わないけれど、幾つか条件を設けさせて頂戴。そっちの方がお互い、信頼度はともかく、安心感は得られると思うわ」
「「「条件?」」」
ノートパソコンの文書作成ソフトに、思いつく限りのことを書き記す。
その一
最終的に振られたとしても基本的に依頼人の責任である。その後の人間関係については関知しない。
その二
告白する前に、完全に脈なしだと判明した場合、潔く諦めること。例として、本人が「今誰かと付き合う気はない」なんて言ってるような場合や、他に付き合っている者がいた場合。
その三
期限は修学旅行終了までとする。それ以降はまた別途ご依頼を。
その四
奉仕部、依頼人の全員に諦める権利がある。決して何かを強制してはいけない。
「まぁ、ざっとこんなところね。文化祭の反省を踏まえ、これくらいのことは事前に決めておいた方がいいと思うのだけど、……何か文句はあるかしら?」
見やすい程度に拡大して、全員に見えるように見せる。
「文句があったところで君は聞き入れないだろう。……しかし、よくここまで思いつくな。俺は悪く無いと思うけど……」
「っべ〜。……もしかして
「期限を設けたのは何か理由があるのかしら?」
雪ノ下が軽く挙手しながら尋ねる。
「そりゃ、タイムリミットがあった方が緊張感が増すでしょ。……それに、他人の恋愛沙汰なんて押し並べて面倒くさいモノなんだから、そんな長々と付き合っていられないわ。私は部活の他に仕事があるの」
「タイムリミット云々が建前すぎるわね……。まぁ、私は異論無いわ。何か足りなかったら随時追加ってことで」
「あたしもいいと思う!」
「戸部、どうなんだ? 結局はお前次第だぞ」
「そりゃもちろん! よろしくお願いします!!」
……奉仕部に来た依頼人史上、最も大声の返事だった。煩い。
ドベと葉山は部活があるらしく、具体的にどうするかは後日ということになった。
そして、数日後。新たな依頼人によって扉がノックされた。
「失礼しまーす」
やってきたのは、ボブカットで赤いメガネの女子。
「て、姫菜じゃーんっ!」
「やっ、結衣」
奇妙な挨拶を由比ヶ浜と交わしながら、雪ノ下に勧められて席に座る。
「その、戸部っちのことで、ちょっと相談があって……。その、できれば
「……え、私?」
「海老名さん、それは奉仕部に依頼ではなく、個人的な相談ということかしら?」
雪ノ下が尋ねると、彼女は慌てたように首を横に振って否定した。
「ううんっ、違う違う! お願いしたいことはあるけど、……でもその、相手によっては話しにくいっていうか、なんていうか……」
「別に構わないわ。奉仕部に依頼ってことなら、私から伝える分には構わないのでしょう? 言うなと言うなら言わないし、私は内容次第じゃ普通に断るけど」
「うん、ありがとう」
彼女は丁寧に、礼儀正しく頭を下げた。
「……不可思議さん、大丈夫なの?」
「まぁ、人間関係の外側にいる他人の方が話しやすいこともあるでしょうよ。別に、薔薇の布教がウザい程度で蹴ったりはしないわよ」
「その心配はしていなかったのだけれど。……いざ言われたらそっちの方が心配になるわね」
「ああ……、優美子を笑いながら蹴り倒してたもんね……」
「姫菜、ナーちゃんを怒らせちゃダメだよ!」
「……私は集落の守神か何かなの?」
「七五三さん、ファンからしたら割とそんな感じだよ」
……私のファンってそんな感じなんだ。
私と彼女は、いつかの因縁の地、……と言うほど思い入れもないけど、あまりいい記憶のない、この特別棟の屋上へと出た。
「で、なんの話なのかしら、エビフライさん」
「……私のこと、そんな呼び方してたの?」
「狂人の多い薔薇趣味の人間の中でも特殊だから流石に覚えるわよ」
「待って。それで覚えてるつもりなのなら覚えられてない。私の名前は
「エビ ナヒナ?」
「発音がエビフライに引っ張られてる!?」
「もういいかしら、エビ」
「苗字呼びしようとして悪口みたいになってる! 私別にエビの国の使者とかじゃないよ!?」
「別に、貴女がエビでもカニでもタコでもなんでもいいのよ。イカリングになりたくなければさっさと本題を話しなさい」
「アッ、ハイ」
彼女が語ったのは。望んだのは。それは言ってしまえばドベ……じゃなくて戸部の告白を阻止し、現状の人間関係を維持すること。
これまで散々、居心地の悪い思いをしてきたため、今のような環境は久しぶりだとも語った。
「……それで、なんでそれを私にだけ話すのかしら」
「わかってもらえると思ったから、かな。なんていうか、……同類の臭いがした」
同類……、ねぇ。
「まぁ、当たらずとも遠からずかしらね。三人称視点と語り手視点。真逆のようだけどやってることの本質は似ている」
「や、そうじゃなくって。七五三さん……、もう私も不可思議さんって呼ぶね? 不可思議さんって、百合が好きなんでしょう?」
「それなら同類どころか真逆でしょうよ。相要れる相容れないじゃなくて、端点と端点で」
「アッハハ、そうかもしれない。でも、お互いに端点だからこそ分かってくれた」
まぁ、そもそもの話、同性愛と異性愛にも大した違いなんてない。人を好きになるのに理由なんて必要ないんだから、男が男を好きになろうと、女が女を好きになろうと、異性を好きになろうと、そこにあるのは性別という小さな差が一つあるだけ。
その差を大袈裟に騒ぎ立てて差別する者がいるだけで。
「それも違うわね。諦めと妥協を許容している、私が誰かと似るなら、そういうところでしょうよ」
「……諦め、妥協。……うん、そうかもしれない」
「でもまだ諦めきれないから、こうして依頼にきた」
返答は無い。
彼女は静かに屋上の扉を開けた。
「いつか暇なときにでも、どこかでお茶しようね。お礼に奢るよ」
「まぁ、腐り合いながらでもよければ付き合うわ」
もう既に成し遂げたような表情をして、彼女は奉仕部を去って行った。